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【ROCKHURRAH制作の乗り物大全ビデオ。ありがちだなあ】
ROCKHURRAH WROTE:

タイトルの中に同じ単語が使われたものを挙げてゆき、そこにいいかげんなコメントをしてゆくだけというROCKHURRAHお得意の安易企画がこの「俺たち○○シリーズ」だ。
カヴァー曲特集と同じで、あまり下調べもなく考えずに書けるかな?と思って始めたけど、こういうの書いてる時は逆に(ブログ書くヒマがなくて)余裕がない時だと思っててね。
今週も結構ギリギリになりそうな予感。

さて、今回は同じ単語ばかりじゃ飽きてしまうので、広い意味での「乗り物」に焦点を当ててみた。
しかしタイトルにはつけたものの、外人とも話さないし日常的には「ヴィークル(vehicle)」なんて英語使った事ないよ。ベヒクルじゃないのか?みんな普通に使ってる言葉なのか?

今日は割と多めに紹介するつもりなので前置きも短い。では乗り物嫌いなROCKHURRAHと一緒に色んな乗り物を体験してみようか。

まず最初のヴィークル派は一番身近なこれから。
首都圏に住んでると電車=満員電車という事になって、これに好感を抱いてるのは痴漢くらいのものだが、この時代になってもまだ満員を解消する手段もなくて通勤では当たり前の試練だとされてるのは異常だと思うよ。21世紀がこんな現代になるなんて子供の時には想像も出来なかったよ。
これから先もずっと改善されっこない日本の満員電車、ITばかりいくら発達しても、こういう方面はまるで発展しない社会なんだな。

いきなり怒りモードになってしまったが、電車は嫌いでも「列車」と聞けば長距離とか旅を連想して多少はマシな気分になる。乗ったら乗ったで迷惑な家族や周りのうるささに辟易するんだろうけどな。

ROCKHURRAHが特別に旅をしてない人間なのかはわからないけど、いわゆる夜行列車、寝台車というものに乗った事がない。夜行バスや夜行フェリーには乗った事があるのにね。まあそういう列車で向かう場所に縁がないというだけだろうが。

ヴィサージは80年代前半のニュー・ウェイブ界で大流行したニュー・ロマンティックというムーブメントの中心となったバンドだ。70年代のグラム・ロックと同じく男が化粧したり着飾ったりしてナイトクラブで華々しく遊ぶというようなリッチな感じが、それまで不況にあえいでたイギリスの若者社会でなぜ受けたのかは不明だね。「心はボロボロでも見た目は錦」という憧れの心情かねえ?

ビリーズ、ブリッツなどの名高いナイトクラブでイベント仕掛け人みたいな事をやってたスティーブ・ストレンジとラスティ・イーガン(元リッチ・キッズ、スキッズ)が、様々な人脈をもとに作った暫定的なバンドがヴィサージだった。
奇抜とも言える派手な衣装を着てモードの世界でも大注目。ウルトラヴォックスやマガジンの主要メンバーが参加していたので音楽界でも大きな話題となって、デビューした時からビッグなスター扱いだったもんね。暫定的と書いたのはメンバーみんな他のメインの仕事持ってるからという意味。
ニュー・ロマンティックはイギリスから世界に広がる流行となって、ヴィサージの他にもデュラン・デュランやスパンダー・バレエ、カルチャー・クラブなど有名バンドが続々登場した時代だった。

「ナイト・トレイン」は1982年に出たヴィサージの2ndアルバムに収録の曲でシングルでもそこそこヒットした。日本ではTDKのビデオテープCM曲としてスティーブ・ストレンジ本人が登場し、当時の女性ファンを狂喜させたはず。この時の音が歌ってないサビの部分だけで、こういう曲調なんだと思ってたらシングル買って全然違うダンサブルなものだったので驚いたもんだ。

スティーブ・ストレンジはすでに死亡しているしヴィサージもニュー・ロマンティックも輝いてたのはほんの短い期間だけなので、あの時の盛り上がりを今、伝えられないのが残念。

トレインと共に最も身近なのは車だね。次のヴィークル派は1979年発表、ゲイリー・ニューマンのそのものズバリ「Cars」にしてみよう。

ROCKHURRAHは今まで一度も車の免許を取った事がなくて若い頃の愛車は原付きのみ。その免許も面倒で更新しなかったから、それ以降は自転車か徒歩という中学生並みの機動力しかない。
SNAKEPIPEは免許だけ持ってるけどたぶん全く乗れなくて、だからROCKHURRAH家の移動手段にクルマの選択肢はないのだ。そこまで不便を感じた事はなかったからこれで良し、だね。ん?別にそんな話はどうでもいい?

ゲイリー・ニューマンがチューブウェイ・アーミーというバンドでデビューしたのは1970年代後半、まさにパンクがニュー・ウェイブという、より広範囲の音楽になっていった頃の話だ。
白い顔にクッキリのアイライン、真っ黒の衣装を着た無表情の姿はまるで心を持たないアンドロイドのような印象で、ややタラコくちびるが玉に瑕。こういうインパクトの強い風貌で話題になったのはデビュー作ではなく、1979年に出た2ndアルバム「Replicas(幻想アンドロイド)」の時だった。
ここに収録されたシングル「Are “Friends” Electric?」が全英1位の大ヒット、ようやく日本でも注目されたのだ。1stもちゃんと日本盤でリリースされてたはずなのにね。
この曲もまた「ナイト・トレイン」と同じくサビの部分が歌ではなく演奏のみというパターンだったね。そういうのが流行ってたわけじゃないけど、それでも堂々の1位。

テクノポップ、エレクトロニクス・ポップ、シンセ・ポップ・・・呼び方は人によって違うが、彼らもその手の音楽の先駆者のひとつだったな。
クラフトワークやYMOが電子楽器中心なのに対して、チューブウェイ・アーミーやウルトラヴォックス、ビル・ネルソンズ・レッド・ノイズ、シンプル・マインズ、リッキー&ザ・ラスト・デイズ・オブ・アース(長いバンド名)など同時代に活動したパイオニア達は、あくまでロック・バンドの編成にシンセサイザーを付け足しただけのような使い方をしてて、ちょっとニュアンスは違ってたけどね。

で、チューブウェイ・アーミーのバンド形式の方が個人的には良かったのに、自分の多大な才能を過大評価し過ぎて、ゲイリー・ニューマンはバンドのキャリアもそこまでないのに、早々とソロになってしまう。
師と仰ぐジョン・フォックスがウルトラヴォックスを脱退したから同じ道を行きたかったのか、そもそもどっちのソロ転身の方が早かったのか、その辺の詳しい事は知らないけど。

「Cars」はその頃のシングルでこれまた全英1位の大ヒット。
チューブウェイ・アーミーの2ndはそれなりに評価してるROCKHURRAHだが、ソロの一作目にして早くも行き詰まった感じがして、急速に興味がなくなってしまったよ。
ソロとは言っても一人でやってるわけでもないしバンド・メンバーも登場する。名前が変わっただけで大差ないとは思うが、デザイナーがブランドから独立して、自分の名前のブランドやりたがるのと同じようなもんかな?
ビデオの方に車要素はまるでないが、ところどころで決め顔のストップモーションになるのが自分ではイケてると思ってたに違いない。うーん、やっぱり自己過大評価し過ぎてるなあ。

ROCKHURRAHにとって電車よりも車よりも身近なのが自転車だった。
まだ実家にいる時はもっぱらスクーターだったが、昔のスクーターは荷物入れるところがなくて、買い物を持って帰るのが大変だった。それで手軽な自転車の方がメインとなって、どこに引っ越した時も大体乗ってたな。何度も盗まれてイヤになったりもしたけど。
近年はママチャリではなくもう少しマシなのにSNAKEPIPEと二人で乗ってたが、最近はあまり乗らなくなってしまった。興味なくなったわけじゃなくてウチの駐輪場事情によるもの。屋根付きではあるけど雨風がすぐに吹き込むし、カバーをかけたら外すのも面倒で、次第に乗らなくなったのだ。自転車をそのまま置いておけるような環境になったら毎日でも乗るんだけどね。

