俺たちバーニング・メン

                   

【ROCKHURRAH制作、タイトルそのまんまなバーニング映像。】
ROCKHURRAH WROTE:

前に単発で記事を書いたものとまたまた同じような題材にしてしまったので、いっそのこと新しいシリーズ記事にしてみることにした。題して「俺たち○○シリーズ」。

世代的に「俺たちひょうきん族」を模したと思われるかも知れないが、そういうつもりは全然なくて、これはSNAKEPIPEと共に大ファンであるウィル・フェレルの「俺たち〜」シリーズにあやかってるつもりなのだ。
「俺たち〜」シリーズなどとひとまとめにされてはいるが、これは同じ監督で同じシリーズを作ってるわけではなくて、単にウィル・フェレルが出てる映画が(たぶん)配給会社の垣根を越えて「俺たち○○」という邦題になってしまっただけの話。
実際は「俺たちニュースキャスター」以外はまるでシリーズではないけど、知らない人は全部シリーズだと思ってしまうよね。
しかもウィル・フェレルが出てなくても便乗して「俺たち〜」とタイトルがついた関係ないものも多数。「俺たちフィギュア・スケーター」がまさかの大ヒットをしたから、間違って観る人狙いの商法。
イオンのトップバリュ商品が人気のある食品にそっくりのパッケージで作って、敢えて隣に陳列するというやり方みたいなもんだね。

まあそんなわけで、由緒正しくないタイトルにROCKHURRAHも便乗してみたというだけ。それだけで長々と前置きを書いてしまったよ。
で、何をやってるかと言うと実はROCKHURRAHが書く他のシリーズ記事と構成はほぼ一緒・・・。トホホ。
同じような語句をタイトルに入れた曲ばかりを無理やり集めてみただけ、というお手軽記事なのだ。

さて、二回目の今日は何について書こうか?と悩んだ末、タイトルにあるようにバーニングをふと思いついた。日本語に訳すと「燃焼」だと。この言葉も一回目のライオットと同じで、日常的に使っているのはボイラーマンかガス屋、ダイエット中の人くらいかな?ライオットよりは日常的かね?

「バーニング」と聞くと真っ先に思い出すのが同名のホラー映画(1981年)だな。
「ゾンビ」や「13日の金曜日」などで脚光を浴びた特殊メイクのスーパースター、トム・サヴィーニがメイクを担当したので注目して観たが、あらすじ以外は覚えてないほど。
少年たちの悪質ないたずらによって大やけどを負ったキャンプ場の管理人がどデカいハサミを持って復讐してゆくというような話だったな。原因も目的もハッキリした殺人犯なので「何だかわからんから余計怖い」というホラーの醍醐味がまるでない真っ当なシロモノ。
「13日の金曜日」の亜流扱いされたし、ハサミを振りかざした影絵のポスターはチェーンソー振りかざしたレザーフェイス(「悪魔のいけにえ」)のマネとも思える。
よそのタイトルをパクって使ってるROCKHURRAHだから亜流を批判は出来ないけどね。

今回もROCKHURRAH RECORDSのいつもの約束、70年代パンクと80年代ニュー・ウェイブ限定で書いてみよう。

音楽の方でバーニングと言えばクラッシュの「London’s Burning」がやっぱり代表的なものだろうか。
パンクの洗礼を受けた者としては真っ先にこのタイトルが出てくるよ。
こないだのライオット族でも真っ先にクラッシュだったな。
パンク・ファンにはおなじみの曲なのでクラッシュの代表曲のひとつなんだが、実はシングルにはなってないというのが意外。「Remote Control」のB面にライブ・ヴァージョンが入ってるけどね。
イントロのタカタカタッタッターというドラムで誰もが飛び跳ね、高揚する、ロンドン・パンク屈指のキャッチーな名曲ですな。

いやもう、この当時パンクのカッコ良さに目覚めた少年だったら誰でもジョー・ストラマーやジョニー・ロットン、シド・ヴィシャスやミック・ジョーンズ、ポール・シムノンに憧れたに違いない。
中には「ポール・クックこそパンクの代名詞」「やっぱドラムはテリー・チャイムズ(クラッシュの初代ドラマー)でしょう」というような通好みもいるだろうけどね。

