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【聴き込んだのに所持していなかった一枚】

SNAKEPIPE WROTE:

昨日2017年7月1日は、SNAKEPIPEにとって貴重な日になった。
2016年より情報が入ってきていた「ツイン・ピークス」の25年後を描いた「Twin Peaks: The Return」!
敬愛する映画監督デヴィッド・リンチが監督し、既にアメリカでは放映が開始されている。
日本での放映は、前回(といっても25年前だけど)と同じWOWOWで放映されることも知っていた。
7月からの放映に備え、25年前のシリーズを観直していたROCKHURRAHとSNAKEPIPE。
好き好きアーツ!#05 ツインピークス」で記事にしているのが2008年なので、直近で鑑賞したのが約9年前ということなるね。
今回再(何度めだ?)鑑賞して、改めてツイン・ピークスの魅力にどっぷり浸かっているところである。

思い返せばデヴィッド・リンチが監督した最後の映画が2007年の「インランド・エンパイア」。
リンチアンとして「次の映画はいつ?」と待ち続けて10年が経過したことになるね。
ところが先日リンチは映画監督をやめると発表しちゃったんだよね。
理由は今の環境では自分の好きな映画を撮ることができないから、だという。
つまりは興行収入重視の、エンターテインメント性ばかりを追求するような映画じゃないとスポンサーがつかない現在の映画界に嫌気がさしたんだと思う。
実際、リンチが本当に撮りたい映画は万人受けしないだろうから興行収入は期待できないよね。

25年後のツイン・ピークスはテレビ・ドラマなので、最初からスポンサーが付いているから問題なし!
放映前から世界的に注目されていたところからみても、SNAKEPIPEを含めて当時夢中になった人がどれだけ多かったのかよく分かるよね。

ROCKHURRAH RECORDSも、25年後のツイン・ピークス観たさにWOWOWに加入することにする。
7月22日からスタートだと言われていたけれど、7月1日に第1章、7月2日(まさに今日!)第4章までを先行放映するというのである!

そしてついに第1章が放映された!
ツイン・ピークスは25年ぶりだけれど、リンチが監督した映像ということになると10年ぶり!
「Directed By DAVID LYNCH」
の画面を観ることができて、本当に感激したよ!
ところが…。
WOWOWでの先行放映は、なんと吹き替え版のみ(二ヶ国語版)!
ROCKHURRAHも友人Mも同じで、映画は字幕版しか観ないんだよね。
それでも映像は観たいので、無理矢理言語を英語にして、字幕を日本語にして鑑賞。
ところがこの字幕とは、聴覚障害者向け字幕だったので、普段観ている字幕とはまるで別物だったんだよね。
せめて「吹き替え版」か「字幕版」を選べるようにして欲しいよ!
お願いしますよ、WOWOWさん!

第1章だけでは内容については何も言えないけれど、映像は「まさにリンチ」だったね。
7月下旬からの字幕版が楽しみだ!(笑)

さて、お次は25年前に熱狂したツイン・ピークスよりも更に昔の思い出話を綴ってみようか。

好きな音楽は?と聞かれたなら「ROCK」と答える。
本当はパンクだ、サイコビリーだ、ガレージだ、などと細かいジャンルはあるけれど、そこまで言って分かる人のほうが少ないからね。
洋楽というだけで最初から話が合わないことが多いし。(笑)
そんなSNAKEPIPEだけれど、学生時代には夢中になった日本のバンドもいたんだよね。

それはニューウェーブの時代!
YMOに始まり、ヒカシューやプラスチックス、ジューシィ・フルーツなど大好きなバンドがたくさんいたっけ。
書いてるだけでも懐かしい。(笑)
ふたりのイエスタデイ chapter02 / The Stalin」と同じ頃になるだろうか。
当時の友人達は皆、新しい音楽を吸収することに貪欲だった。
その友人の中の一人が持っていたのが「ゲルニカ」だった。
「ゲルニカ」といってもピカソの「ゲルニカ」じゃないからね。(笑)

当時は文化屋雑貨店に足繁く通い、丸尾末広の漫画を読み、東京グランギニョルを鑑賞するのが好きだったSNAKEPIPEにとって、魅力的なキーワードは「チープシック」で「レトロ」「アングラ」だったんだよね。
プラスして「エログロナンセンス」もあるんだけど、それはまた別の機会に。(笑)

