Monthly Archives: 3月 2012

【会場壁面に書かれていた広告文字を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPEが初めてパソコンを購入したのは、1990年代後半のこと。
デジタルカメラを先に買ってしまい、撮影を終えた後の処理をどうしたら良いのか分からず新宿ヨドバシカメラの店員に尋ねたところ
「えっ、パソコン持ってないんですか~?」
と呆れられてしまった。
仕方なく急遽パソコンを購入するハメになったSNAKEPIPEに
「写真やるんだったら本当はMacが良いけれど、ウィンドウズならVAIOがお勧めです」
という。
パソコンのことを何一つ知らなかったSNAKEPIPEは、その店員に勧められるままにVAIOを購入。
ただずっと「写真やるならMac」というセリフは頭に引っかかっていた。

月日は流れ。
Mac派のROCKHURRAHと知り合い、Macの魅力について教えてもらうことができた。
写真に限らず、グラフィックでも、DTPでも音楽でも、パソコンを使って表現をしたい場合にはMacのほうが適していることはよく解った。
最近はウィンドウズでもできることは増えてきていると思うけど、初期状態ではMacが断然有利みたいだね。

ROCKHURRAHが何気なく使っているアプリケーションのインターフェイスやデスクトップ画面、スクリーンセーバーなどもすごくオシャレでカッコ良いものが多い。
「ずるーい!SNAKEPIPEもカッコ良いスクリーンセーバーにしたい!」
と言うと
「これはMac専用だから」
と言われて何度悔しい思いをしたことか!
ある時、また違うスクリーンセーバーが動いているのを見て
「おおっ!今度はモホリ=ナギだね!」
と言ってそのカッコ良さに惚れ惚れしてしまった。
実際にはモホリ=ナギじゃないんだけど、似たような構成主義っぽいスクリーンセーバーだったからね。
何やら人名らしき文字が動いていて、アレキサンダー・ロドチェンコ?
よく分からないけどカッコ良いね!と言い合っていた。

「観に行きたい展覧会がある」
ROCKHURRAHから提案されて驚いた。
なんとそれがアレキサンドル・ロトチェンコ展だったからだ!
読み方が間違っていたこともここで判明。(笑)
これは例のスクリーンセーバーの人じゃないの!
偶然にもこの展覧会を発見した、というROCKHURRAH、さすが~!
うわー、行きたい行きたい!
と喜び勇んで銀座に出かけた春分の日。
世界最大規模のユニクロ銀座店がオープンしたばかりできっと大混雑だろうと予想していた割には、そこまでの人の多さじゃなくてホッとする。
そういえば銀座店オープン記念としてリンチTシャツ売ってるんだよね。

映画のポスターをそのままTシャツにしました、っていう非常に安易な構成だし、しかも何故だかユニクロだし?
人ごみも嫌だから行かないけど、なんでリンチに焦点を当てたんだろうね?
値段が990円ってどうなの?
リンチに失礼な安値じゃない?

などと言い合いながら銀座グラフィックギャラリーに到着。
あれ?まだ開いてないのかな?
ん、んんんん?な、なんと!日曜祭日は休館…。
せっかく来たのにガッカリ!
ちゃんと調べてこなかったのが悪いね。
この日は仕方なく銀座6丁目にある「支那麺はしご」で大好きな「だんだんめん」を食べて帰宅。
ROCKHURRAHとリベンジを誓い合う。(大げさ)

そしてついにリベンジの日が来た!
一度行っているので銀座グラフィックギャラリーまでの道のりは万全。(笑)
思ったよりも寒い日で、しかも雨降り。
リベンジに燃えるROCKHURRAHとSNAKEPIPEは熱い想いを支えに、会場に向かうのであった。
恐らく銀座グラフィックギャラリーに来たのは初めてだと思う。
だってここは写真や絵画などのアートではなくて、グラフィック専門のギャラリーだもんね?
「知っているグラフィックデザイナーの名前を挙げよ」と問われても、誰の名前も浮かんでこないかもしれないから、当然とも言えるのかな。
Wikipediaで調べてみると国内・海外のグラフィックデザイナー一覧が載っている。
海外で知っているのはアルフォンス・ミュシャ、国内では横尾忠則と立花ハジメだけだった。(笑)
名前だけは知ってるということならば粟津潔とか宇野亜喜良も入るけどね。
ま、そのくらいグラフィック、と限定されてしまうと知らない世界なんだよね。

ここで簡単にアレキサンドル・ロトチェンコについて紹介してみよう。
1891年 ロシアのサンクトペテルブルク生まれ。
1911年 美術学校に入学。
1916年 未来派展に幾何学的なデッサンで初出品する。
1923年 芸術左翼戦線機関誌「レフ」創刊号の表紙を担当する。
1924年 写真を撮り始める。
1925年 パリで開催された現代装飾美術・産業美術国際展覧会に参加。
1956年 モスクワにて死去。

