Monthly Archives: 11月 2012

【今回の登場人物は偶然にも変な歌い方の人ばっかり】

ROCKHURRAH WROTE:

軽く書いてるように見えても毎回結構苦心している当ブログ。
そもそも日記でも時事ネタでもなくて投稿する曜日を決めてるもんだからそこまで湯水のように書きたい事は湧いてこない。 ところがROCKHURRAHが担当する「誰がCOVERやねん」シリーズだけは別で、何もテーマとか決めなかったら毎週でも書けるくらいなのだ。
要するにカヴァー・ヴァージョンが世の中にいくらでもあるからそれについて軽くコメントしてるだけという他力本願のネタね。ただし現在進行形の音楽については全く取り上げず、70年代から80年代のパンクやニュー・ウェイブという狭いジャンルのみがウチの記事のメインなので、いつかは枯渇するだろうけどな。

さて、今回取り上げるのはカヴァーのようでカヴァーでない、2つのバンドをまたがってリサイクルされた楽曲について。何だそりゃ?まあ読み進めればわかるじゃろうて。

Buzzcocks VS Magazine
イギリスでパンク・ロックが始まったのが1976年頃の話。
ダムド、セックス・ピストルズ、クラッシュにストラングラーズあたりが初期の有名どころだが、それらに続くバンドが続々と登場したのはパンク好きならば誰でも知るところ。
だから初期パンクの御三家を挙げろ、と言われれば割と簡単だとは思うが、ベスト5を選べとなると、人によってかなり意見が分かれるんじゃなかろうか?好きと人気度は一致しないしね。
そんな中で比較的メジャーな候補のひとつがこのバズコックスである事は間違いないだろう。
「あの素っ頓狂なヘナチョコ声が嫌い」と断言出来る人も数多くいるだろうし、ストロング・スタイル至上主義のパンクスに受け入れられる要素はないけどな。
しかし王道のポップ・ミュージックを勢いのあるビートや乱雑な歌い方で展開して、その後のニュー・ウェイブ誕生のヒントを作ったという功績は多大だと個人的には思う。
バズコックスがいなければ誰かが同じ路線を作ったという意見もあるだろうけど、それはどんな音楽でも同じこと。
何もやらないヤツはいつもそう言う。

バズコックスの大半の曲で裏返るような不安定なヴォーカルをとっているのはピート・シェリーだが、初代ヴォーカリストであるハワード・デヴォートこそがこの歌い方の元祖だと言えよう。
発掘音源などなかった時代に彼の歌声が聴けたのはマンチェスターの歌声喫茶、ではなくニュー・ホルモンズという自主制作レーベルから出た「Spiral Scratch」と題された4曲入りのデビュー・シングルのみだった。
ここに収録されている「Boredom」や「Breakdown」はパンクの伝説的名曲として名高い。

「退屈」というタイトルをここまで音で一目瞭然に体現出来たバンドは他にない、と言えるほどの完成度。
デヴォート、本当に気怠いよ。
クラッシュ、ピストルズ、ダムドといったパンク・バンドは音楽だけでなく、ヴィジュアル面でも若者の心を掴んでいたが 、このバズコックスはそういう面には無頓着。
ただハワード・デヴォートのおそろしく広い額はまるでパンク世代のブライアン・イーノのような風貌で、この妖しい歌い方や声質と気持ち悪い顔は良く合っていたな。
「爬虫類のような目つき」とはまさに彼のためにあるような表現。
前に何回もバズコックスやマガジンについて書いてきたから特別新しいコメントもないが、歌い方の個性という点ではハワード・デヴォートは多くのヴォーカリストに影響を与えたのじゃなかろうか。

彼はこのシングル1枚のみでバズコックスを去り、次にマガジンというバンドを結成する。
デビュー当時は無名だったが後にニック・ケイブ&バッド・シーズやソロとして活躍する黒人腕利きベーシスト、バリー・アダムソン 。そしてスージー&ザ・バンシーズやアーモリー・ショウなどで活躍するギタリスト、ジョン・マクガフといった有能なミュージシャンと共に作り上げた音楽世界はパンクからニュー・ウェイブへの変換期にちょうどピッタリ当てはまったものだった。
単なるパンクから一歩踏み出した新しい音楽、それがニュー・ウェイブだとしたら、このマガジンもワイアーなどと共に先駆者として語られる存在に違いない。
彼がやりたかった事はバズコックスの演奏力では表現出来なかった、それがマガジンを聴くと良く理解出来るだろう。
そのマガジンがジョン・ピール(英国BBCラジオのディスクジョッキー)・セッションでバズコックス時代の「Boredom」をマガジン流でやっていて、これが興味深い。
バズコックスのカヴァーは数多くのバンドがやっているだろうが、オリジナル著作権者同士のテイストの違いを堪能出来てこれはまさにファン冥利に尽きるな。

デヴォートとシェリーの共作と思えるので、デヴォート抜きのバズコックスでもこの曲をやってるし、どちらのバンドも演奏する権利はあるのだろうか。その辺はよくわからんが、どちらも甲乙つけがたい素晴らしい出来だね。

Josef K VS Orange Juice
パンクの後にニュー・ウェイブの時代が来たのは前の項にも書いた通りだが、 これ以降はエレポップだのネオ・サイケだのオルタナティブだの実に細かく枝分かれしてゆき、それらが乱立した時代がしばらく続く。
どのジャンルにも後に語り継がれるようなバンドが出現して、ちょっと天下を取っては廃れてゆくという戦国時代みたいなものか。
そういう世間の流行りとは少し違ってるかも知れないが、ネオ・アコースティックとかギター・ポップという音楽もこの時代に生まれたものだ。
普通の青年達が背伸びせずに学生バンドの延長みたいに始めた音楽、そういう印象があるジャンルだが、ポストカード・レーベルやチェリーレッド・レーベルなどは比較的メジャーなバンドを擁していて、密かにファンを増やしていった。
ジョセフ・Kもオレンジ・ジュースもスコットランドのポストカード・レーベルから同時期にデビューしたが、日本で知られるようになったのはラフ・トレードが出したコンピレーション「クリアカット」に仲良く収録されていたからだろう。
余談だがこのアルバムにはディス・ヒートやレッド・クレイオラなども収録されていて、さりげなく幅広いすごい顔ぶれだったな。
このアルバムに啓蒙されて音楽を志した若者(今はたぶんオッサン)も多かろうと思える。
なぜかROCKHURRAH所有のこのアルバムはディス・ヒートの「Health & Efficiency」だけ針飛びするという泣きたくなるような不良盤だったのを今でも苦々しく思い出す。
話が逸れてしまったがオレンジ・ジュース、ジョセフ・K、この2つのバンドを渡り歩いたギタリストがマルコム・ロスだった。