1927年に制作されたフリッツ・ラングの映画「メトロポリス」 (原題:Metropolis)がジョルジオ・モロダーによって再編集版が公開されたことなども、1980年代の懐古趣味に拍車をかけた要因かもしれない。
今まで知らなかった古い文化を知る、まさに温故知新だよね!
そういえば良くサイレント映画を観に小劇場に出かけていたのも、この時期だったなあ。(通い目)
そういった環境の中、興味はすっかり過去に向かって前進していた(?)SNAKEPIPEのハートを射抜いたのが「ゲルニカ」だった。

「ゲルニカ」は1981年に結成されたバンドで、1982年にアルバムを発売している。
YMOの細野晴臣プロデュースによるデビュー・アルバムのタイトルは「改造への躍動」。
これを友人がカセットテープに録音してくれたのである。
このアルバムの中での時代設定は戦後ということになっている。
第二次世界大戦後、ということなら1945年直後の日本をイメージした世界観なんだろうね。
LP持っていれば、誰が作詞やってたとか詩の内容を知ることができたはずだけど、そういった情報は一切なし。
ボーカルの戸川純と作曲の上野耕路がレコードジャケットにも出ているので、この2人だけがメンバーかと思いきやアートワークと作詞で太田螢一も参加しているんだよね。
ROCKHURRAHが書いた「時に忘れられた人々【24】小栗虫太郎 第2篇」に太田螢一の「人外大魔境」があったね。
ヒカシューの巻上公一がボーカルの曲だけど、ほとんどゲルニカだね。(笑)

ゲルニカの懐古趣味は曲調やメンバーのファッションだけではなかった。
曲のタイトルや詩まで旧仮名遣いを使用し、徹底していたところも魅力だったね。
そのため「改造への躍動」は「くわひざふへのやくだふ」になるんだよね。
この旧仮名遣いも友人同士で真似たこともあったなあ。

太田螢一の作詞センスも見事だった。
本当に戦後の日本を見ていたかのような風景描写、その時代の最先端を表現するキーワードがちりばめられ、詩の情景が視覚化されて頭に浮かぶ。
文学的な要素を含んだ歌詞はSNAKEPIPEを虜にしたよ。(笑)
上野耕路の作曲も斬新だった。
渡辺はま子(蘇州夜曲)・ミーツ・テクノ、というミクスチャーだからね!
なんとも摩訶不思議なメロディを奏でていたよ。
戸川純の演劇めいたボーカルが、ドラマチックな仕上げをしている。
途中でオペラっぽくなったり、泣きそうな声になったりするんだよね。
歌でも演じているとは、すごいよね!

「改造への躍動」はカセットテープで擦り切れる程聴き込んだ。
ものすごく気に入ったんだよね。
だったら買えばいいのに。(笑)

LPも持っていないくらいなので、当然のようにライブに行ったこともなかった。
今回「ゲルニカ」を特集するために調べて、初めて映像を観たよ。
戸川純、若い!(笑)
上はYMOの高橋幸宏と細野晴臣が司会でゲルニカを紹介しているレアな映像。
エリートの上野耕路は挙動不審で、戸川純はセリフを何度も噛んでるね。
肝心のゲルニカの演奏が始まるまでの時間が長いかったので、映像を少し短縮したバージョンで載せている。
高橋幸宏と細野晴臣が登場するシーンが観たい方は最初に戻してみてね!

戦後の日本をテーマに選び、きちんとコンセプトを決めて編成された「ゲルニカ」は、その後2枚のアルバムを出していたようだ。
SNAKEPIPEは最初の一枚しか聴いていなくて、その後は戸川純のソロを聴いていた。
ソロになって初めてのアルバム「玉姫様」 もよく聴いたなあ。
「諦念プシガンガ」が好きで、詩に感銘を受けたことを覚えている。
作詞を担当したのは戸川純。
演劇、音楽、文学というジャンルをまたがった活動をしていることが分かる内容だったからね!
戸川純という存在もSNAKEPIPEに影響を与えた一人であることは間違いないだろうな。

今回はツイン・ピークスの話と学生時代の話を書いていて、気分が若返ってしまった。(笑)
特にツイン・ピークスは2017年最大の楽しみだからね!
下旬からの放映が待ち遠しい。

20170618 top
【Bunkamuraの会場前でポスターを撮影。歪んだポスターが良い感じ】

SNAKEPIPE WROTE:

今年の4月に「これぞ暁斎!」を鑑賞したBunkamuraザ・ミュージアム の予告に、とても気になる写真展があった。
写真家ソール・ライター展」である。
SNAKEPIPEはかつて写真に夢中になったことがあるけれど、全てのジャンルについて勉強したわけではない。
例えば写真家といっても商業写真家なのかアート作品を撮る写真家なのか、のような違いがあるからね。
それはきっと音楽でも絵画でも、どの世界でも同じだろうね。
「音楽好きですか?」
と質問されたことがある。
「はい」と答えても、質問者と話が合うとは限らないからね。(笑)
ちなみにその時の質問者の意図した「音楽」とはクラシック音楽を指していたようで、パンクなどのロックを「音楽」と考えるSNAKEPIPEとは完全に違っていたんだよね。
もちろん全く話はできなかったよ。

