Monthly Archives: 1月 2012

【貧困な発想のパクリで申し訳ない】

ROCKHURRAH WROTE:

そろそろ買い換えるか?いいや、まだまだ。などと言いつつもROCKHURRAH愛用のiMacは既に6年目に突入していた。前に買った時のOSは10.4/Tigerだったがその後、10.6のSnow Leopardにして大活躍してくれたもんだ。
家にいる時間はほとんどMacの前というような生活で、まさに「駆使」という言葉がピッタリくるほど慣れ親しんできたのは間違いない。この6年間で内蔵のディスク・ドライブが壊れたくらいで、他には特に故障も問題もなかった。
故障がないというのはいい事の反面、買い換える機会を逃してしまうという事にもつながるわけで、それが冒頭の「いいや、まだまだ」だったわけだ。

ウチのブログのここここにも書いてる通り、ROCKHURRAHは根っからのアップル愛好家だが、ウィンドウズからのスイッチ派ではない。どちらも使えるが自分にとって使いやすいからMacをメインにしてるだけの話。ここで言う「使いやすい」は便利機能がどれだけ付いてるかとか、そういう事とは全く関係ない次元での使いやすさだから、勘違いしないようにね。
この辺の主義主張は敢えて書きたくないし、故スティーブ・ジョブス氏についてのコメントも書かない事にしよう。

さて、前置きが長くなったがそんなROCKHURRAHがiMacを買い換えようと思いつつも今まで買い換えなかったのは、故障してないという以外にもう一つ理由があったからだ。
それはバカバカしくも重大な問題なんだが、古いのを捨てられないからという理由だ。
部屋が無尽蔵にあるわけでもないのに先々代のMacまで後生大事に持ってるよ。

先々代のはMac OS X起動のモデルだが、それ以前の「クラシック」と呼ばれる環境で使えた最後のモデル。要するに大昔に使ってたアプリケーションはそこでしか起動出来ないという事。
先代はインテルに代わった世代のMacだが、「ロゼッタ」という環境でそれ以前に作られたパワーPC対応のアプリケーションがシームレスに使えた。何も考えずに使えたからその恩恵を感じる事はなかったけどね。

そして最新モデルというわけでもないこのiMacなんだが、価格も随分安くなったし前よりはかなりパワーアップした印象があったし、遂に買い換える気になったのが先日。
こういうのは勢いだから衰えないうちに速攻で買う事にしよう。
最近のiMacはワイヤレス・キーボードとマジック・マウスなるものが標準で付いてくるのが慣わしらしい。しかし10キーが付いてないまるでノートのキーボードみたいなのはいくら省スペースでスタイリッシュだろうと使いにくいに決まってる。日常的に億単位の数字を扱うので10キーがないのは困るのだ(大ウソ)。しかも個人的にこの大画面にあのちびっ子キーボードじゃバランス悪くねーか?という思いもあった。

という事から以前の10キー付きのキーボードをわざわざオプションで換装してアップル・ストアにて購入。もっと安く売ってるところはあったんだが、キーボード取り替えに対応してるところをアップル・ストア以外で見つけられず、やむなく定価でお買い上げとなってしまった。基本的にどこで買っても大差ない時代だし、アップル・ストアで買ったから超純正品というわけでもない。
マジック・マウスに至っては買うまで全く機能も知らなかったよ。今まで純正マウスは使った事がなかったしな。

頼んでから約一週間、キーボード取っかえて送るだけなのに意外と遅いな、と思っていたら、何と日本ではなく上海から送られて来るとの事。日本にもたくさんあるだろうに、やることが大掛かりだな。超純正品どころか超パチもんが届くんじゃなかろーか?などとドキドキして待つ。国内に来てるらしいのは確かだがヤマト運輸ADSC支店ってどこよ?何だか想像を遥かに超えた謎のルートで手元に届くらしい。