ジョセフ・Kはポール・ヘイグという角刈りリーゼントのようなサングラス男がフロントで、そのマルコム・ロスの絶妙なカッティングのギターがちょっと陰りのあるヘイグのヴォーカルに絡むというスタイル。
ほぼ同時期にデビューしたモノクローム・セットとも似たような世界。
しかし彼らほどヴァラエティ豊かな音楽ではなく、やや単調な点が災いしたのか、ニュー・ウェイブ好きの人以外からはさほど注目もされなかったバンドだと言える。ジョセフ・Kの再来とも言えるほど似てたジューン・ブライズはよく聴いてたのに、本家の方はそこまで大好きではなかったなあ。

彼らの中で一番好きなのがこの「Heaven Sent」だ。
バンドとしての活動期間が短かったから同時代に彼らの音楽はあまり世に出ていないが、ずっと後に再発されたりで何とか全盛期の曲を聴く事が出来る。これは81年のピール・セッションのものらしい。
マルコム・ロスがオレンジ・ジュースに加入する前というわけかな?
ガチャガチャなギターの音と投げやりなヴォーカルが心地良い名曲。

オレンジ・ジュースはエドウィン・コリンズというぽっちゃりヒラメ顔のサングラス男がフロントでジョセフ・Kよりもやや音楽活動歴は長いが、オレンジ・ジュース名義になってからは同じポストカード・レーベルで同じ頃にデビューしている。
ちなみにアズテック・カメラもこのレーベル出身で、ネオアコやギターポップ好きの人にとっては聖地みたいなところがスコットランドなのかね。
オレンジ・ジュースはそういう路線からデビューしたんだが、一般的に有名になったのは2ndアルバム「Rip It Up」だろう。
このアルバムではジョセフ・Kから前述のマルコム・ロス、そして黒人ドラマーが加入したりで当時華やかに流行していたファンカ・ラティーナなる音楽を取り入れた事により予想外のヒットを放つ。
ファンクとラテン・テイストをごっちゃに融合したニュー・ウェイブの1ジャンルの事ね。

聴いた事ある人はわかるだろうが、エドウィン・コリンズのヴォーカルは思いっ切り白人なのにR&Bとかのヴォーカル・スタイルでかなり独特のこもった歌声。
パッと見にはサングラスでカッコ良さそうだが、よく見ると江口寿史の漫画に出てくる本人に似た感じで(今時知ってる人も少ないか)このくぐもったいやらしい声。思わず笑ってしまう部分があるんだよな。
本当によくこれでヒットしたものだと感心してしまう。
エドウィン・コリンズは後にソロとなって活躍したり、ヴィック・ゴダード復活の際に多大な貢献をしたり、やってる事自体はナイスなのになあ。
で、この2ndアルバム右下の男が問題のマルコム・ロスだ。
彼が作った曲がタイトル変えてこのアルバムに収録されているが、当然ながらジョセフ・Kとは大幅に違った路線。
あっちよりはコクがあるけどキレはイマイチといった具合かな。
やたらとマルコム・ロスの名前を連発しているが、まがりなりにもレコード屋稼業の端くれにいるROCKHURRAHが勝手に持ち上げただけで、本来ならば話題に上る事も稀な地味ギタリストに過ぎない(たぶん)。
これが元で空前のマルコム・ロス・ブームになったらどうしよう。

Red Crayola VS Pere Ubu
パンクからニュー・ウェイブの時代になって様々な音楽が誕生したが、上の項でも書いた通り、当時最強のインディーズ・レーベルがラフ・トレードだったと個人的には思っている。
それよりも小さくて売る力がないけど斬新なレーベルに目をつけて、これを次々とディストリビュートしていった功績は大きい。
元々がレコード屋だけに口コミで評判になったり、大きな会社の大金かけたプロモーション戦略とは逆の路線で成り上がったのがラフ・トレードなんだろうね。
まさに音楽のCGCグループ(全国の加盟スーパーによって構成された一大チェーン)みたいなものか。
このラフ・トレードが徳間ジャパンから続々リリースされた事によって、輸入盤漁りが難しいような土地でも当時の先端音楽を知る事が出来た。
ROCKHURRAHは音楽が盛んで良い輸入盤屋もあった福岡県出身なのでそこまで飢えて困ってはいなかったが、その辺で好きなレコードが買えるメリットは地方の人にとっては計り知れないものがあった。
前置きが長くなったが70年代後半からそのラフ・トレード系列は個人的な好みにピッタンコの音楽をどんどんリリースしてくれた。

<註:本来ならレッド・クレイオラを先にすべきだが、ペル・ユビュを先に聴いていたので時代と順序が逆になってしまう>

ペル・ユビュはアメリカ、クリーブランドのバンドで1975年頃より活動していた。
パンクの世界で大成するデッド・ボーイズの母体でもあるRocket From The Tombsというバンド、ここの主要人物だったピーター・ラフナーとデヴィッド・トーマスがペル・ユビュを始めたというわけ。
「悪趣味で不条理」 などと評されるフランスの作家、アルフレッド・ジャリの戯曲「ユビュ王」に由来するバンド名というだけでもこのバンドの目指した方向性がわかるというものだ。ん?わからない?
難しい事はわからなくてもユビュ王もデヴィッド・トーマスもデブつながりという程度の認識でもよろしいか。

