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【ファッション大国だけあって見た目にこだわるバンドが多い】

ROCKHURRAH WROTE:

1970年代のパンクやその後のニュー・ウェイブを系統立てて研究してるわけでもないんだが、ちょっと聴いて気になる曲があれば興味を持って少しは調べる。
音楽好きの人間は大体そうやって幅を広げてゆくんだろうけどROCKHURRAHの場合は80年代でピッタリ時が止まったまま。90年代も21世紀になってもずっと80年代ばかり回遊してるという特異体質(?)なのかも知れない。
それだけずっと70〜80年代ばかりを追い求めてきたなら少しはマニアックな見識が増えても良さそうなものなのに、そこまでにはなってないところが実に弱いなあと自分でも思ってるよ。生半可な知識で色んな部分を食いかじった結果「これだけは誰にも負けない」という専門的な人材にならなかったからね。

昔の音楽雑誌を思い出してみると例えば「フランスのニュー・ウェイブ事情」みたいな特集はたぶんどこかでやってたと思う。それが続けて世界各国にまで特集の幅が広がったかどうか、肝心なところは覚えてないけど、そういう雰囲気を目指して企画したのが「80年代世界一周」というシリーズだ。
ROCKHURRAHは専門家でも何でもないのでその国の80年代がどんなだったかもわかってないんだけど、その程度の半端な意気込みだけで進めてゆこう。

さて、思いついた当初から長続きしそうにない企画だと自覚しているけど、第2回はイタリアにしてみよう。
大好きな国はスペインだと事あるごとに書いてたけど、我が家のスペイン・ブームが来る前はイタリアも憧れの国だったのだ。

SNAKEPIPEがイタリア物の革製品を扱ってる店で働いていた事もあって、前々からデザインや色使いの斬新さ、素材の良さなどをROCKHURRAHも聞かされていた。だから観光地めぐりのイタリアじゃなくて、日本ではあまり知られてない職人の工房とか(服飾制作用の)パーツ探したりとか、そういう目的で行ってみたい国だと思っていたんだよ。

ROCKHURRAHが個人的に興味あるのは20世紀はじめにイタリアで起こったFuturismo(未来派)という芸術運動だ。ファシズムと結びついて破壊的な行為、戦争を礼賛するような過激な思想なのはいただけないが、純粋に美術として見た時に好みのデザインが多いというだけ。

音楽の世界ではイタリアと言えばオペラ発祥の地だしクラシック音楽やカンツォーネなど、古くから音楽がすごく栄えた地だという印象がある。
そういう要素に近い(?)というわけではないだろうが、70年代にはイタリアン・プログレッシブ・ロックなどというくくりがあってそれなりに著名なバンドが色々出てたんだけど、ROCKHURRAHにとってあまり興味ある分野ではなかったからその辺もノーコメントだな。ホラー映画好きだったからその手のテーマ曲を多く手がけたゴブリンくらいか。

その後、イタリア独自の発達をしたパンクやニュー・ウェイブというのもあまり話を聞かないので、ドイツでノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)が起こって色んなバンドが次々出てきたほどには盛り上がらなかったんだろうなと想像するよ。何かは起こってたんだろうけどシーン全体を牽引する仕掛け人みたいなのがいないとなかなか大きなムーブメントにはならないからね。

第1回のスペインと同様、ロックンロールとかグラム・ロックとかパンクやニュー・ウェイブに直接結びつきそうな音楽の下地があまりないと思える国だから期待もせずに探してみたが、さてどうだろうか?
なお、今回もイタリア語の名前は読めんので、カタカナ表記はあまりしないつもり。 

まずはこれから、Kandeggina Gangという全員女性のパンク・バンドだ。
Kandegginaって何?と思って調べてみたらこのバンドしか出て来なかったからきっと造語なんだろう。
Candegginaというのはイタリアで洗濯用の漂白剤だそうで、日本で言えばワイドハイターEXとかそういうもの。たぶんそれのスペルを変えてバンド名としたのに違いない。勝手に「コインランドリーで意気投合した女4人で結成、メンバー全員洗濯好き」などというストーリーを想像してしまうよ。

