Monthly Archives: 10月 2013

【タランティーノもびっくり!赤い妖艶な世界】

SNAKEPIPE WROTE:

物心ついた頃から好きだったのは、何故だかエロ・グロ・ナンセンスに分類されてしまうような怪しげな世界である。
日本の小説でお気に入りだったのは、江戸川乱歩と夢野久作。
もしかしたら「好き」と公言するのをためらってしまう人もいるだろうね。
乱暴に言ってしまえば「変態好き」を認めてしまうことになりかねないからだ。
SNAKEPIPEはブログでお気に入りの映画やアーティストを紹介しているけれど、やっぱり「ちょっと変」で「あやしげ」な世界観が多いのは自認しているし、恥ずかしいとは思っていない。
「江戸川乱歩最高!」などと大きな声で言うし、賛同してくれるROCKHURRAHや友人と同じ世界観を分かち合うことを喜びとしている。
ROCKHURRAHは昔の探偵小説の大ファンで、乱歩も当然のごとくほとんどの作品を読破しているからね!

最近はずっとスペイン映画の鑑賞を続けていたけれど、たまには初心に帰って(?)日本のカルト映画を観ることにした。
江戸川乱歩の小説が昭和の時代に映画化されていることを教えてくれたのはROCKHURRAHだった。

江戸川乱歩の一寸法師」というタイトルで、「一寸法師」が原作の映画ね。
原作は大正15年から昭和2年まで朝日新聞に連載された新聞小説だったとのこと。
「パノラマ島奇譚」と同じ頃の作品らしいね。映画版は1955年の作品で、モノクロである。
主人公である小林を演じているのは宇津井健
小林という役名だけど、「少年探偵団」の小林少年とは別物だからね!(笑)
とても役者とは思えないほど地味な風貌に加え、ボソボソした声でセリフは棒読み!
素人の演劇クラブみたいな演技で驚いてしまう。
どうして主役になれたのか不思議に思ってしまうのはSNAKEPIPEだけじゃないと思うよ。(笑)
その小林がたまたま遭遇した交通事故現場で、不思議な子供に遭遇するところから映画は始まるのである。

子供だと思っていたのは実は小人。
その小人を追いかけているところで、学生時代の友人である百合枝とばったり再会し、百合枝から相談を持ちかけられるのである。
百合枝は実業家である山野大五郎の後妻になっていて、先妻の子である三千子の継母という設定。
その三千子が家出をしたという。

百合枝を演じていたのは三浦光子という女優。
SNAKEPIPEは昔の邦画をほとんど知らないので、この女優は全然知らないけれど、 Wikipediaには出演した数多くの映画の情報が載っていて、有名な女優だと知ったよ。
1954年に制作された「悪魔が来たりて笛を吹く」にも出演していたみたいだから、横溝正史とも縁があったのね!
残念ながらこの作品は未鑑賞なんだよね。
いつか観てみたいな!
確かに美人で、苦悩する人妻といういかにも乱歩が好きそうな役どころを見事に演じていたと思う。
「江戸川乱歩の一寸法師」の中で、ちゃんと演技ができていたのはもしかしたらこの女優だけだったかもしれないね。(笑)

そんな百合枝に小人は一目惚れしていたのだった。
長い間思いを寄せながら、心を打ち明けることができなかった小人は奇策を考え、百合枝の前に姿を現し告白する。
「一寸法師」はミステリーのジャンルになる小説なんだろうけど、乱歩が最も表現したかったのはこの告白のシーンじゃないかな、と推測する。
役者ではない本物の小人が出演し、更に変装をして喋っているせいで、セリフが聞き取り辛いんだけど、それだけに何故だか真に迫っているように見えてしまう。
具足を使い平均的な男性の身長に変装したり、軽業でひょいひょい高いところに登ったりするのは、本当に乱歩の世界そのもの!
この時代だからこそできた配役なのかもしれないね。

時代という点では、町並みやエキストラの人々のファッションなどもさすがに現代では再現できない乱歩風の世界が広がっていた。
特に寺と民家がつながっているような、乱歩らしいトリックが見事に映像化されていたのは嬉しかった。
手や足が天井からぶらさがっている人形店の店内も「いかにも」な雰囲気でニヤリとしてしまったよ。

ニヤリといえば、ほんのチョイ役で登場しているのが天知茂
なんと探偵の助手という役どころなんだよね。
明智先生!
先生が事件を解決したほうが良かったんじゃないでしょうか?(笑)
もう一人、丹波哲郎も脇役で出演しているのも見逃せないね。
ほとんどセリフのない役だったけれど、存在感は抜群。
若かった頃の役者の顔を発見するのも、昔の映画を鑑賞する醍醐味の1つだよね!

