Monthly Archives: 10月 2012

【一段低い扱いのせいか、たぶんまだいなさそうな半魚人バンド。】

ROCKHURRAH WROTE:

前に予告した通り、今回も色んなものになりきったバンドたちを紹介してみようか。

近年は狼のかぶりものをしたバンドとかもいるくらいだから昔に比べるとずっとなりきりバンドも多いのかも知れない。しかしROCKHURRAHの場合はあくまでも70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブに焦点を絞った記事ばかりしか書かない事で一部有名なので、コスプレ・バンドのルーツも未来も全然見据えてないのは間違いない。要するに考察とか総括とかには無縁だと思っててけれ。

パンクやニュー・ウェイブ以降の時代は音楽と同様に見た目に対するこだわりを持ったバンドが数多く出現した。すぐに飽きられてしまう危険性はあるものの、話題になりやすいというメリットもあったのは事実。 確かに80年代あたり、すごく派手だったのに全く話題にもならなかったバンドは少ないからね。しかし考えてみたら全く話題にならなかったらこちらが知る事もないのか? ROCKHURRAHが特に見た目を重視してるわけじゃないが、今回のブログの趣旨が見た目なので、その辺の事情は何となくわかってね。 では第二部、行ってみようか。

Visage / Mind Of A Toy

色んなものになりきったという点では忘れちゃならないのが、1980年代初頭にブームとなったニュー・ロマンティックスというムーブメントだ。これはグラム・ロックの80年代ヴァージョンとも言えるが、特定の音楽ではなく、男性が化粧をしたり着飾ったバンド達の総称だと言える。
主流は当時の先端だったダンサブルなエレクトロニクス・ポップなんだが、シンセサイザーなどをほとんど使わないアダム&ジ・アンツのような音楽までニュー・ロマンティックスの一極にあり、要するに着飾ってさえいれば何でもこのジャンル呼ばわりされていた。 ほんの一時期で廃れるかと思いきや、後の時代まで語り継がれるようなバンドまでここから出現して、案外層が厚いのが特色。80年代にはいかに化粧バンドが多かったかがわかるね。 具体的に何かの扮装をしたバンドは少なかったけど、仮装バンドの総本山がニュー・ロマンティックスだったのは間違いない。
ヴィサージはそういうムーブメントの元祖的存在で、リッチ・キッズやマガジン、ウルトラヴォックスなどが合体したメンバーも一流、まさに音楽のブランド品みたいなもんか。

これはなりたい願望と言えるのかどうか、中心人物のスティーブ・ストレンジが操り人形という難しい役どころに果敢に挑戦している。 「あいつを操り人形にしたい」と思う人はいるだろうが、その逆だからね。
と思ったら、操り糸を切って自由になった、でいいのか?歌詞がわからないから映像で推測してるだけなんだが、野坂昭如が作詞の「おもちゃのチャチャチャ」の英国版という感じだね。
こんな少年のような映像が残ってるスティーブ・ストレンジももはや50代の美壮年。かつて同時代をくぐり抜けてきたアダム・アントもボーイ・ジョージもピート・バーンズも見る影もないおっさんになってしまったなあ。全盛期がきれいだったから余計にやりきれないね。 ROCKHURRAHやSNAKEPIPEはかっこいい爺ちゃん婆ちゃんになりたいものだ。

The Residents / Constantinople

どこから由来のものなのかは全く不明だが、日本人だったら間違いなく「ゲゲゲの鬼太郎」における目玉おやじをすぐに連想するだろう。
レジデンツは1960年代から音楽活動を続ける(デビューは70年代半ば)アメリカの実験的、前衛的な音楽集団で、そのトレードマークがこの目玉おやじのコスチュームなのだ。
ジャケット写真だけではなく本当に常にかぶりものをしていたらしく、目玉以外でもクー・クラックス・クラン(KKK=白人至上主義の秘密結社)のような三角形のずきんをかぶったり、さらに奇妙な宇宙人のようなマスクをしたり、得体の知れなさではトップクラスのバンドだと言える。◯◯になりたい!という願望とは趣旨が違うのかも知れないが、コスプレ・バンド特集でこのバンドをすっ飛ばすわけにもいかないから書いておく。

音楽性は通常のロックやポップ・ミュージックとは大きくかけ離れているグニャグニャなものだが、前衛的とは言ってもそこまで聴きにくいという部類ではない。
同じアメリカで数年遅れにデビューしたDEVOはレジデンツの路線をより大衆的にわかりやすく展開したと言えるだろう。
個人的に好きだったのはアヒルの首を持ったイラストが不気味な「Duck Stab」やナチス風刺漫画のような「Third Reich ‘N’ Roll」だった。この頃は情報も少なくてジャケット買いで失敗した事も多数だったけど、レジデンツは知って良かったバンドだったなあ。

