Monthly Archives: 8月 2013

【今回特集した映画3本のポスター】

SNAKEPIPE WROTE:

先日「映画の殿 第3号」にも書いたように、週に3本程度の映画鑑賞をしているSNAKEPIPEとROCKHURRAH。
最近は特に映画監督で選んで鑑賞していなかったけれど、ある1本の映画がきっかけでお気に入りになってしまった監督がいる。

友人Mも映画鑑賞が好きで、面白かった映画を薦めてくれることがある。
「『私が、生きる肌』を観て、どう思うか感想を教えて」
という連絡があったのはもう何ヶ月も前のことだ。
言われるままにレンタルしてきて、鑑賞し終わり、
「なんでそうなるの?」
という萩本欽一じゃないけれど、ヘンな感想を持った。
話の展開が普通じゃないのよ!(笑)
この映画の監督はスペイン人のペドロ・アルモドバル
変わった映画を撮る監督だなあ、他の作品も観たいなあと思ったのである。
次に観たのは「キカ」。
これもまた不思議な展開の映画だった。
この頃にはもうペドロ・アルモドバルに興味津々になっていた。

調べてみると、話題になった「オール・アバウト・マイ・マザー」は当時映画館で鑑賞していたSNAKEPIPE。
でもすっかり内容を忘れてるんだよね!(笑)
観たことがないというROCKHURRAHと一緒にレンタルできるペドロ・アルモドバル監督の作品を全て鑑賞することにした。
今では2人共すっかり大ファンになってしまったのである。

そこでペドロ・アルモドバル監督について「好き好きアーツ!」で特集してみたいと思う。
今まで鑑賞したのは7本の映画なので、数回に分けてまとめていこうかな。
鑑賞した順番ではなく、作品の製作順に書いていこう!
※鑑賞していない方はネタバレしてますので、ご注意下さい。

キカ」 (原題:Kika)は1993年のスペイン映画である。
簡単にあらすじを書いてみようか。

気だてがよく行動的な主人公キカはメイクアップ・アーティスト。
年下のハンサムで少し変わり者のカメラマン、ラモンが恋人である。
そこへ彼の義父の放浪作家が二人の前に現われる。
キカはこのちょっとだらしのない義父に魅かれてしまう。
更に“今日の最悪事件”なる報道番組を持つTVレポーターのアンドレアが絡んできて、匿名で送られたビデオなどからある事件の真相を暴いていく。

この文章だけでは内容がよくわからないし、この映画の奇天烈さを表現しているとは思えないんだけどね。(笑)
「キカ」の魅力はその登場人物のキャラクターが立っているところにあると思う。

主人公であるキカが左の写真。
恋愛を語る主演女優にしては、ちょっと年齢が上のような印象を持つ。
この写真からも判るように、うつみ宮土理に似てるんだよね。(笑)
チャキチャキ行動し、弾丸のように話し続けるところもソックリ!
まさかあんなシーンでも喋りまくるとはね!
陰惨なシーンになるはずなのに、笑ってしまうとは思わなかったな。(笑)
その明るさのおかげで(?)メイクアップアーティストとして成功しているようだ。
ショーをいくつもかけもち、メイクアップアーティスト養成講座の講師としても活躍しているキカ。
プライベートも順調で、年下の恋人と暮らしながらも、上の階に住んでいる恋人の父親とも二股の関係を持っているから驚いちゃうよね!
メイクアップアーティストという職業柄なのか、登場する度にヘアスタイルが変わっていたことにも注目!
キカ役はヴェロニカ・フォルケ、1955年マドリッド生まれ。
1984年のペドロ・アルモドバル監督作品「グロリアの憂鬱」にも出演しているらしい。
ということは、「キカ」の時に38歳くらい?
うーん、もっと年上に見えたのはSNAKEPIPEだけだろうか。(笑)

キカの家でメイドをしているフアナことロッシ・デ・パルマ
一番初めに登場した時から
「ピカソみたいな顔!」
と大注目してしまった。
長い顔に曲がった鼻。
かなり個性的な面構えだから、役者としてはもってこいの風貌だよね。
羨ましいと感じる人も多いかもしれない。
ところがロッシ・デ・パルマは、元々女優志望じゃなかったみたいだね。
wikipediaによれば、カフェで歌っていたところをペドロ・アルモドバル監督に見出されたとのこと。
監督が一目惚れするのも納得だよね!

「口髭を生やす権利が女性にもある」
などと堂々と発言するレズビアンという役どころ。
顔だけじゃなくて、強烈な印象を残すおいしい役だったね、ロッシ!(笑)
ロッシ・デ・パルマは他にも何本ものペドロ・アルモドバル作品に登場しているよ!

ペドロ・アルモドバル監督の作品には劇中劇のような、テレビから流れてくる映像が取り入れられているパターンが多いんだけど、「キカ」の中に出てきたテレビ番組が「今日の最悪事件」という報道番組だった。
その司会、進行、取材全てを一人で請け負っているのが写真左のアンドレア。
アンドレアが着ていた衣装がジャン・ポール・ゴルチェのデザインによるもので、それも話題だったようだ。
ジャン・ポール・ゴルチェといえば、80年代に一世を風靡したデザイナーだよね!
SNAKEPIPEも小物類を手に入れて喜んでたっけ。(笑)
さすがはゴルチェ、アンドレアの衣装も驚くような奇抜さと美しさが同居した素晴らしいデザインだった。
アンドレアの番組は、残酷なシーンもノーカット、プライバシーを一切無視した作りになっていて、通常は放送禁止なはず。
もし本当にそんな番組があったら、一部に熱狂的なファンができそうだけどね?
SNAKEPIPE?
もちろん大ファンになると思うよ。(笑)
この役を演じているのがスペインの女優ビクトリア・アブリル
公式HPではゴルフ場でゴロゴロしてるんだけど、どういう意味かね?(笑)

「キカ」は強烈なキャラクターの女優陣に加えて、ミステリー要素や愛憎劇などが入り混じった極彩色の映画だった。
この色彩をケバケバしいと感じるか、もっと強い毒を欲するかは個人の好みの問題だろうね。
SNAKEPIPEとROCKHUURAHは更なる毒を求めることにしたのである。