もう1本鑑賞した作品は「陰獣」。
「江戸川乱歩の一寸法師」より約20年後の1977年制作なので、今回はカラーである。
主役は探偵小説家の寒川光一郎。
演じていたのはあおい輝彦である。
あおい輝彦といえば、一番初めに思いつくのは「犬神家の一族」での犬神佐清!
「犬神家の一族」は1976年で「陰獣」は1977年だから横溝正史作品、江戸川乱歩作品と2年連続出演とは、すごいぞ輝彦!(笑)
寒川役も好演していたよ。
探偵小説家が本当に謎解きに駆り出され、まさかあんなことに巻き込まれるとはね!(笑)

まるで寒川を付け狙っているかのように、寒川と複数回遭遇する小山田静子。
夫は実業家の小山田六郎って「一寸法師」の時の設定と同じじゃない?(笑)
更に寒川に相談を持ちかけるところまで「一寸法師」と同じなんだよね。
ま、苦悩する美人妻っていうが乱歩のお気に入りだから良しとしようよ!

「陰獣」での一番のポイントは変装にあると思っている。
未だに変装と聞けば、頭に浮かぶのは「陰獣」の中での変装のこと。
映画を観る前から
「あの変装シーンは映像化してくれるだろうか」
という変な心配をしていたSNAKEPIPEだったけれど、そんな心配は全く無用だった。
キチンと順序立てて変装シーンを見せてくれたのである。
ではその画像を一挙公開!(笑)

髪を丸髷にした後、前歯に金歯を差す。

メガネをかける。

頬に含み綿を入れる。

膏薬を貼る。

なんと不思議なことに、美人妻の小山田静子がおばちゃんみたいな別人になっちゃったよ!(笑)
「丸髷、金歯、含み綿、膏薬」が女の変装バージョン、「白髪、黒メガネ(もしくは眼帯)、杖」 が男の変装バージョンというのがROCKHURRAH RECORDSでの常識だよ。(笑)
小山田静子を演じた香山美子 は、2面性を持つ静子を非常に良く演じていたと思う。
乱歩が生きていたら喜んだんじゃないかな?(笑)

「陰獣」は他にもチョイ役で大物俳優がたくさん登場しているので、どのシーンで誰が出ているかを探すだけでも面白いんだよね。
原作に忠実で、良い役者が揃っている傑作だと思う。
江戸川乱歩ファンにお勧めだね!

「陰獣」は昭和3年(1928年)に3回に分けて連載された小説で、当時も大人気だったとWikipediaに載っている。
85年を経過した現代でも、全然古さを感じさせない小説だよね。
さすが、乱歩!
やっぱり江戸川乱歩、大好きだ!(笑)

【川村記念美術館行きのバス停にて撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

10月なのに30℃を超える気温を記録した暑い日に、久しぶりに展覧会に行くことにしたSNAKEPIPEとROCKHURRAH。
今年は猛暑、台風、竜巻と異常気象のオンパレード。
体力に自信がないSNAKEPIPEにはとてもキツいなあ。
年齢的な関係もあるのかな。(笑)
今年の夏は暑いせいで、休日はひきこもってばかりいた。
せっかくの秋だからお出かけしようと決めたのが、佐倉にある川村記念美術館
9万坪の広い敷地内に併設されている美術館は、まるで小旅行に出かけたような気分になる気持ちの良い場所だ。
熱中症対策用の飲み物を用意し、佐倉に向かったのである。

川村記念美術館は2011年9月に鑑賞した「モホイ=ナジ/イン・モーション」以来約2年ぶりになるんだね。
モホリ=ナギ展覧会も素晴らしかったし、川村記念美術館がコレクションしている作品群も、こだわりが感じられ大変満足したことを覚えている。
今回はそのコレクションの中から「リコレクション」としてテーマを決めて展示しているシリーズの2回目とのこと。
これは期待できそうだね!(笑)

佐倉駅の川村記念美術館行きのバス停で待つこと10分。
同じようにバスを待っているのは女性2人組と他に女性1人のみ。
無料送迎バスは大型マイクロバスで立派なタイプなので、お客さんが5人程度しか乗っていないのは、ちょっともったいないくらい。
経営状態を勝手に心配してしまうよ。(笑)
佐倉近辺の住人だったら車を所持しているのが当たり前で、SNAKEPIPEとROCKHURRAHのように、何かしらの交通機関を利用しないとダメな人ばかりじゃないだろうけどね!