今回展示されていたのは、ほとんどが1920年代から30年代の作品だった。
恐らくロトチェンコにとっては、1925年パリにおける国際展覧会に参加したあたりが最も華々しい時期だったのではないか。
左の作品はその国際展覧会「ソ連部門」カタログの表紙とのこと。
赤・白・黒・グレーといういかにも構成主義らしい配色とソビエトユニオンだよ!と一目で判り易い文字、そして鎌とハンマー!
今まで知らなかったんだけど、この鎌とハンマーは農業労働者と工業労働者の団結を表してるんだって!
皆さん、ご存知でしたか?(笑)
1910年代から1930年代初頭までにロシア(ソビエト連邦)を席巻していた芸術運動である、ロシア・アヴァンギャルド。
その中心的存在だったロトチェンコは当時20歳から40歳という体力的にも精力的にも活動しやすい年齢だったんだろうね。

ここでちょっと注釈。
アヴァンギャルド、と聞いてどんな意味を想像する?
SNAKEPIPEもROCKHURRAHも前衛的で破壊的な革新的な物事を示す言葉だと考えていて、「ロシア・アヴァンギャルド」と聞いた時には非常に斬新で難解なアートなんだと勘違いしちゃったんだよね。
ところが、ロシア・アヴァンギャルドは
1: レイヨニスム
2: シュプレマティスム
3: ロシア構成主義
という3つの芸術理念があり、いずれも過去の様式を断ち切り革命以後の新たな生活様式をデザインしようとした運動のことを指すらしい。
ロシア・アヴァンギャルドという括りの中にロシア構成主義が入ってるんだ、ということも初めて知って驚き!
SNAKEPIPEはロシアの歴史についてもあまり詳しくないので、調べてみた。
1917年 ロシア革命
1924年 レーニン死去
この年以降からスターリンが再び社会主義化していき、社会主義リアリズムが重視されるようになる。
そのためロシア・アヴァンギャルドは政治的な抑圧を受け、一般大衆からの支持もされなくなってしまい1930年代には終わってしまったようである。
歴史や政治に翻弄されてしまったアート、ということになるのかな。

銀座グラフィックギャラリーは、驚くべきことに無料なんだよね。
きっと無料開催ってことはそんなに大した展示数じゃないに違いない、と思ったあなた!
それは大きな間違いよ!(ちっ、ちっ)
ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも驚くほど、とてもキレイな会場でしかも150点以上の展示数。
会場受付1階と地下1階にはスーツ着たお姉さんが出迎えてくれる、至れり尽くせりの会場だったのである。
無料で、しかも立派なチラシまで作ってあって、どういう資金繰りで開催してるのか興味あるね。(笑)
こんなに素敵な企画を実現してくれて、ありがとう、銀座グラフィックギャラリーさん!

ロトチェンコは写真撮影も行なっていて、今回は写真作品も展示されていた。
どの作品もデザイン的な要素満載だったのが印象に残る。
何気なく撮っているように見えても、やっぱりグラフィカルなんだよね。
写真もグラフィックの表現の一つと考えていたように見受けられる。
産業や工業の発展というのがこの時代の重要なテーマだったようで、インダストリアルな写真作品もありウットリしてしまうSNAKEPIPE。
左の作品はそんな産業系の写真とロトチェンコのグラフィックが融合されたもの。
どうやら探偵小説の表紙らしいんだけど、内容と表紙がマッチしているのかは不明。(笑)
ロシアの探偵小説っていうのも気になるところだよね?
ロシアの小説で読んだことがあるのは、ドストエフスキーの「罪と罰」とトルストイ「イワンのばか」くらいのものか?
ちょっと時代が古過ぎか。(笑)
映画ならエイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」「ストライキ」がまさに1925年で、ロシア・アヴァンギャルドの時代ぴったりだけどね。
あとはロシア・アヴァンギャルドより少し前の時代の画家としてカンディンスキーを知っていたくらいか。
あまりに知識がなさ過ぎってことを露呈しただけだったね。(笑)

それにしてもロシア文字っていうのが、慣れていないせいもあるんだろうけど、フォントそのものが記号的で、グラフィックデザインにマッチしているように感じるのはSNAKEPIPEだけではあるまい。
1980年代にジャン=ポール・ゴルチエがロシア文字に注目して、ファッションに取り入れてたことを思い出す。
SNAKEPIPEもロシア文字の入ったゴルチェ巾着持ってたなあ。
えっ、また古過ぎ?(笑)