そして届いたのがみぞれ混じりの冷たい雨が降る夜だった。濡れてもいないし地面に置いたりもしない、さすがヤマト運輸、素晴らしい心がけだね。
さあ開封、と箱を開けたら暖房との温度差がすさまじく、一瞬で結露、大汗をかいた状態の新品iMac。いきなりの挫折か。
気を取り直してまずはあらかじめ買っておいたメモリを増設。前に使ってたiMacはスロットが2つしかなくて、4GBにしても3GBまでしか認識してくれなかったが、今度は最大16GBまで取り付けられて、メモリ不足に悩まされる事がなくなった。ウチのはノート用のDDR3-1333というもので元から付いてたのと足して12GBにした。豪華なり。

起動する前に悩んだのが新型に入ってるOS Lionにするか以前のままSnow Leopardで使うかという事。ネットでレビューを読んでもLionの魅力があまりROCKHURRAHに関係ない部分での進化だったので、なおさら悩んだ。まあ嫌だったら戻すという事で取りあえずLionのまま、先代からユーザー環境をほぼまるごと移植するという方針にした。
Time Machineバックアップからの復元は過去にやった事はあったが、OSをまたいでの復元は初めて。うーん、取り返しがつかないほどのミステイクはないと思うけど緊張しますな。

で、結果はあっけないほど簡単に移行出来てしまった。設定し直しもほとんどなく、アプリケーションのシリアルとかも(おそらく)完璧に引き継いだまま。パソコン買い替えの時の移行の面倒さがまるでないのがさすがTime Machine、優秀だな。
あまりにも環境が違わないので逆にビックリだが、よく見ると確かにSnow Leopardではなく、ちゃんとLionなんだよな。

いよいよこれからLionやiMacのレビューかと思いきや、それをかなり端折ってしまうのがROCKHURRAH流だ。いつも自分で思うんだけど、前置き長過ぎなんだよね。そしてこれからって時に疲れてしまうんだよね。しかも発売から結構経っててイマサラ敢えて書かなくても、先人がちゃんと書いてくれてるんだよね。
今年もダメダメだなあ(笑)。

Lionは誰もが予想した通り、限りなくiPhoneとの境界線があやふやなOSだと感じる。みんなが大好きなiPhoneだけど、それを大画面のパソコンでまでやるのはちょっとなあ、という抵抗はあったが、想像したほどiPhoneもどきではなく、ちゃんとSnow Leopardと同じくらい熟成したOSだとわかって安心した。
さすが、今日を愛するLION。あっ、これはライオン違いか?

アップルのサイト上で紹介されているLaunchpad(全画面で表示するランチャー)やMission Control(起動中のアプリケーションを全部表示して切り替える)などは正直言って個人的には使う事がない機能だと思えるが、システム純正でこういう機能が派手に展開するのはいかにもMac的なのかね。
前から愛用しているHimmelBarやmulti X Finderとかぶる機能なので自分としては必要ないなあ。
まだ全機能を試したわけじゃないし、そもそもアプリケーションを使う母体としてのOSなので、OSの基本機能だけを言っててもはじまらないね。
困った事と言えばROCKHURRAHがレコードを録音する時に使っていた波形編集ソフト、Bias Peak Pro 6がなぜか起動しなくなった事。その前のヴァージョン5が普通に起動してるから使えなくなるはずはないんだけどなあ。まだ原因究明する時間がないんだけど、そのうちちゃんと元のように使えるようになるだろう。

Lionの新機能がどうとかよりも、初めて触れたマジックマウスの新触感にビックリ。
表面に継ぎ目もボタンもスクロールホイールも存在してなくて、指のタッチのみで既存のマウスと同じ事をやろうとする精神が尊いよ。パソコンとはこういう操作をするもの、と体で覚え込んでる事を根底から今さら覆すわけだから。iPhone経験者は逆に驚かないんだろうけど、スクロール操作が逆、さらにスワイプなどと言われても慣れるまで数日かかってしまった。しかし慣れなかった場合は市販のマウスに戻そうと考えていたのに、今でもマジックマウスをなぜか使ってしまっている。いいとか悪いとか以前にこの触感がやみつきになってしまうのだ。スクロール設定は戻す事は出来るんだが、せっかく開発者が考えだした手法をロクに使いもせず、慣れようともしないのも情けない話だからな。そんな頑固オヤジみたいにはなりたくないよ。

