映画の殿 第15号 映画の中のニュー・ウェイブ02

                   

【今回は絶体絶命の男たち特集?】

ROCKHURRAH WROTE:

前に予告した通り「映画に使われた70年代パンク、80年代ニュー・ウェイブ」という企画の第二弾を書いてみよう。
やっぱり似たような音楽ネタばかりやってしまうなあ。
映画を観て感想はこれだけ、というほどじゃないんだが、真面目な感想を書くとなるとおそろしく時間がかかってしまうのがROCKHURRAHのいつものパターン。
だから評論でも感想でもない、違った視点で映画を語ってみようというのがこのシリーズの主旨なのだ。

さて今回、最初に語ってみたいのがいきなり映画じゃなくて、しょっぱなから視点が違いすぎという気がするが「ブレイキング・バッド」から。
数年前に大ヒットしたアメリカのTVドラマで日本でも中毒者が続出した、きわめて毒性の高い作品だ。
「ツイン・ピークス」以外の海外ドラマに見向きもしなかったし、日本のTVドラマはなおさら観ないSNAKEPIPEとROCKHURRAHが毎週末を楽しみにして(リアルタイムではない)観たのも記憶に新しい。
結局、まとまった感想はブログでは書かなかったが、前に書いたこの記事で少しだけ触れているね。

ガンを宣告された高校の化学教師ウォルターが、生きている間に家族に財産を残すために考えたのがメタンフェタミンという覚せい剤を製造、販売する裏事業。
元、教え子のジェシーを勧誘してトレイラーでこっそり作りまくる週末。
このジェシーが問題児でトラブルメイカー、ことあるごとに反発してくる。コンビとしては最低の結束力でスタートをする。
ウォルターは今でこそしがない教師だが、過去には素晴らしい業績を残した優秀な科学者という設定だ。だからメス(メタンフェタミン)を作るのも完璧にこなし、純度の高いメスは「ブルー・メス」と呼ばれ市場に出回り、口コミで評判を得てゆく。
作ったメスはさばかなきゃ商売にならない。その売人として現れるのが最低の奴ら。
物語の終了までに売人どもの元締めが何人か現れ、大掛かりな組織も出てくるが、ビジネスの常でどんどん敷居が高くなってゆき、欲に目が眩んだ売人たちとの抗争はエスカレートしてゆく。
ボンクラ弟子のジェシーとも毎回のように争いが絶えず、付いたり離れたりという展開に目が離せない。
こういう裏稼業を家族に内緒で始めて、表向きはいい夫、いい父親でいようとするんだが、いつかは破綻するに決まってるよね。妻や息子に隠すために毎回ウソをついて、そのウソによって自分ががんじがらめになってゆく。おまけにウォルターの義弟ハンクは麻薬取締局DEAのリーダー格であり、ものすごい執念でブルー・メスとそれを作った謎の存在(つまりウォルターなのだが)を追い詰めてゆく。
こういうのが幾重にもからみ合って複雑なドラマになってゆくんだが、最後の方はもう後戻り出来ないところまで行って、共感出来るどころかTVドラマ史上最も憎まれるキャラクターにまでなってゆく過程がすごい。
善良な市民だった主人公が一番の怪物になってしまうというわけ。

このドラマは映像や音楽も色々と凝ってて興味深いけど、今回紹介したいのはこれ。

これは一体何のシーンなのか観たことない人にはさっぱりわからないだろうが、左のハゲが主人公のウォルター。ベッドに座っているのが息子、右のハゲがDEAの義弟ハンク。そしてみんなで観てるのが変な男の変な映像というシーンだ。本来なら家族なごみの時間というシーンなのになぜウォルターはこんなに苦悩の表情なのか?関係ないけどこのドラマ、主要登場人物のハゲ率高すぎ。

途中からジェシーの代わりに麻薬密造の弟子になるゲイルという男がカラオケで歌っているのがピーター・シリングの大ヒット曲「Major Tom」だ。日本ではほとんどこの曲だけでしか知られてない一発屋だな。