先週のハリー・クラークの記事にも書いているけれど、やっぱり1920年代のアートってとても進んでてカッコ良いんだよね!
ロトチェンコはアートと商業の融合を目指していたようで、広告や例えばキャラメルのパッケージのような身近にある物までなんでもデザインしていて、当時のソ連の美意識の高さを初めて知ることができた。
子供の頃から当たり前のように、あんなに優れたデザインに接しているロシア人ってすごいなあ!(笑)
そうだ、憧れのロシア人がいたことを思い出したよ!
漫画/アニメ「ブラックラグーン」に登場するバラライカさん!(笑)
顔に大きな火傷の跡があるけれど、美しく気高く冷酷な軍人気質はとてもカッコ良いんだよねー!
漫画読んでアニメ見てる時も「ロシアについて知りたい」と思ってたんだった!
もっとロシアのことを調べてみよーっと!(笑)

【ハリー・クラークによるエドガー・アラン・ポーの挿絵】

SNAKEPIPE WROTE:

昔からの好みはそうそう変わるものじゃないようだ。
「三つ子の魂百まで」の例えもあるように、恐らくSNAKEPIPEが3歳の頃から好きな物や傾向は変化していないように思う。
陽よりは陰、明よりは暗、メジャーよりはマイナーといった具合である。
「誰からも好かれる人になろう」と努力する人物像よりも「少数でも解ってくれる人がいれば良い」と自分の好きなことを追求するようなタイプに好感を持つことが多い。
100人中100人から好かれる人なんて、逆にウソっぽいよね?(笑)

アートの分野の好みも上述したのとほぼ同じである。
明るく爽やかなものよりも、ダークでちょっと恐怖を感じるような迫力があるアートが好みである。
きっとこのブログを読んで頂いている皆様はとっくにご存知だと思うけれど、鑑賞したいと思う展覧会にも、購入する画集や写真集にもその傾向が顕著だ。
「好きな人は好き」な世界なので、同じ嗜好を持つ友人との会話は大いに弾むけれど、逆の好みの方とは全く話が噛み合わないんだよね。
恐らく今回ご紹介する画家、ハリー・クラークも好みが分かれそうなアーティストだと思う。

ハリー・クラークは1889年アイルランド生まれのステンドグラス作家、挿話画家である。
ステンドグラス作家としての腕前はもちろんだけれど、SNAKEPIPEが注目したいのは画家としての活躍のほうである。
1920年代エドガー・アラン・ポー「ポオ怪奇小説集」にハリー・クラークが挿話画を描き、名声を得ることになる。

おお!憧れの1920年代!
やっぱりこの時代は革新的な出来事が多いんだよねー!
SNAKEPIPEは江戸川乱歩の作品は大ファンだから色々読んでるけど、その元(?)となるエドガー・アラン・ポーって実はほとんど読んだことないんだよね。
多分代表作の「黄金虫」と「黒猫」あたりをものすごく昔に読んだうっすらとした記憶が…。(遠い目)
今更ながら調べてみて、タイトルに「怪奇小説」なんて書かれると興味が湧いてくるよね!
ROCKHURRAHに話すと
「前に怪奇小説集だったら持ってたよ!」
とかる~く答えられてしまった。
持っていたとは、さすがROCKHURRAH!(笑)
今は所持していないようなので、今度探してみるかな。

ハリー・クラークの挿絵、とっても素晴らしいよね!
物語について知らなくても、上の絵を観ても物語が浮かんでくる感じ。
丸尾末広や以前ご紹介したトマー・ハヌカっぽい雰囲気もあるよね。
時代が古いのはハリー・クラークだから、丸尾末広やハヌカよりずっと先輩だったか!(笑)

ステンドグラス職人としての仕事も続けながら描いていたようで、死因はステンドグラス生産に使用される有毒化学物質による結核だったようである。
なんとも残念な享年41歳。若過ぎるよね。

時代は違うけど、先日版画を鑑賞したウィリアム・ブレイクもイギリスの画家だし、
ハリー・クラークよりちょっと前の時代に活躍したオーブリー・ビアズリーもイギリス人。
ビアズリーはアールヌーヴォーの代表的な存在で、やっぱり短命だった画家。
ポーやオスカー・ワイルド作品の挿絵を担当していたことや、結核で命を落としている点もハリー・クラークと同じなんだよね。
左の絵はビアズリーの作品なんだけど、アールヌーヴォーらしく植物の蔦を思わせる曲線的な縁取りが特徴的だよね!
ハリー・クラークはアールヌーヴォーとアールデコの両方から影響を受けていると書いてあるけれど、ビアズリーと比較してみるとその作品はイラストっぽい幻想画だなと感じるけど、どうだろう?
アールヌーヴォーよりも淫靡で毒のあるゴシックな雰囲気があるように感じるからね!(笑)

ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも憧れの時代の一つとして1920年代を挙げてしまう。
シュールレアリズム、バウハウスなどアート界での革新的な運動が起こったのはこの時代だからね。
この時代のパリやドイツはどんなにエキサイティングだったか!と想像するだけでワクワクしちゃうよね。
そしてイギリスでもやっぱりこんなに素敵な画家が活躍していたんだな、ということを知り、改めて1920年代の魅力を感じたSNAKEPIPEである。
きっとまだまだ知らないアーティストたくさんいるんだろうね。
また調べて新たなワクワクを経験したいと思う。

