Monthly Archives: 2月 2014

【実際には回れない過酷なルートの旅路だな】

ROCKHURRAH WROTE:

特に今後の展望もなく、行き当たりばったりに書き始めたのがこの「ロックンロール世界紀行」というどこにでもありがちな新企画だ。
簡単に言えばROCKHURRAHが思いつく限りの世界の地名がついた曲、またはバンド名などを羅列して、軽くコメントしてゆくというウチのブログではおなじみのスタイル。さらにウチの特徴としては70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブ専門なのでかなり限定的。
ROCKHURRAHが主に受け持ってるシリーズ記事「時に忘れられた人々」「誰がCOVERやねん」「Naonシャッフル」はヴァリエーションが違うだけでみんな展開は同じだな。
毎回説明や言い訳するのも面倒なんだが、ロックンロールとは銘打っているものの、そういうのとは程遠い音楽も混じってるはず。ロックの範疇は出てないとは思うけど。
あと一番上の画像で国旗とバンドの写真を載っけているが、これは当然歌ってる曲にちなんだ国旗であり、そのバンドの出身地などではないから勘違いしないように。クドイ?

さて、今回も思いついてみるか。一体どこの国に連れてってくれるのか楽しみだニャー。

Tokyo Joe / Bryan Ferry

おっと、しょっぱなから東京ですか?異国情緒全然ないよ。しかしインターナショナルな目で見れば東京が世界でも有名な観光地なのは間違いない。
長く東京に住んでいた割には根が田舎者のROCKHURRAHは、よほど知ってる街以外はやっぱり今でも土地勘なくてマゴマゴしてしまうよ。
同じく方向感覚にちょっとだけ問題のあるSNAKEPIPEとはいいコンビ。二人で初めての街を歩くと関東在住の人には見えないだろうな。

東京は外国人にとっても憧れの場所なのか、ここをテーマにした歌は実に数多く存在する。そんな中でROCKHURRAHが大好きなのがこのブライアン・フェリーの名曲だ。これはロキシー・ミュージックの活動の合間に彼が出したソロ・アルバムの3作目「In Your Mind」に収録されていた。これが1977年。活動の合間と言うよりはロキシー・ミュージックが一回解散して次に再結成する間だったかな。パンク、ニューウェイブ真っ只中の時代に大人のダンディズム漂うこんな作品で勝負していたわけか。
今ではそんな事ないのかも知れないが1970年代くらいまでは西洋人が考える異国情緒で日本と中国がごっちゃになっているような世界観の作品が多数あった。この曲もその一種なんだろうなあ。
銅鑼の音に始まって胡弓のようなヴァイオリン、日本にこんな雰囲気の音楽があるかないかは難しいところだが、別に曲を論評しようというワケではない。
こういう胡散臭いオリエンタリズムを大好きなROCKHURRAHだよ。

歌詞の内容はあまり覚えてないが東京ローズ(実在した米軍向けラジオ放送の正体不明の女性アナウンサー)やトーキョー・ジョー(実在したアメリカの日系ギャング)、ゲイシャガールなどと出てきて現代の東京ではなく、1940年代あたりの「東京」をキーワードにしていて怪しさ満点、今野雄二のカタコト日本語みたいな訳詞も最高だったな。
この曲は何年か前にTVドラマの主題歌にもなって・・・などと書いて調べてみたら、何と1997年。そうでしたか、もう17年も前の事でしたか。時の経つのは速いもんだなや、トホホ。

Waikiki Beach Refugees / The Flys

昔からビーチ・リゾートとかにあまり興味ないROCKHURRAHだからハワイとかグアムとかサイパン旅行とか、もし何かの福引きで当たっても素直に喜べるかどうか?誰もいないビーチならたぶん好きなんだろうけどね。関係ないが子供の頃、最も得意な泳ぎがなぜか古式泳法の「抜き手」を自分流にアレンジしたもの、それと背泳ぎくらいか。海の中ではかなり異質な存在に違いない。
ROCKHURRAHの個人的な見解はどうでもいいがハワイは芸能人に限らず、多くの人々を魅了する場所らしい。第一回で書いたような旅番組でも何度もハワイ特集は見たんだが、 別に泳がずとも楽しめる場所は色々ありそうだね。これなら福引きで当たっても安心。
そんなハワイの魅力を伝える(?)のがフライズのこの曲、タイトルを直訳すれば「ワイキキビーチの逃亡者(あるいは避難民)」とかそういうニュアンスかな。
相変わらず英語力ないし歌詞はさっぱり理解してないがタイトルからすればあまり魅力を伝える内容じゃなさそうだな。

