Monthly Archives: 6月 2012

【向こう側でよくわからんが下町に佇むアークテリクスの本拠地】

ROCKHURRAH WROTE:

ROCKHURRAHとSNAKEPIPEが興味ある場所に出かけてレポートする、ちょっと潜入記事っぽいコーナー、などと紹介していた「ROCKHURRAH視察団」シリーズだが、何と2年近くも書いてなかった。
あまり書けるような場所に出かけてないから仕方ないとも言えるが、ROCKHURRAHたちが一番楽しかった時代と比べると格段に興味を引くようなところが減ったなあという印象があり、それもまた寂しい。何だか全然元気ないぞ、日本。

今回も近場にちょっと行ってきた程度だからそこまで気合も入ってないけど、前にもチラホラ書いていたアークテリクスについてまとめてみよう。

ARC’TERYX、ヒカリエにも専門店が出来たそうだからファッション雑誌とかでもお馴染みなのかも知れないけど、カナダのアウトドア・ブランドだ。
当ブログ「がっちりBUYましょう!vol.4」でここのバッグについて少し語った事があるかな。

総合的に何でも扱ってるわけじゃないが有名なのは防水性の高い高機能なアウターとバックパック類だろう。
前にも書いた通り、ROCKHURRAHはここのミストラルというバッグの機能性と質感に魅せられて以来いくつか所持していたが、他のアウトドア・バッグと比べると格段にスマートな印象があるな。
特にアウトドアにこだわってなくて、日常ミリタリーな服装が多いROCKHURRAHが背負っても違和感ないところが良い。それどころか例えばスーツ姿で背負っても違和感ない本物のアウトドア・バッグはアークテリクスくらいしか見当たらないかも知れない。ブランドのロゴとかマークがそこまで原色ギンギンじゃないからいいのかもね。

話を戻すがミリタリー好きの人にとってアークテリクスはLEAFと呼ばれるミリタリー・ラインのアウターやバックパックを製造していて、軍に納入している実績がある事でもおなじみ。
Law Enforcement & Armed Forcesの略なんだが、簡単に言えば軍隊・警察関係者御用達という事だ。
マニアックなミリタリー屋で扱ってるバーテックスというメーカーのデザインもアークテリクスらしいし、米軍納入の大手、プロッパーの生産するバックパックのデザインも一部手がけているようだ。てなわけでROCKHURRAHにとっては単なるアウトドア・ブランドとしてのアークテリクスよりもそっちの方面に興味あるというわけ。
ミリタリーもアウトドアもハイテク素材&高機能を重視する傾向にあって、その辺は通じるものがある。パタゴニアのM.A.R.Sシリーズ、グレゴリーのSPEAR、カリマーSF、ケルティCOTS、ワイルドシングスにスナグパック、ミステリー・ランチなどなど、ミリタリーと密接な関係にあるアウトドア・ブランドも数多いから、アークテリクスだけが特別なわけでもないけど、その辺はまた別の機会に。

そんなアークテリクスの魅力を間近で見ていたSNAKEPIPEだが、女性が背負ってもゴツくならずに違和感ない本格派のバッグとして注目して、購入を決意(大げさ)。
カタログから容量、用途に向いてるかどうか、そしてデザインなどを吟味してあらかじめいくつか候補を挙げておいた。SNAKEPIPEの目的は通勤で使える20リッター以下の小型でスマートなリュック、と明確なため、あまり迷うことなく候補を絞る事が出来た。ミリタリーの話をしたから勘違いされそうだが、戦地行かないし一般的な方のアークテリクスね。

というわけでせっかく首都圏(近く)に住んでるわけだから、その辺のアウトドア屋じゃなくて正規代理店の本店に行ってみましょうぜ旦那、という事になって見に行ったのが今回の話というわけ。

アークテリクス本店=日本国内で唯一のフラッグシップストアは東京、銀座にある。昔、東京で住んでいたのは世田谷代田や豪徳寺で、下北沢を活動の拠点にしていたROCKHURRAHは恥ずかしながら銀座はほとんど知らない土地。
百貨店や高級店が多い印象で個人的にはあまり縁がなかったからね。
ところがSNAKEPIPEはこの近辺での勤務も多く、銀座である程度の土地勘があるという。
今回は別の目的もあったから先にそこに行ってから向かうという、ちょっとだけ複雑な道のりだけど、大丈夫か?SNAKEPIPE。実はかなりの方向音痴なんだよね。
しかしさすが銀座通(?)だけあって、そこまで迷う事なくアークテリクスの本拠地を探し出した。メデタシ。