次は1999年の作品「オール・アバウト・マイ・マザー」(原題:Todo sobre mi madreである。
前述したように、公開された時に映画館で鑑賞していたSNAKEPIPE。
アカデミー外国語映画賞を受賞したこともあり、当時は大変話題だったと思う。
ところがすっかり内容を忘れてしまっていたので、改めて鑑賞し直すことにした。
およそ13年ぶりに鑑賞したけれど、全然覚えてなかったんだよね!
記憶力の低下が激しいなあ。(笑)
もしかしたら「オール・アバウト・マイ・マザー」は、ある程度年齢がいってから観たほうが良い映画なのかもしれない。(言い訳)
また簡単なあらすじから書いてみようかな。

17年前に別れた夫に関して息子から問われた母マヌエラ。
長い間隠していた夫の秘密を話そうと覚悟を決めた矢先、彼女は息子を事故で失ってしまう。
息子が残した父への想いを伝えるため、マヌエラはかつて青春を過ごしたバルセロナへと旅立ち、そこで様々な女性たちと知り合うのである。

「オール・アバウト・マイ・マザー」の主役、マヌエラ。
あらすじにも書いたように、女手ひとつで息子を育てている。
職業は移植コーディネーター。
事故に遭った息子から臓器を提供するシーンは、観ていて辛くなるほどだった。
いつまでも息子の死から立ち直れないままのマヌエラだったけれど、ひょんなことから息子の事故の原因となった舞台女優の付き人になってしまう。
こんな偶然はそうそうないだろうけど、何故だかスペインだったらアリかもと思ってしまうのはSNAKEPIPEだけだろうか。
マヌエラは人助けが得意で、とても親切な女性だ。
どんな逆境にもめげず、そして人を許すことができる寛大さに勇気づけられる。
演じているのはアルゼンチン出身の女優セシリア・ロス
アルモドバル監督作品の初期から出演している常連とのこと。

マヌエラのかつての仲間、整形手術を施したゲイのアグラード。
整形はしていても性転換手術はしていないという設定である。
ものすごく上手に演じていたので、てっきり本物のそちらの方なのかと思いきや、実際は女性だったと知った時には驚いた!
この女優さんもロッシ・デ・パルマと同じように鼻が曲がっていて、個性的な雰囲気なんだよね。
演じていたのはアントニア・サン・フアン
公式HPはスペイン語での表記なので、はっきりは分からないけれど、もしかしたら絵も描いているのかも。
女優だけじゃなくて監督もしているらしいので、アーティスティックな方なのね!

マヌエラが付き人をやることになった舞台女優がウマ・ロッホ。
ウマとは煙のことでベティ・デイヴィスに憧れて始めたタバコの煙から芸名を付けたというほどのヘビースモーカーである。
ウマ・ロッホは共演している年下の女優に夢中になり、心をかき乱されている。
「キカ」にもレズビアン役が出てきたけれど、ここでも同性愛者が登場だね。
1960年代から活躍しているマリサ・パレデスは、この映画の時に53歳くらいだったのかな。
いかにも大物女優という雰囲気が似合っていて、とてもキレイだった。

シスター・ロサはお金持ちの家に生まれながらも、ボランティア活動にいそしむ女性である。
ところがその分け隔てのない行動が、ロサを不幸にしてしまうとは残念だ。
ロサの父親は認知症のようで、妻以外の区別がついていないようだ。
娘であるロサに会っても
「年齢は?身長は?」
という意味不明の質問をするところが印象的だった。
それを聞いてどうするつもりなんだ?って。(笑)

ロサ役を演じたのはペネロペ・クルス
恐らく現在のスペイン人女優の中での知名度はナンバーワンなんじゃないかな?
スペインだけじゃなくて、ハリウッド映画にも出演してるし、次回のボンドガール候補なんて記事もあったしね!
その栄光のきっかけになったのが「オール・アバウト・マイ・マザー」でのロサだったみたい。
ペドロ・アルモドバル監督とは前作の「ライブ・フレッシュ」に出演していたようなので、「オール・アバウト・マイ・マザー」が2作目になるのかな。
それ以降もペドロ・アルモドバル監督作品の常連として、様々な役を演じているね。

それぞれの女性が何かしらの悩みを抱えながらも、たくましく生きている姿を描いた映画なんだよね。
登場人物がみんな個性的なので、単なる感動物語ではないところがポイントかなあ。
ペドロ・アルモドバル自身が同性愛者とのことなので、性差について作品を通して訴えているのかもしれない。
Wikipediaによると映画評論家のおすぎは「生涯のベスト1映画」にしているらしい。
共感できる部分が多かったからなのかもしれないね?

映画の最後に出てきた言葉を書き写してみよう。

ベティ・デイヴィス、ジーナ・ローランズ、ロミー・シュナイダー。
女優を演じた女優たち
すべての演じる女優たち
女になった男たち
母になりたい人々
そして私の母に捧げる

これらの言葉からも「女性」に向けて作られた映画だったことが解るよね。
そして「オール・アバウト・マイ・マザー」がペドロ・アルモドバル監督の女性賛歌3部作と呼ばれる1作目になったんだね。


続いては2002年の作品「トーク・トゥ・ハー」(原題:Hable con ella
また簡単にあらすじを書いてみようか。

交通事故のため昏睡状態のまま、病室のベッドに横たわる女性アリシア。
4年もの間、看護士のベニグノは彼女を世話し続け、応えてくれないことが判っていても、毎日アリシアに向かって語り続けていた。
一方、女闘牛士のリディアもまた競技中の事故で昏睡状態に陥っている。
彼女の恋人マルコは突然の事故に動転し悲嘆にくれていた。
そんなベニグノとマルコは同じクリニックで顔を合わすうちいつしか言葉を交わすようになり、互いの境遇を語り合う中で次第に友情を深めていくのだった。

