Category Archives SNAKEPIPE MUSEUM

20180408 top
【タイトルは「La verdad y ventira」。真実とVentira。Ventiraって何だろう?】

SNAKEPIPE WROTE:

当ブログでは珍しく、2週連続で鑑賞した展覧会について記事を書いていたね。
今週もまたアートに関して特集してみようか。
SNAKEPIPEが仮想美術館を想定して、自らがキュレーターとなり館内に展示するアート作品を集める趣旨の「SNAKEPIPE MUSEUM」。
SNAKEPIPEの好みで集めている作品群ばかりなので、コンセプトはなし。(笑)
「欲しい!飾りたい」
というシンプルな理由によって紹介していくコーナーである。

今回は(も?)たまたまネット検索していたら偶然目に止まったアーティストなんだよね。
トップ画像にした不思議な絵を描いているのはCarlos Alberto Quintana Ledesma。
カルロス・アルベルト・クインタナ・リーデスマで良いのかな?
近棚や金棚じゃなくて(笑)キンタナと書いてあることが多いみたいだけど、このブログの中ではカルロス・クインタナに統一しよう。
Quincy Jonesだってクインシー・ジョーンズだしね。(笑)

カルロス・クインタナについて調べてみよう。
1966年11月29日、ハバナのヴェダド地区に生まれる。
カルロスの祖父母は文盲で、母親は3年生まで、父親は5年生まで学校に通ったと書いてある。
ということは全く教育熱心なご家庭じゃなかったということだろうね。
学校に行かなかったけれど、カルロスの父は書店関係にお勤めだったみたいね。
クインタナ一族にはアーティストがいなかったという情報もある。
カルロスが16歳のとき、有名なサンアレハンドロ美術アカデミーに入学するも、わずか4ヶ月で退学したという。
勉強嫌いに加え、家族からの理解は望めなかったのかもしれないね。

1987年からはグループ展や個展で作品を発表しているようで。
ポルトガル、ニューヨーク、スペインなどで作品が購入されているみたい。
絵を販売しているサイトも発見したので、アーティストとして生計を立ててるってことだよね。

何故カルロス・クインタナがSNAKEPIPEの目に止まったのか。
気になった作品について感想と共に紹介してみよう。

最初に見つけたのがこの作品。 
人間の頭が地面にゴロゴロしている!
ヒモ状の線が描かれているのか、本当にヒモなのかは画像では判別できないけれど、首が繋がっているように見えるんだよね。
頭からは血が流れているような物もある。
カルト集団の儀式のようにも見えてくるよ。
もしくは心理学者ユングが提唱した集合的無意識の具現化とか。
あるいは輪廻転生した魂を表現しているのか。
この画像で一気に興味を持ってしまったんだよね。

絵画にも首がたくさん描かれていた。
植物と共に描かれているため、これは地中の様子かもしれないと思う。
骸骨もあるから余計にね。
カルロス・クインタナの作品からは、明るくて楽しくてHAPPYな雰囲気は感じられない。
梶井基次郎の「桜の樹の下には」のように人間を養分にしているからこそ、花が美しく咲き誇っているかのように思ってしまう。
タイトルなどの詳細が不明なので、勝手にストーリーを作っちゃうよね。(笑)

地中の次は水中だよ!
溺死して漂っているように見えてしまう。
とても楽しい水遊びじゃないよね?
完全に姿が確認できるのは2人だけど、青い人の周りにも何かあるのが非常に気になるよ。
魚なのか、それとも人の残骸なのか。
SNAKEPIPEがキューバのアートと聞いて連想するのは、明確なメッセージを持った作品なんだよね。
カルロス・クインタナの作品は心象風景のようなので、社会主義国のイメージとはかけ離れているよ。