フライズは1977年くらいにデビューしたイギリスのパンク・バンドだ。同時代に活躍した女優&シンガーのヘイゼル・オコナー(「ブレイキング・グラス」という映画で有名)の兄だか弟だかわからないが、その兄弟がやっていたバンドだな。一見普通のパンク・バンドに見えるがストラングラーズのジャン・ジャック・バーネルばりの硬質なベース・ラインを披露したり70年代にはまだ存在してなかったスカ・コア、メロ・コアの遠い祖先のような音楽をやっていたり、割と革新的なバンドだった。ヘイゼル兄だか弟だかのヴォーカルもやけっぱちのようないいかげんさなのに高揚感だけはある。
似たようなタイプではドイツのフェールファーベンを思い出すよ。
この曲はそういう激動の時代を乗り越えた後の温和なポップス路線、しかしワイキキを連想させるのはイントロの波の音だけだな。YouTubeのタイトルもワイキキではなくワイカキなどと間違って書いていてパチもん度合い満点。

Cairo / Andy Partridge

だんだん世界紀行らしくなってきたな。お次はエジプトの首都、カイロだ。今までスペイン以外で行きたいとかステキとか言ってなかったが、この辺は純粋に観光として行ってみたい土地だな。雑誌「ムー」世代に限らず、誰だって子供の頃にはピラミッドやスフィンクス、ミイラにスカラベに盗掘品などなど憧れたはず(一部不適切)。気候はものすごそうだし危険度も高そうだけど一度は行ってみたいもんだ。
そんなカイロの魅力を伝える(?)のがXTCのアンディ・パートリッジによるソロ作品のこの曲。3rdアルバム「Drums And Wires」の後くらいにリリースされたミスター・パートリッジ名義のアルバム「Take Away」はXTCの音源を再構築して作られたリミックスっぽい曲ばかりが収録されている。
この作品が発表された1980年くらいはパンクやニュー・ウェイブに他種の音楽を取り入れるミクスチャーの試みが盛んに行われていて、レゲエの一種であるダブ(それ自体は60年代からあった)にアンディ・パートリッジが挑戦、みたいな紹介をされていた。聴いた感じではいわゆるダブという感じではなく、スタジオで音をこねまくった実験的ポップスといったニュアンスだった。この曲もヴォーカル自体に加工されていて知らずに聴くと全然アンディ・パートリッジの声じゃないんだけど、元ネタはXTCの「Battery Brides」あたりか?わずかにアラブ風も感じるが歌詞も不明で「うーん、確かにカイロっぽい」とは言えないなあ。