The Damned / Love Song
ホラー映画ではなく大昔の怪奇映画の中でも、フランケンシュタインの怪物と並んで大スターなのが吸血鬼ドラキュラなのは間違いない。
そして70年代パンクの幕開けと共に登場したダムドこそが後の化粧バンド、仮装バンドの直接的な元祖なのは間違いない。 その前の時代のグラム・ロックや「ロッキー・ホラー・ショー」なども化粧で仮装だったけど、ダムドの場合は曲と見た目のインパクトが桁違いにカッコ良かったからね。まあこれは個人の好みの問題もあるけどな。
そのダムドのデイヴ・ヴァニアンは時代によって少しずつ変わってはいるけど、ずっとドラキュラ風というスタイルを貫き通している。 好きなもの、似合うものがずっと変わらないという生き方自体が偉業だと思えるが、そんな彼の代表的な映像が下のものだ。

誰が見てもドラキュラ・ルックの典型的なもの。常人がマネしようと思っても到底出来ないほどの美学だな。
これはテレビ出演の映像で楽器演奏してるフリだけだが、初期パンク・バンドの中でも最も演奏力は高いし、ライブのメチャクチャ度合いも素晴らしい野郎どもだ。横のキャプテン・センシブルのモコモコ衣装もすごいね。こんなモコモコ着てもパンクだったのはキャプテンだけだよ。 ドラキュラと言えばこの少し後のバウハウス、ピーター・マーフィーも同じ路線だったけど、全員のアグレッシブさ、派手さでダムドの方に軍配が上がるな。

The Mummies / Uncontrollable Urge
「マンスターズ」や「アダムス・ファミリー」「怪物くん」の例を出すまでもなく、ドラキュラ、フランケンシュタイン、狼男などの花形モンスターに比べ、一段低い扱いを受けているのがミイラ男や半魚人といったモンスター達だ(上記の例に出てたかどうか全然覚えてないが)。
見た目のインパクトはあるもののどう考えても顔出し一切なしだもんな。顔を売るのが仕事の俳優が好んでやる役とは言いがたい。大昔のプロレスラーにザ・マミーなるミイラ男がいたが、あれはハナから顔を隠した覆面レスラーだから正体不明な方が効果的。
というわけでショウビズの世界ではミイラ男=
①正体は大物だが顔を隠す事情があった人
②自分自身では人気になれないから素顔を捨てた人
③何となく
という事になるのか?ん、ならない? そんな損なミイラ男に果敢に挑んだのが80年代アメリカのガレージ・パンク・バンド、マミーズだ。
メンバー全員が包帯グルグル巻にしてミイラ男なんだが、特に有名バンドが覆面でやってたわけではなさそう。こういうかぶりものは誰でも考える思いつきで、そのインパクトも一瞬だね。 宴会芸みたいなもんだ。

映像ではDEVOの有名な曲を割と誰でも考えそうなアレンジでカヴァーしている。 もうこのバンド名でこの見た目だったらガレージかサイコビリーくらいしか考えられないでしょう、という音楽。見る前から想像ついてたよ。
しかし一発芸で終わるはずのこのコスチュームをずっと続けていて、レコードのアートワークなどもいかにもこだわった50年代風。あゝ永遠のB級。 これはこれでROCKHURRAHの好きな世界だよ。

Demented Are Go! / Lucky Charm
「◯◯になりたい」という願望の中には現実世界で見かける職業や制服といったものよりも、やはりどうあがいてもなれないシロモノに対する願望の方が多いような気がする。
中でもゾンビや死体といった系列は誰でも将来的にはなれるという気はするが、生きている今、自分の目では見れないというジレンマがあり、コスプレで願望を満たすしかないのは確か。
そういうゾンビ願望(?)はサイコビリーという音楽の世界ではかなりポピュラーなもので、見た目もゾンビ映画の影響(を受けたバンドが多数)、音楽の方も歪んだエグいロカビリー。なぜかやってるカヴァー曲とかもみんな似通ってしまうという特異な音楽ジャンルなのだ。
みんなもう少しオリジナリティに頭を使おうよ、と思ってしまうが、同じテーマに挑戦する競作みたいなものなのかね?
そんなサイコビリーの世界でゾンビ・メイクの元祖と言えばやっぱりディメンテッド・アー・ゴー!、このバンドを挙げないわけにはいかない。
このバンドの主人公マーク・フィリップスはいかにもワル顔で人目を引くイケメン(1980年代初頭は)だったが、選んだ世界が暴力的で病的なサイコビリー畑。地獄の底からの咆哮のようなダミ声と、他のサイコビリー・バンドよりも一歩抜きん出たゾンビ・メイクのセンスで一躍有名となった。本当に一度聴いたら忘れないだけのインパクトを持ったヴォーカルで好き嫌いは抜きにしても強烈な個性があるのは間違いなし。
さらにそんな美形を台無しにする血みどろメイクや敢えてやるか?と思える傴僂コスチューム。サイコビリーの世界でやりたい放題が流行ったのは何と言っても彼らの影響が大きいはず。

