Monthly Archives: 9月 2018

20180930 03
【ブレやボケで偶然を利用したシュールな作品が魅力】

SNAKEPIPE WROTE:

2週連続して「映画の殿」を書いてしまったのにもかかわらず、今週も横溝正史シリーズを計画していたSNAKEPIPE。
今も「こんしゅう」の「こ」と入力しただけで「コンタッチ」と変換されてしまうほどだもんね。(笑)
市川崑監督についての記事はまた次回以降にすることにして、久しぶりに「SNAKEPIPE MUSEUM」にしよう!
どんなアーティストに巡り会えるのか、ワクワクしながら検索を開始。
ラッキーなことに、今回も出会えたんだよね!(笑)

アーティストの名前はFrancesca Woodman、素直にフランチェスカ・ウッドマンと読めるね。(笑)
前回の「SNAKEPIPE MUSEUM」同様、またもや女流写真家になってしまったよ。
フランチェスカは1958年アメリカのコロラド州デンバーの芸術家一家に生まれた。
デンバーと聞くとどうしてもジョン・デンバーを連想してしまい、頭の中に「カントリー・ロード」が鳴ってしまうのはSNAKEPIPEだけだろうか?

父親のジョージは画家・写真家であり美術大学の講師をやっていて、母親のベティは陶芸家だという。
ちなみに兄のチャールズも電子アート(?)の准教授になっているというから、まさに芸術一家!
フランチェスカは13歳で写真を始め、その時からずっとセルフ・ポートレートを撮っている。
左の画像もセルフ・ポートレートね。
1979年に一家はニューヨークに移住。
その頃からポートフォリオをファッション写真家に送り、売り込みを始めるが結果は芳しくなく、自殺未遂。
そして翌年投身自殺。
国立芸術基金からの資金援助の申請失敗に関連していると見られている。
享年22歳とは早過ぎる死だよね。

フランチェスカについて調べてから写真を観ると、心の闇を表現しているように感じてしまうね。 
泥がひび割れてしまった荒廃した地面に横たわる女体。
複雑なフォルムのせいで、どんなポーズをしているのかよく分からないよ。
体の上下が不明なので、不思議な生物のようにも見えてくる。
もしくは打ち捨てられた屍のような。
フランチェスカはモデルを使った作品も撮っているので、この写真がセルフなのかどうか分からないよね。
もしモデルだったとしたら、泥だらけになって大変だっただろうなあ。

これはモデルを撮影している作品だね。
非常に痛々しいんだけど、表情は苦しそうではないよ。
むしろ満足気に見えてしまうので、本人の希望で刺しているような?
もしくは惨死体をイメージしているのかもしれない。
こんな作品を制作していたフランチェスカは、かなりのダーク好きだよね。
まだフォトショップなどで加工ができない時代に、どんな仕掛けで撮影したんだろう。
手にしているのは瓶詰めのようだけど、中に何が入っているのか興味あるよ。
まさか「地獄」じゃないよね?(夢野久作!)

これも不思議に見える写真。
「エクトプラズムみたいだね」
とROCKHURRAHが言う。
エクトプラズムとは「霊の姿を物質化、視覚化させたりする際に関与するとされる半物質、または、ある種のエネルギー状態のもの(Wikipediaより)」とのことで、煙にように見えるらしい。
2018年4月に行った「マイク・ケリー展 デイ・イズ・ダーン 鑑賞」でも、マイク・ケリーが白目を剥いて鼻や口から煙(実際には綿)を出してる写真があったっけ。
超常現象のように見えるこの作品も不気味だよね。

フランチェスカがイメージしていた世界観はよく分かるなあ。
きっと現像して焼き付けるまで、ドキドキ・ワクワクしてただろうな。
もちろんフィルムならではの失敗はたくさんあるんだけど、見た通りに写っているか不安になったり、偶然のおかげでより面白くなっていた「棚ぼた」的な写真の発見が楽しかったからね。
デジカメ以降、この感覚が消滅してしまったのが残念なんだよね。
左はドアが宙に浮いているように見える不思議な作品。
スクエアの画面にバッチリの構図!
レコードジャケットにしたら似合いそうな作品だよね。
ダリの作品の一部を切り取ったようにも見えてくる。

大きな法螺貝に呼応するような女性の髪型。
壁の影の形も気になるよ。
一体どんな夢を見るんだろうね?
右の作品を、どこかで観たような気がしてきた。
記憶を探り、思い出したのがマン・レイだった。 
フランチェスカはシュールレアリズムが好きだったんだろうね。
こっちがマン・レイの作品。
目を閉じた女性がテーブルに頭を乗せているポーズや、小道具を使用するところなど似ているように思ったよ。
マン・レイの作品は、今観ても斬新でカッコ良いものばかり!
影響受けるのも納得だよね。

SNAKEPIPEは検索して初めて知ったフランチェスカだけれど、死後多くの写真集が刊行されたり写真展が開催されているようだ。
亡くなってから評価されるというのはよく聞く話だけど、実際のところフランチェスカが精力的に活動していた時には全く何の賛辞もなかったのかな?
1970年代後半から1980年初頭に、これらの写真を観たとしても、SNAKEPIPEだったら反応しただろうなあ。
フランチェスカの早まった決断が残念でならないね。