というわけで次のヴィークル派は話の流れでわかる通り、ピンク・フロイド1967年の名曲「バイク」。
ここで言うバイクとはモーターサイクルではなく自転車だ。自転車と聞けば誰でもすぐに思い浮かべるクイーンの「バイシクル・レース」などはウチのスタイルではないので、決してここでは取り上げないのだ。

70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブ専門などとほざいてるROCKHURRAHだが、古いロックでも好きな例外(別格)があって、そのひとつがシド・バレット在籍時の初期ピンク・フロイドだ。
サイケだけどポップで独特のメロディ、何でこの展開になるの?と思ってしまうような意外性のある曲調、この頃のシド・バレットのカッコ良さには影響を受けたもんだ。影響を受けたからと言って何も音楽的活動はしてないけど心の中では息づいているよ(ウソ)。後のニュー・ウェイブ、特にオルタナティブやネオ・サイケと呼ばれたような音楽にも大いに影響を与えた音楽だったね。

ピンク・フロイドの初期は1960年代という時代には珍しく、プロモーション・フィルムのようなものが残ってるんだけど、今回取り上げた「バイク」はシングルでないので、後の人が作った映像みたいなのしかなかった。これはベルギーのTVが作った静止画プロモ。初期の代表曲「アーノルド・レーン」とかは今見ても全然古臭くないプロモがあるのに残念。

ありきたりなのばっかりで「もっとパンチの効いた(死語)乗り物ないの?」と不満の人もいるだろう。
では、個人所有が許されるかどうか不明だが、これはどうだ。ワンランク上のヴィークル派男子だったら憧れの的に違いない。

戦車に乗った経験のある自衛隊員以外の人はかなり少ないだろうが、ROCKHURRAHは子供の時に米軍基地のある街に住んでて、家も米軍ハウス、隣は米軍関係者の外人家族という、ちょっとカッコイイ暮らしをしていた。今でも横田基地でやってるような(最近は知らないが)友好祭みたいなイベントがあって、そこで戦車に乗ったような記憶がある。何十年前?という大昔の記憶だからアテにはならないけど写真が残ってるんだよね。だから「狭くて暑かった」などというウソみたいな記憶もないんだけど。しかもこんなの乗ったうちに入らないか?
ナイキ・アジャックスなどというスニーカーみたいな名前のミサイルと写った写真も残ってるけど、もしかしたら米軍基地ではなくて近場にあった自衛隊の方だったかな?

今回の記事は割とメジャーなのばかりで書いてる本人は意外と書きにくい、と言うかROCKHURRAHならではの味が出せなくて苦労してるが、これまた有名。ストラングラーズ屈指の名曲、1978年の3rdアルバムに収録「Tank」だ。シングルのB面にもなってるな。

ストラングラーズは初期ではドアーズっぽいキーボードが目立ってパンクという範疇だけでは語れないんだろうけど、これだけベース・ラインがアクティブで攻撃的なバンドは他に滅多にないわけで、この部分だけでも充分にパンク好きの血がたぎるバンドだったと言えるだろう。
トレンチコート着たまま歌うヒュー・コーンウェルが変質者っぽいとか、ジャン=ジャック・バーネルが暴力的で怖いとか、ドラムとキーボードがおっさんっぽいとか、実は全員インテリだとか、どちらかと言うと女性受けしなさそうなバンドだったが、 この野太い歌声とソリッドなベースは充分に個性的だった。

確か、働きまくって金を貯めて戦車買って、大砲ぶっぱなしたいというようなストレートな願望を歌ったもので、公の場で口には出せないが「あるある」と共鳴した人も多かったことだろう。

関係ない話。ウチでは夕食後の洗い物の時のBGMでiTunesのラジオをかけるんだが、気に入って聴いてたパンクの番組(今はないみたい)では、ストラングラーズの「Nice ‘n’ Sleazy」が必ずのようにかかる。それはいいんだが、いつも45回転を33回転にしたような、異常にゆっくりしたヴァージョンのがかかって尋常じゃない。「またまたストラングラーズ」などとSNAKEPIPEと話題にしている毎日だった。

ヴィークル派も佳境に入ったが、お次はこれ。

ROCKHURRAHには全く縁がない乗り物だけど、よほどの大物か金持ちになったら自家用ヘリくらいは所有してるかも知れないね。しかしプライベート・ジェット機とかプライベート・ヘリコプターとか、個人的にはまるで羨ましく思わないよ。

縁がないとは書いたけど、前に一度だけUH60ブラックホーク(軍用ヘリ)と同型のコックピットに座った事だけはあったな。当時は軍人並みの顔つきだったので違和感がまるでなかったくらいにその場所が似合ってたけど、もちろん飛行したわけじゃなくただ座っただけ。

乗ってないわけだから何とも言えないが、うるさい、落ちそう、プロペラに触れて首が飛びそう、などと勝手な想像が膨らみ、ROCKHURRAHが最も忌み嫌う乗り物がヘリなのだ。最後の首が飛びそうは映画の観すぎだろうけど・・・。

そんなイヤなヘリコプターについて歌ったのがXTCの1979年、3rdアルバムに収録の「Helicopter」だ。この曲はXTC得意のおどけた感じの曲でシングルのB面にも入ってたな。
何か今回、そのものズバリのタイトルばかり特集しててヒネリも何もないありきたりな記事で情けない。

XTCはパンク直後くらいにデビューしたバンドだが、パンクで語られる事はなくてパワーポップ、テクノポップあたりで当時はよく話題になっていた。
オルガンという手動楽器しか入ってない初期XTCなんだがテクノとはこれいかに?曲の作りの奇妙さがテクノに通じるとは思ったが、エレクトロニクスとはチト違う。この見解について当時の友人と論争した覚えがあるけど、ヒマだったんだね。
2ndくらいまでのXTCはやってる事の全てが斬新で、何だかよくわからない「初期ニュー・ウェイブ」という音楽を最も端的に表すようなバンドだった。
3rdからはその奇妙なキーボードが脱退して、よりポップな音作りになったのが逆につまらなくなって、だからROCKHURRAHは4thアルバム「Black Sea」あたりまでのXTCしか評価しない事にしている。

初期はライブを得意技にしてたXTCだが、どんな時でも余裕のパフォーマンスを見せるアンディ・パートリッジに対して、他のメンバーは割といっぱいいっぱいに見えるのが危うい。一番右側のデイヴ・グレゴリー(この当時の新メンバー)の髪型が巨人ゴーレムみたいですごいな。何でこんなのメンバーにしたんだろう。

ヴィークル派最後の大物と言えばこれに尽きる。
最も身近でない乗り物、ロケット。さすがにどんな金持ちでも職業以外でこれに乗った事ある人はいないだろう。自家用ロケット持ってるなんてSFの登場人物か国際救助隊のトレイシー一家くらいのものか?

ROCKHURRAHの実家がある北九州にはスペースワールドというテーマパークがあったんだけど、これが開園したのはすでにROCKHURRAHが地元を離れたずっと後の話。たまに帰省しても一人で行くはずもなし、結局は電車の窓から眺めた事しかないまま、今年限りで終わるらしい。さすがにロケットや宇宙について個人的思い出などあるはずもないから苦しいしエピソードになってないな。

「Silver Rocket」は1988年にソニック・ユースが出した二枚組大作アルバム「Daydream Nation」に収録の曲。1980年代前半から活躍していた大御所で大人気のバンドだが、どこを弾いてるのかよくわからないノイジーなギターと歪んで不安感に満ち溢れた曲調(陳腐な表現で情けない)、後に登場したグランジの元祖的な存在でもあり、アメリカのオルタナティブな音楽を世界的に知らしめた功績は大きいね。

ロック界有数の巨人(身長2メートル近い)サーストン・ムーアと鋭い目つきのキム・ゴードン。ロックな夫婦の理想形みたいに憧れの存在だったが2011年に離婚して活動休止、解散?その後はどうなったんだろう?
個人的にはソニック・ユースを聴いたのは80〜90年代にかけての短い期間のみだったのでそれ以降の事はよく知らない。
これだけに限らず、ROCKHURRAHやSNAKEPIPEが愛した80年代はもう戻ってこない。同じような喪失感を持った仲間も今はいないので、二人だけで80年代に浸って生きてゆこう。え?大げさ過ぎ?