【情熱ないパフォーマンスの頂点、Trioの「Da Da Da」】

ROCKHURRAH WROTE:

今回の「時に忘れられた人々」は前に一度だけ試しに書いてみた「情熱パフォーマンス編」の第二部にしてみよう。
この時のテーマの概要はこちらの記事でわかっていただけるはず。
目に見える行動だけが情熱とは言えないが、抑えきれない何かの情熱を素直に映像として表すのは見ていて気持ちが良いものだ。

さて、今回はそういう情熱映像をピックアップしてみたんだが、なぜだか最初に出てきたのがドイツ物ばかりという結果になってしまった。だから今回は「情熱パフォーマンスinドイッチェランド編(長い・・・)」という事にしてみよう。

ドイツの音楽と言っても人によって印象は様々だろうが、今回ROCKHURRAHが語るのは80年代にノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(要するにドイツのニュー・ウェイブの事)と呼ばれた音楽について。
実はこのシリーズ企画を考えた当初から予定していたのがノイエ・ドイッチェ・ヴェレ特集だが、聴くのも書くのも難しいジャンルだから、ずーーーっと先延ばしにしていたという経緯がある。 一般的にはあまり知られてないジャンルだからこそ、ものすごいマニアも存在しているわけで、そういう人たちが語るウンチクとROCKHURRAHの考えが全然一致してないのも書けなかった一因だ。
要するに小難しくなくノイエ・ドイッチェ・ヴェレを語りたいわけね。だからバンドが何を語りたいか、何を思って音楽やってるかなんて事ぜーんぜん気にしないで書いてみよう。

【跳ねる!】 DAF / Der Mussolini

正式にはDeutsch Amerikanische Freundschaft(独米友好同盟)だが、そんな長いバンド名を毎回語るのもかったるいのでダフと呼ぶ人が多い。

ノイエ・ドイッチェ・ヴェレの一番初期に大活躍して、世界的に最も知られたドイツのニュー・ウェイブ・バンドと言ってもいいだろう。
1stアルバムは工場の機械の中でバレリーナが踊ってるというインパクト溢れたレコード・ジャケットで、これに惹かれて買った人も多かろう。しかしこのアルバム、曲名クレジットも何もなく、内容的にはヴォーカルが入ってないインストゥルメンタルであり、そもそも曲というよりは音の断片を羅列しただけという、荒削りな素材集みたいなものだった。
ノイズ、アヴァンギャルドといった音楽に全く触れた事がない人が聴いたら「何じゃこりゃ?」な内容なのは確か。逆にディス・ヒートとかそういうのが好きな人にとってはかなりドンピシャな音かも知れない。ギターのフリー・スタイルなぶっ飛び具合はすごい。

DAFと言えば一般的にはシーケンサーなどのエレクトロニクス楽器を駆使した暴力的&直線的なビートという印象だが、それが確立するのは2nd以降の話だ。メンバーの脱退が相次ぎ、最終的にはガビ・デルガド=ロペスといういやらしく濃い顔のヴォーカルとロバート・ゴール(Wikipediaではゲアルと書いてるがしっくりこないなあ)の男二人組となる。
「ファシストっぽい」とか「ゲイっぽい」とかそういう話題にのぼるような顔立ちに衣装だから、誤解されても仕方ないだろうね。「男二人の友情」というようには世間は見てくれないからね。 その二人が作り上げたのが単純明快なビートに乗って、ガビの粘着質なヴォーカルが展開してゆくというスタイル。この時期の代表作が今回取り上げた「デア・ムッソリーニ」だろう。この手の音楽の元祖的存在なのは確かだが、エレクトロニクスによる単調な主旋律とビートがずっと続くだけで、よくぞまあヒットしたものだと思える。

さて、その彼らのライブ風景だが、まさに右に左に飛び跳ねまくって歌い踊るガビのアクション全開の出来。4分近い曲でここまで動きまわるとは恐ろしい運動量だな。アグレッシブなハードコア・パンクのバンドでもこんなには動かんでしょう。 ライブで何曲やるのかはわからないが、一回のステージで精根尽き果てるのは間違いない。

【回る!】 Die Krupps / Machineries Of Joy

上記のDAFと同じく、ノイエ・ドイッチェ・ヴェレの初期から活動していたのがデイ・クルップスだ。
元々Maleというパンク・バンド出身のユーゲン・エングラーが中心となったもので、商業的にも割と成功したように思える。 初期の彼らの特徴はいわゆるメタル・パーカッションを多用した音作りにあった。
ユーゲン・エングラーが独自に作り上げたシュタロフォンと呼ばれる楽器は工場で拾ってきたような鉄板(と言うより延べ棒のようなもの)を鉄琴のような形にして、それを鉄の棒で叩くというシンプル極まりないものだった。それが普通の市販されてる(市販されてるのか?)鉄琴とどこがどう違うのかは鉄琴学に詳しくないROCKHURRAHごときにわかるはずもないが、彼らのシングル・ジャケットに誇らしげに写真が載っている。自慢だったのは間違いない。