20分程度で美術館に到着。
駐車場には車がたくさん停まっていて、やっぱり他の人はマイカーで来るんだなと納得。
美術館に行く人は少なくても、自然散策路の散歩を目的とする人が多いみたいだからね。
おかげで美術館内はガランとしていて、ゆったり鑑賞することができたよ!(笑)

今回の展覧会の目玉はフランク・ステラエーリヒ・ブラウアーの展示である。
フランク・ステラのコレクションは川村記念美術館で今までにも鑑賞しているけれど、今回は「フランク・ステラ・ルーム」として大型の作品16点を鑑賞できるとのこと。
常設展示に加えて企画展へとつながる順序に沿って鑑賞していく。
常設展では前回も鑑賞していたけれど、やっぱりマックス・エルンストの作品に目を奪われる。
2012年5月に横浜美術館にて「マックス・エルンスト-フィギィア×スケープ」を鑑賞した時にも非常に感銘を受けたね!
やっぱりダダとシュルレアリスムには興味津々だよ!(笑)

川村記念美術館にはもう1つお目当てがある。
世界に3つしかないマーク・ロスコの作品7点が展示されている「ロスコ・ルーム」である。
今回は本当にお客さんが少なかったので、「ロスコ・ルーム」はSNAKEPIPEとROCKHURRAHの専用貸し切り部屋になってしまった!
なんてラッキーなんでしょ!(笑)
言葉にできない、なんとも言えない感覚に襲われる部屋なんだよね。
真ん中にあるソファに座ってぐるりと展示されているロスコの絵をじっと観ていると、まるでトリップしているように意識が飛ぶ。
できるだけ長い時間滞在したい空間なんだけど、美術館の監視員と警備員にじーーーっと見られているのは苦痛。(笑)
特に今回は2人しか部屋にいなかったから余計だよね。
ちょっと名残惜しい気持ちを残しつつ、2階の企画展へ向かう。

【ヒラクラⅢ  1968年】

「フランク・ステラ・ルーム」はかなり広い2部屋を使用し、大型の作品を展示していた。
複雑な形のキャンバスに幾何学模様を描いたミニマル・アートからコレクションが始まる。
ミニマル・アートとは視覚芸術におけるミニマリズム(Minimalism)であり、装飾的・説明的な部分をできるだけ削ぎ落とし、シンプルな形と色を使用して表現する彫刻や絵画のことだという。
ミニマル・アートの先駆者としてロシア構成主義のアレクサンドル・ロトチェンコの名前が挙がっているのを発見!
やっぱり好きな雰囲気の作品は根本でつながってるんだね。(笑)
極彩色なのにバランスが良くて、部屋に飾りたい逸品がたくさんあったよ!
幾何学模様の美しさを堪能できるね!

【Western Driefontein 1982年】

フランク・ステラの別ラインは立体的な作品群である。
川村記念美術館の入り口にも、「リュネヴィル」というかなり大きなフランク・ステラの立体作品が展示されているんだよね。
川村記念美術館はフランク・ステラのコレクションとしても世界的に有名だというから「ロスコ・ルーム」と併せて、高い評価を受ける美術館といえるだろうね!
「フランク・ステラ・ルーム」に展示されていた立体作品も、とても素晴らしかった。
どの作品も「家に飾りたい」と思ってしまう逸品ばかり。
ステンレススチールやアルミニウムを素材にしている作品が多いので、「シルバー色でピカピカ光るもの」に目がないSNAKEPIPEにはよだれもの。(笑)
現在77歳のフランク・ステラは、現役で活動を続けているという。
もっとたくさんカッコ良い作品を作って欲しいよね!(笑)

【Cast thy bread upon the waters:For thou shall find it after many days】

もう1つの企画展がウィーンの画家、エーリヒ・ブラウアーの版画である。
旧約聖書の「ソロモンの箴言」から抜粋したテクストを元に制作された、12点の連作版画だという。
2012年9月に行った「ジェームス・アンソール展」も全く知らないベルギーの画家の展覧会だった。
今回のエーリヒ・ブラウアーも今まで聞いたことないんだよね!

