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20190324 top
【東京都庭園美術館前の看板を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

東京都庭園美術館で開催されている「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」を教えてくれたのはROCKHURRAHだった。
シュルレアリスムやダダには目がないROCKHURRAH RECORDSにとって、よだれが出るような企画。
見つけてくれてありがとう、ROCKHURRAH!(笑)
開催期間が4月7日までなので、急いで出かけることにする。
「まだ大丈夫」と先延ばしにしてしまい、会期終了間際に駆け込むようなケースが今までに何度かあったからね。
そのたびに早めの行動を自分自身に戒めてきたSNAKEPIPE。
今回はその教訓が活かされたかな?(笑)

東京都庭園美術館に行ったのは2015年6月の「マスク展」以来だったよ。
SNAKEPIPEが書いたブログを読み返してみると、会期終了ギリギリに行ったと書いてある。
やっぱりこのパターンだったか!(笑)
そして庭園美術館は1906年(明治39年)に創立した旧朝香宮邸を使用しているため、館内の撮影が禁止されているんだよね。
歴史的建造物で、国の重要文化財だから仕方ないね。 
「マスク展」でも最初の看板しか撮影してないことを思い出したよ。

さて、今回鑑賞した岡上淑子。
1950年代に日本で、しかも女性がシュールなフォト・コラージュを制作していたなんてSNAKEPIPEはこれっぽっちも知らなかった。
実を言うと岡上淑子という名前も今回初めて聞いたんだよね。
「シュールに目がない」などと言っておきながら、MADE IN JAPANの作品やアーティストについてはほとんど調べてないのが実情かな。
まずは岡上淑子について調べてみようか。

1928年 高知県高知市に生まれる。
2、3歳の頃、東京都渋谷区に転居。
1941年 東洋英和女学院に入学。
1948年 小川服装学院に入学。
1950年 文化学院デザイン科に入学。
この頃からフォト・コラージュを始める。
1953年 東京・神田で「岡上淑子コラージュ展」を開催
1957年 結婚。作品制作から遠ざかる。

フォト・コラージュは1950年から、わずか7年ほどの期間限定で制作されていたんだね。
岡上淑子の年齢でいうと22歳から28歳まで、ということかな。
50年代の女性が22歳からデザイン科に入学して学生だった、ということに驚く。
当時の一般的な女性の平均的な歩みとは違うように感じるけど、実際はどうだったんだろう。
この点だけをみても、岡上淑子が先進的な女性だったように思うよ。
ちゃんと調べたわけじゃないし、詳しくもないので単なるSNAKEPIPEの推測として読んでね。(笑)

展覧会に行った日の目黒は絶好の庭園散策日和、とは言い難かったよ。
晴れてはいたけれど強風が吹き荒れ、SNAKEPIPEは何度も風に押されよろけてしまった。
10時の開館を過ぎた頃、庭園美術館に到着。
そこまで人は多くなくて、ゆっくり鑑賞することができたのは良かった。
作品はほとんどがA4くらいの大きさだったので、近付いて観る必要があったからね!

展覧会は第1部マチネと第2部ソワレになっていて、第1部は旧朝香宮邸、第2部は新館での展示になっていた。
岡上淑子の作品と共に、当時ファッション界で注目を集めていたクリスチャン・ディオールやクリストバル・バレンシアガのドレスも展示されていた。
岡上淑子がコラージュしているファッションに合わせて、エレガントなドレスを集めたんだろうね。 

最初にも書いたように国の重要文化財である旧朝香宮邸なので、撮影は原則禁止。
ほんの一部でのみ撮影できる場所があっただけ!
そのためブログに載せている画像は1枚をのぞき、自分で撮影したものではないのが残念だよ。
会場の様子がわかる映像があったので載せておこうか。

この「Inernet Museum」は、先日の「インポッシブル・アーキテクチャー」をまとめた記事にも載せているんだけど、やっぱり素っ気ないんだよね。(笑)
創意工夫はなくて、ただ会場を道に沿って歩く様子を淡々と映しているだけ。
前回も書いたけど「ありのまま」ということなんだろうね。

それでは気になった作品を紹介していこう!
先にも書いたように、岡上淑子の作品は1950年からの7年間に限定されているんだよね。
ROCKHURRAHとSNAKEPIPEが気に入ったのは、背景が黒や赤のシンプルな初期の作品。
例えば左は黒バックにトマトとナイフとマレーネ・ディートリッヒが組み合わされている「トマト」で、1951年の作品。
わりーね、わりーね、ワリーネ・ディートリッヒ!(古い)
空間の使い方と構図の素晴らしさが良く分かるよね。
2013年8月の「SNAKEPIPE MUSEUM #22 Hannah Höch」で特集したドイツのダダイスト、ハンナ・ヘッヒを思い出す。
ハンナ・ヘッヒもシンプルな背景に雑誌などから切り取った写真のコラージュを貼った作品を発表していたからね!