The Thief Of Baghdad / The Teardrop Explodes

ROCKHURRAHの世代ではバグダッドと呼ぶのが一般的だったが、最近ではバグダードと言うらしいな。ウィキペディアにたしなめられてしまったよ。でもそんなの気にしないからバグダッドと言い続けることにする。
ここはイラクの首都であり今がどうなのかは知らないが戦争も色々あったし、ここに好んで行きたがる日本人はあまりいなかったと思われる。好きなミリタリーの服装もこの場所じゃシャレにならんだろうな、特にACU迷彩とか。
そういう近世とか現代ではなく、もっと前の時代の文化には魅力があったんだろうな。何しろルーツはメソポタミア文明だからね。
アラビアン・ナイトの世界から派生した単独のヒーローも物語世界ではおなじみで、ROCKHURRAHも子供の頃には愛読していたものだ。
「バグダッドの盗賊」もそのあたりを元とする冒険ファンタジーで何回か映画になっている模様。どれも面白そうではあるけど未見。
最初に作られたダグラス・フェアバンクス版は何と1924年、大正13年の超大作無声映画だと言うから驚きだね。
個人的に大好きなギャング映画「デリンジャー(ジョン・ミリアス版)」の冒頭でウォーレン・オーツ扮するデリンジャーが「ダグラス・フェアバンクスに似てるかい?」などと聞きながら銀行強盗するシーンがあるが、デリンジャーが活躍した当時のアメリカでは有名なアクション・スターだったんだろうか。
この1924年版には怪しい魅力満載の日本人俳優、上山草人がモンゴル王子という大役で出演している。「フラッシュ・ゴードン」の皇帝ミンはこれが元ネタなんじゃないか?と思える存在感。大正の時代にハリウッドで活躍していた日本人がいたなんてすごいね(左の写真)。

バグダッドそのものじゃなくて映画についてばかり語ってしまったが、そのバグダッドの魅力を伝えた(?)のがティアドロップ・エクスプローズのこの曲、タイトルもそのまんまだな。
ウチのブログでもしつこいほど名前が出てきて「またまたジュリアン・コープ」といった状態だが、その彼がイアン・マカラック(エコー&ザ・バニーメン)と別れた後で作ったのがティアドロップ・エクスプローズだった。もう同じような事書くの飽きたから大幅に省略するが、このバンドは80年代初頭に地道に流行ったネオ・サイケといった音楽を踏襲しつつも独自の路線で人気があった偉大なバンドだった。
ヴォーカルのジュリアン・コープはスター性のあるルックスなのにやたらと変人という印象がある。深刻ぶった奴らの生真面目な音楽だと一般的に思われてるネオ・サイケの中では、自由気ままに好きな事をやってるジュリアン・コープはかなり異質な存在だったのは間違いない。

1980年に発表されたティアドロップ・エクスプローズの1stアルバム「キリマンジャロ」に収録されたこの曲でもキーボードによるエキゾチックな味付けがされていてインチキ感満点の出来栄え。 全員白人のバンドがインチキ感のない本格派ムスリム・ポップなどやった方がビックリだろうが、そんなはずないところが逆にリアルなんだろうな。歌詞も不明なんだがバグダッド要素はたぶん特にない模様。

今回はブライアン・フェリー以外は動いてる映像がなくてイメージがつかみにくかったかも知れないね。これがホントの静的ウェブサイト、というのは大ウソだが、次も懲りずにやる気なので見守ってあげてね。

 

【雪だるまの顔に国の違いはあるんだろうか?】

SNAKEPIPE WROTE:

先週と今週の週末にかけて、40年ぶりと言われるような大雪に見舞われた関東地方。
2013年の夏は猛暑で大変だった記憶が薄らいできたかと思うと、今度は雪に苦しめられるとは、トホホ!
子供の頃は、雪が降ると嬉しかったはずなのに。
雪合戦はあまり記憶にないけど、空を見上げて降ってくる雪を見ていると空に吸い込まれそうな不思議な感覚に心が踊ったり。
真っ白な地面に一番で足跡を付けることに快感を覚えたり。
思い返してみると、雪の思い出にはワクワクした楽しいものが多いんだよね。
一体いつから「雪だと大変」に変化しちゃったんだろう?
この変化が子供心を忘れてしまった、ということなのかな。
それはちょっと悲しいね!
今回のSNAKEPIPE MUSEUMは、雪をテーマにした作品について書いてみようか。
これで少しは雪を楽しむ気持ちが戻ってくるんじゃないかな?

雪に関するアート作品で、SNAKEPIPEが自宅に飾りたいと思う作品を探してみたけれど、なかなか難しかった。
例えば雪の写真だと、ほとんどがネイチャーフォトで被写体は風景や動物になってしまう。
もちろん素晴らしい作品はたくさんあるんだけど、SNAKEPIPEの好みじゃないのよ。(笑)
リンチの作品、あったじゃない」
と提案してくれたのはROCKHURRAH。
あっ、そうだった!
2012年11月の「好き好きアーツ!#18 DAVID LYNCH—CHAOS THEORY OF VIOLENCE AND SILENCE」で記事にしているように、リンチの個展をラフォーレ・ミュージアムで鑑賞した時に「雪だるま」をモチーフにした写真群があったっけ!