ペル・ユビュはデヴィッド・トーマスの演劇的(?)な奇抜で素っ頓狂な歌唱とピーター・ラフナーのグチャドロのギター・プレイという二段構えで今まで聴いたことないようなユニークなバンドになる予定だったが、1977年にラフナーがお決まりのドラッグ&アルコールで死亡してしまった。
しかし別のグチャドロなギタリストが加入して初期とあまり変わらぬ状態で継続していったのはさすが。
グチャドロは不滅だね。

デビュー・アルバム「The Modern Dance」は工場地帯をバックに労働者がバレエを踊っているような奇抜なジャケットだったし、ジャケット見て音楽性に見当がつかない典型。
なぜか初期のアルバムは大手フォノグラム、マーキュリー系列から出ていたのでメジャーな音かと思いきや・・・。
ROCKHURRAHもほとんどジャケット買いだったが聴いてビックリ。
変なのにカッコイイ、前衛的なのに爽快感がある奇妙な感覚。
思えばこれがオルタナティブとかアヴァンギャルドと呼ばれた音楽とのファースト・コンタクトだったのかも。
色んな音楽を聴く前、まだ少年だった時代の出来事だから、 我ながら早熟な音楽体験だったと思うよ。

ペル・ユビュはこの後もだんだんと難解な方向に進んでゆきカッコイイと思える曲も少なくなって、遂にメジャーでやってゆくにはあまりにもワケわからなすぎ、という段階に達した。
そこに手を差し伸べたのが前述のラフ・トレードだったというわけだ。
ようやくこれで話がつながったな。
そこから出された4thアルバム「The Art Of Walking」はラフ・トレードの宣伝上手でそこそこ売れたんじゃなかろうかと推測する。中古盤屋でもよく見かけたしな。ROCKHUURAHは輸入盤で買ったんだが、後に日本盤も出た模様。
ペル・ユビュの缶バッジ付いてたのを思い出す。

このアルバムも最初の「Go」から不条理なギターが耳障りな名曲で、一般的にポップなロックとはかけ離れた内容。
ただし前のようにギターそのものがヒステリックではなくなった印象。
ピーター・ラフナーの路線を引き継いだトム・ハーマンに代わって、レッド・クレイオラのメイヨ・トンプソンが加入したらしいと知る。
そして彼のソロ・アルバムに収録されていた「Horses」をペル・ユビュ・ヴァージョンで先に聴くことになってしまった。
これはフランス映画のサントラとかで使われてもおかしくないような哀愁の名曲で、口笛がとても効果的。
「うーん、ジャン・ギャバン」などと意味不明に呟きたくなるよね。
しかしペル・ユビュの従来の路線とは随分印象が違う。この曲だけを聴いてペル・ユビュがこういう音のバンドだと勘違いしないようにね。

レッド・クレイオラについては音楽雑誌などで知ってたし、先に書いたラフ・トレードからも何枚かリリースされていた。
これがニュー・ウェイブ世代のバンドではなくて60年代からサイケデリックとかアヴァンギャルドやってるバンド、いわゆるオルタナティブの偉大な先駆者というような予備知識は持っていたのだ。
ただしラフ・トレードから出るまではなかなか入手困難だったのは間違いなく、彼らの曲をまとめて聴いたのは随分後の話になる。
だからずっと追いかけてきた最初からのファンなんて少なくともROCKHURRAHの世代には滅多にいなかったに違いない。とても見てきたようには書けまっせん。

これがその1970年のソロ・アルバム。
全体的にレッド・クレイオラよりもアコースティックでピンク・フロイドとシド・バレット(ソロ)のテイストの違いに近い、と言えばわかりやすいか。
こちらの「Horses」はボサノヴァ調とかルンバな感じでペル・ユビュよりも簡素。
「うーん、イパネマ」などと意味不明に呟きたくなるよね。
実に不思議な味わいがある曲だな。素材の旨味を最大限に引き出した至高のメニューみたいなものか。

さてさて、今回は連休ということもあって久々にじっくり書いたロング・ヴァージョンという事になる。
一人の人間が別の場所に行って、別の環境で同じテーマの事をするというのが今回の主旨なんだが、ROCKHURRAHが漂ってきた世界もそれと一緒かな。
趣味も嗜好も子供の時から変わってないし、今時のこんな時代にいつまでも70〜80年代やってるんだもんな。
これからもずーっっとこの調子だろうし、人間国宝狙いの境地でやってゆく事にしよう。

20121118-top【ラフォーレの垂れ幕にリンチの名前がっ!交差点手前から撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

2012年11月10日よりラフォーレ原宿にあるラフォーレミュージアムにて、「デヴィッド・リンチ展~暴力と静寂に棲むカオス」が開催されている。
この情報を教えてくれたのは、またもやROCKHURRAHだった。
それはもう今から2ヶ月くらい前のことになるのかな。
心待ちにして、展覧会の初日に鑑賞してきたSNAKEPIPEとROCKHURRAH。
2012年7月に鑑賞した渋谷ヒカリエで開催された「Hand Of Dreams」の記事に

「リンチは平面の作品だけじゃなくて、立体作品も制作しているのを海外のサイトで知った。
その作品もまた稚拙な雰囲気だけど怖いんだよね。(笑)
そんな作品群も鑑賞できたらいいなあ。 」

と書いていたのだけれど、今回の展覧会でその希望が叶うことになった。
なんて幸運なんでしょ!(笑)
1991年今はなき東高現代美術館での個展、1996年渋谷パルコギャラリーでの写真展「Dreams」、今年7月ヒカリエにおけるリトグラフ展に引き続いての鑑賞。
どうやら2010年に大阪でも個展を開催していたようだけれど、全然知らなかったよー!
その時に情報を入手していたら、初の大阪入りができたかもしれないのにね。(今まで一度も大阪に行ったことがないSNAKEPIPE)
今回は絵、写真、映像に加えミクストメディアの展示ということでリンチの世界を堪能できる企画になっているようだ。
ワクワクしながら原宿に向かう。