「これぞシュルレアリスム!」といった雰囲気の作品。
イブ・タンギーを思わせるのは、背景が砂漠だからかな。
なんともいえない幻想的な光景が永遠に続くように錯覚してしまう。
岡上淑子は服飾系の学校に通っていたので、ハサミを使うことに慣れていたのかもしれないけれど、とても切り方が上手なんだよね!
糊の使い方もうまくて、近付いてじっくり観ても、切り貼りしたことが分からないほど。
この技術力に驚いてしまうよ!
この腕があったら「紙切り芸人」にもなれたかもしれないね?(笑)

「はるかな旅」は1953年の作品ね。
岡上淑子は絵画や写真の勉強をしたことがあるのかな?
構図がバッチリ決まってるんだよね。
先にも書いた、日本画に近い空間の使い方が素晴らしい!
絵にする、ということに天性の才能があったんだろうな。
犬の体に時計を付けて、マントのフードに花束を配するところに乙女心を感じるよ。
この作品も「まさにシュルレアリスム!」だよね。

頭部が機械になっている男性の後ろには、額からはみ出したダンサー達。
まるで80年代のレコード・ジャケットみたいだよ。
左に置いてあるシルクハットには目があるし。
こんな作品を50年代に制作していたとはね!
それにしても女性のファッションは流行がはっきりしていることが多いけれど、男性のスーツ姿というのはどの年代でもそれほどの違いがないよね?
画像だけ観たら、50年代というのが分からないかもしれない。
もちろん岡上淑子のセンスの良さがあるからだけどね!

ROCKHURRAHが気に入った作品がこちら。
機械(装置)の上を歩く花嫁が、ドイツのバンドD.A.F.の1stアルバムのジャケットに似ているからかもしれないね。
そのジャケットは巨大な機械の中で踊るバレリーナなんだよね。
無機的な鉱物と柔らかいイメージの女性という、2つの相反するイメージの融合は不思議な調和を感じさせる。
岡上淑子の作品にも同じことが言えるのかもしれないね?

岡上淑子は1953年に瀧口修造に出会っている。
瀧口修造というのは、日本におけるシュルレアリスムやダダを紹介した第一人者として知られる人物で、マルセル・デュシャンを調べると必ず出てくる名前として記憶しているよ。
その瀧口修造からマックス・エルンストを教えられ、岡上淑子の作品は変貌する。
今まで1色だけでガランとしていた作品に、背景が加わることになるんだよね。
「招待」は1955年の作品で、鳥の頭の男がタキシードを着ているところや雰囲気が、エルンストそのもの!

瀧口修造のエピソードを知ってからは、1953年を目安に作品鑑賞するようになってしまった。
エルンストを知る前/知った後という線引きである。
圧倒的な存在感を持つアーティストを知ってしまうと、頭の中に強い力を持った他人の作品が居座ってしまうのではないだろうか。 
本人にそのつもりがなくても、つい影響受けてしまうのはよくあること。
勉強するのも大事だけど、何も知らないままほとばしる情熱(ルビはパッションで!)を作品制作の糧とするのも重要なんだな、と改めて認識したよ。
「沈黙の奇蹟」は1952年の作品。
エルンストを知る前ということになるね。
靄が立ち込める鬱蒼とした森の中。
神主さんのような集団をバックに、首なし女が犬を散歩させているゴシック・ホラーのような作品。
首はパラシュートで空に浮かんでいるのがユーモラスに映る。
この作品も素晴らしいね!

唯一会場内で撮影が許可されたのが「幻想」1954年。
女性の頭部が馬になって横たわっている。
他に馬が3頭、バッチリの構図に収まり、シャンデリアには手がぶら下がっている。
背景がどこかの貴族の館のようで、これもまたゴシックな雰囲気だよね。
こうした美意識がどのように培われたのか興味あるよ。

岡上淑子は結婚して子供をもうけてからも、絵を描いたり写真を撮ったりしていたようだけど、フォト・コラージュを制作していた頃の「きらめき」が再現されることはなかったみたい。
本当に期間限定のアーティストだったんだね。
現在91歳の岡上淑子。
その年齢で美術館の個展が開けるなんて、すごいよね!