敬愛する映画監督であるデヴィッド・リンチは自称19歳!(笑)
実際の年齢は68歳なんだけど、雪を楽しむ気持ちを忘れていないんだもの、やっぱり子供心を持ち続けているってことだよね。
これは2007年にパリのカルティエ現代美術財団で行った個展「The Air is on Fire」で個展用のカタログと同時に出版された「Snowmen」という写真集から抜粋した写真である。
「雪だるま」と「カルティエ」なんて、普通なら同時に並ぶはずのない単語だよね。(笑)
大変申し訳ないんだけど、前述したラフォーレ・ミュージアムで鑑賞した時には、「Snowmen」の意味が解らなかったSNAKEPIPE。
「なんで雪だるま?」
としか感想を持っていなかったんだけどね。
ちゃーんとあるんだよね意味がっ!(笑)

I like the nowhere part of America…
They’re little truthful places,
but they’re not obvious.

リンチの言葉である。
確実にどこかに存在している、アメリカのなんでもないような場所が好き、とはいかにもリンチらしいね!(笑)
そんなどこにでもあるような田舎町を舞台に映画を制作するのが、リンチの得意としているスタイルだもんね!
田舎町や郊外が決して「のどか」で平穏な場所ではないんだよ、と教えてくれた(?)のが「ブルーベルベット」や「ツイン・ピークス」だったからね。

「Snowmen」に関しては

– old neighborhood
– gray days
* – quiet

「昔馴染みの近所、どんよりした日、静か」のキーワードで撮影に臨んだとのこと。
「quiet」の左にあるアスタリスクは原文のまま、なのでタイプミスじゃないことをお断りしておくよ!
撮影したのは子供時代を過ごしたことがあるというアイダホ州のボイシらしい。
リンチ自身が雪だるまを作ったわけじゃなくて、誰かが作った完成品を撮ったんだって。
この点がちょっと残念?(笑)

1枚ずつ鑑賞していると意味が解りにくいんだけど、写真集で一連の流れを追うと解ってくることがある。
そう、これは九相詩絵巻なんだよね。
形あったものが溶けて、地面と一体になっていく様。
九相詩絵巻と同じように考えると「無常」ということになるんだろうね。
リンチが「無常」を雪だるまで表現し、それを理解したカルティエ現代美術財団が「C’est si bon!」って言ったんだろうね! (笑)

There’s the relationship of shapes, one to another, that are pleasing,
and just this word ‘pleasing’ gets into something maybe about love.

カルティエ現代美術財団の個展カタログでリンチが語った言葉である。
やっぱり仏教的な雰囲気を感じるよね。
こうして調べていくと「Snowmen」を壁に飾りたくなってきたよ!
「Snowmen」鑑賞し続けていたら、SNAKEPIPEも「ドグラ・マグラ」の呉一郎みたいに精神に異常をきたしてしまうかもしれないけど?(笑)

【今聴いても血沸き肉踊る一枚!】

SNAKEPIPE WROTE:

ROCKHURRAH WEBLOGで2014年から始まった新企画「ふたりのイエスタデイ」の第2弾はSNAKEPIPEがお送りしようか。
この企画は「一枚のレコード、または一枚の写真とかを選び、それについての思い出を語ってゆくという郷愁に満ち溢れた記事」になるという説明は第1弾でROCKHURRAHが書いてくれてるね!
あはは、実際一番上の画像で一目瞭然!
そうです、あのザ・スターリンの「STOP JAP」が今回選んだ一枚なんだよね!(笑)