今回はいつもより多めにビデオを選んだから、コメントも駆け足気味。ギリギリになってしまったから疲れたよ。次回はもっと余裕を持ってブログを書き始めないとね。

それではまた、タン ビエッ(ベトナム語で「さようなら」)。


【聴き込んだのに所持していなかった一枚】

SNAKEPIPE WROTE:

昨日2017年7月1日は、SNAKEPIPEにとって貴重な日になった。
2016年より情報が入ってきていた「ツイン・ピークス」の25年後を描いた「Twin Peaks: The Return」!
敬愛する映画監督デヴィッド・リンチが監督し、既にアメリカでは放映が開始されている。
日本での放映は、前回(といっても25年前だけど)と同じWOWOWで放映されることも知っていた。
7月からの放映に備え、25年前のシリーズを観直していたROCKHURRAHとSNAKEPIPE。
好き好きアーツ!#05 ツインピークス」で記事にしているのが2008年なので、直近で鑑賞したのが約9年前ということなるね。
今回再(何度めだ?)鑑賞して、改めてツイン・ピークスの魅力にどっぷり浸かっているところである。

思い返せばデヴィッド・リンチが監督した最後の映画が2007年の「インランド・エンパイア」。
リンチアンとして「次の映画はいつ?」と待ち続けて10年が経過したことになるね。
ところが先日リンチは映画監督をやめると発表しちゃったんだよね。
理由は今の環境では自分の好きな映画を撮ることができないから、だという。
つまりは興行収入重視の、エンターテインメント性ばかりを追求するような映画じゃないとスポンサーがつかない現在の映画界に嫌気がさしたんだと思う。
実際、リンチが本当に撮りたい映画は万人受けしないだろうから興行収入は期待できないよね。

25年後のツイン・ピークスはテレビ・ドラマなので、最初からスポンサーが付いているから問題なし!
放映前から世界的に注目されていたところからみても、SNAKEPIPEを含めて当時夢中になった人がどれだけ多かったのかよく分かるよね。

ROCKHURRAH RECORDSも、25年後のツイン・ピークス観たさにWOWOWに加入することにする。
7月22日からスタートだと言われていたけれど、7月1日に第1章、7月2日(まさに今日!)第4章までを先行放映するというのである!

そしてついに第1章が放映された!
ツイン・ピークスは25年ぶりだけれど、リンチが監督した映像ということになると10年ぶり!
「Directed By DAVID LYNCH」
の画面を観ることができて、本当に感激したよ!
ところが…。
WOWOWでの先行放映は、なんと吹き替え版のみ(二ヶ国語版)!
ROCKHURRAHも友人Mも同じで、映画は字幕版しか観ないんだよね。
それでも映像は観たいので、無理矢理言語を英語にして、字幕を日本語にして鑑賞。
ところがこの字幕とは、聴覚障害者向け字幕だったので、普段観ている字幕とはまるで別物だったんだよね。
せめて「吹き替え版」か「字幕版」を選べるようにして欲しいよ!
お願いしますよ、WOWOWさん!

第1章だけでは内容については何も言えないけれど、映像は「まさにリンチ」だったね。
7月下旬からの字幕版が楽しみだ!(笑)

さて、お次は25年前に熱狂したツイン・ピークスよりも更に昔の思い出話を綴ってみようか。

好きな音楽は?と聞かれたなら「ROCK」と答える。
本当はパンクだ、サイコビリーだ、ガレージだ、などと細かいジャンルはあるけれど、そこまで言って分かる人のほうが少ないからね。
洋楽というだけで最初から話が合わないことが多いし。(笑)
そんなSNAKEPIPEだけれど、学生時代には夢中になった日本のバンドもいたんだよね。

それはニューウェーブの時代!
YMOに始まり、ヒカシューやプラスチックス、ジューシィ・フルーツなど大好きなバンドがたくさんいたっけ。
書いてるだけでも懐かしい。(笑)
ふたりのイエスタデイ chapter02 / The Stalin」と同じ頃になるだろうか。
当時の友人達は皆、新しい音楽を吸収することに貪欲だった。
その友人の中の一人が持っていたのが「ゲルニカ」だった。
「ゲルニカ」といってもピカソの「ゲルニカ」じゃないからね。(笑)

当時は文化屋雑貨店に足繁く通い、丸尾末広の漫画を読み、東京グランギニョルを鑑賞するのが好きだったSNAKEPIPEにとって、魅力的なキーワードは「チープシック」で「レトロ」「アングラ」だったんだよね。
プラスして「エログロナンセンス」もあるんだけど、それはまた別の機会に。(笑)

1927年に制作されたフリッツ・ラングの映画「メトロポリス」 (原題:Metropolis)がジョルジオ・モロダーによって再編集版が公開されたことなども、1980年代の懐古趣味に拍車をかけた要因かもしれない。
今まで知らなかった古い文化を知る、まさに温故知新だよね!
そういえば良くサイレント映画を観に小劇場に出かけていたのも、この時期だったなあ。(通い目)
そういった環境の中、興味はすっかり過去に向かって前進していた(?)SNAKEPIPEのハートを射抜いたのが「ゲルニカ」だった。

「ゲルニカ」は1981年に結成されたバンドで、1982年にアルバムを発売している。
YMOの細野晴臣プロデュースによるデビュー・アルバムのタイトルは「改造への躍動」。
これを友人がカセットテープに録音してくれたのである。
このアルバムの中での時代設定は戦後ということになっている。
第二次世界大戦後、ということなら1945年直後の日本をイメージした世界観なんだろうね。
LP持っていれば、誰が作詞やってたとか詩の内容を知ることができたはずだけど、そういった情報は一切なし。
ボーカルの戸川純と作曲の上野耕路がレコードジャケットにも出ているので、この2人だけがメンバーかと思いきやアートワークと作詞で太田螢一も参加しているんだよね。
ROCKHURRAHが書いた「時に忘れられた人々【24】小栗虫太郎 第2篇」に太田螢一の「人外大魔境」があったね。
ヒカシューの巻上公一がボーカルの曲だけど、ほとんどゲルニカだね。(笑)

ゲルニカの懐古趣味は曲調やメンバーのファッションだけではなかった。
曲のタイトルや詩まで旧仮名遣いを使用し、徹底していたところも魅力だったね。
そのため「改造への躍動」は「くわひざふへのやくだふ」になるんだよね。
この旧仮名遣いも友人同士で真似たこともあったなあ。

太田螢一の作詞センスも見事だった。
本当に戦後の日本を見ていたかのような風景描写、その時代の最先端を表現するキーワードがちりばめられ、詩の情景が視覚化されて頭に浮かぶ。
文学的な要素を含んだ歌詞はSNAKEPIPEを虜にしたよ。(笑)
上野耕路の作曲も斬新だった。
渡辺はま子(蘇州夜曲)・ミーツ・テクノ、というミクスチャーだからね!
なんとも摩訶不思議なメロディを奏でていたよ。
戸川純の演劇めいたボーカルが、ドラマチックな仕上げをしている。
途中でオペラっぽくなったり、泣きそうな声になったりするんだよね。
歌でも演じているとは、すごいよね!

「改造への躍動」はカセットテープで擦り切れる程聴き込んだ。
ものすごく気に入ったんだよね。
だったら買えばいいのに。(笑)

LPも持っていないくらいなので、当然のようにライブに行ったこともなかった。
今回「ゲルニカ」を特集するために調べて、初めて映像を観たよ。
戸川純、若い!(笑)
上はYMOの高橋幸宏と細野晴臣が司会でゲルニカを紹介しているレアな映像。
エリートの上野耕路は挙動不審で、戸川純はセリフを何度も噛んでるね。
肝心のゲルニカの演奏が始まるまでの時間が長いかったので、映像を少し短縮したバージョンで載せている。
高橋幸宏と細野晴臣が登場するシーンが観たい方は最初に戻してみてね!

