Yearly Archives: 2012

【埼玉県立近代美術館入り口にあった公園前の看板を撮影。光が良い感じ!】

SNAKEPIPE WROTE:

現在埼玉県立近代美術館で「ベン・シャーン展 線の魔術師」が開催されている。 ベン・シャーンと聞いて一体何をやっていた人なのか即答できる人はどれくらいいるだろうか。
例えばSNAKEPIPEだったら一番初めに思い浮かべるのは写真家としてのベン・シャーンである。
次に画家、と答えると思う。
高校の美術の教科書に載っていた絵を未だに覚えているからね。(笑)
この回答とは違うことを答える人もいるだろう。
ベン・シャーンは単なる画家としてだけではなく壁画、ポスター、挿絵、写真などグラフィックアートのあらゆる分野を手がけたマルチアーティストだからね。
戦争、貧困、差別などの社会派リアリズムをテーマにしている点がベン・シャーン最大の特徴なんだよね。

では簡単にベン・シャーンの経歴について書いてみようか。
1898年リトアニア生まれのユダヤ人。
迫害を恐れ、8歳の時に家族と共にニューヨークに移住。
石版画職人として生計を立てながら、美術学校や生物学などを学ぶ。
30歳の頃から労働者や事件をテーマにした絵を描き始める。
1935年から38年にかけて、再入植局(RA)と農業安定局(FSA)が行ったプロジェクトに写真家として参加する。
1942年から戦時情報局グラフィック部門(OWI)、1945年からは産業別労働組合グラフィック・アート部門(CIO-PAC)に所属し、ポスターを制作。
1969年に死去。

今回の展覧会の副題が「線の魔術師」だったのと、美術館のHPに載っていた紹介文の中に
「初公開の絵画・ドローイングを含むおよそ300点によって、ベン・シャーンの魅力を紹介していきます」
と書いてあったので、もしかしたらドローイングが中心の展覧会なのかも、とある程度の予想はしていたんだけどね。
それでも行ってみないと判らないから、と大雨の中ROCKHURRAHと二人で埼玉まで出かけたのである。

実はSNAKEPIPEが埼玉県に足を踏み入れるのはこれが2度目。
1度目は確か20歳くらいの頃にバイトで行ったことあるんだよね。
どうやら2007年に閉店してるみたいだけど、丸井所沢店に!
あの時は遠かったなー!(笑)
ROCKHURRAHは埼玉には今まで一度も縁がなかったと言う。
今回の埼玉県立近代美術館は「北浦和」という京浜東北線の駅から徒歩3分とのこと。
そこまで遠くはないかな?と軽い気持ちで出かけたけれど、やっぱり埼玉は侮れないね。
どうやら最高気温が千葉や東京とは違っているらしく、埼玉着いた途端に寒くてガタガタ震えてしまったほど!
「夏の最高気温も埼玉はいつでも2℃くらい高かったよね」
「きっと冬は2℃低いんだろうね」
などと固まりかけた唇をなんとか動かし、会話するROCKHURRAHとSNAKEPIPE。(大げさ)
何かお腹に温かい物を入れないと凍えてしまう、とまずは腹ごしらえ。
何故だか一人で来店する女性客ばかりのイタリアン・レストランでホッと一息。
都内でも、ここまで一人客ばかりって珍しいような気がする。
なんでだろうね?謎だな。

美術館は北浦和公園の中にあるので、公園を散歩しながら向かう。
このシチュエーション、木場にある現代美術館と同じ構造だよね。
あっちはMOMA、こっちはMOMAS?
うりゃ、思った通りにThe Museum Of Modern Art, Saitamaだったよ。
だからMOMAに付け足してSがあるんだね。ダサっ…。(笑)
千葉にあったらMOMACなのか。うーん、良い勝負だね!