旧朝香宮邸は重要文化財なので撮影不可とされるのは仕方ないけれど、新館の展示は撮影オッケーしてもらいたかったなあ。
ミュージアム・ショップが商品化するグッズも相変わらずイマイチ…。
作品は素晴らしいのに、美術館に対して残念に思うことが多い展覧会が続いているROCKHURRAH RECORDS。
今度は是非とも撮影オッケーな展覧会に行きたいものだ。 

20190317【予想外に80年代ニュー・ウェイブの宝庫】

ROCKHURRAH WROTE:

毎回いつも書いてることだが、ROCKHURRAHが書くシリーズ記事はどれも、1970年代から80年代あたりのパンクやニュー・ウェイブと呼ばれた音楽ばかりをピックアップして特集にしている。
この「80年代世界一周」というのは日本に最も入って来やすいイギリスやアメリカ以外のニュー・ウェイブに焦点を当てた企画で、あまり馴染みのないバンドについてROCKHURRAHがいいかげんなコメントつけるだけという内容だ。
今どきこの手の80年代を大真面目に学ぼうとしてる人は少ないとは思うが、そういう人たちにとっては実に当てにならない読み物だという事だけは確かだよ。

さて、スペイン、イタリア、スイスと今まで書いてきたけど、今回は今はなき国に焦点を当ててみよう。
タイトルにもある通り南斯拉夫、これは一体どこの国?
かつてはひとまとめにユーゴスラビアと言ってたけど、1990年代に激しい内戦の末、今はいくつかの少国家に分裂してしまったという。これは歴史や世界情勢に疎いROCKHURRAHなんかより皆さんの方がよほど知ってると思われるが、ウチのテーマはそういうところにはないのも明らか。

ユーゴスラビアのニュー・ウェイブと言うと真っ先に思い浮かぶのがライバッハの存在だ。
ROCKHURRAHも好きなジャンルではあるんだけど、実は今日はライバッハ抜きにして語ってみたいと思う。
「何だかよくわからんがナチスっぽい、軍国主義っぽい」とか「今でも見え隠れする第二次大戦の爪痕」とか、ユーゴスラビアの音楽に対する勝手な偏見をROCKHURRAHが持ったのはこのバンドに原因があるからだ。 
たぶんそんな国じゃないはず。 

「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの連邦国家」とあるようにとても複雑な他民族国家だったらしいが、これだけのものが割と近場に混じり合ってると、かなり色んなものがミクスチャーされた文化になるのは当たり前だと想像出来るよ。

ではさっそくその独自の音楽文化に触れてみよう。

まずはユーゴスラビアのパンクと言うと必ず名前の挙がるPankrtiというバンドから。パンクルティとカタカナで書いてるサイトがあったからその読み方でいいのかな?

彼らは1977年にスロベニアで結成されたバンドだとの事。
旧ユーゴスラビアで一括りにされてた頃はそんな事なかっただろうが、独立して観光名所となったクロアチアなどと比べるとイマイチの知名度だと思える。街の屋根はみんな赤煉瓦色という印象だね。
こんな国にもパンク・バンドがいたとは。

パンクルティはその頃のユーゴスラビア版ニュー・ウェイブ(パンクを含む)、Novi Valというムーブメント(?)の中心的存在だったという話だが、驚くのはイギリスのパンクとのタイムラグがほとんどなく、社会主義のユーゴスラビアにもそういう波があったという事実だ。
うーん、パンクやニュー・ウェイブを若年より聴いてきたROCKHURRAHだけど、ノヴィ・ヴァルなどという動きがあった事など全く知らなかったよ。
ネットが普及した後の時代はそういう情報もすぐにキャッチ出来るんだろうけど、我等の時代にはそんな情報は日本には入ってなかったろうからね。ユーゴ帰りの友達もいなかったし。
社会主義という事に対する偏見、内戦やその後の分断された状況を断片的に見て勝手に勘違いしてたわけだけど、実は英米の影響がとってもすんなり入ってきて、さらに独自の味付けをこの当時から加えたバンドが数多くひしめいていたんだね。そういうユーゴスラビアの音楽事情にビックリするばかりだよ。
旧ユーゴは社会主義とは言っても昔のソ連や中国と比べると自由度が割と高かったらしいけど、よほど反体制じゃない限りは弾圧される事もなかったようだ。行って見てきたわけじゃないから詳しくはわからないけどね。

この曲「Totalna Revolucija(自動翻訳による邦題:総革命)」は80年に出た1stアルバムに収録。
演奏のチャチさはあるものの、イギリスのヘタなパンク・バンドよりは聴き応えのある曲が多数収録された名盤で、何だかよくわからんジャケットじゃなければどこでも通用してたに違いない。
曲はどこかで聴いたような既視感に溢れているが、今はどうしても思い出せない。何かのパクリだと思った人は教えて欲しいよ。ここまで出かかってるのに、何の曲だったかなあ?