エーリヒ・ブラウアーは1929年ウィーン生まれ。
リトアニアからの移民でユダヤ系だったため、少年期にはナチスによる迫害や強制労働を経験したという。
1945年にウィーンの美術アカデミーに入学し、同時に歌唱法も学んだというから多芸だよね。
1946年、ギュータースローに師事する。
この時同じようにギュータースローから教えを受けた画家たちは、ウィーン幻想的レアリスム派と呼ばれるらしい。
もちろんエーリヒ・ブラウアーも中心人物の一人だったのね。
それにしても、幻想的レアリスムってシュルレアリスムとは違うのかね?(笑)

その後フランス、スペイン、北アフリカなどを旅行しダンサーや歌手として生活費を稼いだらしい。
「芸は身を助く」を実践していて、アレハンドロ・ホドロフスキーに経歴が似てるね。
1955年の結婚を機に名前を「Arik」に改名。
これはヘブライ語で「神のライオン」を意味するらしいよ。
1956年にウィーンで個展を開催して以来、現在に至るまで活動を続けているアーティストとのこと。
絵画だけではなく、ミュージシャンとしての活動もあり、数々のアルバムもリリースしているとはびっくり!
舞台馴れしている雰囲気は上の写真でも判るよね。
まだまだ元気でおシャレな紳士だから80代には見えないよ。
今回の展覧会で初めて存在を知ることができて良かったなあ!

【With thou set thine eyes upon that which is not? For riches certainly make themselves wings. They fly away as an eagle toward heaven. 】

「ソロモンの箴言」を題材にした12点の作品は、大きく逸脱せず、内容を視覚化していて解り易い。
色彩の鮮やかさやモチーフの面白さは、遠目でも瞬間的に目に入ってくるほどインパクトが強い。
近寄ってじっくり鑑賞すると、かなりグロテスクな要素も含まれていることに気付く。
上の作品では流線型の物体から緑色の女の足が伸びているんだよね。
なんだかよく分からない想像上の物体が多く登場して、作品全体を不気味にしている。
「これよ!まさにこれ!」
と口角泡を飛ばし、興奮するSNAKEPIPE。
前述したジェームズ・アンソールに求めていたグロテスクな要素が満載で素晴らしい!(笑)
ジェームズ・アンソール展もこんな風に、たくさんのグロテスクを展示してくれたら良かったのに期待ハズレだったからね。

最後に一点だけ、残念なこと。
なんでミュージアムショップにブラウアー関連商品が一点もなかったんだろう?
せめてポストカードだけでも置いて欲しかったなあ!
SNAKEPIPEのように図録を楽しみにしているような客もいることを知って欲しいな、と思う。

小さな残念なことはあったけれど、大好きな雰囲気の画家に出会えて、とても嬉しかった。
行って良かった、素敵な展覧会だったよ!
さすがに川村記念美術館、最高だね!(笑)

【物々しい鉄の甲冑軍団がかなり不気味で良い感じ!】

SNAKEPIPE WROTE:

ペドロ・アルモドバル監督作品鑑賞から、すっかりスペイン熱に浮かされているSNAKEPIPEとROCKHURRAH。
他の監督によるスペイン映画はもちろんのこと、ワインやお菓子までスペイン産を好んで選ぶようになっているほどだ。
もっとスペインについて知りたい、と思っている時にふと気付いたのがアートの世界のこと。
スペインには有名なアーティストがたくさんいて、アート量産国だったんだよね!
誰もが知っているピカソを始め、ダリやミロ、エル・グレコにゴヤ、ベラスケスと世界的に知られている画家のオンパレード!
「アンダルシアの犬」でお馴染みの映画監督ルイス・ブニュエルもスペイン出身だったよね。
今まで特別意識していなかったけれど、スペイン人の作品に慣れ親しんでいたことを改めて認識したよ。

そういえば現代アートの世界はどうなっているんだろう?
今回の「 SNAKEPIPE MUSEUM」はスペインの現代アーティストを紹介してみたいと思う。
スペインの現代アーティストと検索した時に一番初めに目に飛び込んできたのが、一番上に載せた画像だったんだよね。
どっしりと重厚感のある、まるで闇の世界から出現したかのようなダークな雰囲気を持った彫刻はSNAKEPIPEの好みそのもの!
アートがしっかり根付いた土地には、やっぱり面白い作品を作るアーティストがいるんだね。
この作品を作ったのは一体誰?