ヨーロッパを見回してみるとフランスのスティンキー・トイズやベルギーのプラスティック・ベルトランなどはイギリスのパンク・ロックと大体同じ頃にすでに活動していて時差がほとんどないと思うんだが、こういうのに相当するイタリアのバンドが思い当たらない。
いたのは間違いないんで単にROCKHURRAHが疎いだけかも知れないけど、だからイタリアに目立ったシーンがなかったように感じてしまう。イタリアと言えばまずジョルジオ・モロダーとか連想してしまうもんね。

そういうわけで同時代のバンドを思い出せなかったけど数年遅れて出てきたのがこのバンド。
1979年にミラノで結成、1980年に唯一のシングルをリリースしたKandeggina Gangはイタリアで本格的なガールズ・パンク・バンドの先駆けとなるわけかな?
ちゃんと映像が残ってるだけでも先駆けガールズ・バンドの中では恵まれてる方なんだろうけど、やってる事はスリッツやモデッツ、レインコーツにクリネックスなどと言った女流パンク・バンドの先駆けたちに追随するような音楽性。上記のバンド達よりはまだかわいげがあるけど、そこまで実験的な内容でもない。
ふう、わずか数行に「先駆け」という言葉を多用してしまったのが情けないが、このバンドはイタリア語という以外には特に目立った個性は感じられないな。第1回スペイン編で書いたアラスカが初期の段階でかなり完成された独自のパンクだったのに比べるとちょっと魅力に乏しいかな。

本人たちもそれに気づいたのかKandeggina Gangはこの1曲だけで解散。ヴォーカルのジョヴァンナ・コレッティ嬢はJo Squilloと名乗り別のバンドを始めた。正式な発音に近く表記するならジョー・スクイッロなんだろうが日本人が発音しにくいのでスキーロでいいのかな?まあとにかくJo Squillo Eletrixという次のバンドはイタリア語がパンクに見事に調和していて、元気でお茶目そうなJo Squilloの個性がやっと発揮されたバンドだと思ったよ。

1981年に出たヒット・シングルがこの「Skizzo Skizzo」だ。
Skizzoって何?と思って例のごとく調べてみたらどうやらイタリアで売ってる清涼飲料水・・・ではなくて台所用洗剤の商品名らしい。パッケージがやたら紛らわしくて子供が本当に誤飲とかしてしまいそう。
しかしそれにしても漂白剤の次は洗剤、よほどそういう系列が好きなのかねえ。

ビデオはウルレーションと呼ばれるアフリカなどの甲高い雄叫び(SNAKEPIPEに今教えてもらった)で始まり、バカっぽいけど自分の名前入りのトレーナー着て踊る姿はハリキリ若奥さんには見えてもパンクとは思えない。けど曲調はしっかりパンクや初期ニュー・ウェイブの真っ只中にあるようなもので、覚えやすい連呼型。

この曲「Violentami(レイプ?)」もパンチのある歌声と明るいキャラクターでノリノリになれるね。タイトルからすると笑って歌える内容ってはずはないんだけどなぜに明るい?
曲調はまるでラモーンズのモノマネだし、コンセプトはまるで違うけどレジロスあたりに通じる元気の出るバンドで気に入ったよ。

ジョー・スキーロはその後もソロ・シンガーとしてイタリアでは人気あったようでお色気セレブみたいな画像がたくさん出てくるが、日本ではたぶんあまり知られてない存在だと思う。歳を取ってもパンク精神を忘れずにお茶目なおばちゃんでいて欲しいね。

ジョー・スキーロのKandeggina Gangよりも前の1970年代後半から活動してたのがGaznevadaだ。
ガズネヴァダって何だ?と思って調べたが情報まるでなし。
ネット上には「80年代初期に活躍したイタリアン・テクノポップ・バンドGaznevada・・・」などと判で押したような言葉が並んでるだけで、このバンドと本気で向かい合った日本人はいないように感じる。
無論ROCKHURRAHもそれ以上に語れる材料を持ってないからおあいこ以下だけどね。

どうやら初期の方ではパンクから始まってニュー・ウェイブに至り、という点では他の多くのバンドと同じなんだけど、それからイタロ・ディスコの方面でヒットしてしまったので方向転換したように感じる。