カルロス・クインタナの作品には、何故かアジア人のような人物が多く登場するんだよね。 
右の画像で、赤い服を着て正座している人物はお坊さんに見える。
左奥にいる黒い着物の人物は仏像のようだし。
中央の首に注がれているのは、心臓からの血液か? 
皿の上に乗った頭蓋骨も謎だよね。
キューバに仏教徒は皆無ではないだろうけど、アジア圏からの移民でもない限り珍しいんじゃないかな。
どうしてアジア人を描くんだろうね。

これもまたお坊さんみたいに見える不思議な作品。
これは一体どんなシチュエーションなんだろうね?(笑)
なんでヨガみたいなポーズで積み重なるのか。
右にいる西洋人や皿に乗った首が至るところに登場しているのは?。
なんだか西洋人がアジア人をキロ単位で買ってるように見えてしまうよ。
あと2kg足りなかったら、首を1個増やすような感じね。
カルロス・クインタナは絵画の中にアジア人が登場することについて質問されると
「多分、星の影響じゃないかな」
と答えたという。
ちっとも回答になっていないんだけど、そんな答え方をするところからしても夢想家なのかもしれないね。

2015年にROCKHURRAHが書いた「映画の殿 第14号 映画の中のニュー・ウェイブ01」に出てきたキューバ映画「ゾンビ革命 フアン・オブ・ザ・デッド」や、テレビの旅番組などを見ると、キューバは想像している社会主義国とは違うことが分かる。
50年代のアメ車が走り、道端ではラテン音楽の演奏が聞こえてくる。
歩く人達はドギツい原色の服を着て、明るい笑顔を見せている。
全員が暗い色合いの同じ服を着て、貧しさに耐えながら生きているのが社会主義国だと思っていたSNAKEPIPEが古いのか。(笑)
キューバは自由な国に見えたんだよね。
だからこそカルロス・クインタナのようなアーティストも生まれるのかもしれないね。
右の作品は病院を描いているのかな。
足から想像すると産婦人科なのかもしれない。
いろんな霊がうようよしているように見える不思議な絵だよね。

キューバでは無信教者が55%いるというWikipediaの記述に驚いてしまった。
これは外国の中では多いほうじゃないかと思うけど、どうだろう?
宗教により死生観が変わってくると思うので、無神教者は自分の好みで死後の世界を想像することができるのかもしれない。
カルロス・クインタナの作品からは、死後の世界、もしくは見たことがない世界への強い憧れを感じる。
それはやはり仏教的な死生観なんだよね。
アレハンドロ・ホドロフスキーも、南米チリ出身だけれど東洋思想や禅に影響を受けていたっけ。
そう考えるとカリブ海の島国であるキューバにも、アジアの思想に興味を持つアーティストがいても決して不思議ではないかもしれない。

自らの唾や牛乳で絵の具を薄め、素手で絵を描くこともあるというカルロス・クインタナ。
絵を描くという行為は瞑想に近い儀式なのかもしれない。
カルロス・クインタナの絵で思い出したのが、2012年に鑑賞した「ジェームス・アンソール」。
骸骨や仮面をモチーフにしていて、少し残酷な絵を描いていたんだよね。
人の顔がみっちりと大量に描かれていて雰囲気が近いように感じる。
メキシコの画家フリーダ・カーロの絵も連想したSNAKEPIPEだよ。

キューバのアートやアーティストに触れる機会がなかったので、今回知ることができて良かったと思う。
カリブ海に浮かぶ他の島のアートも調べてみようかな!
 

20171217 top
【向こうの部屋に誰かいる!いかにもありそうな恐怖へのいざない】

SNAKEPIPE WROTE:

敬愛する映画監督デヴィッド・リンチの作品の中でよく登場するのが、ドアを開けると漆黒の闇が広がっているシーン。
自分の家の中なのに、まるで異空間のように感じてしまう恐怖を表しているのである。
通称「リンチ・ブラック」と呼ばれていると聞いたことがあるよ。
ここまでの闇ではなくても、実際に自宅で似た経験をすることってあるんだよね。
日が落ちているのに、電気を点けないで部屋に入った瞬間。
もしかしたら誰かが潜んでいるかもしれない、と一瞬想像してしまうことがある。
これってSNAKEPIPEだけかなあ?(笑)