OS X Lionはこのマジックマウスを駆使する事を前提に作られてるのは間違いない、と感じた。本当はマウス形状じゃなくてオプションのマジックトラックパッドを使えばさらに使いやすいのかも。ノートパソコンのトラックパッドが苦手で使いにくいと思ってたROCKHURRAHは最初からこのオプションに関しては考えてもいなかったが、今にして思えばこの操作性はマウスでなくても良かったんじゃないかと思っているほどだ。

ほとんどの人にはどうでもいい事だろうが、スリープ状態にした時に前のMacはうっすらとしたライトが、まるで寝息を立てているかのようにゆっくりと点滅していたのが好きだった。今回の機種にはそれがないようで、ちょっと寂しい。無駄な部分ももっと進化しようよ。

以上、特に目新しい事も面白い事も書けずに苦しい記事となってしまったが、これから買おうと思ってる人には少しくらいの参考にはなったかな?
ではまた、さよなライオン(古い・・・)。

【哀しい運命に翻弄されるジャンヌ】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPEが小学生だった頃、子供の寝る時間として決められていたのは確か夜の20時だったと思う。
最近の子供には信じられないかもしれないけれど、昔はそれが当たり前の習慣だったんだよね。
そしてSNAKEPIPEもその教え通りに、毎日20時には眠ってしまう良い子だった。(笑)
ところがある日のこと、テレビの音で起こされてしまう。
どうやら父親が深夜番組を鑑賞していたらしく、その物音で目覚めたようだ。
寝ぼけ眼に飛び込んできたのは極彩色のアニメーション。
その映像の面白さに引きこまれてしまい、ついには父親と最後まで鑑賞してしまった。
「夜中に起きてテレビを観たことは母親には内緒」
ということにしてね。(笑)
その時の衝撃的な映像というのが手塚治虫が原案・構成・監督を務めた「クレオパトラ」であった。

1970年代、「千夜一夜物語」「クレオパトラ」「哀しみのベラドンナ」の3部作が制作された大人向けアニメーション「アニメラマ」。
その洗礼を恐らく10歳くらいで受けてしまったSNAKEPIPE。
はっ、この文章だけ読むと1970年に10歳だった子供=現在52歳という年齢だと思われてしまうよっ!
違うからねっ!観たのはきっと再々々々々放送くらいだと思うよ。
決してリアルタイムではないので、勘違いしないでね!(笑)
確かに子供が観るには早すぎる内容が含まれていたと思うけれど、あの時の衝撃は今でも忘れられない。
そして「クレオパトラ」がDVDになっているのを知ったのは、今から5年程前のことである。

「ああっ、あの時のっ!」
と喜び勇んで早速注文し、再び鑑賞することができた時の喜び!
ただし、幼少時代に最も強く印象を残していたクレオパトラ整形部分の映像が見当たらなかったのが残念だった。(SNAKEPIPEの記憶違い?)
何かの薬を飲まされたクレオパトラの原型となる不美人女は、全身がくねくねの軟体動物にようになって眠らされている。
そこに整形師とでもいうのか、美容整形専門のジイさんがやってきて、「顔はこんな感じにして」とまるで印鑑を押すようにペッタンと顔型を押し付け美人にしてしまう。
「体はこんな感じが魅力的」と手で粘土をこねるようにグラマラスボディを作り上げていく様子がたまらなく面白かったのに。(笑)
これもまた手塚治虫の漫画・アニメ「ふしぎなメルモ」に出てくる、青いキャンディーと赤いキャンディーのどちらかを食べることで年齢を変化させることができるミラクルキャンディーと同じくらい魅力的な題材である。
あのクレオパトラのクネクネになる薬と、ミラクルキャンディーがあったらアンチエイジングなんて関係ないもんね。(笑)