ザ・スターリンを教えてくれたのは、学生時代の同級生Hだった。
夜間の外出などもってのほかだったSNAKEPIPEの自宅とは違い、友人H宅では外泊や外出に対して規則が設けられていなかったのかもしれない。
友人Hはバンドをやっていた関係から、年上の人達との付き合いがあり、ライブハウスに出かけていたようだった。
SNAKEPIPEが全く知らないことを経験している大人っぽい友人Hの話は、インターネットなどなかった時代には貴重な情報源だった。
どちらかというと無口なタイプだった友人Hがポツリと
「スターリンって知ってる?今度ライブ行くんだ」
と話してきた。
知らないよ、それなあに?と返答するSNAKEPIPEにカセットテープをくれた友人H。
これがSNAKEPIPEが初めて出会ったザ・スターリンであり、パンクだったのである。
時代的には当然ロンドンのオリジナルパンクのほうが先になるんだけど、SNAKEPIPEはザ・スターリンからだったんだよね。

そのカセットテープは文字通り擦り切れるまで何度も聴いたものだ。
思春期というお年頃、反抗期も続いているし、文学や芸術に敏感になっていたせいもあるだろう。
ザ・スターリンの歌詞、遠藤ミチロウの書く詞の世界や煽情的なミチロウの声は、その時代のSNAKEPIPEの心情にピッタリと一致してしまったようだ。
自分が何故この世に存在しているのか、存在意義の確かめ方を知りたいのにどうしたら良いのか分からない。
毎日イライラして、文学に答えを求めていたSNAKEPIPE。
なんて真面目な女子学生だったんでしょ!(笑)
そのイライラした感情をミチロウが言い表してくれていると感じたんだろうね。
バイトだと嘘をついたのか忘れたけど、何かしらの言い訳を考えて初めてザ・スターリンのライブに行ったのはそれから間もなくのことだった。
記憶に間違いがなければ新宿だったはず。
演奏を聴くどころではない、もみくちゃの状態になったこと、観客がみんなミチロウを指さすように人差し指を上げて熱狂していたことだけを覚えている。
ライブって大変なんだなあと思ったっけ。(笑)
ザ・スターリンを知ったのが遅かったせいで、次に行ったライブがザ・スターリンの大映撮影所での解散ライブだった。
撮影所だもんね、照明がすごくキレイだったなあ!
調べてみたら1985年の2月だって!
ぎゃー!29年前だよー!怖いー!(笑)

それからの数年間もずっとザ・スターリンを聴き続けていたSNAKEPIPEは、本当にどっぷりとミチロウの世界に浸っていたようだ。
当時はまだ学生だったSNAKEPIPE。
期末試験などで解答を早く書き終えてしまったけれど、時間までは着席していなければいけない余った時間に、テスト用紙の裏側に、「世界の終焉について」などと書き、その理由としてザ・スターリンの歌詞に加えて自分の意見などを書き綴ったりして時間潰しをしていた。

世界の果てまで俺を連れてってくれ
つぶれていってもいいんだ
失うものは何もない

これはザ・スターリンのメジャー・デビュー・アルバム「STOP JAP」に収録されている「STOP GIRL」の歌詞である。
世界の果てと聞くと、周りに何もなく、当然人もいない、遠くに地平線が見える風景を想像する。

人がいない、荒涼とした場所。
だだっ広くて、ずっと先のほうまで見通せる、
歩いても歩いても変化のない風景。
人がいた気配はあるけれども、全く姿を見かけない。
SNAKEPIPEにはそんな寂しい土地への憧れがある。

以前「SNAKEPIPE MUSEUM #5 Stephen Shore」に書いていた文章であるが、まさに「STOP GIRL」の世界観と一致していることに気付く。
実は今までずっとSNAKEPIPEの原風景のように感じていた寂しい風景がどこから来ているのか疑問に思っていたけれど、なんとそれはザ・スターリンの影響だったんだね!(笑)