今回SNAKEPIPEが気になったアーティストは、1965年パリ生まれのスペイン人、ザビエル・マスカロ
一家は1968年にスペインへ移住する。
1988年に美術学位を取得し、バルセロナ大学を卒業した翌年から青銅細工の制作を開始。
1995年には、鉄を使用した彫刻を始める。
1998年に個展を開催。
現在はメキシコシティとマドリードを行き来する生活を送っている。
国際的にも著名なスペインの芸術家のうちの1人である、とのことである。

6体の作品が並んでいる、左の写真は2012年に制作された「Warriors」である。
画像が小さいので判り辛いと思うけれど、ところどころが朽ち果てたように穴が開いていて、もう少し経ったら崩れ落ちてしまうような状態である。
素材は鉄を使用しているのに、ガッチリとした安定ではなく、不安を感じさせるという矛盾がテーマなのかもしれないね。
タイトルも「勇士」なのに、強そうで勇敢なイメージとは程遠いところにも注目かな。
一番上の画像では、黒い鉄が年月を経て錆びてきて、赤銅色に変色しているところが凄みになっていたのとは別の印象を持つ。
様々な表情を与えられた鉄を鑑賞するのは初めてかも?

右の作品は「Bastet」という2011年から2012年にかけて制作された作品である。
陶器、鉄、木材や樹脂など複数の素材が使用されているらしい。
恐らく犬などの動物をモチーフにしていると思うけれど、まるで縄がかけられているような状態で、更に横向きの画像では判断が難しいね。
囚われてるようだけれど悲壮感はなく、何故だか静謐な雰囲気を感じてしまう。
きっとこの作品も年月の経過が何かしら作用して、また違う印象を残す作品に変化するんだろうね。
時間を作品に組み込んでいるのが、ザビエル・マスカロの特徴みたいだね。

 2013年の「Tribal song」はより土着的な、原始宗教を思わせる作品だね。
そうか、とここで思い付く。
左の顔はまるで埴輪みたいだよね?
はい、ここで問題です!
弥生時代の後の250年頃から飛鳥時代の前の600年末頃までの時代を、何時代というでしょう?
正解は、古墳時代でした!(笑)
Wikipediaで古墳時代や埴輪について調べてみると、そこに参考資料として載っている画像はまさにザビエル・マスカロ!
「武装男子立像」は鎧に身を包んだ戦士だし、「馬形埴輪」も「Bastet」に似てるんだよね。
埴輪という文化が日本特有のものなのか、大陸から渡ってきたのかSNAKEPIPEは詳しくない。
似たような文化がどこの国にもあるのかもしれないけれど、SNAKEPIPEは埴輪に似てると感じたよ。
ザビエル・マスカロの作品を観て惹かれたのは、 日本人の血が騒いだからなのかもしれないね?(笑)
誰もが持っている遠い祖先の記憶を胸に、改めてザビエル・マスカロの作品を鑑賞してみようか。
もしかしたらこれが古きを訪ね新しきを知ることなのかもしれない。
いつかザビエル・マスカロの作品を実際に鑑賞してみたいね!

【ほとばしる汗と筋肉!スポーツの秋?】 

ROCKHURRAH WROTE:

映画通は全然唸らないとは思うが、ROCKHURRAHとSNAKEPIPEの2人が自分の主観で何かネタに出来ると感じたものだけを特集するのがこの「映画の殿」という企画だ。
SNAKEPIPEの書いたものは割とオーソドックスな感想だったり、ためになるレビューだったりするけど、ROCKHURRAHの方はあまり感想文のようなものは書けないから、どちらかと言うと映画以外の部分から攻めてゆくという方向性でやっていこうかと今思いついた。

さて、今回書きたいのはSFやファンタジーで古典中の古典と言える作品を題材とした映画について。
ROCKHURRAHはミステリーや古典的な探偵小説は子供の頃から読んでいたんだが、SFやヒロイック・ファンタジー(特に海外の)はそこまで詳しいわけではない。
兄が2人いて読書家だったので、自分独自の路線を見出す前の少年時代には、当然影響を受けて同じ小説を読んでいたのが始まりだった。兄たちが特に好んでいたのがSFやヒロイック・ファンタジーだったのでその辺に置いてあった本というのがコナンや火星シリーズ、レンズマンにスカイラークにエルリックにノースウェスト・スミスなどなど。例の挙げ方がメチャクチャ(しかも実際にちゃんと読んだものは少数)で済まないが今何となく思い出したのがこれらの作品。
どれが面白いのかわからずに(主に表紙や挿絵で面白そうなのを選んで)テキトウに断片的に読んだものだった。今考えると随分とマセた小学生だったなあ。

そんなROCKHURRAHの少年時代なんだが、中でもよく覚えているのが(つまり好きだった作風が)エドガー・ライス・バロウズの「火星シリーズ」とロバート・E・ハワードの「英雄コナン・シリーズ」だ。どちらもこの手のジャンルでは王道過ぎて、今どき誰も語らないくらいのシロモノなんだが、少年時代に読んでワクワクした感触は数十年経った今でも忘れるものではない。
ちなみにバローズと呼ぶのが最近では主流らしいがROCKHURRAHはずっとバロウズと読み書きしていたので、ここではその書き方にしておく。