「A.Perkins」はジグ・ジグ・スパトニックとドイツのヴィルツシャフツヴンダーを足したかのような落ち着きのない演奏と効果音に彩られた不気味な名曲。なぜアンソニー・パーキンスなのかは不明だがイタリア、なかなかやるな。
え?ヴィルツシャフツヴンダー(Wirtschaftswunder)知らない?ドイツ編を書くかも知れないので詳しくは語らないがノイエ・ドイッチェ・ヴェレと呼ばれたムーブメントの中でも飛び切りのヘンな迫力に満ち溢れたすごいバンド。このバンド名を例えに使うのはROCKHURRAHの中ではかなり上等の賛辞なのだ(←偉そう)。

上の曲とこの曲が同じバンドの同一アルバムに入った曲(「Psicopatico Party」1983年) だと言うのが信じられないくらいだよ。音楽性の幅が広すぎるのも問題だよな。

で、このビデオの「 I.C. Love Affair」はどうやらヒットした曲らしく、彼らの代表作。
聴けばまあ確かに売れ線のオーラ漂う、少なくとも1983年の音楽事情を思い出せば、どこに出しても恥ずかしくないオシャレな名曲なんだろうな。個人的には上の「モロにニュー・ウェイブ真っ最中」路線で突っ走って欲しかったけどね。

上に書いたガズネヴァダとメンバーがかぶってるそうだがご覧の通り、顔面TV仕様なのでどれが誰だかさっぱりわからん。読めん!というバンド名が続いたがThe Stupid Set、これなら英語なので読めるね。

顔がテレビと言うと真っ先に思い出すのがビル・ネルソンがやっていたビーバップ・デラックスだ。
1978年に出た最後のアルバム「Drastic Plastic(プラスティック幻想)」の裏ジャケ一面にTV顔のメンバーが写っててコンセプトとしては全く同じ。
1980年に出たのがThe Stupid Setのシングル「Hello I Love You」なんだが、ビーバップ・デラックスを知っててやってりゃ完全な盗作、知らなくてもこれくらいのコンセプトなら誰でも思いつくというシロモノではあるが。

このバンドも先に書いたガズネヴァダもイタリアの古都ボローニャの出身だとの事。
旅番組とかでもたびたび出てくる人気観光地だが街全体が煉瓦色という印象だ。
そんな古い街並みにもパンクやニュー・ウェイブの波が押し寄せたらしくて、ボローニャという都市がイタリアのパンクやニュー・ウェイブにとっては重要な地域だったらしい。見てきたわけじゃないから割といいかげんに書いてるけど。

ビデオの曲は(たぶん)ロック好きなら誰でもわかる通り、ドアーズのカヴァー。エレクトロニクスと言うよりはエレキって感じのチープな演奏にちょっとキーボードが入ってるだけで気分は初期テクノポップだよね。これぞ80年代前半ニュー・ウェイブの真骨頂。プラスティックスとかにも通じるね。
英米や日本でも同時代に紹介されてれば話題になったと思うけど、この当時イタリアに注目してたレコード業界の人はプログレ系ばかりだもんね。イタリアに限らず世界にはそういう例がたくさんあって、ちゃんと時代を見る目があればいくらでも音楽は活性化出来たのに、見る目のない年老いた業界人と見る目はあっても資金不足の若造ばかりだったな。

こちらは職人の街フィレンツェのバンド、Diaframmaだ。
ディアフランマと読むのかな?
日本語に訳すと「横隔膜」、何だそりゃ?というバンド名だが何か理由があるのだろう。
どうやらイタリアの初期ニュー・ウェイブとしては人気、知名度もあったみたいでそういうTV番組の特集とかでも必ず最初の方で映像が流れたりする。代表的な存在だったのかね?
旅番組とかでもたびたび出てくるフィレンツェだが街全体がやっぱり煉瓦色という印象だ。こんな街からこういうバンドが出てきたのは意外という気がする。

「Illusione Ottica(錯視)」は1982年に出た彼らのデビュー・シングル(のB面)だが、ジョイ・ディヴィジョン風の暗く沈んだ曲調にイアン・カーティスをかなり意識したステージ・アクションで明らかに真似っ子路線。
オリジナル(イアン・カーティス)にはない動きを模索してるような振り付けがわざとらしいよ。
イタリア語の響きがこういう音楽に合ってるのか合ってないのか?
イタリア、そしてフィレンツェと言えばゴシックよりもルネッサンスだとどこかで読んだが、建築に限らず音楽の世界でもイタリアのイメージではこういう陰気なのはあまり発達しなかったと勝手に思ってたよ。

