没後150年 歌川国芳展

【歌川国芳展のチラシ。鯉の表現が見事!】

SNAKEPIPE WROTE:

SNAKEPIPE今年初のブログは、「没後150年 歌川国芳展」について書いてみたいと思う。
国芳展については数ヶ月も前から情報を入手していて、絶対に観に行こうと決意を固めていた展覧会である。(おおげさ)
そう言っている割には開催されてから、少し時間が経ってからの鑑賞となってしまったね。
成人の日、長年来の友人Mを交えて、ROCKHURRAHと共に3人で六本木に向かったのである。

開催している森アーツセンターギャラリーは、先月にも「メタボリズムの未来都市展」を鑑賞した、今まで何度も通っている場所…と思いきや!
通常「森美術館」と呼んで、鑑賞していたのは53Fのギャラリーだったことが判明!
今回の歌川国芳展は52Fでの開催なので、かなり久しぶりに行く場所だったみたい。
恐らく52F展示会場がメジャーな催しで、53Fはアヴァンギャルドな展示が多いのかもしれないね。
友人MもSNAKEPIPEもアヴァンギャルド志向だからねえ。(笑)
52Fの展示会場入り口に人が並んでいるのを横目で見て、上に上がっていたことを思い出す。
52Fはメジャー系だからお客さんが多いんだ、と入り口で待たされながら気付くSNAKEPIPE。
恐ろしや!入場制限をかけられるほどの大盛況、会場はお客さんで溢れかえっていたのである。

「どうぞ」と案内の方にうながされて会場に入るなり、飛び込んできたのは人、人、人!
思わず友人Mと顔を見合わせてしまう。
ちょっと待ってよ!なんなの、この人の群は?
浮世絵の展覧会が初めてだったため、会場の様子や浮世絵のサイズについて想像していなかったSNAKEPIPE。
浮世絵ってサイズが小さいのね…。
そして一枚の浮世絵に群がる大勢の人達。
「入り口付近が一番混雑しているので、空いている場所からご鑑賞下さい」
なんてアナウンスまでされてるし。
「せっかく来たから、展示順を無視して観て回ろう」
とかなり奥のほうまで歩いて鑑賞を始める。
浮世絵の真正面でじっくり鑑賞できることは稀で、ほとんどが人と人の隙間から「覗き」みたいな感じで鑑賞するハメになってしまった。
こんな鑑賞スタイルになるとは非常に残念!
今更ながら浮世絵人気を思い知り、こういう展覧会もあるんだな、と再認識したSNAKEPIPEである。

展示は10の括りで分けられていたので、それぞれについて簡単に感想をまとめてみたいと思う。
1:武者絵―みなぎる力と躍動感

「入り口付近が最も混雑」の原因は、最初のチャプターに「武者絵」があったからなんだよね。
そして国芳の他の展覧会では「妖怪画」として括られていたジャンルも、今回の展示では混在していたので尚更大人気だったみたいね。
ものすごい迫力と色調に圧倒されてしまう。
どの作品も、とてもカッコ良いなあ!
こりゃ、人が動かなくなるのも納得だね。
一枚一枚ゆっくり鑑賞したくなるもん。
牛歩になるはずだわい。(古い)
調べてみると「武者絵の国芳」と言われていたと書いてある。
うん、確かに一番初めに結論を言うのは心苦しいけれど、この武者絵シリーズが一番ガツンと効いたね!
国芳の代表作とされる作品群は、ほとんどがこの「武者絵シリーズ」の展示になってたね。
今回の展覧会で絶対に鑑賞したかった「相馬の古内裏」も無事に「覗き」で拝観!
いやあ、カッコ良いことこの上なし!(笑)
1845-46年の作品とのこと。
ひ~!今から160年も前だよ~!
この想像力、素晴らしいね!

上の作品、「源頼光公館土蜘作妖怪図」の構図の斬新さを御覧なさいよ!
上斜め半分が妖怪なんだよね。
ほとんど水木しげるの世界よ!(笑)
1843年の作品だって。すごいっ!
ゲゲゲの鬼太郎好きにはたまらないね!