数日後その答案用紙が採点され、先生から手渡された時
「ああ、あなただったのね」
と顔をマジマジ見ながら言うではないか。
一体何を言ってるのか謎のまま席に着き、採点結果を確認してから用紙を裏向きで机に置くと…。
なんとSNAKEPIPEが書いた「世界なんて滅んでしまえば良い」ことに関する理由についての採点がされていたのである!
理由1と理由3は矛盾している、などと赤が入れてある。
ぎゃーっ!SNAKEPIPEのイタズラに付き合ってくれる先生がいたなんて!
そこでやっと「あなただったのね」の意味が解り、赤面してしまった。
自分が何に興味があり何を考えているのか、すっかりその先生にバレてしまったからね。(笑)
それでもそんなSNAKEPIPEを叱るわけではなく、一緒に楽しんでくれた先生に感謝したし、その先生のことは今でも忘れていない。
遊び心のある面白い先生に出会えることはなかなかない経験だからね!

自立し、引っ越しを繰り返しているうちに、コレクションしていたレコードは全て手放してしまった。
当然のようにザ・スターリンのレコードも。
ある時やっぱり聴きたくなって、CDを買った。
手にした時に「違う」と違和感を持った。
テクノだったらCDでも良いんだけど、パンクはレコードで聴くものという気がするんだよね。(笑)
レコードサイズ以上に大きな存在だったザ・スターリンが、なんだか小さくなってしまったようで少し悲しかった。
サイズの違和感や、レコード特有の、曲が始まる前のプチプチした音がないことはもう仕方ない。
音源として聴くことができるだけで良しとしよう。

ザ・スターリン解散後にも遠藤ミチロウは音楽活動を続けている。
ミチロウのHPには「遠藤ミチロウ還暦記念ライブDVD完成」なんて文章も載っていて、ついに60歳を超えていること、そして今でも現役でライブを行っていることも知る。
SNAKEPIPEは、ザ・スターリン以降のミチロウについては「実物観たよ!80年代ライブ特集」に書いたP.I.Lのライブ後に見かけただけで、ミチロウ本人のライブに参戦したこともない。
それでもやっぱり応援しているし、ずっと頑張ってもらいたいと思っている。
ザ・スターリンは 今でも、SNAKEPIPEの核となる存在だからね!

 

【小さすぎてわからん人はクリックしてみて】

ROCKHURRAH WROTE:

ROCKHURRAH家では朝の時間以外にTVを見る習慣がないんだが、海外の風景が出てくる旅番組があるとつい見入ってしまう。
ゴールデンタイムでも深夜でもそういう番組は大昔から現在まで数多くあるんだけど、そういう時間には別の事をやっている場合が多くて観ているヒマがない。時間に余裕があれば違うんだろうけどね。

そんなワケで思いついた新企画なんだが、タイトルの割には意外とセコい内容になるのは必至か?
別に世界各国のロックンロールを紹介してゆく企画ではなくて、ロケンローラーが世界各国を旅するわけでもない。単に世界の地名がついた知ってる歌(またはバンド名)を列挙してゆこうという情けない企画だ。

ちなみに一回じゃ紹介しきれないはずだからシリーズにしてみたが、そこまで国名や地名のついた曲が無尽蔵にあるはずもないのはわかってるし、個人的に全く紹介する気が起こらないバンドとかは当然飛ばす事にする。しかも字面のリズム感からロックンロールとタイトルにつけたものの、ロックンロールとは言いがたいバンドも多数含まれそう。
やる前からあまり長続きしそうにないなあ。いいのかこれで?

ROCKHURRAH RECORDSのブログをこれまで読んだ事ない人でも理解出来るように毎回説明しているが、ウチのブログは70〜80年代の音楽専門でやっていて、イマドキ要素は全くないのが特徴。

Streets of London / Anti-Nowhere League

まずはありきたりだがこの辺から行ってみよう。パンクの洗礼を受けた者だったら誰もがたぶん憧れるロンドンだ。
例えばせせこましいとか汚いとか寒いとか金盗られたとか殴られたとか、行った者ならばいくらでも悪口を言えるだろうが、行った事なければやはり憧れるのが人情。