ラフォーレミュージアムという名前は聞いたことがあったけれど、そもそも原宿大好きだった少女時代(ぷっ)から、ほとんどラフォーレ原宿にすら足を踏み入れたことのないSNAKEPIPE。
聞いてみるとROCKHURRAHも同じく、ラフォーレ原宿には思い出がないと言う。
フロアの天井が低く、細かく店舗が分かれているため、買い物がし辛い印象があったんだけど?
やっぱり今回も同じように感じてしまった。
店内を物色することもなく、最上階にあるラフォーレミュージアムへ。

チケット売り場の前にはリンチの「ようこそ」的な映像が流れている。
なんだかこれって…夏に開催されたヒカリエの時とほとんど同じ。(笑)
前回は「愛・平和」の漢字を空中に書いていたリンチが、今回は日本語を喋っていること、モノクロからカラーに変わったこと以外は似た映像だね。

チケット売り場の横には物販店があった。
ポストカードと、リンチの絵をプリントしたTシャツや関連書籍などを販売している。
おや?お目当ての図録がないよ?
どうやらこれは完全予約制での受付となっているようで、11月下旬発送予定で受付だけ行なっているとのこと。
帰りに予約することにして、逸る気持ちを抑えながら会場へ。

20121118-01
最初は写真作品の展示からである。
ポーランドの廃工場を撮影した作品群が並ぶ。
イレイザーヘッドの舞台にもなっている、フィラデルフィアのリンチ撮影の写真を観たことあるけど、やっぱりそれらも工場地帯の写真だったんだよね。
工場にある魅力はSNAKEPIPEもよーく解る。(笑)
きっと今回のポーランドの工場なんて、目の前にしたらヨダレが出るだろうな。
クレジットを確認すると、今年の撮影ってことみたいね。
2012年にもまだこんな工場があるとは、ポーランド恐るべし!(笑)
他にも写真作品が続き、男女のヌードのクローズアップシリーズ、snowmenという雪だるまシリーズ、と全てモノクロームである。

ヌードのクローズアップの写真群には「その手があったか」と唸ってしまった。
クローズアップにすることで、体のどのパーツを写してるのか判らなくなるんだよね。
そして明らかに、通常ならば服や下着で隠れている部分を露出させた写真(まわりくどい言い方だけど)と並べて展示されることで、謎のパーツ写真が想像によってエロティックな方向に進んでしまうから不思議だ。
もしかしたらそれは肘を曲げたり、首のしわだったりするような、普段から目にしている部分かもしれないのにね?
この、ちょっとトリックめいたシリーズは興味深く感じたよ。

短編映像作品3作品を鑑賞する。
2009年、2011年、2012年の作品、というかなり最近の作品なんだけどね。
映像作品ガイドで確認しないと「最近の?」と思ってしまう映像作品。
だってリンチの初期映像作品との違いがはっきりしないんだもん。(笑)
1968年制作ですよ、と言われても何の疑いも持たないかもしれないなあ。
途中で出てきたゴッホは、やっぱり「耳つながり」ということでOKかしら?

続いては夏に鑑賞したリトグラフと同じ系列の、和紙への「にじみ」を活用したような絵画が並ぶ。
これらの絵画は、ヒカリエで鑑賞したリトグラフのような黒っぽさ、線の太さはなくて、強烈なインパクトは残さなかった。

またもや映像作品2作品。
リンチ自身が出演していて、まるでツインピークスのゴードン・コール並に声を張り上げて喋り、おかしい。(笑)
17分と13分、という合わせて30分の映像のため、全部を鑑賞するのを諦めることにする。
字幕もなかったので、さっぱり意味が解らなかったし。(笑)

20121118-02
次は油絵の登場である。
1991年に鑑賞した時のリンチの油絵は、色彩や題材がいかにもリンチらしく暗いもので、あの時には確かバンドエイドが貼り付けられてる作品もあったはず。
それでもほとんど「平面」の作品ってことになるよね。
今回は油絵、といっても単なる絵画ではなくて、油絵の具と粘土のような物を組み合わせたり、立体物がキャンパスに貼り付けられているような作品であった。

上は「I see my Love」と、そのまんま絵にタイトルが書かれてる作品である。
リンチの作品にはこのようにタイトル記載が多いんだよね。
以前も言ったことだけど、その字がまた「リンチ・フォント」とでも名付けたら良いような独特の風合を持ったアルファベットで、それだけでもアートになってしまう。
色彩の暗さは相変わらずだけど、立体になっている部分が新しいね。
そして貼り付けられているのは…じっと見ていると、もしかして歯?
ぎゃーっ、怖いっ!
目から飛び出してるのも嫌だけど、なんだか歯が本物っぽいんだよね。
ひー、顔が顔として写実的じゃないところが余計に不気味!
ROCKHURRAHは「レザーフェイスみたい」と言う。
リンチの娘であるジェニファー・リンチが監督した「サベイランス」にも、似たお面が出てきたことを思い出す。
世界一カルトな親子の作品!Surveillance鑑賞」 に画像を載せているので、ご参照くだされ。

20121118-03
いよいよ大詰め!ミクストメディアの登場である。
今回の展覧会で一番観たかったのがこのシリーズ。
立体油絵(変な造語だけど)だけでもかなりのインパクトがあったけれど、ミクストメディアはまずその大きさに驚いてしまう。
「Boy Lights Fire」という作品は208.3cm x  330.2cmという巨大さ!
下地になっているのはどうやらダンボールのよう。
そこに「にじみ」を加え、更に立体を貼りつけたり、マッチ部分が光るように細工がされていたり、と実験的な要素が満載である。
このタイプと同系統の「Bob’s Second Dream」などを含めた巨大ミクストメディアが全部で4点展示されている。
川村記念美術館の「ロスコ・ルーム」ならぬ、「リンチ・ルーム」といった感じだろうか。
ゾワゾワと背中から寒気が襲ってくるような恐怖感。
それでもずっとその場に留まっていたいと思う相反する心情。
「怖いもの見たさ」なんて簡単な言葉では説明し切れない摩訶不思議な引力のある空間だった。
あの感覚はやっぱりあの場で体験・体感しないと解らない類のものだろうね。
行って良かった、鑑賞できて幸せだった、と心から思ったSNAKEPIPEである。

以上で展覧会の概要のまとめは終わりなんだけど、出口近くに設けられたスペースに、何やらゴージャス感漂うガラスケースがいくつか置かれている。
なんとそれはフランスのシャンパンであるドン・ペリニヨン
なんでリンチの個展にドンペリなの?

