松井冬子展鑑賞~世界中の子と友達になれる~

                   

【毎度お馴染みの展覧会ポスター。美術館入り口上方にあったため見上げて撮影。】

SNAKEPIPE WROTE:

今日はSNAKEPIPEの誕生日!
おめでとう!SNAKEPIPE!(笑)
何回目なのかは秘密だよ!
ROCKHURRAHが5.11のカッコ良いタクティカル・ブーツをプレゼントしてくれた。
これでますます本格的なミリタリーファッションが楽しめるね。
ありがとう、ROCKHURRAH!

今回のブログは今まで何度も計画を練って、そのたびに何かしらの理由によりおじゃんになっていた松井冬子展鑑賞について書いてみよう。
やっと今回鑑賞することができたんだよね。

何度もこのブログに登場している、長年来の友人Mから連絡があったのが1週間程前のことである。
そのメールはM本人が書いたものではなく、九段にある成山画廊から配信されたメールを転送してきたものだった。
「お待たせ致しました。松井冬子初の映像作品がついに公開されます。」
と書いてある。
今回の松井冬子展を紹介する横浜美術館のHPにも、大々的に映像作品についての告知がされていたので、展覧会が始まってから2ヵ月近くが経過してやっと発表される作品があることに驚く。
そしてその初公開日がMと約束をしている3月2日!
丁度良かった、ラッキーだね、と言いながら横浜美術館に向かったのである。

残念ながらこの日の天気は雨。
しかもかなり土砂降りで寒い日だった。
初めての横浜美術館なので、本当は美術館周りを散策したかったのに残念!
横浜という土地柄のせいなのか、駅周辺も美術館入り口付近も非常に空間をゆったり使った造りになっている。
晴れた日には散歩コースに良さそうね!

美術館入り口を入ってすぐに大スクリーンが目に飛び込んでくる。
これが例の成山画廊からお知らせのあった映像作品なのね!
この映像作品だけは会場の外にあるため、誰でも鑑賞することができるようになっていた。
SNAKEPIPEとMが到着した時には、何故だか小学生の団体が鑑賞中。
小学生はどんな感想を持つんだろうね?(笑)
「侵入された思考の再生」というタイトルのその作品は、心臓のドックンドックンという鼓動音のリズムをバックに展開する。
・何度も松井冬子の作品モチーフとして見たことがある、ボルゾイという白い大型犬を舐めるように移動するレンズ。
・ミルクのような、石灰水のような少し重量感のある白い液体が沸騰しているように下から突き上げられ、円錐形を形作る。
・松井冬子本人のアップ。
・髪を後でまとめているのか、顔だけになるとまるで後藤久美子のよう。
・日本人離れした美貌。
・目を閉じる松井冬子。
・髪が顔にまとわりつく。
・きれいな弧を描き、まるで生き物のようにどんどん顔を覆い隠すように巻き付く。
・ボルゾイの俯瞰。
・自らの長い尻尾を追い掛けるように走り、白い円を描く。
・松井冬子の眼球アップ。
・眼球横向きのショット。
・眼球の黒色部分が沸騰したように円錐形に盛り上がる。

順番は違っていると思うけど、こんな感じのおよそ3分程の映像作品だったんだよね。
うーん、映像を文章にして説明するのは難しい。
松井冬子の初映像作品として、全く期待を裏切られなかった、という思いと想像通りだな、という感想を持つ。
厳しい言い方をするなら、良い意味でも悪い意味でも「平均点」かな。
ロレックスが協賛とのことなので、せっかくならCFにしたほうが話題作になりそうだよね?

さあ、それではいよいよ会場に入っていこうか。
松井冬子初の公立美術館における大規模な個展は9章に分けられて展示されていた。
それぞれの章ごとに気になる作品についてまとめてみようかな。