それらの小説を一応原作とした映画が近年、なぜか公開されて、DVDにもとっくの昔になっていて「こりゃ懐かしいわい」と借りて両方とも観たのが今回のネタとなったわけ。

エドガー・ライス・バロウズの代表作とも言える火星シリーズ、その第一作目「火星のプリンセス」を元ネタとしたのが「ジョン・カーター」という2012年の映画。
何と原作から100年の時を経てやっとこさ本格的な映画化、さらにディズニー製作というのにビックリだったが、これについては製作が進んでいる頃から情報は得ていた。
ついでに、莫大な制作費をかけたにも関わらず予想よりは流行らなくてディズニー映画としては「コケた」部類の映画だという風評も知ってはいた。
どうせ原作とは違うものになるだろうし、全然期待してなくて映画公開時も観に行く事もなかったんだが、一応DVDになった時に借りてみた。

この作品を全く知らない人のために一応書いておくが、エドガー・ライス・バロウズが「火星のプリンセス」を発表したのは今から約100年ほど前、日本では何と大正時代にあたる。
バロウズはこの「火星シリーズ」以外でも「金星シリーズ」「月シリーズ」「地底世界ペルシダー・シリーズ」などヒット作を連発したベストセラー作家だった。これらを知らない人でもターザンの原作者と言えば大体誰でもわかるだろう(オリジナルの「ターザン」を読んだり映画で観たりした人は今どきさすがに少なかろうが、知名度という点で)。
宇宙や太古のような世界を舞台にしたからSFの範疇に位置する作品、というわけではなくて、話の内容はどちらかと言うと異郷の地で繰り広げられる冒険活劇と言うべきか。
正義のヒーローが悪漢に捕らえられた姫を助けにゆく、というような王道極まりない設定で、そこに至るまでの道には一切ひねりもない。まあ、そんな大昔に書かれた小説であっと驚くひねりがないのは当たり前と言えるか。

南北戦争の士官だったジョン・カーターがアリゾナ奥地でなぜだか火星にワープ(というより幽体離脱)してしまう。その火星はキュリオシティとかの映像によって現在我々が知り得た火星ではなく、100年前の1912年にバロウズが想像した火星バルスームであり・・・などといちいち書いてたらこの時代のSFについてなんか語れないな。
ROCKHURRAHは科学的な根拠なんか全然気にしない事にしよう。
さて、火星に着いたらビックリんな事に、ちょっとジャンプしただけで数十メートルもの跳躍が出来るという現象(重力の違い)に気付く。士官だからやや強く鍛えた男だったんだろうが、この火星では誰もが度肝を抜かれるような超人的な能力を持つ事になるのだ。人はちょっと跳べるだけでこんなに強くなる、という事が少年時代には驚愕だった。
ただピョンピョンと無人の火星を飛び回るだけでは小説にならぬから、バロウズは火星人を登場させる。どうやらこの火星では四本の腕を持つ緑色人種と地球人的な赤色人種、さらにいくつかの怪物のような生物がいる模様。タコの火星人はいないのか?それらの種族は互いに争いあっていて、ジョン・カーターも抗争に巻き込まれてしまうというような大筋だ。

火星に着いた後のストーリーは後のSFや「スターウォーズ」あたりに多大な影響を与えたのは間違いない。仲間になる四本腕の異形の緑色人種、タルス・タルカスや美女のお姫様デジャー・ソリス、マスコット的な火星の番犬(ただし全然かわいくない)などのキャラクター設定に似たものは、スペース・オペラと呼ばれるこういうジャンルの小説にはお約束のように手を変え品を変え登場していたのだろう。
そういった後世に登場したSFやアニメの偉大な元祖がこの火星シリーズというわけだ。
この手の冒険活劇は荒唐無稽だの子供っぽいだの陳腐だのと評されたりもするが、全てがリアルで科学的考証に基づいたSFだけが尊いわけじゃない。これはこれで立派な大衆娯楽なのは明らかだ。

原作についてばかり書いたがこの映画は昔の時代には実現出来なかった特撮が、技術の進歩により100年もかかってようやくちゃんとした映画になったという点が評価出来る。「映像化不可能」という制限が今ではCGなどの発達で不可能じゃなくなったからね。確かにこれを着ぐるみやハリボテ、大規模なロケなどで全部アナログで作ってたら大変だもんね。

