Monthly Archives: 5月 2009

【わけあってプレイヤーは別窓で開きます。音が鳴るので要注意】

ROCKHURRAH WROTE:

先々週あたりからSNAKEPIPEと二人して風邪をひいてしまい、インフルエンザ騒ぎもあったために珍しくマスク着用で通勤してしまった。こんな時期に紛らわしいというか運が悪いし、人には警戒される始末。SNAKEPIPEはすぐに治まったが、ROCKHURRAHの方は鼻炎も併発したらしく、大変に辛い一週間となった。おかげで自慢の(語尾がはっきりしない)こもった声が鼻声になり情けない。

さて、そんなことも踏まえた上で本日はROCKHURRAHの得意とする分野(?)、パンク&ニュー・ウェイブ時代のヘナチョコ声ヴォーカリスト特集だ。
ヘナチョコ声といっても感じ方は人それぞれだし、定義の難しい分野ではあるが、あくまでも個人的にそう思えるものを選んでみた。

そもそもロックの世界ではこういう声は決して異端でもなく、むしろ力強く堂々とした声の持ち主よりも人口は多いかも知れない。そんなヘナチョコ声ヴォーカルに市民権を持たせた代表はヴェルベット・アンダーグラウンドルー・リードデヴィッド・ボウイという事でいいのだろうかね。まあこれらはロックを聴く人なら大体誰でもわかると思える鼻詰まり系元祖の人だから、わざわざ語るまでもないな。

さてパンク、ニュー・ウェイブの世代になるとヘナチョコ人口はグッと増えてくる。ボウイやルー・リードを聴き狂って影響を受けた直接の世代でもあるし、ちょっとした程度の歌と目新しい演奏が出来れば誰でも人気者になれる機会があった時代だからね。

この時代で個人的に好きだったヘナチョコ・ヴォーカリストはハートブレイカーズのジョニー・サンダースがまず挙げられる。彼の場合は声に限らずギターも生き様もヘロヘロだったわけで、破滅型ロックンローラーの代表と言うべきだね。
そのジョニー・サンダースのベスト・オブ・弟分であるシド・ヴィシャスなども舌ったらず系ヴォーカルで数多くの人に愛されたな。この辺はROCKHURRAHのいいかげんな説明よりも伝記などを読んだ方がいいだろう。

そして誰が何と言っても軟弱声の極め付けはオンリー・ワンズのピーター・ペレットだろう。堕天使のような風貌(写真によって見た目が随分違うが)と誰もが倦怠感を一緒に感じてしまう中性的なヴォーカル・スタイル。古い順に書いてるから早い段階で登場してしまったが、これはもうヘナチョコ声チャンピオン間違いなしの一級品だ。日本では誰でも知ってるという程の知名度を得なかったし、パンク好きの人でも「Another Girl, Another Planet」くらいしか彼らの曲を知らないって人も多かろうが、他にも素晴らしい曲がたくさんあるので知るべし。

いきなりチャンピオンが出たからこれを破れる人はそうそういないんだが、例えばバズコックスのピート・シェリーなども同じ傾向かな。元々は奇妙な髪形の才人ハワード・デヴォートがヴォーカルだったが、彼が抜けた後にギタリストだったピート・シェリーがヴォーカルも兼任したというパターン。この時代のパンクとしては抜群に優れたポップ・センスとスピード感のあるバンドで、ちょっと素っ頓狂に裏返るシェリーのヴォーカルも魅力に溢れていた。後の時代に多大な影響を与えたで賞。

前々から何回もこのブログで取り上げてるベルギーのプラスティック・ベルトラン。これもまた愛すべきヘナチョコ・ヴォーカリストだ。延々と同じビートが反復するワン・パターンに甘えた声、映像見ても一人で跳ねて踊って歌ってるだけ。それでもパンク。彼らもオンリー・ワンズの「Another Girl〜」同様、一般的に知られている曲は数多くのバンドがカヴァーした名曲「Ça Plane Pour Moi(「恋のウー・イー・ウー」または「恋のパトカー」)」しかないのが悲しい。