「クレオパトラ」に関しては前述したように「もう一度鑑賞」する夢が叶ったけれど、「アニメラマ」の他2作品は鑑賞することができなかった。
と、ここでまた「探しモノなら俺に任せろ!」とROCKHURRAHが見つけてくれたのが、「哀しみのベラドンナ」である。
この作品は「アニメラマ」の最後の作品として制作され、手塚治虫自身は全くノータッチとのこと。
そのため手塚治虫が描くようなキャラクターではなく、イラストレーター・深井国による作画である。
ROCKHURRAHは昔から深井国のファンだったようで
「あの絵が動くと聞いただけでファンとして嬉しい」
と鑑賞前から目を輝かせワクワクしている様子。(笑)
どうやらROCKHURRAHの自宅に、SF好きのお兄さんが購入していた本があり、その挿絵を深井国が担当していたらしい。
SNAKEPIPEは深井国については全く知らなかったんだよね。
こんな対照的な二人であるが、「哀しみのベラドンナ」の鑑賞を始めたのである。


観てまず驚いたのはその色彩である。
アニメーションということで、ポスターカラーのような極彩色を想像していたけれど「哀しみのベラドンナ」は淡い色調や中間色を多用している作品であった。
長い巻物のような一枚の紙に右から左へと物語に沿って絵が描かれ、順に絵を追ってカメラを移動させるような手法も採用されており、いわゆる通常観慣れたアニメの作りとは大きく異なっているのも特徴的だ。
そしてまるで最盛期の浅丘ルリ子や加賀まりこのようなお目目パッチリ、まつげビンビンロングヘアーの女性キャラクターが登場する。
そう、この女性が主人公ジャンヌなのである。

簡単に「哀しみのベラドンナ」のあらすじを書いてみようか。
19世紀フランスの歴史家ジュール・ミシュレが書いた「魔女」が原作になっている。
時代は中世のフランス。
ジャンとジャンヌが結婚式を挙げる。
当時のフランスでは、領主に貢物をし結婚の許しを得る慣例があったようだ。
ところが貧乏なジャンは充分な貢物を贈ることができず、罰として新妻ジャンヌの貞操を領主に奪われてしまう。
結婚当初から不幸な目に遭ってしまうジャンとジャンヌ。
生活は苦しく、不幸はずっと続いたまま。
そんなジャンヌの前に悪魔が現れる。
悪魔に願い事を聞いてもらう代わりに、ジャンヌは身を捧げ続け、ついには魔女になってしまうのである。

中世のフランスの領主と教会、民衆の関係が良く解っていないSNAKEPIPEなので、「どうして結婚するために領主に貢物を捧げるのか」を理解するところから始めないとね。
Wikipediaで見つけた「初夜権」に答がありそうなので、ご参照下され。
実はこのアニメ映画を観始めてすぐにこのシーンが始まるんだけど
「貢物が充分じゃないと判っていながら、何故結婚するのか」
と思ってしまったSNAKEPIPE。
そもそも最初から間違ってなあい?(笑)
その間違った考えのせいで、新妻ジャンヌは領主やその家来達から陵辱を受け、心身共にボロボロになってしまうのだから。
うーん、もうこの時点で普通なら即離婚だよね?
ジャンヌの稼ぎに頼り切り、自分は酒浸りのジャンの情けない男ぶり。
ヒモで酒飲みとは。うーん、絶対離婚だよね?
そして追われる身になったジャンヌのことを助けることもできない不甲斐なさ。
ここまで来ると、ジャンに対して怒りを覚えるほどだよね。
なんだかひどい話だなあ。
ネタバレになるから最後までは語らないけど、ひどい話ですっかり呆れてしまったSNAKEPIPE。
「哀しみのベラドンナ」は物語についてではなく、その作画や色彩などのアート作品として鑑賞するのがベターだと思う。

深井国の絵は不協和音な色を組み合わせたサイケデリック調で、とても60年代的だった。
あの色合わせ感覚、是非とも見習いたい分野だなあ。
描いている絵の途中途中でフィルムを回していたようなコマ撮り、前述したようなカメラのパンによる撮影など、かなり実験的な手法が採り入れられていて面白かった。
現代のようにCG技術などなかった1970年代に、手間暇かけてここまでの実験性と耽美的な世界を実現したこと、そしてそれが日本人の作品だということに驚き!