何故こんな話をしたのかというと、今回鑑賞したソール・ライターという写真家の名前を一度も聞いたことがなかったから!
SNAKEPIPEが知らないジャンルの写真家なんだろう、と予想した通りファッションフォトからスタートした人みたいなんだよね。
これはとても面白そう!
ソール・ライター展観に行こうね、と長年来の友人Mと約束する。

ここで簡単にソール・ライターの年表をまとめてみよう。(BunkamuraのHPより抜粋)

1923年 12月3日、ペンシルバニア州ピッツバーグに生まれる。
1930年代 ニューヨークのタルマディカル・アカデミーで学ぶ。
1935年頃 初めてのカメラ・デトロラを母親に買ってもらい、写真を撮りはじめる。
1946年 画家を志し移住したニューヨークで、表現主義の画家、リチャード・プセット・ダートと出会ったことで写真への関心が芽生える。
1951年 「ライフ」誌にモノクロ写真のフォトエッセイ<The Wedding as a Funeral>が掲載される。
1958年 「ハーパーズ・バザー」誌でカメラマンとして仕事を始める。
1960年代- 「エル」「ショウ」「ヴォーグ(英国版)」各誌のためにファッション写真を撮影。その後1980年代まで続く。
2006年 ミルウォーキー美術館でカラー写真による初の個展「In Living Color: Photographs of Saul Leiter」開催。
2008年 パリ、アンリ・カルティエ=ブレッソン財団で「Saul Leiter」展開催。
2013年 11月26日、ニューヨークにて死去。享年89歳。

「ライフ」「ハーパーズ・バザー」「エル」「ヴォーグ」など、世界的に有名な雑誌で活躍していたフォトグラファーだったんだね!
ファッション・フォトで有名な写真家といえば、例えばリチャード・アベドンヘルムート・ニュートンくらいしか思い出せなかったSNAKEPIPEなので、前述したようにソール・ライターは初耳じゃった。(笑)
商業写真というのは「作り込む」タイプの写真なので、構図もピントもバッチリ、ビューティフルなモデルの化粧も衣装もバッチリ決めた上でシャッターを切る、という印象がある。
色彩と構図のバランス感覚に優れているのがファッション写真家だと思うので、ソール・ライター展を非常に楽しみにしていたんだよね!

あともう少しで終了というところで、ついに約束を果たすことができた。
友人Mはしっかりとソール・ライター展の割引券まで用意してくれていたよ。(笑)
会期終了間際だったからなのか、いつでもそうだったのかは不明だけど、意外とお客さんは入っていたね。
先日の河鍋暁斎ほどではないけれど。 

それでは早速印象に残った作品を紹介していこうか。
展示はモノクローム写真から始まっていた。
実は載せた写真は展覧会には展示されていなかった作品だと思うんだけど、モノクローム写真にソール・ライターらしさがよく出ていたように感じる。
この作品もそうなんだけど、人間と対峙して撮るのではなく、人を風景の一部としてとらえてるんだよね。
目を見ないで話す人がいるけれど、SNAKEPIPEはきっとソール・ライターはそんなタイプだったんじゃないかと想像する。
面と向かって 「撮らせて欲しい」なんて言わない。
物陰からこっそりと盗み撮る。
人が写っている写真はほとんどの場合、相手が気付いていない状態で撮っているし、正面から写しているのは腰辺りで構えたノーファインダー。
その撮影スタイルが変わるのがファッションフォトなんだよね。

モデルとカメラマンという関係がはっきりするとソール・ライターのカメラの位置が変化していることが分かる。
きちんと目の高さにカメラがあるんだよね。
ソール・ライターにとって重要だったのが、「明確な立場」なのではないか。
モデルは撮られることを前提にソール・ライターの前にいるわけだからね。
スナップの場合は、単なる通行人だからソール・ライターとの関係性が見い出せない。
「撮って良い」にはならないんだろうね。
それでも密かに撮るわけだけど。(笑)
それにしてもファッションフォトとして観た場合、この写真は変わってるなあ。
ソール・ライターはモデルをスタジオの照明当てた状態ではなくて、街に連れ出してスナップ写真を撮るように撮影している。
こんな写真が当時の雑誌に掲載されていたとしたら、かなり衝撃的だったんじゃないかな。

