時に忘れられた人々【23】同名異曲編2

                   

【今回はナチュラル志向と着飾ったのが競演】

ROCKHURRAH WROTE:

どこの天気予報でも「今年は記録的な猛暑になる」というような予報が出ていて、真夏の暑さが大嫌いなROCKHURRAHは気が滅入っている。
今のところ猛暑というよりはおそろしい湿度で、部屋の中にいても蒸し蒸しという日々が続いてるけど、そんな中、やって来ました。去年に引き続きまたまたエアコンの不具合。
去年の夏のブログ記事で書いた通り、真夏の最も暑い時期に我が家のエアコンから恐怖の水漏れが起きてしまい、応急で下に貼ったゴミ袋に毎日のように大量の水が滴り落ちるという事件が発生した。
水を慌てて拭き取ろうとした際にぐるぐる回っている部分に指を突っ込んでしまい、あわや骨折か?と思うくらいの怪我をした悪夢の思い出。あれで数ヶ月は指の感覚がおかしくなってしまったからね。
去年はメーカーに来てもらったのに結局、原因は不明だがなぜか改善されてしまった。自分でドレンホースやドレンパンのつまりも解決したから、改善されなきゃウソなんだけどね。
今年もとりあえずは大丈夫なはずなんだけど、またもやすごく暑い日から突然大量の水が垂れてきて大パニック。応急の対処法はすでに会得していたけど、個人的にイヤな出来事ばかり続いてたし、よりによって自分の誕生日にこんな問題まで抱え込んで頭が痛いよ。
結局、一週間水漏れのまま耐えて週末に業者に来てもらい、やっと(たぶん)解決したという始末だ。
おそらくの原因は本体内部のドレンホースより排水の穴の方が位置が高かったため、水が逆流してたんじゃないか?というお粗末なもの。つまりは最初の設置ミスだとの事。確かに最初の時はよくわからんバイトの小僧みたいなのが取り付けに来たもんな。
貴重な時間をこれで何時間も無駄にしたけど、とりあえずは真夏の水漏れの心配がなくなったようで良かったよ。

人にとってはどうでもいいような前置きだったな。しかも今日の記事とは何も関係ない。
さて、今回も引き続き「同名異曲」について書いてみよう。
最近はどうだかわからないけど、90年代くらいはバンド名もタイトルもひとつの単語のみというようなシンプル過ぎなのが流行ってた時期があったな。それだったら同名のタイトルというのも結構あったんだろうな。
ウチのブログでは70年代や80年代の音楽についてばかり書いてるから、そこまでいくらでも同じタイトルの曲が転がってるわけじゃないけど、何とか探してみたよ。

Son Of A Gunというのは英語でよく使われる言い回しのようで「船の大砲の下で生まれた子供」というような意味らしい。ん?何じゃそりゃ。
日本で言うなら「橋の下で生まれた子供」とかと同じような使い方なんだろうが、そもそも今の時代にそんな会話あるのかね?
そのままの意味では使いドコロがわからんけど「ロクデナシ」とか「ちくしょうめ、この野郎」というようなニュアンスらしい。サノバビッチにサノバガン、どちらにしても慣用句が嫌いでスラングっぽい言葉を全然使わないROCKHURRAHには理解しがたい言葉だなあ。

そんなタイトルを代表曲につけたのが越路吹雪、ではなくて1980年代後半にスコットランドで活動していたヴァセリンズだ。
ユージンとフランシスの男女ペアが中心のアノラック系ギター・ポップのバンドでジャケットも二人の世界だが、デュオではなくユージンの友人や兄弟なども含めた編成だった。日本で言えばチェリッシュみたいなもんか?