そんな日常的に感じる恐怖を描いているアーティストを発見した。
上の画像も、上述した話に近いシチュエーションだよね。
向こうの部屋に確認できる人影。
家族なのか、もしくは見知らぬ人物?
小さく「ヒッ」と声を上げてしまいそうな、ゾクッとする心理を上手く表現していると思う。

これはSam Wolfe Connellyというイラストレーター。
サム・ウルフ・コネリーでいいのかな。
1988年北バージニア州生まれの29歳。
2011年にジョージア州サバンナ芸術大学デザイン学部を卒業。
以来、イラストレーターとして活躍し、個展も開催しているという。
現在の活動拠点はニューヨークだって。
左はコナミのホラーゲーム「サイレントヒル」のポスターとのこと。
しっかりカタカナで書いてあるから分かるよね。(笑)
映画のポスターなども手がけているので、プロのイラストレーターとして成功しているんじゃないかな。
本人のインタビューによれば「家賃が払えるように仕事するだけが望み」とのこと。
恐らくはプロのイラストレーターよりアーティストになりたいように思うけど?

サム・ウルフ・コネリーは子供の頃に感じた恐怖を絵の題材に選んでいるらしい。
それがきっと一番上の画像のような隣の部屋だったり、右の画像のような窓から垂れ下がる髪の毛なんだろうね。
これらは子供じゃなくても怖いと思うけど。(笑)
右の画像では、窓枠に点滴のパックのようなものが吊り下がっているので、恐らく窓を頭にした状態で寝ている女性がいるんだろうね。
種明かしをされたら「なあんだ」と思うかもしれないけど、一瞬ギョッとする光景には間違いない。
剥がれかかった壁も意味深に思えるし、手入れされていないような雑草が、まるで髪の毛の仲間のように見えてくるのも効果的。
これがカラーの作品だったら草の緑と髪の色の違いが分かるんだろうけど、モノクローム(ちょっとセピア?)だからこそだね。

サム・ウルフ・コネリーの恐怖イメージは続く。
月明かりの中、湖に浮かぶ男性の半裸体。
これは水浴びをしているところなのか。
それとも溺死体なのか。
SNAKEPIPEには溺死体に見えてしまうよ。
だって泳ぐなら、ジーンズは脱ぐと思うし?
まるで映画の中のワンシーン。
死体かもしれない人物がいる絵に美しさを感じてしまう。
もしかしたら殺人かもしれないのに、静謐で凛とした空気まで読み取ろうとする。
2つ以上の相反する感想を持つことができる作品は大好きなんだよね!

サム・ウルフ・コネリーの作品を調べた中で、最も恐ろしいと思ったのは右の画像。
「Above My Floorboards」と題された2013年の作品なんだよね。
「これ、こわい」とROCKHURRAHに見せると、昔の心霊写真に似たものがあったような気がすると言う。
確かに100年以上前の怪奇映画の雰囲気あるよね。
右の作品は、シーツを頭から被ったように見える左の人物(?)もさることながら、階段の上に浮かんでいるように見える人の影が恐怖を倍増させてるよね。
この作品は本当に心霊写真に見えるよ。
でもこれは実は写真じゃなくて絵なんだよね。
サム・ウルフ・コネリーはカーボングラファイト鉛筆やチョークを使用して作品を制作しているという。
普通の鉛筆より硬くて黒鉛粒子が細かいけれど、紙に付着した後はあまり粒子が動かないため、紙を汚さないのが特徴とのこと。
右の作品にはモノクロ写真によくある「ほこり」まで描かれていて、「やるなあ」と思ってしまった。
SNAKEPIPEは昔、自分で写真を印画紙に焼き付けていたので、この「ほこり」みたいな糸くず状の跡には苦労していたことを思い出したよ。
細い筆(面相筆)使って、点描の要領で修復していくんだよね。
そんなモノクロ印画紙の特徴まで描きこむなんて驚いちゃうよね!