もしフランチェスカが生きていたら、今年が還暦。
セルフポートレートでのヌードはないかもしれないけど、どんな写真を撮っていたのか想像してしまうね。
デヴィッド・リンチも工場みたいな無機的な場所をバックに、フランチェスカみたいなブレたヌード写真撮っている。
左の画像がリンチの作品だけど、雰囲気似てるよね?
結局SNAKEPIPEの好みってことなんだろうね。(笑)

早逝したアーティストというのは、神格化されたり伝説になることが多いよね。
フランチェスカもその例に漏れず、今でもファンを獲得している女流写真家だね。
自殺した女流写真家といえば、真っ先に思い出すのがダイアン・アーバスかな。
ダイアン・アーバスもニューヨーク在住だったっけ。
モノクロームの世界に魅せられ、理由は違うけれど同じ運命を辿った2人の女流写真家。
もしかしたらSNAKEPIPEが知らないだけで、3人目がいるのかもしれない。
そしてきっとまたその写真家の作品にも感銘を受けるだろうな、と思う。

20180923 top
【フランス人をも魅了した美人女優、岸恵子】

SNAKEPIPE WROTE:

市川崑監督作品「横溝正史シリーズ」の第2弾!
今回は「悪魔の手毬唄」について書いていこう。

「悪魔の手毬唄」は1957年から1959年にかけて雑誌「宝石」に連載されていた横溝正史の小説である。
映画化されたのは1977年。
市川崑監督が横溝正史作品を手がけた第2作目になるんだね。
※ネタバレしていますので、未鑑賞の方はご注意ください
まずはトレイラーを載せておこう。

簡単なあらすじはこちら。(Amazonより)

古い因習が息づく鬼首村(おにこべむら)で、村に伝わる手毬唄をなぞらえた殺人事件が次々に起こる。
事件解決を要請されて駆けつけた金田一は、手毬唄の謎を解こうと奔走する。

「犬神家の一族」に続き、金田一耕助を演じるのは石坂浩二。
ぼさぼさ頭で、髪をかきむしると大量のフケが落ちるのがお約束なんだけど、「悪魔の手毬唄」では入浴シーンがあるんだよね。
お風呂に入ってもシャンプーはしないってことかな?(笑)
「悪魔の手毬唄」では以前からの知り合いである岡山県警の磯川警部に調査を依頼され、鬼首村にやってくるのである。
この村の名前からしてすでに禍々しいもんね。

金田一耕助に調査を依頼した磯川警部を演じたのは若山富三郎。
20年間も粘り強く未解決の事件を追っているんだよね。
SNAKEPIPEは勝新太郎と若山富三郎の区別がつかない時があって、今回も間違えそうになっていたよ。(笑)
あまり邦画を観ないせいもあるけれど、若山富三郎が出演した作品の記憶がないんだよね。
「悪魔の手毬唄」では、警部役が似合っていたよ。
Wikipediaで出演作品一覧をみると、時代劇かヤクザ映画が多いみたいだけど、人情味のある穏やかな今回の役はとても良かったよ。
もっとこんな役があったら、若山富三郎の代表作が違っていたかもしれないよね?
あまり知らないで書いてるので、間違っていたらごめんなさい。

金田一耕助が逗留した宿の女将リカ役の岸恵子。
岡山の僻村に、こんな女将がいたら大事件だよ!
1932年生まれの岸恵子、この映画の時45歳なのかな。
驚くほどの美しさに惚れ惚れしちゃうね。
昭和の時代の女優さんってキレイな人多いよ。
ちょっとおっちょこちょいな女、という役柄も合っていたね。
リカには一男一女の子供がいるんだよね。

「犬神家の一族」では元ジャニーズのあおい輝彦が重要な役を演じていたよね。
市川崑監督2作目でリカの長男を演じたのは、ある程度の年齢の人なら知ってるフォーリーブスの北公次。
ジャニーズ事務所所属タレントとしては、かなり古株だからね。
ちなみに画像左にいるのは大和田獏ね。若い!(笑)
映画というのは、ある程度の宣伝効果も考えてキャスティングされるだろうけど、この時期のフォーリーブスの人気は下降気味だったみたいね。
役者として活躍していく、というところまでいかなかったのは、この演技を見ると納得かも。
最近のジャニーズ事務所所属タレントは、歌も踊りも演技も得意だからね。
器用さがないと芸能界では生き残れないんだろうなあ。

リカの長女、里子。
生まれつき体の半身に痣があり、人目を避けるため蔵に住んでいる。
鬼首村にいわくつきで生まれた女、というだけで小説やホラー映画の題材になるよね。
あまりセリフもなく、頭を頭巾でくるむ登場が多かったし、あんなことになってしまうので、ずっと不幸なままの里子だったよ。
演じていたのは永島暎子。
出演作品を調べてみたけど、ほとんど知らないものばかり。
邦画もドラマも、あまり知らないからねえ。