初めて動いているクルップスを見たのは福岡天神の親不孝通りにあった80’s Factoryというライブハウスだった。
いや、そこにクルップスが来日したとかそういう話じゃなくて、当時の外国のニュー・ウェイブ状況を伝えるという啓蒙的なフィルム・イベントで、ワイアーのコリン・ニューマンやジョイ・ディヴィジョン、デア・プランなどの映像と共に見た記憶がある。まだプロモーション・ビデオとかが気軽に見れないような時代で、音楽大好きだったROCKHURRAH少年は深く感動したものだった。現地に行って現物を見た人以外で、こんなマイナーなバンドのライブ姿を見れたのはかなり早かったのではなかろうか?

おっと、話が逸れてしまったが、ここで見たクルップスは確かにランニング姿でこのシュタロフォンを叩きまくり歌っていた。
エレクトロニクスを駆使したデジタルな音楽っぽいのに、やってる事は体育会系でアナログ極まりない。この時代のそういう未完成な音楽は好きだね。
しかも鉄板を鉄の棒で叩きまくるわけだから肩や肘への負担が半端じゃない。これ以上続けたら肩をこわしてしまうぞよ、などと医者に止められたかどうかは知らないが、ユーゲン・エングラーにはそういう「巨人の星」みたいなスポ根逸話まで残っているようだ。手のスジが「ピキッ!」といかなかったからその後もバンドを続けていられるんだろうけどね。

このバンドのもう一つの特徴というか何というか・・・彼らは自分たちの代表作「Wahre Arbeit Wahrer Lohn」をこよなく愛し続けて30年余り。この曲のヴァージョン違いミックス違いが常識で考えられないくらい存在しているのがすごい。バカのひとつ覚えと言えなくもないが、そこまでひとつの曲にこだわり続けるのが情熱パフォーマンスの真骨頂だね(笑)。

さて、紹介するのも元歌は「Wahre Arbeit Wahrer Lohn」で、これをイギリスの同系列バンド、ニッツァー・エブとコラボレートしてやっている。最初に歌ってる花形満みたいな髪型の人はニッツァー・エブの人で、その後にホイッスル吹きながら現れるのがこのバンドの顔、ユーゲン・エングラーその人だ。
ROCKHURRAHが見た80年代初期のクルップスじゃないから得意のハンマービートも控え目なんだが、動いてる映像がヘヴィメタル・バンドになってしまった後(後にそうなってしまう)くらいしか残ってないので仕方がない。
【回る!】の意味はいちいち解説しなくても映像見れば一目瞭然でしょう。

【じゃれる!】 Palais Schaumburg / Wir Bauen Eine Neue Stadt

後にソロとして活躍するホルガー・ヒラーを中心としたパレ・シャンブルグ(当時の「ロック・マガジン」的に読めばパライス・シャウンブルグ)も初期ノイエ・ドイッチェ・ヴェレの中で重要なバンドだった。
彼らの特徴は他のドイツのバンドに比べてエレクトロニクスの使用率がかなり低いという事が挙げられる。通常ロックで使われる楽器+トランペットというオーソドックスな編成はメタル・パーカッションやシンセ使って当たり前のドイツ音楽界では逆に少数派なのかも。
ただし、その編成で普通のロックをやるかと言うと大違いで、実験性と革新性に溢れていてROCKHURRAHも大好きだった。特にドイツ語による字余りすぎラップといった風情の「Madonna」やファニーなデビュー曲「Telefon」は今でも愛聴している。

そんな彼らの代表作がこの曲。決してポップな曲でもないのにプロモは80年代風軟弱ダンスが炸裂するというアンバランスなもの。音を消して映像だけだとすごい軽薄そうに見えてしまうが、実は割と重厚というギャップが素晴らしい。

ホルガー・ヒラーはこの後バンドを脱退してしまいソロの道を歩むが、なぜか「うる星やつら」の主題歌で有名な小林泉美(千葉県船橋市出身)と結婚して離婚したり、ちょこちょこっと日本でも話題に上るような活動をしていたな。

【壊す!】 Einstürzende Neubauten

一般的には「読めん!」って人も多いだろうが、アインシュタルツェンデ・ノイバウテン(崩壊する新建築という意味だそうな)はドイツが生んだノイズ/ジャンク系の真打ちだと言える。パッと見には長身の美形男、ブリクサ・バーゲルトを中心にして、元アプヴェルツのマーク・チャン、F.M.アインハルトなどのクセモノが揃った超藝術集団だ。

