トーマス・ルフ展 鑑賞

                   

【トーマス・ルフ展の看板を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

情報収集能力に優れた長年来の友人Mからお誘いがあったのは、7月だっただろうか。
東京国立近代美術館で開催される「トーマス・ルフ展」が気になる、というのである。
全く聞いたことがないアーティスト!
ただし東京国立近代美術館に関しては、2011年の「生誕100年 岡本太郎展」や2013年の「フランシス・ベーコン展」、2014年の「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」で訪れているんだよね。
そのためSNAKEPIPEやROCKHURRAH、長年来の友人Mが「好きそうな企画」を立ててくれる美術館として良い印象を持っている。
今回の「トーマス・ルフ」については謎に包まれたままだったけれど、「あの美術館の企画ならば!」と期待して待っていた。

迷走台風に続き、日本列島を通過するかもしれない大型台風の発生が予想されていた時、SNAKEPIPEとROCKHURRAH、そして友人Mは竹橋駅に集合した。
大雨になるかもしれないけれど、東京国立近代美術館は竹橋駅の目の前。
あまり影響を受けずにたどり着くことができるんだよね!
そして予想通り(?)台風のせいか来場者が非常に少ない。
天候に加えて、SNAKEPIPEと同じようにトーマス・ルフについて知らない人が多かったのも原因かもしれないね?
SNAKEPIPEが命名した「国立系」、アクティブシニア(活発なご老体)連中が皆無!
もちろん子連れのファミリーもいない!
人が少ない、とても良い環境で鑑賞できそう。(笑)

ここでトーマス・ルフについて書いてみよう。
1958年ドイツ生まれ。
1977年〜1985年、デュッセルドルフ美術アカデミーの写真学科にてベルント&ヒラ・ベッヒャーの元で写真を学ぶ。
2000年〜2006年、デュッセルドルフ美術アカデミー写真学科の教授を務める。
ドイツの現代写真芸術において重要なポストに就いている人物、とのこと。
一体どんな作品なんだろうね?

会場に入ってすぐに展示されているのは、「トーマス・ルフ展」の紹介やチケットにもプリントされていた「Porträts(ポートレート)1986-1991,1998」のシリーズ。
美術館にある説明文を抜粋して載せてみようか。

一見ありふれた証明写真は、巨大なサイズ(210×165cm)に引伸ばされると,印象が一変します。
ありふれた人物写真が,どこか不可解で不可思議な存在にすら見えてくるのは、写真というメディア独自のメカニズムのせいではないでしょうか。

そ、そお?(笑)
確かにこれだけ巨大な証明写真が並んでると迫力はあるね。
「全く同じように複数人を撮影するのは相当な技術」と書いている人もいるようだし、巨大写真というのが現代写真のフォーマットの先駆とも説明されている。
説明を聞けば「そうなのか」とも思うけど、SNAKEPIPEにはよく分からなかった、というのが正直なところかな。

「ポートレートだから、茶色のブラウスを着たチケットに載っていた人がトーマス・ルフだと思ってた!」
ROCKHURRAHが真剣な顔で言う。
いや、どう見たって女性の写真だから間違えないと思うけどね。
トーマスって女性、あまり聞かないし。(笑)

「なるほど」と思ったのは、次に展示されていたシリーズ「Häuser(ハウス)1987—1991」。
集合住宅や企業の社屋といった、ごく普通の建物をきっちり水平に固定し、「空、建物、地面」のバランスを考えて撮られている作品群。
建物写真というよりはデザイン性を感じるんだよね。
1枚だけでは分かり辛くても、明確な主題の作品が複数並ぶことで意味を解釈することができる好事例だと思った。

ROCKHURRAHから「この作品を撮影しておいて」とリクエストされる。
理由を聞いてみると「レコードジャケットに似ている物があるから」だという。
ドイツのバンド、Fehlfarbenの1stである「Monarchie und Alltag」だという。
並べてみると、どうだろう。
建物の角度、ほぼ同じだよね。
雰囲気も近い!
即座に思い出したROCKHURRAH、さすがだね!(笑)

「Häuser」シリーズからコンピュータを使用して画像の加工を始めたというトーマス・ルフは、合成写真も作成している。
実際にドイツの警察で使われていたモンタージュ写真合成機を使用して制作された「andere Porträts(アザー・ポートレート)1994—1995)」。
実在の人物のパーツを組み合わせて作り上げているから、あり得ない人物に仕上がってるんだよね。
ちょっと笑ってしまう感じ。(笑)

写真と現実の関係についての問いや、
監視社会をめぐる問題意識が浮上します。

説明文に書いてあった文章を転記してみたよ。
こういう解釈も成り立つんだろうけど、観たままで良い気がするなあ。

自ら撮影した写真を解体してパーツにしたトーマス・ルフは、他人が撮影した写真の加工を始める。
「Zeitungsfotos(ニュースペーパー・フォト)1990—1991」は、新聞や週刊誌に掲載された写真のみを抽出し、拡大した作品群。
事件や事故の内容が示されたキャプションを取り除いて、純粋に写真としてだけ提示する、というのが趣旨だという。
これは読み取る側(鑑賞者)に写真の意味を委ねるので、人それぞれ持つ感想が違ってくるだろうね。
自分の写真の解体の後は、メディアの解体を行ったということだろうか。
そして他人の写真を流用する、という手法はマルセル・デュシャンから始まる「レディ・メイド」を継承しているようにも思う。
ちなみに、「レディ・メイド」について説明しているwikipediaに次の文章があるんだけど。

レディ・メイドの根底にあるものは、美術的に無関心な領域において選択される「観念としての芸術」という考え方であり、マルセル・デュシャンによれば芸術作品において本質的なことは、それが美しいかどうかではなく、観る人の思考を促すかどうかということなのである。

非常に長い一文だけど(笑)、トーマス・ルフについての説明文にしても良い感じだよね!