元々は画家を目指していたソール・ライターにとって、ファッションフォトに手を染めたのは、生活費を稼ぐためだったらしい。
その割には(?)成功した人になると思うんだけどね。
仕事を離れて本来の自分らしさを表現したのが、カラー写真だと思う。
今回の展覧会のポスターにもなっている作品は、遠目で見たら写真に見えないよね。
これもまた相手に気付かれない窓ガラス越しの撮影。
結露した水滴と構図のバランスの良さ。
背景の黄色も効いている。
この写真を観て展覧会を鑑賞したいと思ったSNAKEPIPE。
これはきっと画家的な色彩感覚とファッションフォトを経験し、更に盗み撮りに優れたソール・ライターだからこその作品だよね。
盗み撮り、と書くと褒め言葉に聞こえないかな?(笑)

赤い傘が印象的な作品も、上に書いた感想と全く同じなんだけどね。
構図と色彩の素晴らしさ。
この作品は、デザインに近い感覚だろうね。
絵画で言えば、日本画の空間を意識した雰囲気になるのかな。
ソール・ライターの作品は動より静。
作品だけ見ていると、ソール・ライターがアメリカ人という気がしないんだよね。
寒そうな写真が多いせいもあるけど、ヨーロッパの写真家のように感じてしまう。
自分を売りこむのは美意識が許さず、作品について語るのも苦手だったというから、最小限の人間関係の中で、自分の楽しみのためだけに撮影していたようだね。
それにしてもたまたまだけど、選んだ写真が全て縦位置だ。
SNAKEPIPEも縦位置で撮影するのが好きだったから、無意識にチョイスしちゃったのかも。

今回の展覧会でSNAKEPIPEが一番気に入ったのがこれ!
「white circle」という1958年の作品である。
50年代にこんな抽象的な写真を撮っているとは。
まるで現代アートだよ。
得意の窓ガラス越し、赤・黒・白という3色を使用するのも赤い傘の作品と同じなんだけど。
抽象画家のマーク・ロスコが写真を撮ったら、こんな感じになるんじゃないか?と思ってしまうような作品。
非常に気に入ってしまったよ。
スマートフォンの待ち受け画面にしようかな。
うーん、SNAKEPIPEもこんな写真を撮ってみたい!
久しぶりにジェラシーを感じる作品に出会ってしまったな。
そしてまたもや縦位置写真だったね。(笑)

ソール・ライターは自分で撮影した写真に着色した作品も制作してるんだよね。
あれっ?この手法は2015年の「Gerhard Richter Painting展 鑑賞」でゲルハルト・リヒターが「オーバー・ペインテッド・フォト」と命名していた手法では?
2016年のROCKHURRAH RECORDSの年賀状制作でも取り入れたっけ。(笑)
リヒターとソール・ライター、手法は同じでもそれぞれ全然雰囲気違う作品になっているよね。
ソール・ライターの作品は絵画に近く完成されている。
リヒターはむしろ写真を潰してしまい、別物に見せる色の使い方だったからね。
ソール・ライターは水彩絵の具を使っているようなので、言ってみれば「塗り絵」みたいな感じになるのかな。

水彩画も展示されていて、その色使いの美しさに驚いてしまう。
不調和と不調和を重ねると調和になるような色彩。
マイナスとマイナスでプラスになるって感じ?(笑)
色の選択が独特で、友人Mは「すごーくきれい!」とうっとりしていたよ。
ほとんどがA4くらいの小さいサイズの絵画だった。
写真を撮りながら絵も描いていたのかな。
絵を描きながら色彩感覚を研ぎ澄ましていたのかもしれないね。 
絵画もアメリカ人を感じないなあ。(笑) 

1940年代後半から1950年代に撮影されたソール・ライターのカラー写真は、長い間現像されずに保管されていたという。
これは当時カラーの現像にお金がかかったこと、カラーの色味をコントロールするのが難しかったことなどが理由のようだ。
そして1994年頃に写真用品メーカー・イルフォード社が補助金を提供し、およそ50年の歳月を経て初めて写真が世に出ることになったというのだ。
そしてその写真が衝撃を与え、ソール・ライターの評価につながったのだという。
この時ソール・ライター71歳なのかな。
写真家として認知されるには、かなり遅咲きの人生だったんだね。
SNAKEPIPEがソール・ライターの名前を知らなかったのは、こんな事情があったことも原因していたのかも。