ちなみに三大パンク・バンドのもう一つ、ダムドのメンバーについては全く言及してなかったが、デイヴ・ヴァニアンのカッコ良さは充分に理解していても、あのメイクは普段街を歩いてる時にはなかなかマネ出来ないからね。デイヴ・ヴァニアン化して全然違和感がない日本人は元MAD3、ヘル・レイサーのエディ・レジェンドくらいのものだね。
キャプテン・センシブルも通常ルックスならOKだが、上下モコモコの変身後のスタイルはとても無理だもんな。関係ないが山下和美の初期漫画でもキャプテンっぽい登場人物が出てたのを思い出す。

クラッシュはライブ・バンドとして絶大な人気を誇っていたが、ステージ・アクション(決めポーズ)を重視するあまり、コーラスや演奏がおろそかになったりもする。
ギターをジャンジャカ弾いてる時はあまり動けない、などパフォーマンスの弱点もややあったけども、そんなことお構いなしにエネルギーの全てを放出するその熱さが多くのパンク・ファンを沸かせた。
音楽もロックも随分変わったこの現代でも、全然色褪せてないね。さあみんなでバーニング。

クラッシュやセックス・ピストルズによるパンクの衝撃が全世界に広まったので、日本でもこんなバンドが登場した。当時の本当のパンク・ファンは「何じゃこりゃ?」と思ったかも知れないアナーキー。
何のことはない「London’s Burning」の替え歌なんだが、これでも日本の不良社会に一石を投じたのは確かだろう。
彼らがデビューした1980年。ヤンキーなどという言葉もまだ(たぶん)なかったような時代、この頃は暴走族やツッパリというのがどこの街にもウジャウジャいて、弱いヤツをたかったり、弱いヤツや強いヤツとケンカしたり、シンナー吸ったり、道にツバ吐いたり、事故って死んだりしてたもんだ。
そういう旧態依然とした不良スタイルとは別に、パンクな生き方をするという新しい不良のあり方を提示して「これもカッコイイかも」と思わせたのが、この時代に出てきたアナーキーやめんたいロックなどと呼ばれたバンド達かも知れないね。
この辺のバンド達はパンクというにはちょっと・・・という路線ではあるんだけど。

石井聰互の「爆裂都市」を観るとパンクなのかヤンキーなのかよくわからん集団がいっぱい出てくるけど、あれはその当時の地方都市(例えばROCKHURRAHの故郷、北九州とか)の本当にリアルな姿なんだよね。
よほどマジメに育った人以外は友達の半数以上がヤンキー化するというすごい時代だから、バンドの仲間が暴走族というのは珍しいことでもなかった。

実際にはパンクは不良専門の音楽ではないんだろうけど、ロカビリーやテッズとかが出てきた時もまず不良と結びついたという故事があるからね。
おっとまた得意の三流評論調になってしまったなあ。

特攻服の代わりに(旧)国鉄の作業服を着て天皇批判や団地のオバサン批判をストレートに展開するこのバンド、個人的にROCKHURRAHは日本のバンドはほとんど聴かなかったからいいとも悪いとも言えないが、支持する者も多かっただろうな。さあ、東京でもみんなでバーニング。


わけあってこちらのYouTube画面だけ大きさが違うようだが諸般の事情なので気にしないように。
さて、お次のバーニング・メンはこちら、バースデイ・パーティによる「Sonny’s Burning」だ。

元々70年代末にオーストラリアでボーイズ・ネクスト・ドアというバンドをやってた五人組が、そのまんまのメンバーで改名してバースデイ・パーティとなった事は何度もこのブログで書いてるはず。
最初は割とポップな路線でやってたのが、次第に野性味を帯びた暗黒度の高い音楽に変貌していったのも興味深い傾向だった。同じオーストラリアのサイエンティスツもそういう路線変更があったので、オーストラリアという土壌に何かあったのか?これは80年代ニュー・ウェイブ史を研究してる者とすれば恰好のテーマなんだが・・・そんな人はいないか?