これは聴けばすぐにわかる、セックス・ピストルズの「Anarchy in the U.K.」をカヴァー・・・と思いきや無理やりイタリアの革命歌と合体させてしまったという力技の一曲。
Bandiera Rossa」とは赤旗の事。
スキンヘッドのOi!とは対極にあるんだろうけど、結局は集団が拳を振り上げてみんなで合唱するような曲というのは、どちらの思想でも似通ったものになるんだろうな。「愛と幻想のファシズム」を思い出してしまったよ。

続いては上のパンクルティと同時期から活躍していたParafというバンド。パラフでいいのか?
ユーゴスラビアのパンクを集めたコンピレーション「Novi Punk Val 78-80」というアルバムでどちらのバンドも収録されてるが、こちらはクロアチアのバンドらしい。
アドリア海の真珠と評される美しくのどかな国、屋根がみんな赤茶色という印象ばかりだけど、こんな国にもパンクが根付いていたとは驚くばかり。

「Narodna Pjesma(自動翻訳による邦題:国民の歌)」は1980年に出た1stアルバム収録の曲だが、上記のノヴィ・ヴァルのオムニバスにも入ってる名曲。
見た目はニュー・ウェイブっぽいけどヴォーカルは結構なダミ声で曲調はスティッフ・リトル・フィンガーズやチェルシーあたりの王道パンクを思わせる。英米の70年代パンク・バンド達に混じっても遜色ない実力派バンドだと思うよ。1stアルバムの何が表現したいのかわからないジャケットじゃなければどこでも通用してたのに・・・。

「Rijeka」と題されたこの曲、クロアチアの都市名であり「川」という意味もあるらしい。
上のパンクルティがピストルズだったのに対してこちらはジョニー・サンダース&ハートブレイカーズやラモーンズでお馴染みのパンク史に残る名曲「Chinese Rock」をそのまんまクロアチア語か何かでカヴァー。
カヴァー(替え歌)対決としてはパンクルティの方が一枚上手だったね。
中国の革命歌と無理やり合体させたりしなくて良かったのか?

割とシリアスなバンドが続いたけどユーゴスラビアのニュー・ウェイブ(ノヴィ・ヴァル)はこちらが思ってるよりも遥かに奥深く、今頃知っても遅いかも知れないが、個人的にはかなり興味深いよ。
いいバンドに出会うために、時には面白くもないバンドさえも買い漁っていた青春時代に出会ってれば、きっとのめり込んだに違いない高レベルのバンドが色々いるもんだ。

このSarlo Akrobataは1979年結成のセルビアのバンドだとの事。サルロ・アクロバタでいいかな?
セルビアと聞いてもとっさには何も出てこないくらいヨーロッパの「あの辺」に疎いROCKHURRAHだけど、見どころはきっとたくさんあるに違いない(段々ぞんざいになってきた)。風景を検索してみたら「しつこい」と言われそうだけど屋根がみんな赤茶けた感じで、どれがどの国だか本気で区別がつかんよ。 

Sarlo Akrobataは上のビデオを観てもわかる通り、かなりコミカルでふざけたプロモーション映像が多いバンドで、三人のとぼけたキャラクターが絶妙。特にペドロ・アルモドバルか?というような髪型と体型のメンバーは顔だけで笑いを取れるし、悪ガキがそのまんま大人になったようなドラマー(真ん中の小柄な男)の動きや表情もお茶目。 

「Oko Moje Glave (自動翻訳による邦題:私の頭について)」は1981年の1stアルバムには未収録だが同年に出た「Paket Aranžman」というセルビアのニュー・ウェイブを集めたコンピレーションに収録。
シングルとアルバムを一枚ずつしか出してないバンドのはずなのになぜかプロモーション・ビデオがいくつか存在していて謎が深まる。
動きや歌はコミカルなのに演奏はタイトなベース・ラインとちょっとアヴァンギャルドなギター、スカやおそらく自国の伝統的な旋律なども取り入れていて、その構成力もお見事。 
英米のマネだけじゃなくてちゃんと独自路線を見出している、これぞ色んな国のニュー・ウェイブを知る醍醐味だと言える。