先日鑑賞した「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」(原題:Finding Vivian Maier 2013年)という映画を思い出した。
これはたまたまオークションで落札したモノクロフィルムのネガから撮影者を追うドキュメンタリー映画で、撮影した女性ヴィヴィアン・マイヤーは一枚の写真も発表することなくこの世を去っていたのである。
人から評価されること、認めてもらうことなんて関係なく、純粋に撮りたいから撮っていたんだよね。
結局ヴィヴィアン・マイヤーの写真は死後、世に出て人々を驚愕させることになる。
ソール・ライターは生きているうちに写真が日の目を見たわけだけど、ちょっと似てるなと感じたよ。

一枚の写真を観て、気になった展覧会に足を運べて良かったと思う。
最近はあまり写真に興味がなくなっていたので、今まで知らなった写真家の、ジェラシーを感じるような作品に出会えたことは大きな収穫だった。
写真家 ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと」(原題:In No Great Hurry: 13 Lessons in Life with Saul Leiter 2012年)というドキュメンタリー映画があったそうで、それを鑑賞したらもっとソール・ライターを知ることができるだろうね。
いつか観てみたいと思う。 

【NYのMOMAで2015年に開催された個展の映像。人形の動きがすごい!】

SNAKEPIPE WROTE:

「SNAKEPIPE MUSEUM」は、SNAKEPIPEがアート作品をコレクションしているという仮想美術館である。
英語にするとバーチャル・ミュージアム、略すとバチャミか。
別に略さなくていいか。(笑)
今までかなりのアート作品を収集してきて、様々な国のアーティストを紹介してきたと思うけれど、この国はお初だね。
今回紹介するのはエジプトのアーティストだから!
エジプトというと、真っ先に思い出すのはピラミッドやツタンカーメン、ミイラなどの古代エジプト文明だよね。
古代エジプトについてもそこまで詳しくないけれど、現代のエジプトについてはもっと知らないなあ。

たまたま目にした画像は、今まで観たことがないタイプの人形だった。
キャプションに書かれているのはEgyptian Artist Wael Shawky。
エジプトのアーティスト?
ワエル・シャウキーと読んでいいのかな。

分かる範囲でシャウキーの経歴をまとめてみよう。
1971年エジプト、アレクサンドリア生まれ。
2000年にアメリカのペンシルバニア大学でMFA(修士号)取得。
映像の中でインタビューに答えるシャウキーが、とても流暢な英語を喋っている理由が分かったね。
恐らく20代前半からアメリカに留学してたことになるもんね。
その後エジプトにあるアレクサンドリア大学でBFAを完了しているというから、30代を越えても学生でいたってことかな? 
これは単なるSNAKEPIPEの推測だけど、エジプトのお金持ちというと、桁外れの大金持ちじゃないかと思うんだよね。
きっとシャウキーはお金持ちのボンボンに違いないよ。(笑)
2004年にはアメリカ・センター財団助成金も授与され、2005年以降は数々の賞をもらっているみたい。
世界中で作品を展示する機会にも恵まれているようだね。
そして冒頭に載せたように、2015年にはニューヨークのMOMAで個展を開催している。
2017年の横浜トリエンナーレにも出品予定という情報もあったので、まさに国際的に活躍している新進気鋭のアーティストなんだね!

シャウキーの作品はパペットの制作と、そのパペットを使った映像になるみたいね。
パペットと書いたけど、いわゆる操り人形のこと。
ガラスや粘土を素材にした人形なんだけど、かなり不気味な印象。
人の顔になっていないように見えるものもあるし。
どうやら設定を十字軍の遠征の時代にしているとのことなので、第1回十字軍の1095年から第9回十字軍の1272年までの間ということかな。
そのため人形の服装や装備が、当時のものを模しているんだね。
うーむ、十字軍なんて世界史の授業で聞いたことがあるくらいで、あまり詳しく分からないなあ。

Wikipediaで調べてみると

十字軍とは、中世に西ヨーロッパのキリスト教、主にカトリック教会の諸国が、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍のことである

とのこと。
結局のところ宗教絡みのお話だったんだね。
シャウキーの映像は、その十字軍の戦いを描いているらしいんだよね。
だから右の画像の字幕が「神からのお告げを賜った」なんだね。
宗教について詳しくないSNAKEPIPEが語ることは難しいなあ。
しかも映像を観てないし!(笑)
意味について理解しなくても、人形を使ったアートという見方で良いんじゃないかな?
もちろん理解するほうが良いんだろうけど…。

人形劇というと、日本では例えば辻村ジュサブローの「新八犬伝」を思い出すけど、あの人形は顔が固定で目や口が動くわけじゃないんだよね。
目や口が動く人形といえば、やっぱり「サンダーバード」か!
操り人形だし、シャウキーと全く同じ条件だよね。
シャウキーの人形も負けないくらい良い出来で、動いている人形の表情の豊かさは見事!
「教えてくれ!真の十字架はいずこに?」
と問いかけているこの男性もさることながら、背景も素晴らしいよね?
どこからどこまでがシャウキーの手によるものなのか不明だけど、この映像は観てみたいなあ。