「アニメラマ」の最初の作品「千夜一夜物語」を未だに鑑賞していないSNAKEPIPEなので、またROCKHURRAHにお願いして探してもらおーっと!(笑)

【歌川国芳展のチラシ。鯉の表現が見事!】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPE今年初のブログは、「没後150年 歌川国芳展」について書いてみたいと思う。
国芳展については数ヶ月も前から情報を入手していて、絶対に観に行こうと決意を固めていた展覧会である。(おおげさ)
そう言っている割には開催されてから、少し時間が経ってからの鑑賞となってしまったね。
成人の日、長年来の友人Mを交えて、ROCKHURRAHと共に3人で六本木に向かったのである。

開催している森アーツセンターギャラリーは、先月にも「メタボリズムの未来都市展」を鑑賞した、今まで何度も通っている場所…と思いきや!
通常「森美術館」と呼んで、鑑賞していたのは53Fのギャラリーだったことが判明!
今回の歌川国芳展は52Fでの開催なので、かなり久しぶりに行く場所だったみたい。
恐らく52F展示会場がメジャーな催しで、53Fはアヴァンギャルドな展示が多いのかもしれないね。
友人MもSNAKEPIPEもアヴァンギャルド志向だからねえ。(笑)
52Fの展示会場入り口に人が並んでいるのを横目で見て、上に上がっていたことを思い出す。
52Fはメジャー系だからお客さんが多いんだ、と入り口で待たされながら気付くSNAKEPIPE。
恐ろしや!入場制限をかけられるほどの大盛況、会場はお客さんで溢れかえっていたのである。

「どうぞ」と案内の方にうながされて会場に入るなり、飛び込んできたのは人、人、人!
思わず友人Mと顔を見合わせてしまう。
ちょっと待ってよ!なんなの、この人の群は?
浮世絵の展覧会が初めてだったため、会場の様子や浮世絵のサイズについて想像していなかったSNAKEPIPE。
浮世絵ってサイズが小さいのね…。
そして一枚の浮世絵に群がる大勢の人達。
「入り口付近が一番混雑しているので、空いている場所からご鑑賞下さい」
なんてアナウンスまでされてるし。
「せっかく来たから、展示順を無視して観て回ろう」
とかなり奥のほうまで歩いて鑑賞を始める。
浮世絵の真正面でじっくり鑑賞できることは稀で、ほとんどが人と人の隙間から「覗き」みたいな感じで鑑賞するハメになってしまった。
こんな鑑賞スタイルになるとは非常に残念!
今更ながら浮世絵人気を思い知り、こういう展覧会もあるんだな、と再認識したSNAKEPIPEである。

展示は10の括りで分けられていたので、それぞれについて簡単に感想をまとめてみたいと思う。
1:武者絵―みなぎる力と躍動感

「入り口付近が最も混雑」の原因は、最初のチャプターに「武者絵」があったからなんだよね。
そして国芳の他の展覧会では「妖怪画」として括られていたジャンルも、今回の展示では混在していたので尚更大人気だったみたいね。
ものすごい迫力と色調に圧倒されてしまう。
どの作品も、とてもカッコ良いなあ!
こりゃ、人が動かなくなるのも納得だね。
一枚一枚ゆっくり鑑賞したくなるもん。
牛歩になるはずだわい。(古い)
調べてみると「武者絵の国芳」と言われていたと書いてある。
うん、確かに一番初めに結論を言うのは心苦しいけれど、この武者絵シリーズが一番ガツンと効いたね!
国芳の代表作とされる作品群は、ほとんどがこの「武者絵シリーズ」の展示になってたね。
今回の展覧会で絶対に鑑賞したかった「相馬の古内裏」も無事に「覗き」で拝観!
いやあ、カッコ良いことこの上なし!(笑)
1845-46年の作品とのこと。
ひ~!今から160年も前だよ~!
この想像力、素晴らしいね!

上の作品、「源頼光公館土蜘作妖怪図」の構図の斬新さを御覧なさいよ!
上斜め半分が妖怪なんだよね。
ほとんど水木しげるの世界よ!(笑)
1843年の作品だって。すごいっ!
ゲゲゲの鬼太郎好きにはたまらないね!