アークテリクスの近くにはなぜか東京では全く進出してないと思える西鉄のビルがあって福岡出身のROCKHURRAHを驚かせた。福岡では知らぬ人はいない電鉄会社で福岡の至る所を通っているのが西鉄バスなのだ。んがしかし東京では西鉄を見た事はないなあ。一体なぜ?と疑問が膨らむが、その先にアークテリクスが見えた瞬間、疑問を一瞬で忘れてしまう。
アークテリクスのすぐ近くにはこれまた福岡ゆかりのラーメン店、一風堂があり、何だかこの辺だけリトル福岡という感じがしてしまう。
とんこつラーメン大好きのSNAKEPIPEはそちらの方に反応したらしく、満場一致(2人だけだが)で帰りに食べてゆくことに決定(笑)。

さすが日本の一等地に店舗を出すだけあるアウトドア界のトップ・ブランド、店構えも何だか高級感溢れてて「エグゼクティブ」などとROCKHURRAHには最も似合わない言葉が脳裏をよぎる。店内の壁には大きな始祖鳥の化石マークがあり、専門店なのを強調している。店内はそれほど広くないんだが、カタログに載ってる品揃えは少なくともほとんどある模様。これだけのアークテリクス商品を実際に試着してみて買える店は日本では他にないだろう(推測)。

SNAKEPIPEが欲しかったのはFLY13という小型のリュックで軽量、そして縦長のスマートなデザインが特徴。値段はアークテリクスのバッグの中ではかなり安価な方だが、このメーカーの最も人気バッグであるARRO22と似たタイプのもの。安いとは言ってもショルダー・ストラップも背中のクッションもちゃんとしていて、妥協した感じは全然しない。質感がいいんだよね。安く出来る=粗悪じゃなくて金の使い方がうまいんだろう。日本や中国の自称大企業とは大違い。

そのFLYだが、探すどころか店内に入った途端に全色壁にかかっていたので少し拍子抜け。が、一応他の候補とも比べてみようじゃありませんか。しかし20リッター以下というのはアウトドアの世界ではもしかしたら極小なのかもね。一番小さいので7リッター、これじゃ小さすぎ。FLYの13リッターはその次くらいで魚で言えばタナゴ・クラスかね?
せっかく来たんだから、と他のも背負ってみたけど、やはりSNAKEPIPEの体には大きく見えるものが多い。横幅がなくて縦長のデザインが全体的に多いんだよね。
結局そこまで粘る事もなく、最初の予定通りFLYを背負ってみて、これが一番SNAKEPIPEに似合ってる気がした。真ん中がパックリ開くデザインと薄型・軽量のかわいさが決め手になった模様。
安いのでついでに小型ウェストポーチのMAKA2というのも一緒にお買い上げ。これ、実はROCKHURRAHが所有してて非常に使い勝手が良いのでオススメ商品だったんだよね。ストラップ伸ばしてたすき掛けにも出来るし、安いのに細部までこだわった作りで、本当に良い質感。服装も似たり寄ったりだしペアルックと言われてもいいもんね。
アークテリクスのロゴが入ったいかにも高級紙袋にオリジナル・ロゴ入りキャンディまで貰って、さすがフラッグシップストアと唸らせるだけのことはある。
帰りに久々に食べた一風堂もうまかったよ。しかし汗だく。

話がここで終わると思ったら大間違いで、この後日、視察団はアークテリクスのショールームにも出向くのだった。何のことはない、ROCKHURRAHはアークテリクス銀座とショールームが同じところだと勝手に勘違いしてたのだ。
SNAKEPIPEの目的は既に達成してたわけだが、話の種にここも覗いてみようという事になって出かけた。

アークテリクスのショールームは銀座とは全然違って、京成金町線というローカルな下町の線路沿いにある。近場の人以外には馴染みないだろうけど、寅さんで有名な葛飾柴又の近くと言えばわかるだろうか。実はROCKHURRAHも全然知らないところ。家の近くにも京成通ってるし、そんなに遠くはないので行ってみよう。

その日は朝からあいにくの雨。前の視察団が「豪雨の古着屋倉庫編」だったのでまたもやすごい話になるかと思ったけど、今回は割と駅近く、しかも小雨程度になってしまい全然ドラマ性がない展開。
初めてのところは迷う、探すが当たり前の視察団チームだが、結論から言うと電車の窓からバッチリ見える。これなら誰でもすぐに行けるでしょうという距離。ドラマ性皆無だなあ。SNAKEPIPEと2人でテクテク歩いてあっけなく着いてしまったよ。