戦いということで、こういったシーンも登場するんだろうね。
血糊の表現や人形の表情に、残虐さがよく出ていると思う。
バービー人形を使った「SNAKEPIPE MUSEUM #40 Mariel Clayton」や、まるで犯行の戦利品として人体パーツ収集しているような作品を制作した「SNAKEPIPE MUSEUM #30 David Altmejd」などに比べると「常識的な範囲」の殺戮現場になるけどね。

どうやらシャウキーの映像作品は今まで3作作られているみたい。 
・The Horror Show  2010年 
・The Path to Cairo 2013年 
・The Secrets of Karbala  2015年 
3作ともに十字軍の話なのかは不明だけど、左は3作目からの画像のようなので
「我慢なさい、明日こそが裁きの日になるのだから」
と予言めいた字幕がついているところからみても、宗教絡みの話に間違いなさそうだね。
それにしてもこれは人間の顔なんだろうか?(笑)
十字軍や宗教関連の映像、という断片的な情報だけを仕入れて書いているけれど、シャウキーのテーマは何だろう?
実際に鑑賞しないと分からないよね。
観ても分からないかもしれないし。(笑)

冒頭のMOMAの映像の中で、生き生きとした人形たちを観ることができる。
かなり細やかな動きや表情を確認してびっくりしてしまうほど。
エジプトでは古代から彫刻技術が発達していて得意分野だとは知っていたけど、日本の人形浄瑠璃みたいな丁寧なこともできるとは!
映像は起承転結のあるストーリーではないようだけど、動いている人形を観てみたいよね。
横浜トリエンナーレでは映像作品も鑑賞できるのだろうか?
今からとても楽しみだ!(笑) 


【今回特集した映画の主役達。平均年齢は一体いくつだろう?】

SNAKEPIPE WROTE:

相変わらず週末には映画鑑賞する習慣が続いているROCKHURRAH RECORDS。
その割に映画のネタをブログにしていなかったなあ。
今回久しぶりに「映画の殿」として特集したいと思う企画を思いついたので、まとめてみよう。
題して「ハッスル老人」特集!(笑)
ハッスルって死語じゃない?とROCKHURRAHから突っ込まれたけど、これでいいのだ!
以前にも「映画の殿 第09号 バッド・アス  ジャスティス・リターンズ」という記事で、若者に負けない老人達を描いた映画について感想をまとめたSNAKEPIPE。
カッコ良く頑張る老人というテーマは好きなんだよね。(笑)
「バッド・アス」のダニー・トレホに負けないくらいハッスルする老人を見つけたので紹介していこう。

まず最初はこちらの作品から!
※ネタバレしている可能性がありますので、未鑑賞の方はご注意下さい。

ドント・ブリーズ(原題:Don’t Breathe)」は2016年公開のアメリカ映画である。
直訳すると「息するな!」か。
ちょっとソフトに意訳すると「息を殺して」とか?
1980年代に「死霊のはらわた」で一躍有名になった監督サム・ライミが製作総指揮に名を連ねている。
ホラー映画ファンのROCKHURRAHに語らせたらサム・ライミについて詳しく説明してくれるけど、今回は上の一行で終わらせてしまおう。(笑)
「ドント・ブリーズ」は昨年末に劇場公開された時から気になっていた映画だったけれど、今回はDVDになってから鑑賞したよ。
怖い老人が出て来る映画、というところまでは情報として知ってたんだよね。

では簡単にあらすじを。

親と決別し、街を出るため逃走資金が必要だったロッキーは、恋人のマネーと友人のアレックスと一緒に大金を隠し持つと噂される盲目の老人宅に強盗に入る。
だが彼は、目は見えないが、どんな『音』も聞き逃さない超人的な聴覚をもつ老人――そして想像を絶する『異常者』だった…

前述の「バッド・アス」でダニー・トレホが演じたベトナム戦争の帰還兵と同じように、「ドント・ブリーズ」の老人も元軍人という設定になっているところがポイントかな。
だから皆が想像する「いかにも老人老人」した老人じゃないんだよね。
戦争の時、手榴弾を目に受けて失明までしている老人と聞けば、金を奪うのは「お茶の子さいさい」と思うだろうね。
ところがそうはイカの塩辛!(笑)
あらすじにもあるように、視覚の代替なのか耳が良い。
更に写真からも分かるように、筋骨隆々なのよ。
しかも動きが素早い!
強盗に入った「自称:俺って腕っ節が強いヤツ」の若造も、ほれ、この通り!
「簡単な仕事」と思い込んでいたからスキもあったとは思うけど。
爺さんだからってナメちゃいけないよね。(笑)