トーマス・ルフの実験はまだまだ続いていく。
「zycles 2008—」は、まるでどこかのデパートの包装紙みたいだね、と3人で言い合う。
えっ、例えがおかしい?(笑)
3人が揃って同じ感想を持つ、ということはきっと70年代か80年代に見たことがある包装紙だと思うよ。(笑)
複数の曲線が自在にキャンバス上を揺らいでいる。
これは一体何を撮影してるんだろう?
美術館にあった説明文を原文のまま載せてみることにしよう。

イギリスの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェル(1831一1879)の著した電磁気学の研究書に収められていた銅版画による電磁場の図版
<それは本来,美的対象としてつくられたものではなかったが,まるでミニマルアートや抽象的なドローイングのような繊細なカーブが描かれていた>
に触発されたルフは,こうした電磁場の線図が三次元に変換するとどのように見えるのかに関心を抱き,実験的に3Dプログラムを用いて数式をコンピューター上の三次元空間で再構成しはじめた。
こうした実験を経て,ルフはさまざまなサイクロイド曲線(円が同一線上を転がるとき,この円の円周上に固定された一点が描く曲線)を仮想の三次元空間に走らせて複雑な線形構造を描き,さらにこの仮想空間をニ次元に変換した後,色を加えク口ーズアップなどのマニピュレーションを施して力ンヴァス上に出力している。

この説明でスッキリできたよね!(うそ)
読んでいるうちに余計に分からなくなってしまったね。(笑)
3Dプログラムを使用して三次元空間で描いた後、二次元に変換する工程を実際に見てみたいよね。
百聞は一見に如かず。
そうしたら多少は理解できるかも?
それにしてもサイクロイド曲線やらマニピュレーションやら、難しいカタカナ多いなあ。(笑)

SNAKEPIPEとROCKHURRAHが大好きな万・霊じゃなくて(笑)、マン・レイやモホリ=ナギが制作していたフォトグラムを、トーマス・ルフも制作しているんだよね。
「Photogram(フォトグラム)2012—」は非常に美しい作品で、3人共お気に入りになってしまった!
「テキスタイルデザインみたい」
と感想を持ったのは友人M。
「スマホの待ち受け画面にしたい!」
と言ったのはSNAKEPIPE。
ROCKHURRAHは黙々と写真を撮りまくっていた。 (笑)
今回のトーマス・ルフ展は注意事項を守れば、撮影OKだったからね!

フォトグラムとは、印画紙の上に直接物を置いて、感光させる技法のことね。
トーマス・ルフは「コンピューター上のヴァーチャルな”暗室”で物体の配置と彩色を自在に操作し像をつくりあげている」らしい。
ヴァーチャルな暗室って何?(笑)
これもまた実際に制作過程を見てみたいよね!

トーマス・ルフは宇宙に対して子供の頃から興味を持っていたようで、宇宙をテーマにしたシリーズもいくつかあるんだよね。
そのうちの一つ「cassini 2008—」は、宇宙探査機cassiniが撮影した土星と衛星の写真を素材にした作品だという。

インターネット上で公開されている画像を加工して作品にしたということは、これもまた「レディ・メイド」なんだよね。
「zycles」シリーズと同じように、本来の目的である研究や探査のための写真や画像が、アートに変身するというのは面白いよね。

今年制作された作品として展示されていたのは、アメリカや日本の報道写真をスキャンして加工した「press++ 2015—」シリーズ。
これもまた「レディ・メイド」であり、更に写真を重ねて加工していく、ということでフォト・モンタージュでもあるわけだね。

読売新聞が保管していた写真を使用しているため、日本語が作品に写り込んでいるんだよね。
よくみると「読売資料館 43.6.22 保存」という日付印も押されているし。(笑)
恐らく昭和43年なんだろうね。
茨城の通信所には今でもこのパラボラアンテナあるんだろうか?
どこまでが読売新聞のリアルな写真なのか、よく分からなくなるね。
これもまた上述した「写真と現実の関係についての問い」なのかもしれないね?

「トーマス・ルフ展」は上で紹介したシリーズ以外にも、代表作とされる「Substrate 2001—」がある。
これは日本の漫画やアニメの画像を原型が分からなくなるまで加工した作品群。
意味を排除する、というのが目的のようだけど、作品はまるで抽象画!
カラフルな色彩が美しい。
説明を知る/知らないで観方が変化するのは面白かった。

他にも「nudes 1999—」「negatives 2014—」など、トーマス・ルフのシリーズが展示されている。
シリーズ毎にテーマが違うので、今回のような全貌を知る個展として鑑賞しなかったら同じアーティストの作品とは思えない程の多様性に富んでいる。
かなり見応えがある企画だったね!

トーマス・ルフを「写真家」、というのはちょっと違う気がした。
写真家であるとしても「ニュー写真家」(笑)とか「メディア・アート・フォトグラファー」(変?)とかね。
今までのいわゆる「写真家」とはまるで種類の異なるタイプだと思うし、写真はあくまでも表現の手段に過ぎないんだよね。
SNAKEPIPEはトーマス・ルフを現代アーティスト、と呼びたいと思う。

「レディ・メイド」「フォトグラム」「フォトモンタージュ」という、今まで使われてきた手法を、今風にナウくした作品群はとても楽しく鑑賞できた。
そしてやっぱりドイツのアートというのはバウハウスに代表されるように、無機的で構造的なんだなと改めて感じることができたよ!
きっとトーマス・ルフはこれからも温故知新、様々な実験を見せてくれるんだろうね!
「トーマス・ルフ展」行って良かったと思う。

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