オーストラリアのミッシング・リンク、イギリスでは4ADやミュート・レーベルといったあたりからレコードを出していたが、オーストラリアではあまり受けそうな気がしない音楽性だと思うよ。実際はどうだったんだろうね。

このバンドはとにかくルックスがカッコ良くてファンも多かったに違いない。野生児のようなボッサボサの髪の毛を逆立てたニック警部、じゃなかったニック・ケイブ。堕天使か悪魔か?というほどの退廃した美形なのにノイズ界のジミヘンみたいなギターを弾くローランド・ハワード。堕天使の写真がなかったから一部想像でね。ちんぴらヤクザよりはちょっと格上に見えるミック・ハーヴェイ、そしていつもカウボーイ風のトレーシー・ピュウ、各メンバーの個性が際立っていたね。

彼らの得意とする音楽はどこかの部族っぽいビートに耳障りなギター、そしてニック・ケイヴの荒れ狂う雄叫びのようなヴォーカルというフリー・スタイルなもので、これまでのロック的完成度とは対極にあるような不安定なもの。オルタナティブというジャンルの中でも当時は「ジャンク系」「カオス系」みたいな分類されてたけど、今はそういうジャンルの呼び名はないみたいだね。

活動してた時代としてはネオ・サイケやポジティブ・パンク(ゴシック)あたりと同時期なんだが、この辺とは全然違った路線、でも暗黒面を目指してるという点では一致していて、フォロワーにもどっちつかずのバンドもいて(アウスギャングとか)部外者が理解するのが難しい音楽だったね。

で、この「Sonny’s Burning」はバースデイ・パーティとしては最後の方の曲なんだけど、全然枯れてなくて相変わらずのズンドコ・リズムが心地良い。後にバッド・シーズとなって大人な曲を得意となってしまうニック・ケイブの一番輝いてたのが、このバースデイ・パーティの時代だと思うよ。
さあみんなで、ソニー(誰?)と一緒にバーニング。燃やしてしまえ。

次はヴィジュアル系ネオ・ロカビリーとして名高いロカッツのそのものズバリ「Burning」。
どこからどこまでがネオ・ロカビリーの時代になるのかは不明だが、アメリカで元タフ・ダーツのロバート・ゴードンがロカビリーを復活させたのが1970年代後半の話。
リーヴァイ&ザ・ロカッツがロンドンでデビューしたのもこの頃なので、まあ元祖と言っても良い存在なのは間違いない。しかしリーヴァイ&ザ・ロカッツはルーツを求めてアメリカへ、逆にアメリカのバンド、ストレイ・キャッツがイギリスにやってきてネオ・ロカビリーはブームとなった。
リーヴァイ&ザ・ロカッツはその世界では成功したものの、古いロカビリーやよりルーツ的なものを求めるメンバーとパンクやニュー・ウェイブも取り入れたロカビリーに挑戦したいメンバー、そういう方向性の違いで解散。

で、色んな物を取り入れたかった方のメンバーが新たに作ったのがリーヴァイ抜きのロカッツというわけ。
何かひと言で説明済んだのに長々書いてしまったなあ。
初期ワイアーのプロデューサーで知られるマイク・ソーンがプロデュースし、これまでのネオ・ロカビリーの常識を覆すシンセサイザーなども取り入れたロカッツ。
クラブヒッツとして名高い「Make That Move」によって全世界で大々的に知られるようになるけど、バンドとしては三大キャッツ(ストレイ・キャッツ、ポールキャッツ、ロカッツ)の中では一番順風満帆ではなかったという印象があるね。
この曲も「Make That Move」の延長線上にあるような曲でウッドベースさえ弾いてない、曲調はまるでビリー・アイドルみたいだし、言われなければネオ・ロカビリーだと気づかないよね。
同じように化粧っ気のあるポールキャッツがロカビリーっぽくない曲のカヴァーなどでニュー・ウェイブのファンまでを虜にしていた時代だけど、こういう異種の音楽のミクスチャーから新たなヒントが出てきて、後の時代に影響を与えてゆくのはいい事だと思うよ。

福岡に住んでいる時にはネオ・ロカビリーやサイコビリーばかりを聴いててサイコ刈りにしていたROCKHURRAHだが、ガスコンロの点きが悪くてカチカチしてたら、急にボッと火が出て前髪が燃えてしまったという恐怖体験(大げさ)がある。ちょっとチリチリでプリンスみたいになってしまったよ。
というわけでリーゼントもサイコ刈りもバーニング注意。