しかし噂には聞いてたがショールームを見て唖然。線路沿いにある木造(と言うよりトタンか)古アパートの正面を改造して、無理やり店舗っぽくしただけでねーの?しかも下町。「何となく高級」というアークテリクスのブランド・イメージとはかけ離れたビックリ外観だな。上に人住んでるのか?
80年代原宿とか下北とかにはよくあったパターンなので仰天はしなかったが、仰天と唖然は似たようなものではないか?と問われればそれまで。

このショールームは土日だけの営業で予約ない人は昼からしか入れないらしい。結構限定的で職業によっては行けない人も多いかも。見るだけでなく普通に買う事も出来るから、銀座店とさほど変わらないかな。

店内はたぶん3つに分かれていて、中央はアークテリクス商品のサンプル?みたいなものとMISSION WORKSHOPなるバッグ・ブランド。関係者や業界人じゃないから知らないが、普段はディーラーとかがやってきて、ここで商談とかするのかね。まだ販売してないような商品まで見られるので、ファンならば一見の価値はありそう。
MISSION WORKSHOPはコロラド発のメッセンジャー・バッグのメーカーとの事だが、クロームとかと似た感じに見えた。

それで左側がウチの目的、アークテリクスのコーナーとなっておる。このブランドに精通してるわけでもないからよくはわからんが、どうやら前シーズンまでのモデルで型落ちしたものや廃番モデル、そしてちょっとしたダメージのあるアウトレット品を安く売っている模様。

バックパックもあちらこちらに無造作にかけられている。
SNAKEPIPEがFLY13を買う前にもうひとつ候補としていたのが、容量が少し多いSILO18というバックパックだった。実はROCKHURRAHが目をつけてたんだけど、個人的にワンショルダーの使い勝手に慣れてたので、両肩からかけるこのタイプは敬遠してたんだよね。SNAKEPIPEは逆に両肩からかける方がいいというので、それならピッタリというのがこのモデルだった。が、前に銀座に行った時は好みの色が品切れで比較出来なかったのがここには普通に売ってた。
大きさの割には細身で黒とオリーブドラブのような、ちょっとミリタリーっぽい感じがカッコイイ逸品。後でわかったけど今年のカラーにはないらしい。このバッグはFLYより定価も高く、リュックとしての機能性もより高い。上から下にかけて細くなってゆくというスタイル、そして後ろから見ると横に2本ストラップが配置されていて、ここで上着などを引っ掛ける事が出来る。
スタッフがさりげなく声をかけてきて「こちらの商品は3割引となっています」との事。おお、こりゃ安いと2人で喜ぶ。
ただ見に来ただけ、とか言いながらもうすっかり買う気満々でいるよ(笑)。

半額というアウトレット品も見てROCKHURRAHも何か欲しかったけど、ちょうどいいのが見当たらないんだよな。ゴアテックスやソフトシェルの薄手のジャケットが欲しかったんだけど、原色の派手なアウトドアっぽいのしかなくて残念、断念。
アウター類はアークテリクスよりももっと戦闘的なものを好むROCKHURRAHだから、好みのがないのも仕方ないけどね。
結局、常連みたいなのが結構うるさかったし我が物顔だったので、あまり長居もせずにSILOだけ購入して店を出た。FLYと同じ金額だったので得した気分。

しかし短期間でアークテリクスを3つも所持してしまったSNAKEPIPE。気に入ったのが手に入って良かったね。嬉しかったと見えて帰り道には「サイロ」「フライ」などと奇声を発しているよ(笑)。

出た後で実はメイン・スペースの右側、カーテンというかのれんのような布がかかっていた場所もあったと気付いた。もしかして予約の人以外には入れないというアークテリクスの秘密コーナーみたいなものか?もう買って満足したからそのまま帰ったけど、一体何だろう?

ここは一般的にはあまり流通してないLEAFと思われるバックパックやアウターなども置いてあるみたいだし、本国製であるメイド・イン・カナダの商品まである(最近のはフィリピン製)ので、マニアの人ならば楽しめる事間違いなし?

写真は今回購入したリュック2点。右のSILOは実際はもう少し渋いグリーンかな。右下は小さすぎて全然わからないけど噂のアークテリクス・キャンディだ。こういう細かいところに洒落っ気があっていいね、さすが我が憧れのカナダ。え?日本製なのか?

というわけで、長く書いた割にはアークテリクスのメイン商品に全然肉迫してない内容だったけど、実際のショップに行った事ない人には少しくらい参考になったのではなかろうか?