こちらのPekinska Patka(北京ダック)なるバンドも1978年結成のセルビア出身。
ビデオ見てわかる通り、「時計じかけのオレンジ」の影響を強く受けたバンドだと思える。
「時計じかけのオレンジ」と言えば70年代から活躍していたアディクツを真っ先に思い浮かべるが、日本にもハットトリッカーズという本格派のバンドがいたなあ。
大好きだったロビンが解散してもう8年にもなるが、最近はパンクやサイコビリー系のライブも全く行かなくなってしまった。ハットトリッカーズを単独で観た事はないけど、2011年以前にパンク系のイベントで知ったバンド。実に凝った衣装とメイクで一度観たら忘れないインパクトがあったものだ。

個人的な思い出話はどうでもいいとして、さて、このPekinska Patkaは素顔に付け鼻、ハットをかぶったというだけのお手軽コスプレでビデオの内容も 「時計じかけのオレンジ」の暴力シーンを元ネタにしたもの。
チープではあるけれどイギリスのバンドでも、まだそこまで凝ったプロモーション・ビデオがなかった時代だと考えれば、なかなか頑張ってるね(偉そう)。いつもこのコスチュームなわけではなく、このビデオだけこういうスタイルみたいだ。

「Stop Stop(自動翻訳による邦題:止まれ止まれ)」は1980年の1stアルバムに収録された曲で子供向けアニメ(あくまで70〜80年代の)のテーマ曲みたいな感じだが、テンポも速くてノリがいいね。ROCKHURRAHが言うところの「Funnyちゃんミュージック」という括りでもピッタリな内容。

これまたセルビアのバンドで1979年結成のElektricni Orgazamだ。
エレクトリチュニ・オルガザムと読むらしいがノヴィ・ヴァルの中で生まれたバンドとしては一番長続きしてる大御所だとの事。何と今でも活動してるらしいからね。
「Krokodili dolaze(自動翻訳による邦題:ワニが来る)」は81年の1stアルバム収録で最も初期の曲だけど、このアルバムに収録の曲だけでも何曲分もプロモーション・ビデオがあってそれもまた謎。
普通はシングル曲くらいしか作らないと思うのに、売れる気満々だったのかねえ?そういうお国柄なのか?
ヴォーカルの爛々とした目つきや動きがかなり不気味。アングラ演劇でもやってたんだろうか。
ライブのビデオもあったけどこの目つきで変な前かがみになったりシャープな動きで飛び跳ねたり、一人だけ異常なアグレッシブさだったよ。
しかも違うビデオを見るたびに長髪だったりクリクリのパーマだったり音楽性も変わったり、イメチェンし過ぎの印象があるよ。Wikipediaで見るとジャンルがパンク、ニュー・ウェイブ、ポスト・パンク、ネオサイケ、ガレージなど、まさにカメレオン・バンド。

後半は全てセルビアのバンドだけになってしまったがそれだけ音楽が盛んで層が厚いというわけなのかな?
このIdoli(イタリア語で「アイドル」を意味する)も同じで、そもそも上に書いたSarlo Akrobata(サルロ・アクロバタ)とElektricni Orgazam(エレクトリチュニ・オルガザム)、そしてIdoli(イドリ)の3バカ、じゃなかった3バンドはセルビアのニュー・ウェイブを集めたコンピレーションに仲良く収録されているのだ。
他のバンドがパンクっぽい見た目なのに対してこのイドリはヴォーカルがメガネ男という事もあって、割と軟弱な印象がある。軟弱もまたニュー・ウェイブの重大要素なのは間違いないので、こういう路線もあるよって事だね。
「Zašto su danas devojke ljute(自動翻訳による邦題:今日の女の子はなぜ怒っているのですか)」は81年に出た1stミニ・アルバムに収録。
ちなみにレコードを見た事ないような若年層でミニ・アルバムを小さいアルバムだと勘違いしてる人がいるんじゃないかと心配になったから言っておくが、曲数が少ない収録時間の短いアルバムの事だからね。え?誰でも知ってる?

ビデオはお揃いの服装のメガネ男がなぜだか手をつないでるというもので、きっとこれもまたニュー・ウェイブの重大要素についての歌なんだろうな。

ノヴィ・ヴァルのバンド達を追って紹介してきたが、これらが最も良かったのは80年代初頭くらいまでの時代。そこから徐々に政情は悪くなってゆき、国は分断されてバラバラになってしまった。
その手の話にはノー・コメントのROCKHURRAH RECORDSだが、この時代のユーゴスラビアのバンドが思ったよりも遥かに進んでた事に驚き、今さらながらこの国に興味を持ったよ。 

さて、次はどこの国に飛ぼうか。
ではまたナスヴィーデニエ(スロベニア語で「さようなら」)。  

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【冷たい雨を感じながら看板を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