11月から開催されているためもあるのか、美術館内はそれほど混雑していない。
走り回るような子供もいなくて良いね。
1階の常設展を鑑賞した後、いよいよ2階のベン・シャーン展へ向かう。

前述したSNAKEPIPEの予想は的中してしまった。
今回の展覧会はドローイングが中心で、最も関心を持っていた写真はなんと3点のみの展示という残念な結果にガッカリ。
色々な分野の仕事をしてきたアーティストの場合には、こういうことがあり得るんだよね。
ある特定の分野に焦点を当てるような企画ね。
ROCKHURRAHも退屈だったようで、途中で眠くなる始末。
わざわざ遠出したのに、大変申し訳ないことをしてしまった。済みません。
ということで今回のブログは以前のジェームス・アンソール方式
「こんな絵や写真を鑑賞したかった」という特集にしてみたいと思う。
これからまた同じようなブログの時には、アンソール方式と呼ぶことにしよう。
うん、それが良い!(笑)

SNAKEPIPEが高校の美術の教科書で観たのはこの絵。
バルトロメオ・ヴァンゼッティとニコラ・サッコ(1931-1932)である。
1920年代にアメリカで偏見による冤罪疑惑により大問題となったサッコ・ヴァンゼッティ事件で死刑執行された2人を描いた作品である。
容疑者の2人がイタリア系の移民であり、徴兵を拒否したアナーキストだったという理由から、警察は明確な物的証拠がないまま二人を検挙、さらにニセの目撃者まででっち上げる始末。
知識人や当時のイタリア首相まで有罪判決に抗議するほど、社会的な大問題になった事件だったなんてことは女子高生だったSNAKEPIPEは知らなかった。
ただ、この絵のインパクトはずっと覚えていたんだよね。

インパクト、という点では今回の展示の中で最大級だったのはポスターだね。
上は「This is Nazi brutality」(これがナチスの残虐だ) という1942年の作品である。
ポスターはどれも主題がはっきりしていて、ズバッと大きく描いているのが特徴的である。
ポスター本来の目的を果たしながらも、アート的である点が重要だね。

ポスターには採用されていなかったけれど、ベン・シャーンの作品でもうひとつ気になったのはフォント。
絵本や挿絵などの作品もたくさん制作しているベン・シャーン。
解説には自身の子供のために作ったと書いてあり、優しい作風に納得する。
左の作品はちょっと小さくて解り難いかもしれないけれど、独特のフォントが採用されている。
リンチ・フォントの時と同じようにシャーン・フォントと名付けたくなるね。(笑)
どうやら石版画職人だった頃に、レタリングの技術を習得したらしい。
確かにこの字体は素人じゃないよね。
今回の展覧会での主要な展示であるドローイングには、最小限の線だけでそっくりな人物画を描き切っている作品が多くあり、その見事さに驚かされた。
なるほど、展覧会の副題が線の魔術師なのもうなずけるね!

今回の展覧会には3枚しか展示されていなかったベン・シャーンの写真。
こんな作品群が観たかったー!という4枚を選んでみたよ。
1935年から1938年にかけて撮りためた写真はおよそ6000枚とのこと。
再入植局と農業安定局のプロジェクトによる撮影ということで、人物を中心に撮られtレいることが多いみたい。

恐らくSNAKEPIPEが選んだ上の写真は街中なので、ベン・シャーンの個人的な趣味のための写真なのかもしれないけどね?
どの写真を観ても、対象と写真家の距離が近い。
相手が警戒しないで被写体となっていることが判るので、ベン・シャーンはコミュニティやその街に同化して撮影を行なっていたんだろうね。
ドキュメンタリー・フォトとしても、スナップ写真としても優れた写真群だと思う。
写真展があったら観たいなー!写真集でも良いな!(笑)

ベン・シャーンは自分で撮影した写真を元にして、絵を描いていたようだ。
人物を描く際にも使用していたみたいだね。
上の作品「Handball」(1939年)も極めて写真的な絵画だよね。
いや、もう写真そのものと言って良いんじゃないかな?
恐らく写真で鑑賞しても充分カッコ良い作品だったと思うよ。
そう、ベン・シャーンは社会派に目覚める前から、まるで写真のような絵を描いていた。
絵の人なら中心を主題だけに置くような場合でも、ベン・シャーンはまるで広角レンズを覗いた時のような構図にしているのだ。
きっと写真家的な目を持った画家だったからこそ、グラフィックも手がけたマルチアーティストに成り得たんだろうなあ。