映像は初期ではなく、今年のプロモ映像だとの事。もう随分老けてしまったはずだが、今でもやっぱりこんな事やってるのか。死体メイクでの撮影の模様をコミカルに表現した面白いPVだな。単なるゾンビではなくて頭に五寸釘だよ。並の神経ではマネ出来ないね。
彼らがデビューした80年代前半と比べると特殊メイクも随分と進歩してる、と言うよりは彼ら自身のなりきりぶりが進化してるのかも知れないね。

というわけでちょっと衣装を買い揃えればなれる程度の仮装、そうとう無理しないとなれない気合の入ったコスプレまで、秋葉原文化とは全く無縁のROCKHURRAHが書いてみた。

こういったバンドはいくらでも存在してるとは思うけど、とりあえず自分の気が済んだので、今回はこれでおしまいにしよう。 ROCKHURRAH自身は何になりたいかと聞かれれば、見た目ではなく、ヒマで余裕のある趣味人になりたい。

ではまた次の登場の機会まで。

20121021_top【これがTHE ROTTERS CLUBね!】

SNAKEPIPE WROTE:

ついに鳥飼否宇先生の最新作が発売された!
今か今かと待ちわびていたSNAKEPIPEとROCKHURRAH。
前回鳥飼先生の作品について書いたのが2011年9月のこと。
好き好きアーツ!#8 鳥飼否宇 part3 –物の怪–」としてまとめさせて頂き、鳥飼先生ご本人からコメントを頂戴する、というファン冥利に尽きる経験をさせて頂いたんだよね!
そしてまた今回の新作についても拙いながらも、ブログで感想を書いてみようと思っている。

鳥飼先生の新作のタイトルは「妄想女刑事」!
もうこのタイトルを聞いただけで、「あっち系の路線かな?」と勝手に想像してしまったSNAKEPIPE。
そう、あっち系とは先生の小説の中に登場する「増田米尊」のこと!
興奮すると頭の回転が速くなり、スラスラと推理を展開し事件を解決に導いてしまう増田教授。
SNAKEPIPEは増田米尊も大好きなんだよねー!(笑)
妄想する女ってことは、まさか増田米尊の女バージョンかいな?

新作の主人公、妄想する女の名前は宮藤希美。
日本人の女性にしては長身、痩せ型、ベビーフェイス、ショートカット。
知性と運動能力を兼ね備えている29歳、と聞くと
「ドラマに出てくる感じの女刑事」
と思ってしまうけれど、宮藤希美には黒いセルフレームのメガネと酒好きが加わる。
この2つが加わったことで「妄想女刑事」になるのである。
実はSNAKEPIPEも、ド近眼で激しい乱視のため、長い年月ハードコンタクトレンズを使用していた。
ところがハードコンタクトレンズは目にゴミが入ると激しい痛みと共に、涙がボロボロ!
化粧まで崩れてしまい、大変な思いをすることがしばしば。
ここ数年は、ほとんどコンタクトの使用を控え、メガネにしているのである。
宮藤希美と全く同じ黒いセルフレーム!(笑)
「一般人とはかけ離れたセンスのダサいフレーム」
と書かれていて、ショック!
宮藤希美とSNAKEPIPEは同じ感覚の持ち主なのかも?(笑)

その宮藤希美とコンビを組むのが、42歳の独身で、福々としたほっぺたを持つ美少女マニアの荻野正則である。
この荻野正則を表現する際に用いられたのが、七福神。
「恵比寿さま、もしくは布袋さま、あるいは大黒さまに似ている」とのこと。
確かにこの区別を付けられる人ってあまりいないよね?
20121021-01
Wikipediaで調べてみたら上の画像を発見。
ちょっと編集して並べてみたんだけど、どお?
やっぱり区別つかないなあ。(笑)

更に「マントヒヒの尻のような顔」って表現もあったから、こちらも画像検索。
ははあ、なるほど。
マントヒヒの尻っていうのは、出っ張っているんだね。
しかもその部分だけ毛がなくてむき出しでピンク色なんだ!
うーむ、こんな赤ら顔の40男で美少女マニアというのは、かなり不気味かも。(笑)
そんな荻野正則と宮藤希美がコンビを組んで事件を解決していくのである。

※注意して書いているつもりですが、万が一ネタバレになる記述があった場合はお許し下さい。

事件ファイル1 独身中年ゴシチゴ暗号事件

「マントヒヒの尻のような顔」こと荻野正則の元に、かつての同級生であり、親友でもあった福井義男から、意味不明の手紙が届くことから話が始まる。
事件ファイル名にある「ゴシチゴ」とは、「五七五」、つまり俳句のこと。
その謎の手紙は、俳句のような文章の羅列だったのである。
事件ファイル1にはたくさんの俳句や俳人の名前が登場する。
ほとんど俳句の世界について知らないSNAKEPIPEなので、自由律俳句というジャンル(?)にはびっくり。
「定型から自由になろうとすることによって成立する俳句」のことを指すらしく、感情表現が重要な世界みたいだね。
小説内に出てくる自由律俳句を読んでいると、一行だけの詩のようにも感じてしまう。
「単なる一行詩がそのまま自由律俳句となるわけではない」と、Wikipediaに注意書きされているので、難しいところだね。(笑)