どうやらリンチがドン・ペリニヨンのボトルとパッケージデザインをした、ということらしい。
リンチアンを名乗って長いSNAKEPIPEがそんなことも知らないとは!(笑)
お詫びにドンペリ購入させて頂きますっ!
ではお値段を調べてって…えーっ!
「ドンペリニヨンヴィンテージ 2003」が2万1000円、「ドンペリニヨン ロゼ ヴィンテージ 2000」が4万3050円だって。
2本購入なら6万4050円だよー!
ドンペリってやっぱり高額品なんだね。
小さいことだけど、最後の50円ってところがものすごく気になるなあ。(笑)
2本買うから6万ちょっきりでどおだ?と言いたくなるよね!
いや、スミマセン、買えません。(涙)
カリフォルニアのスタジオで2日間かけて撮影されたのは、光や煙の中に浮かび上がるドンペリのマーク。
キラキラしていてとてもキレイ。
リンチらしいのかどうかは不明だけど、ドンペリのイメージには良く合ってるように思うね。

リンチの絵の怖さについてずっと考察していたら、結局行き着いたのは「境界」という言葉かな。
夢なのか、現実なのか。
正常なのか、異常なのか。
リンチの絵はまるで、知的障害者や精神障害のある人が、勢いに乗って制作しましたという雰囲気がある。
何も考えず、ただその欲求に駆られ、想いのまま筆を動かしたような。
子供が描いたようにも見えてくる。
その稚拙そうに見える部分が余計に怖いのだ。
例えば小説などで犯人が子供時代に描いた、心理検査として使用されるような絵、もしくは犯罪を目撃してしまった後、ショックで喋ることができなくなった子供が現場を描いたような絵、と説明したら解ってもらえるだろうか。
何かを内に秘めた人物の絵。
それは凶暴性だったり残酷性なのかもしれない。
展覧会のタイトル通り「静寂と暴力が棲むカオス」だね。(笑)
きっとそのカオスを、SNAKEPIPEの頭でも心でもなく、皮膚が反応していたようである。
背中がゾワゾワしたのはそのせいね、きっと。
図録の到着が楽しみである。

2012年は「Crazy Clown Time」のCDデビューに始まり、ヒカリエでの個展、そして今回のラフォーレミュージアムにおける個展と続きリンチ大活躍、ブログに登場することも多かった。
リンチアンには幸せな年だったね!
そしてリンチに、また子供ができたらしい。
「リンチ、66歳で再びパパに!」なんて記事も発見。
そんな精力的なリンチに、これからも期待しちゃおうね!

【マッシフのプロモーション映像。いかにもだけどさすが本格派】

ROCKHURRAH WROTE:

タイトルが長くなり過ぎて2行になるのがイヤだったから省略したけど、今回もまたまたミリタリー&タクティカル系となってしまう。 最近はライブも行かないしパンクな格好もあまりしなくなってしまったなあ。革パンだけは毎年冬になると穿くけど、これはROCKHURRAHにとってはジーンズとかよりもずっと快適だから。穿いてみた事ある人には当然わかるだろうが、サラサラの裏地がついてるから、見た目よりは動きやすいんだよね。無理して格好つけてるわけじゃないのだ。  ミリタリー系が好きだからといっても本物の◯◯軍を忠実に再現しようなんて気は全くなくて、そういうマニアとも違うから、ぱっと見にはパンクかミリタリーか、どっちつかずの得体の知れないヤツという事になる。 ある意味では独特の路線?

さて、今回紹介する持ち物は特にテーマもないんだが、そういうタクティカル系の装備(?)で買って良かったと思えるものを挙げてみよう。

Massif Army Elements™ Jacket UCP

マッシフ・マウンテン・ギアという米国オレゴン州のメーカーなんだが、名前の割にはいわゆるアウトドア・ブランドとは違って、軍隊御用達に限りなく近い商品ばかり作っているようだ。街着っぽいものもカタログには載ってるけど、よく見たら潜入捜査とか要人警護とか、そういう特殊任務の人が着そうな機能を持った服作りを得意としている感じ。ウチのブログでもしつこいくらい書いてきた5.11タクティカルと似た雰囲気だな。ただしこちらの方がずっと高級で上質、さらに5.11よりは格段にスタイリッシュなシルエットのものが多いという印象がある。5.11+アークテリクスの線を狙ったのかも。値段もかなり高級で5.11のCMみたいに泥の中にダイブしてほふく前進なんて、とてもじゃないが出来なさそう。

このメーカーは難燃性素材として名高いノーメックスをふんだんに使ったジャケットを売りものにしていて、エレメント・ジャケットもその一種だ。日本語に訳すとえーっと、成分上着。何じゃそりゃ? ノーメックスは最新の技術ではなくてデュポン社が大昔に開発したもの。MA-1の後継に当たるフライト・ジャケット、CWU-45/Pで使われて知られるようになったとミリタリー好きならば思い出すだろう。採用されたのが1973年というからかなり歴史のある素材だね。 実際に燃やしてみた事は皆無だがROCKHURRAHもパイロット用の衣服でノーメックス素材を所有している。しかしこれ、何か肌触りが非常によろしくないんだよね。ザラザラしてて体にまとわりつくいやらしさ。夏は絶対に着たくないな。耐熱性が優れてるのと着心地は別問題というわけか。 着用写真は怪人蝿男みたいで気色悪いけど加工したものなので許して。

まあこういう特殊な素材を主原料として作られたマッシフのエレメント・ジャケットは簡単に言えばノーメックスを90%使ったソフトシェル・ジャケットという位置付けになる。毎回書くのもアレなんで「ソフトシェルってなーに?」の人は自分で調べて下さい。 このエレメント・ジャケットは本国の通販サイトで見ても何と579ドルもする高級品で、日本でも扱っている数少ない販売店では7〜8万もするもの。しかしなぜかかなりの格安で手に入れてしまった。もしかして噂のパチもんか?とも思うが(ミルスペックはちゃんと本物らしく付いてたしメイド・インUSAだったが)、炎に飛び込むつもりはないので細かい事は気にしないようにしよう。細部まで丁寧な作りになってたよ。