ROCKHURRAHは今のロンドンじゃなくて1977年から1985年くらいのロンドンに行きたかったな。まあロンドンに限らずどこの国、どこの都市でもだいたいその時代に行きたかったと思ってるわけだが。
80年代には水上はる子(ミュージックライフの編集長だった)著の「ロンドンに行きたい」などというムック本があって、それを読んで憧れた人も実際に行った人も多かった事だろう。

さて、そのロンドンを曲名に取り入れたのは何があったっけ?
と思って真っ先に思い出したのがこの歌。
アンチ・ノーウェア・リーグの「ノーウェア」の部分が自信を持って発音出来なかった(←バカ)ため、いつも不明瞭だった。ROCKHURRAHの言葉はいつも不明瞭だよ、という声がどこからか聞こえてきたけど幻聴だろう。
そういう意味もあってこれまであまり話題にしなかったけど、本当は好きなパンク・バンドなんだよね。何か縦横比が違う気がするがこのPV見てわかる通り、ヴォーカルはほぼ原始人並みのワイルドさを持ったアニマルという不敵な男。それ以前のイギリスのパンクにはなかったタイプのワイルドさとかダーティさが売り物の与太者どもだ。原始人スタイルとでも言うのか?片側の胸をさらけ出して裸に鎖。この格好で本当に斧を持ってりゃ大概のヤツはビビるだろうな。
もしかしたらROCKHURRAHも少し雰囲気は似てるかも。

「ロンドン橋」のフレーズによって始まるこの曲は彼らのオリジナルではなくてラルフ・マクテルというフォーク・シンガーのヒット曲をカヴァーしたもの。シニード・オコナーもより原曲に近い形でカヴァーしてるね。
フォークやトラッド風の曲をパンクの形態でカヴァーというと、オプティミスツの「Mull Of Kintyre(元歌はポール・マッカートニー)」とかも同じ傾向かな。音でその土地らしさを表現するのは難しいがオプティミスツの方は曲の最後でバグパイプ演奏をミックスさせ、こちらのアンチ・ノーウェア・リーグの方は「ロンドン橋」を無理やりくっつけたインスタント感満載の技。この辺のスマートじゃない手法も含めて愛すべき野郎どもだな。
PVは80年代当時のものだが、何とつい先月くらいのライブの模様でもこのアニマルは大して老けてなくてまだまだ現役でビックリ。
まさにワルは不滅だね。

Sweden / The Stranglers

あまり影響を受けるものがなかったから北欧に対する憧れは特になくて、スウェーデンなどと聞いてもIKEA、H&M、ドラゴン・タトゥーの女くらいしか連想しない。 音楽の世界でもアバとかエース・オブ・ベイスとかカーディガンズとか、それくらいしか思い浮かばず、個人的には特に惹かれるものは何もないなあ。幾何学的なスウェーデン迷彩はデザイン的に素晴らしいと思って一時期はブラウザのテーマで使ってたが、ROCKHURRAHのスウェーデンに関する印象なんてこの程度だよ。

SNAKEPIPEがiTunesのラジオで気に入ってるパンク/ニュー・ウェイブのチャンネルがあるんだが、ここの選曲がかなり偏っていてストラングラーズとマガジンが大好き、ちょっとした時間しかかけてないのに何曲も「またまたストラングラーズ」状態になる。

彼らの中で最も好きなアルバムは3rd「Black And White」なんだが、「Tank」などは今でも愛聴している名曲だ。この「Sweden」もその中の1曲でジャン・ジャック・バーネルの硬質なベースラインがカッコ良い。ギターがあまり目立たないバンドだからとにかくベースとドアーズばりのキーボードがほとんど曲の中心だな。
曲はスウェーデンのイースタン・フロントなる極右組織への批判らしく、この国に憧れたり行きたいなどと思わせる内容ではないな。曲調からもスウェーデンらしさは全く読み取れない。

しかしフランス人がイギリスで活躍してて曲がスウェーデン、とちょっとインターナショナルな雰囲気。やっぱりヨーロッパに生まれる(彼の言葉で言うならユーロマンと言うべきか)と生き方が違うなあ、と素直に憧れてしまう。