戦後の日本をテーマに選び、きちんとコンセプトを決めて編成された「ゲルニカ」は、その後2枚のアルバムを出していたようだ。
SNAKEPIPEは最初の一枚しか聴いていなくて、その後は戸川純のソロを聴いていた。
ソロになって初めてのアルバム「玉姫様」 もよく聴いたなあ。
「諦念プシガンガ」が好きで、詩に感銘を受けたことを覚えている。
作詞を担当したのは戸川純。
演劇、音楽、文学というジャンルをまたがった活動をしていることが分かる内容だったからね!
戸川純という存在もSNAKEPIPEに影響を与えた一人であることは間違いないだろうな。

今回はツイン・ピークスの話と学生時代の話を書いていて、気分が若返ってしまった。(笑)
特にツイン・ピークスは2017年最大の楽しみだからね!
下旬からの放映が待ち遠しい。

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【叫べ!スクリーミング・ガールズ大特集(ウソ)】

ROCKHURRAH WROTE:

SNAKEPIPEと二人で2006年に始めたウチのブログだが、二人で共通のシリーズ記事を執筆(大げさ)してるものと、それぞれ一人だけが担当のシリーズ記事に分かれている。
しかしROCKHURRAHが担当してるものはシリーズのタイトルが違うだけで、見事にいつも同じパターンでブログを書いてるのは間違いない。10年以上も続けたブログで記事数も記事の文字数もかなり多いのに、ROCKHURRAHの進化は完全に止まったまま、よくネタが尽きないなと自分でも感心するよ。
まあ進化して新しいものにどんどん目を向けてたら、こんな80年代満載のブログなんかやってないだろうね。時が止まったようなブログだからこその価値も少しはあるんじゃなかろうか?

さて、今回はそこまで久しぶりでもないけど、このシリーズ企画を書いてみよう。
ROCKHURRAHの数ある記事の中で女性ロッカーにだけ着目したシリーズね。

世の中にガールズ・バンドは数多くあるにも関わらず案外記事数が少ないのは、記事に出来るくらいの個性を持ったバンドや歌姫は既に違うシリーズ記事に登場済みだから、というのもある。
似たようなバンドをひとまとめに書こうと思っても、どれもそんなに個性に違いがなくて、本当に「似たようなバンド」としか書きようがないので書いてる途中でイヤになった、というネガティブな理由で中断したボツ原稿もある。
まあ企画を思いついた時にそこまで多く書けそうにない、と見抜いておけば良かったんだがね。

今回は特に名案が思いつかなかったので、その場しのぎで「ロッキン・ガールズ」特集としてみよう。
六筋=シックスパック、腹筋がきれいに割れて鍛え抜かれたガールズの特集・・・ではなくてRockin’ね。
ロッキンという言葉自体、ROCKHURRAHが思うニュアンスと一般的な解釈がすでに大きく違うとは思うけど、要するに「何とかビリー系」のガールズ・バンドを集めてみたよ。

1950年代がロカビリーの最盛期、そして70年代の終わり頃からネオ・ロカビリーと呼ばれる音楽が流行ったが、単なるリバイバルだけじゃなくてパンクやニュー・ウェイブ、ガレージ、ウェスタンなど様々な音楽と結びついて発展していった。単なる50年代の焼き直しだったバンドも多数だけど、ROCKHURRAHの好みはもう少しウソっぽいもの。
ウソっぽいと言えば、ロカビリーをもっとグロくして異常性を加えたサイコビリーなんてのも80年代には生まれた。ロカビリーやパンク、ハードコアが根底にあるものの、ネオ・ロカビリーよりもさらに柔軟に、どんな音楽とも結びつくしたたかなバカ音楽だった。

ロカビリーやサイコビリー自体が誰でも知ってるとは言えない音楽だけど、ごくたまにそういうファッションが一部で流行ったりもする。サイコビリーの方は特に近年ではハロウィーンのイベントでもてはやされてるゾンビ・メイクのルーツでもあるから、また突然流行りだしてもおかしくはないかもね。
ちなみにネオ・ロカビリーとサイコビリーの違いが言葉ではイマイチわからないという人のために左の画像も用意したよ。
ん?男の画像じゃロッキン・ガールズとは関係ないか?
女性の場合はネオ・ロカビリーとサイコビリーの違いが非常にわかりにくいし、こっちが考えてるほどには厳密な違いなんかないんだろうけど。
メイクがより病的だったり服装が典型的ロカビリーじゃなかったり、かなりいいかげんな見方ではあるけど、ROCKHURRAHはライブでサイコ・ガールを見かけた時はその辺が判断基準になってたよ。

こういうビリー系については前に二回は特集したから(これコレ)、あまり知らなくて、もし本気で興味ある人がいたらそっちも読んでみてね。

そのネオ・ロカビリーやサイコビリーが盛んだった80年代半ばくらいは正直言って女性バンドは非常に少なかった。
この手の音楽は能天気っぽくしてても演奏力がちゃんとないと成り立たない部分が多いし、その要とも言えるウッドベースは重くて巨大で、これを自在に操る女性はなかなか登場しなかったからだと思える。日本じゃ住宅事情もあって練習する場所もあまりないよね。

近年はその手のバンドは昔よりは多くなったとは思うけど、そういうわけもあって、今回の企画ではROCKHURRAHがいつもうわ言のように言ってる「70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブ限定で」という主旨とは反する(もっと後の)時代のバンドが多くなりそうだけど、まあ仕方ないと思って許してね。

前置きがえらく長くなってしまったが、そろそろ始めてみるか。

まずはロッキン・ガールズのパイオニアとしてこれを筆頭に挙げないわけにはいくまい。
それがこのShillelagh Sisters。
う、読めん・・・と一瞬別のシリーズ記事の方で書きたくなってしまったが、日本では複数のカタカナ表記があるので、どれが正しいかはよくわからなかったよ。

Shillelagh(シレイリー、シレイラ)とはアイルランドの伝統的な棍棒や杖だとの事だけど、日本ではほとんど知る必要のない単語だと思われるな。ゴルフのドライバー(1番ウッド)を一本の木で作ったような形状をしていて、アイルランドというよりは漫画とかで仙人のじいさんが持ってるあの杖を想像してもらえればイメージしやすいかな。この棍棒で敵を殴り倒すのかな?
また、兵器マニア以外には全く必要ない知識だが、MGM51という対戦車ミサイルがシレイラと呼ばれていたらしい。

このバンドを誰が最初にカタカナ表記したかは知らないが、大抵の日本語サイトではシレラ・シスターズと書かれていて、レコード屋のページでもそう紹介されているのでその表記でいいのかな?
個人的には彼女たちの髪型がシレイラ(棍棒)みたいなのでシレイラ・シスターズの方がしっくりくるんだが。

このバンドは80年代のネオ・ロカビリー界で大人気だったポールキャッツのギタリスト、ボズ・ブーラーの彼女(後に奥さん)だったリンダー・ハルピンによるバンド。中国人でもないのにハルピンとはこれいかに?いや、中国人でも滅多にいないはず。彼女はこのバンドでウッドベースを弾いていた。
ヴォーカルはそのリンダーではなく、なかなかキリッとした顔立ちの美人だと思ったが、後にバナナラマに加入するジャッキー・オサリバンのデビュー当時の姿がこのバンドなんだよね。ネオ・ロカ出身のアイドルというのも珍しい経歴。この頃はポールキャッツのベーシストと付き合っていたというから、このシレラ・シスターズはまさにポールキャッツが全面協力したガールズ・バンドだと言える。見てきたわけじゃないから知らんが、一緒にライブとかやってないのかね?