また何か興味深いところがないか探して、視察団も続けてゆきます。

【キューブリック監督作品「シャイニング」にも流用されたダイアン・アーバスの代表作】

SNAKEPIPE WROTE:

毎週ブログの記事を考える時に、頭をよぎっていた女流写真家の名前がある。
いつか書いてみたいと思いながらも、どこから書き始めたら良いのか迷い封印してきてしまった。
ついに勇気を出して記事にしてみようと思う。
こんなに大げさな前置きは要らないかな?(笑)
「好き好きアーツ」14回目の特集はダイアン・アーバスである。
もしかしたらアメリカで最も有名な女流写真家かもしれない。
写真やアートに興味がある人なら、大抵は彼女の作品を目にしたことがあるはず。
上の双子の写真のように、オリジナルは知らなくてもキューブリック監督作品の中で流用されたイメージとして鑑賞した人も多いと思うしね。
ダイアン・アーバスの作品はとても人気があるようで、オークションにかけられると高値がついている模様。
ちなみに上の双子の写真は2004年に478,400ドル、日本円にしてな、なんと3700万円という金額が付いたらしい!
これ、今の円高で計算してるからね。
2004年だったらもっと高い数字になってるはずだよね。

SNAKEPIPEは、かつて熱心に写真の勉強をしている時にダイアン・アーバスを知った。
一番初めに観たのがどの写真だったのか思い出せないけれど、もっとたくさんアーバスの写真を観たいと思い探し求めた。
そして写真だけではなく、アーバス本人にも興味を持ったのである。
「炎のごとく―写真家ダイアン・アーバス」という分厚い本も読んだしね。(笑)
写真だけではなく、プライベートなことまで突っ込んで知ってしまったせいか、余計にブログの題材として重たい気がして書き出せなかったのかもしれないなあ。
まずはダイアン・アーバスの略歴をまとめてみようか。

ダイアン・アーバスは1923年、ニューヨーク生まれ。
ニューヨーク5番街にあったRussek’sという有名なデパート経営者である裕福な家庭で育っている。
1941年、18歳でアラン・アーバスと結婚。
1945年には第一子を、1954年には第二子を出産。
左の妊婦の写真は、ダイアン・アーバスが妊娠したよ、ということを夫であるアランに知らせるために撮ったセルフ・ポートレイト。
この時夫のアランは陸軍信号隊の写真家として従軍してたからね。
それにしても「あなた!できたわよ!」と手紙で知らせるのではなく、こんなヌード写真を戦地に送るとはさすがダイアン・アーバス。
きっと届いた写真を観てアランも驚いただろうね!(笑)
この妊婦写真のカヴァーを確か長島有里枝が撮ってたなあ。
きっと妊娠が発覚した時に「絶対アレをやったる!」って思ったんだろうな。
同じようにデカパンだったように記憶しているよ。(笑)
1946年にアランとダイアンは二人で商業写真スタジオを始め、ハーパース・バザールやヴォーグなどのファッション雑誌に写真を掲載する。
1956年にダイアンは商業写真を辞めて、以前もやっていた写真の勉強を再開する。
彼女を有名にした「あのスタイル」の始まりはこの時からである。
そしてまたエスクワイヤーやサンデー・タイムズマガジンなどの雑誌に写真を発表する。
1958年に夫と別居、1969年には離婚している。
1967年、近代美術館で「ニュードキュメント」展に参加。
1971年に薬を飲み、カミソリで手首を切り自殺。享年48歳だった。

SNAKEPIPEが何故ダイアン・アーバスの写真だけではなくて、本人にも興味を持ち伝記本まで読んだのか。
それはどうしてフリークスを撮影するに至ったか、何故自殺してしまったのかという謎を解きたかったからである。
実は「炎のごとく」を読んだのはかなり前のことなのではっきりした記憶ではないのだけれど、何人もの知的障害者と触れ合っているうちに
「私は彼らのように無垢な人間になれない」
と劣等感を持ってしまったみたいなんだよね。
言葉にするのが難しいんだけど、ダイアン・アーバスはフリークスに憧れ、聖なる存在のように考えていたようなのである。
ダイアン・アーバスは健常者だから、どうしても障害のある人と距離があるのは当たり前なんだけどね。
48歳で亡くなるとは、非常に残念でならない。