2:説話―物語とイメージ

古くからの故事伝説や物語を視覚化したシリーズ。
上は「龍宮玉取姫之図」1853年の作品。
荒れ狂う波の表現と、空想上の生き物であるドラゴンの躍動感が見事!
「藤原鎌足は唐から渡来の霊玉を途中で龍神に奪われるが、志渡の海女が竜宮へ潜入して取り返す。だが眷属に追われた海女は、自らの乳房の下を切って玉を隠し、ようやく敵から逃れ、鎌足に玉を渡して死ぬことになる」という部分を表現しているらしい。
波の間に見え隠れしている魚達が着物を着ているところが素晴らしい!

3:役者絵―人気役者のさまざまな姿

歌舞伎役者のブロマイド的な作品である。
友人Mは歌舞伎について詳しいので余計に楽しめたようだけれど、ほとんど知識のないSNAKEPIPEには構図とか色彩などを鑑賞するにとどまった。
それにしても歌舞伎役者の名前というのはずっと変わっていないんだねえ。
上は「坂東しうかの唐土姫・三代目尾上菊五郎の天竺冠者・五代目沢村宗十郎の斯波右衛門」1847年の作品。
ガマガエルの妖術を使っている場面らしいけど、なんとも斬新な構図だよね。

4:美人画―江戸の粋と団扇絵の美
浮世絵の美人画というと、浮世絵の中でも花形的な存在だと思うけれど、国芳に限っては少し様子が違っていた。
なんと、女の顔にほとんど違いがないのである。
武者絵や役者絵のイキイキとした雰囲気はあまり感じられない。
もしかしたら女の顔より男を描くほうが得意だったのかもしれないね。
「鏡面シリーズ」という女が鏡に映った自分の姿を描いている作品群は、鏡の縁にかけられた布まで描かれていて、なんとも凝った構成になっているのが興味深かった。

5:子ども絵―遊びと学び
こちらも美人画同様、かなりぞんざいな顔の描き方だった。
江戸時代の子供の「遊び」や「学び」を主題にした浮世絵、ということなので余計に面白みに欠けたのかもしれないけどね。
サーッと鑑賞しただけで終わりにしてしまった。(笑)

6:風景画―近代的なアングル
風景を描いたシリーズ。(まんまじゃん)
SNAKEPIPEには「東海道五十三次」との違いが感じられなかった。
ずっと前から「東海道五十三次は江戸時代のスナップフォト」と思っているSNAKEPIPEなので、人物描写を含めた秀逸な作品だと思っている。
歌川広重とは同年生まれの同時代絵師だったようなので、風景画に関しては広重のほうに軍配が上がりそう。
特別国芳らしさが表れてるな、と感じた作品は見当たらなかったな。

7:摺物と動物画―精緻な彫と摺
摺物というのは特別注文の非売品だった作品のことらしい。
木版技術の粋を集め、素材も金粉や銀粉などを使用したり上質の紙に摺っているとのこと。
江戸時代の印刷技術の高さにびっくり。
これらは恐らく印刷物になった状態で鑑賞しても、よく解らない部分かもしれないね。
とても美しい作品群だった。

8:戯画―溢れるウィットとユーモア

動物やダルマ、妖怪などを擬人化して江戸っ子に仕立てあげている作品である。
これも国芳の得意分野だったようで、とてもイキイキとしている。
ユニークな作品が多く、江戸時代の笑いについても考えさせられる。
意外と日本人の「笑い」というのは、江戸あたりから変化していないのかもしれないね?
非常に細かい部分まで精緻に描かれていて、観ていて飽きない。
それにしても、国芳はネコ好きで有名だったようで、確かにネコの絵が多いんだよね。
でも全然顔がかわいくないの。なんでだろう?(笑)
上の作品「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ」は複数の人で一人の男の顔を作っている寄せ絵である。
手の部分までも人で形作られていて、とても面白い。
16世紀のイタリアの画家、アルチンボルドの寄せ絵を感じさせるよね。
今回の展覧会では、鼻の部分の人が一番最後に飛び乗って顔を完成させるイメージフィルム(?)が流れていてニヤリとさせられた。