Castles In Spain / The Armoury Show

ROCKHURRAH RECORDSの最近の大ブームがスペインなのはここ数ヶ月のブログ記事でもおなじみの通り。
ペドロ・アルモドバル作品から始まったスペイン映画への興味も度を越してて、面白いとか面白くないとかに関わらずほとんどの出回ってるスペイン映画を片っ端から観ている状態。

映画なんかとは全然違うんだろうけど、今、行きたいヨーロッパの国ではやっぱりスペインとイタリアが真っ先に出て来る。

そんな憧れのスペインを曲名に取り入れたのがアーモリー・ショウの1984年のデビュー曲だ。美術史に明るい人ならば大昔にアメリカで行われた展覧会からつけたバンド名だと即座にわかるだろう。
パンク、ニュー・ウェイブに明るい人ならばこのバンドがスペインとは特にゆかりのない元スキッズ+元マガジンの後継バンドだと即座にわかるかも知れないな。

リチャード・ジョブソンが腕利きのミュージシャンを集めて鳴り物入りでデビューした割には日本ではほとんど知られる事がなかったな。
スキッズと言えばスコットランド民謡とかバグパイプ風のギターを取り入れた勇壮でポップな名曲をたくさん残したバンドだったんだが、このアーモリー・ショウにはその要素がなくてスキッズ・ファンにとってはちょっと物足りなさが残る出来栄えだった。この曲も哀愁に満ちた壮大なメロディで「元スキッズ」とか考えなければいいんだろうけど。

彼らは時代的な背景もあってかモロに80年代のデザイナーズ・ブランドのようなファッション・センスで今見るとかなり恥ずかしいPVとか残ってるんだけど、上に載っけたライブ映像では金ラメ・ジャケットにソフト帽でまだマシな方かな。今回はまだおとなしい方だが、ステージ上の大げさで激しいアクション(ダンス?)もリチャード・ジョブソンの得意技。吉川晃司みたいでいかにも80年代だなあ。

Hong Kong Garden / Siouxsie And The Banshees

ヨーロッパが続いたからアジアにも目を向けてみよう。 今の御時世に香港に憧れる日本人がどれだけいるかは不明だが、一昔前は一番近場の外国として人気の観光地だった。

他愛もない人間だったROCKHURRAHは何でもない事がきっかけで外国に憧れたりもした。森川久美の傑作漫画「蘇州夜曲」「南京路に花吹雪」を読んで上海の租界に憧れたり、プレステ時代のカルト的傑作ゲーム「クーロンズ・ゲート」をやって九龍に憧れたり、ベルトリッチの映画「ラスト・エンペラー」を観て紫禁城に憧れたり、かなり短絡的だったなあ。

ブランド品にも中華料理にも特に興味なかったから香港は全然行きたいとも思わなかったけど、アジアのダークサイド、魔都としての猥雑で汚らしいイメージは確かにインパクトはあるな。

ロンドン・パンクの最も初期から活動しているスージー&バンシーズのデビュー曲がこれ。「香港庭園」というタイトルから色々なものを連想するが輸入盤しか持ってなかったから対訳の歌詞もなく、英語力皆無のROCKHURRAHには何を歌っているのかも不明。曲調も単純で音も薄っぺらいね。スージーのヴォーカルも一本調子。しかしそういう音楽的な「なってなさ」も含めてこれがリアルなパンクの姿なのだ。そういう意味でこのバンドも自分の中では尊い存在だ。

以上、たった4つしか書けてないが小出しにしてゆきたいので初回はここまで。しかし紹介したバンドも曲もROCKHURRAHの文章も一向に旅情を掻き立てるものはなかったな。
完全に企画倒れの気はするが、ROCKHURRAHのこの辺の「なってなさ」も含めてCOMPLETE PUNK WEBLOG(ウチのブログの一番上の看板を参照)なんじゃよ。パンクと謳ってる割にはパンク記事が少ないウチのブログだけど、このトータルな不完全さこそROCKHURRAHの求める完璧なパンク道だと信ずるなり。ん?わけわからんが何だかいい事を言った気がするぞ。
ではまた次回!