主要な用途はエア・クルーか戦車兵か、要するに燃えるのが危ない人々ということになる。ん?燃えるのが危ないのは万人共通か? したがって迷彩は空軍の場合はABU、陸軍の場合はACUと呼ばれるデジタル迷彩になるが、ROCKHURRAHはたぶん一番普及率が高いACUにした。単に特価品はACUしかなかったから選択の余地がなかっただけだが、本国でのメインはたぶんマルチカムになるはず。ACUはすでに廃止されつつある迷彩だからなあ。ACU全盛の頃には曖昧な色合いを嫌って着ずに、こんな時期になって今さらACUとは、その辺の時代感覚のズレがさすがROCKHURRAH流と言うべきか? それらの迷彩がそもそもわからん人は当ブログの「CAMOのマイハウス」「〜2012」を読んでみてね。商品名にあるUCPとはユニバーサル・カモフラージュ・パターンの事でデジタル迷彩の総称。ACUやABU、MARPATなどはどれもUCPのヴァリエーションというわけだ。

表側はやっぱりちょっとざらついた感触で、他のソフトシェルの柔らか素材に慣れた目には着心地悪そう。しかし内側はちゃんと首の裏までフリースになってるので見た目ほどではなかった。硬くて肘を曲げるのも苦労、という事は全然ないから、購入を躊躇してる人でも安心して大丈夫。 裏側は袖のあたりまで全部総フリースとなっている。最近のタクティカル系では多い通気性とかは一切考えられてなく、脇の下のベンチレーションとかはまるで付いてない。内ポケットもなくて腰の両サイドポケット、それと右胸に縦ジッパーのポケット、左手にポケット+ペン差しのようなものが付いている。 ペン差しは袖近くにも独立して付いていて、戦車兵やエア・クルーという仕事がそこまで日常的にペンを多用してるのかとちょっと驚いた。あれば便利なのはわかるが、頻繁にペンを抜き差しするには不便だろうな。 袖のところは手首アジャスターのようなのは全くなくて、裏側にN3-Bのようなリブ(簡単に言えばトレーナーの袖みたいな感じ)が縫い込まれている。 結構手首が華奢なROCKHURRAHでさえややきついから、がっしりした体格の人は袖通すのが大変かもね。 こういう風を通しにくい袖口、そして顎のあたりまで来る高いスタンドカラーによって、このジャケットはかなりの保温性を持っている。一番の特色である難燃性や耐熱性ばかりは試してみる事は出来ないし、そういうのを試さないといけないような事態には絶対巻き込まれたくないものだ。 通常のソフトシェルでは飽き足らない珍しもの好きな人には、シルエットも非常にスマートなのでオススメ出来るよ。 製品のどこにも付いてないけどロゴマークもカッチョいい。マッシフ最高。

Nike iD SPECIAL FIELD BOOTS 

お次はこれ、スニーカー界の超メジャー・ブランドであるナイキについて。実はROCKHURRAHではなくSNAKEPIPEの持ち物だ。個人的には名のあるスニーカー、特にアメリカ・ブランドをほとんど所有した事がないし、たぶん顔つきとナイキは最も似合わないと推測されるからなあ。ROCKHURRAHよりは運動に縁のなさそうなSNAKEPIPEはヒップホップに傾倒していた時期があり、ナイキやアディダスなどにも慣れ親しんでいたそうだ。確かにジャージも似合うしな。 そんなナイキがやっているNike iDなるシステムはスニーカーのパーツや素材、色を組み合わせてカスタマイズするセミ・オーダーの事だ。 ここで偶然に割と本格的なタクティカル・ブーツを出してるのを知ったのはROCKHURRAHの方だった。 何度か書いてきた事だが、こういうスポーツ・ブランドが軍用のブーツを作るのは珍しくはなくて、アディダスのGSG9(ドイツ連邦警察特殊部隊)をはじめ、オークリーやコンバースなどもアサルト(強襲用)・ブーツを出しているし、ニュー・バランスも米軍トレーニング用シューズを作っている。ナイキがそういうのと同様に軍用ブーツを開発していたかどうかは知らないが、形を見れば紛れもなくそれ系なのは確か。 うん、これはカッコ良さそう。 ちょうど軽くて履き心地が良いブーツを探していたSNAKEPIPEにお知らせしたところ、思ったよりもずっと大反応で一目惚れした模様。ずっと本格派のミリタリーブーツを履いてたんだが、これはオールレザーでカッコ良い&高そう、しかしながらかなりの重量で足が疲れるのは確かだった。そこで軽いタクティカル・ブーツをずっと前からオススメしていたんだが、現実問題として女性サイズの本物タクティカル・ブーツは日本ではほとんど需要がないのは事実。海外サイトだと女性FBI捜査官とかもいるし小さいサイズもあるようだが、日本ではほとんどが24.5以上しか扱ってない。ところがナイキiDのものはちゃんと小さいサイズもあるようで、それだけでもSNAKEPIPEにとっては嬉しいに違いない。良かったね。

このブーツはアッパー部分やソールの色、柄、素材などを好きな組み合わせでシミュレーションしてゆき、それをオーダーすると海外で生産、一ヶ月くらいで手元に届くというシステムらしいが、実際に原宿にショップがあって、もしかしたらそこで手に入るかもと思って出かけたのが10月初旬。 迷彩柄とかもあったんだけどSNAKEPIPEが欲しいのはただの真っ黒一色のもの。ナイキiDのサイトでもやってみたけど、選ぶのは全て黒のパーツばかり。まるで全部Aボタンだけ押して一番最初の候補だけで作り上げたオーソドックスなゲーム・キャラクターみたいなもので、これだけ基本的だったら何も特注しなくても店に行けばあるんじゃなかろうかと期待したのだ。それに同じ大きさでも履き心地や微妙な幅の違いとかは実店舗で確認した方がいいしね。 で、実際に店舗で試着してサイズも素材も決めた。 が、このオーソドックス過ぎる現物は店舗には在庫がないとの事。家に帰ってオーダーするしかなさそう。