Diaframmaはバンドとして紆余曲折があったらしくて、最初の頃はギターのみだったFederico Fiumaniが結成10年目くらいでついにヴォーカルとなってからは初期とは違う路線でたぶんもっと人気バンドとなっていった模様。

1989年の「Gennaio(1月)」はいきなり走ってきてドアップというエモーショナルさが炸裂したギターポップ風の音楽で、同じバンドとは思えないほどになってる。歌詞もとても字余り・・・。
このFederico氏、80年代型イタリアのファッション・モデルっぽい見た目に自信を持っている模様で、ギターを弾く時にざんばらりと落ちる前髪などにも、計算されたいい男ぶりが垣間見える。
80年代リヴァプールのザ・ルームというバンドも「俺っていい男オーラ」が漂うヴォーカリストだったが、それを思い出してしまうよ。

Federicoには悪いが初期と後期、どっちがいいかと言われたらイアン・カーティスの影響受けすぎて(ヴォーカルは違う人)思わず笑ってしまう初期の方がやっぱり好みだよ。

 イタリアが70年代のプログレッシブ・ロックだけでなく、80年代のニュー・ウェイブでもなかなか個性的なバンドを輩出していた国だと、今この時代に再認識しても遅すぎか?

最後はこのバンドにしてみよう。CCCP Fedeli alla lineaだ。ドイツのベルリンで結成したイタリア人のバンド、そしてバンド名がソビエト社会主義共和国連邦とはこれいかに?
CCCPの後についてるFedeli alla lineaがわからなかったからGoogle翻訳してみると「ラインに忠実なCCCP」などとさらにわけのわからない事を言ってきたよ。

いかにもハードコアという見た目のGiovanni Lindo Ferrettiを中心とするバンドなんだが、メンバーの中に意味不明のパフォーマンスをするだけの男女2人がいて、ヴォーカルのGiovanniを加えた3人が変な踊りや儀式のようなよくわからん事を披露するという鬱陶しい形式のライブらしい。
衣装なども毎回趣向を凝らして女性メンバーはファッション・モデルっぽい感じ。歌を歌うわけでもなくてランウェイを歩くみたいにウロウロしてたり、かなり不審な存在。
個性的という点では際立っているけど、何かメッセージ性がありそうな割にはやりたい事があまり伝わってこないのがちょっと残念なバンドだ。 色物バンドってほど受けを狙ってるわけでもないし、言葉の壁を越えるような何かがあれば良かったんだけど。

さて、まだまだ探せば色々出てくるはずのイタリアーノ・バンド達。いつもの事だが時間がおしてしまったので残念だが今回はここまでにしよう。

それではチ・ヴェディアーモ(イタリア語で「じゃあまたね」)!

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【80年代に戻ってこのムーブメントを体験したかった】

ROCKHURRAH WROTE:

夏が苦手なROCKHURRAHとSNAKEPIPEは毎年のように「今年の暑さは異常」などと決まり文句を言ってるけど、先週は特にひどかった。ピークは過ぎたと言うものの本当に毎日危険なくらいの暑さで早くもウンザリしてるよ。これがまだ一ヶ月以上も続くかと思うと気が遠くなるな。

ウチのエアコンは何かに祟られていたのか?全く涼しくならない、下から水がボタ漏れ、慌てて拭こうとしてROCKHURRAHが指を大怪我、交換したにも関わらずボタ漏れが全く解消しない・・・などという苦難が続いて数年の間に三回も取り替えたといういわくつきのものだが、それ以降は快調でとても効きがいい。
前の効かないまんまじゃ今年の夏は乗り切れなかったろうな。

さて、そんな猛暑の中、また尻切れトンボになりそうな新企画を考えてみた。
題して「80年代世界一周」ってのはどうだ?
小学生の頃にジュール・ヴェルヌ作品をいくつか読んだ記憶はあるが、タイトルは知ってても内容は覚えてないくらいだから、個人的にあまり感銘を受けなかったのかもね。子供の頃から王道嫌いだったもんな。
でもタイトルだけはしっかりパクってみた。