9:風俗・娯楽・情報
時事世相の報道メディア的な題材を錦絵にしたコーナーである。
そのため題材が幅広いのが特徴的だ。
浮世絵というのが当時の新聞・雑誌の代わりだったり、写真の前身だったということが良く解る。

10:肉筆画・板木・版本ほか
浮世絵というのは版画のことだけを指すんじゃないんだね。
いわゆる絵、肉筆画と呼ばれるモノも浮世絵の中に入るということを初めて知ったSNAKEPIPE。
皆様は御存知でしたかな?(笑)
最後のチャプターでは国芳の肉筆画、そして国芳の下絵を元に彫られた木版の展示などがされていた。
肉筆画はほとんどが美人画だったので、前述したように「同じ顔」オンパレードでイマイチ面白くなかった。
木版は、ものすごく細かく彫られていてびっくりした。

これもまた鑑賞後に得た知識だけれど、浮世絵の世界というのには必ず4人が関わっているらしいんだよね。
版元から依頼を受けた絵師が下絵を描き、それを彫師が彫り、摺師が色を乗せて擦る。
こういう役割分担があって一枚の浮世絵が出来上がるようなんだけど、一枚の作品となった時に名前が出るのは伝統的に絵師だけだったみたい。
恐らく「凄腕の彫師」とか「技を持った摺師」みたいな一流の職人はいたはずだけど、名前が出ることがない裏方稼業だったんだねえ。
そんなことを知ることができたのも、初めて浮世絵鑑賞をしたからなんだね。
人が多過ぎてキチンと鑑賞できたとは言い難い展覧会だったのは残念だけど、浮世絵をもっと知りたいと思うきっかけになったのは良かった。

国芳展は前期と後期の2期に分けられていて、作品のほとんどを総入れ替えするそうなので、本当はどちらの展覧会も鑑賞したいと思っていたんだけどね。
あの人の多さ、牛歩での鑑賞には正直ゲンナリしてしまったので、後期はパスだな。
今回の森アーツセンターギャラリーの対応にも問題アリだなと感じたしね。
お客さんの誘導もなし、白線を越えて鑑賞している人への注意喚起もしていない。
展覧会図録を会場でしか販売していない、なんてちょっとビックリ。
鑑賞した人しか買えないシステムにしてるんだよねえ。
森美術館はやっぱり53Fの展覧会に期待だね。(笑)

【経歴ではなく人柄重視でお願いします】

ROCKHURRAH  WROTE:

前回のこの企画は特に好きでもない人々についてなぜか長々と書いてしまって、珍しくたった三人しか語れなかったな。情熱だけが饒舌の元じゃないって事だね。

さて、年も明けたし職務経歴編の第二弾を書いてみようか。

The Nipple Erectors – So Pissed Off

80年代半ばに登場したポーグスはアイリッシュ・トラッドとパンクをミックスさせた音楽スタイルで最も成功したバンドとして知られている。

パンクやニュー・ウェイブ以降の世代ではスキッズやテンポール・テューダーなどがトラッド要素を持ったバンドとして活動していた。が、これもあくまでも本来ならフォークのミュージシャンが結びつくような音楽にたまたまパンクだった人が結びついた、というような図式。だから演奏はロックやパンクの延長線上にあり、メロディだけがトラッド要素というものだった。
ポーグスの場合はその逆で演奏はバンジョーやマンドリンにアコーディオンといった生楽器、トラッドをやってるバンドと変わらないのに、乱暴な歌い方やテンポが性急でパンクに通じるものがあった。
特にヴォーカリスト、シェインは飲んだくれでケンカばかりしてるような印象がある名物男で、彼のチンピラ・カリスマ的個性で知名度を上げて行った。
最も知られているのは3rdアルバムからのヒット曲で今でもクリスマス・ソングとしては人気が高い「Fairytale Of New York」だろうか。個人的には「Sally MacLennane」や「Bottle Of Smoke」などの威勢の良い曲の方が好きだが。
シェインはその後、アル中でヘロヘロになってしまいバンドを脱退、というか追い出されたような形になったが、3rdまでのポーグスは本当に大好きで今でも愛聴してる。