忘れちゃならないのはパンクからニュー・ウェイブ転換期に活躍した早過ぎたバンド、ワイアーのコリン・ニューマン。「ロックでなければ何でもいい」などという発想で次々と既成概念を解体するような新しい試みの曲を量産し、あっという間に自らも分裂解体してしまった伝説のバンドだ。パンク・ファン以外でも知ってるような知名度の高い曲はうーん、あまりないなあ。ワイアー時代は「12XU」みたいに絶叫する曲もあったからヘナチョコ声のレッテル貼るのもちょっとおこがましいが、「I Am The Fly」「 15th」あたりからコリン・ニューマンのソロに至るまで、ドリーミーでクリーミーな世界を繰り広げている。

ニューマンで急に思い出したんだがニュー・ウェイブ初期の78年くらいに大ヒットを飛ばしたチューブウェイ・アーミー=ゲイリー・ニューマン、彼もまたヘナチョコ鼻声の持ち主だ。エレクトロニクス・ポップス略してエレポップ、もっとわかりやすく言えばテクノ・ポップと呼ばれた分野で大活躍した幻想アンドロイドこそが彼だ。デヴィッド・ボウイが持っていたイメージの一面を極端にデフォルメした非人間性が目新しかったものよ。しかし人気出たもののヒットは数曲、おまけにアンドロイドのくせに太ってしまうという致命的なミスを犯してしまい、いつの間にか消えてしまったな。

ここまでニュアンスはそれぞれ違うがROCKHURRAHが言わんとするヘナチョコ声質はわかって貰えた事と思う。だがヘナチョコ声はそれだけではない、もっとヴァリエーションのあるものだ。その一例を挙げてみよう。

デヴィッド・ボウイと同時期に活躍したロキシー・ミュージックのブライアン・フェリーが得意としてた、かどうかよくわからんが、いわゆるファルセット、裏声。歌唱法とすればロックの世界でもアリとは思うが、これも一般的にはヘナチョコ度が増す行為だろう。

ファルセットとは言わないのかも知れないがナチュラルに高音だったヴォーカリストと言えばアイルランドのアンダートーンズ(フィアガル・シャーキー)などは特徴的だ。当時、政治的に不安定だった北アイルランド出身のくせに見よ、この陽気なポップ魂、どこから声出してんの?パンク時代のモンキーズのようなバンドだったな。「Teenage Kicks」をはじめ「Here Comes The Summer」「Jimmy Jimmy」などなど、はじける名曲を数々残している。
近いタイプとしては日本での知名度はかなり低いがフィンガープリンツなども同じパターン。こちらはどう考えてもヴォーカリストには向かんでしょうという人がわざわざヴォーカルをとってて反省させられる内容。ただし曲はすごく良くてパンクというよりはパワー・ポップ系なのにパワーないぞ、というところが魅力。これぞヘナチョコ・ロックの面目躍如。

高音と言えばアソシエイツのビリー・マッケンジーも有名だ。80年代前半のイギリスで大人気だったバンドで83年くらいにはインディーズ・チャートの常連だったくらいに次々とヒットを飛ばした。陰と陽がどんどん入れ替わるような奇妙なポップスを得意としていたが、ただ不安定な高音やはっきりしない曲調、とっつきにくい部分もあってこの手のバンドを苦手な人も多数いるはず。同じ傾向であるキュアーのロバート・スミスが人気者になれたのに、やはりもう少しの個性が必要だったのかね。代表曲「Club Country」が知られてる程度で日本ではあまりヒットしなかったなあ。このビリー・マッケンジーは完全に落ち目になった90年代後半に鬱病が悪化し自殺している。そういうシリアスは我等が提唱するヘナチョコ道には反する行為なんだが。