書こうとしてる事はROCKHURRAHの場合ほぼ不変で、要するに(主に)英米以外のパンクや80年代ニュー・ウェイブを国ごとのくくりで取り上げてみようというもの。ROCKHURRAHがやってる他の企画と構成はほとんど一緒だな。
おそらく2、3回書いたら飽きてまた書かなくなりそうだと予感してるけど、企画倒れでもいいから思いついたら一応実行してみるよ。ちなみにROCKHURRAHの似たシリーズ企画で「ロックンロール世界紀行」というのもあるんだけど、これも一年以上も記事を書いてないなあ。
 
記念すべき最初の回はどの国にしようかな?と考えてみたけど、やっぱり何年もウチの中でブームが続いてるスペインにしよう。西班牙と書いてスペインというのはこの記事でも書いたね。
80年代ニュー・ウェイブを数多く聴いて英米以外のレコードも見つけては買い漁っていたROCKHURRAHだが、なぜかスペイン物にはほとんど目もくれず無視していた。
たぶんその頃聴いてた暗い音楽とスペインの情熱的なお国柄が全然マッチしてないと思い込んでて、勝手に敬遠してたんだろうね。
そういうわけでスペイン物についてはほとんど知識もないまま進めてみるという無謀な今回の芸当、かなり無理がありそうだよ。
あと、外人の名前やバンド名をカタカナ表記する事が多いROCKHURRAHだが「読めん!」という場合が多数なので、 このシリーズ企画ではそのまんま書くことにするよ。調べるほどの時間がなかったのじゃ。

まずはちょっと前にSNAKEPIPEが記事を書いたペドロ・アルモドバル監督のデビュー作「ペピ、ルシ、ボンとその他大勢の娘たち」、この映画でボン役として脚光を浴びたアラスカ。
スペインのパンクやニュー・ウェイブについてほとんどわかってないROCKHURRAHにとっては数少ない知った顔(ごく最近知ったばかりだが)がアラスカなのだ。
スペインではなくメキシコ生まれだとの事だが芸名アラスカとはこれいかに?
活動してたのはマドリードなのでスペインのバンドでいいよね。

映画の中ではパンク・バンドのぽっちゃりパンク娘という役で実際に歌うシーンもあったけど、本人も70年代後半、何と14歳の頃からからKaka De Luxe、Alaska y los Pegamoides、Alaska y Dinaramaなど色々なバンドで活動していた模様。

「Horror en el Hipermercado(ハイパーマーケットの恐怖:by Google翻訳)」は1980年に出たAlaska y los Pegamoidesのデビュー曲でいかにもスペイン産B級パンクといった路線。スーパーマーケットを舞台にしたコミカルでキッチュなビデオもいいね。マルジャン・サトラピ監督の「ハッピーボイス・キラー」を連想してしまったよ。
バンド名をGoogle翻訳してみると「アラスカとペガモイデス」で訳すまでもなかった。
で、ペガモイデスって何よ?と思って調べてみたらもうひとりの女性メンバーAna Curraの別名(?)がAna Pegamoideだという事。この人も歌うし色々な楽器もこなす、スペイン・パンク界のスターなんだね。

スペインと言えば悪名高いフランコによる独裁政権が1975年まで続いて色々な弾圧がまかり通っていた時代があった。
それがフランコの死によって民主化へと移行してやっと自由な時代になったんだけど、この頃の反体制的な若者文化をラ・モヴィダ(La Movida Madrileña)と称するらしい。
見てきたわけでないから知った風な書き方はしないが、ニュー・ウェイブとかノイエ・ドイッチェ・ヴェレとかのスペイン版みたいな感じだったのかね?こういう動きの中心的な存在だったのがペドロ・アルモドバル監督やこのアラスカだったらしい。

ラ・モヴィダによってスペインの音楽は劇的に変化して、まあ要するに英米のパンクやニュー・ウェイブ、それらに影響を受けたスペイン産のバンドたちが一気に浸透していったという事だね。
面白いのはスペインの場合、マドリード市長自らこのムーブメントを推進していたというところ。「イマドキの若者は・・・」などと年寄り連中の反発もあっただろうに、若者文化に迎合してたというわけだね。さすが軽薄を恐れない国、スペインらしいね。