1984年にレコード・デビューして2枚のシングルを残しただけであっという間にいなくなってしまったが、見た目といい演奏といい、さすがのカッコ良さがあり、伝説となったバンドだった。
ROCKHURRAHがこのバンドを知った頃はすでにレコードが入手困難で高価だったが、その当時は欲しいレコードランキングの上位にあったなあ。意を決してわざわざ横浜(当時、横浜にネオロカ専門店があった)まで買いに行ったが、やっぱり高くて断念した悔しい思い出がある。その時はそのまま帰るのも癪だったのでスクリーミン・サイレンズ(これまた女性のカウパンク・バンド)のシングルを買ったな。ん?思い出話はどうでもいい?

この曲は60年代に大ヒットしたフランク・シナトラの娘、ナンシー・シナトラの代表曲で邦題は「にくい貴方」のカヴァー。数々のカヴァーが存在しているが、その中でも一番好きなのがこのシレラ・シスターズ版のもの。80年代前半はちゃんと演奏したロカビリーのガールズ・バンドが非常に少なかった(皆無?)はずなので、まさに先駆者と言える。

その後、ガールズ・ロカビリー&サイコビリー・バンドの系譜を書こうと思ったが、80年代前半のシレラ・シスターズ以降はこの手のバンドが見当たらないんだよな。
男のバンドの中で女一人だけヴォーカルというスタイルはあっても、少なくとも80%以上は女性のバンドというのはやっぱり難しい。前述したようにちゃんと楽器が弾けてプロとしてやっていけるような人材が少なかったんだろうね。それ以前にこの手の音楽を好む女子が世の中に少なすぎってのが一番の原因なんだろうな。ファッションやメイクだけじゃなくて他のことも頑張れ女子。
90年代半ばくらいに登場したデンマークのホラーポップスというバンドが女性ウッドベース奏者で有名だが、これも男の中に混ざってるだけなんで「Naonシャッフル」というくくりでは紹介出来ないな。
そう、今回はメンバーの大半が女性というバンドを特集しようと思ってるので、ただの女性ヴォーカルのバンドは全て不採用なのだ。

それで、これ以降はたぶん全部2000年以降のバンドばかり登場する。
バンド名や音楽がわかっても公式サイトさえないようなバンドばかりで、情報がとても少なくて難儀したよ。ファッションやメイク、写真をSNSにアップだけじゃなくてちゃんとサイト作りも頑張れ女子。

で、このバンド、The Deadutantesも情報がとても少ないひとつね。
うーん、これまた何と読むのか不明だな。デッデュタンテス?
フランス語で社交界にデビューした若い娘の事をデビュタントというらしいが、それをもじってつけたバンド名なのかな?死者デビューした若い娘?
©2003年の公式サイトがあったんだけどUnder Constructionだとの事で、トップページだけは作ったものの面倒だったりケンカしてイヤになったり逮捕されたり、様々な理由(全部想像)でやめたんだろうかね?ROCKHURRAHに言ってくれればサイトくらい軽く作ってやるのにね(安い)。

さて、このDeadutantes(読めん)、YouTubeに動画はいくつかあるんだけど、それを見る限り女性だけの4人組。
どうやらサンフランシスコのバンドで少なくとも2003年には結成されていたはずだが、その後どういう活動してたのかはよくわからなかった。
ちゃんとウッドベースも入ってて昔ながらの80年代サイコビリーをそのまんま2000年代に再現してるみたいな演奏スタイル。
このビデオはサイコというよりもガレージ風で、ヴォーカルが聴こえにくいけど、雰囲気はバッチリだね。SNAKEPIPEがこの手の踊り大得意なんだよね。

珍しく2曲も紹介してしまおう。
こっちはさっきの「80年代サイコビリーをそのまんま2000年代に再現」という発言を覆すようだが、もう少しキャッチーな近代サイコビリーという感じ。Mad Masatoとかを思い出してしまった。
ヴォーカルが何故に裸足?と思ったが途中の痙攣パフォーマンスも面白いね。お色気を売り物にしてるのか何なのかはわからないが、サイコやるんだったらこれくらいはしないとね。ギターが途中で間違えるのもご愛嬌。

メンバーがみんな、なかなかの美人なのに人気なかったのか、CD一枚くらいしか出してないみたいだね。もっと売り方を工夫すればこのルックスだったら有名になれたのにね。そもそも読めんバンド名じゃ日本で売る事も難しいか。

ロカビリーはアメリカ生まれの音楽でサイコビリーの元祖とも言われるクランプスもアメリカなんだが、サイコビリーの初期に活躍したのは断然ヨーロッパのバンドが多いという歴史がある。
イギリスよりも伝統が少ないお国柄だから、よりいっそう保守的になってしまうのかな?
サイコビリーなんてピュアなロカビリーの人間から見れば唾棄すべきインチキ音楽って事になるんだろうか。
おっとまたニセ文化論みたいになりそうだから止めておこう。

90年代に福岡に住んでる頃、顔見知りの古着屋の店員と偶然に電車で一緒になったんだが、その人は全身バリバリの50’sロカビリー娘だった。その時はROCKHURRAHもサイコビリーやネオロカを一番聴いてた頃だったんだけど、やっぱり全然話が合わなかった覚えがあるよ。
ROCKHURRAHはちゃんとしたロカビリーに敬意は払いつつも、ついお下劣なサイコビリーの方に興味が行きがちだったからね。80年代にポジティブ・パンクにのめり込んだ時も同じような心情だったよ。
傍目には同じ類いに見えても両者の間には深くて暗い川がある(野坂昭如)というわけだ。

そんなアメリカから登場したのがこのThee Merry Widowsというバンド。
「メリー・ウィドウ」というオペレッタがあるのでそこから付けたバンド名だとは思うが、なぜそこから引用するのか意味不明。
ちなみにオペラ=大劇場で貴族が鑑賞するもの、オペレッタ=より庶民的な小劇場でのコメディという分類されてるんだって。知らなかったよ。
Theeというのは「汝」というような意味の古語らしいが、80年代からビリー・チャイルディッシュがやってたミルクシェイクス、マイティ・シーザーズ、ヘッドコーツが全てTheeで始まるという歴史がありまして、その後なぜかガレージ系のバンドに大人気となってしまった。日本のミッシェルガン・エレファントとかもTheeが付いてるね。
昔、下北沢のレコード屋で働いていた頃、ミルクシェイクスはMじゃなくてT(Theeだから)の棚に入れてたのを思い出す。

さて、このバンドはレーベルの謳い文句によると世界初の女性のみのサイコビリー・バンドという事になってるけど、本当に元祖なのかどうかはよくわからない。まさに最古のサイコビリー。
2002年くらいからやってるらしいが、それで最古とは。80年代90年代は何やってたの?サイコ女子。

見ての通り他のメンバーは割とまともなのにヴォーカルがすごいデブの全身刺青女、ギターもややデブのメガネ女というインパクトだけが先行して、音楽の方は見た目に比べるとありきたりな印象がある。
デブだけの魅力じゃ心もとないのか、他のライブ映像では太めのストリップ嬢とかも導入してたけど、そこだけで観客を沸かせてどうする?と思ったよ。
デブを売り物(?)にしたバンドと言えばロメオ・ヴォイド、バッド・マナーズ、ペル・ユビュ、Blubbery Hellbelliesなど各界に著名なのがいたが、みんなそれだけじゃない個性を持っていたから名前が残ってるもんね。

ビデオの曲はサイコビリー好きなら誰でも知ってるディメンテッド・アー・ゴー!の「Holy Hack Jack」のカヴァー。マッド・シンとかも好きみたいなので、心底サイコビリーが好きなのはわかるけどね。

お次はオーストラリアのロカ&サイコビリー歌姫、Brigitte Handley。うん、これなら何とか読めるぞ。
ブリジット・ハンドリーは2000年頃にネオ・ロカビリー界でも名高いロカッツのギタリスト、ダニー・ハーヴェイとの共作で有名になったようだが、なぜかCDが日本でしか出てなかったのが謎。
日本でだけ大人気ってわけでもなさそうなんだが。