里子には3人の幼馴染がいるんだよね。
それぞれ屋号を持った家に生まれた女の子達が、仲良く遊んだ記憶の映像化が怖かった!
少女達が毬をついているだけのシーンなんだけど。
人形なのか人間なのか判別できなかったんだよね。
日本人形というのが、愛らしさよりも怪談で語られることが多いせいかな。
かなり不気味で、SNAKEPIPEは殺人現場よりも恐ろしく感じたよ。

金田一耕助に手毬唄を聞かせたい、と由良家の隠居である五百子が手毬唄を歌いながら毬をつくシーンも怖いんだよ。
演じているのは原ひさ子。
おばあちゃん役でしか観たことがないような?
腰が曲がっているので、畳と毬との距離は30cmもないみたい。
かぼそい声で歌うのが鬼首村手毬唄。

うちの裏のせんざいに
すずめが三匹とまって
一羽のすずめのいうことにゃ
おらが在所の陣屋の殿様
狩り好き酒好き女好き
わけて好きなが女でござる
女たれがよい枡屋の娘
枡屋器量よしじゃがうわばみ娘
枡ではかって漏斗で飲んで
日がないちにち酒浸り
それでも足らぬとて返された
返された

二番目のすずめのいうことにゃ
おらが在所の陣屋の殿様
狩り好き酒好き女好き
わけて好きなが女でござる
女たれがよい秤屋の娘
秤屋器量よしじゃが爪長娘
大判小判を秤にかけて
日なし勘定に夜も日もくらし
寝るまもないとて返された
返された 

桝屋こと由良家の泰子が最初の犠牲者、 秤屋こと二礼家の文子が2番目に殺害される。
手毬唄通りに演出された現場は、芸術的ともいえるよね。
そして手毬唄3番で錠前屋の娘が「返される」ことになっている。
「返される」とは「始末される」ってことね。
錠前屋こと別所家の千恵を演じたのは仁科明子。
ところが別所知恵は生き残る。
別人が「返され」てしまったんだよね。 

里子の幼馴染3人の母親達は、脇役ながら大女優が揃っていたよ。
左から白石加代子、渡辺美佐子、草笛光子ね。
草笛光子は「犬神家の一族」では三姉妹の三女で登場していたけれど、今回は少し足を引きずって歩く由良家の嫁だったよ。
以降の横溝正史シリーズでは必ず出演しているんだよね。
白石加代子は、なんともいえない迫力がある女優で、初めて観た時は驚いたよ。
ドロドロした日本土着の風習や因縁めいた話を語らせたら、右に出る者はいないんじゃないかという雰囲気がある。
なんといっても顔が怖い!
脇役でも強い印象を残すんだよね。
渡辺美佐子はSNAKEPIPEにとっては「ムー」のおかみさんなんだよね。(笑)
優しいおかみさんのイメージだから、横溝正史シリーズに出演している事自体に違和感があるよ。
そんな感想を持つのは少数かもしれないけどね?

「犬神家の一族」で存在感を示していた加藤武が、再び岡山県警の主任として登場!
勝手な推理で犯人を特定し、
「よーしわかった!」
と手を叩くポーズと粉薬を口から吐き出しながら喋るシーンは、シリーズ全編を通して見ることができるよ。
「いつでるか」
と期待して待ってしまうんだよね。(笑)
加藤武の後ろにいるのは岡本信人ね。若い!

「いつでるか」と期待して待ってしまう俳優は他にもいる。
三木のり平と沼田カズ子である。
今回の三木のり平は元活弁士という役どころ。
沼田カズ子は前回同様、無愛想な妻役である。
昔を懐かしがって当時の思い出を語り続ける三木のり平に対して、ぶっきらぼうながら金田一耕助の手助けをするカズ子。
この2人、名コンビだなあ!
毎回楽しみにしちゃうよ。(笑)

事件解決のヒントが鏡に写ったみかんというのが面白かったよ。
相変わらず、相手に不審がられないちょっと間延びしたような口調で、必要な情報を集めていく金田一耕助。
強烈な事件現場とは対照的に、安心感や時に笑いをもたらす金田一耕助の存在を象徴するようなシーンだったね。

コン・タッチは当然のように「悪魔の手毬唄」でも健在だよ。 
唐突に右のようなコンマ何秒かの映像が挟み込まれる。
思考する金田一耕助を表していると思うんだけど、この短い映像があるのとないのとでは全然印象が違うだろうね。
Wikipediaによれば、市川崑監督というのは非常に感覚的な人だったらしい。
こういうアイデアも突発的に浮かんで採用したんだろうね。
オープニングのクレジットにおけるタイポグラフィは真似て使った人がいるけれど、映像はどうだったんだろうね。
影響受けて、コン・タッチを真似た監督いたのかな?