日本のリアリズムや社会派などと呼ばれるような、人間の苦悩や時事問題を扱うような文学、写真、映画、その他諸々の表現世界には、ほとんど興味がない。
今でも「しわが刻まれた老人の顔」や「農村で働く人達」をモノクロームで撮影し、「これぞリアリズム!」と叫ぶ人もいるだろう。
その手法が古いとか新しいとか、良いとか悪いの問題ではなく、単なるSNAKEPIPEの好みだからね。
それなのに何故だろう、1920年代や1930年代のアメリカやヨーロッパの写真となると、「カッコ良い!」と思い、更には「懐かしい」とまで思ってしまう。
これは以前SNAKEPIPE MUSEUMでStephen Shore について書いた時にも似たようなことを言ってるな。
一言で言ってしまうと「憧れ」になるのかもしれないね。

さて、今年は今回のブログが最終回ということになるんだね。
夏が長くて暑い日々が続いていたら、急に寒くなって。
あんまり師走だ、クリスマスだ、と感じないまま正月とは!トホホ。

今年もブログを一回も欠かさずに書き連ねることができて良かった!
来年もまたROCKHURRAHと二人で「次のブログはどうしようか?」と頭を抱えながら、何かしらの記事を書いていきたいと思っている。
ROCKHURRAHブログ・ファンの皆様!来年もよろしくお願いいたします。
どうぞ良いお年を!

20121223_top.jpg【SNAKEPIPEがテクノを画像で表現。うーん、80年代ですなあ】

ROCKHURRAH WROTE:

何と3年も前に書いた記事のパート2を書くとは本人も全然思ってなかったよ。しかもよりによって最近の人にはよくわからんであろうエレポップを再び選ぶとは。「もっと他に書くことあるだろうが」と言われてしまいそうだけど、今日書けそうなのはこれくらいしか思いつかない。「書きたい」じゃなくて「これくらいしか書けない」という点ですでに悲壮だなあ。

カタカナで書くからわかりにくいけどエレポップとはElectronics Popsの事で、1980年代にはテクノ・ポップという呼び方の方がポピュラーだったかな?シンセ・ポップなどとも呼ばれているな。 まあ名称などはどうでもいいんだが、80年代ニュー・ウェイブの超メジャーどころが集結していて、花形ジャンルなのは間違いなかった。

ROCKHURRAHは前に何回か書いた事はあったが1990年代にMacを使い始めて、何かに取り憑かれたように自分一人で音楽を作っていた時期があった。まだ宅録の技術や知識、機材などがなかったのでかなり苦労したもんだが、その時にやっていたのが80年代ニュー・ウェイブの純粋培養と言えるような時代錯誤の音楽だった。自分では気に入っていても冷静に聴けば単調だったりパクリだったり。音楽を作り他の人に何か良いところを認めてもらうのは大変だとシロウトながら思ったものだ。

まあそんな昔話は置いといて(しかもこの昔話が何も今回の伏線になっていない)このブログでは今年最後の出番らしい。 そろそろ初めてみようか。

Human League / Don’t You Want Me

前回、と言っても三年も前だが、その時にパイオニアと言うべきバンド達を書いてるから今回は軽薄もB級もあり、よりエレポップの本質に迫れるかもね。
ヒューマン・リーグは1981年のこの曲「愛の残り火」が最も有名で大ヒットもしたが、デビュー当時はもう少し実験的な面もあったし、同郷シェフィールド出身のキャバレー・ヴォルテールを聴きやすくしたような紹介のされ方をしていた。
プラスティック・ケースの中の赤ん坊というようなSFっぽいジャケットもインパクトがあったな。
大先輩クラフトワークのように無機質な演奏、無機質な声という図式ではなく、エレクトロニクスを多用してても人間性重視という方向性のバンドだった。ビル・ネルソンあたりと似たテーマだな。  
しかしデビューした79年頃はヴォーカルも宅八郎風で、とてもこんなメジャー路線、あるいはニュー・ロマンティック風味に走るとは想像もしなかったようなバンドだった。ウルトラヴォックスも最初はそうだったな。 個人的な感想を言うならば、カッコイイというよりは粘着質でいやらしそうなこの風貌でよくも大ヒットしたもんだ。 まあバカにした書き方はしたもののROCKHURRAHはこういう路線も同時に愛するよ。哀愁を帯びたメロディで壮大に歌い上げるエレポップ歌謡、これはもう殿堂入りの名曲と評価するしかない。