「トーク・トゥ・ハー」での主役は、ペドロ・アルモドバル監督作品には珍しく男性である。
映画はパフォーマンスを鑑賞しているシーンから始まる。
これはピナ・バウシュというドイツ人バレエ・ダンサーの代表作「カフェ・ミュラー」で、ご本人が踊っていたらしい。
映画の最後のほうにもパフォーマンスの舞台が出てくるんだよね。
バレエやパフォーマンスに不慣れなSNAKEPIPEは難解だったなあ!
ところがそのパフォーマンスを鑑賞しながら涙を流していたのが、主役の一人であるマルコである。
非常に感受性が豊かで、過去の出来事と鑑賞しているアートを結びつけて悲しみにくれてしまう。
職業はジャーナリストで、海外旅行ガイドなども執筆して生計を立てているようだ。
「トーク・トゥ・ハー」の中で何回も泣いてしまう涙もろさ!
男性俳優でここまで泣く演技を観たのは「殺し屋1」以来かも?(笑)

演じていたのはアルゼンチンの俳優、ダリオ・グランディネッティ
アルゼンチンでは有名な俳優だそうで、いくつもの賞を受賞している経歴の持ち主とのこと。
かなり頭髪が薄めの方なんだけど、東洋人と違って堂々としているせいか、とても知的に見えるんだよね!

もう一人の主役は介護士のベニグノ。
ややぽっちゃり気味の体型と、角度によっては二重顎になってしまう丸い顔は、主役にしては珍しいタイプかも?
それが逆に目立って、SNAKEPIPEは目が釘付けになってしまった。 (笑)
もしかしたらペドロ・アルモドバル監督がちょっと似た体型なので、自己投影させた分身的な意味での配役なのかもしれないね。
ベニグノは15年間ずっと母親の介護だけをして青春時代を過ごしてきた、ちょっと変わった経歴の持ち主。
その時に介護以外にも美容に関する技術を習得し、介護士として病院に勤務するのである。
演じていたのはハビエル・カマラ
「トーク・トゥ・ハー」以外にもペドロ・アルモドバル監督作品には多く出演している。
最新作とされる「I’m So Excited」でもハビエル・カマラが主役なんだよね!
なんだかこっそり応援したくなるタイプの俳優だね。(笑)

ベニグノの熱心な介護を受けるアリシア。
精神科医の父親を持ち、バレエ教室に通う女性である。
このバレエ教室の教師がアリシアの母親代わりをしているというほど、2人の仲は親密だ。
この教師役を演じているのがなんとチャップリンの娘なんだって!
そう、あのチャールズ・チャップリンよ!
ジェラルディン・チャップリンはロイヤルバレエアカデミーで学んだ、なんて書いてあるから本当にバレエの人だったのね。
映画デビューは「ライムライト」って、なんだか映画の歴史を勉強している気分になっちゃう。(笑)
ジェラルディン・チャップリンの首の筋は「今いくよくるよ」に負けてないね!
アリシアを演じたレオノール・ワトリングも実際にバレエをやっていたというから、付け焼刃の演技じゃないんだね。
他にもペドロ・アルモドバル監督作品に出演しているね。

マルコの恋人で女闘牛士のリディア。
闘牛について詳しくないSNAKEPIPEなので、実際にどれだけの女性闘牛士がいるのか不明だけど、比率では男性が圧倒的に多いだろうね。
闘牛士と聞いて男性を思い浮かべる人が多いはずなので、この設定もペドロ・アルモドバル監督式の性差を表しているのかな。
試合に出る前に闘牛士の衣装を着るシーンがあり、とても一人では着られないほどフィットしていて、ボタンなどは誰かに手伝ってもらわないとはめられないことを知る。
刺繍や装飾が素晴らしかった。
帽子は手編みニットみたいに見えたのは気のせいか。
今度あんな形の帽子編んでみようかな。(笑)
リディアを演じていたのはロサリオ・フローレス
引き締まった体型で、本当に闘牛士に見えてしまった。
ロサリオ・フローレスはギタリストのアントニオ・ゴンザレスを父親に、歌手で俳優だったロラ・フローレスを母親に持つ芸能一家出身とのこと。
映画デビューは6歳くらいなのかな。
闘牛士役が似合うのもなるほど、という感じだね!

「トーク・トゥ・ハー」にはまたもや劇中劇ならぬ劇中映画がある。
「縮みゆく男」というサイレント映画ということになってるんだけど、これは全くのオリジナルなんだよね。
科学者の彼女が開発した薬を飲んだ男の体が手のひらサイズにまで縮んでしまう話だった。
まるで手塚治虫の「ブラック・ジャック」に出てきた話みたいだけど、さすがはペドロ・アルモドバル監督!
映画の結末はかなり変わっていた。
そしてその映画を鑑賞したことがきっかけで、介護士ベニグノは犯罪行為に手を染めてしまうのである。

ベニグノがアリシアに、マルコがリディアに、そしてベニグノとマルコに芽生えた、それぞれの愛。
人によって基準は色々だから、もしかしたら不道徳とか不謹慎などと感じる人もいるかもしれない。
SNAKEPIPEも話の展開に「なんでそうなるの?」と、再び同じ感想を持ってしまったからね!(笑)
ただハッキリ言えるのは、そこに愛は存在していたということかな。
例えそれが一方的なものであったにしても、ね。

3本の作品についてペドロ・アルモドバル監督特集第1回目をまとめてみたよ。
SNAKEPIPEがとても気に入っているのは、作品中に登場する女性達のあけすけな会話のシーン。
確かに女同士だったら、特にスペインだったら(?)こんな会話をしてるだろうな、とニンマリしてしまうのだ。
ペドロ・アルモドバル監督は脚本も手掛けているので、自然な女の会話をよく知ってるよね!
本筋とは関係ないところで印象に残すのも、さすがだと思う。

次回の「好き好きアーツ!」もペドロ・アルモドバル監督作品特集の続きを書いてみるよ。
どうぞお楽しみに!