一ヶ月というから11月初旬には届く寸法。届くのを心待ちにしていたよ。ネットで調べると案外早かったという人も待たされたという人もいる。どうやら工場側の事情で出来上がりの期日に違いが出てくるらしいな。確かに小さいサイズで真っ黒一色のミリタリー・ブーツをわざわざ特注で頼む女子は少ないのかも知れぬな。 いつしか頼んだ事も忘れたある日、家にヤマト運輸の不在票があり、差出人に見慣れぬ苗字が。 「外園さん?」「一体誰だろう?」と不審がる2人だったが、そんな苗字に近い知り合いもいない。ん、待てよ。「もしかして外園じゃなくて外国?」とSNAKEPIPEがあっさりと謎解きを披露した。そう、ヤマトの配達ドライバーが英語の差出人をよく読まずに面倒だから「外国」と書いたのが、読みにくい字だったという「妄想女刑事」もビックリのオチだったわけ(笑)。しかしいくら何でもナイキを外国って・・・。しばし2人で爆笑して再配達を頼んだ。 ナイキiDが海外生産だとあらかじめ知らなかったらわからないまんまだったろうな。

届いたブーツはこちらの予想を上回るほどカッコ良くて、驚くほど柔らかくて軽い。これは素晴らしい。

オーダーのパソコン画面ではわからなかったが、現物は変なツヤがなくて、思ったよりも品が良いなあ。この手のスポーツ・ブランドはド派手な色合いやブランド・ネーム、ロゴなどが押し付けがましいほど入った商品が多くて、それがイヤだったけど、このナイキのはかかと付近にごく小さなナイキ・マークが入っただけ。見る人が見ればウチの商品だとわかるだろ、という自信がうかがえる逸品だね。

ナイキiDは注文時に好きなIDとかネームを入れられるようになっている。アップルストアの刻印サービスと同じようなものだが、これもちゃんとSNAKEPIPEと刺繍されてて、よりオーダーメイド感を味わえる。  右が着用写真。タクティカル・ブーツは足首を保護するためにクッション入りのものが多く、履き心地は良くなるものの見た目はイマイチになりやすいが、このブーツは足首も細身でシルエットも好みだよ。履いた感想は「地面で跳ねるような感じ」だそうだ。何より軽いのがいいね。大昔に流行ったフランス軍パラディウムのブーツをレザーにした雰囲気と言えばわかってくれる人もいるだろうか?

最後のオチというか何というか、今回このブーツの事を書こうと思ってナイキiDのサイトを久しぶりに覗いてみたら、どこにも載ってない。検索しまくったら「この商品は現在取り扱いがありません(11/10現在)」だとの事。単なる品切れなのか何かあってなくなってしまったのか、その辺は全然不明。まるでこんな商品は存在してなかったような扱いに謎は膨れるばかり。色んな想像をしてしまうではないか。土佐弁で言うところの「ナイキはもうないきに」という表現でよろしいか(笑)? まさに廃版スレスレのギリギリ最後のオーダーで手に入れる事が出来て本当に良かったね、SNAKEPIPE。

20121104-top【府中市美術館前の看板を撮影。「夢に、デルヴォー。」ってコピーどうなの?】

SNAKEPIPE WROTE:

9月12日から11月11日まで府中市美術館でポール・デルヴォー展が開催されていることを教えてくれたのはROCKHURRAHだった。
ROCKHURRAHは以前よりデルヴォーのファンで、
「この展覧会には是非行きたい」
と強く希望。
そこで11月3日の文化の日らしく(?)デルヴォー展に出かけたのである。

それにしても…。
千葉県から府中に行くのって遠いんだよね。
ROCKHURRAHも、もちろんSNAKEPIPEも府中に行くのは初めてのこと。
府中で知ってることと言えば、競馬場と刑務所くらいのものか?
出かけた3日も府中競馬場ではレースが行われていたようで、府中近辺の人出は多かったみたいだね。

東京の西の地域は全体的にほとんど知らないんだけど、府中駅前を歩いてびっくり!
とても開けているし、道は広いし、伊勢丹まであるし!(笑)
住みやすそうな土地だな、と感じる。
I LOVE 千葉と言い続けてきたSNAKEPIPEだけど、それはもしかしたら単に他の土地を知らなかっただけ?
色々な選択肢があるんだな、ということをこの年齢になってやっと気付いたよ。(笑)

府中市美術館のHPには
「京王線府中駅からちゅうバスに乗って府中市美術館 下車すぐ 8番乗り場から、8時から毎時30分間隔で運行。運賃100円」
なんて書いてあるからすっかり信用していたけれど、このちゅうバスが曲者!
1時間に2本しかないと思って並んで待ってたのに、
「これは違う路線で美術館には行きません」
と運転手にあっさり言われてしまう。
ROCKHURRAHが再び検索してくれて、やっと武蔵小金井駅行きバスにて美術館に到着。
やっぱり初めての土地っていうのは難しいね。

府中市美術館は府中の森公園の中にある美術館で、緑の多いゆったりした空間が広がりとても気持ちが良い。
至る所にベンチが点在していて、市民の憩いの場といった感じね。
こんな公園が近くにあったら気軽に散歩が楽しめそう。
いいなあ、府中!(笑)

まずは簡単にポール・デルヴォーの略歴をまとめてみようか。
ポール・デルヴォーは1897年生まれのベルギーの画家である。
10歳の時にジュール・ヴェルヌの「地底旅行」を愛読し、13歳ではホメーロスの「オデュッセイア」を読む。
この読書体験が後のデルヴォーに強い影響を与えている。
22歳で美術アカデミー美術科に入学。
29歳の時にアンソールの影響を受ける。
おっ、先日出かけたアンソールの名前が出てくるなんて嬉しいね。(笑)
32歳で生涯の伴侶となるタムに出会うが、両親に反対され結婚を断念する。
そのタムとは18年後に再会し、なんとデルヴォーが55歳になってから結婚するんだよね。
ずーっとタムのことを考えていたようで、絵のモチーフにも繰り返しタムが出てくるところにデルヴォーの純粋さを感じたよ。
その愛情はタムが亡くなるまで続いていたようで、その死により絶筆したとのこと。
そしてデルヴォー本人はそれから6年後の1994年に96歳で死去。