「悪魔の手毬唄」には、上に書いてきたように記憶に残るシーンはたくさんあるけれど、このシーンが最強かな。
夕暮れ時の峠で、金田一耕助は腰が曲がった老婆に出会う。
「おりんでござりやす。かわいがってやってつかあさい」
ぶつぶつ喋りながら通り過ぎて行く、あの場面ね!
全体的に色調が暗めの「悪魔の手毬唄」だけど、夕暮れ時だから更に暗くて、左の画像でもほとんどシルエットにしかみえないよね。
いつかこんな峠を歩くことがあったら、「おりんごっこ」してみたいよね。(笑)
たまたま知ったけど、どうやら岡山県倉敷市に「おりん像」が建っているとのこと!
このシーンがいかに強い印象を残したのか、わかるエピソードだよね。

「犬神家の一族」に続いて制作された「悪魔の手毬唄」も、石坂浩二が主演だったため、金田一耕助像が「あの姿」で定着したよね。
他の俳優が演じた場合には、石坂浩二版金田一を踏襲してるからね。
脇を固める加藤武や大滝秀治といった俳優も、毎回出演することが決定的になったのがこの2作目だろうね。
40年以上前の作品なのに、改めて鑑賞しても展開にハラハラしながら引き込まれるよ!
市川崑監督の横溝正史シリーズは制作順に特集するので、次回は「獄門島」だね。
どうぞお楽しみに!(笑)

20180916 top

【ステージに立つマリサ・パレデスの美しさったら!】

SNAKEPIPE WROTE:

TSUTAYAの「発掘良品」は、過去の作品をリマスターして現代に蘇らせる企画で、ROCKHURRAH RECORDSはショップでレンタルする際に必ずチェックするコーナーだよ。
昔好きだったあの映画がDVDになってる!という例は少ないんだけど、それでもつい立ち寄っちゃうんだよね。
その発掘良品でアルモドバル監督の「ハイヒール(原題:Tacones lejanos 1991年)」がレンタル開始になったことを知り、狂喜する。
ありがとう、TSUTAYA!(笑)

ペドロ・アルモドバル監督の作品を全制覇する計画を立てているROCKHURRAH RECORDS。
2018年7月の記事「映画の殿 第31号 Pedro Almodóvar『ペピ・ルシ・ボンとその他大勢の娘たち』」の中で、未鑑賞作品が残りわずかだと書いた。
その中の1本が「ハイヒール」だからね。
これで残る未鑑賞作品は「欲望の法則」と「ライブ・フレッシュ」の2本のみだよ。
制覇も近いかな? 

それでは早速「ハイヒール」の感想をまとめていこう。
順番では「映画の殿」を書くのは「市川崑監督作品」にする予定だったけれど、それはまた次回に!(笑)
まずはトレイラーを載せようか。
※ネタバレしていますので、未鑑賞の方はご注意ください! 

縦横比がちょっと違っているようだけど、良しとしよう!(笑)
動画の静止画像がハイヒール部分をピストルにした物騒アイテムなんだけど、どこかで見たような?
収集狂時代 第7巻 Chanel編」で紹介したシャネルのハイヒールに似てるんだね!
どちらが先なのか分からないけど、もしアルモドバルが先だったら、ハイブランドの先駆けになるんだね!

「ハイヒール」の簡単なあらすじも載せておこうかな。

テレビのニュースキャスターであるレベッカは、マドリッドの空港で、子供の頃に別れたきりになっている母親を待っていた。
彼女の母親ベッキー・デル・パラモは人気歌手で、15年の間メキシコに住んでいたがスペインに帰ってくることになってきた。(Wikipediaより)

2行しかないあらすじで、しかも映画の冒頭部分しか説明されていないけど、良しとしよう。(笑)
「ハイヒール」は登場人物が非常に少ない映画だからね。

映画が始まって目が釘付けになるのは、タイトルバックのカッコ良さなんだよね。
その部分が入っている映像だったので、上の動画に決めたんだよ。
色合いから構図から、なにもかもがファッショナブル。
アレックス・デ・ラ・イグレシア監督のタイトルバックも抜群に素敵なものが多かったけど、スペイン人の特質なんだろうか。
あの色彩感覚はどのように養われていくのか知りたいよ。

あらすじに登場した娘レベッカを演じたのは、ビクトリア・アブリル。
好き好きアーツ!#22 Pedro Almodóvar part1」で書いた映画「キカ」の中で、「今日の最悪事件」という報道番組を自作自演していたのがビクトリアだったんだよね。
「今日の最悪事件」の時に着用していたのは、ゴルチェだったけど、「ハイヒール」ではシャネル。
SNAKEPIPEはゴルチェのほうが似合っていたように感じたけど?
「キカ」は1993年の作品なので、「ハイヒール」のキャスター役のほうが早かったことが分かったよ。
ビクトリア・アブリルはテレビ向けってことなのかな?(笑)
レベッカは勤務しているテレビ局の局長と結婚しているんだけど、その男は以前レベッカの母親の恋人だったんだよね。
母と娘で同じ男と関係を持つ、という複雑さ。
ありえない設定ではないけど、あまり良い気持ちはしないだろうね。
そしてレベッカの母親というのが、美しい人気歌手のベッキーだから、余計にレベッカは気を揉むこと間違いなし!