Fiat Lux / Blue Emotion

80年代のニュー・ウェイブに通暁した人でもなかなかこのバンド名は出て来ないだろう。だからと言ってマニアックなわけでもなく、メジャー志向でポップでもプラスアルファの華とかチャンスがなければ、なかなか世に出る事が出来ないという見本だね。
このフィアット・ルクスは英国ヨークシャーのバンドで、ROCKHURRAHもある縁故がなければ永遠に彼らを知る事はなかったろう。
元ビー・バップ・デラックスのビル・ネルソンがソロとなる直前にごく短い間だけやっていたバンド、ビル・ネルソンズ・レッド・ノイズ。ここに加入していたサックス奏者がビル・ネルソンの実弟、イアン・ネルソンだ。その彼がレッド・ノイズの後に加入したのがこのフィアット・ルクスだったのだ。と言ってもこのバンドの中心人物なわけではなく、三人組の一番目立たない一人がイアンだった、トホホ。

弟がサックス奏者と言えば日本ではチェッカーズを思い出すが、レッド・ノイズはデジタル・パンクの元祖的存在。そんな中でサックスという楽器が違和感なく融合出来てただけでも斬新な出来事だと思うよ。
フィアット・ルクスは低音のヴォーカルが魅力で最初はビル・ネルソンが設立したコクトー・レーベルの二大金字塔となる予定だったが 、初代金字塔のア・フロック・オブ・シーガルズに続きこのフィアット・ルクスもメジャー行きで、結局ビル・ネルソンは見出しただけで終わるという不運なスカウトマンとなってしまった。実際はそんなことないんだろうけど、この辺は想像も混じっております。

彼らがヒットしたのかはよく知らないけど、ちゃんとしたプロモ映像が残ってるし曲調などもいかにもメジャーな雰囲気、いつまでも「元ビー・バップ・デラックス」と過去の威光だけで語られるビル・ネルソン本人よりは一時的に売れたのかもね。 問題のイアン・ネルソンはこのバンドでは主人公ではなかったので映像後半に少し出てる程度だけど、このバンドもサックスが効果的に使われていて、日本ではほぼ無名バンドだったのがもったいないくらい。彼は2006年に亡くなっているが、ROCKHURRAHの記憶にはいつまでも残っているよ。

Soft Cell / Taited Love

DAFやペット・ショップ・ボーイズなどと同じく、男二人のユニットと言えばゲイ疑惑がつきものだが、このソフト・セルも常にそういう点で語られてきたな。マーク・アーモンドはインパクトのある退廃的美少年(?)という感じで音楽雑誌の表紙を飾って来たが、粘着質のいやらしい声を武器に(ん?ヒューマン・リーグの項でも同じ事書いたな)この「汚れなき愛」で大ヒットしたのが81年。サム・ビザール・レーベルの中心的な存在となった。
マーク・ボランが死亡した時に車を運転していた愛人、という事で知られている黒人歌手のグロリア・ジョーンズの曲をカヴァーして、世界的にこの名曲を知らしめた功績は大きい。 その後も色々なミュージシャンがカヴァーしているから時代を超えて知ってる人も多いはず。ネオ・ロカの世界ではデイヴ・フィリップスが歌ってたヴァージョンが有名だが、そっちの方がずっと知られてないか。

しかし男二人のユニットと言えば片方がヴォーカルで目立ち、もう一人は音楽的リーダーという名目で地味な打ち込みとかやってて不公平感たっぷりの気がするが、実際はどうなんだろうね。この目立たない方の三人でうなずきトリオみたいな事をやろうという話はなかったのか?