数年前にダイアン・アーバスを題材にした映画が公開される、という情報は知っていた。
邦題も知らず、日本公開されたのかどうかも不明のまま何年も経ってしまった。
偶然DVDを発見した時には飛び上がって喜んだにも関わらず、鑑賞したのはそれからまた更に1年程経過してから。(笑)
手に入ったことで満足しちゃうことってあるよね?
そして「毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレート」(原題:Fur-an Imaginary Portrait of Diane Arbus 2006年)を鑑賞したのは、つい先日のことである。
「これは伝記映画ではありません」
と最初に断り書きがあった。
てっきりドキュメント風の映画だとばかり思っていたSNAKEPIPEなので、どんな話なのかさっぱり見当がつかないまま鑑賞する。
主演はニコール・キッドマン、多毛症のフリークス、ライオネル・スウィーニーを演じるのがロバート・ダウニー・Jrである。
1958年のニューヨーク、すでにアランと共に写真スタジオを始め、二人の娘も成長している。
前述した年表から1958年というのは夫と別居した年になっているため、その年に焦点を当てたんだろうね。
鑑賞を進めるうちに「伝記映画ではない」理由が判ってくる。
同じアパートメントに越してきた男・ライオネルの家を旦那に内緒で訪問するダイアン。
初めて見た時から怪しい男だと思っいたのに、何故か写真のモデルをお願いしに行く。
そして彼が世にも不思議な多毛症という病気であることを知り、益々ライオネルに惹かれていくのである。
ダイアン自身が秘密にしていたフリークスへの強い興味が、この時開花する。
家事や育児は放棄、朝帰りは当たり前という、母親でも妻でもない「女」という役割だけに専念するダイアン。
一応言い訳は「ご近所さんの写真を撮るため」だったんだけど、写真活動もほとんど行なっていないんだよね。
そしてライオネルの紹介で大勢のフリークス達と友達になるダイアン。
フリークス達を勝手に家に呼び込み、パーティを開いたりする。
これに夫が黙っているわけないよねー?
夫や子供達を裏切るような行為はいかがなものか?
あまりの身勝手さに別居も当然だろう、と思ってしまう
フィクションで良かったなあ。(笑)

それにしてもライオネル、外出する時には頭にマスクをかぶり怪しい人物この上なし!
家の中ではマスクを脱いで毛むくじゃらのままなんだけど、これが「スターウォーズ」のチューバッカそっくり!(笑)
部屋の装飾も不可思議なモノがたくさんあったり、フリークスの写真を写真立てに入れて飾っていたりする。
ちなみにライオネルが住んでいるのはアパートメントの最上階なんだけど、地下にも怪しい人物が住んでいる設定である。
自分が住んでるアパートメントがこんなに謎だらけってすごいよね。(笑)
恐らくこの映画の監督であるスティーヴン·シャインバーグは、デヴィッド・リンチにかなり影響を受けているように感じたね。
音の使い方と、小さな隙間をクローズアップしていく手法はまるで「イレイザー・ヘッド」でのラジエーターのシーンみたいだったからね!(笑)

映画の中でダイアンが
「5歳の時に顔に大きなアザがある男の子に出会って興味を持った」
「あの男の子はとてもキレイだった」
と後の嗜好に通じる話を語るシーンがあったのが印象的だった。
映画のところどころにダイアン・アーバスの写真を彷彿とさせるシーンを盛り込んだところも「なるほど」という感じ。
ライオネルを通じてフリークス達を知ることになる流れも、その後のダイアンの写真活動を解りやすくしたんだろうね。

小人、 巨人、性倒錯、ヌーディスト、サーカスパフォーマー、知的障害などの逸脱し規格外の人々を心から美しいと感じ、正面から向き合い、同化したいとまで願った女流写真家ダイアン・アーバス。
彼女と全く同じ気持ちになれる人は少ないのでは?
ただ被写体と撮影者の距離の近さがなければ表現できなかったであろう、写真としての力強さとインパクトの凄さは、SNAKEPIPEも存分に感じることができる。
フリークスと同じ目線で生きていきたいと願ったダイアン・アーバスの仕事は、恐らく誰もマネすることができない境地だろうね。
今まで一度もダイアン・アーバス展を鑑賞したことがないので、機会があったら是非行ってみたいものだ。

【私的パワーポップを表現して作ってみたが、意味不明】

ROCKHURRAH WROTE:

前回は特に詳細な解説を書いたわけでもないのに、たった4つのバンドしか紹介出来なかった。一体どんなところに無駄な文章を費やしているのか検証してみたが、自分の欠点は自分ではわからないもんだな。特に問題ないという事で今週も進めてみよう。

というわけでパワーポップ編の第2部だ。とは言ってもWikipediaの「パワーポップ」の項で述べるようなバンドはROCKHURRAHとしてはほとんど興味ないような部類が多いね。世間一般もROCKHURRAHもどっちも勘違いはしてないと思うけど、自分がそう思うようなバンドだけをピックアップしてゆきたい。