鳥飼先生の作品は人名がユニークで、かつて「 好き好きアーツ!#8 鳥飼否宇 part2」では「爆発的」の登場人物の名前当てクイズに挑戦したSNAKEPIPEとROCKHURRAH。
今回の作品では、人名は県名にされてることが多かったね。
荻野正則の親友は福井、福井のアパートの住民に千葉、富山、石川。
宮藤希美の先輩女性刑事の名前まで秋田汐里、と県名になってるね!

そしてとても興味深かったのが、宮藤希美のキテレツで珍妙な推理の中に横溝正史作品からインスパイアされた説を展開している点。
事件ファイル1には「獄門島」(とははっきり書かれていなかったけれど)が登場していた。
確かに「獄門島」も俳句が出てきた事件だったよね!
言うまでもなく、横溝正史のトリックをそのまま使った作品ってことじゃないので、あしからず。(笑)

宮藤希美の当てずっぽうな推理や荻野正則との会話のやり取りはとても楽しく読めたけれど、メインであるはずの(?)事件の解決はあっさりしていてびっくり!
「やだっ、解けちゃった!」という言葉が宮藤希美から飛び出す。
これがこのシリーズに必ず出てくる宮藤希美の決め台詞なのである。

事件ファイル2 通勤電車バラバラ殺人事件

JR山手線内で切断された男性の左腕が発見される。
そしてまた都営大江戸線内でバラバラ遺体が発見されるのである。
こんなニュースを聞いたら「何事か?」と耳をそばだてること間違いないだろうな。
確かに日本人は野次馬が多く、猟奇殺人事件が好きなのかも。

長野、山口、福岡、志賀、奈良、徳島、逢坂(おうさか)、若山(わかやま)、とまたもや県名を人名にした人物達が登場する。
大阪や和歌山では無理があるため、違う漢字が充てられてるのがミソ!

そして今回もまた横溝正史作品「蝶々殺人事件」を持ち出す宮藤希美。
酒を飲み、酩酊状態になったところで繰り広げるトンチンカンな迷推理も相変わらずである。

事件ファイル2で、「グランドホテル方式」とでも言うのか、昔観た「ショート・カッツ」という映画を思い出した。
注意深く読んでいかないとね!(意味深発言)

事件ファイル3 日本観光コスプレ変死事件

もうこのタイトルからして、「鳥飼先生らしい!」とニヤリ。(笑)
詳しくは書かないけれど、ベルギー人の被害者が発見された時の様子が笑ってしまうような状況なのである。
変死体なのに笑ってしまう、というこのあたりのバランスが絶妙だよね!
そしてまたこの変死事件を担当するのが、宮藤希美と荻野正則のコンビなのである。

美少女には目がない荻野正則は、美少女フィギュアをコレクションしたり、アイドルのコンサートに足を運んだりする40男。
当然のように美少女アニメにも詳しいことから、事件解決に向けたヒントを出す場面が非常に面白かった。
「ナース戦隊看護レンジャー」って、本当にありそうだもんね?(笑)
その荻野正則の趣味のせいで、コスプレさせられるハメになる宮藤希美は災難だったけど!

香川、宮崎という人物が登場する。
今回は「本陣殺人事件」が会話の中に出てくる。
エルキュール・ポアロはベルギー人だったんだっけ?
アガサ・クリスティ読んでたのは中学時代だったなあ。
懐かしい名前を目にしたよ!

今回も記憶力を試されている感じね。(笑)

事件ファイル4 先輩刑事モンペで殉職事件

今回の事件4はタイトルだけですでにいくつかの情報が入ってるよね。
「先輩刑事」「モンペ」「殉職」。
上述した中に「先輩」という言葉を使っているし、「殉職」という言葉も組み合わされていると「もしかして?」と想像してしまう。
「モンペ」だけは謎!(笑)

岡山、宮城が今回の登場人物。
こうしてみると確かに県名が苗字になってることって多いんだね。
横溝正史作品は「悪魔の手毬唄」!
市川崑監督の映画を観た時に、SNAKEPIPEが一番怖かったのは「原ひさ子」!
正座をすると腰が曲がってほとんど畳につきそうなのに、毬をつきながら歌うんだよね。
恐らく毬が弾む距離は10cmくらいだったのではないだろうか?
今でもあのシーンを思い出すと怖くなるよ。

おおっ、またもや記憶力テストだ!
実を言うとSNAKEPIPEは2回読んでから感想をまとめている。
1回目はストーリーを追うことに集中。
で、2回目になってから県名と記憶力テストについて確認しながら読んだんだよね。(笑)

