SNAKEPIPE MUSEUM #19 Kendell Geers

                   

【いきなり暗闇からこんな人が現れたら腰を抜かしちゃうよね!(笑)】

SNAKEPIPE WROTE:

「芸術は爆発だ!」でお馴染みの岡本太郎が、「なんだこれは!?」を褒め言葉(?)として使っていたのをテレビで見たことがある。
人をびっくりさせるような新鮮な驚きを持った作品こそ素晴らしい、という意味だったと記憶している。
現代アートというジャンルは、作品に理念や解説がくっついて初めて作品として成立するような傾向があるけれど、SNAKEPIPEは岡本太郎式にびっくりたまげたり、笑ってしまったり、持って帰りたくなるほど好きと思うような鑑賞方法で展覧会を巡っている。
人それぞれ鑑賞スタイルがあってもいいじゃないか、とグラスの底に顔があってもいいじゃないか風に言ってみよう。(笑)

面白いアーティストいないかなあ、と検索していたら目に飛び込んできたのが上の作品。
まさに「なんだ、これは!」というインパクトの強さ!
タイトルを確認すると「FUCK FACE」と書いてある。
ははあ、なるほど。
顔にFUCKで、まんまじゃん!(笑)
この人は一体誰?と調べることにしたのである。

このアーティストは南アフリカ、ヨハネスブルグ出身のケンデル・ギアーズ
今までアメリカやヨーロッパのアーティストについてはブログに書いたことがあるけれど、アフリカ大陸のアーティストは初お目見えだね。
南アフリカと聞いて連想するのはアパルトヘイトと喜望峰だけで、他には全く知識のないSNAKEPIPE。
先日起きたアルジェリアのテロ事件もアフリカだったけれど、日本企業が進出しているなんてことも全然知らなかったし。
恥ずかしながら世界情勢関連って本当に疎いんだよね。
予備知識としてWikipediaで南アフリカについて読んでみたら、アパルトヘイトは既に廃止されていること、白人の割合が10%以下で、それ以外は有色人種であること、平均寿命が48歳(!)、更にアパルトヘイト廃止後に失業率が上がり、治安が悪化していることなどを知る。
記事を読んでいる限りでは、あまり足を踏み入れたくない土地みたいだね。
さて、こういった予備知識を頭に入れた上でケンデル・ギアーズについて、再度調査を開始!
日本ではほとんど記事になっていないようなので、英語の説明文を自分で訳したんだよね。
文章としておかしな表現だったり、誤訳があったらごめんなさい。(笑)

ケンデル・ギアーズは南アフリカ内では少数派の白人で、アフリカーンス語を話す労働者階級の家庭に生まれる。
15歳で反アパルトヘイト運動に参加するために家を出る。
前線で活動した経験を経て、政治的意味を持つ個人的思念、惨めさを伴う詩的な表現、性的興奮を伴う暴力行為といった複雑な要素を融合したアートを目指す、と書いてあるんだけど意味不明だよね?
どうやらこれがケンデル・ギアーズの本質みたいなんだけどね。
1993年、ベニスにあるマルセル・デュシャンの作品「泉」に放尿し、国際的に非難されたらしい。(笑)
同年5月ベニス・ビエンナーレにおいて学生および市民の革命のスタートを示す「1968年5月」に生年月日を変更する。
この日付がWikipediaなどにも載る公式なケンデル・ギアーズの生年月日になっちゃってるから、実際の生年月日は不明なんだよね。(笑)
そして1993年以降、世界中の様々なギャラリーで作品を発表している。

ケンデル・ギアーズについて検索している時に
「彼はアート界の問題児」
のような記事を見つけたことがある。
彼自身の行動もさることながら、作品の暴力性や政治的なメッセージなどが物議を醸すためらしい。
左の作品は「Self Portrait」(1995年)である。
割れたハイネケンの瓶なんだけど、なんでこれがセルフポートレートなの?
これにはちょっと説明が必要だよね。
ハイネケンはケンデル・ギアーズの先祖であるボーア人のように、南アフリカへ輸入されたことから、このビールをアパルトヘイトが正当な政治制度であると確信している、価値およびボーア人のモラルを表現しているんだって!
植民地支配からの自己の解放へのシンボルとしての作品、ということらしい。
ものすごく乱暴に言ってしまえば、ハイネケンを悪(習慣や価値など)に見立て、瓶を割ることで悪に打ち勝ったワタクシ、ということなんだね。
うーん、この割れた瓶の写真から、ここまで発展させて考えるのは難しいねえ。
他にもこのハイネケンビールの割れた破片を使った作品もあったけど、きっと同じような民族的な意味があるんだろうなあ。
一番初めに書いたけれど、このような説明がされないと理解できない作品っていうのは、なるべくなら敬遠したいSNAKEPIPE。
だったら紹介するなって言われそうだけどね。(笑)
ケンデル・ギアーズの作品制作におけるスタンスについて、非常に解り易い例だと思って書いてみたよ。
えっ?解り難い?(笑)