埼玉県立近代美術館で2019年3月24日まで開催されている「インポッシブル・アーキテクチャー」展を鑑賞した。
なぜだかこの美術館に行こうと提案してくれるのは、いつもROCKHURRAH。
もしかして埼玉好きなのか?(笑)
ROCKHURRAHは、SNAKEPIPEの誕生祝いとして美術館行きを計画してくれたんだね!
もう誕生日のプレゼントはもらっていたのに、展覧会鑑賞まで考えていてくれたとは。
ありがとう、ROCKHURRAH!(笑)
そして鳥飼先生もお誕生日おめでとうございます。

この美術館に行くのは2017年の3月以来のこと。
おや、どうやらROCKHURRAH RECORDSが埼玉に出向くのは春先ばかりだね。
この日はかなり気温が低い冷たい雨が降り続く日だった。
北浦和では天候に恵まれないのもいつものパターン。
しかもランチは必ずイタリアン!(笑)
今回はパスタじゃなくてピザにした点が、前回とは違ってたけどね!
おいしいピザ、ごちそうさまでした。(ROCKHURRAHへ)

タイトルにある「インポッシブル・アーキテクチャー」とはどういう意味なんだろう?

建築の歴史を振り返ると、完成に至らなかった素晴らしい構想や、あえて提案に留めた刺激的なアイディアが数多く存在しています。
アンビルト/未完の建築の不可能性に焦点をあてることによって、逆説的にも建築における極限の可能性や豊穣な潜在力が浮かび上がってくる-それこそが、この展覧会のねらいです。
(MOMASの説明文より抜粋と少し改変)

この説明だけを読む限りでは、2011年に森美術館で鑑賞した「メタボリズムの未来都市展」に近い感じかな?
会場の様子がわかる動画を載せてみようか。 

会場を一通り滑るように見せてくれてる動画だけど、ちょっと素っ気ないと思ってしまうね。(笑)
音楽もなければ、興味をもたせるような工夫もなし。
「ありのまま」で良いとも言えるけど?

雨だからお客さんが少ないかもね、と言い合いながら会場に入る。
チケットもぎりの場所には「撮影禁止」の看板があった。
なんてこった!
最近の展覧会は撮影オッケーで、できればネットに写真をアップして宣伝して欲しいという場所が多いのに。
アンビルドの建築なので、なおさらのこと撮影させて欲しかったなあ。
何故ダメだったのか理由を知りたくなるよ。
前回鑑賞した「カッサンドル展」も撮影禁止だったね。
そのためブログに載せている画像は自分で撮影したものじゃないんだよ。
大きく失望しながらも、すぐ目に飛び込んできたのがウラジミール・タトリンの「第三インターナショナル記念塔」(1919年)の模型だった。
これがなんともカッコ良い!(笑)
画像はタトリンが描いたスケッチなんだよね。
ロシア語ってどうしてこんなにデザイン的なんだろうか。
紙の色が変色のせいなのか元々こんな色なのか不明だけど、バウハウスを彷彿させるベージュと黒と赤の3色が素晴らしい!
このポスターがあったら欲しかったよ。

この「第三インターナショナル記念塔」は建築可能な設計だったようだけど、実際には完成されなかったもの。
これを「もし実際に建築されていたなら」という視点でCGを使った映像作品を会場で鑑賞した。
YouTubeに30秒ほどの映像を見つけたので載せておこう。

会場で観たのは3分を超える長い映像で、実在する建築物を見ているようだったよ。
このCGは長倉威彦の作品ね。
すごく面白かったので、全編観られると良いのになあ!
YouTubeで調べていたら別の人が同じコンセプトで制作している映像があったので、それも載せちゃおう。
今回の展覧会とは関係ないけどね。 

実際の映像を混ぜて作っているところは長倉威彦と同様だけど、後半になるに従ってちょっとギクシャクしたチープな動きの飛行物体や船が登場するあたりが良いね!(笑)
世界中の人が「リアルな第三インターナショナル記念塔を見たかった!」と望んでいることがよく分かるよね。
ほんとに、もし現実に記念塔が存在していたらSNAKEPIPEも見たかったな!

