時に忘れられた人々【01】Skids

                   






【スキッズ栄光の時代。パネルをクリックすると全て動画になりますので注意】

ROCKHURRAH WROTE:

今回からROCKHURRAHもSNAKEPIPEの「好き好きアーツ」シリーズのように、あるテーマに沿ってブログを書いてゆくというシリーズものを始めたい。
焦点を当てるのはタイトルにある通り、現代の膨大な情報の中で埋もれてしまった過去の人々。音楽や作家とかが多くなるだろうけど、ROCKHURRAHの気の向くまま順不動で適当に焦点を当ててゆきたいと思ってる。中には「全然埋もれてないよ」ってな有名人もいるだろうけど、今活躍中の人じゃない事だけは確かという事で、他に目ぼしい記事がない時は書いてゆきたい。

ちなみにこのタイトルは大昔には有名SF作家だったエドガー・ライズ・バロウズ(バローズ)の作品より。「火星シリーズ」「金星シリーズ」「地底世界ペルシダー・シリーズ」「ターザン・シリーズ」とかで著名だけど、いわゆるロストワールド的な題材を得意としていた作家だ。この人についてはROCKHURRAHの兄がかなりのマニアなのでROCKHURRAHは幼少の頃、それらをちょこっと読んだだけ。タイトルを拝借するなどおこがましいかも。

前置きが長くなったがその第一回はROCKHURRAHの大好きだったバンド、スキッズにしてみよう。このスキッズはパンク、ニュー・ウェイブ初期には大人気のバンドだったがその割には周りにはこのバンドが大好きという人が少なかった。誰も知らないよってほどのマイナーではないけど、実際に大ファンという人はやっぱり少ないバンドだという気がする。

パンク第2世代くらいの1977年にデビューしたスキッズはスコットランド、ダンファームリン出身の4人組で中心となったのはリチャード・ジョブソンとスチュアート・アダムソンの2人だ。
このバンドが同時代の他のバンド達と比べて特別違う個性や新しさを持っていたわけではなく(その辺が上述したように大ファンが少ないゆえんでもあるのか)、むしろかなりオーソドックスな形態のバンドだった。少しだけ違う点はこのバンドがパンクやニュー・ウェイブ=新奇なものにプラスして伝統的なスコットランド民謡、あるいは古いロックを感じさせる部分を多く持っていた事くらいだ。

<バンド名のリンク文字は音が鳴りますので注意>

ロックの中にトラッドな音楽を同居させた例としては古くはフェアポート・コンベンションスティーライ・スパンスレイドなど(どれも期待のものとは違うが)、スキッズと同時代にはテンポール・テューダービッグ・カントリー、80年代半ばにはポーグスなどがいるが、パンク時代にいち早くそういう要素を持ってたのがスキッズというわけだ。大々的にではなく、何となくイギリスっぽいスコットランドっぽいというフレーズはデビュー曲「Charles」のギター・リフから始まっている。
このスキッズの主要メンバーだったスチュアート・アダムソンは3rdアルバムの後に脱退し、ビッグ・カントリーを結成、80年代には誰もが一度聴いたら忘れないような名曲「In A Big Country」や「Fields Of Fire」(同時に誰もが一度見たら忘れないノースリーブのネルシャツにバンダナというスタイル)で一世を風靡した。その彼が生み出したのがバグパイプ奏法とでも言えるようなギターの弾き方で、スキッズの曲の中でも充分に生かされている。パンクちょっと前の時代にビー・バップ・デラックスのビル・ネルソンが少しだけやっていたような奏法を発展させたものだ。

そういう独特のギター・フレーズと力強くメリハリのある音作り、リチャード・ジョブソンの応援団風の野太い声、行進曲のようなわかりやすいメロディ、威勢の良い掛け声やコーラスといった要素がバランス良く収まったのがスキッズの音楽だ。イギリスやスコットランド人ならば誰でも身近に感じる(と勝手にROCKHURRAHが想像)民謡とパンクの融合、という試みは成功して彼らは「Into The Valley」のヒットで人気バンドになってゆく。純粋なパンクと言うよりはこの時期のスキッズはパワーポップとかに近いのかも知れないが、まだそんな言葉はなかった時代の話。