ここまでパンク、ニュー・ウェイブ中心に書いてきたけど出そうと思えばいくらでも出てくるヘナチョコ族ども。ハッキリ言って掃いて捨てるほど存在してるな。書いててキリがないので90年代後半に出てきたアップルズ・イン・ステレオのロバート・シュナイダーをこの系譜の一番最後にしよう。ギター・ポップと言えばROCKHURRAHの世代では断然イギリス、スコットランドあたりなんだが、この90年代後半から21世紀のはじめくらいはアメリカ物の方が旬な時代だった。アップルズ・イン・ステレオもそんな中に登場したバンドで、この上ないほどポップスの王道を行く楽曲と素晴らしいヘナチョコ・ヴォーカルでギター・ポップ好きの心を鷲掴みにしたものだ。しかしこの女性受けする声のロバート・シュナイダーは小太りでメガネの冴えない男で秋葉原あたりにいても何ら違和感なしという風貌。「この声で美形じゃないなんて」と数多くのファンをガッカリさせた経歴を持つ。後年になって「ロード・オブ・ザ・リング」で有名なイライジャ・ウッドからの依頼じゃ、という事で彼のレーベルから出したりもしたが最近の活動には疎いもので、その後はどうなったのか?

というわけで思いつくままヘナチョコ・ロックの歴史を振り返ってみたが、こういうのばっかりあまり続くと食傷気味。ストロングでハードコアなものも続けると疲れてしまう。どちらもほどほどにバランス良く取り入れて健康なのが一番だね。
(何じゃこのしまりのない締めの言葉は?)

【ROCKHURRAH RECORDSのポスターを横尾忠則風に制作。なんか中途半端。(笑)】

SNAKEPIPE WROTE:

今回は好き好きアーツの7回目として、画家横尾忠則氏について書いてみたいと思う。
画家、と言ってみたけれど元々はグラフィックデザイナーであり俳優業や著作も数多くマルチな活躍をしている横尾氏。
何回か回数に分けて書かないと横尾忠則の全貌については語り尽くせないので、SNAKEPIPEの気になったことを書いていきたいと思う。

恐らくSNAKEPIPEが一番初めに横尾作品を目にしたのはTVドラマ「ムー」のタイトルバックであろう。
子供だったので、当時はそれが横尾作品とは知らずに観てたけど。(笑)
今では「You Tube」でも観られるので、改めて鑑賞してみた。
ものすごく斬新!
続編の「ムー一族」のタイトルも横尾氏によるもので、これも面白い。
70年代は実験的なことをやってたんだなと感心してしまう。
続いては横尾忠則の出発点であるポスターについて書いてみようか。

ポスター制作をしていたのは60年代後半から70年代にかけての、いわゆるアングラ文化、今だとカウンターカルチャーというジャンルになるのかな。
映画、写真、演劇の告知ポスターが有名である。
残念ながらリアルタイムで観ていたわけではないため、氏の展覧会で鑑賞しポストカードになった物を入手した次第である。
一目見ただけで氏の作品と判る特徴的な色づかいや構成に影響を受けた人も多いだろう。
題材となっている写真、映画、演劇もかなり特徴があるので、相乗効果で更に迫力がある。
時代、と言ってしまえば簡単だけど、当時を知らないSNAKEPIPEから見ると、まさに激動の時、これから何か始まるぞ、というザワザワしたエネルギーを感じる時代だったのではないかと想像する。
経験していない者にとっては憧れの時代なのである。
その時代に18歳くらいで新宿近辺をうろついてみたかった!
それじゃただのフーテンか。(笑)

その時代、1969年に横尾氏主演の映画、「新宿泥棒日記」が公開されている。
監督は大島渚
唐十朗もゲスト出演していて、まさに横尾氏のポスター通りである。
新宿紀伊國屋で本を万引きして、店員に咎められるところから始まる映画で、横尾が岡ノ上鳥男というふざけた名前で登場。
映画の内容はあまりよく覚えてないけれど、途中から劇中劇のような展開でハチャメチャだったように記憶している。
その辺りも時代っぽい感じなのかな。