【人間と動物のハイブリッドを見事なコラージュで表現!】

SNAEKPIPE WROTE:

先日鑑賞したのは森美術館で開催されている「ラブ展」。
美術館のHPで確認したところ、目新しい作品展示がないことは知っていたけれど、一応観ておこうかということで出かけたのである。
聞いたことがある名前と観たことがある作品が並び、安心して(?)鑑賞することができた。
ジョンとヨーコの映像まで流れていて笑ってしまった。
確かに、ラブなんだけどさ!(笑)
荒木経惟の「センチメンタルな旅」をラブ展で観るとは思わなかったな。
草間彌生のニョロニョロ水玉コーナーは撮影可能だったので、同行した友人Mとお互いを撮影して楽しんだ。
まー可もなく不可もなくといった感じで、特別ブログに特集するような話題がなかったのが残念。

以前から何度も書いているように、夏休みであるこの時期には子供向け、もしくは家族向けの企画が目白押しで好みの展覧会がほとんどないんだよね。
アート鑑賞中毒気味のSNAKEPIPEは、いつもと同じようにネットで作品を検索することにした。
テーマを決めることなく観ていると、何度も「これは!」と思う作品に出会う。
そして作者を確認すると何度も同じアーティストの名前と判明する。
これはそのアーティストが好みってことだよね!(笑)
今回は何度もSNAKEPIPEの琴線に触れたアーティスト、ハンナ・ヘッヒについて書いてみたいと思う。

ハンナ・ヘッヒは1889年ドイツ生まれである。
右の写真がご本人なんだけど、少し年齢のいった小泉今日子って感じか?
1912年から1914年までベルリンのアーツ・アンド・クラフツの大学で勉強する。
この時の専攻はカリキュラム・グラス設計およびグラフィックアートだった。
1914年、第一次世界大戦の最中、学校を卒業する。
1915年、アーツ・アンド・クラフツの博物館のグラフィックス・クラスの国立研究所に入り学校教育に戻る。
この年、ベルリン・ダダで活動していたラウル・ハウスマンと知り合う。
この出会いにより、ハンナ・ヘッヒは1919年にはダダイストとして活動することになる。
ハウスマンとハンナ・ヘッヒはフォト・モンタージュという技法を開発し、作品を発表するのである。
恋人でもあったハウスマンとの関係は1922年に終わる。
1938年にピアニスト、カート・マチスと結婚するが1944年に離婚。
1978年に亡くなるまで、フォト・モンタージュの作品を作り続けていたらしい。
フォト・モンタージュで思い出すのはマックス・エルンストの「聖対話」かな。
横浜美術館で鑑賞した話は「マックス・エルンスト-フィギィア×スケープ」を参照して下さい。
あの作品が1921年だったから、まさにこの時代!
フォト・モンタージュを発明したのがハウスマンとハンナ・ヘッヒだったということは、エルンストの作品は技法を流用したということになるんだね。
いずれにしても1920年代の作品って素晴らしい物が多くて大好き!

1919年の作品「Cut with the Kitchen Knife through the Beer-Belly of the Weimar Republic」という作品が左の画像である。
タイトルを直訳すると「ワイマール共和国のビール腹を包丁で切り開く」といったところか?(笑)
どうやらハンナ・ヘッヒはベルリン・ダダの中では唯一の女性アーティストだったようで、男性達の女性蔑視を感じていたようだ。
女性解放を謳ってはいるものの、実際は口先だけだったんだね。
そのためこの作品でベルリン・ダダ・グループとドイツの社会全体の偽善を告発しているみたい。
タイトルの「キッチンナイフ」を女性の代名詞として、「ビール腹」を男性の代名詞として置き換えると解り易いね。
その時代は男勝りな性格の女性に対して称賛と女性的な役割を果たしていないという抗議の両方が存在していたというから、ハンナ・ヘッヒがフェミニズムを意識していたのも納得できる。
ハンナ・ヘッヒの作品は男性と女性の写真に更に何かを加えるという特徴があるのは、男女同権を訴える意味があるのかもしれないね。

Bauerliches Brautpaar (Peasant Wedding Couple)は1931年の作品である。 農夫の夫婦、というタイトル。
頭部と足だけという斬新なスタイル!
ミルク樽を運ぶための道具を持つ2人の手。
どうしてこんな構図を思いついたんだろう?
不思議な魅力のある作品だと思う。

ハンナ・ヘッヒのコラージュには人の顔を使った物が多い。
そしてそれらがひどく歪んでいたり、あるべき場所から故意にズレて配置されていたりして、鑑賞者をドキリとさせる。
上と左のフォト・モンタージュも両目の位置や口がズレている。
そして体に対して頭が大きい。
なんともアンバランスで、不安な感じがするんだよね。
これらの作品を観たROCKHURRAHが
「まるで福笑いだね」
と感想をもらす。
ははあ、なるほど!(笑)
日本の正月にはお馴染みのあの福笑いも、これらの作品と同じように、目や鼻がヘンな位置にくるからおかしいと笑ってしまう遊びだよね。
ハンナ・ヘッヒが実際に目隠しして作ったのかどうかは不明だけど、似た雰囲気はあるよね!
ただ福笑いとは違って、これらの作品に可笑しみは感じない。
どちらかというと内面に淀んでいたドス黒い感情が表出したような不気味さを感じてしまう。
きっとそれがハンナ・ヘッヒの個性なんだろうね。

1963年の作品「Grotesque」。
この時にはもうハンナ・ヘッヒは74歳だと思うんだけど、まだまだ現役で活動していたとは恐れ入る。
そして全然衰えない想像力と、フォト・モンタージュを使用した「若いもんには負けない」スタイリッシュな作品に驚かされる。
これもまたハンナ・ヘッヒの特徴である男女の顔を使った切り貼りがされてるんだけど、男性の片目だけ何かの動物に入れ替わってるね。
どうしてこの作品のタイトルがグロテスクなんだろう?
年配の男性と若く美しい女性の対比のせい?
いやあ、そうは言っても誰しもが年齢を重ねていくもの。
それをグロテスクと言っちゃあ酷だよね。(笑)

フォト・モンタージュをマネして作ってみようと思った場合、今だったらフォトショップなどを使用して、レイヤーを部分的に消したり、重ねたりすればなんとなくそれらしいものは作れるだろう。
表面的な技法を取り入れることは可能なんだけれど、ハンナ・ヘッヒが作っていたような作品とはまるで違うものになってしまうのがオチだ。
ハンナ・ヘッヒは雑誌などを実際に切リ抜いて、重ね付けしていた。
素材や材料の違いだけではなく、その時代の空気感を纏い、情熱の持ち方が作品に反映され、重要なエッセンスになっていたのではないだろうか。
特に戦争中の作品などは「これが最後になるかも」といったような切迫感を持ちながらの制作には鬼気迫るものがあったに違いないだろうし。
ダダのフォト・モンタージュが魅力的なのは、そういう理由もプラスされてるからかもしれないね?