第1章 受動と自殺
第1章から重たい言葉の羅列!
そんな言葉を熱心に読んでいるお客さん達。
予想通りだけど、やっぱり女性ばっかりだったんだよね。(笑)
松井冬子は女性ファンが多いだろうから。
ボルゾイをモデルにした「盲犬図」からスタート。
「痛み」「狂気」「死」という松井冬子にとっての3大テーマに沿った作品が展示されている。
「ただちに穏やかになって眠りにおち」では白い象の入水の様子が、「なめらかな感情を日常的に投与する」ではところどころ体が千切れている双頭の蛇が描かれている。
第1章から痛いよー!
SNAKEPIPEがこの中で一番気になったのは、展覧会タイトルにもなっている「世界中の子と友達になれる」(2004)である。
このタイトルは第3章で展示されている松井冬子の卒業作品と同じタイトルで、「あれ?」と思ったSNAKEPIPE。
調べてみると「自分にとって大事な作品には同じタイトルを付けている」とのこと。
記述したい時には「世界中の~」のあとに年号を入れる方法で良いのかな?
上の作品は真ん中に大きな花が咲いていて、右下には女性の足、左には横たわるまたもやボルゾイが配置されている。
キレイに咲く花が、女性の養分を吸い取っているように見えて、それはまるで梶井基次郎の「櫻の樹の下には」を思い起こさせる。
鑑賞者の想像によって、いくつもの物語が作れそうで、とても気に入った作品である。

第2章 幽霊
「夜盲症」という作品は以前にも鑑賞したことがあり、その制作のプロセスについて語る松井冬子の言葉も聞いたことがある。
松井冬子はジャンル分けされると「日本画家」となるようだけど、その制作方法は伝統的な日本画のそれとは大きく違っているようだ。
デッサンを繰り返し、デッサンをコピー、必要部分を切り取り、貼り付け、コラージュをする。
確か「夜盲症」という作品は幽霊っぽく細長く見えるように「拡大縮小コピー」をした、と語っていた記憶がある。
確かにその方法は効果的で、足がないとされる幽霊らしさが良く表現されている作品に仕上がっているよね!
だけど、そういう方法を語っちゃって良いのかな?
その点がとてもユニークな方だな、と逆に感心してしまったSNAKEPIPE。
第2章の中では、「思考螺旋」という逆立った女性の髪の毛だけを描いている作品に、女性の怨念のような強い意志を感じた。

第3章 世界中の子と友達になれる
この作品は松井冬子の東京芸大卒業制作である。
この作品も松井冬子の代表作として非常に有名なので、SNAKEPIPEも以前より知っていた。
もちろん実物を鑑賞するのは今回が初めてである。
テレビ画面や画集からは知ることの出来なかった、なんとも言えない後味の悪さを感じる。
少女の手足の先ににじんでいるのは、どうみても血にしかみえない。
どこに向かって、誰に対して呼びかけているのか。
揺りかごからいなくなった赤ん坊を探しているのか。
びっしり描きこまれた蜂の大群。
今回実物を鑑賞することができて良かった作品である。
そしてこの作品のプロセスが解るような、例のコピー、コラージュなどによる制作方法を知ることができたのも良かった。
揺りかごが途中からグレードアップして、高そうな品に差し替えられていたのには笑ってしまった。(笑)

第4章 部位
この章では作品制作のための下図やスケッチ類が展示されていた。
日本画家の制作課程として小下図や大下図を描くと説明がされていて、松井冬子もその伝統的な手法に沿って制作をしているとのこと。
コピーとコラージュは独自の手法みたいだけど、それ以外は本来の日本画家と同じだったんだね!
それほど日本画について詳しくないSNAKPIPEには新鮮な発見だった。
そしてこれらのスケッチ類の見事なこと!
他の東京芸大の方のスケッチを拝見したことがないので、松井冬子の技量が他の方と比べて格段に上手なのか、それとも芸大だったら当たり前のレベルなのかは不明だけどね。
いやあ、紙と鉛筆があれば人はここまで遠近法や立体感を出した絵が描けるんだね。
それにしてもスケッチの外枠に本人手書きの考察ノートみたいなのが書かれてるんだけど、「鬼描き」って一体何だろうね?(笑)
ROCKHURRAHに聞いてみると、あっさり「NHKのトップランナーの時に『鬼のように細かく描写すること』って本人が司会者に言ってたよ」と疑問を解消してくれた。
なーんだ、そういう意味だったのか。(笑)
そしてかなり小さなスケッチまで「○○蔵」って書かれてるの。
ほとんどの作品が誰かの所有物になっていることにもびっくり!
松井冬子コレクターがいっぱいいるんだね。

第5章 腑分け
「腑分け」というのは江戸時代に行われた人体解剖の意味とのこと。
この章では、人の内部、それは内臓や脳といった表面からは見えない部位を開いて描いている絵を集めていた。
全体的に、まるでソフトフォーカスされたようなにじんだ技法。
内臓だからグロテスク、という通俗的な概念とは少し違う印象の日本画である。
美しい、と言うとちょっと違うけれど嫌悪感を持たずに鑑賞することができる作品群。
好みは分かれるだろうけど、SNAKEPIPEは好きだな!