横尾氏は著作の中で三島由紀夫氏、ビートルズからの影響について語っているが、その結果がインドへの興味になったようだ。
著作の中で横尾氏は
「君はもうインドに行ってもいいようだ」
と三島由紀夫氏に言われたと書いていたが、それはインドという大きな存在を受け止める精神力に合格点が出た、という解釈でイイのかな。
横尾氏の「なんでも受け入れる」ような姿勢はインドからの影響なのかもしれない。
あっちの世界と交信ができる、UFOを呼ぶことができる、など聞く人によっては笑うか疑うような話をたくさん書いている横尾氏だからね。

夢の中での話も非常に多く、絵画の題材を夢から取ることもあるようだ。
横尾氏は「夢日記」を書いていて、かなり赤裸々に綴られた内容に読み手が赤面してしまうこともある。
以前何かのインタビューで「何故だか何日も連続で夢の中に滝が出てきたから、滝シリーズを描いた」と語っていた横尾氏。
横尾氏にとって夢は啓示や暗示と考え、非常に重要な要素として捉えているようだ。
ん?これって敬愛する映画監督デヴィッド・リンチと一緒じゃん!(笑)
そういえばリンチも横尾氏も少年時代に好きだったものをずっと思い続けてるし。
書いているうちに共通点を発見するとは!
今頃気付くSNAKEPIPEが鈍いのか?(笑)
リンチは還暦過ぎても「気分はまだ19才のまま」と語っているけれど、恐らく横尾氏も同じような心境ではないだろうか。

リンチと横尾氏、ということで大きく違っているのは結婚観か。
横尾氏は仕事の関係で知り合い、会って3日目にはプロポーズ!
仲睦まじい様子はHPで確認することができるように、「一人の女性をずっと愛し続けていく」タイプである。
3日目に結婚を決意できるほど「この女性しかいない」と確信が持てた、直感に優れている、ということになるのか。
一方リンチはと言うと3回の結婚と離婚を経験、お付き合いしていた有名人にイザベラ・ロッセリーニがいたり、現在の恋人と噂されているのはナスターシャ・キンスキーとのことでこの手の話題に尽きないほどのプレイボーイぶり。(笑)
この点に関しては全く二人のタイプは違ってるんだね。
ってまるでワイドショーみたいだからこのくらいでやめるか。(笑)

かつては「横尾」という文字があると書籍でも雑誌でも画集でも、なんでも手に入れないと気が済まないほどに熱中し、展覧会にも足を運んでいたSNAKEPIPEだったけれど、横尾氏の露出度が高過ぎてだんだん追いつかなくなってしまった。
SNAEKPIPEが最後に観たのは2002年の「横尾忠則 森羅万象」展での「Y字路」シリーズまで。
そのため最近の活動については詳しくない。
確か去年だったか手にした雑誌がまたもや「横尾忠則特集」をやっていて、今までの作品の紹介に加えて現在描いているテーマについても載っているのを見かけた。
現在は「温泉」をテーマにしているそうで。
久しぶりにHPを観たら金沢21世紀美術館で公開制作が開催されていた模様。
いや~、金沢じゃ簡単に行かれないよね。(笑)
また近場で展覧会が開催されたら行きたいと思う。

【ベストヒットUSAのオープニングを好きなアルバムで制作してみた(笑)】

SNAKEPIPE WROTE:

この人が親戚だったらうれしいな、と勝手に想像する有名人の一人に小林克也氏がいる。 スネークマンショー以来ファンであり、 「小林克也のおしゃべりアメリ缶」 まで買ったほどである。(笑) 知らない方のために簡単にアメリ缶の補足をすると、克也氏がラップで英会話を教えてくれるCDで、本当に缶詰で通信販売されていた代物。 ラップのリズムで覚えていく、というとても楽しいものであった。(ちなみに今でも所持している) あの完璧なネイティブ・イングリッシュを独学でマスターした、と知った時には腰を抜かしたほどである。 映画「逆噴射家族」も試写会で鑑賞。 これ、なんとSNAKEPIPE家族で観に行ってるんだよね。(笑) この時の演技も良かった! もう一度観たい映画である。 多方面で活躍している克也氏だけど、代表する番組といえば、ご存知「ベストヒットUSA」である。