サム・ウルフ・コネリーは油絵も手がけている。
左は「Whiteout」という2014年の作品ね。
車のライトが照らし出した一瞬の光景を描いているように見える。
「今の何だった?」と運転手が走り去った後でギョッとする。
そしてきっと見間違いだった、と自分を納得させてしまうに違いない。
恐怖や面倒には巻き込まれないほうが無難だからね。
この女性がどうして裸足で、薄手のワンピースを着て外出しているのかは不明。
勝手に想像してしまうと、精神病院に入院中の女性が病室から抜け出したシーン。
どこに行くあてもないため、さまよい歩いているように見えてしまうよ。
人によって様々なストーリーが展開しそうだね。

サム・ウルフ・コネリーの不穏な空気を孕んだ、不吉で恐怖を感じる絵はとても興味深い。
まるでスナップショットを写実的に描いたように見えるけれど、選び方が上手なのかもしれない。
これからどんな作品が完成していくのか楽しみである。

インタビューの中でサム・ウルフ・コネリーが座右の銘にしている格言について語っている。
Wolves don’t lose sleep over the opinions of sheep.
直訳では「オオカミは羊の意見の上に睡眠を失うことはない」だけど、意訳としては「狼は羊に振り回されることはない」、つまりは「人目を気にせず己の道を行く」ということになるのかな。
サム・ウルフ・コネリーのスペルは違うけれど、名前にウルフが入ってるから一層本人にとって意味のある言葉なのかもしれないね?
このまま独自の表現を追求してもらいたいアーティストだね!

【絵画の中の人物が踊り出す!】

SNAKEPIPE WROTE:

現代アートの世界では既に有名のようだけれど、その存在を全く知らなかったSNAKEPIPE。
そのため「今更何言ってるの?」と言われてしまうかもしれないけど、作品を観て驚愕してしまったので、やっぱり特集したいと思う。
是非ともSNAKEPIPE MESEUMのコレクションに加えたいからね!

実を言うと最初に観た時には、印象派のような「単なる絵画」だと思っていたSNAKEPIPEは、その仕掛けを知って腰を抜かしたのである。(大げさ)
制作過程を知ることで、この作品が「単なる絵画」じゃないことが分かる。
なんとこれは写真だったんだよね!
言葉より写真で観てもらったほうが分かり易いと思うので、こちらをご覧あれ!
上が制作中、下が完成した作品なの。
モデルに着色して、まるで絵画のようにみせている手法なのよっ!
背景も油絵みたいにペイントしてるからより一層絵画に見えてしまうんだよね。
これには驚いてしまった。

今まで例えば森村泰昌が、絵画をヒントにして自分自身が登場人物になりきる作品を発表していたり、先日の「サンシャワー:東南アジアの現代美術展鑑賞」で記事したシンガポールのアーティスト、ミン・ウォンが映画の登場人物全てを一人で演じる作品は観ている。
本物(実物)をなぞって、フェイクを制作するという手法とはタイプが違うからね!
鑑賞者に錯覚を起こさせる、「だまし絵」ならぬ「だましアート」とでも呼ぶべきか? (笑)

この作品の作者はAlexa Meade、アレクサ・ミードというアメリカ人女性。
1986年生まれというから、まだ30歳なのかな。
すでに評判になっているアーティストのようで、知らなかったSNAKEPIPEはモグリかも。(笑)
どうやら2013年にはミニ・クーパーのイベントで来日し、渋谷109の前で車とモデルにペイントするパフォーマンスを行っていたらしい…。
これは観てみたかったよね!
そしてアレクサ・ミード、美しい方なのね。
これは話題になること間違いなし、だ!(笑)