事件ファイル5 世界遺産アリバイ幻視事件

アメリカ人ドキュメンタリー映画監督が、杉並区で起きた殺人事件の重要被疑者として防犯カメラに写っていた。
しかし当の本人は小笠原諸島にいた、とアリバイを主張。
そのアリバイ崩しを目的に、宮藤希美と荻野正則コンビが小笠原諸島の母島に出向くことから話が始まるのである。

母島にある「ペンション乳房山」という名前がおかしい!
英語にすれば「ペンション・ツイン・ピークス」なんだよね。(笑)
ありゃ、でも本当に「乳房山」があるとは知らなかったよ。
宮藤希美が疑問に感じた「父島で一番高い山の名前」については、SNAKEPIPEも同感だった。
調べてみると…えっ、朝立ち山?本当?(笑)

長崎、熊本とまた県名の苗字が登場。
そして横溝正史作品は「八つ墓村」である。
SNAKEPIPEが観たのは野村芳太郎監督版なので、残念ながら金田一耕助役は渥美清だったんだよね。
渥美清はやっぱり寅さんだから、なーんか違う!
SNAKEPIPEが一番馴染み深いのは、石坂浩二が演じる金田一。
石坂浩二で「八つ墓村」が観たかったなあ!

事件ファイル5の最後の最後でまた「あれ?」と思ってしまったSNAKEPIPE。
事件ファイル4までとは違う幕切れだったね。

5つの事件を通して出てきたのが「ロッターズ・クラブ」というバー。
何故だか宮藤希美が酩酊し、捜査に行き詰まった時にだけ登場する。
そのバーのバーテンダー・御園生独、がヒントになるような発言をすることで、宮藤希美の「やだっ、解けちゃった!」を聞くことになるのである。
「ロッターズ・クラブってどういう意味だろうね?」
と聞いたSNAKEPIPEに
ハットフィールド・アンド・ザ・ノースのアルバムのタイトルだったんじゃないかな」 と即答するROCKHURRAH。
さすがによく知ってるね!
SNAKEPIPEは全く知らない世界のバンドなんだな。
ハットフィールド・アンド・ザ・ノースはイギリスのプログレッシブ・ロックバンドとのこと。
鳥飼先生の作品にはジャーマン・ロックやプログレッシブ・ロックのネタが多いのもポイントなんだよね!

「妄想女刑事」はタイトル通りに、宮藤希美があるフレーズや見て感じたことから、自分の世界の中で妄想に浸っている様子が面白かった。
当てずっぽうな推理も「本当に刑事か?」と思ってしまうほど、珍妙で愉快なものが多かったし、「鳥飼先生らしい!」と吹き出しそうになるシーンも多くて楽しく読ませて頂いた。
語り手が宮藤希美本人でなかったせいもあるけれど、SNAKEPIPEには宮藤希美を想像し難かったのが残念。
SNAKEPIPEの個人的な趣味で言うと、宮藤希美よりもオギッペのほうを主役してもらったほうが好みなのかもしれないね?
でもそれだと増田米尊とキャラクターが似てしまうのかな。(笑)

20121014【憧れのパンク有名人をフォトモンタージュしてみたよ】

ROCKHURRAH WROTE:

世界の旬じゃない人々に焦点を当てた「時に忘れられた人々」シリーズ。こういう企画自体は悪くないとは思うが、ROCKHURRAHの表現方法がヘタなのか、毎回ワンパターン化してるのは本人にもわかりきっている。 80年代ニュー・ウェイブ・ネタばっかりだしね。 が、週末に1日か2日くらいで何とかまとめるというペースなので「新しい展開」などは期待出来ない状態だな。あまり深く考えずにやってゆくか。

さて、今回は自分以外の何かになりたいという変身願望のようなものについて語ってみよう。コスプレとかに近いのかも知れないが、何かのマネをするというよりは、自分の好きな世界観の主人公になりきるという感覚ね。ん?言ってる事大して変わらないか?

Adam & The Ants / Stand And Deliver
「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「ワンピース」の例を出すまでもなく、物語になる海賊というのはいつの時代でも人気のアウトローだが、この海賊の衣装を自身のスタイルに取り入れて大成功したのが1980年代はじめに一世を風靡したアダム&ジ・アンツだ。 60年代にジョニー・キッド&ザ・パイレーツという眼帯男が中心となったバンドによる海賊ルックが存在しているが、アダム・アントの場合は70年代グラム・ロックの世界で大成したギンギラ男、ゲイリー・グリッターの影響が最も強い。 実際の海賊がこんな衣装だったのかは知らないが、誰にでもわかりやすいド派手な金ピカ衣装にインディアンなどの要素を加えたメイク、そして2人のドラマーによるズンドコなリズムはこの時代には唯一無二の個性だったのは間違いない。子供だましのようにバカにする人も多いが、ROCKHURRAHは彼らのこけおどしのような音楽がずっと大好きだ。後の時代はさておき、この時代のアダム・アントは本当にカッコ良かったと思っているよ。