SNAKEPIPEの年少時代に一番観ていた音楽番組「ベストヒットUSA」。 ゲストと通訳なしでやりとりする克也氏の姿を拝見して、なぜだか誇らしく感じたのはSNAKEPIPEだけではないだろう。 当時は外タレに司会者本人がインタビューする、なんてことはほとんどなかった。 しかも克也氏は音楽に詳しいし、ジョークをまじえるような海外の番組の司会者みたいで本当にカッコ良かった。 どういう経緯なのかは不明だけれど、番組は1989年に一度終了した模様。

そして2003年に復活した「ベストヒットUSA」。 前と同じタイトル曲、司会の小林克也氏! それだけでも克也氏ファンとしては顔がほころんでしまう。 以前とは違って、今回の「ベストヒット」は深夜の番組なので毎回録画して 何回かをまとめて観ることにしている。 最新のチャートにはあまり興味がなくて、楽しみにしているのはタイムマシーンのコーナーと最後のリクエストだけ。 タイムシーンも最近では一曲しかやらないことが多く、しかもあまり興味のあるアーティストではない。 リクエストもハズレがほとんどで喜ばしい曲がかかることは非常に少ない。 ではSNAKEPIPEなら何をリクエストするだろう?

やっぱりという感じで思い付くのはニューウェイブだ。 当時のSNAKEPIPEにとってのアイドルはイギリスの音楽シーンを賑わせていたアーティスト達だったからだ。 世界はイギリスを中心に回ってる、と考えていたほど。(笑) 録画予約し忘れていたこともあるため、もしかしたら以前にリクエストされたこともあるかもしれないけれど、SNAKEPIPEが選ぶなら次の3曲になるかな。

最初にHaircut100「Favourite Shirts (Boy Meets Girl)」。 邦題「好き好きシャーツ」(笑)。 ここから「好き好きアーツ」シリーズを考えた話は以前したことがあるよね。 80年代に突如出現したファンカラティーナ旋風。 「お坊ちゃん達が音楽?」と思ってしまう、メンバー全員が同じ白いセーターにサスペンダーという服装でファンク。(笑) ちなみに当時ROCKHURRAHもHaircut100を真似て、似たセーターにサスペンダーだったらしい。(笑) かわいい見た目とは違って音楽性は高く、ノリのイイ名曲だと思う。 SNAKEPIPEも大ファンで、ヴォーカルのニック・ヘイワードの似顔絵を入れたポスターを制作したことがある。 あまり似てなかったけど。(笑)

続いて、これまた似顔絵を描いたヴォーカル、クレアちゃんがいたAltered Images「Happy Birthday」。 クレアちゃん、かわいかったなあ~! 当時クレアちゃんを真似た女の子がイギリスにいっぱいいた、なんて記事を読んだことがあるけれど、大いに納得! 80年代らしく、前髪は長めで「うなじ」は刈り上げのヘアスタイル。 SNAKEPIPEも似た髪形だったなあ。(笑) この曲、ロンドンナイトCDにも収録されて、再び聴けて嬉しかった! 今観てもやっぱりクレアちゃんかわいい。 やっぱり今でもアイドルだね!

3曲目はDr. And The Medics「Spirit In The Sky」。 実は当時Dr. And The Medics来日の際、ライブに行ったSNAKEPIPE。 とは言ってもアルバムは一枚しか出てないし、有名なのはその1曲だけ! 完璧な一発屋のライブに行くとは。(笑) 場所はどこだったか忘れたけど、前から3列目くらいのすごい良い席で観た。 「実物観れたからいいか」の世界だね。(笑) SNAKEPIPEも Medicsになりたいと思ってたくらい。 後から知ったのは「Spirit In The Sky」はNorman Greenbaumという人がオリジナル。 カヴァーはエルトン・ジョンを筆頭にニーナ・ハーゲンやらバウハウスなど錚々たるメンバーが演奏済み。 それでもドクター~でまた売れたとは、名曲なのね! 以前はレコードを所持していたけれど、処分してしまったので今でも買おうかどうしようか迷っている。