ベッキーを演じているのはマリサ・パレデス。
アルモドバル監督の名前を最初に知った作品である「オール・アバウト・マイ・マザー」でも、大女優を演じていたし、「バチ当たり修道院の最期」「私の秘密の花」など、アルモドバル作品の常連だよね。
知的な美人なので、SNAKEPIPEも大ファン!
今回も素敵な衣装を身に着けて、ステージに立つ姿が印象的だったよ。
「ハイヒール」の時に45歳くらいだったのかな。
まだまだ女盛りで、魅力たっぷりのベッキーだったら、年齢が若くても娘のレベッカには負けないだろうなあ。
そして実際、レベッカの夫(ベッキーの元彼)は、ベッキーに言い寄るんだよね。

どうしてこんな男に母娘が引っかかってしまったのか?
マヌエルはテレビ局の局長という立場だから、相当お金は持ってると思うけどねえ。
いつでも不機嫌でプリプリしている、冗談が通じないタイプの男に見えたけど?
そんな男と何故レベッカは結婚したのか?
生まれた時からピカピカに輝いている母親が側にいたら、子供はその存在にかなうはずないと人生諦めちゃうだろうね。
「母親に勝った」という自己満足のために、レベッカは愛してもいない、この男と結婚したんだろうと推測する。
そうまでしないとプライドを保つことができないほど、負け犬根性のレベッカに同情してしまうよ。
そしてメキシコからベッキーが帰国すると、離婚を持ち出されてしまう。
もしかしたらマヌエルも、ベッキーにヤキモチを焼かせるために娘と結婚したのかもしれないね?

「ハイヒール」にも女装の方が登場するんだよね。
歌手ベッキーに憧れて、口パクでショーを行っているレタル。
レベッカはレタルの友達なので、モノマネをやっているレタルのステージに、面白がってベッキーを連れて行くのである。
ショーが終わって、楽屋で話すレベッカに言い寄るレタル。
なんとレタルは女装しているけど、身も心も女じゃなかったのね。
化粧はしてるわ、怪しげな衣装をまとっているわ、なのに「完全に男」だったとは!
まさかの展開にレベッカが驚くのも無理はないよね。

ある日、閑静な住宅に銃声が鳴り響く。
マヌエルが殺されたのだ!
容疑者としてレベッカ、ベッキー母娘とともに、レベッカと同じテレビ局で働く手話担当の女性も浮上。
レベッカの同僚なのに、不倫関係にあったことを堂々と認めるんだよね。
正妻であるレベッカのほうが卑屈に見えてしまうほどの、あっけらかんとした態度には反感を持つ人多いだろうな。
事件当日も会っていたと証言するけれど、早い段階で容疑者リストから外れる。

事件の取り調べをしているドミンゲス判事。
SNAKEPIPEは観た瞬間からトリックに気付いてしまったよ。
この画像からでも「あれ?」と思う人いるかもしれない。
人の顔を覚えるのが苦手なROCKHURRAHには、ハードル高かったかもね?(笑)
ドミンゲス判事の母親というのが、10年間もベッドから出ない引きこもり生活をしているユニークな存在なんだよね。
贔屓にしている女優や歌手などの切り抜きをするのが趣味で、ベッキー用のスクラップブックも作っている。
ベッキーの取り調べをしていることを母親に話したシーンはなかったから、言ってないんだろうね。
なんだか不思議な親子関係だったよ。

あらかじめ知っていないと、見逃してしまうほどのチョイ役でハビエル・バルデムが出てるんだよね。
レベッカがニュース読んでる時の裏方役。
1969年生まれのバルデム、この時22歳。
えーーーーっ!計算間違ってないよね?
とても若者には見えないよ!
主役級だった映画「ハモンハモン」が1992年なので、「ハイヒール」の1年後。
あの時は勢いのある青臭い若者役がピッタリだったので、たまたまこの画像が老けて見えるのかもしれない。
それにしてもこのシャツ、テレビ局っぽいのかなあ?(笑)

レベッカが刑務所に入ったシーンでは、あまりに自由そうな女囚たちに驚いたよ。
囚人服を着ることもなく、集まっておしゃべりしたり電話したり。
まるで女子寮みたい。
インド映画みたいに突然ダンスが始まるシーンもあったよ。
女囚同士のカップルも登場して、ここでもまたLGBTを盛り込むアルモドバル。
塀の外には出られないけど、みんな楽しそうなんだよね。
本当にスペインの刑務所ってこんな感じなのかな?

アルモドバルには母と娘をテーマにした作品がいくつかある。
「ボルベール」や「ジュリエッタ」をすぐに思い浮かべるけど、その出発点はこの映画だったのかもしれないね?
女性礼賛映画もたくさん作ってるけれど、どうして母と娘なのかは謎だなあ。
「ハイヒール」では最後に母と娘は和解し、お互いを理解し合う。
間に合って良かったとも言えるし、もっと早い段階だったら良かったのにとも思う。
法律的には許されないことだけど、こんな形でないとレベッカに幸せが訪れることはないんだよね。
めでたしめでたし、というハッピーエンドを望んでいるわけではないけれど、重苦しい空気のまま映画は終わる。

最も身近な人間関係というのが家族なので、そこに焦点を当て「人間模様」や心理を描くのが特徴のアルモドバル。
そして性差と宗教の問題が加わるんだけど、重くなり過ぎないのはポップな色使いのおかげなのかな。
スペイン移住を考えたくなるほど、魅力のあるアルモドバルの作品群。
是非とも完全制覇したいね!(笑)

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【ファッション大国だけあって見た目にこだわるバンドが多い】

ROCKHURRAH WROTE:

1970年代のパンクやその後のニュー・ウェイブを系統立てて研究してるわけでもないんだが、ちょっと聴いて気になる曲があれば興味を持って少しは調べる。
音楽好きの人間は大体そうやって幅を広げてゆくんだろうけどROCKHURRAHの場合は80年代でピッタリ時が止まったまま。90年代も21世紀になってもずっと80年代ばかり回遊してるという特異体質(?)なのかも知れない。
それだけずっと70〜80年代ばかりを追い求めてきたなら少しはマニアックな見識が増えても良さそうなものなのに、そこまでにはなってないところが実に弱いなあと自分でも思ってるよ。生半可な知識で色んな部分を食いかじった結果「これだけは誰にも負けない」という専門的な人材にならなかったからね。

昔の音楽雑誌を思い出してみると例えば「フランスのニュー・ウェイブ事情」みたいな特集はたぶんどこかでやってたと思う。それが続けて世界各国にまで特集の幅が広がったかどうか、肝心なところは覚えてないけど、そういう雰囲気を目指して企画したのが「80年代世界一周」というシリーズだ。
ROCKHURRAHは専門家でも何でもないのでその国の80年代がどんなだったかもわかってないんだけど、その程度の半端な意気込みだけで進めてゆこう。

さて、思いついた当初から長続きしそうにない企画だと自覚しているけど、第2回はイタリアにしてみよう。
大好きな国はスペインだと事あるごとに書いてたけど、我が家のスペイン・ブームが来る前はイタリアも憧れの国だったのだ。

SNAKEPIPEがイタリア物の革製品を扱ってる店で働いていた事もあって、前々からデザインや色使いの斬新さ、素材の良さなどをROCKHURRAHも聞かされていた。だから観光地めぐりのイタリアじゃなくて、日本ではあまり知られてない職人の工房とか(服飾制作用の)パーツ探したりとか、そういう目的で行ってみたい国だと思っていたんだよ。

ROCKHURRAHが個人的に興味あるのは20世紀はじめにイタリアで起こったFuturismo(未来派)という芸術運動だ。ファシズムと結びついて破壊的な行為、戦争を礼賛するような過激な思想なのはいただけないが、純粋に美術として見た時に好みのデザインが多いというだけ。

音楽の世界ではイタリアと言えばオペラ発祥の地だしクラシック音楽やカンツォーネなど、古くから音楽がすごく栄えた地だという印象がある。
そういう要素に近い(?)というわけではないだろうが、70年代にはイタリアン・プログレッシブ・ロックなどというくくりがあってそれなりに著名なバンドが色々出てたんだけど、ROCKHURRAHにとってあまり興味ある分野ではなかったからその辺もノーコメントだな。ホラー映画好きだったからその手のテーマ曲を多く手がけたゴブリンくらいか。

その後、イタリア独自の発達をしたパンクやニュー・ウェイブというのもあまり話を聞かないので、ドイツでノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ)が起こって色んなバンドが次々出てきたほどには盛り上がらなかったんだろうなと想像するよ。何かは起こってたんだろうけどシーン全体を牽引する仕掛け人みたいなのがいないとなかなか大きなムーブメントにはならないからね。

第1回のスペインと同様、ロックンロールとかグラム・ロックとかパンクやニュー・ウェイブに直接結びつきそうな音楽の下地があまりないと思える国だから期待もせずに探してみたが、さてどうだろうか?
なお、今回もイタリア語の名前は読めんので、カタカナ表記はあまりしないつもり。 

まずはこれから、Kandeggina Gangという全員女性のパンク・バンドだ。
Kandegginaって何?と思って調べてみたらこのバンドしか出て来なかったからきっと造語なんだろう。
Candegginaというのはイタリアで洗濯用の漂白剤だそうで、日本で言えばワイドハイターEXとかそういうもの。たぶんそれのスペルを変えてバンド名としたのに違いない。勝手に「コインランドリーで意気投合した女4人で結成、メンバー全員洗濯好き」などというストーリーを想像してしまうよ。

ヨーロッパを見回してみるとフランスのスティンキー・トイズやベルギーのプラスティック・ベルトランなどはイギリスのパンク・ロックと大体同じ頃にすでに活動していて時差がほとんどないと思うんだが、こういうのに相当するイタリアのバンドが思い当たらない。
いたのは間違いないんで単にROCKHURRAHが疎いだけかも知れないけど、だからイタリアに目立ったシーンがなかったように感じてしまう。イタリアと言えばまずジョルジオ・モロダーとか連想してしまうもんね。

そういうわけで同時代のバンドを思い出せなかったけど数年遅れて出てきたのがこのバンド。
1979年にミラノで結成、1980年に唯一のシングルをリリースしたKandeggina Gangはイタリアで本格的なガールズ・パンク・バンドの先駆けとなるわけかな?
ちゃんと映像が残ってるだけでも先駆けガールズ・バンドの中では恵まれてる方なんだろうけど、やってる事はスリッツやモデッツ、レインコーツにクリネックスなどと言った女流パンク・バンドの先駆けたちに追随するような音楽性。上記のバンド達よりはまだかわいげがあるけど、そこまで実験的な内容でもない。
ふう、わずか数行に「先駆け」という言葉を多用してしまったのが情けないが、このバンドはイタリア語という以外には特に目立った個性は感じられないな。第1回スペイン編で書いたアラスカが初期の段階でかなり完成された独自のパンクだったのに比べるとちょっと魅力に乏しいかな。