強盗に入ったのは若者3人で、左が爺さんにあっけなくヤラれたチンピラ風の男で名前がマネー。
うーん、名前がマネーってすごいね。(笑)
真ん中がチンピラの彼女で、家を出たいロッキー。
そして右はロッキーに横恋慕しているため、一緒に行動している坊っちゃん系のアレックス。
この手のホラー映画では、「なんでそこで行く?」とか「なんでそこでやめない?」などの疑問を持つことが多いんだけど、「ドント・ブリーズ」でも、何度同じ疑問を持ったことか。
逆に言うとそうじゃないとホラー映画として成り立たないのかな?

映画の中で老人と共に恐ろしかったのは、老人が飼っている犬。
若者3人が老人宅の偵察に行った時から、よだれ垂らしながら吠えて威嚇しまくり!
老人から躾されていて、老人を守る目的は果たしているから良い犬なんだろうね?
侵入者にとっては厄介な相手。
これはロットワイラーというドイツ原産の犬種みたいね。
軍用犬や警察犬としても活躍しているというから、頭が良くて攻撃力がある犬ということなんだろうね。
よだれ垂らして吠えている姿からは凶暴性しか感じられなかったけど。(笑)
Wikipediaによればロットワイラーに噛まれる事故で死亡している人がかなりの数いるらしい。
用心棒にはもってこいだけど、SNAKEPIPEはあまり「かわいい」と思えなかったなあ。

ナメてかかったら逆襲されたという話はありがちだけど、鑑賞しているうちに自分も追われる立場を体感してしまうのが面白い。
老人から逃げようとする若者達のほうが悪いことしてるのにね?(笑)
老人の動きが素早過ぎて、段々超能力者みたいになってくると恐怖が一段落してしまった。
あり得ない設定だと怖くないんだね。(笑)
途中までの「息が詰まる」ような緊張感は良かったね!

続いても暴力的な老人に登場してもらいましょう。

「皆殺しの流儀(原題:We Still Kill the Old Way)」は2014年のイギリス映画。
タイトルからして「皆殺し」だから!
どれだけ残酷なんだろうと震えてしまうよね。

かつてロンドンの暗黒街を仕切っていた兄弟チャーリーとリッチーは、引退後はそれぞれロンドンとスペインで穏やかな生活を送っていた。
そんなある日、ロンドンで若者ギャングに襲われていた女性を助けようとしたチャーリーが、返り討ちにあって殺されてしまう。
復讐を誓ったリッチーはスペインからロンドンに舞い戻り、昔の仲間たちと共にチャーリーを殺したギャングたちを1人ずつ追いつめていく。

あらすじにあるようにきっかけはロンドン在住のチャーリーが、女性を助けようとしたことから始まる。
チャーリーの時代と現在の若者ギャングの考え方はまるで違う。
男らしさの定義なんて、現在の若者には一切ないからね!
いわゆる日本の任侠道みたいな感じで、チャーリーの時代は素人さんには手出し無用。
その世界の中だけで通用する切った張ったがあったはずなんだよね。
その価値観のまま現代の若者ギャング集団を諭そうとしてしまった点に間違いがあったね。

いかにも強そうで悪そうなアメリカ映画に出てくるギャング集団とは違って、イギリスのギャング集団はこんな感じ。
ひょろっとしているし、服装が変われば普通の子になれそうな雰囲気。
束になってかからないとダメで、一人になってしまえばまるで無力なタイプなんだよね。
「男らしくサシで勝負だ」とチャーリーが言っても、元々束で行動している若者達はチャーリーを無視し、集団で襲いかかる。
ああ、嫌だ!
SNAKEPIPEは、こういう卑怯な奴らが大嫌いだ。
チャーリーも無謀だったけど、集団で行動し、しかもその様子をスマホで撮影しているような奴らは最低だよね。
確か日本でも未成年が似たような事件起こしてたっけ。

集団のギャングに惨殺されたチャーリーの復讐を誓う男4人が結集した。
写真で分かる通り、みんな初老のおっさん達なんだよね。
若い頃はブイブイ言わせてたマフィアなので、久しぶりに集まってもあっという間に役割分担ができている。
拷問専門の人もいるしね。(笑)
復讐するための心意気もバッチリ、老人達には裏切り者もいないし、結束が固い。