ここまでの経歴だったら到底Naonシャッフルで語る事もなかったんだが、この後でダーク・シャドウズという女性だけのバンドとなったので取り挙げてみた(偉そう)。
こちらのバンドの方は純粋にサイコビリーというわけではなくてベースもエレキ・ベースだけど、ダークな曲調のルーツやパンチのある歌い方はやはりサイコビリーを感じる。この手のジャンルにしては毒がないのが玉に瑕だけどね。
曲はROCKHURRAHとSNAKEPIPEがかつて最もライブに通った日本のバンド、ROBINのどれかの曲に似てるように感じたが、2000年に出たシングルではもうこの曲を歌っていた。こっちの方が古いのか。ダーク・シャドウズでも昔の曲をレパートリーにしてるというわけだね。

このブリジット・ハンドリー、腕に覚えがあるのかわからないがギターを弾きまくりのライブ映像が多いね。しかも愛用してるギターがROCKHURRAHのと同じモデルのダン・エレクトロのもの。今回のビデオではピックアップが3つ付いた56-U3というのを使ってるが 、全く同型のを(ピックアップ2つのもの)持った写真もある。
通称ダンエレといういかにもチープっぽいギターなんだけど結構個性的な音色なんだよね。
別の形のギターはジミー・ペイジをはじめ数多くのギタリストに愛用されたけど、このレスポール風のはレトロな色合いがかわいいので女性受けしそう。
同じギターを使ってるだけで個人的には高得点だよ。ROCKHURRAHに高得点つけられても本人は嬉しくなかろうけど。

最後はブラジルから参戦、サイコビリーのガールズ・バンドと来ればこれを思い浮かべる人も多いだろう、2009年にデビューしたAs Diabatzだ。アズ・ディアバッツでいいのかな?
ブラジルは意外とサイコビリーが盛んで大規模なフェスティバルがあったりもした国。上に書いたROBINもブラジルのステージに立った事もあったね。

見ての通り三人組のガールズ・バンドなんだが、ウッドベースとドラムは完全にサイコ・ガールの典型。これを見てると「今は西暦何年?」と思えるくらいに80年代サイコを踏襲したルックスと音楽。
ちなみに典型的なサイコ・ガールには男と同じルックスのと、女性特有のセクシー・サイコ・ガールという形態があり、こっちは男系の方ね。

真ん中のヴォーカルは小柄だからグレッチのフルアコ(ギター)が大きく見えすぎてあまり似合ってはいないが、演奏も曲も昔の、あまり迫力ないサイコビリーを知ってる人にはかなりグッとくるんじゃなかろうか?
ミクスチャーされ過ぎててサイコなのか何なのかさえもわからない近年のサイコビリー業界に比べると、女性だけのバンドの方がずっと原典に忠実でシンプルだな。
プロモもコウモリが飛んだり、あくまでも古臭い。 サビの時にみんなでちょっと前かがみの姿勢になるのが昔のスケバン風(ケンカの前の構えみたいな)でいいね。プロモーション・ビデオの撮影が恥ずかしかったのか、ちょっとぎこちないところが初々しい。

余談がとても多くなってしまい、大した事は書いてない気がするけど、今日はこんなところだね。
日本でも90年代にFloozy Drippy’sとか、ちゃんとしたロッキン・ガールズ・バンドがいたんだけど、動いてる映像がなかったので今回は割愛したよ。

ロカビリーやサイコビリーっぽいメイクや服装、髪型などは面白いと注目される事があっても、肝心の音楽の方はあまり興味を持たれないジャンル。それを広めたいなどとも思わないけど、たまたま思いついたので書いてみたよ。

それではまた、ヂス レヴィード(エスペラント語で「さようなら」)。

【TV番組風のタイトルバック。BGMはまだない】

ROCKHURRAH WROTE:

ちょっと前に始めたシリーズ企画「ニッチ用美術館」だが、本日はその2回目にしてみよう。

ニッチ用と検索するとインテリア通販サイトなどでよく使われている言葉なのがわかる。
家具を配置した隙間、デッドスペースを有効利用するための家具などがニッチ用に分類されてるらしい。
Nicheとは生態学でよく使われる用語らしいが、日常で使われているのは第1回にも書いた通り、大資本がなかなか手を出さないような小さな市場(隙間)を狙った「ニッチ産業」「ニッチ市場」などの言葉。そういうビジネス用語として知られているみたいだね。

どこかの会社員が会議の席などで「我が社としてはそういうニッチな部分に着目して・・・」などと言ってるかも知れないが、ROCKHURRAHとしては「今どきあまり人が語る事のないレコードのジャケット・アートワークについて」割といいかげんに語ってゆこうというつもりでこのタイトルにした。
あまり人が語らないような分野を拾い集めてROCKHURRAHが語ってゆけたら、というのがウチの目標。Webの隙間狙いという意味合いだ。
そうは言っても本当に誰も語らないマイナー路線ばかりはさすがに難しいから、その辺の統一感のなさも特色だと思ってね(また言い訳)。
もちろん、70年代のパンクや80年代のニュー・ウェイブという狭い範囲だけを好みにしているROCKHURRAHだから、語ってる内容も大体ニッチに違いないよ。

SNAKEPIPEがやっている別の企画「SNAKEPIPE MUSEUM」も自分だけの仮想美術館という設定でコレクションを続けている。ROCKHURRAHが目指すのはあくまでレコードのジャケットについてのみなので、方向性は似ているがかぶる事がない。いい関係だね。

TV番組風のオープニング映像も用意して、ジャケットも美術館の展示品風にするといった凝りようで、ROCKHURRAHの意気込みもわかってもらえるかな?

では2回目の展示を順路沿いに鑑賞してみようか。

ROOM 1 捩りの美学
この漢字を書けない人も、こんな字初めて見たよって人も多かろう。子供の時から難しい漢字や当て字の多い小説を読破していたROCKHURRAHだが、自分で今書けと言われても無理だな。パソコンに頼りすぎて漢字を忘れてしまった日本人の一人だと痛切に思うよ。
これは「もじり」と読む。ねじるでも同じ字を使う場合もあるらしいけど。
そこでモディリアーニっぽいジャケットを用意出来たら気が利いてたんだが、不覚にも違う路線にしてしまったよ。

一般的にはこのジャケットのようなのはパロディと呼べば済むシロモノだけど、第1回から全部日本語でチャプターを「○○の美学」と書いてきたから日本語、しかも漢字に置き換えて無知を晒してしまったというわけ。

マネの有名な作品である「草上の昼食」はその後の著名な画家による同じ題材の作品を生み出した、パロディの元ネタとしては大変にポピュラーなものだが、オリジナルは当時のフランスではセンセーショナルなものだったらしい。格別に美術に詳しくないROCKHURRAHなどは「何が?」と思ってしまうが、その当時は女神とか神話の裸婦以外は猥褻扱いされてたとの事。ふーん、西洋絵画なんて石を投げれば裸婦に当たると思ってたんだが、これは意外。
まあ今の日本でも全裸ピクニックは禁止されてるから当たり前なのかねえ。

そんなマネの真似ジャケットとしてニュー・ウェイブ界で名高いのがバウ・ワウ・ワウのこのアルバム「ジャングルでファンファンファン(1981年)」だ。
「あまり人が語らないような分野」などと偉そうに語った割にはいきなりメジャーで申し訳ない。

その後にCDの時代が長く続いたから考えられないけど、レコードはもう古臭いから、これからはカセットテープの時代が来る、などと予見し、1stアルバムをカセットのみで発表した変わり種のバンドだったな。
1979年に発売されて大ヒット商品となったウォークマン。ヘッドフォン付きカセット・プレイヤーの元祖だね。しかし持ってた全員が自宅でレコードを録音出来る環境じゃなかったはずだから、このように録音済みのカセットテープは案外有難かったのかも知れないね。買ったその場で聴けるし。その後、アイワが録音出来るカセットボーイを発売したが、自分で録音するのも面倒って人も多かったんじゃなかろうか?
あるいはその対極にある大型ラジカセ。これを持って街中で踊ったりするヒップホップが流行ったりしたのも80年代だ。
バウ・ワウ・ワウのカセットはそういう人狙いの商法だとは思ったけど、上記のような流行りがその当時のイギリスでもあったのかどうかは不明。
カセットテープの時代が来るってほど普及はしなかったような記憶はある。1984年くらいにはすでにCDウォークマンの元となるような携帯型が開発されて、そっちの方が進化していったからね。