Skids / Charade

この「時に忘れられた人々」の第1回でも特集したスキッズ。前回の最後に書いたレジロスと同じくスコットランドのバンドだ。彼らがデビューしたのはロンドン・パンク第2世代くらいの77年なんだが、もう初期の頃からパワーポップと紙一重の音楽を完成させていた。だからパワーポップ編にエントリーしててもおかしくはないだろう。今回はスキッズだけを深く掘り下げて書くつもりではないから、どんなバンドか知らない人はこちらを読んでみてね。

スキッズの最大の武器で特徴はいかにもスコットランドのバグパイプ風曲調をギターで演奏する雄大なスケールの曲なんだが、こちらの方はパワーポップというニュアンスよりはもっと正統派のロックな感じがするので、今回は敢えてもっと80年代ポップ風の曲を選んでみた。スキッズのアルバムは3枚目までが大体同じ路線でこういうパワーポップ風の曲、ちょっと陰影のある壮大な曲、そして応援団風の元気ハツラツな曲がバランス良く収録されていて、どのアルバムを聴いてもハズレなしの完成度だ。4枚目だけが異質で通常のロック要素がない、トラッドに傾倒した円熟の世界が展開するもの。パンクとかパワーポップ目当ての人がいきなりこのラスト・アルバム「Joy」を買うと吃驚仰天なのは間違いない。

さて、この曲は個人的に最も好きな2ndアルバム「Days In Europe」に収録のヒット曲だ。最初はビー・バップ・デラックス、レッド・ノイズのビル・ネルソンがプロデュースしていて、シンセサイザーが入りすぎ=スキッズっぽくないとの事で後にミック・グロソップがプロデュースし直したのが一般的に普及している。けど、オリンピックなレトロ・ジャケットとビル・ネルソン色が濃いアレンジはやっぱり素晴らしい。 プロモもちゃんとあるんだけど、今回は「トップ・オブ・ザ・ポップス」出演時の映像。これがリチャード・ジョブソン自慢の黄色いジャンプスーツ(宇宙服?)だ。「宇宙家族ロビンソン」もビックリ。そして注目すべきは2ndアルバム時のドラマー、ラスティ・イーガンだろう。リッチ・キッズ、そして後のヴィサージでも活躍するニュー・ロマンティックの重要参考人なんだが、この時の髪型が「ヤンキー烈風隊」を彷彿とさせるもの。70年代後半の小倉(ROCKHURRAHの出身地)には服装だけパンクでこういう髪型のがいっぱいいたなあ。 この曲以外にも元気になれる名曲がたくさんあるバンドなので興味ある人は調べてみてね。

Fingerprintz / Tough Luck

スコットランドばかり続くけど、こちらのフィンガープリンツもまたまたスコティッシュ。 後の時代のネオアコ、ギターポップでもスコットランドは産地だったから、良質なポップが生まれやすいのかもね。 こちらは日本ではほとんど無名に近いバンドだけど、いつもビックリしたような顔をしているジミー・オニールによる70年代後期のバンド。後にサイレンサーズというバンドが少しヒットしたから、その関係で知られる程度。

前回XTCの項でも書いたけど、70年代後半、ニュー・ウェイブ初期の頃のヴァージン・レーベルは良質のバンドをたくさんリリースしていたものだ。その中でもROCKHURRAHが勝手に御三家だと思ってるのがXTC、マガジン、スキッズなんだが、このフィンガープリンツもヴァージン・レーベルで御三家の牙城を崩すべく頑張ってきた中堅バンドという印象がある。ただし知名度ないって事はそれら御三家には全然及ばなかったというわけだが。 聴いてわかる通りジミー・オニールの歌はヴォーカルに個性と魅力ある上記のバンドと比べるとはなはだ頼りなく、今の言葉で言うならヘタレという形容がピッタリのもの。以前に当ブログ「軟弱ロックにも栄光あれ」という記事で紹介した時に「曲はすごく良くてパンクというよりはパワー・ポップ系なのにパワーないぞ、というところが魅力」と書いたが、まさしく言い得て妙。うまいなあROCKHURRAH(自画自賛)。

この曲は彼らの1stアルバム「Very Dab」に収録された代表曲。世紀の名曲「Hey Mr.Smith」もこのアルバムに収録されているからどちらにしようか悩んだが、よりパワーポップっぽいこちらを選んでみた。何度聴いてもヘナチョコな声がたまらんなあ。