本人たちもそれに気づいたのかKandeggina Gangはこの1曲だけで解散。ヴォーカルのジョヴァンナ・コレッティ嬢はJo Squilloと名乗り別のバンドを始めた。正式な発音に近く表記するならジョー・スクイッロなんだろうが日本人が発音しにくいのでスキーロでいいのかな?まあとにかくJo Squillo Eletrixという次のバンドはイタリア語がパンクに見事に調和していて、元気でお茶目そうなJo Squilloの個性がやっと発揮されたバンドだと思ったよ。

1981年に出たヒット・シングルがこの「Skizzo Skizzo」だ。
Skizzoって何?と思って例のごとく調べてみたらどうやらイタリアで売ってる清涼飲料水・・・ではなくて台所用洗剤の商品名らしい。パッケージがやたら紛らわしくて子供が本当に誤飲とかしてしまいそう。
しかしそれにしても漂白剤の次は洗剤、よほどそういう系列が好きなのかねえ。

ビデオはウルレーションと呼ばれるアフリカなどの甲高い雄叫び(SNAKEPIPEに今教えてもらった)で始まり、バカっぽいけど自分の名前入りのトレーナー着て踊る姿はハリキリ若奥さんには見えてもパンクとは思えない。けど曲調はしっかりパンクや初期ニュー・ウェイブの真っ只中にあるようなもので、覚えやすい連呼型。

この曲「Violentami(レイプ?)」もパンチのある歌声と明るいキャラクターでノリノリになれるね。タイトルからすると笑って歌える内容ってはずはないんだけどなぜに明るい?
曲調はまるでラモーンズのモノマネだし、コンセプトはまるで違うけどレジロスあたりに通じる元気の出るバンドで気に入ったよ。

ジョー・スキーロはその後もソロ・シンガーとしてイタリアでは人気あったようでお色気セレブみたいな画像がたくさん出てくるが、日本ではたぶんあまり知られてない存在だと思う。歳を取ってもパンク精神を忘れずにお茶目なおばちゃんでいて欲しいね。

ジョー・スキーロのKandeggina Gangよりも前の1970年代後半から活動してたのがGaznevadaだ。
ガズネヴァダって何だ?と思って調べたが情報まるでなし。
ネット上には「80年代初期に活躍したイタリアン・テクノポップ・バンドGaznevada・・・」などと判で押したような言葉が並んでるだけで、このバンドと本気で向かい合った日本人はいないように感じる。
無論ROCKHURRAHもそれ以上に語れる材料を持ってないからおあいこ以下だけどね。

どうやら初期の方ではパンクから始まってニュー・ウェイブに至り、という点では他の多くのバンドと同じなんだけど、それからイタロ・ディスコの方面でヒットしてしまったので方向転換したように感じる。

「A.Perkins」はジグ・ジグ・スパトニックとドイツのヴィルツシャフツヴンダーを足したかのような落ち着きのない演奏と効果音に彩られた不気味な名曲。なぜアンソニー・パーキンスなのかは不明だがイタリア、なかなかやるな。
え?ヴィルツシャフツヴンダー(Wirtschaftswunder)知らない?ドイツ編を書くかも知れないので詳しくは語らないがノイエ・ドイッチェ・ヴェレと呼ばれたムーブメントの中でも飛び切りのヘンな迫力に満ち溢れたすごいバンド。このバンド名を例えに使うのはROCKHURRAHの中ではかなり上等の賛辞なのだ(←偉そう)。

上の曲とこの曲が同じバンドの同一アルバムに入った曲(「Psicopatico Party」1983年) だと言うのが信じられないくらいだよ。音楽性の幅が広すぎるのも問題だよな。

で、このビデオの「 I.C. Love Affair」はどうやらヒットした曲らしく、彼らの代表作。
聴けばまあ確かに売れ線のオーラ漂う、少なくとも1983年の音楽事情を思い出せば、どこに出しても恥ずかしくないオシャレな名曲なんだろうな。個人的には上の「モロにニュー・ウェイブ真っ最中」路線で突っ走って欲しかったけどね。

上に書いたガズネヴァダとメンバーがかぶってるそうだがご覧の通り、顔面TV仕様なのでどれが誰だかさっぱりわからん。読めん!というバンド名が続いたがThe Stupid Set、これなら英語なので読めるね。

顔がテレビと言うと真っ先に思い出すのがビル・ネルソンがやっていたビーバップ・デラックスだ。
1978年に出た最後のアルバム「Drastic Plastic(プラスティック幻想)」の裏ジャケ一面にTV顔のメンバーが写っててコンセプトとしては全く同じ。
1980年に出たのがThe Stupid Setのシングル「Hello I Love You」なんだが、ビーバップ・デラックスを知っててやってりゃ完全な盗作、知らなくてもこれくらいのコンセプトなら誰でも思いつくというシロモノではあるが。