さて、主役をやっている2人については特に感想もない、というのが正直なところ。特に悪くもないけど、原作と比べてどうなんだろうか?
主人公のジョン・カーターを演じたのは同じ年にヒットした「バトルシップ」でも熱血バカ船長を演じたテイラー・キッチュなる男。
デジャー・ソリス役は「姫」というにはちょっと歳を取り過ぎてる気がするいかつい女、リン・コリンズ。絶世の美女役をやるのはちょっとなあ、と感じる。
原作では身長3メートルを超える大男タルス・タルカス(と言うより緑色人種全て)もこの映画では割と人並みの縮尺になっていたのも残念。何か細くてカマキリ星人にしか見えないんだよね。弱そう。
熱烈なファンが多い原作だけに、この辺のちょっとした齟齬が不評の原因だったのか?原作とここが全然違うというあら探しはいくらでも出来るけど、何も許さなければ永遠に映画化は不可能という気もする。

ちなみにこの「ジョン・カーター」より前の2009年に「アバター・オブ・マーズ(原題Princess Of Mars)」なる作品が出来上がってたりする。
こちらは80年代に一世を風靡したポルノ女優、トレイシー・ローズがデジャー・ソリス役をやっているようなんだが、この映画の時一体何歳なのか?と思うと怖くて観れないんだよね。上のリン・コリンズよりも明らかに年長だと思われる。ジョン・ウォーターズの映画「クライベイビー」の時はカッコ良いロカビリー不良少女役で良かったんだが。

あれ、もしかして映画の感想たったこれだけ?そうなんです、まだ次のコナンもあるし先を急ぐのです。

「英雄コナン・シリーズ」は1930年代に発表されたロバート・E・ハワードによる小説で、いわゆるヒロイック・ファンタジーの世界で燦然と輝く強烈なヒーロー、コナンの冒険物語だ。

ヒロイック・ファンタジーは剣と魔法の世界、こういうのを読んだ事ない人でもドラクエくらいは知ってるだろう。それらの元祖的存在がこのコナン・シリーズというわけ。拳銃自殺した人気作家というインパクトの強さもあって、日本での知名度も高い作品だ。

舞台となるのは 1万2000年ほど昔のハイボリア時代というハワード創作による架空の時代。主に古代のヨーロッパとアジア大陸、アフリカ大陸あたりと思われる地域が物語に登場する。この架空の時代には北方の辺境に蛮族が住むキンメリアという土地があり、コナンの出身地はそのあたりという設定になっている。キンメリアは実際に古代ウクライナあたりにあった土地で騎馬民族が住んでいたらしいが、ハワードのキンメリアはさらに北の最果てということになっているらしい。
そのウクライナ人の遠い祖先であるコナンは勇猛、というより獰猛極まりない荒武者で剣も馬も達人、とにかく人間離れした荒々しい田舎の蛮族で、決して正義のヒーローではないと描かれているのが「火星シリーズ」のジョン・カーターと違うところ。
盗賊、海賊の奴隷になったと思えばあっという間にそれらの軍団を乗っ取り牛耳るなんて事は朝飯前。ただの筋肉バカではないから悪巧みやどこかの要塞を落とすなんて芸当も得意技。ただし魔法と女にはちょっぴり弱いからダマサれたりしてピンチに陥る。んが最後にはやっぱり剣と筋肉で勝つ、というのがこのシリーズの定番だ。ジョン・カーターがデジャー・ソリス一筋なのに対し、コナンは毎回ボンドガール並に美女をとっかえひっかえというプレイボーイぶり。この時代に人気があったのもよくわかるよ。
さらにコナンのシリーズは彼の冒険が時代順ではなく、いきなり王様時代からエピソードが始まる。その後の作品で若造時代が描かれていたり、もしリアルタイムで読んでたら世界観を把握しにくいかもね。

英雄コナンは80年代にアーノルド・シュワルツェネッガー主演で2回映画となっているが、「コナン・ザ・バーバリアン」はそれのリメイクみたいな感じでジェイソン・モモア主演、2011年に映画化されている。
ハワード原作のエピソードをちょこっとだけ色々とくっつけて一本にしたという雰囲気映画の典型なんだが、前述した通りの原作なので仕方なかったのかな?
「征服王コナン」を原作通り忠実に映画化したらダーク・ファンタジーの超大作になるんじゃなかろうか?と思うが、もう王になった後のコナンが戦争で負けて落ちぶれた後に再び王位奪還するという話なので映画一作目にはあまり向かない内容。この映画のコナンはもっと前の少年から青年時代を描いている。