 「皆殺しの流儀」の最大の魅力は、老人達のカッコ良さかな。
主人公リッチーを演じたのはイアン・オギルビーというイギリス人俳優だけど、他の映画を観たことがないみたい。
かなり渋めで、元マフィアという役がとても似合っていたね。
他の3人も良い味出していたよ。
心はまだ現役でも体がついていかない、という老人ネタもお約束!
こんな気骨がある老人が多かったら世の中変わるだろうな、と思ってしまった。

もしかしたらSNAKEPIPEと同じように、老人4人組のファンが多かったのか?
なんと次回作を発見してしまったよ!
前作より1ヶ月後、という設定になっているようだね。
2017年公開なので、日本ではいつDVDになるのかな?
今からとても楽しみだ!(笑)

最後の作品はこちら。

100歳の華麗なる冒険(原題:Hundraåringen som klev ut genom fönstret och försvann)」は2013年のスウェーデン映画である。
タイトルに100歳とあるので、老人が主人公ということは最初から分かるよね。(笑)
この100歳の老人、一体何をやらかしたんだろうね?

100歳の誕生日を祝われるはずだったアランは老人ホームから逃げ出し、バスに乗ってあてのない旅に出発。
偶然降りた駅の近くに住むユリウスと酒を酌み交わし意気投合。
しかしその道中、ギャングの闇資金入りのスーツケースをひょんなことから入手したため、警察とギャングに追われる身になってしまう。
アランはいかなるトラブルに見舞われようとも、超人的なマイペースぶりを発揮。
はたして彼は何者なのか?

ヨロヨロした足取りで、何の気無しに窓から外に出てしまうところから話が始まる。
ここでも若者ギャングが登場するけれど、またもや老人だと思って見くびっていたのが運の尽き。
もしかしたら杖代わりにしようと思っていたのかもしれない老人アランは、まんまとスーツケースをせしめてしまう。
中には満杯の札束が!(笑)

たまたま知り合ったユリウスと札束を持って、当てのない旅に出るのである。
トロッコに乗せられているのは、若者ギャング!
なんとも間抜けな事故でこんな目に遭ってしまうとはね。
本当は残酷なシーンだったのに、老人達の手にかかると笑いに変わってしまうから不思議だ。
ここらへんのブラックな笑いは「映画の殿 第21号 さよなら、人類」で特集した感想にも近いんだよね。
あの映画もスウェーデン映画だったから、もしかしたらスウェーデンの特色なのかな?
ブラック・ジョークと間の取り方が独特なんだよね。
「100歳の華麗なる冒険」も同じように、かなり残酷な笑いのシーンがあって面白かった。
いや、本当は笑うところじゃないはずなんだけど。(笑)

老人アランの威風堂々とした態度には秘密があったんだよね。
このおじいさん、なんと爆弾のエキスパートだったの!
「ちっちゃな頃から悪ガキで、15で爆弾魔と呼ばれたよ〜」
とチェッカーズの替え歌を書いてみたけど、実際にはもっと小さい頃から爆弾に興味を持っていたアラン。
その技術を買われ、世界的に有名な人物達と知り合うことになるんだよね。

スペインのフランコ将軍、アメリカ第33代大統領ハリー・S・トルーマン、ソ連のヨシフ・スターリンなどなど、歴史上に名を残している錚々たる人物達との交流があったんだよね。
もちろんアランの専門は爆弾なので軍事的な理由でお近付きになっているし、当然ながら機密情報を知っていることになる。
そんなスパイ映画みたいな人生を送っていたアランにとっては、100歳の誕生日を老人ホームで祝ってもらうなんて、ちっとも願っていなかっただろうね。
アランの辿ってきた人生を再現したシーンが非常に面白かった!

ユリウスと旅を続けている道中、もう一人仲間が加わる。
気が弱そうなベニーを誘って大丈夫なのかしら、と心配してしまったけれど、車の運転ができる優しい人で良かったよ。
通常なら弱者とされてしまうような3人組が、とても仲良く旅をしている様子は、観ている側もほのぼのした気分にさせてくれる。
こんな100年を生きる人はそうそういないと思うけど、自由気ままな人生を生きていかれるなんて幸せだろうね!
この作品でまたスウェーデン映画に興味が湧いてきたよ!
原作も読んでみたいな。

今回は「ハッスル老人」として元気いっぱいの老人が主人公の映画を特集してみたよ。
そういえば他にも大友克洋原作のアニメ「老人Z」(1991年) もあったなあ。
年齢的には高齢者でも、今まで思っていた老人像とは全く違うタイプが出演する映画は、まだありそうだよね。
カッコ良い老人に出会えることを期待しよう!