ブリクサはその人間離れしたマスクなもんで、当時の音楽雑誌の表紙とかにもよくなっていた。
それを見た面食い女子達がファンになって買ったりしていたものの、正直言ってその何%がノイバウテンの音楽を理解して好きになっていただろうか? インダストリアルとかアヴァンギャルドとか言うはたやすいけど、これほどとっつきにくい音楽も他にないかも。
この映像を見ればわかる通り、電気ドリルやバーナー、数々の廃材などを持ち込んでそれを打ち鳴らす、穴を掘るといった現代アート風パフォーマンスのつもりだろうが、限りなく工事現場作業に近いシロモノ。しかも専門家が見たら手つきがなっとらん、と叱られる事必至の三流ぶりだよ。そしてその結果生まれた音楽が前衛的でとっつきにくいのは当たり前だとも思える。

個人的な事を言うなら今、家の前でガス管取り替えとかの工事やってるが、そこから生まれる騒音と大差ない世界だもんな。 今回は「壊す」という映像が欲しかったからこの曲にしたが、本当は代表作である「Yu-Gung」とかは随分わかりやすくカッコ良い名曲だと思う。石井聰互が監督した「半分人間」などもインダストリアル好きにはたまらないだろうね。

今回は情熱パフォーマンスとは言ってもあまり面白くもないものばかりになってしまったな。まあドイツのニュー・ウェイブ自体が英米のとはちょっとニュアンスが違っていて、面白さやカッコ良さのツボも異質だから、この程度で許してくんなまし。

ではビス・ネヒステ・ヴォッヘ!

【毎度お馴染みの展覧会ポスター。美術館入り口上方にあったため見上げて撮影。】

SNAKEPIPE WROTE:

今日はSNAKEPIPEの誕生日!
おめでとう!SNAKEPIPE!(笑)
何回目なのかは秘密だよ!
ROCKHURRAHが5.11のカッコ良いタクティカル・ブーツをプレゼントしてくれた。
これでますます本格的なミリタリーファッションが楽しめるね。
ありがとう、ROCKHURRAH!

今回のブログは今まで何度も計画を練って、そのたびに何かしらの理由によりおじゃんになっていた松井冬子展鑑賞について書いてみよう。
やっと今回鑑賞することができたんだよね。

何度もこのブログに登場している、長年来の友人Mから連絡があったのが1週間程前のことである。
そのメールはM本人が書いたものではなく、九段にある成山画廊から配信されたメールを転送してきたものだった。
「お待たせ致しました。松井冬子初の映像作品がついに公開されます。」
と書いてある。
今回の松井冬子展を紹介する横浜美術館のHPにも、大々的に映像作品についての告知がされていたので、展覧会が始まってから2ヵ月近くが経過してやっと発表される作品があることに驚く。
そしてその初公開日がMと約束をしている3月2日!
丁度良かった、ラッキーだね、と言いながら横浜美術館に向かったのである。

残念ながらこの日の天気は雨。
しかもかなり土砂降りで寒い日だった。
初めての横浜美術館なので、本当は美術館周りを散策したかったのに残念!
横浜という土地柄のせいなのか、駅周辺も美術館入り口付近も非常に空間をゆったり使った造りになっている。
晴れた日には散歩コースに良さそうね!

美術館入り口を入ってすぐに大スクリーンが目に飛び込んでくる。
これが例の成山画廊からお知らせのあった映像作品なのね!
この映像作品だけは会場の外にあるため、誰でも鑑賞することができるようになっていた。
SNAKEPIPEとMが到着した時には、何故だか小学生の団体が鑑賞中。
小学生はどんな感想を持つんだろうね?(笑)
「侵入された思考の再生」というタイトルのその作品は、心臓のドックンドックンという鼓動音のリズムをバックに展開する。
・何度も松井冬子の作品モチーフとして見たことがある、ボルゾイという白い大型犬を舐めるように移動するレンズ。
・ミルクのような、石灰水のような少し重量感のある白い液体が沸騰しているように下から突き上げられ、円錐形を形作る。
・松井冬子本人のアップ。
・髪を後でまとめているのか、顔だけになるとまるで後藤久美子のよう。
・日本人離れした美貌。
・目を閉じる松井冬子。
・髪が顔にまとわりつく。
・きれいな弧を描き、まるで生き物のようにどんどん顔を覆い隠すように巻き付く。
・ボルゾイの俯瞰。
・自らの長い尻尾を追い掛けるように走り、白い円を描く。
・松井冬子の眼球アップ。
・眼球横向きのショット。
・眼球の黒色部分が沸騰したように円錐形に盛り上がる。

順番は違っていると思うけど、こんな感じのおよそ3分程の映像作品だったんだよね。
うーん、映像を文章にして説明するのは難しい。
松井冬子の初映像作品として、全く期待を裏切られなかった、という思いと想像通りだな、という感想を持つ。
厳しい言い方をするなら、良い意味でも悪い意味でも「平均点」かな。
ロレックスが協賛とのことなので、せっかくならCFにしたほうが話題作になりそうだよね?