シュワルツェネッガー版の太い腕や体が動きづらそうで、ややもっさりした戦闘シーンだったのに対して、このモモア版の方はかなり機敏に動いていた。主にその戦闘スピードの違いが気になる点だったが、SNAKEPIPEは「本当に重い大剣で斬るというよりはぶつけて戦ってゆく打撃戦」というような点でシュワルツェネッガー版にリアルさを見出していたよ。何だかプロの発言みたいだね(笑)。
ジェイソン・モモアはハワイ出身の目つきがトロンとしたタイプの大男なんだが、コナンの狂戦士ぶりを表現するにはいい素材だったかも。この辺は人によって好き嫌いが分かれるので見比べるのも面白いだろう。
ロバート・ロドリゲスの映画「プラネット・テラー in グラインドハウス」のヒロインだった片足マシンガン娘、ローズ・マッゴーワンがすごいメイクと髪型で悪役やってたのがかなりのインパクト。

コナンと火星シリーズだけで良かったんだが、ついでというかオマケでこちらの紹介もして終わりにしよう。

「ソロモン・ケーン」は上のコナン・シリーズと同じくロバート・E・ハワードが原作で、2009年に映画化されている。が、日本では未公開でDVDだけ発売されたらしい。

原作の年度はコナン・シリーズとほぼ同じくらいの1930年代前後だが、このソロモン・ケーンやハワードの他の作品はROCKHURRAHの少年当時にはシリーズとしてまとまった本も出版されてなく、ほとんど読めなかったように記憶する。
ROCKHURRAHは兄との会話でソロモン・ケーンやキング・カルなどハワード作品の主人公の名前を知ってただけで、それが一体どういう話でどういう活躍をするのか全然知らないというわけ。知らずに書くなよ、とファンに言われそうだな。
日本では大体全部読めたコナンだけがヒットして、他の作品はロクに紹介されなかったのだろうか?海外ではこれらの作品のコミックス版などもあり、日本よりは確実に知名度も高かったはず。

そういう背景を踏まえての映画化なんだろうけど、このソロモン・ケーンはコナンなどと比べるとクールなカッコ良さが際立つダーク・ヒーローだ。
まず見た目がカッコイイ。ツバ広の帽子をまぶかにかぶって全身黒ずくめ、レイピアと呼ばれる(初期のファイナル・ファンタジーなどではおなじみの)細身の剣に銃を持ったダブル武装。原作は知らないが映画では剣も銃もさらに二倍持っていたかな?

舞台は16世紀の英国あたり。 Wikipediaなどで調べるとソロモン・ケーンはピューリタン(清教徒)という設定になっているようだが、原作読んでないからその辺は不明。なぜ清教徒の彼が一軍を率いてアフリカあたりで残虐な略奪をしてたのかも不明。その時ちょっと悪魔に呪われてしまう不覚があって、彼はその武力を封じて、故郷のイングランドに戻る事になる。静かな生活を望んだケーンだったが、例のごとく悪の妖術師に捕らえられた恋人を救うために、再び剣を手にするといった感じだ。

あらすじ書いてもちっとも面白くなさそうな平凡なストーリーしか想像出来ないだろうが、それはROCKHURRAHのあらすじがヘタなせいだ。
日本未公開なのが惜しいくらいに結構面白くて、B級のチャチい映画の雰囲気はなかった。主役の英国人俳優ジェームス・ピュアホイの存在感がイマイチという印象もあるが、そもそもあのソロモン・ケーンの格好したらどの役者がやってもそれなりに見えるんじゃなかろうか?
この人は最初に書いた「ジョン・カーター」でも火星の提督役だったらしいが全然記憶に残ってない。レンタルで観たのが一体いつだったか?もう一年くらいは経ってるはずだから忘れてしまうなあ。

というわけで今回は荒ぶる男三人の映画を語ってみたが、映画の感想はやっぱり少ないな。しかもROCKHURRAHの語りで興味を持って観る人もほとんどいなさそう。 これらの作品は単に映画化が遅かっただけで、原作の方はこの手のあらゆるルーツとも言えるような時代を超えた輝きを持っている。イマドキの若者受けは絶対にしなさそうだが、そういうオリジナルに敬意を持って次の世代に受け継いで欲しいものだ。

久々のブログ登場のROCKHURRAHだったが、得意の音楽ネタじゃないからこれでも結構しんどかったよ。涼しくなると調子良くなるから、また色々と書いてゆきたいものだ。