「The Journalists」は1925年の作品である。
これはフォト・モンタージュではなくて油絵の作品だけど、まるで切り貼りされたような作風だよね。
ハンナ・ヘッヒはフェミニストなので、一部のパーツを巨大化して男性を皮肉っぽく描いてみせたのかもしれない。
例えば似顔絵などのイラストの世界などでは、特徴を目立たせる目的で一部のパーツをデフォルメして描いているのをよく見かけるけど、その元祖って感じだろうか。
もしかしたらその当時、本当に活躍していたジャーナリスト達だったのかもしれないね?
かなり漫画っぽく描かれた油絵もお気に入り!(笑)

1910年代から活動していたハンナ・ヘッヒは、生き辛かったのかもしれない。
世界情勢や歴史認識の知識に乏しいSNAKEPIPEは、ドイツでも男尊女卑があったという事実に驚いてしまった。
ヨーロッパでは日本よりもずっと早い時期から男女同権を掲げていると勝手にイメージしていたからね。(笑)
権利は定められていても、実際は違っていたということなんだろうけど。
もしかしたらその女性蔑視の経験が、作品制作のエネルギーになっていたのかもしれない。
そして同時に、この時代だったからこそ、これらの作品ができたとも言える。
ハンナ・ヘッヒは時代と共に、情熱的に生きた女性なんだろうね。

ハンナ・ヘッヒのような独創的でエネルギッシュなタイプの女流アーティストを知ると、元気が出てくるSNAKEPIPE。
素晴らしい作品を作っているアーティストにありがとうを言いたいね! (笑)
新たな発見があった時にはまた特集したいと思う。

【やっぱりコーヒーといえばデヴィッド・リンチだよね!】

SNAKEPIPE WROTE:

どんなに暑い夏だろうと、欠かさず毎朝飲むのがコーヒーである。
もちろんアイスコーヒーではなくて、ホットコーヒー!
外出先ではアイスコーヒーを飲む機会が多いのに、何故だか自宅ではホットなんだよね。
こんなに暑い夏だからビールにちなんでビアジョッキの特集を組もうとも考えたけれど、一年を通して変わらない習慣ということで、今回の「ビザールグッズ選手権!」はコーヒーのマグについて書いてみたい。
どんなビザールなマグがあるのかな?(笑)

初めに紹介するのはFred & Friendsで販売されているメリケンサック付きマグ!
4本の指をしっかりホールドしてくれる把手がとっても素敵!(笑)
ネット上での評価によると、人によっては指を嵌めこむには小さ過ぎると感想を持つ人もいるみたい。
見たのがアメリカのサイトだったから、もしかしたら手の大きさとか指の太さが違うのかも?(笑)
ちょっと物騒な武器タイプがデザインに取り込まれると、なんでこんなにスタイリッシュになってしまうんだろうね?
ちょっと欲しくなった逸品!
お値段は通常価格$15のところ、アメリカのamazonでは$12.86、日本円で約1300円くらい。
やっぱり良いね!
注文してみようか?(笑)

次も物騒なアイテムにしてみたよ!
Big Mouth Toysが販売しているのは、なんとそのまま手榴弾タイプのマグ!
「見事な形!」
「ギフトに最適!」
などの感想が寄せられていて、かなりの高評価。(笑)
お値段$12.98がアメリカのamazonでは$9.76なので、日本円にして980円くらいだね!
側面からの写真しか見ることがことができないので、内側がどうなっているのか不明なんだよね。
まさかと思うけど、内側もポコポコしてるってことはないよね?(笑)
デスクに置いておいたマグを間違って人に投げつけないように注意が必要だね!

前述の手榴弾タイプのマグを販売しているBig Mouth Toysでもう一つ物騒アイテムを発見!
ご覧頂いている通り、その名もガン・マグ!
こちらもやっぱり手榴弾タイプと同じように、ギフトにする人が多いみたい。
実際の使い勝手などよりも、箱を開けた時に笑ってもらうというのが目的なのかもしれないね?
お値段$14.98がアメリカのamazonでは$11.76、日本円で約1160円。
気軽に買える値段で、喜んでもらえそうだよね!

続いてもまたちょっと痛そうな物騒マグのご紹介!
どうやらSNAKEPIPEは物騒なデザインが好きみたいだね。(笑)
スタッズが張り付いているような、トゲトゲ・マグを発見した時には驚いた!
ありそうでなかった発想では?
パンク系にはもってこいのアイテムだよね!
こちらはScott and Angiというご夫婦が、ネット通販で販売している、その名はスパイキー・マグ!
受注販売とのことなので、注文してから10~12週後に配送ということになるみたい。
どうしても欲しい!という場合には早めに注文するのが良いね。(笑)
海外発送もできるみたいなんだけど、確認が必要かも。
気になるお値段は、アメリカ国内では約900円と記載があって、他の国のどこでも約2500円と書いてある。
「どこでも」の中に日本も含まれているのかどうか不明なんだよねー。
配送料金が含まれていての値段なのかも分からないの。
注文した方は教えて下さい!(笑)

次も見た瞬間に腰を抜かしそうになった逸品!(大げさ)
なんと一眼レフカメラ用の望遠レンズを使用したマグなんだよね。
ちゃんとCanonって書いてあるし!
これはRICHVIBEで販売しているのを発見したんだけど、このRICHVIBEってサイトに載ってる商品、アイテムが様々でびっくりしちゃうんだよね。
どれもカッコ良いモノばかり!
望遠レンズ型マグはアメリカのamazonにたくさん種類があって、お値段$8.4から$23.49まで色々だった。
高くても2300円程度とは驚き!
だって実際にレンズ買ったらもっと高いよ!(笑)
本当に液体を入れて大丈夫なのか、洗う時はどうするのかなどの疑問が出てくるけれど、こんなプレゼントもらったら物凄く嬉しいな!
写真好きにはたまらない逸品だよね。

では最後にギター好きの方に最適なマグをご紹介。
見つけたのはイタリア語で書いてあるサイトだったんだけど、販売しているのはどうやらHaichuan Ceramic Trading Co., Ltdという中国の会社だったよ。
海外向けの陶器を製造販売しているようなので、イタリアのサイトにも載せていたんだね。
恐らく業者向けの販売のため、1個の値段は$0.88~$2.88とされていても、最小の卸数量が2000になっているため、販売価格は不明。
世界のどこかで仕入れている店舗があるはずなので、見つけた方は値段を教えて下さい。(笑)
このマグもプレゼントしたら喜ばれそうな逸品だよね!

