ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅

                   

20121104-top【府中市美術館前の看板を撮影。「夢に、デルヴォー。」ってコピーどうなの?】

SNAKEPIPE WROTE:

9月12日から11月11日まで府中市美術館でポール・デルヴォー展が開催されていることを教えてくれたのはROCKHURRAHだった。
ROCKHURRAHは以前よりデルヴォーのファンで、
「この展覧会には是非行きたい」
と強く希望。
そこで11月3日の文化の日らしく(?)デルヴォー展に出かけたのである。

それにしても…。
千葉県から府中に行くのって遠いんだよね。
ROCKHURRAHも、もちろんSNAKEPIPEも府中に行くのは初めてのこと。
府中で知ってることと言えば、競馬場と刑務所くらいのものか?
出かけた3日も府中競馬場ではレースが行われていたようで、府中近辺の人出は多かったみたいだね。

東京の西の地域は全体的にほとんど知らないんだけど、府中駅前を歩いてびっくり!
とても開けているし、道は広いし、伊勢丹まであるし!(笑)
住みやすそうな土地だな、と感じる。
I LOVE 千葉と言い続けてきたSNAKEPIPEだけど、それはもしかしたら単に他の土地を知らなかっただけ?
色々な選択肢があるんだな、ということをこの年齢になってやっと気付いたよ。(笑)

府中市美術館のHPには
「京王線府中駅からちゅうバスに乗って府中市美術館 下車すぐ 8番乗り場から、8時から毎時30分間隔で運行。運賃100円」
なんて書いてあるからすっかり信用していたけれど、このちゅうバスが曲者!
1時間に2本しかないと思って並んで待ってたのに、
「これは違う路線で美術館には行きません」
と運転手にあっさり言われてしまう。
ROCKHURRAHが再び検索してくれて、やっと武蔵小金井駅行きバスにて美術館に到着。
やっぱり初めての土地っていうのは難しいね。

府中市美術館は府中の森公園の中にある美術館で、緑の多いゆったりした空間が広がりとても気持ちが良い。
至る所にベンチが点在していて、市民の憩いの場といった感じね。
こんな公園が近くにあったら気軽に散歩が楽しめそう。
いいなあ、府中!(笑)

まずは簡単にポール・デルヴォーの略歴をまとめてみようか。
ポール・デルヴォーは1897年生まれのベルギーの画家である。
10歳の時にジュール・ヴェルヌの「地底旅行」を愛読し、13歳ではホメーロスの「オデュッセイア」を読む。
この読書体験が後のデルヴォーに強い影響を与えている。
22歳で美術アカデミー美術科に入学。
29歳の時にアンソールの影響を受ける。
おっ、先日出かけたアンソールの名前が出てくるなんて嬉しいね。(笑)
32歳で生涯の伴侶となるタムに出会うが、両親に反対され結婚を断念する。
そのタムとは18年後に再会し、なんとデルヴォーが55歳になってから結婚するんだよね。
ずーっとタムのことを考えていたようで、絵のモチーフにも繰り返しタムが出てくるところにデルヴォーの純粋さを感じたよ。
その愛情はタムが亡くなるまで続いていたようで、その死により絶筆したとのこと。
そしてデルヴォー本人はそれから6年後の1994年に96歳で死去。

それではポール・デルヴォー展についての感想をまとめてみようかな。
今回の展覧会は5章のチャプターに分かれて展示されていたので、その章ごとに追いかけてみよう。
わざわざ書くまでもなく、いつも通りじゃん。(笑)

第1章 写実主義と印象主義の影響
20121104-01デルヴォー初期の作品はほとんどが風景画で、当たり前だけどいわゆるデルヴォーらしさは確立されていない。
いかに見たままを絵にするか、を模索している様子は良く解ったよ。
そしてその後も繰り返し描かれるモチーフである蒸気機関車や駅もすでにこの頃に登場してるね。
若くして才能を認められただけあって、さすがに上手い絵が並んでいたよ。(笑)
上は「リュクサンブール駅」(1922年)という未完の作品である。
まだ下描きが残されている状態がアニメっぽっくて面白い。

第2章 表現主義の影響

ここではセザンヌ、モディリアーニ、アンソールなどに影響を受けた風景画が展示されている。
この頃から女性を描くことが多くなったのは、前述したタムというデルヴォーにとっての永遠の愛の対象と出会ったことに起因してるんだろうね。