The Undertones / My Perfect Cousin

あれ、また「軟弱ロックにも栄光あれ」で書いたのと同じバンドが出てきてしまった。パワーポップと言いながらも違う路線に行ってるんじゃないか? アンダートーンズはアイルランド出身のパンク・バンドだが、見た目や声がパンクの典型的なものとはずいぶん違うから、パンクとして語るよりはパワーポップの方が違和感ないような気がする。 いつも中途半端な7:3の長髪と60〜70年代の大学生(もしくは予備校生)っぽいファッション・センス、そして甲高いヴォーカルが最大の特徴であるフィアガル・シャーキーを中心としてパンク第二世代で大ヒットしたから、知ってる人も多いだろう。 短くてキャッチーな名曲はどれもポップ・ソングの見本のようだし、後にソフトなサイケデリックっぽくなってゆく過程もファンが多い。

この曲は彼らの2ndアルバム「僕のいとこはパーフェクト」に収録されている。初期に代表曲が多いからこの2ndはそんなにシングル・ヒットはないんだが、後のギターポップのファンが聴いても納得出来る良質な曲がギッシリ詰まっている。しかし改めて見るとよくこの風貌でトップ・バンドになれたな。クラッシュやピストルズとかが持ってるオーラとは全く別次元でロック・スター要素は皆無、隣の普通のお兄さんが売り物だったのか?

The Neighborhoods / Prettiest Girl + No Place Like Home

よし、最後はこれ。今回の企画で初めて書くアメリカ、ボストンのバンドだが、この後にレモンヘッズやチューチュー・トレイン、ヴェルベット・クラッシュあたりに続いてゆくアメリカン・パワーポップについて書く気はまるでないから、これだけで許してね。

ネイバーフッズ、知ってる人は少ないと思えるが70年代後期にデビューしたバンドだ。ROCKHURRAHも大昔に偶然手に入れただけのただの通りすがり。このバンドについては初期の頃の印象しか知らないが、実は長く続けてるようでちゃんと公式サイトもあったから逆にビックリ。 ジェットコースターに乗ってバンザイしてる子供っぽいジャケットだったからなめてかかったが、音を聴いてガツンときた。初期のジャムを聴いた時のような勢いのあるタイトな演奏と曲。ジャムと同じく3人組なんだが、まさかアメリカのバンドとは思えなかった。

シングル1枚所持していただけで、その後自分の音楽志向も変化していったから追い求める事はなかったが「No Place Like Home」はよく人に作ってあげたベスト盤に入れてたもんだ。その時の映像がこれなんだが、当時は動いてる姿も知るはずもなく、数十年経って久々にこの曲に再会したわけだ。 まるでギター初心者用セットみたいな水色ストラトキャスター、ベースの軽薄なシマシマ、そして盛り上がった変な髪型。映像だけ見るとかなり素人っぽいが実は場馴れした演奏で、初期ジャムが好きな人なら感銘を受ける事間違いなし(特に2曲目)。最後のドラムを蹴倒すところもカッコイイね。髪型とベースのシマシマがなかったらもっと点数高かっただろうに。

今回もやっぱり4バンドか。一言コメントじゃないから一日にかけるのはこの程度が限度だね。書いてる本人が飽きてきたしパワーポップはここまで。多くの人々が語るパワーポップとは少し違っていただろうし、大半が単なるポップなパンク・バンドなんじゃなかろうか?とも思った。無理やり捏造したパワーポップという曖昧なジャンルだから記事も無理やりだけど、こういう路線が好きな人には少しはタメになったんではなかろうか。 ではまた、サバラ(古い)。

【まるで楳図かずおの世界!とROCKHURRAHが称したドロテア・タニングの作品】

SNAKEPIPE WROTE:

面白そうな企画展や展覧会情報を検索しているものの、これは!というものに巡りあうことは珍しい。
今年は当たりの年なのか、ロトチェンコマックス・エルンストの展覧会を鑑賞し、充足感を得ることができた。
それでもまだまだ冷めない鑑賞欲!(笑)
もっといろんな作品を知りたい、観たい、ドキドキしたい!
展覧会がないならネット上で探しちゃうもんね。
ということで、今回のSNAKEPIPE MUSEUMは先日鑑賞して大ファンになったマックス・エルンストの妻であるドロテア・タニングについて書いてみたいと思う。

Wikipedeaの記事に「日本では、サルバドール・ダリルネ・マグリットジョルジョ・デ・キリコらの人気の高さに比して、やや過小評価されている感があるマックス・エルンスト」と書かれているけれど、その妻であるドロテア・タニングなんて本当にほとんど紹介されてないんだよね。(笑)
いや、実はSNAKEPIPEもドロテア・タニングご本人はマン・レイの写真で知っていたけれど、作品についてはよく知らないというのが正直なところ。
検索してみるとなんとも幻想的な世界をお持ちのアーティストということが分かって、興味津々になってしまった!
自分のためにもドロテア・タニングについてまとめてみようか。