キング・オブ・アノラックってほどにキングな活動はしてないが、パステルズのスティーヴン・パステルに見出され、彼の53rd&3rdというレーベルから出したのがこの「Son Of A Gun」というデビュー曲。

ニルヴァーナのカート・コバーンが彼らの曲を大々的にカヴァーして、90年代にはにわかに再評価されまくった(レコードもプレミアついて高騰)が、80年代後半のリアルタイムでは割と細々と活動していたという印象がある。活動期間も短かったから知る人ぞ知るようなバンドだったな。
まあ音楽性もヴォーカルも80年代的に言えば「ヘタウマ」。
初々しい感じのバンドだからインディーズでこじんまりとマイペースにやってゆくのが本来の姿だね。後にすっかり老けてしまってから奇跡の再結成を果たした。
少しはしたたかになった模様だが、基本的には相変わらずの路線でファンをなごませた。
彼氏は少しギターとかやってるけどギンギンのバンド野郎じゃなくて、彼女は彼氏の影響で歌とか歌い始める。音楽業界の事とかよくわからないけど好きな音楽と彼氏とでささやかに宅録とかしたい。ヴァセリンズはそういったカップルとか内輪で音楽をやっている者にとっては光明と言える存在だったんだろうな、と勝手に推測してみたよ。

こちらもまた同じタイトルを持つ曲、リヴァプール出身のラーズによるもの。
「There She Goes」という不朽のヒット曲によって知られるが、曲は知ってるけどどんなバンドがやってるのかよく知らないという人も多かったんじゃなかろうか?
80年代後半にデビューして人気、知名度も上がってきた頃、曲やレコーディングの出来に不満を持ったバンド側が発売をキャンセル。しかしレーベルはバンドの意向を無視して勝手に作りかけだったアルバムをリリース。楽曲は全てバンド側の意図してない出来のまま世界に出回ってしまったわけだ。
そういう激しい諍いがあって、大人気バンドになる可能性があったラーズは活動停止してしまったという経緯がある。
彼らの有名なアルバムはヴォーカリストのリー・メイヴァースが「買うな!」と言った作品だとの事だが、その1曲目に「Son Of A Gun」は入っている。

親しみやすく素朴なメロディにやや乱暴な歌い方が絡むというスタイルは少し後で出てきたオアシスなどの原型だと言える。かなり60年代な雰囲気なのでその辺が好きな人に熱烈支持されていたね。
しかしこの映像はまだいい方なんだけど服装とかに全く無頓着なタイプ。基本的にジャージとかネルシャツとか楽なのが一番、という姿勢で貫いているな。
大人気バンドになる可能性があった、と書いたものの、絵にならないなあ。

では絵になるこちらで仕切り直しといこうか。

Spellboundは日常生活ではあまり使われない単語だとは思うが、呪文で縛られたとか魅せられたとかそういう意味だそうだ。
ロンドン・パンク初の女性ヴォーカリストとして出発して、後にはゴシック、ポジティブ・パンクの元祖的存在だったスージー&ザ・バンシーズの1981年、4thアルバムに収録されてシングルにもなったのがこの曲だ。
Banshee(アイルランドの死の妖精)をバンド名につけ、初期の頃から割とダークな曲調を好んでたスージー・スーが歌うにはピッタリのタイトルだと言えるね。
あまりにも有名なバンドだから今さら書くような事もないけど、この後の女性ヴォーカル・バンドのひとつの路線を作った偉大なバンドだったと思う。

映像は森のなかをスージーやバンド・メンバーが走り回る割とアクティブなもの。白塗り化粧で退廃的、運動や汗とは無縁の印象があったけどライブでは動くだろうしそんなでもないのか?ドイツのベルフェゴーレにも海辺を全力疾走しまくるというミュージック・ヴィデオがあったが、バンシーズはやっぱり森の中の方が似合うね。森の奥にいるシャーマンという感じがするから。