第3章 シュルレアリスムの影響
20121104-02ポール・デルヴォーの作品はシュルレアリスムに分類されることが多いけれども、シュルレアリスムと一括りにするだけでは真の理解は得られない、と図録に書かれている。
SNAKEPIPEも大好きな画家、デ・キリコの作品との出会いからシュルレアリスム的要素が表れたとのこと。
このチャプターからデルヴォーらしい作品が展示されていて、第2章とは全く違う雰囲気に驚かされる。

このチャプターで非常に気に入ったのが「レースの行列に基づく舞台装置の習作」(1960年)というタイトルの作品である。
確かにデ・キリコの影響を受けている様子が解るよね。
墨と淡彩で描かれていて、モノクロームの世界も素敵!
デルヴォーの作品によく出てくる背景が、荒地とでもいうのか石がゴロゴロしている空き地みたいな空間。
上の作品にも両サイドに描かれていて、SNAKEPIPEはその背景に目を奪われたよ。
ガランとした風景は大好きだからね!(笑)

第4章 ポール・デルヴォーの世界
20121104_03上の作品は「エペソスの集いII」(1973年)である。
デルヴォーに特徴的なモチーフがふんだんに使用された、幻想的な作品だよね。
奥にギリシア・ローマ建築、真ん中にはトラム(路面電車)、そしてアーモンド型の目を持つドレスを纏った女性達、裸体。
ギリシア・ローマ建築は少年時代に愛読したホメーロスから、トラムは駅長になりたかったほど少年時代から魅了された列車への興味、そしてアーモンド型の目を持つ女性はデルヴォーの愛の対象であるタムからの影響、とのことである。
ずっと好きなものを想い続け、それを自身の画風とするところは、日本で言えば横尾忠則みたいだよね。

古代建築と列車が同居していて時代錯誤なこと、夜の場面みたいだけど女性には光が当たって時間の観念が欠落していること、女性しか存在していない世界、といったあらゆる矛盾点が何の違和感もなく描かれているのがシュルレアリスムとして分類される所以なのかもしれないね?
この世界観はデルヴォーならではの独特の雰囲気。
女性の目にほとんど光がなく、まるで人形のように見えるのも不思議な魅力だよね。
デルヴォーはモデルとして採用していた女性も長い間ずっと画家とモデルとして関係を続けていた、と書かれていた。
デルヴォーのキーワードは「長期間」なのかもしれない。

第5章 旅の終わり

デルヴォー80歳代にして、視力の低下という深刻な事態に陥ってしまう。
1986年に最後の油彩「カリュプソー」を描いた後、前述したように最愛の妻タムの死により絶筆してしまう。
20代から91歳で絶筆までのおよそ70年間、デルヴォーが描き続けていたとは驚きである。
もしタムが存命していたら、恐らく絶筆の時期も違ってきたんだろうね。
そして1940年代にはすっかり完成していた、いわゆる「デルヴォー式」とでも名付けたくなる、あの定番モチーフを使用した絵画群を、その後も執拗に描き、膨大な数の作品を仕上げていることにも驚かされる。

Wikipediaでデルヴォーと検索してみると、姫路市立美術館にはデルヴォー作品139点が所蔵されていると書かれている。
エルンスト展を鑑賞した横浜美術館にも18点のデルヴォー作品があるそうだ。
ベルギーにはもちろんポール・デルヴォー美術館があるので、一体全作品数がどれくらいあるのか不明なほどの量産型の画家といえるだろうね。
「思うような成果を達成できない、といつも感じていた」
と語るデルヴォーだからこそできた偉業なんだろうね。

「詩情と夢の画家」と評されるデルヴォーの魅力を知ることができた、とても良い展覧会だったと思う。
「~主義」や「~派」のような分類には、評論家じゃないSNAKEPIPEは興味を持っていない。
鑑賞して何かを感じることができたら、ただそれだけで嬉しくなってしまうのだ。
デルヴォーの絵画は、矛盾点の発見の面白さや全体として鑑賞した時には調和の美しさにまず目を引かれる。
そしてクローズアップと遠景など、フォーカスの当て方によって違った物語を作ることができるから、一粒で二度おいしいって寸法ね。
夢想家でなくても長い間、魅入られたようにじっくり鑑賞すること間違いなしだろうね!(笑)

先日鑑賞したジェームス・アンソールもデルヴォーと同じベルギーの画家で、益々ベルギーへの興味を持ったよ。
他の国にもまだきっと好きなアーティストいるんだろうね。
次の出会いがとても楽しみだ。

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