さあ、それではいよいよ会場に入っていこうか。
松井冬子初の公立美術館における大規模な個展は9章に分けられて展示されていた。
それぞれの章ごとに気になる作品についてまとめてみようかな。

第1章 受動と自殺
第1章から重たい言葉の羅列!
そんな言葉を熱心に読んでいるお客さん達。
予想通りだけど、やっぱり女性ばっかりだったんだよね。(笑)
松井冬子は女性ファンが多いだろうから。
ボルゾイをモデルにした「盲犬図」からスタート。
「痛み」「狂気」「死」という松井冬子にとっての3大テーマに沿った作品が展示されている。
「ただちに穏やかになって眠りにおち」では白い象の入水の様子が、「なめらかな感情を日常的に投与する」ではところどころ体が千切れている双頭の蛇が描かれている。
第1章から痛いよー!
SNAKEPIPEがこの中で一番気になったのは、展覧会タイトルにもなっている「世界中の子と友達になれる」(2004)である。
このタイトルは第3章で展示されている松井冬子の卒業作品と同じタイトルで、「あれ?」と思ったSNAKEPIPE。
調べてみると「自分にとって大事な作品には同じタイトルを付けている」とのこと。
記述したい時には「世界中の~」のあとに年号を入れる方法で良いのかな?
上の作品は真ん中に大きな花が咲いていて、右下には女性の足、左には横たわるまたもやボルゾイが配置されている。
キレイに咲く花が、女性の養分を吸い取っているように見えて、それはまるで梶井基次郎の「櫻の樹の下には」を思い起こさせる。
鑑賞者の想像によって、いくつもの物語が作れそうで、とても気に入った作品である。

第2章 幽霊
「夜盲症」という作品は以前にも鑑賞したことがあり、その制作のプロセスについて語る松井冬子の言葉も聞いたことがある。
松井冬子はジャンル分けされると「日本画家」となるようだけど、その制作方法は伝統的な日本画のそれとは大きく違っているようだ。
デッサンを繰り返し、デッサンをコピー、必要部分を切り取り、貼り付け、コラージュをする。
確か「夜盲症」という作品は幽霊っぽく細長く見えるように「拡大縮小コピー」をした、と語っていた記憶がある。
確かにその方法は効果的で、足がないとされる幽霊らしさが良く表現されている作品に仕上がっているよね!
だけど、そういう方法を語っちゃって良いのかな?
その点がとてもユニークな方だな、と逆に感心してしまったSNAKEPIPE。
第2章の中では、「思考螺旋」という逆立った女性の髪の毛だけを描いている作品に、女性の怨念のような強い意志を感じた。

第3章 世界中の子と友達になれる
この作品は松井冬子の東京芸大卒業制作である。
この作品も松井冬子の代表作として非常に有名なので、SNAKEPIPEも以前より知っていた。
もちろん実物を鑑賞するのは今回が初めてである。
テレビ画面や画集からは知ることの出来なかった、なんとも言えない後味の悪さを感じる。
少女の手足の先ににじんでいるのは、どうみても血にしかみえない。
どこに向かって、誰に対して呼びかけているのか。
揺りかごからいなくなった赤ん坊を探しているのか。
びっしり描きこまれた蜂の大群。
今回実物を鑑賞することができて良かった作品である。
そしてこの作品のプロセスが解るような、例のコピー、コラージュなどによる制作方法を知ることができたのも良かった。
揺りかごが途中からグレードアップして、高そうな品に差し替えられていたのには笑ってしまった。(笑)

第4章 部位
この章では作品制作のための下図やスケッチ類が展示されていた。
日本画家の制作課程として小下図や大下図を描くと説明がされていて、松井冬子もその伝統的な手法に沿って制作をしているとのこと。
コピーとコラージュは独自の手法みたいだけど、それ以外は本来の日本画家と同じだったんだね!
それほど日本画について詳しくないSNAKPIPEには新鮮な発見だった。
そしてこれらのスケッチ類の見事なこと!
他の東京芸大の方のスケッチを拝見したことがないので、松井冬子の技量が他の方と比べて格段に上手なのか、それとも芸大だったら当たり前のレベルなのかは不明だけどね。
いやあ、紙と鉛筆があれば人はここまで遠近法や立体感を出した絵が描けるんだね。
それにしてもスケッチの外枠に本人手書きの考察ノートみたいなのが書かれてるんだけど、「鬼描き」って一体何だろうね?(笑)
ROCKHURRAHに聞いてみると、あっさり「NHKのトップランナーの時に『鬼のように細かく描写すること』って本人が司会者に言ってたよ」と疑問を解消してくれた。
なーんだ、そういう意味だったのか。(笑)
そしてかなり小さなスケッチまで「○○蔵」って書かれてるの。
ほとんどの作品が誰かの所有物になっていることにもびっくり!
松井冬子コレクターがいっぱいいるんだね。

第5章 腑分け
「腑分け」というのは江戸時代に行われた人体解剖の意味とのこと。
この章では、人の内部、それは内臓や脳といった表面からは見えない部位を開いて描いている絵を集めていた。
全体的に、まるでソフトフォーカスされたようなにじんだ技法。
内臓だからグロテスク、という通俗的な概念とは少し違う印象の日本画である。
美しい、と言うとちょっと違うけれど嫌悪感を持たずに鑑賞することができる作品群。
好みは分かれるだろうけど、SNAKEPIPEは好きだな!