アダム・アントはデレク・ジャーマンのパンク映画「ジュビリー」にも出演していたし、大ヒットする前も個性的なパンク・バンドをやっていた。早くから才能を認められてたという事だね。 他にもロキシー・ミュージックやヴァイブレーターズでも活躍したベースのゲイリー・ティブス、 数多くのバンドのドラマー、プロデューサーとして活躍したメーリックことクリス・ヒューズなど、優れたミュージシャンが参加していて、音楽的に見てもかなり刺激的。

この曲は彼らの大ヒット曲で英語力がないROCKHURRAHにはよくわからんが「身ぐるみ置いてゆけ」というような意味の盗賊用語?しかしプロモ映像見る限り、海賊というよりは山賊に近い設定なのかな?という疑惑が残るがまあいいか。

Yip Yip Coyote / Pioneer Girl
「カウガールになりたい」と思う日本人女性はあまりいないと思われるが、アメリカの田舎町には必ずウェスタン酒場があり、トラック野郎とカウガールが酒を酌み交わすという勝手な印象がある。前に観た映画「テルマ&ルイーズ」もその辺が舞台だったな。 というようにウェスタンなスタイルはモードの世界では時代によって廃れる事もあるけど、自信を持って着ればどんな時代でもカッコイイのは間違いない。 そんなカウガール願望の夢を叶えたのがこのイップ・イップ・コヨーテだ。80年代に流行ったカウ・パンクというジャンルで語られるが、それにダンス・ミュージックをミックスした点がこのバンドの個性と言えるのか。彼らが活躍した80年代半ばより前にマルコム・マクラーレンがすでに実践していたスタイルなんだけどね。

このバンドについては不明な点が多く、手元にレコードも所持してないが、ちゃんと日本盤も出ていたように(シングルだったか?)記憶する。まあアルバム・ジャケットといい映像といい、完璧なまでのウェスタンなルックス。

女性がフロントの(あるいは女性だけの)カウ・パンク・バンドはいくつか存在してるんだが、イップ・イップ・コヨーテほどウェスタンな格好が似合っていたバンドは他にないんじゃなかろうか? 男のカウパンク、あるいはラスティックの場合は例えるならばクリーンで正義な感じのハリウッド映画のウェスタンではなく、どちらかと言うとルーズでダーティなマカロニ・ウェスタンの方が主流だが、女子の場合はやっぱり正統派ウェスタンをきっちり着こなしていた方が見栄えもいいね。相変わらずROCKHURRAHのセンテンスも長いね。

Crime / Piss On Your Dog
水野晴郎の例を出すまでもなく、警官あるいはポリスマンのコスプレが大好きな人は世の中に案外いそうだが(あの人の場合は単なるマニアではなく半分本職だったが)、これをロックの世界で取り入れたのがサンフランシスコのパンク・バンド、クライムだ。

このバンドは1970年代当時のアメリカのバンドにしては見た目に非常にこだわっていて、まるでギャング映画から抜け出たような決まりすぎな格好をしてみたり「乱暴者」のマーロン・ブランドのようにロッカーズ風だったり、ルックスだけでも惚れぼれするものがあった。そしてメンバーも札付きの不良っぽい顔立ちでバンド名もズバリ「犯罪」。反体制的で権力とかが嫌いそうなパンクとなぜかポリス・ルックという逆説的な結びつきがインパクトありますなあ。

この映像はそんな警官ルックで行った刑務所ライブの模様。本物の看守と受刑者が見守る中のライブでこのスタイルとは恐れいったよ。

The Adicts / Viva La Revolustion
スタンリー・キューブリックの傑作映画「時計じかけのオレンジ」に出てくる不良少年グループで有名になった、あのボーラーハットにステッキ(でいいのか?)、白いパンツとドクターマーチンのような編上げ靴といった独特のスタイル。これをそのまま真似るんじゃなくてピエロ、もしくは「バットマン」のジョーカーのような白塗り化粧をプラスして出来上がったのがアディクツの個性的なファッションだ。

去年くらいボーラーハットが流行した事があったけど、それを着用した人々のどれくらいがこの映画やこのバンドの事を知っていたんだろうか?まあこれらがボーラーハットの唯一の元ネタというわけじゃなかろうが、もし知らなくてかぶってる人がいたら是非知ってもらいたいものだ。

このアディクツのユニークなスタイルは日本でもハット・トリッカーズに影響を与えたな。同じような見た目だったらやっぱりアディクツの方が断然曲もいいけどな。

まだいくつか書く予定だったけど、意外と長くなってしまったので今回はこの辺で一旦やめるとしよう。本当はアレもコレも書きたかったんだけどね。まだ他にも「なりきったバンドども」は色々登場するので乞うご期待。

20121007-top1【太田記念美術館正面入口の看板を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