Minny Pops / Dolphin Spurt

80年代によく知られたインディーズ・レーベルとして、ジョイ・ディヴィジョンで有名になったマンチェスターのファクトリー・レーベルがあった。このレーベルはユニークで何にでもレーベルの型番をつけるというのが面白かった。自分たちの経営しているクラブに居付いた猫にもFAC-191などと型番が付いてたり、設立者が死去した時に棺桶にFAC-501とか付いてたり。その辺の遊び心に影響を受けてROCKHURRAHのオリジナル・ブランド、BINARY ARMYも作ったものに型番を入れていたのが懐かしい。現在はほとんどやってないけどなあ(笑)。

そのファクトリーがイギリス以外に進出していわゆるベネルクス三国のベルギー、オランダ、ルクセンブルクを拠点に展開したのがファクトリー・ベネルクスだった。
ベルギーにはクレプスキュールというニュー・ウェイブのレーベルがあって、日本では新星堂が展開してた事からそこそこ知名度があったが、このファクトリー・ベネルクスから発展したものだったかな。設立の経緯はイアン・カーティスの愛人絡みというような記憶があった。個人的に大忙しでじっくり調べる時間がなかったから間違ってたらごめん。

ミニー・ポップスはオランダのバンドでそのファクトリー・ベネルクスを拠点に活動していた(元々はプルーレックスというレーベルから出してたはず)が、日本ではやはりほとんど無名に近い。
ジョイ・ディヴィジョンもどきのフォロワーが何とか自分なりの個性を出そうと奮闘していた時代。彼らも決定的に地味というマイナス要素を払拭するべく試行錯誤していた・・・と書きたいところだけど、何だかあまり努力した形跡もなく、地味でちょっと変、ダサいけど取りあえずニュー・ウェイブっぽさは感じられる独特の路線を歩んでいたようだ。何しろ地味で日本のメディアで取り上げられる事も稀なバンドだから、見てきたようにはとても書けまっせん。

ROCKHURRAHも彼らのレコードを持っていたが抑揚がなくてこれといった特徴がない。中で一番まともだった曲を義理のように自分のベスト盤に録音してたのを思い出す(笑)。
この映像や音楽を聴く感じではいわゆるエレポップとは異質で、ドイツのニュー・ウェイブに通じる無機質さ。電子楽器と言うよりはギターとかドラムなどの楽器をテクノっぽく使っている点が新鮮かな。

年末の色々な準備とかあって忙しい中、よくここまで書いたと自画自賛出来るけど、今回はちょっと少なめで許してね。やっぱりまた今回のも書ききれてないから、また同じネタでやるだろうな。「続きはWebで」などと言えないのが辛いな。 ではまた来年会いましょう。

20121216-04
【いかにもアメリカンジョークっぽいポストカード。ビンテージものは面白いね!】

SNAKEPIPE WROTE:

気付いてみると今年も残り2週間ほどで終わりになるんだね!
なんだか今年はいつの間にか12月に入っていて、あんまり年末の雰囲気を感じていないのはSNAKEPIPEだけだろうか?
年賀状の準備もしないといけないのにまだ全然進んでいないなあ。
ROCKHURRAH RECORDSでは毎年年賀状を作成して友人知人に送り、もちろんこのブログにもアップしてご挨拶させて頂いている。
「今度はどんな年賀状にしようか」と毎年2人で頭を抱えながら制作するのがならわしである。(大げさ)
できれば喜んでもらいたいと考えて、カッコ良いポストカードを作ることを目標にしている。
自己満足じゃない?と言われてしまえばそれまでだけどね。(笑)
それにしても、一枚の画像として何かを表現するのってかなり難しい。
ため息が出てしまうような、心憎く思ってしまうほどセンスの良いポストカードも世の中にはたくさん出回っているというのに…。

今回のビザールシリーズは、SNAKEPIPEとROCKHRRAHが目標としているカッコ良いポストカードとは対局にあるようなカードを選んでみた。
もしかしたらそのトホホな感覚が参考になるかもしれないしね!(うそ)
世界のビザールなポストカード特集、早速いってみよう!