ROCKHURRAHは昔から海よりは山、森や渓流の風景に惹かれるが、実際はそんな山の中に滅多に行かないしアウトドアな人間ではない。憧れは人一倍強いんだけど、気軽に行けないようなところにばかり暮らしているからなあ。
冬場は寒いからちょっと、だけど、こんなに蒸し暑い夏は深山の奥で暮らしたいという願望が沸き起こる。
高校生の頃、住んでた家の近場に小倉(福岡県)の足立山という小さな山があった。秘境でも森でもないが、雑木林くらいはあるだろうという程度の山だ。
ある日の朝、なぜか学校に行かずその山を目指してひたすらに歩いて歩いて登ったという変な出来事を思い出す。
通学のバスを降りて山へ入る道を歩いて行ったのだが、その後の一日をどうやって過ごしたのか、どうやって帰ったのかをまるっきり覚えてないのだ。
学校サボってまで山に入る動機もひとつも思い出せない。
運悪く体育教師に目撃されたらしく、後に学校に来てない事が発覚すると予想した以上の大問題に発展した。当たり前だが家に連絡されて翌日も呼び出されて大目玉をくらった事だけは覚えてる。自分の行動は全く覚えてないくせにね。
その時の心境はまるっきりわからないが、今にして思えば何かに導かれてどこかを目指した、これも神秘体験の一種だったんだろうかね?
おっと、今回の記事には全く関係ない思い出話だったよ。

そんなバンシーズの名曲と同名タイトルなのがこれ、ピンク・ミリタリーの1979年に発表した12インチ・シングルに収録(1stアルバムには未収録)。
ん?紹介する順番が逆だった事に今気付いたよ。「Spellbound」というタイトルではこちらの方が早かったんだね。
「同名異曲編」の1の方でも書いたが、デヴィッド・バルフが関わっていたビッグ・イン・ジャパンというリヴァプールのパンク・バンドがあって、そこの歌姫だったのがジェーン・ケーシーだった。
このバンドからは

  • 後にフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドで大ヒットするホリー・ジョンソン
  • ライトニング・シーズで大ヒットするイアン・ブロウディ(キングバード名義でプロデューサーとしても有名)
  • KLFでチルアウトというハウス・ミュージックの元祖となったビル・ドラモンド
  • 上に書いたスージー&ザ・バンシーズに参加するバッジー(後にスージーと結婚して離婚)

などなど、有名ミュージシャンが最初に始めたバンドとして伝説となっているが、ジェーン・ケーシーがビッグ・イン・ジャパンの後に始めたのがピンク・ミリタリーだった。
ジェーン・ケーシーと言えば70年代後半のパンク・ガールの中でも最も退廃的な美しさを誇り、異様なメイクや奇抜な服装でも有名。リヴァプールの中では一歩抜きん出たファッショナブルな存在だったと個人的には思う。
しかしピンク・ミリタリーの音楽はそういう派手な見た目とは裏腹に案外地味な感じだった。
他のメンバーがビッグ・イン・ジャパンとは違う方向性で有名になったのとは対照的だけど、ある意味、ビッグ・イン・ジャパンを最も継承していたのは彼女だったんだろうね。
スージー&バンシーズあたりとも通じるダークな曲調にジェーンの気怠い感じの歌声が響く地味な楽曲。時代的にネオ・サイケに属するような音楽だがポジティブ・パンクとかゴシック的要素はあまり感じない。むしろそっち方面に行ってたら大成したかも知れない、という風貌だが、音楽の方はそんなにドギツくない。

映像の方はレコードではなくリハーサル・トラックの音源との事だが、ビッグ・イン・ジャパンやリヴァプールの大半のバンドがライブをやったであろう、エリックスというライブハウスでの珍しい写真がスライドで出てきて、マニアにとってはかなり価値が高いもの。当時はものすごく盛り上がってたんだろうな。行きたかったなあ。
ピンク・ミリタリーや後のピンク・インダストリーはヒットしなかったらしく、プロモもTV出演の映像とかもほとんどないのでこれで許して。

まだまだ探せば同じタイトルの違った曲は出てきそうだけど今回はここまで。
ではまた、Até mais tarde(ポルトガル語で「またね」)!

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