現在原宿にある太田記念美術館で「没後120年 月岡芳年展」が開催されている。
今年1月に森アーツセンターギャラリーで鑑賞した「没後150年 歌川国芳展」であるが、その弟子にあたる人物が月岡芳年。
そして月岡芳年といえば無残絵、とすぐに連想されるように血みどろの浮世絵が有名なのである。

「おびただしい血が流れる残酷な場面を描いた芳年の血みどろ絵は、谷崎潤一郎や江戸川乱歩、三島由紀夫など、大正・昭和に活躍した文学者たちにさまざまなインスピレーションを与えました。」

と、太田記念美術館のHPに紹介文も載っているね!
浮世絵の世界にほとんど触れたことがないSNAKEPIPEなので、当然のことながら芳年を鑑賞するのはこれが初めて。
とても楽しみにして原宿に向かったのである。

80年代にはほぼ毎週のように渋谷~原宿を歩いて、買い物したりオシャレな人達を観察したりしていたSNAKEPIPE。
空気を吸ってるだけで嬉しかったあの頃…。
ROCKHURRAHも同じだったようで、
「あの頃が懐かしいね」
「あの店まだあるんだ!」
などと語りながら美術館へと歩く。
原宿に浮世絵専門の美術館があることすら知らなかった。
「てっきり大田区にあるもんだと思ってたよ」
とROCKHURRAHが勘違いするのも無理はないよね。(笑)

ほんの数分で太田記念美術館に到着する。
入り口からはとても小さな美術館に見えるんだけど?
しかも「没後120年」で「東京では17年ぶりの大回顧展」と謳っている割には、看板は上の写真一つだけのあっさりした様子。
前回のブログ「ジェームス・アンソール展」の時みたいに美術館に騙された、なんてことにならないかな、と少しだけ不安になる。
ところが展示会場は地下、1階、2階と工夫がされて展示されていたので、不安は解消されたよ。
作品は前期・後期と期間を2回に分けて、芳年の全貌を伝える方法を採るとのこと。
あ、これも歌川国芳展の時と同じだね!(笑)
そしてROCKHURRAHとSNAKEPIPEが前期を鑑賞するところも同じだなあ。

展示は第1章から第5章までの括りに分けられていたので、国芳展の時と同じように今回のブログもそれぞれの章ごとに感想をまとめてみようと思う。

第1章 国芳一門としての若き日々
1850年、数え年で12歳の芳年は浮世絵師歌川国芳に弟子入りする。
15歳でいきなり3枚続の大判錦絵を制作するほどの才能の持ち主だったとは驚きだね!
そしてその絵の見事なこと。
早熟さが良く解るね。
第1章では12歳から27歳の芳年が独立するところまでの期間を展示していたよ。
その中で気になったのはこの浮世絵。
 
「岩見重太郎狒々退治の図」1865年の作品である。
豊臣秀吉に使えた戦国武将、岩見重太郎が邪神(狒々)を倒し、生贄になろうとしていた半裸の女性を助けた場面ということらしい。
上の絵では小さ過ぎてよく観えないと思うけれど、狒々の絵がすごいんだよね。
見目形の想像力、表情の豊かさったら!
そしてその対比となるような女体の妖艶さ。
この時代のポルノ画といっても良いんだろうね!
ただし、若干女性の縮尺(足のほう)が変なように思ったけど、どうだろう?

第2章 幕末の混迷と血みどろ絵の流行
おおっ、ついに第2章で「血みどろ絵」になったよ!
これは歌舞伎や講談の凄惨な刃傷場面を題材とした浮世絵で、やや過剰に血を描写している作品である。
確かにかなりのインパクト!
「すごい!」
「凄まじい!」
と言いながら鑑賞し、その迫力に圧倒される。
刀で斬り殺す様子、切腹の様子、逆さ吊りにした女から夥しい血がボタボタ垂れている様子など、非常に残酷な浮世絵が並んでいる。
1866年から1869年頃の作品で、この2年間の芳年は悪夢にうなされてなかったのかなと心配になっちゃうよね。
ホラー映画を続けて観た後のSNAKEPIPEは、必ず悪夢をみてたからね。(笑)

このチャプターの中で気になったのは血みどろじゃなくて、この浮世絵。
「清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎」という1868年の作品である。
全く同じタイトルの浮世絵が師匠である国芳にもあるけれど、国芳は横に3枚並んだタイプ。
芳年は竪3枚続という大胆な構図を採用している。
滝を背景に落下する人物を表現するためには、最適な方法だったといえるね。
上部の源義平が雷になって復讐する、という題材とのことだけど、まるで後光が差しているかのような放射線は、後の横尾忠則に影響を与えているような感じ。
120年以上前の作品で、こんなに斬新な作品を作っているとは驚きだね!