それではポール・デルヴォー展についての感想をまとめてみようかな。
今回の展覧会は5章のチャプターに分かれて展示されていたので、その章ごとに追いかけてみよう。
わざわざ書くまでもなく、いつも通りじゃん。(笑)

第1章 写実主義と印象主義の影響
20121104-01デルヴォー初期の作品はほとんどが風景画で、当たり前だけどいわゆるデルヴォーらしさは確立されていない。
いかに見たままを絵にするか、を模索している様子は良く解ったよ。
そしてその後も繰り返し描かれるモチーフである蒸気機関車や駅もすでにこの頃に登場してるね。
若くして才能を認められただけあって、さすがに上手い絵が並んでいたよ。(笑)
上は「リュクサンブール駅」(1922年)という未完の作品である。
まだ下描きが残されている状態がアニメっぽっくて面白い。

第2章 表現主義の影響

ここではセザンヌ、モディリアーニ、アンソールなどに影響を受けた風景画が展示されている。
この頃から女性を描くことが多くなったのは、前述したタムというデルヴォーにとっての永遠の愛の対象と出会ったことに起因してるんだろうね。

第3章 シュルレアリスムの影響
20121104-02ポール・デルヴォーの作品はシュルレアリスムに分類されることが多いけれども、シュルレアリスムと一括りにするだけでは真の理解は得られない、と図録に書かれている。
SNAKEPIPEも大好きな画家、デ・キリコの作品との出会いからシュルレアリスム的要素が表れたとのこと。
このチャプターからデルヴォーらしい作品が展示されていて、第2章とは全く違う雰囲気に驚かされる。

このチャプターで非常に気に入ったのが「レースの行列に基づく舞台装置の習作」(1960年)というタイトルの作品である。
確かにデ・キリコの影響を受けている様子が解るよね。
墨と淡彩で描かれていて、モノクロームの世界も素敵!
デルヴォーの作品によく出てくる背景が、荒地とでもいうのか石がゴロゴロしている空き地みたいな空間。
上の作品にも両サイドに描かれていて、SNAKEPIPEはその背景に目を奪われたよ。
ガランとした風景は大好きだからね!(笑)

第4章 ポール・デルヴォーの世界
20121104_03上の作品は「エペソスの集いII」(1973年)である。
デルヴォーに特徴的なモチーフがふんだんに使用された、幻想的な作品だよね。
奥にギリシア・ローマ建築、真ん中にはトラム(路面電車)、そしてアーモンド型の目を持つドレスを纏った女性達、裸体。
ギリシア・ローマ建築は少年時代に愛読したホメーロスから、トラムは駅長になりたかったほど少年時代から魅了された列車への興味、そしてアーモンド型の目を持つ女性はデルヴォーの愛の対象であるタムからの影響、とのことである。
ずっと好きなものを想い続け、それを自身の画風とするところは、日本で言えば横尾忠則みたいだよね。

古代建築と列車が同居していて時代錯誤なこと、夜の場面みたいだけど女性には光が当たって時間の観念が欠落していること、女性しか存在していない世界、といったあらゆる矛盾点が何の違和感もなく描かれているのがシュルレアリスムとして分類される所以なのかもしれないね?
この世界観はデルヴォーならではの独特の雰囲気。
女性の目にほとんど光がなく、まるで人形のように見えるのも不思議な魅力だよね。
デルヴォーはモデルとして採用していた女性も長い間ずっと画家とモデルとして関係を続けていた、と書かれていた。
デルヴォーのキーワードは「長期間」なのかもしれない。

第5章 旅の終わり

デルヴォー80歳代にして、視力の低下という深刻な事態に陥ってしまう。
1986年に最後の油彩「カリュプソー」を描いた後、前述したように最愛の妻タムの死により絶筆してしまう。
20代から91歳で絶筆までのおよそ70年間、デルヴォーが描き続けていたとは驚きである。
もしタムが存命していたら、恐らく絶筆の時期も違ってきたんだろうね。
そして1940年代にはすっかり完成していた、いわゆる「デルヴォー式」とでも名付けたくなる、あの定番モチーフを使用した絵画群を、その後も執拗に描き、膨大な数の作品を仕上げていることにも驚かされる。

Wikipediaでデルヴォーと検索してみると、姫路市立美術館にはデルヴォー作品139点が所蔵されていると書かれている。
エルンスト展を鑑賞した横浜美術館にも18点のデルヴォー作品があるそうだ。
ベルギーにはもちろんポール・デルヴォー美術館があるので、一体全作品数がどれくらいあるのか不明なほどの量産型の画家といえるだろうね。
「思うような成果を達成できない、といつも感じていた」
と語るデルヴォーだからこそできた偉業なんだろうね。

「詩情と夢の画家」と評されるデルヴォーの魅力を知ることができた、とても良い展覧会だったと思う。
「~主義」や「~派」のような分類には、評論家じゃないSNAKEPIPEは興味を持っていない。
鑑賞して何かを感じることができたら、ただそれだけで嬉しくなってしまうのだ。
デルヴォーの絵画は、矛盾点の発見の面白さや全体として鑑賞した時には調和の美しさにまず目を引かれる。
そしてクローズアップと遠景など、フォーカスの当て方によって違った物語を作ることができるから、一粒で二度おいしいって寸法ね。
夢想家でなくても長い間、魅入られたようにじっくり鑑賞すること間違いなしだろうね!(笑)

先日鑑賞したジェームス・アンソールもデルヴォーと同じベルギーの画家で、益々ベルギーへの興味を持ったよ。
他の国にもまだきっと好きなアーティストいるんだろうね。
次の出会いがとても楽しみだ。