「ロックバルーンは99」を大ヒットさせたネーナ、「ロック・ミー・アマデウス」や「秘密警察」を大ヒットさせたファルコなど、80年代初期になぜか英米ではなく、ドイツ語圏から世界的にポツッとヒットしたシンガーが何人か現れていて、この曲もそのひとつだと言える。
ROCKHURRAHがよく語ってるドイツ産のニュー・ウェイブ、ノイエ・ドイッチェ・ヴェレをすでに聴いてしまった後ではドイツ語のロックもポップスも特に目新しいものではなかったが、一般的にはドイツ語の違った語感が斬新に感じられたのかも知れないね。
ちなみにファルコはドイツではなくオーストリアのシンガーだが、ROCKHURRAHがかつて所有していたノイエ・ドイッチェ・ヴェレの三枚組アルバムには堂々と収録されていたな。
さて、この一発屋のヒット曲、メロディーに聴き覚えはあったのだが、歌っているピーター・シリングについてはほとんど知らなかったな。今回の記事を書くために改めて見なおしたがうーん、印象希薄。ここまで歌と歌手の顔が一致しない曲は珍しいかも。曲は有名なんだけどね。

デヴィッド・ボウイが名曲「Space Oddity」で創作した宇宙飛行士、トム少佐は宇宙の彼方に行ってしまったが、この曲でのトム少佐は帰還したというような内容らしい。
ニュー・ウェイブの世界の人ではないのだろうけど、曲調やSFっぽい歌詞などのムードは明らかにその路線を狙ったものだと思える。取ってつけたようなバックバンドの宇宙服と全員で首を振るヘンな振り付けはクラフトワークとDEVOとゲイリー・ニューマンあたりを意識したつもりか?
演奏は別にテクノでもエレポップでもなくa-haとかの路線。
その辺をごちゃまぜにした「なんちゃって感」が満載という気がするが、肝心の本人がブレザーに白パンツという周りを無視した若大将並みの姿。

「ブレイキング・バッド」に出てくるゲイルはウォルターと同じ化学者だが、変なこだわりと趣味を持つオタクみたいな描かれ方をしている。自撮りで陶酔したカラオケの映像を録画してたら、そりゃ大抵の人間は引いてしまうよな。しかし、そこまで重要人物とは思わなかった彼が思わぬところでドラマのキー・パーソンになるという展開は面白かった。

ひとつ目が長くなりすぎたからすでに疲れてしまったが、次はこれ。
1990年代以降のイギリス映画をリードしたのがダニー・ボイル監督。
大ヒットした「トレインスポッティング」や「スラムドッグ$ミリオネア」「28日後…」などで知られた監督なんだが、この映画はそこまで話題にならなかったのかな?「127時間(2010年 )」という作品だ。

この監督は毎回違った題材で映画を撮っていて、一貫した作風もないのに、スピード感ある演出と映像という点でダニー・ボイルっぽさを感じてしまうというのが特徴だと、ROCKHURRAHは勝手に解釈している。
具体的には走ってるシーンがとにかく多い印象。

「127時間」は実在する登山家、アーロン・ラルストンの体験を原作とした映画でストーリー自体は実に単純そのもの。
主人公はユタ州の広大な峡谷でキャニオニングというアウトドア・スポーツを楽しんでいる。個人的にはあまり耳慣れない言葉だけどトレッキングと様々なスポーツが合体したようなものか?要するに峡谷の中に入り込んで楽しむためにはそういうハードな難関を突破する技術が必要ということだろうね。しかし自然の事故で大岩に片腕を挟まれて身動きが取れなくなってしまう。
誰にも行き先を告げずに来た深い谷の中、ここを偶然に通りかかる人などいるはずもない。そういう絶体絶命で死を覚悟した彼は、持っていたビデオカメラの電池が尽きるまでメッセージ(というより日記)を残す。