第3章 新たな活路―新聞と西南戦争
時代はすでに明治になっていて、新聞が発行されていたようである。
その新聞に錦絵を載せていたのが芳年とのこと。
報道写真ならぬ報道浮世絵とでもいうのかな。
当時の日常的な事件や戦争などを描いている。
これは実際に取材してから描いているわけではないと思うので、聞いた話を想像力を補って創作してたんだろうね。
やっぱり得意の(?)無残な事件に焦点を当てた浮世絵が多いね。
当時の人々がどんな事件に関心を持っていたかも分かって興味深い。
それにしても浮世絵がこんな形に進化していたとは知らなかったよ。
まさしく出版とか印刷の元祖なんだね。
この章で目を引いたのが、新橋や柳橋の芸者を取材して浮世絵にした「新柳二十四時」シリーズ。
タイトルの副題が「午前五時」とか「午後十一時」という時間になっているところにセンスを感じるね。(笑)
その時間に芸者は何をしているかという時系列のような仕上がりになっていて、これはもうフォトジャーナリズムだよ!
そして女の顔が師匠である国芳より、ずっと色っぽく見えるね。
浮世絵の中の女を鑑賞して美しいと思ったのは初めてかな。(笑)

第4章 新時代の歴史画―リアリズムと国民教化

西南戦争が終わった後に芳年が取り組んだのが歴史画と言われる、歴史上の人物を題材とした作品の発表だった。
これは天皇を中心とする政治体制を確立しようと考える明治政府にとっても、国民教化としての教育的な役割を担っていたというから驚いちゃうよね。
ジャーナリズムの次は教科書的な浮世絵とは!
そんなに大々的な仕事をしていた浮世絵師なのに、芳年の名前はあまり有名じゃないんだよね。
SNAKEPIPEも国芳を知ってから調べて知ったくらいだからね。(笑)

第5章 最後の浮世絵師―江戸への回帰
絵入自由新聞社に雇われ、毎日のように新聞に挿絵を描いていた芳年は、大人気作家だったとのこと。
いわゆる浮世絵師というのとは違うから、現代においての評価があまりなされていないのかね?
1892年、54歳で亡くなるまで約40年間、ずっと浮世絵にこだわり続け、「最後の浮世絵師」と呼ばれる芳年。
後年の作品は、その卓逸な構図やデッサン力が見事に花開いて、本当に素晴らしい作品が並んでいる。
この章では下絵と作品、といった2枚同時の展示がされていて、どんな下描きをして作品を仕上げていたのかが解るようになっている。
ROCKHURRAHとSNAKEPIPEは、仕上がった作品よりも下描きの素晴らしさに驚いた!
赤鉛筆(?)を使ったあとに、細いペンのような黒い線で下描きをしてるんだけど、これがまるで漫画とかアニメの下描きみたいなんだよね。
このまま動き出しそうなタッチに、芳年のデッサン力の確かさを感じる。
国芳展では恐らく下絵を見ていないと思うので、今回が初めての浮世絵の下絵鑑賞なのかな。
あんなに完成に近い形で下絵を描いていたとはね!

他にこの章で気になったのが「風俗三十二相」という女性ばかりを描いた作品。
何が気になったのかというと、副題である。
「いたさう」「あつさう」「じれつたそう」「みたそう」といった感じで痛そうな刺青を彫っている途中の女、熱そうにしているお灸中の女などの様子を描いている。
こんな副題と題材を使うなんて、笑いを取るためだったのか真剣だったのかと疑ってしまうほど面白いよね。(笑)

歌川国芳展は、宣伝効果もあったし、元々の知名度の高さもあって、鑑賞するのが大変なほどの観客数だった。
そのため所々は飛ばしたり、順路を変えて鑑賞し、少しでもストレスを感じないように工夫していたことを思い出した。
今回の芳年展は、そこまでの人出ではなかったし、順路を変える必要もなく気に入った絵の前には好きなだけ立ち止まっていられたのが良かった。
こじんまりした美術館だったけど、意外と作品数が多かったのも良かった。

言い換えれば、芳年の作品が全体的に小さかったんだよね。
大判三枚続とはいっても、A4サイズが3枚並んでいる程度の大きさだからね。
もしかしたらその作品のサイズが、せっかくの芳年の迫力を少し小さく見せている原因なのかもしれないね。

そして更に1872年頃には神経衰弱で倒れる、なんてこともあったようなので、精神的にも弱い人物だったのかもしれない。
思うように人気を得ることができなかったことが原因とのこと。
現代でいうところのメンタル的な病気ってことだろうからね。
生真面目な性格だったんだろうな。

月岡芳年は、師匠である歌川国芳や、同門である河鍋暁斎のような型破りな面はなかったけれど、構図の見事さと無残絵の迫力、そのインパクトは強烈である。
国芳のように鮮やかな色彩ではないため、ちょっと渋めのトーンに鮮血の赤がよく映える。
そういう効果的な演出も含めて、この時代の第一線の浮世絵師であり、恐らく後の時代のイラストや漫画に与えた影響は多大だろうね。

国芳、芳年と鑑賞して、今まで浮世絵の世界に益々興味を持ったSNAKEPIPE。
また機会があったら違う作家の作品も鑑賞していきたいね!