久しぶりにビザールな逸品を探してみたよ!
以前もガーゴイルのトイレットホルダーを見つけたように、アメリカのamazonにはびっくりするようなビザール・グッズがたくさんあるんだよね!(笑)
日本に来ていないような物もたくさんあるだろうから、また紹介していきたいと思う。

【サンタ・サングレのポスター】

SNAKEPIPE WROTE:

CULT映画ア・ラ・カルト!」で特集してきたアレハンドロ・ホドロフスキー監督の3部作も今回でついに最終回を迎えることになった。
ホドロフスキー監督が「初めて商業映画を意識して制作した」という「サンタ・サングレ」である。
「サンタ・サングレ」(原題:Santa Sangre)は1989年制作のイタリア・メキシコ合作映画で、前作「ホーリー・マウンテン」から16年の時を経て完成した映画である。
その間に「Tusk」という映画を撮っているけれど、ホドロフスキー監督が自らの作品として認めているのは「CULT映画ア・ラ・カルト!」で特集している3本らしいので、この言い方で良いと思っている。
では早速「サンタ・サングレ」についてまとめてみようか。
※鑑賞していない方はネタバレしてますので、ご注意下さい。

物語は主人公フェニックスの少年時代と青年時代の2部構成になっている。
まずは少年時代について記述しよう。

フェニックスはグリンゴ・サーカスという名前のサーカスを率いる両親の元に生まれ育つ。
フェニックス自身も「小さな魔術師」というニックネームを持ち、マジシャンとして活躍している。
感受性豊かな優しい性格のため、泣いているシーンが多い。
そのため父親から「男にしてやる」という名目で、胸にその名の通りのフェニックス(不死鳥)の刺青をされる。
このシーンは父親がナイフの先で傷を付けることで刺青を仕上げていたため、フェニックスの胸は血だらけ!
本当に痛そうに泣き叫んでいたので、SNAKEPIPEも自分の胸をさすってしまったほど!

フェニックスの父親、オルゴはアメリカ人。
前述したようにグリンゴ・サーカスの団長である。
どうしてアメリカに帰らずメキシコにいるのかは「アメリカで女を殺したせい」と噂されるような暴力的な人物である。
酒飲みで女好き、といういわゆるだらしのない男なのに、団長なのが不思議だよね?(笑)
かなりの太っちょだけれど、スパンコールギラギラの衣装を着け、同じくスパンコールのカウボーイハットまでかぶっている。
そしてフェニックスに施したのと全く同じ刺青を胸に入れている。

フェニックスの母親、コンチャ。
「テラノ兄弟に両腕を切断され、強姦された挙句血の海に置き去りにされた少女リリオ」を聖女として祀る宗教団体の熱狂的な信者である。
その狂信ぶりはイカれてる雰囲気さえ漂う。
目がすごいんだよね!
そして聖女として祀られている少女リリオの像もかなり怖い!
何故だか髪をおさげにして、セーラー服着てるの!
メキシコにも似た制服あるのかしら?

コンチャもサーカスの一員として、髪の毛を使った空中吊りで演技をする。
コンチャはヒステリーで非常に嫉妬深い妻だ。
夫であるオルゴが他の女と一緒にいるとナイフをかざして脅しをかける。
演目の途中であっても激しい嫉妬心を抑えることはできず、夫と女を追いかけてしまうほど。

サーカス団に全身刺青の女が新しく加わることになる。
肉体美をアピールするのがこの女の得意な芸当。
その他に玉乗りするとか空中ブランコやるとか、そういう芸は持っていないみたい。
そのためなのか、団長であるオルゴを得意の肉体攻撃で魅了しようとする。
オルゴの芸はナイフ投げ。
全身刺青女を的の前に立たせ、ナイフを投げていく。
まるでそれが性行為の代替であるかのように、刺青女はナイフが1本、また1本と投げられる度に身をよじるのである。

全身刺青女が一緒に連れてきたアルマという少女も、サーカス団で火縄を渡る芸の特訓中である。
アルマは聾唖者で口をきくことができない。
恐らくそのため両親から見捨てられ、全身刺青女の手に渡ったものと思われる。
サーカスと聞くとちょっと物悲しく感傷的な気分になってしまうのは、こういう事情がたまに透けて見えるからだろう。
全身刺青女からイジメられても、アルマは強く清らかな精神のままサーカス団に溶け込んでいる。
そしてそんなアルマに心惹かれているのがフェニックスだ。

ついに団長と全身刺青女は一線を越えようとする。
その2人の後を追ったコンチャは嫉妬と怒りで気も狂わんばかり。
硫酸を手に2人のいる場所に向かうと、夫オルゴの局部に硫酸を降りかけるのである。
怒ったオルゴはコンチャをナイフ投げの的へ連れて行き、その場で両腕を切断する。
あのナイフがそんなに切れ味良かったとは!
その姿はコンチャが狂信していた聖女リリオそのものだ。
そしてオルゴは最後にグリンゴ・サーカスを目に収めた後、首を切って自害するのである。
全裸で局部を抑えながら少し歩いた後自害するシーンは「エル・トポ」の中にも登場したね。
その様子を泣き叫びながら見ていたフェニックス。
フェニックスはコンチャにトレイラーに閉じ込められていたせいで、行動できなかったのだ。
全身刺青女はアルマを連れて車で逃走してしまう。
車の後ろの窓から悲しそうにフェニックスを見つめるアルマ。
ここまでで少年時代のお話終了!
こんな惨劇が目の前で繰り広げられてしまったら、少年はどうなってしまうんだろうね?