で、このジャケットは2ndアルバム。カセット作戦が売れたのかコピーされまくったのかは知らないが、ちゃんとレコードでリリースされた。

ニューヨーク・ドールズ、セックス・ピストルズなどパンクの仕掛け人として名高いマルコム・マクラーレンが、初期アダム&ジ・アンツからメンバーを引き抜き作ったのがバウ・ワウ・ワウだった。
このジャケットに全裸で挑んだのがこの当時まだミドル・ティーンだったアナベラ嬢。これが母親の訴えにより問題となり発禁・・・ではなく発売延期になったらしい。日本では普通に売ってたような記憶があるが、それ以外の記憶はない。金で解決したわけじゃないのかね?
まあマネのオリジナルもこちらのパロディ・ジャケットも世間で問題になったという点では同じだろうか。

悪名高い詐欺師マルコム・マクラーレンの操り人形みたいにバンドを演じていただけという悪評もあるけど、モヒカンのギターにモヒカンのビルマ系少女がヴォーカルというインパクトの強いヴィジュアルにアフリカンっぽいビート、チョッパー・ベースという音楽性はとても個性的で他にはない魅力を持っていたと思うよ。楽器メンバーがやたらと達者なんだよね。

褒めてはみたものの、メンバーを引き抜かれたアダム・アントがまたもや凄腕を集めて新生アダム&ジ・アンツを大ヒットさせ時の人になった、その不屈の根性(詳細はまるで知らないが)に比べるとセンセーショナルで個性的だったバウ・ワウ・ワウは意外なほどはじけなかったな、という印象がある。
この曲のイントロ部分のビデオは「I Want Candy」とほぼ同じ撮影だと思われるし、結構使いまわしてるなあ。
MTVを最大限に利用し、面白い映像とヴィジュアルで人気を得たアダム&ジ・アンツと比べるとその辺がおざなりな感じがするんだよね。

ROOM 2 西班牙の美学
これまたあまりなじみのない漢字になってしまったが漢字クイズをしているわけではない。昔の本に慣れ親しんだ人にはすぐにわかるだろうけど、これはスペインを漢字で表したもの。
「スペインの血」というタイトルがついた絵画のジャケット。
簡素な線だが土のような色合いと赤が印象的な絵だね。頬杖をついた女性はデビュー当時の原田知世を思わせる(古い・・)が、今の世代だとまた違った少女を思い浮かべる人もいるだろうな。裾から顔を出してるのは傷つき倒れた闘牛士だろうか?
絵柄はまるで違うけど色彩はちょっとロートレックを思わせるね。え?全然?

ジャケットだけを見るとニュー・ウェイブのレコードとは思えないが、これはスペインで1980年代初頭から活動していたGabinete Caligariというバンドのもの。
バンド名は傑作サイレント映画「カリガリ博士(Das Kabinett des Doktor Caligari)」のスペイン語だと思われる。
しかし見た目はロカビリーっぽくて音楽はそういうのともちょっと違う雰囲気。哀愁の漂うスペイン風ウェスタン歌謡曲とでも言うようなもの。うーん、ドイツ表現主義とは全然結びつかないなあ。
なんかやってる事とバンド名との繋がりがよくわからんが、デビュー曲もスペインのポジパン/ゴシック系バンド、Paralisis Permanenteとのカップリングでますます活動範囲が不可解。

ちなみにこのParalisis Permanenteの方はラモーンズを暗くしたような音楽と派手な見た目で結構好きな感じ。非常にマイナーな例で大半の人にはよくわからんだろうが、カッコイイのを通り越して笑えるポジパンとして一部で有名なフランスのJad Wioと似た感じなんだよね。うん、今は全然関係ない話だったね。

この「ニッチ用美術館」の第一回でもスペインのエスプレンドール・ゲオメトリコについて書いたが、80年代初頭のスペインのニュー・ウェイブは日本ではほとんど紹介されてなかった。
だから勝手にこちらが「あまりニュー・ウェイブ的な文化がなかった」と勘違いしていたが、意外と奥が深くてやっぱりアートな感性も豊かな民族だなと思ったよ。
このバンドについてはニュー・ウェイブというニュアンスとはちょっと違うんだろうけど、時代としてはモロに当てはまるからね。

1983年のこの曲「Sangre Espanola」はスペインの伝説的な闘牛士フアン・ベルモンテについて歌ったものらしい(推測)。
その手の文化やお国柄が全く違うので日本人が闘牛について理解するのは難しいが、「トーク・トゥ・ハー」や「ブランカ・ニエベス」「マノレテ 情熱のマタドール」など、スペイン映画では闘牛シーンが割と出て来るので、かなりポピュラーなものなんだろうな。
日本で闘牛士について歌ったのはCharくらいのものか。
まあアメフトやクリケットに熱中している日本人があまりいないのと同じようなもんかね。
ビデオは見ての通り、特に語る事もないが、70年代に「悪魔のパンク・シティ」が日本ではまるで流行らなかったモミアゲ男ウィリー・デヴィル率いる、ミンク・デヴィルにちょっと似たルックスだな。

ROOM 3  諧謔の美学
何かわざと日常的でない漢字を使ってないか?と言われそうだがこれまた一般的にはあまり使わない言葉。「かいぎゃく」と読んで、意味はジョークとかユーモアと同じようなもの。
英語で言っても大半の日本人に意味がわかる言葉だから、あえて難しい言葉を使わなくなったという事かな?

ミラン・クンツ(またはクン)というチェコ人アーティストによるポップ・アートなんだが、ちょっとシュールで可愛くもあり時々不気味、漫画っぽいモチーフが印象的な作品を発表している。同じチェコ出身でミラン・クンデラ(「存在の耐えられない軽さ」で知られる)という作家もいたので、チェコではミラン君が割とポピュラーなのかな?

このステキなジャケットはドイツが誇るアタタック・レーベルの中心バンド、デア・プランのもの。ジャケットについて語る人がいないしメンバーに友達もいないので、記載されているクレジットでしか書けないのがもどかしいが、上記のミラン・クンツとデア・プランのメンバーでもあるMoritz Rによるジャケットとの事で、どこからどこまでが誰の分担なのかはよくわからなかったよ。ちなみにMoritz Rもドイツ人の名前なので読めん。確かモーリッツ・ルルルとかそんな名前じゃなかったかな?

デア・プランはDAFの初期ともメンバーが一部かぶっていて、ROCKHURRAH RECORDSでも何度もしつこいくらいに書いているノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)の大御所バンドだった。大御所バンドなどと書いたものの、曲はチープなシンセ音だし奇妙なかぶりものをしたルックスだし、大御所感はまるでないけどね。
かぶりもの、と言えばアメリカのレジデンツがさらに有名だが、デア・プランの初期もレジデンツをもう少し電子的にポップにしたようなものだった。前衛的ではあるけど難解さを感じさせないところが好きだったよ。
そう言えばミラン・クンツもノーマル・グループという変な絵描き三人組でデア・プランと同じようなかぶりものしてたようだ。この辺がルーツなのかな?