一番最初は、これ!
どお、このインパクトの強さったら。(笑)
I am having a great time at~と文章が付いているので、お礼状としてのポストカードだということは判るんだけどね。
「楽しい時を過ごせてありがとう」と言うににしては、みんな笑い過ぎでしょ!
左下の女性が「今くるよ」に似ていると思うのはSNAKEPIPEだけかしら?(笑)
このカードをもらった人がどんな感想を持つかを全く無視して、自分の思いを伝えることに終始している点で秀逸なカードだね。

次はこれ!
どうやらトルコのカードみたいなんだけど、見た瞬間プッと吹いてしまったSNAKEPIPE。
この羊のインパクト、かなりのものだよね?
そして下の宮殿との対比。
世界3大料理の中の一つがトルコ料理で、トルコの人が羊を食べることは知ってるけどね。
上の写真の羊は何やら装飾がなされている様子。
何かの儀式かな?
トルコについてはほとんど知らないので、全く意味不明のカード。
このカードをもらったら「どんな意味があるのか」と考えこんでしまうかもね!
何年経っても「あの羊のカードくれた人」と印象に残ることは間違いないね。

次もトルコのカードね。
これは、上の羊カードに比べると解り易いね。
兵士が故郷に残してきた恋人を想っている、という図だと思うけど違うかな?
それにしてもこのバラの配置、モヤがかかった恋人の顔、それを打ち消すかのような手にした銃という、なんとも言えないチープ感はトホホに値するね。
ここで考えてしまうのが、このカードは誰が誰に出すんだろうという問題。
兵士が恋人に?それとも恋人が兵士に?
どちらにしても士気を低下させることは間違いなさそう。
第3者がもらっても「素敵なカードをありがとう!」にはならない類だろうね。
こういうセンスを持っているトルコ、恐るべし!(笑)

最後はこちら。
どうやらこれはフィンランドのポストカードらしい。
3人の軍人、と思ったらなんとマネキン人形なんだよね。
もしかしたら歴史博物館みたいな、何かの機関が発行しているポストカードなのかもしれないけど、全く意味不明。
真ん中の人のポーズもオーバーアクションだし、それを冷ややかな目で見つめている右のマネキンの顔も変!(笑)
真ん中のマネキンはYMOの「SOLID STATE SURVIVOR」のジャケットに出ているマネキンの顔に良く似てる!
そして右のマネキンの顔はYAZOOのアリソン・モエットに似てるー!(古い)
ということはアリソン・モエットは変な顔なのか?
どっちにしても80年代顔ってことだね。(笑)
現代のフィンランド軍がこの装備なのかどうかは不明だけど、懐かしい雰囲気にシンパシーを感じてしまうね。
コレクションとして一枚欲しいポストカードかな。

世界のビザール・ポストカードは検索しているだけでも非常に楽しかった。
「ええっ、これを送っちゃう?」と驚いてしまうようなトホホ感たっぷりの逸品がたくさんあって、興味深い分野だね。
また機会があったら特集してみたいと思う。
今回勉強になったのは「相手を無視しても自分の思いを伝える」ということかな。
ん?これで良いのか?(笑)

20121209-top【Now We Hunt Hippopotamusという2009年の作品】

SNAKEPIPE WROTE:

最近は展覧会鑑賞が続き、なかなかアーティスト発掘をしていなかった。
前回SNAKEPIPE MUSEUMを書いたのが7月だったとは。
なんと5ヶ月ぶりの記事になるとは、月日が流れるのは早いねえ。(しみじみ)
SNAKEPIPE MUSEUMファンの皆様、お待たせしました!
今回は一枚の絵を目にした瞬間から魅了された、アーロン・ジョンソンを特集してみたいと思う。

アーロン・ジョンソンは1975年ミネソタ州セントポール生まれのアメリカ人。
現在の活動の舞台や住居はニューヨークとのこと。
1997年にアリゾナ大学で細胞生物学を学んだ後、1998年にはニューヨークでデザインの勉強。
1999年にはPratt Instituteというブルックリンにある美術学校に入学、2005年にはニューヨーク市立ハンター大学にて美術を学んだようだ。
アメリカの学校制度について詳しくないSNAKEPIPEだけど、23歳から30歳くらいまで美術学校や大学に通ってアートの勉強をする人って日本では珍しいんじゃないかな。
もしかしたらアメリカでは一般的なのかしら?
羨ましい環境だよね!
そしてアーロン・ジョンソンは2003年あたりからグループ展に参加、2004年には個展を開いているというから大したもんだ!
ということは大学在学中には作品を発表していたことになるんだね。

上に書いた以外には、残念ながら情報をほとんど入手できなかったよ。
SNAKEPIPEは知らないんだけど、イギリスに同姓同名の俳優がいるんだね?
しかもその俳優が23歳年上の女性と結婚しているらしく、「歳の差婚」みたいな記事ばかりが載っているという、全く意味をなさない検索作業になってしまった。
ウチのブログはその俳優とは別人で、現代アーティストのアーロンについて書いているので、そこんとこ夜露死苦!(笑)
では作品紹介いってみよう!