そういう自由な雰囲気の中で生まれたスペインのニュー・ウェイブだけど、元々ロックの土壌があまりない国なのでちょっとイビツな発達をしたような印象がある。
アラスカはこのAlaska y los Pegamoidesでは初期はチープなパンク路線(1980年、上の映像)なんだが、もう少し後のAlaska Y Dinarama時代になるとスージー・スーやニナ・ハーゲン、プラズマティックスのウェンディ・O・ウイリアムズを足したようなアグレッシブな見た目になる。がしかしその派手なルックスとは裏腹に音楽はどんどん普通のポップになってゆき、この辺が非常に残念な感じがするよ。 

1986年のこの曲なんて見た目といかにもメジャー路線の音楽のギャップが激しすぎる。
プラズマティックスはチェーンソー持ってギターの解体ショーやって喝采を浴びたけど、似たようなもの持ってるだけで曲もパフォーマンスも中庸なもの。アラスカよりも後ろの変な動きのダンサーの方に目が釘付けになるよ。見た目だけの過激さじゃいかんな。

そのAlaska y los PegamoidesのメンバーだったEduardo BenaventeやAna CurraによるバンドがParálisis Permanenteだ。例によってバンド名をGoogle翻訳してみたら「永久麻痺」との答えが。うーん、絶対なりたくない状態だな。
このバンドも基本はパンクなんだけどAlaska y los Pegamoidesよりはもう少し重厚な部分もあっていわゆるポジティブ・パンク、ゴシック的な音楽性を併せ持っていたように感じたよ。
Alaska y los Pegamoidesの方はヘタの横好きでギターをやりたがるアラスカ(勝手な想像)のせいでバンド全体のポテンシャルが低めだったからね。
アラスカ抜きのこっちは演奏力が上がったのかどうかは不明だけど、見た目も曲も雰囲気も好きな感じのバンドだ。曲によってはバウハウスっぽかったりラモーンズをマイナー調でやったみたいな路線だったり、日本ではほとんど同時代には紹介されなかったバンドなんだろうけど、プロモーションやライブ映像も思ったよりは残ってて本国では人気あったんだろうかね?

「Adictos de la Lujuria(欲望の中毒者:by Google翻訳)」は1982年にリリースされた彼らの唯一のアルバムに収録されていた曲。
ジョイ・ディヴィジョンやバウハウス、スージー&ザ・バンシーズ、UKディケイなどまだポジパンやゴシックなどと言われる前の時代に活躍したパイオニア達の影響を感じて、様式としてまだ完成されてない部分が逆に魅力だとROCKHURRAHは感じたよ。それらほどの迫力は全くないけどね。
個人的にスペインのニュー・ウェイブはスルーしてしまったが、もし同時代に知ってたならこの手のバンドは間違いなく追いかけていただろう。当時に知らなくて残念。

それにしてもこのビデオ、ドラムは「そこまでするか?」というくらい足を投げ出してやる気なさ満開、やる気なさすぎて逆にこの姿勢の方がきついだろうに、と思えるよ。
ベースやキーボードはいかにも80年代のバンドといったヴィジュアルでいいね。
少年っぽいヴォーカルのEduardo Benavente、彼の軟弱な声や見た目も絶妙なバランスでキャラクターの魅力も際立っている。
スペインのニュー・ウェイブは意外とレベルが高いという事がわかったよ。ROCKHURRAHが今この時代にこの年齢になってわかっても「もう遅い」としか言いようがないけど。
残念なことにこのEduardo Benavente、これからという1983年に交通事故で他界してしまったらしい。わずか20歳という若さだった。だからこのバンドもたった1〜2年くらいしか活動してない伝説のバンドだけど、一緒に事故に遭った他のメンバーは無事で、その後も違うバンドで音楽活動を続けているところが偉い。それが一番の供養だよ。