アレクサ・ミードのセルフポートレートがこれ!
アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの「半分人間」じゃなくて、「半分絵画」状態だよね。(笑)
やはりご本人も美貌に自信を持っている様子。
いやあ、確かにこの女性が仰天アートやってるアーティストなら、注目されるだろうね。
ところで、アレクサって名前ブリクサ、みたいじゃない?
またもやノイバウテンにこじつけてしまったよ。(笑)

アレクサ・ミードの作品に戻ろうか。
 「Transit」と題された右の作品は、背景まで描きこんだタイプではなく、絵画から飛び出した人物が現実世界に放り出された瞬間を捉えているんだよね。
全てを絵画に見せる作品とは違う「だましアート」で、周りの人物との対比が強調されて非常に面白いね。
これは地下鉄の中で撮影されたらしいんだけど、周りの人が注目しているところが「異次元から来た人」、つまり「異物」を見る視線になっているところも作品にプラスしているように思う。

日常に入り込んだ「異物」は、恐らく作品にすることを意識しないスナップでも、作品になってしまうよね。
左はアレクサ・ミードのモデルになった2人が横断歩道を歩いているところ。
平面(2次元)と立体(3次元)が混ざっている不思議な風景。
銅像だと思っていたら実は生きている人間だった、というのはハナ肇で観たことあるけど(古い!)、絵画だと思っていたのに動き出した、というのは初めてだからね。

上の写真で横断歩道を渡っていた2人モデルにした作品がこちら!
背景の白とマッチして面白い作品になっている。
左の男性がひざまずいているのは、これから右の女性にプロポーズするところだから。
2人の記念日が作品になるなんて、このカップルにとっては一生の思い出になるだろうね。
その時の様子はアレクサ・ミードのHPで観られるよ!
女性の返事?もちろんオッケーだよ。(笑)

最近はアートの展覧会に行っても写真に対する興味をすっかり失いつつあるSNAKEPIPEだけれど、アレクサ・ミードの作品を観て新しい写真の魅力に出会った気がして嬉しくなった。
アレクサ・ミードは写真にとどまらず、動画の作品も発表している。
それがブログ冒頭に載せた、絵画の中の人物2人がブレイクダンスする動画。
それは写真のbefore→afterを見なくても、一目瞭然で「動く絵画」を理解することができるよね。
現代アートにおける「驚き」要素を充分に堪能させてもらったよ!

アレクサ・ミードの作品の中にはゴッホにタッチが似ているものがあるな、と思っていたらゴッホの映画情報があるので紹介しておこう。

これは「ゴッホ〜最期の手紙〜」という映画で、日本公開は2017年11月3日からとのこと。
俳優が演じた実写を元に、125人の画家が実際に油絵を描き、その油絵を元にアニメーションにした作品だというので、聞いているだけで気が遠くなるほどの時間と手間がかかってる映画だよね。
描かれた油絵の数、なんと65,000枚だという。
実写版に着色したり実写を元にアニメーション化するというのは、例えばディズニー映画にもある。
この映画は「ゴッホの絵画が動いている」ように見せるために最大の努力をしているんだよね。
SNAKEPIPEは特にゴッホについて詳しくないし、興味がある画家とも思っていない。
それでも「絵画が動く映画」としては興味あるなあ!(笑)

アレクサ・ミードという世界的に有名なアーティストのことを知らなかった、ということが分かって良かったよ。
これぞソクラテスの「無知の知」ですな!
それにしてもずっと気になっているのは、アレクサ・ミードにペイントされたモデル達、どうやってあのペイントを落としたのかな?
アクリル絵の具みたいなんだけど、元に戻ったのか教えて欲しいよ。(笑)

【謎の黒い線が体を覆っていく不思議な動画】

SNAKEPIPE WROTE:

今まで「SNAKEPIPE MUSEUM」においてたくさんのアーティストを紹介してきた。
そのうち人形作家だけで並べてみても、その傾向は明らかだと思うけど、SNAKEPIPEは不気味な雰囲気の作品が好みなんだよね。
えっ、今更わざわざ言わなくても良い?(笑)
今回もまた、SNAKEPIPEの心を鷲掴みにした作品に出会うことができたんだよね!
早速紹介してみよう。