ドロテア・タニングは1910年アメリカのイリノイ州生まれ。
1935年にニューヨークに移り住み、MOMA(ニューヨーク近代美術館)でダダとシュールレアリズムに目覚めたらしい。
どうやらタニングはファッション広告の商業イラストレーターだったようで、シュール的要素を取り入れた作品を手がけていた模様。
それがメーシーズ(ニューヨークに本部がある百貨店)のアートディレクターの目に留まり、ニューヨークで個展を2回開催(1944年と1948年)。
そのアートディレクターからニューヨークで活躍するシュールレアリズムのグループを紹介してもらったらしい。
そのグループの中にいたのが、後に夫となるマックス・エルンストだった!
偶然は必然、という言葉がぴったりの運命的な出会いだったんだね。(笑)
マックス・エルンストと1946年に結婚。
この結婚式はマン・レイと妻ジュリエットとのダブル・ウェディングだったらしい。

マックス・エルンストとドロテア・タニングの年の差、19歳。(計算してしまった)
そして以前書いたようにマックス・エルンストはこれが4回目の結婚。(笑)
細かいことは抜きにして、上の写真からとても幸せそうな2組のカップルの様子が判るよね!
芸術的な会話をしながら食事したりして、生活そのものがアートだったんだろうなと想像する。
なんとも楽しそうで羨ましい関係だよね!

ドロテア・タニング自身の撮影をしていた人達っていうのも大物ばかりでびっくりしちゃうんだよね。
マン・レイ撮影というのは前から知ってたけど、それ以外にもアンリ・カルティエ=ブレッソンリー・ミラーアーヴィング・ペンなどなど写真界の大御所の名前がズラリ!
マックス・エルンストの交友関係は当然ながら、全て同じようにつながるもんね。
ドロテア・タニングも、まるで50年代のハリウッド女優のような風貌だから、モデル向きだったともいえるよね。
なんて、素敵な時代なんでしょ!(笑)
結婚生活30年の1976年にマックス・エルンストが85歳で死去。
この時、タニングは66歳くらいだったのかな。
それをきっかけにドロテア・タニングはフランスからアメリカに戻る。
なんとも驚くべきことに、それから先もずっと創作活動を続けたんだね。
2012年、今年の1月に101歳で死去。
芸術に一生を捧げた、情熱的な女性だったんだね!


ドロテア・タニングのHPにはタニング誕生の1910年から2011年に発行されたタニングの書籍の紹介までの全ての仕事が紹介されている。
年代ごとにスタイルを変化させたり、絵画だけではなく彫刻や版画を手がけたり、作家としても活躍していた様子。
上の写真は「Poppy Hotel, Room 202」(1970-1973年)という作品である。
織物、羊毛、合成毛皮、ボール紙とピンポン球を組み合わせて作られた現代アートになるのかな。
子供時代に聴いた1920年代のヒット曲からインスピレーションを得た作品みたい。
どうやらシカゴ・ギャングの妻が服毒自殺をしたホテル202号室について歌われた内容みたいなんだよね。
In room two hundred and two
The walls keep talkin’ to you
 I’ll never tell you what they said
 So turn out the light and come to bed.
これが歌詞みたいなんだけど、誰か上手に訳してくれるとありがたいな。(笑)
情念や怨念などの「念」が封じ込められたホテルの一室。
人なのか、椅子なのか形の定まらない不可思議な物体の存在感。
壁に掛かっている謎のピンク色は、まるで女体の半身トルソーのように見えるし。
この不気味な感覚はとても好きだな!

トップに載せた油絵も不穏な雰囲気の幻想絵画だよね。
これは「Eine Kleine Nachtmusik」(1943年)という、これもまたホテルが舞台になっている作品なんだよね。
夜のホテル。
いくつもの寝室が近くにあるのに、他の部屋については何も知らない。
同じ館にいるのに、都会と同じ疎外感を感じる。
暗い影が何かの形に見えてしまうことがある。
血の色のカーペット、残酷な黄色、逆立った黒髪。
向日葵は花の中で最も攻撃的だ。
悪い想像は悪夢になって襲ってくるかもしれない。

ドロテア・タニングの作品は、年代によって変化はあるけれど、全体的に観る者を不安な状態に陥らせる。
そこに魅力を感じるのはSNAKEPIPEだけではないだろう。
そして沸き立つ芸術欲が全く失われることなく、長い年月の間創作を続けていたところも尊敬しちゃうよね!

今年が亡くなった年、ということで回顧展は開かれないのかな。
もしどこかで開催されるようなら是非、全貌を鑑賞してみたいものだ。