第6章 鏡面
全てがそうだったわけではないけれど、この章のテーマはシンメトリー。
このセクションの中で気になった作品は左の「従順と無垢の行進」である。
椿の樹を真っ二つに切り開いた状態、と説明がされている。
松井冬子の、今までの作品には見られなかった太い黒い線が非常に力強い。
そして、ロールシャッハテストのよう、と書かれているけれど、それよりはやっぱり子宮をイメージしてしまう。
松井冬子が植物や花を描く時、SNAKEPIPEには全部子宮に見えるんだけどね?
これは平成22年のもの、というから割と最近の作品みたい。
テーマは変わらなくても、今までの細い線で描いてきた作品とは違って、線の強さで新しさを感じることができた。
今後の松井冬子の新境地、になるのかな?

第7章 九相図
これも松井冬子の代表作といえるだろう「浄相の持続」を更に展開させて、現代の九相図としてシリーズにした作品群である。
「浄相の持続」はかつて成山画廊で鑑賞したことがあったけれど、今回は計5作として展示されていた。
鎌倉時代に描かれた九相詩絵巻の、人が死んでから朽ち果て、ついには骨だけになるという段階を踏み「戒め」を強調した主旨とは違う観点から制作されているとのこと。
そのためなのか、鎌倉時代の「人が死んだらこうなるんだよ」というリアリズム重視の作品とは性格が異なっている。
鎌倉時代の九相詩絵巻は、修行のため煩悩を捨て去る目的で制作されたという。
と、いうことは僧侶=男性が鑑賞するための作品だったんだよね。
修行の目的のために女性死体を利用した、みたいな感じか。
松井冬子の作品は、男性対象に制作されているわけではない。
その死体である、女性自身が主役で、その女性が主張したいがための作品なのである。
「私の生き様ってこんなだったのよ」みたいな、ね。
なんとなく言ってる意味、解ってもらえるかしらん?(笑)
このシリーズはまだ続くようなので、今回鑑賞した5枚の他にどんな作品が仕上がるのか。
とても楽しみである。

第8章 ナルシシズム
この章で展開されていたのは3点の作品のみ。
「陰刻された四肢の祭壇」はとても大きな作品で、あとずさって遠目から鑑賞しないと全体像が掴めなかった。
内臓を引きずりながら歩いていると書いてあるけれど、何故彼女はあんなに穏やかに微笑んでいるんだろう?
争う動物達、手に持つ子宮と双子、胸に透けてみえる髑髏など鑑賞すればするほど謎を感じてしまう不思議な作品である。

第9章 彼方
最後のセクションでも平成21年から平成23年までの、最近の作品4点のみを展示。
この中の「無償の標本」はかつて「医学と芸術展 MEDICINE AND ART」で鑑賞済み。
「積年のドロドロした黒い塊を体内から少しずつ吐き出しながら、苦しんで描いていたような雰囲気が消えかかっているよう」だと書いてるね。(笑)
今回鑑賞しても、やっぱり同じ感想を持ってしまった。
平成22年作の「喪の寄り道」も、やや力不足な気がした。

初の大規模展覧会ということで、見応え充分!
松井冬子の全仕事を鑑賞することができて満足だった。
いくつかの作品には、松井冬子自身の言葉で解説がされていたのに、図録には収録されていなかったのが残念。
もう少しじっくり読んでみたかった文章だったからね!

前述した「医学と芸術点」のブログに
「松井冬子が前向きで明るい性格になり、『今までの怨みは全部忘れたわ』と視線が過去から未来に向かう日が来たら一体どんな作品になるんだろう?」
と書いたSNAKEPIPEだけれど、今回の展覧会で少しその答を知ることができたように思う。
やっぱり「ドロドロした黒い塊だった恨み」は、塊から粉状に変化し、もしかしたら強い風によって飛ばされ、形をとどめていないのかもしれない。
松井冬子にとって創造の源が負のエネルギーだったとすると、最近は幸せな日々を送っているのかな。
最近の作品はセルフカバー、かつて評判の良かった作品の練り直し、悪く言えば二番煎じのように感じられたからね。
そしてそれらが以前よりパワーアップしていたようには見えなかったように思うのはSNAKEPIPEだけだろうか。
一つだけ新しく感じたのは「従順と無垢の行進」の筆使いかな。
ここに今後の可能性があるのかもしれないね。