青年になったフェニックスは障害者施設にいた。
言葉を喋らず、胸の刺青のように自分を鳥だと思っているらしい。
人間用の食事には見向きもせず、生の魚を見ると奇声を発し、ガツガツとむさぼるように食べ始める。
このシーン、どうみても本当に生のまま食べてるように見えるんだよね!
役のためとはいえ、大変だっただろうねえ。

ある日フェニックスは障害者達と共に映画「ロビンソン・クルーソー」を観に外出することになる。
そこに客引きの男が現れ、映画より楽しいことをしよう、と障害者達を誘う。
コカインを吸わされ、障害者達が連れて行かれたのは相撲取り並の体格の年配娼婦の前だった。
5人の障害者まとめて全員で20ドルという娼婦に、俺の取り分は15ドルだと主張して交渉成立。
アコギな商売してるよね、客引きの男!
この客引きの男の名前がテオ・ホドロフスキーなんだよね。
監督との血縁関係については不明!(笑)
他の4人は娼婦に連れられて行き、フェニックスは仲間に加わらず町をさまよう。
通りは客を待っている娼婦たちであふれている。
フェニックスがふと目をやった先に、先程の客引きと陽気にサンパを踊る女がいる。
なんとその女はグリンゴ・サーカスにいた全身刺青女だった。

全身刺青女はグリンゴ・サーカスの時もそうだったように、その肉体とお色気だけをウリにしているので、サーカス団から逃げた後は娼婦になっていたようだ。
律儀にも(?)あの聾唖者のアルマの面倒もみているようで、同居している。
2人の軍人を客に取り、そのうちの一人をアルマに相手させようとする。
この軍人、恐らく巨人症だと思われる。
その巨人相手に格闘し、窓から逃げて難を逃れたアルマ。
なんとか夜露がしのげる場所を確保し、朝にようやく家に帰る。
そこで全身刺青女の亡骸を発見するのだった。
全身刺青女の殺害シーンはまるでアルフレッド・ヒッチコック監督の「サイコ」を思わせる演出がされている。
カーテンごしにナイフで上から下へと斬りつけるのである。
殺人者の姿は見えず、ただ赤いマニキュアをした女の手だけがヒントである。
一人ぼっちになってしまったアルマの心の拠り所は、グリンゴ・サーカスで生き別れたフェニックスだった。

映画「ロビンソン・クルーソー」の翌日、フェニックスは両腕のないコンチャの呼びかけに応じて、障害者用施設を抜け出す。
そしてコンチャと一緒に「コンチャと魔法の手」という演目を劇場で披露している。
これはフェニックスがコンチャの手の代わりに、二人羽織状態で後ろから動きを付けている出し物である。
フェニックスの爪には赤いマニキュアが塗られている。
本物の女性の指のようなきめ細やかな動きに感心してしまうね!
二人羽織は演目だけではなく、家の中でもコンチャの手の代わりを務めるのである。

この劇場の他の演目に「制服の処女ルビー」というストリップショーがあるんだけど、このルビーちゃんがすごいインパクト!
メキシコ人は、もしかしたら老けて見えるのかもしれないけど、どうみてもルビーちゃんは40代に思えるよ!
黒板と机を配置した教室を演出したステージに、セーラー服に髪をおさげにして登場!
まずはこのアンバランスさがなんとも言えずシュールな感じがする。
ちょっと昭和レトロな雰囲気もあるよね?(笑)
コンチャが崇拝し、聖女リリオとして祀っていたのもセーラー服とおさげ髪だったので、ホドロフスキー監督は余程気に入っていたに違いない。(笑)
観客のおじさん達もやんややんやの大歓声で、ルビーちゃん大人気だし!
このストリッパー、ルビーちゃんから「あたしと組まない?」と誘いを受けるフェニックス。
いつの間にか父親譲りのナイフ投げの技を身に付けているフェニックスは、ルビーちゃんをナイフ投げの的の前に立たせるのだった。
この時フェニックスの脳裏をよぎるのは、かつて父親の前で身をくねらせて的の前に立っていた全身刺青女。
強烈な記憶は今でも色鮮やかにフェニックスに影響を及ぼしているようだ。
そこにやってきた母親、コンチャ。
父親にしていたのと同じように、フェニックスが自分以外の女と接触していると、強い反発心と嫉妬心で怒りに打ち震えるのだ。
「その女を殺しなさいっ!」
そうコンチャから命令されると、自分の意志とは関係なくコンチャの指示通りに手が動いてしまう。
ルビーちゃんの腹部めがけてナイフを投げてしまうフェニックス。
コンチャの命令は絶対である。
逆らうことなんてできないんだ。

ルビーちゃんの死体を自宅に運び、庭に埋める。

今までにも大勢の女性を手にかけ、同じように庭に埋めてきたんだろう。
大勢の埋められていた女性たちが花嫁のベールをかぶり、ワラワラと土から出てくるシーンがある。
ここだけ見ているとまるでホラー映画のようで、かなり不気味だった。
タイトルつけるなら「brides of the living dead」って感じか?(笑)
不気味といえば、フェニックスが自宅に招いた史上最強の女子プロレスラーは、どこからみても男性にしか見えないんだよね!(笑)
上の写真がその女子プロレスラーなんだけど、身長の高さ、体つきのゴツさ、顎のラインなど全てが男!
コンチャと力の強い彼女(?)を対決させようと企てていたようだ。
それなのに、なんとも残念なことにコンチャの命令のほうが勝っていたんだねえ。
「彼女を殺すのよ!」
コンチャ、本気で女だと思ってたのかなあ?(笑)

「コンチャと魔法の手」を上演している劇場を手掛かりに、アルマはフェニックスの住所を探し出す。
家の中の様子から、恐らく全ての察しがついたんだろう。
フェニックスの目を開かせ、真実と向き合わせようとする。
全ての真実を受け入れたフェニックスは、やっと本来の自分自身と自分の手を取り戻すことができるのだった。

急に最後の部分だけかなりぼやかして書いてみたよ。
そこが核心に触れる部分なので、ネタバレし過ぎはヤボかな、と。(笑)
母親に支配される息子の主題は、前述したヒッチコック監督の「サイコ」でお馴染みだと思う。
ただしホドロフスキー監督はメキシコで実際に起きた連続殺人事件を元にこの映画の構想を練ったらしい。
20人以上の女性を殺し、自宅の庭に埋めていたホルヘ・カルドナという犯人にも直接インタビューまでしていたというから驚きだよね!
そのホルヘ・カルドナが母親からの支配を受けていたのかどうか、その事件そのものについての調べがつかなかったのではっきりしたことは不明。
構想から7年の月日が経ってからの映画化ということだから、どうしても撮りたかった作品なんだね。