日本人の作品も多く展示されていたけれど、気になったのは川喜田煉七郎! 
モホリ=ナギの「von material zu architektur 1929」(邦題「材料から建築へ」)の翻訳をした人で、国際的に知られた日本人建築家として最初の人だという。
画像は音楽堂ホール計画案「霊楽堂」(1926年頃)の内部ドローイング。
絵もうまいんだよね。(笑)
今まで知らなかった川喜田煉七郎、ROCKHURRAH RECORDSの好みだよ!
「建築工芸アイシーオール(I SEE ALL)」という雑誌を創刊するなど、教育にも力を入れていたという。
その雑誌、読んでみたかったな。

ヤーコフ・チェルニホフの「建築ファンタジー 101のカラー・コンポジション」(1933年)も良かったね。 
建築としても面白かったし、色彩が美しかったよ。
どうしてこういう作品をミュージアム・ショップで扱わないのか不思議でならないよ。
せめてポストカードにでもなってたら買うのにな。
撮影を禁止するなら、ショップに頑張ってもらわないと。
県立の美術館の場合は図録くらいしか扱わないのかな。

今回の展覧会のポスターになっていた作品がこれ。
マーク・フォスターゲージのCG作品「グッゲンハイム美術館」ね。
まるで動物や人が強い熱で溶かされて、どこからどこまでが個体なのか分からないまま、建物に取り込まれてしまったような不思議な形状。
ちょっと不気味な印象を受けたよ。
実在したら怖いもの見たさで行ってみたい、と思ったかもしれないね?

後日、散歩していたらまるでマーク・フォスターゲージかと思ってしまう木を発見! 
かなり不格好に枝が折れて(切れた?)ゴツゴツした状態が「グッゲンハイム美術館」に似て蝶。(笑)
ROCKHURRAHが発見し、「ほんとだ、似てる!」と興奮気味に写真を取るSNAKEPIPE。
展覧会に行って色んな作品を観ると、道端にもアート作品「もどき」を見出したりして面白いよね!

先にも書いた2011年に鑑賞した「メタボリズムの未来都市展」でも展示されていた菊竹清訓の海上都市(1963年)。
予想していた通り、1960年代の日本人建築家の作品は「メタボ〜」とかぶっていることが多かったね。
説明文に「日本住宅公団の初代総裁である加納久朗が、1958年に『東京湾埋立による新東京建設提案』を提唱したことから海上都市の構想が始まった」とある。
この発言により、名だたる建築家達が海上都市の提案をしたんだね。
「房総半島を核爆弾で爆破して埋め立てる」という加納久朗の提唱に、SNAKEPIPEとROCKHURRAHは目を見張ってしまった!
その地域に住む人のことは考えてなかったんだろうか?
今だったら人道的にも環境的にも決して発言すら許されないだろうね。
それなのに加納久朗、1962年に千葉県知事になってるみたい。
在任110日で急逝とも書いてあるよ!
これにも驚いちゃうね。

建築物を撮影するのが好きだったSNAKEPIPEだけど、ただ単に「カッコ良い!」とか「好き」という感覚的に捉えるレベル。
現代アートを鑑賞する時と同じで、勉強したことも知識もないので、建築不可能なのかどうかも実は分からない。
2014年にアツコバルーで鑑賞した「野又穫 展」を思い出したよ。
野又穫の絵にも、実在したらどんなにカッコ良いだろうと思う建築物が描かれていて、ワクワクしたからね!

今回の展示物でSNAKEPIPEとROCKHURRAHが反応したのは、やっぱり1920年代や30年代近辺の作品だったよ。
シュルレアリスムやバウハウス、ロシア構成主義といった大好きなジャンルはこの時代だからね。
返す返すも、撮影禁止が無念でならない。
図録を売るためだったのかもしれないけど、2,900円はちと高い!
面白い企画を立てる埼玉県立近代美術館なのに、サービス精神には欠けているみたい。
せっかく良い美術館なのに、残念だ。

20190303 top
【思わず手に取りたくなるデザインだね】

SNAKEPIPE WROTE:

今回は「ROCKHURRAH紋章学 ブック・デザイン編2」を特集してみよう。
ROCKHURRAH紋章学 ブック・デザイン編1」では色数が少ないけれど秀逸なデザインを集めた記事を書いたね。 
パート2である今回は絵画的なデザインに焦点を当ててみようかな。
グラフィックよりはペイントという意味なんだけどね。(笑)
前回も注意書きさせたもらったけれど、あくまでもブック・カバーについて書いているため、本の内容を知っているわけではないのでよろしくね!
では早速いってみよう。

「Der rote 1-Mark-Roman」は1930年に刊行されたドイツの小説だという。
どうやらプロレタリア文学のようで「働く若者の小説」や「石炭の戦い」といった労働者が主役になっている内容のようだね。
世界情勢に詳しくないSNAKEPIPEなので、当時のドイツがどんな状況だったのかについては割愛!
ナチス・ドイツよりも前のことだった、ということだけは書いておこうかな。
武器を持った人が本の表紙にいて、それはまるで壁のように立ちふさがっている。
それをとりまく民衆、という感じなのかな。
回りの建物には赤い旗が掲げられているところに主義や主張を感じるね。
そういった時代背景や本の内容を抜きにしても、モノクロームに赤が映えるブック・デザインだと思うよ。

次も武器を手にした人物が登場するデザインね。
Charles Kingsleyはイギリスの聖職者であり、大学教授や小説家としても有名な人物だという。 
「HEROJE」はギリシャのおとぎ話を書いている本のようなんだけど、城の上に兵士が4人いる風景ということで良いんだろうか。
城と人物の表現方法が非常にシンプル!
そしてそびえ立つ城を更に俯瞰した視点から描いている点に注目かな。
4人共が城を守る立場になる兵士なのか、一番高い位置にいる兵士を3人が追い詰めているシーンなのか。
想像すると面白いよね!