83年くらいからは明らかにポップ路線になって「グミツイスト」など世界でも通用しそうな曲をリリースしたが、日本ではもちろん発売されずヒットもしなかった。
熱狂的な勘違いコンピューター信者をおちょくったような曲で当時の最先端だったIT用語が続々と呪文のように飛び出す、最後にコンピューターの事などよくわかりませんと言うハエが電灯の周りをグルグルしてるだけ、というようなシニカルな歌詞も素晴らしかったんだが。

このジャケットは1981年に出た「Normalette Surprise」という2ndアルバムのもの。片面が33回転、片面が45回転というLPと12インチ・シングルの中間のようなシロモノだったが、この頃はまだ明らかなポップ路線にはなってなくて、エレクトロニクスの実験的な曲が多い。
上のビデオは何年のものか知らないが、その中に収録されている「Lebdoch」のかなり珍しいライブ映像(?)だ。と言っても楽器持って演奏するわけでもなく、変な格好でウラウラしてるだけでさっぱり意味不明。こんな映像見せつけられても大半の人は無言になってしまうね。

ROOM 4 鐵板の美学
何だか前に当ブログでやった「読めん!編」みたいになってきたが、これは何となく読める人も多かろう。そう、鉄板を旧字体で書いただけ。
個人的には小栗虫太郎の奇妙な通俗探偵小説「二十世紀鐵仮面」とか読んでたから当たり前に読めたな。

工場地帯みたいなところをバックに記念写真を撮っている二人。工場からの煙なのか蒸気なのか雲の上なのか、白いもので覆われていて全景は見えない。あたりには他の人の気配はなく、置かれた三脚だけが寂しくシャッターを切る・・・。
などとどうでもいい情景描写を書いてしまったが、往年のシュールレアリスム絵画を彷彿とさせるような幻想的な作風だね。

ROCKHURRAHの大好きなこの絵を描いたのはディック・ポラックというオランダ人だ。そして彼が率いていたのがこのメカノというバンド。これはビックリ。画家かバンドかでバンド選んでる場合じゃないでしょ、というくらいのレベルの絵だよ(個人的感想)。詳しく知りはしないので画家がバンドもやってるというなら別だが。

メカノというのは20世紀のはじめにイギリスで生まれた知育玩具で穴の開いた金属板パーツをボルトとナットで締めて自由な形を作ってゆくもの。
デンマーク生まれのレゴとも似たようなものだが、レゴよりもはるかにメカニカルな感じの出来上がりになって好みが分かれるところ。
パーツが安く普及しやすいというのもあるし、ポップな色彩とメタルじゃ子供はやっぱりカラフルな方を選ぶんだろうな。映画やテーマパークにまでなってるレゴの方が圧倒的に人気だけれど。
SNAKEPIPEの意見は聞いてないがROCKHURRAHと同じで絶対メカノの方を選ぶに決まってる。ちなみに便宜上、鐵板の美学などと書いたが材質は洋銀、ニッケルだとの事。

そう、上の絵の三脚だと思ってたのはそのメカノで作ったロボット(?)の足だったというわけ。ディック・ポラックはメカノのジャケット絵画を描き続けて数十年、身も心もメカノに捧げてきたと言える。
オランダのニュー・ウェイブと言えばファクトリー・ベネルクス、そう、ジョイ・ディヴィジョンで有名なファクトリー・レーベルのベネルクス三国支部をまず思い出すが、日本ではほとんど知られてなかったミニー・ポップスとかね。それ以外にもこのメカノや弟分のフリュー、ミック・ネスなど、初期ニュー・ウェイブの重要バンドを生み出した知られざる先進国なのだ。

メカノは1978年にデビューしたオランダのパンク・バンドだったが、80年代にはもうすでに音楽性を変えて、ジョイ・ディヴィジョンのようなダークな音作りをするようになった。それだけならフォロワーの一種でしかなかったんだろうが、ヴァイオリンやアコーディオンを取り入れた哀愁のヨーロッパ歌謡みたいな路線もやってて、むしろそちらを好む大人層に人気があった。

ROCKHURRAHがこのバンドを知った頃にはすでに再発盤が出回っていて、オリジナルは入手困難になってたな。ジャケットが違っていてオリジナルにはディック・ポラックの絵が使われていたから探したんだけどね。さらに「Untitled」とか「Entitled」とか違いがイマイチわからんタイトルに似たようなジャケットばかりだったから、どれを買えばいいのかわからん初心者泣かせのバンドだったな。
しかしやっている音楽は思ったよりも骨太で、曲によっては眠くなるようなのもあるけど、目の覚めるような豪快なフレーズとかもあって衝撃を受けた記憶があるよ。長い長いイントロで嫌気がさした頃に突如ベンチャーズ風のリフが心地良い「Meccano」やこの曲「Escape the Human Myth」などは文句なくカッコイイ。
当時の映像が皆無なので年寄りになってしまった近年のライブ映像しかないが、これでも元はニュー・ウェイブやってたんだよ、という想像をしながら聴いてね。え?無理?

ROOM 5 谺の美学
一般的には木霊と書くが谺でも「こだま」と読む。樹木に宿る精霊だとの事だが、生まれてから自分の文章にこの字を使ったのはたぶん初めてだな。山の中を生活の拠点にしてるような人だともしかしたら日常的に使うんだろうか?

樹木に閉じ込められ一体化した女性の横顔。ギリシャ神話にはドリュアスという樹木の精霊が出て来るらしいが、そういうのを原典としてるのかな?不気味だけど美しい、抗えない魅力を持った象徴なんだろうね。
「エクソシスト」で有名なウィリアム・フリードキンによるホラー映画で樹木の精霊が出て来るようなのがあるんだけど、このジャケットよりもずっと後の作品。
何にしても、森でも沼でも人を引き込み犠牲にするようなのは定番だよね。

この幻想的なジャケットに挑戦したのはゴシック/ポジティブ・パンクの聖地バットケイヴ(というナイトクラブがあった)で活躍していた女性シンガー、ダニエル・ダックスだ。
撮ったのはこの手の題材を大得意にしている女流写真家ホリー・ワーバートンという人。
ダニエル・ダックス以外にもオール・アバウト・イヴ(美女シンガーで評判だったイギリスのバンド)のジャケットなどでも有名なので、見たことある人も多かろう。大体いつもこういうタイプのジャケット写真を撮ってるんだけど、このジャケットが(モデルも含めて)一番いいと思ったから今回取り上げてみたよ。

ダニエル・ダックスは元々実験音楽人カール・ブレイクと共にレモン・キトゥンズというバンドでアヴァンギャルドな音楽をやってたんだが、解散後にソロになる。
どういう経緯でかは知らないがそのバッドケイヴでは他のポジパンの連中と同じように、不気味な死体のような白塗り化粧で歌を歌っていた。
かなりグロな人体パーツ福笑いのようなジャケットのアルバムを1983年に出して、ソロ2作目が樹木妖精になった上のレコードとなる。
割と童顔で可愛い顔立ちなのに、やってる事は結構先鋭的というアンバランスさが良かったよね。
その後再びメディアに注目された時(1987年の3rdアルバムの頃)は、今度は竹の子族のようなキンキラ衣装で派手なメイクという姿。短期間で随分健康的になって印象が違ってたのに驚いたもんだ。

やってた音楽はいわゆるポジパンとは違っていて、ガムランや中東っぽい旋律だったりスワンプ・ロックっぽいものだったり、それらのごちゃ混ぜにアヴァンギャルドやサイケデリックな風味も合わせたユニークなもの。すごい低音から高音まで自在に操る歌唱力も文句なし、オルタナティブ界を代表するヘンな歌姫として評価も高く、日本では大してヒットもしなかったにも関わらず、来日公演までしている。
上のジャケットの2ndアルバムではほとんどの楽器を自分でこなし、大きなスタジオに入らず(たぶん)宅録にこだわった作品。はじめて「Evil Honky Stomp」を聴いた時にはレコードの回転数間違ったかと思ったほど低音が印象的だったよ。

その「Evil Honky Stomp」は残念ながら動画がなさそうなので、同じアルバムに収録されてるこちらの曲「Pariah」より。
パーリアとはインドの最下層民とか社会の除け者というような意味らしいが、まるでミュージカル「Cats」から抜け出てきたようなメイク。
どこが認められたかは不明だが(おそらく顔)、この時期は「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」などで知られるニール・ジョーダン監督の初期作品「狼の血族」にも狼少女役で出演しているから、その延長線上のビデオだと思われる。
そしてバックのペインティングと一体感のある衣装で、とても美貌を売り物にしてるアーティストとは思えないところが素晴らしい。

もっと色々書きたい事もあったような気がするが、そろそろ第2回も終わりの時間となってしまったよ。ジャケットについて語れる事がまとまったらまたこの続きも書いてみたい。

それではまた、スラマッ・ティンガル(マレー語で「さようなら」)。