もっと書きたいところだけど、今回はこの3曲だけにしておこうか。 いつかまた第2弾を書こうかな。 ROCKHURRAHも自身のリクエスト特集を書きたい、なんて言ってるし。(笑) ではこのへんで。 See You Next Week!(この前ROCKHURRAHも書いてたな)

【SNAKEPIPEが撮るとこんな一枚。わざわざ人のいない場所を選択。(笑)】

SNAKEPIPE WROTE:

5月に入ってめっきり陽射しが強くなってきた。
確かに紫外線は今月が一番強いとよく言われるしね。
日焼け防止対策として今年はついに日傘を、そして休日のお出かけ用に帽子が欲しいな、と思ったSNAKEPIPE。
冬のお洒落用ならお気に入りがいくつかあるけれど、夏の日よけのような実用的な帽子がないことに気付く。
うーん、昔だったらこんなことなかったのに…。

かつてSNAKEPIPEは大の帽子好きで、数えたことないけれど恐らく100個以上の帽子を所持、毎日帽子から服装を決めるほどの愛好家だった。
あらゆる種類、色、素材の帽子を集めまくり、ついにはどのお店の帽子を見ても
「あー、似たのは持ってる」
と全くトキメキを覚えなくなってしまったのである。
そこで
「じゃ、自分で作ってみよう」
と帽子学校に入学。
完全なオリジナルを目指して不思議な(とてもかぶることができないような)帽子作りに明け暮れた日々であった。
そんな時代には「帽子がない」なんてことは有り得なくて、どの帽子にしたらいいか悩むのが常だったのに。
引越しの度に少しずつ処分をしたり、人に譲ったりしているうちにこんな状況に!
これはいかん、とまた初心に帰り自分で作ってみようと思ったのである。

学校に通っていた頃に使用していた教科書にパターン(型紙)が載っていたので、それを参考にしようと思っていたのに教科書が見つからない!
げっ。まさかと思うけど、教科書まで数多い引越しのどさくさで処分???
仕方がないので手芸材料の店で帽子の型紙を購入。
本当だったら型紙から作りたかったけどね。(かなり面倒だけど)
最近のこの手の「簡単にできるシリーズ」というのはびっくりするほど上手くできている。
「作り方」なんて紙一枚を読んでその順序に従うと、あれよあれよという間にできてしまう。
ほんの数時間で完成!
まずは試作品としてかなり気楽に作ってみた。
実は目的があったので、早く仕上げたかったのである。

その目的とは、なんと「潮干狩り」。(笑)
2年前に友人から「本当に楽しいよ」と薦められ、連れて行ってもらったROCKHURRAHとSNAKEPIPE。
首にタオル、長靴(お洒落じゃないタイプ)、ズボンが濡れないようにレインスーツ(下)を穿き、軍手に熊手、というまるでパンクファッションとは縁のないルックスで挑んだ貝堀り。(笑)
タオルは日焼け防止と汗のため、レインスーツ(下)を穿く理由は意外とかかんで貝を掘っているとお尻部分が濡れてしまう、との情報があったためである。
見た目的には最悪だけど、実用性は抜群!
帰りにレインスーツ(下)だけ脱げば、来た時と変わらない状態である。
潮干狩りの際には是非ともお勧め!(笑)
とは言っても実際に穿いてる人はほんの少ししかいなかったけど。
見た目はそんな感じだし、翌日には腰も痛くなるし、手首だけ日焼けしたり、はっきり言ってカッコ悪い潮干狩り。
でもまた行きたいと思うほど、本当に楽しかったのである。
去年行かなかったのが非常に残念だったので、今年こそは絶対行こうと固く決意したのである。(大げさ)

本来はゴールデンウィーク中に行きたかった潮干狩りであるが、今年は潮の関係で一番都合が良い日は潮干狩りが出来ないことが判明。
潮干狩りを知らなかった頃は潮見表なんて存在も知らなかったけどね!
きっと今年は潮干狩りの関係者も商売上がったり、だったんじゃないかな?
ゴールデンウィーク後半は天気も悪かったし。
ということで、今年は9日に行くことに決定。
潮見表によれば9日は8時半からスタート、とのこと。
前日に早寝をして当日は朝の4時半に起床し、早い時間に出発したのである。
我が家は車を持っていないため、電車を使う移動。
長靴を持っていくため大きなリュックを背負ってお出かけ。
この時点ですでにパンクではない。(笑)