日本であまり使われる事のない言葉だと思っていたが意外なところにバーニング・メンが潜んでいた。
80年代初頭にP-MODEL、プラスチックスと共にテクノポップ御三家として知られていたヒカシューの「何故かバーニング」だ。
テクノポップの元祖とも言うべきYMOは既に一流ミュージシャンだった3人によるものだったが、その後に出てきたこの御三家などはそこまで機材を揃える事が出来なかったのか、テクノとは言っても通常のバンド形態に電子楽器が加わるだけというお手軽な編成。そのチープな具合が逆に効果的に奇妙なテイストを打ち出していた。

ヒカシューの場合は元々演劇や映像の分野で才能を発揮していた巻上公一によるバンドという事で、奇抜さでは際立っていたね。不思議な歌詞に奇妙な旋律とエキセントリックな歌、不気味でグロテスクなのに笑えてしまうところが魅力でもあり嫌われる部分でもあるな。

ROCKHURRAHは前に書いたこの記事に出てきた同級生に借りたレコードによってこのバンドを知った。
熱狂している音楽が他にも多数だったのでそれほど聴いてはいないが、SNAKEPIPEはもっといっぱい聴いていて、歌詞もスラスラ出てくるほど。よほど聴き込んでいたんだろうね(笑)
ではこの曲に限ってはSNAKEPIPEと一緒にバーニング。

今回は珍しくパンクに始まってパンクで終わる事にしよう。
どちらかと言うと変わり種や人があまり言及しないバンドばかり拾い集めて記事を書くのがいつものROCKHURRAH流なんだけど、あまりマイナー過ぎると動いてる映像がなかったりする。それじゃ退屈だろうから、少しは気を遣ってるつもりだよ。

最後のバーニング・メンはラッツの「Babylon’s Burning」にしてみた。
ユダヤ教やキリスト教的な土壌がない日本ではバビロン、バベルなどと言っても大多数の人には意味を持たない単語だろうけどね。由緒正しい(?)レバノン幼稚園出身というROCKHURRAHにしてもさっぱりわからないよ。 関係なかったか?

関係ないついでに語るならば、バベルの塔に住んでいる「バビル2世」という横山光輝の漫画を思い出してしまった。5000年前に地球に落ちてきたバビルという宇宙人の子孫がなぜか日本人で悪の帝王ヨミと戦うというメチャクチャな設定の漫画だったが、巨大ロボットや謎の生命体などの下僕を使いこなすのが目新しく、ヒットしたものだ。
SFなのに主人公バビル2世やヨミの顔が髪型を変えたらそのまま「三国志」に登場してもおかしくないところがいかにも横山光輝。設定を変えても基本キャラクターがどれでも同じというパターン。ある意味、設定を変えてもブログの構成がいつも同じというROCKHURRAHとも通じるものがあるな。
ちなみに横山作品では七節棍(7つに分かれ自在に繰り出す武具)を操る片目の武芸者が活躍する異色時代劇「闇の土鬼」や、中国に渡った日本人が馬賊のリーダーとなる異色冒険漫画「狼の星座」が好きだった事も思い出した。キャラクターはやっぱりどれも「三国志」なんだけどね。
「狼の星座」の影響で南部十四年式という拳銃のモデルガンをぶっ放してた少年時代だったのを思い出す。

かなり横道にそれてしまったが、ラッツは70年代ロンドン・パンクの第二世代くらいに活躍したバンドだ。
ヴォーカリストのマルコム・オーウェンのしゃがれた声と骨太の力強い音楽、そしてレゲエにインスパイアされた曲調もあることから、クラッシュの後継者というような位置付けにあったバンドだったな。
レコード・デビューが出遅れた(1979年)事とマルコムがヘロインにより死亡してしまった(1980年)ために、全盛期の活動期間が非常に短かったバンドだという印象だが、今回選曲した代表曲「Babylon’s Burning」はパンク史に燦然と輝く名曲で人気も高い。
明るい曲があまりなくてダークで荒削りなのが魅力だったね。
さあみんな、バビロン(どこ?)でバーニング。燃やしてしまえ。

新シリーズなどと言って勢いで始めてしまったけど、見事なまでにいつもの他の記事と同じ路線になってしまったな。まあそれでも書いてる本人が飽きないように続けてゆこう。

それでは、またやーさい(沖縄弁で「またね」)。

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