彼らは当時のイギリスでも人気バンドを多く抱えるヴァージン・レコードから4枚の傑作アルバムを出している。

skids 1st
1st「Scared to Dance」はヒット曲「Into The Valley」が入ってる関係で良くも悪くも最も有名なアルバムだが個人的には画面左側で懊悩してる人のジャケットがイマイチで発展途上という感想。イギリス盤とアメリカ盤、国内盤でなぜか収録曲が微妙に違ってたりしたな。ワイルドなのか何なのか、パーマがかかった髪形にRJ(リチャード・ジョブソンの頭文字)という刺繍が入ったシャツ、ピタピタでジッパーが半分開いたようなスリム・ジーンズに乗馬ブーツというすごい格好をしてた。真似しようとは誰も思わないようなルックスだがある意味インパクトは強かったかもね(笑)。邦題「恐怖のダンス」というのも意味不明。

skids 2nd
2nd「Days in Europa」は最初に出た黄色いオリンピックみたいなジャケットのと黒地のジャケット、2種類が出ていた。リミックス盤という程の違いはないけど微妙にヴァージョンや曲目が違っている。プロデュースは前述のビル・ネルソンで、元リッチ・キッズ、後にヴィサージのラスティ・イーガンがドラムで参加していた。今では知ってる人はほとんどいないだろうけどBASFのカセットテープ(古い・・・)のキャンペーンか何かで「生まれた時からコックニー・サウンド」とかいうキャッチコピーのがあって、そのモデルを当時のリチャード・ジョブソンがやっていたはず。その写真は恰好良かったんだが、この頃のスキッズは赤や黄色の原色ファッション、これもまたいかにもニュー・ウェイブ時代だねぇ。ビル・ネルソンがプロデュースした作品ではこれが最も良いと思えるしROCKHURRAHが個人的には今でも好きな名曲「Working For The Yankee Dollar」が入っている。

skids 3rd
3rd「The Abolute Game」は彼らにとっては転機となる作品で、この頃から後期スキッズの要となるベーシスト、元ゾーンズのラッセル・ウェッブが参加。音楽的にも練りに練られた駄作なしのポップな曲が目白押し。スコットランド産の端正なポップ・ミュージックという点では申し分ない出来だった。ジェネレーションXなども得意にしていた「パンクなのに大作」という長く壮大なバラード風の曲という路線も見事に成功している。そしてこのあたりから大人になったリチャード・ジョブソンは音楽だけでなくブレザーにスラックス、ネクタイをきちんと締め髪形も7:3というアイビー、ブリティッシュ・トラッドというようなスタイルに変身してファンをビックリさせた。バンドもある程度成功して小金も手に入れたから身なりを良くして、育ちが悪く若い頃には出来なかった勉強をしてゆきたい、というようなパンク出身にはあるまじき前向き発言もしていて、この辺の真っ当なところも逆に小気味よい。

結局、ここまでスキッズを支えてきたスチュアート・アダムソンは脱退、ビッグ・カントリーへ転身する。ROCKHURRAHの想像では伝統的なトラッドをあくまでもロックの中で展開してゆきたかったスチュアート・アダムソンに対して、ルーツ・ミュージックとしてのトラッドに本当に傾倒していったラッセル・ウェッブやリチャード・ジョブソン達との温度差なんじゃなかろうか。そのアダムソンのビッグ・カントリーは数曲大ヒットしたけどネタ切れで失速し、ずっと後に首吊り自殺という最悪の結末となってしまう。

skids 4th
音楽的リーダーが代わったスキッズは4thアルバム「Joy」を81年にリリース、これが彼らのラスト・アルバムとなる。前にROCKHURRAHが「売る気があるのかどうか」とブログでも書いたが非常にでかい顔のアップというインパクトあるジャケットの作品だ。これは前3作とは明らかに違っていてポップで売れそうな曲は皆無、そして勿論パンクでもなく、スコットランド民謡を大々的に取り入れた実験色が強い異色の作品だ。おそらくセールス的には散々だったろうが、最初はキワモノで始まったニュー・ウェイブがたどり着いた最も崇高な音楽だと個人的には思っている。

スキッズの後、リチャード・ジョブソンはマルグリット・デュラスをモチーフにした詩の朗読をやったりファッション・モデルをしたり、スキッズ時代とはかけ離れた事をやっていたが80年代半ばにラッセル・ウェッブ、元マガジンの二人と共にアーモリィ・ショウというバンドを始めた。当時人気だったビッグ・カントリーに対するリチャード・ジョブソンからの回答、という図式を期待してたんだがこれはスキッズともマガジンとも違ったスケールの大きい哀愁ネオサイケというような音楽だった。やっぱりたぶん全然売れなかったと思える。

その後、スキッズやリチャード・ジョブソンの名前も忘れるような激動の日々を送っていたROCKHURRAHだった(大げさ)が、今から数年前、そのリチャード・ジョブソンが何と映画監督(TV映画?)となっているらしいという話を知った。詳しい筋は全く知らないがスキンヘッズの若者の暴力的な青春を描いたという「Sixteen Years of Alcohol 」などと聞くとこれは是非観てみたい作品ではあるが、これ日本で出てるのか?
まだ調べてないんだが、昔大好きだったヴォーカリストが映画の世界に転職ってありそうでなさそうな出来事だな。パンク出身の人が案外したたかに今でも生きてるのを知ると励みにもなる。

今回は好きなダジャレも控え非常にマジメに書いてるけど、ROCKHURRAHもそろそろ脱・零細レコード屋となるような転機が欲しいもんだ。80年代ニュー・ウェイブが再び大流行とかしてくれないもんかねぇ。

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