20121209-01「Stargazer」と題された2005年の作品である。
60.96cm×76.2cmの大きさとのこと。
アーロン・ジョンソンはアメリカ人なのに、作品からは東洋的な匂いがするんだよね。
赤い部分が、本当は血液とか血管なのかもしれないけれど、曼珠沙華の花に見えるせいかもしれない。
曼珠沙華、別名彼岸花も好き嫌いがはっきりする花のひとつだよね。
SNAKEPIPEはあの不思議な形や、色使いが大好き!
山口百恵の歌にもあったっけ。(遠い目)

タイトルには「星を眺める人」という単語が使われているけれど、SNAKEPIPEには魂が少しずつ抜けていき、その人を形作っていた記憶や生命力が空へと漂っていくような絵に見えたよ。
不幸な死に方をしてしまったけれど、念仏唱えて極楽浄土を夢見ているような。
そんな感想を持ったけれど、どうだろう?
怖い印象の絵には間違いないけどね。

20121209-02続いては「Tea Party Nightmare」という2011年の作品。
106.68cm×137.16cmというから、さきほどより大きなサイズだね。
まるでジェームス・アンソールを思わせる作風だけど、アンソールよりも残酷。
ブログだと絵を大きく載せていないので判り辛いけれど、アーロン・ジョンソンの絵は細部の描き込みがすごいの!
主役部分よりも、SNAKEPIPEは魅力を感じてしまう。
例えば上の絵だったら、右から2番めの女性の上部に描かれた小さい女性や、テーブルの上の人間入りハンバーガーなどが気になるなあ。
アーロン・ジョンソンは「アメリカ」を象徴する、例えば国旗や歴史上の人物などを描くことが多いので、上の絵も誰かをモデルにしてるのかもしれない。
そう考えてみると、真ん中の人物がクリントン元大統領に見えてくるよ。
えっ、全然違う?(笑)

20121209-03最後に紹介するのは「Operation Bulldog」という2011年の作品ね。
213.36cm×254cmというかなり大きいサイズだね。
戦車モチーフというのが気に入って、紹介させて頂くことにしたよ。(笑)
その戦車を操っているのはブルドッグ。
その下にいるのは…いばらの冠に手の釘だから…キリストかな?
顔がまるでインド神話に出てくるガルーダみたい。
アーロン・ジョンソンの絵にはキリストを描いた物も多いんだよね。
やっぱりキリスト教徒だからかな?
その割にはコミカルだったり、人によっては冒涜と感じるような描き方をしてるんだけど大丈夫なのかしら?
上の絵でもブルドッグがキリストと思われる人物を喰らっているように見えるんだけどね。
「人間は犬に食われるほど自由だ」
と言ったのは藤原新也だけど、キリストを人間扱いして良いものなのか?
難しい話だから、ここで言及するのはやめておこうね。(笑)
ここでまた調べていたら判明したことがあったよ。
なんとアーロン・ジョンソンの3代前、曾祖父の時代にジョンソン一家はインドでキリスト教の宣教師やってたらしい。
アーロンの時代はアメリカ在住だけど、家にはインド文化が溢れていたなんて書いてあるじゃないの!
これなら東洋文化やインド神話が絵の中に表れていても不思議じゃないね。

アーロン・ジョンソンの絵にはとても不思議な魅力がある。
残酷な笑いとでもいうのか、コミカルさと残酷さの共存。
サイケデリックや浮世絵的な要素の融合。
神話や歴史について研究を続けているという記事も発見したよ。
HPには2011年の作品までしか紹介されていなかったので、残念ながら2012年の活動については不明。
今は一体どんな材料をどんな風に料理して提供しているのか。
こういうアーティストの作品を日本でも観られる日が来ることを待つばかりだ。
エグいのが好きな人にはたまらない展覧会になるだろうね!(笑)