Nikolai Leskov(ニコライ・レスコフ)はロシアの作家・ジャーナリストなんだね。
この装丁からは全くロシアを感じないのはSNAKEPIPEだけ?
ドストエフスキーとかチェーホフなどと並び称されるレスコフだけど、全く知らなくてごめんなさい。
ロシア文学ってほとんど読んだことがないんだよね。
英訳されているタイトル「The Enchanted Wanderer (1873年)」を訳すと「魅惑の旅行者」になるんだよね。
行き先の定まらない旅に出た主人公が、行く先々で遭遇した出来事や人物について書いてある小説なのかもしれない。
そしてそこで孔雀を見つけるんだな、きっと!(笑)
とても美しいデザインなので、テキスタイルに良さそうだよ。
こんなプリントのクッションカバーあったら売れそうじゃない?

BOB SHAW(ボブ・ショウ)は北アイルランドの作家で、「ONE MILLION TOMORROWS」は1970年のSF小説なんだね。
この小説に関してはアメリカのWikipediaに記事があったので、翻訳してみたよ。
不死の薬が発明されている22世紀が舞台のSF小説とのこと。
その薬を飲むと性的欲求がなくなるので、子供がいない世界になるみたいだよ。
あらすじを読んだ限りでは1973年の映画「ソイレント・グリーン」を思い出した。
人口問題という点が共通してるからかな?
そのあらすじを知ってからブック・デザインを見ると、胎内にいる子供が描かれていることや、まるで貞操帯のような模様が分かるね。
中間色のサイケデリックな雰囲気がなんとも素晴らしい!
この本、読んでみたいな。

ゴシックな雰囲気のブック・デザインだよね。
実際にエッチングなどで版画にしたものなのか、版画風に描かれたのかは不明だけど、ゴシック・ホラーの小説なんだということが一目で分かる。
タイポグラフィとのマッチングが素晴らしいデザインだね! 
その手のファンなら思わず手に取ることが予想できて、ブック・デザイン大成功だよ。(笑)
Susan Hillの「Woman in Black」は日本語訳では「黒衣の女 ある亡霊の物語」として知られているんだね。
1997年のアメリカ映画「メン・イン・ブラック」はコメディ映画だったけれど、ウーマンはやっぱり怖そう。
どうやら2012年に映画化されているので、トレイラーを載せておこうかな。

「いかにも」な感じのホラー映画のように見えたけど、ブック・デザインで受けた印象通りだったよ。
どうやら映画はヒットしたようで、2まで製作されているんだね。
いつか観てみようかな?

最後は鮮やかな色合いのデザインにしてみよう。
「The War of the Worlds」はH.G.Wellsの小説で、日本では「宇宙戦争」として知られているね。
1898年の作品ということは、今から120年も前とは驚き!
今回取り上げたブック・デザインはアメリカの絵本作家であるEdward Gorey(エドワード・ゴーリー)による1960年の作品らしい。 
ゴーリーさん、グラフィックでもかなり有名な方だというのも納得だよね。
ショッキングピンクとモスグリーンにオレンジという色合わせ、素敵だよ!
ゴーリーさんの絵本は「大人向けの絵本」として世界中で称賛されているらしい。
それも観てみたいと思うよ。
「宇宙戦争」は今まで3回も映画化されている、まるでアメリカ版「犬神家の一族」(映画化3回)のような作品なんだね。
実はSNAKEPIPEもROCKHURRAHも「宇宙戦争」は未鑑賞。(笑)
初めて映画化された1953年のトレイラーを載せてみよう。

ちょっとチープな感じがたまらない!(笑)
2005年はスピルバーグが監督し再び映画化されているんだけど、100年以上前の話を現代に置き換えるの難しくないのかな?
観てないのでなんとも言えないけどね!

今回は絵画やイラストの秀逸ブック・デザインを特集してみたよ!
まだまだ紹介していないデザインがたくさんあるので、パート3も期待してね。(笑)