Jessica Laurel Louise Dalvaについて詳細を調べようとしても、本人のHPに載っている以上の情報を得ることができなかった。
その情報によれば、2009年にオーティス・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインのイラストレーション学科を卒業とのこと。
日本と同じように考えた場合、美大卒業時に22歳だったとすると現在30歳くらいなのかな?
なんと本人のHPで書いてる卒業した学校、スペルミスを発見してしまった!
(誤)Otis College of Art and Desgin →(正) Otis College of Art and Design
こんなことを日本人に指摘されてしまうなんて!(笑)
もしかして国語の成績はいまひとつだった?
作品は素晴らしいので、良しとしよう。

学校卒業後は、劇場や蝋人形館などで仕事をしているようだ。
ポスター制作や舞台装置、ロゴデザインなど色んな役割で収入を得ているんだね。
そういった仕事をこなしながら、自分の作品を発表しているみたい。
日本での紹介記事が見当たらなかったので、SNAKEPIPE独自の日本語訳や解釈で記事を書いているからね。
間違っていたらごめんなさい!

驚いてしまったのが、ジェシカ・ダルヴァ(略してこう書いていこう)の居住地。
カリフォルニア州のロサンゼルスにお住まいとのこと。
作品とカリフォルニアのギャップが激しい!(笑)
SNAKEPIPEが言わんとしていることは作品を観てもらうと一目瞭然だよ。

半裸状態の女性が両腕にカラスのような黒い鳥を従えて、天を仰いでいる。
天女が纏う羽衣ならぬ、黒く薄い布は、まるで鳥の尾が長く垂れているかのよう。
それは額縁をはみ出し、より立体感を増している。
2羽の鳥が羽ばたけば、両腕を広げて一緒に空を飛べるのではないか。
もっと風よ吹け。
大きな風に乗って、高く遠い場所へ。
飛ぶことができなかった時は、谷底に転落するかもしれない。
それでも私は行くのだ。
あの空の向こうへ。
ここではない場所へ。

などと本気で考えているように想像してしまった。(また陳腐?)
女性のアップがあるので、それも載せてみよう。
目の部分がはっきり分からないんだけど、白目を剥いているように見えるんだよね。
盲いているのか。
それともシャーマンのトランスのような状態なのか。
「Eyrie, or, Clarity of Consequence」というタイトルは意味不明。(笑)
Eyrieは〔ワシなどの猛禽ががけなどの〕高いところに作る巣。
Clarityは明快。
Consequenceは成り行き。
Clarity of Consequenceでは必然、と訳して良いのかな?
鳥の巣、または必然???
SNAKEPIPEの英語力では難しいけど、これで作品の怪しい雰囲気は分かってもらえたんじゃないかな?
夜を連想させる、ゴシック調なんだよね。

ジェシカ・ダルヴァのHPには2009年から制作している作品が載っているんだけど、初期の頃はどちらかというとパペットの延長のようなあどけない表情の人形が並んでいる。
少女をモデルにしていたのかな。
決してかわいくはないけれど、そこまでの不気味さはない。
今回特集している「Hapax Legomena」は2015年の作品群で、不気味さに磨きがかかってるよね!(笑)
それにしても 「Hapax Legomena」ってどんな意味?
調べてみると「孤語」というらしい。

コーパス言語学において、ある言語で書き記されたすべてのテキスト全体なり、
特定の作家の作品群や、特定のひとつのテキストの中など、
一定の文脈の中で、1回だけ出現する単語を意味する