冒頭に書いた「商業映画を意識した作品」という意味については、
・ストーリー展開がはっきりしていたこと
・他2作に比べるとグロいシーンが少なかったこと
・ラテン音楽の多用とダンスのシーンなどから陽気な雰囲気を感じたこと
という3つがパッと思いついたことかな。
いかにもホドロフスキー監督らしい、と思える演出のほうがはるかに多かったので、「エル・トポ」と「ホーリー・マウンテン」に比べてみれば、という前置きが必要かもしれない。

「サンタ・サングレ」を英語に訳した「ホーリー・ブラッド」と叫んでいたのが少女リリオを祀っていた教会でのコンチャだった。
少女が流した血は聖なる血だ、というのだ。
根拠は不明だけどね!
両腕を切断された、で思い出すのがデビッド・リンチの娘であるジェニファー・リンチの処女作「ボクシング・ヘレナ」(原題:Boxing Helena 1993年)である。
この映画は主演女優の降板騒ぎや、最低映画賞といわれるラジー賞を獲ったという悪評で有名な映画になってしまっている。
最終的に主役に収まったのは、「ツイン・ピークス」でオードリー役を演じていたシェリリン・フェン
少女リリオのように両腕のみならず、両足までも切断され椅子に腰掛けているのが、左の写真。
元々自分勝手で奔放な性格という設定だったせいもあり、とても聖女とは呼べないタカビー(死語)な女性だったよ。
改めて鑑賞しなおしてみたけど、ラジー賞に納得してしまったSNAKEPIPE。
エロと猟奇と狂気が中途半端なんだよね。
どうせやるならどれか一つを突出させても良かった気がする残念な作品だった。
「サンタ・サングレ」と同じジャンルに分類されるオチの付け方なのに、「ボクシング・ヘレナ」には非難の言葉が多いのも中途半端さが原因かな、と思われる。

ホドロフスキー監督についてもう少し調べてみよう。
「サンタ・サングレ」で演じられた少年時代と青年時代のフェニックスは2人共、ホドロフスキーの実の息子!
ん?ここで疑問が。
一体ホドロフスキー監督には何人の息子がいるんだろうね?(笑)

「エル・トポ」に出ていた、あの裸の少年。
ブロンティス・ホドロフスキーは1962年メキシコ生まれの長男。
wikipediaのページがフランス語なので、はっきりしたことは不明だけど、どうやら俳優や演出家をやっている模様。
ホドロフスキー監督の最新作「リアリティのダンス」ではアレハンドロ・ホドロフスキーの父親役、つまりブロンティスからみるとおじいちゃんを演じているらしい。
自伝的小説「リアリティのダンス」に中にブロンティスに関する記述がある。
どうやらブロンティスは6歳まで母親とアフリカにいたらしい。
そしてその後フランスにいるアレハンドロ・ホドロフスキーの元に来たというのだ。
そのため6歳までは父親不在の生活を送っていたとのこと。
「エル・トポ」は1970年の制作なので、ブロンティスは父親の元に行ったばかりで撮影してたんだね!
「ホーリー・マウンテン」にも「サンタ・サングレ」にも出演していたようだけど、どの役だったのかは不明。

アクセル・ホドロフスキーは「サンタ・サングレ」の中でフェニックスの青年時代を演じた。
映画に関する記述ではアクセルだけど、小説「リアリティのダンス」の中にヒントがあった。
アクセル・クリストバル・ホドロフスキー!
クリストバル・ホドロフスキーは1965年生まれの次男坊。
詩人、画家、作家、映画監督の他にサイコ・マジックも手がけているらしい。
サイコ・マジックとはアレハンドロ・ホドロフスキーも行なっていたサイコセラピーの一種で、依頼人の悩みを家系図を元に作成した系統樹や依頼人が見た夢などを利用して、根本となる問題点を導き出し、問題解決にあたるものである。
実際にどのような方法を用いて問題解決をしたのか、という実例については小説「リアリティのダンス」の中に事例があるので参照して下され!
詩人やサイコ・マジックを手がけているということで、もしかしたらクリストバルが一番ホドロフスキー監督の影響を受けているのかもしれないね?
それらは父親であるアレハンドロが行なってきたことを伝承しているみたいだからね。
クリストバルのHPがスペイン語で書かれているので、読解できないのがもどかしいね!
何の役なのかは不明だけど、映画「リアリティのダンス」にも出演している模様。

アダン・ホドロフスキーは「サンタ・サングレ」でフェニックスの少年時代を演じた。
1979年生まれというから、長男と17歳も差がある三男坊!
ホドロフスキーが50歳の時に生まれた、と書いてあったよ。
「サンタ・サングレ」撮影時は9歳くらいだった計算だよね。
このアダンは、現在Adanowskyという名でミュージシャンになっている。
wikipediaによると、どうやら一番初めにアダンにギターを教えてくれたのは、あのジョージ・ハリスンだったらしい!
アレハンドロ・ホドロフスキーが友達だったから、というのが理由らしいけど、ビートルズ・ファンには垂涎の的だろうね。(笑)
アダンもアナーキストの役で「リアリティのダンス」に出演しているみたい。

恐らく息子はこの3人だと思われるんだけどね?
どうやらそれぞれの母親は別らしい。
それなのにホドロフスキー色が濃く出ているところがすごいよね。(笑)
実は他にも映画の中にホドロフスキーって名前があるのを発見したんだけど、それが息子なのか親戚なのかはよく分からなかった。
娘も一人いるらしいんだけど、この方は映画とは無縁だったのかな。

来年日本公開予定の「リアリティのダンス」の前に、ホドロフスキー監督の3部作についてまとめてみたよ。
これで復習は完了だね!
そして小説「リアリティのダンス」も読了し、3人の息子達についても調べたので予習もできたかな。(笑)
来年の公開が本当に待ち遠しい!