さて、そのシェインがポーグス前にやってたのがThe Nipple Erectors(その後Nips)というパンク・バンド。これはパンク界では比較的有名なバンドなんで、知ってる人は知っているだろう。ただしポーグスがヒットしたから注目、再発掘されたようなバンドなんで、現役でやってた時代にはそんなに知名度はなかった。
ROCKHURRAHはパンク・ロック初期のバンドたちの映像を集めたビデオ、しかもVHSではなくてベータという今時の子供は誰も知らないような規格のテープ(古い・・・)を所持していたが、この冒頭でニップル・エレクターズをやる前くらいの時代のシェインの姿を確認出来る。クラッシュの「White Riot」をBGMに暴れまわるという映像だが、その時のビデオテープ版には全く何のクレジットもなくて、だからこの時のシェインは単なるよく目立つ一般人だったんじゃなかろうか?
このバンドは単純なスリー・コードだけどさすがにインパクトあるシェインの歌い方がカッコ良くて大好きなバンド。ちょっとテッズ風だったり時代によってはモッズ風の要素もあったけど、シェイン以外のメンバーの面構えもいいね。化粧濃い目の短髪女は後にメン・ゼイ・クドゥント・ハングでも活躍したな。
しかし「あの人の職務経歴」などと書いておきながらアイリッシュ+パンクの前がパンクだったというだけで、何ら飛躍がなく当たり前の展開に書いた本人もビックリ。もしかしてネタの選択を間違ったかな?ひねりが全くなくてごめん。

Killjoys – Johnny Won’t Get To Heaven

楽器についてあまり詳しくない一般的な人にフィドルと言っても通じない場合があるが、これはカントリーやブルーグラス、ケイジャンなどの民族的な音楽で使われるヴァイオリンの事だ。クラシック系と呼び名が違うだけね。
そのフィドルを曲のイントロで実に印象的に使った名曲「カモン・アイリーン」を80年代前半に大ヒットさせたのがデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズだ。
デキシーと名乗っていても船幽霊なわけではなく(当たり前か?)、れっきとしたイギリスのバンドでデキシーランド・ジャズとかの要素もなさそう。この曲の頃は全員で裸にオーバーオール、そして首にはバンダナという、何が由来なのかよくわからないスタイルも話題になったもんだ。英国北部で60年代モッズの時代に流行ったノーザン・ソウルっぽい音楽を再現してみました、という路線だったので、北部=炭鉱労動者=オーバーオールという三段論法で推理してみたが、自分でも全然しっくり来ないなあ。きっとこのルックスには「特に意味はない」という答えなんだろうね。
ROCKHURRAHもかつて試しに裸の上にオーバーオールを穿いてみた事があったが、肩に食い込むし、こんなんで作業出来るわけないよ。部屋着でもイヤ。というかこの場で個人的な着心地レビュー書いてる場合じゃないな(笑)。

そしてデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの中心だったのがモジャモジャ頭のヒゲ男、ケヴィン・ローランドだ。本当は色男なんだが大ヒットした頃はこのようにダーティでムサイ奴を演じてたわけだ。見た目の割には声が高いのが魅力なのか玉にキズなのかよくわからない。

その彼が70年代にやっていたのがキルジョイスというパンク・バンドだ。ガチャガチャしたラウドな演奏のロックンロールでROCKHURRAHも好きな感じだが、たぶん同時代にはシングルくらいしか出してないバンドだったはず。後にDVD化されたパンクのビデオがあって、そこに演奏シーンが収録されていて、シングルだけのバンドとしては珍しく鮮明な映像が残っている。メンバーに女性二人いて、長身のベース女はミニスカートで激しくベースを弾くというパフォーマンスがなかなかアグレッシブだ。そう言えば上に書いたニップル・エレクターズもポーグス初期も女ベーシストだったな。

パンク魂のまんまアイリッシュ・トラッドを取り込んだシェインと、パンクを捨ててアイリーンとの愛に走った男ケヴィン。ちょっと違うような路線でも似てる部分もあり、どちらも男の生きざまと言えるだろう。締まりのない締めくくりで申し訳ない。

ではまた来週。