スペインのニュー・ウェイブはあまり知らないから軽く書くつもりだったのに、いつの間にか色々調べたりしてしまったよ。これ以降は初心に戻って短く書くことにする。
Radio Futuraもラ・モヴィダの流れで早くから知られたバンドだったらしいが上に書いたAlaska y los PegamoidesやParálisis Permanenteに比べたら見た目の素人っぽさが際立っていて、これを最初に見てたらやっぱりスペインのニュー・ウェイブは英米に比べてかなり遅れてると思ったかも知れないな。
ただしどうしようもない三流バンドにも常に注目していたROCKHURRAH、逆にこのダサさ加減も評価してしまうよ。
1980年に出た初期のシングル「Enamorado De La Moda Juvenil (青春のファッションで:by Google翻訳)」はこの年のヒット曲らしいけどいかにもラテン系パワーポップみたいな雰囲気。前のメンバー4人は学生バンドみたいなのに右後ろのキーボードだけちょっと髪が薄い年長者に見えるけど、この人のダンス・パフォーマンスのハイテンション具合がすごい。あまり目立たない後ろだからやりたい放題やってて、目が釘付けになってしまうよ。

キーボードがハジけてると言えばこの2人も本人たちは大マジメなんだろうけど、妙に気になる。
スペインのクラフトワークかYMOか?というようなシンセポップのAzul y Negroだ。Google翻訳してみると「青と黒」らしい。うーん、それくらい翻訳しなくてもわかるか?

ハビエル・カマラみたいなヒゲおやじ(通称:黒)は何が嬉しいのかわからないが始終にこやかにしてて、妙なノリノリ具合が古臭い楽曲とマッチしているね。そもそも何でニュー・ウェイブやってるの?と訊きたくなる見た目とファッションに目を奪われる。エレクトーン教室の先生とかの方が似合うんでないの?
キメキメのインカム男(通称:青)の方はこれまた80年代にはよくいたタイプだが、イギリスのこの手のバンドに比べると著しくクールさに欠けていて、それがスペインらしさという事かな?

歌うのは1983年に出た「No Tengo Tiempo(私には時間がない:by Google翻訳)」 なんだけどTVでは放映出来ないような空耳に聴こえてウチでは結構前から注目していたよ。

これは見た目と音楽性で一目瞭然、非常にわかりやすいけどスペイン版DEVOを狙ったに違いないAviador Droというマドリードのバンド。他のビデオだと初期レジデンツ風のかぶりものしてたり、これほど堂々と二番煎じの安直さに満ち溢れたバンドは世界にもそうそういないと思えるが、これでいいのか?

ところでAviador Droって何じゃろ?Google翻訳してみると「ドロフライヤー」などという意味不明の回答が出てきた。それが一体何なのか非常に気になる名称だな。

3つ前からのRadio Futura、 Azul y Negro、そしてこのAviador Droに共通して言えるのはメンバー内にパンクやニュー・ウェイブに関係なさそうなルックスの男が含まれてるどころか、実はその人こそがバンドの中心人物らしいという不思議な現象。ラ・モヴィダという流行りに便乗して全然違った事をしていた者までその手の音楽を始めたという事なのか?

スペインという国にはダークなバンドはあまりないとこちらが勝手に思っていたけど、こんなバンドもあったよ。Décima VíctimaはGoogle翻訳によると「10番目の被害者」となったが一体何の事か?
ミステリーの世界で10人もの殺人事件が起きてなおかつ犯人がまだ見つかっていないとしたら相当な大長編かよほどのボンクラ探偵か、と思うけどどうなんだろうか?犯罪阻止率が異常に低いと思われる名探偵、金田一耕助の「八つ墓村」でも10人までは殺されてなかったような気がしたが・・・。

「Detras De La Mirada (見た目の裏側:by Google翻訳)」は1982年に出たシングルで、声質といい音楽性といいジョイ・ディヴィジョンの影響を強く感じるが、ヴォーカルがかなりおっさんくさいところがとにかく残念。会社経営者が音楽の心得ある部下を無理やりバックバンドにさせたというような構図を想像してしまうよ。
ヴォーカル一人だけ座ってるし、無理やり従ってる気持ちがこの暗い曲調に表れてるのかな?(勝手に想像してるだけなので信用しないように)

どうせ知らないから好き勝手書こうとしたが、スペインの80年代がこんなにニュー・ウェイブが盛んだとは思わなかった。まだまだたくさんのバンドがいたんだけど、そろそろお時間となりましたので今日はここまで。

それではノス・べモス(スペイン語で「じゃあ、またね」)!