広大な自然の中の密室劇で観ている方も息詰まるような緊迫感、絶望感。
たったこれだけの内容で90分ほども飽きずに見せるのは難しいと思うが、想像しただけでその恐怖はわかるだけに目が離せない。
そんなに大げさなものじゃなくても誰にだって何かに挟まって抜けなくなって焦ったような経験はあるだろう。ん?ない?ROCKHURRAHは大昔に狭い隙間に半身を入れたが抜けなくなってものすごく焦った経験があるよ。たぶん落とした何かを拾うためにやったんだと思うが、この程度でも恐怖が脳裏に焼き付いているほど。人里離れた山の中でそんなことになってしまったらどうなるだろうか?

映画の中で主人公が回想する、楽しかった思い出のシーンで使われているのがこれ。

ベルギーの70年代パンク・バンド、プラスティック・ベルトランの大ヒット曲「Ça plane pour moi」だ。
プラスティック・ベルトラン率が非常に高いと一部で有名なウチのブログだが、またまた書いてしまうな。しかもいつどの記事を読んでも同じような事しか書いてないよ。

元々はベルギー産パンク・バンドとしてかなり早い時代から活動していたハブル・バブルのメンバーだったのがロジェ・ジューレ、この人のソロ活動がプラスティック・ベルトランという事になるのか。
「Ça plane pour moi」はベルギー、フランスだけでなく世界中で大ヒットして日本でもプラスティック・ベルトランのアルバムは発売された。
アルバムのタイトル曲は「恋のウー・イー・ウー」だったがシングルではなぜか「恋のパトカー」という邦題がついてたな。どっちも同じヴァージョンなのにね。しかもどっちもどうでもいい、ぞんざいなタイトル。
とにかくものすごい数のカヴァー曲が存在していて英語版の替え歌(?)「Jet Boy Jet Girl」なども含めると星の数ほど(大げさ)。
曲自体はとてもシンプルなロックンロールなのになぜここまで多くの人の心を掴んだのか?奇跡の大ヒットとしか言いようがないけど、誰でも覚えられるキャッチーさあってこその大ヒットというわけかな。

実はこの曲、本人が歌ってなくてプロデューサーだか何だかが歌ったのを口パクしてただけというような情報もあったんだが、そんな事はどうでもいいと思えるハッピーさが炸裂する名曲だなあ。
うんちくやオタクみたいな考察は抜きにして楽しめばいいのだ、と思ってしまう。プロデューサーが歌って本人がTVに出るよりも、見栄えがしたからプラスティック・ベルトラン名義にした。そういう戦略だったのかも知れないし。
ちょっと前のゴーストライター騒動で正義感ぶってたような人間が読んだら「とんでもない詐欺師だ」などと言われてしまうかな?

前に一回書いたけど個人的な思い出としては、ROCKHURRAHがまだ故郷である小倉の住人だった頃、レコード探しにちょくちょく福岡まで出かけて行って、チマチマとパンクやニュー・ウェイブのレコードを買い漁っていた。なぜかベスト電器という家電量販店の中にすごいパンクのコーナーがあって、そこのスタンプ・カードが満タンになって獲得したのがこのプラスティック・ベルトランのアルバム「An 1」だった。いや、別にどのレコードでも良かったんだが、たまたま探してたのが見つかったから。

それから何十年経つだろうか?おとといも昨日も今日もプラスティック・ベルトランを聴いている、精神的にまるで何も変わってない自分がいる。たかが音楽だけど音楽の持つ力は偉大なり、と思うよ。プラスティック・ベルトランだけじゃなくてROCKHURRAHが普段聴いてる音楽は全てあの頃のまんまなんだよ。

今日はえらく長くなってしまったからたった2つだけでカンベンしてね。
「映画の中で使われたパンクやニュー・ウェイブについて」というテーマはいいかげんに書けるとは思ったけど結構難しい部分もあるな。もっといっぱい映画を観ないとな。
さて、今日は何を観ようかな。

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