電車の後はタクシーを使い予定通り、スタートの時間の1時間前には現地に到着。
タクシーの運転手さんが「電車で来る人は少ないよ」と言っていた。
確かに!すでに駐車場は満杯!
団体客も多く、大型バスもいっぱい。
1時間前なのに入場を待つ行列までできている。
みんなすごい意気込み!(笑)
みなさん、服装は似たりよったりでやっぱり帽子にタオル、長靴という感じ。
「俺は最低限のお洒落はしたいから」
などと言い、まるでDEVOのような真っ赤なつなぎにポークパイハットのROCKHURRAH。
がっ!レインスーツ(下)を穿いたことでお洒落は台無しに!
つなぎにレインスーツ(下)を穿くとどうなるのか全く想像していなかったらしい。(笑)
SNAKEPIPEも手作り帽子、他は2年前とほとんど同じようなダサい貝掘りファッションでいざ出陣!

前日が雨だったせいと、潮見表の時間に若干の誤差があったのか潮がそんなに引いていない状態でのスタートである。
沖近くにまで出るために何度もかなり深さのある場所を歩くことになった。
前はこんなに水が多くなかったような。
掘る前にすでに他の人はズボンが濡れてる状態である。
今年は2年前に比べると潮や天候の関係か、やや不作だったかな。
前はザクザク大物を手にしホクホク顔だったけれど、今年は良い狩り場を探しまくってなんとか所定量持ち帰ってきた感じ。
一応ハマグリも2個獲れたし、良かった!
そろそろ腰も痛くなってきたし、帰ろうか、今何時だろ?
と、携帯を取り出した時に事件が発覚!

なんとなんと!ヒップバッグに入れていた携帯が動かない。
ボタンを押しても電源を入れようとしても沈黙を守ったまま!
げーっ!ヒップバッグ、びしょ濡れじゃん!
貝堀りに夢中になっていて、バッグが海水に浸かっていることに気付いていなかった模様。
ということは…携帯も海水でお陀仏か???
レインスーツ(下)に気配りができていたSNAKEPIPEであったが、ヒップバッグにまで気が回ってなかった!
うーん、困った。
とにかくドコモショップ行くしかないね、と急に帰るモードになったSNAKEPIPE。

駅までの道のりは「途中でタクシーが拾えればいいね」などと歩くことに。
ところがっ!タクシーなんて走ってないのよ。(笑)
道すがら撮影などしながら結局2時間近くかけて徒歩で到着。
リュック背負ってアサリ持ってだから疲れたけど、廃墟みたいな場所もあったりしてなかなか楽しい道のりだった。
これはこれで良しとしよう!(笑)

帰宅後、ネットで検索してみると「水に浸かった携帯は修理不能」のような記事がある。
一応取扱説明書も読んだけど、やっぱり同じ文章。
ドコモショップに行ってみるとやはり同じ説明を受け、
「機種変更するしかない」
という結論に。
本当は2年後のmova廃止まで今の機種を使い続けたかったけれど、故障じゃ仕方ない。
今まで使っていた携帯ほどではないけれど、まあまあ気に入った機種に変更。
「本当にこれでいいですか」
と念押しするドコモの店員。
どうやらかなり使い勝手が悪い機種らしい。
国産メーカーじゃないせいか?
ただし、SNAKEPIPEは今までもヘンな携帯を使うことが多かったので、多少の不具合には順応してきた経験を持つためその機種で問題ない。
これでSNAKEPIPEもFOMAになっちゃった。
「今でもmovaだよ」
というと
「うそー!」
とびっくりされるのが好きだったのに。(笑)
早く新しい携帯に慣れて使いこなせるようにしたいと思う。
皆様も潮干狩りの時にはお気を付けあれ!