Wikipediaから引用してみたけど、その一回だけ出現した単語の複数形がレゴメナだという。
一回だけ出現する単語の複数形ってところで分からなくなるよね。(笑)
「Hapax Legomena」もしくは「hapax legomenon」なんて余程のことがない限り、知ることのない言葉だと思うけど、それは「ありふれた現象」だというのも驚いちゃうね。
大層な言葉だから何か特殊な例なのかと思ってたのに、言語学って難しいね。
前のタイトルといい、全体の総称としてのタイトルも含めて、かなり文学的な思考の持ち主と推察する。
スペルミスはあるけどね!(笑)

底なし沼のような黒い泥の場所で背中を向けている女性。
白い肌に複数の黒い手が重なる。
こっちへおいで。
もっと深い場所にいこう。
その白い肌を黒く染めて、仲間に入るのだ。
こっちだよ。(また出た!陳腐!)
女性の表情は半分以上隠れているけれど、恐れているようには見えない。
覚悟して、自らの意志で底なし沼に落ちることを決めたように思える。
この作品のタイトルは「Abyss」 、意味は「深淵」だった。
ROCKHURRAHは「Abyss」と聞いて、Sex Gang Childrenの「Into The Abyss」曲を連想したらしい。
さすがポジパン好き!(笑)

ジェシカ・ダルヴァの作品は鑑賞者に不安を与えるね。
SNAKEPIPEは悪夢を見そうだよ。

白い花飾りを頭に乗せた女性。
周りを囲んでいるのは羊や蛇やうさぎ。
これらは供物、という意味なのかな?
穏やかな表情で目を伏せているけれど、体の中央には黒い影がある。
まるでウイルスが、内臓を蝕み、浸蝕し尽したため、表面に発露したような。
「Viscera, or, What More Can I Give」は「内臓、あるいは、これ以上何を与えられる」というタイトルが付いてるよ。
供物を捧げ、更には内臓まで与えました。
他にも何か与えるのですか?
もう後に残るはこの生命だけです、という感じなのか。
覚悟して、死を待っている状態なのかもしれないね。
この作品を観て、思い出したのがフリーダ・カーロの「ヘンリー・フォード病院」 だよ。
傷ついた女性と、周りを囲む物体が6つ。
フリーダ・カーロの作品は解説が書いてあるので、作品の意味は分かる。
流産という実体験を元に描かれたと聞けば、この絵は一瞬にして理解できると思う。
自らの痛みや悲しみを題材にした画家というと、松井冬子も同じかもしれない。
作品制作の源流がネガティブな感情の場合、制作は苦しいのではないだろうか。
それとも作品に昇華させることで、苦しみは減っていくのかな?

またもや苦しそうな作品を選んでしまって済みません! (笑)
完全にエビ反っちゃってるよね。
白目剥いて、 手指や腕は泥だらけ。
堕ちるところまで堕ちて、それでも這って、ほんの少しでも進もうとする。
方向は定まらないけれど、がむしゃらに逃れようとする。
一体何から逃れるのか。
タイトルは「Helix」、「螺旋」である。
逃れたつもりでも螺旋をぐるぐる回っているだけ。
どこまでも続く螺旋を、永遠に悶えながら這っていくのだろうか。
評論家だったら、「これは現代を生きる人間の精神状態を表しています」なんて言うのかもしれないな。(笑)

先に「Hapax Legomena」が、決して特殊な事例ではなく「ありふれた現象」だと書いた。
それを踏まえてジェシカ・ダルヴァの作品を鑑賞すると、「この苦しい状態は誰にでもあること」と言いたいのかもしれないね?
様々なストレスにさらされ、もろくて弱い、絶望感にあふれた危うい精神状態に陥った内面を見事に表現しているからね。
ジェシカ、大丈夫かな?
他人事ながら、ちょっと心配になっちゃうよね。
とSNAKEPIPEが勝手に思ってしまったけれど、写真に写るジェシカには心の暗闇を抱えているような女性には見えなかった。
作品の販売もしているし、本人は明るく前向きなのかもしれないね。
聴いてる音楽もポジパンとかゴシックじゃなくて、ジャスティン・ビーバー大好きかもしれないしね!(笑)