ハイネケンビールの使用は、上の文章にも出てきたマルセル・デュシャンが始めたレディメイドの概念を踏襲しているよね。
ケンデル・ギアーズの作品にはレディメイドが多く登場する。
右の作品「Carciac Arrest」は警察官が持つ警棒を2つ合わせて十字架にし、更にそれらを並べてハート型にしている作品。
ケンデル・ギアーズは例えばLOVE & HATEのような相反する事象を組み合わせることで複雑な意味を含ませることを得意としているので、このような作品を提示するんだね。
警棒シリーズは他にも警棒を円形に並べたタイプや壁一面を迷路ゲームのように配置したタイプなど、いくつかのパターンが存在する。
無機的で硬質なメタリック素材が大好きなSNAKEPIPEには、どの作品もとても美しく感じられ、家が広かったら壁に飾りたいと思ってしまう。
本来であれば、警棒を見て美を感じることはないだろう。
並べて作品として展示されるとガラリと印象が変わってしまう点は面白いね!

ちょっと小さくて判り辛い左の作品は、「POSTPUNKPAGANPOP」(2008年)というインスタレーションである。
素材がなんとレーザー・メッシュとされているので、カミソリの網ってことかね?
軍事境界線に使用されるという説明がされているんだけど、島国である日本人にはあまり馴染みのないもの。
一応画像検索して出てきたのが左の写真。
有刺鉄線がチクっとする感じだとしたら、レーザー・メッシュはザックリって感じだね。
変な角度で刺さってしまったら肉が削げそう…怖い!
それがラビリンスになっているらしいので、カミソリだらけの迷路を歩いて鑑賞する、とても危ない作品なんだね。
しかも床は鏡面仕上げというから、迷路が更に拡張している気分になりそう。
アート作品鑑賞というよりは、むしろ拷問を受けてる感じだよね?
作品の解説によれば、神秘的な真実の探求を目的としているとのこと。
SNAEKPIPEにはチキンレースみたいな肝試しのように見えるよ。
これも一種のレディメイドになるのかな。
ケンデル・ギアーズは物騒なブツが得意なんだね!


ここからは民族的、宗教的テーマについての作品について見ていこう。
左「Country of my skull」(2010年)は、南アフリカの作家Antjie Krogの著作「Country of My Skull」(1988)からインスピレーションを得て作られた作品。
ニューカレドニアの人喰いトロフィーとのことで、ケンデル・ギアーズの根源に由来する彫像という説明がされていたけれど、先祖なのかな?
その本の中に何か書かれているのかもしれないね。
この点に関しては不明だけど、cannibal trophyという発想に惹かれるよ。

右上「Losing my religion」(2007年)は仏像に単語を書き連ねた作品。
右下「Fuckface (Skul Version)」(2005年)のデザインされた文字にとても似ているように見えるので、やっぱり「FUCK」と書き連ねているのかな?
仏像にFUCKね。(笑)
これも宗教関係者から抗議されそうな作品なのかも。

デミアン・ハーストの「For the Love of God」という、スカルにダイヤモンドをびっしり貼り付けた作品は2007年作なので、スカルにFUCKと書き連ねたケンデル・ギアーズのほうが早いんだね。
何故だかこの「Fuckface (Skul Version)」のケンデル・ギアーズ自身の解説にはナイン・インチ・ネイルズの「Closer」の詩が載っていて、謎だった。
ただしナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーが、かつてシャロンテート事件が起きた家に住んでいたと読んだことがあるので、どこかに通じる部分があるのかもしれないね?

その共通点かもしれない一つに、FUCKという単語がある。
「Closer」の歌詞の中にも
I want to fuck you like an animal
なんて感じで登場するんだよね。
ケンデル・ギアーズの作品にもFUCK関係がたくさん!
例えば左の作品「FUCK Forever」は、恐らくハリウッド映画に登場するような女優のパロディだろうね。
こんなスマイルで「FUCKよ永遠に!」なんて言われてもねえ。(笑)
実はこのインクで描かれたモノトーンのシリーズは、大股開きの女性や、性器をこれ見よがしに見せつけるようなポーズを取る男性バージョンがある。
きっと日本の美術館での展示は無理だろうね。(笑)
先日の会田誠展にも市民団体から抗議があった、という記事を読んだばかりだしね。
数枚並べて展示したら、さぞやインパクトがあって素敵だろうなと思うし、ポスターがあったら欲しいなあ!

ケンデル・ギアーズの作品は、とても挑発的で暴力的である。
加えてユーモアも含まれているのが特徴的だね。
そのユーモアがブラックな性格だから、余計に印象に残りやすい。
実際に前線で活動する運動家だったという経歴が、かなり色濃く作品に影響していることが解るし、だからこそアナーキーな作品が多いんだろうね。
作品を使って実際に政治問題の告発を行い、安全確保のために身を隠す経験までしているケンデル・ギアーズはアート界のゲリラ指導者といえるだろう。
好き嫌いもあるだろうし、恐らく敵も存在するだろうけれど、思いっ切り奔放にパンクな姿勢でアートなレジスタンス活動を続けて欲しいと願ってしまう。
ケンデル・ギアーズ展覧会、是非鑑賞してみたいものだ。

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