第6章 鏡面
全てがそうだったわけではないけれど、この章のテーマはシンメトリー。
このセクションの中で気になった作品は左の「従順と無垢の行進」である。
椿の樹を真っ二つに切り開いた状態、と説明がされている。
松井冬子の、今までの作品には見られなかった太い黒い線が非常に力強い。
そして、ロールシャッハテストのよう、と書かれているけれど、それよりはやっぱり子宮をイメージしてしまう。
松井冬子が植物や花を描く時、SNAKEPIPEには全部子宮に見えるんだけどね?
これは平成22年のもの、というから割と最近の作品みたい。
テーマは変わらなくても、今までの細い線で描いてきた作品とは違って、線の強さで新しさを感じることができた。
今後の松井冬子の新境地、になるのかな?

第7章 九相図
これも松井冬子の代表作といえるだろう「浄相の持続」を更に展開させて、現代の九相図としてシリーズにした作品群である。
「浄相の持続」はかつて成山画廊で鑑賞したことがあったけれど、今回は計5作として展示されていた。
鎌倉時代に描かれた九相詩絵巻の、人が死んでから朽ち果て、ついには骨だけになるという段階を踏み「戒め」を強調した主旨とは違う観点から制作されているとのこと。
そのためなのか、鎌倉時代の「人が死んだらこうなるんだよ」というリアリズム重視の作品とは性格が異なっている。
鎌倉時代の九相詩絵巻は、修行のため煩悩を捨て去る目的で制作されたという。
と、いうことは僧侶=男性が鑑賞するための作品だったんだよね。
修行の目的のために女性死体を利用した、みたいな感じか。
松井冬子の作品は、男性対象に制作されているわけではない。
その死体である、女性自身が主役で、その女性が主張したいがための作品なのである。
「私の生き様ってこんなだったのよ」みたいな、ね。
なんとなく言ってる意味、解ってもらえるかしらん?(笑)
このシリーズはまだ続くようなので、今回鑑賞した5枚の他にどんな作品が仕上がるのか。
とても楽しみである。

第8章 ナルシシズム
この章で展開されていたのは3点の作品のみ。
「陰刻された四肢の祭壇」はとても大きな作品で、あとずさって遠目から鑑賞しないと全体像が掴めなかった。
内臓を引きずりながら歩いていると書いてあるけれど、何故彼女はあんなに穏やかに微笑んでいるんだろう?
争う動物達、手に持つ子宮と双子、胸に透けてみえる髑髏など鑑賞すればするほど謎を感じてしまう不思議な作品である。

第9章 彼方
最後のセクションでも平成21年から平成23年までの、最近の作品4点のみを展示。
この中の「無償の標本」はかつて「医学と芸術展 MEDICINE AND ART」で鑑賞済み。
「積年のドロドロした黒い塊を体内から少しずつ吐き出しながら、苦しんで描いていたような雰囲気が消えかかっているよう」だと書いてるね。(笑)
今回鑑賞しても、やっぱり同じ感想を持ってしまった。
平成22年作の「喪の寄り道」も、やや力不足な気がした。

初の大規模展覧会ということで、見応え充分!
松井冬子の全仕事を鑑賞することができて満足だった。
いくつかの作品には、松井冬子自身の言葉で解説がされていたのに、図録には収録されていなかったのが残念。
もう少しじっくり読んでみたかった文章だったからね!

前述した「医学と芸術点」のブログに
「松井冬子が前向きで明るい性格になり、『今までの怨みは全部忘れたわ』と視線が過去から未来に向かう日が来たら一体どんな作品になるんだろう?」
と書いたSNAKEPIPEだけれど、今回の展覧会で少しその答を知ることができたように思う。
やっぱり「ドロドロした黒い塊だった恨み」は、塊から粉状に変化し、もしかしたら強い風によって飛ばされ、形をとどめていないのかもしれない。
松井冬子にとって創造の源が負のエネルギーだったとすると、最近は幸せな日々を送っているのかな。
最近の作品はセルフカバー、かつて評判の良かった作品の練り直し、悪く言えば二番煎じのように感じられたからね。
そしてそれらが以前よりパワーアップしていたようには見えなかったように思うのはSNAKEPIPEだけだろうか。
一つだけ新しく感じたのは「従順と無垢の行進」の筆使いかな。
ここに今後の可能性があるのかもしれないね。

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