このバンドも先に書いたガズネヴァダもイタリアの古都ボローニャの出身だとの事。
旅番組とかでもたびたび出てくる人気観光地だが街全体が煉瓦色という印象だ。
そんな古い街並みにもパンクやニュー・ウェイブの波が押し寄せたらしくて、ボローニャという都市がイタリアのパンクやニュー・ウェイブにとっては重要な地域だったらしい。見てきたわけじゃないから割といいかげんに書いてるけど。

ビデオの曲は(たぶん)ロック好きなら誰でもわかる通り、ドアーズのカヴァー。エレクトロニクスと言うよりはエレキって感じのチープな演奏にちょっとキーボードが入ってるだけで気分は初期テクノポップだよね。これぞ80年代前半ニュー・ウェイブの真骨頂。プラスティックスとかにも通じるね。
英米や日本でも同時代に紹介されてれば話題になったと思うけど、この当時イタリアに注目してたレコード業界の人はプログレ系ばかりだもんね。イタリアに限らず世界にはそういう例がたくさんあって、ちゃんと時代を見る目があればいくらでも音楽は活性化出来たのに、見る目のない年老いた業界人と見る目はあっても資金不足の若造ばかりだったな。

こちらは職人の街フィレンツェのバンド、Diaframmaだ。
ディアフランマと読むのかな?
日本語に訳すと「横隔膜」、何だそりゃ?というバンド名だが何か理由があるのだろう。
どうやらイタリアの初期ニュー・ウェイブとしては人気、知名度もあったみたいでそういうTV番組の特集とかでも必ず最初の方で映像が流れたりする。代表的な存在だったのかね?
旅番組とかでもたびたび出てくるフィレンツェだが街全体がやっぱり煉瓦色という印象だ。こんな街からこういうバンドが出てきたのは意外という気がする。

「Illusione Ottica(錯視)」は1982年に出た彼らのデビュー・シングル(のB面)だが、ジョイ・ディヴィジョン風の暗く沈んだ曲調にイアン・カーティスをかなり意識したステージ・アクションで明らかに真似っ子路線。
オリジナル(イアン・カーティス)にはない動きを模索してるような振り付けがわざとらしいよ。
イタリア語の響きがこういう音楽に合ってるのか合ってないのか?
イタリア、そしてフィレンツェと言えばゴシックよりもルネッサンスだとどこかで読んだが、建築に限らず音楽の世界でもイタリアのイメージではこういう陰気なのはあまり発達しなかったと勝手に思ってたよ。

Diaframmaはバンドとして紆余曲折があったらしくて、最初の頃はギターのみだったFederico Fiumaniが結成10年目くらいでついにヴォーカルとなってからは初期とは違う路線でたぶんもっと人気バンドとなっていった模様。

1989年の「Gennaio(1月)」はいきなり走ってきてドアップというエモーショナルさが炸裂したギターポップ風の音楽で、同じバンドとは思えないほどになってる。歌詞もとても字余り・・・。
このFederico氏、80年代型イタリアのファッション・モデルっぽい見た目に自信を持っている模様で、ギターを弾く時にざんばらりと落ちる前髪などにも、計算されたいい男ぶりが垣間見える。
80年代リヴァプールのザ・ルームというバンドも「俺っていい男オーラ」が漂うヴォーカリストだったが、それを思い出してしまうよ。

Federicoには悪いが初期と後期、どっちがいいかと言われたらイアン・カーティスの影響受けすぎて(ヴォーカルは違う人)思わず笑ってしまう初期の方がやっぱり好みだよ。

 イタリアが70年代のプログレッシブ・ロックだけでなく、80年代のニュー・ウェイブでもなかなか個性的なバンドを輩出していた国だと、今この時代に再認識しても遅すぎか?

最後はこのバンドにしてみよう。CCCP Fedeli alla lineaだ。ドイツのベルリンで結成したイタリア人のバンド、そしてバンド名がソビエト社会主義共和国連邦とはこれいかに?
CCCPの後についてるFedeli alla lineaがわからなかったからGoogle翻訳してみると「ラインに忠実なCCCP」などとさらにわけのわからない事を言ってきたよ。

いかにもハードコアという見た目のGiovanni Lindo Ferrettiを中心とするバンドなんだが、メンバーの中に意味不明のパフォーマンスをするだけの男女2人がいて、ヴォーカルのGiovanniを加えた3人が変な踊りや儀式のようなよくわからん事を披露するという鬱陶しい形式のライブらしい。
衣装なども毎回趣向を凝らして女性メンバーはファッション・モデルっぽい感じ。歌を歌うわけでもなくてランウェイを歩くみたいにウロウロしてたり、かなり不審な存在。
個性的という点では際立っているけど、何かメッセージ性がありそうな割にはやりたい事があまり伝わってこないのがちょっと残念なバンドだ。 色物バンドってほど受けを狙ってるわけでもないし、言葉の壁を越えるような何かがあれば良かったんだけど。

さて、まだまだ探せば色々出てくるはずのイタリアーノ・バンド達。いつもの事だが時間がおしてしまったので残念だが今回はここまでにしよう。

それではチ・ヴェディアーモ(イタリア語で「じゃあまたね」)!