2:説話―物語とイメージ

古くからの故事伝説や物語を視覚化したシリーズ。
上は「龍宮玉取姫之図」1853年の作品。
荒れ狂う波の表現と、空想上の生き物であるドラゴンの躍動感が見事!
「藤原鎌足は唐から渡来の霊玉を途中で龍神に奪われるが、志渡の海女が竜宮へ潜入して取り返す。だが眷属に追われた海女は、自らの乳房の下を切って玉を隠し、ようやく敵から逃れ、鎌足に玉を渡して死ぬことになる」という部分を表現しているらしい。
波の間に見え隠れしている魚達が着物を着ているところが素晴らしい!

3:役者絵―人気役者のさまざまな姿

歌舞伎役者のブロマイド的な作品である。
友人Mは歌舞伎について詳しいので余計に楽しめたようだけれど、ほとんど知識のないSNAKEPIPEには構図とか色彩などを鑑賞するにとどまった。
それにしても歌舞伎役者の名前というのはずっと変わっていないんだねえ。
上は「坂東しうかの唐土姫・三代目尾上菊五郎の天竺冠者・五代目沢村宗十郎の斯波右衛門」1847年の作品。
ガマガエルの妖術を使っている場面らしいけど、なんとも斬新な構図だよね。

4:美人画―江戸の粋と団扇絵の美
浮世絵の美人画というと、浮世絵の中でも花形的な存在だと思うけれど、国芳に限っては少し様子が違っていた。
なんと、女の顔にほとんど違いがないのである。
武者絵や役者絵のイキイキとした雰囲気はあまり感じられない。
もしかしたら女の顔より男を描くほうが得意だったのかもしれないね。
「鏡面シリーズ」という女が鏡に映った自分の姿を描いている作品群は、鏡の縁にかけられた布まで描かれていて、なんとも凝った構成になっているのが興味深かった。

5:子ども絵―遊びと学び
こちらも美人画同様、かなりぞんざいな顔の描き方だった。
江戸時代の子供の「遊び」や「学び」を主題にした浮世絵、ということなので余計に面白みに欠けたのかもしれないけどね。
サーッと鑑賞しただけで終わりにしてしまった。(笑)

6:風景画―近代的なアングル
風景を描いたシリーズ。(まんまじゃん)
SNAKEPIPEには「東海道五十三次」との違いが感じられなかった。
ずっと前から「東海道五十三次は江戸時代のスナップフォト」と思っているSNAKEPIPEなので、人物描写を含めた秀逸な作品だと思っている。
歌川広重とは同年生まれの同時代絵師だったようなので、風景画に関しては広重のほうに軍配が上がりそう。
特別国芳らしさが表れてるな、と感じた作品は見当たらなかったな。

7:摺物と動物画―精緻な彫と摺
摺物というのは特別注文の非売品だった作品のことらしい。
木版技術の粋を集め、素材も金粉や銀粉などを使用したり上質の紙に摺っているとのこと。
江戸時代の印刷技術の高さにびっくり。
これらは恐らく印刷物になった状態で鑑賞しても、よく解らない部分かもしれないね。
とても美しい作品群だった。

8:戯画―溢れるウィットとユーモア

動物やダルマ、妖怪などを擬人化して江戸っ子に仕立てあげている作品である。
これも国芳の得意分野だったようで、とてもイキイキとしている。
ユニークな作品が多く、江戸時代の笑いについても考えさせられる。
意外と日本人の「笑い」というのは、江戸あたりから変化していないのかもしれないね?
非常に細かい部分まで精緻に描かれていて、観ていて飽きない。
それにしても、国芳はネコ好きで有名だったようで、確かにネコの絵が多いんだよね。
でも全然顔がかわいくないの。なんでだろう?(笑)
上の作品「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ」は複数の人で一人の男の顔を作っている寄せ絵である。
手の部分までも人で形作られていて、とても面白い。
16世紀のイタリアの画家、アルチンボルドの寄せ絵を感じさせるよね。
今回の展覧会では、鼻の部分の人が一番最後に飛び乗って顔を完成させるイメージフィルム(?)が流れていてニヤリとさせられた。

9:風俗・娯楽・情報
時事世相の報道メディア的な題材を錦絵にしたコーナーである。
そのため題材が幅広いのが特徴的だ。
浮世絵というのが当時の新聞・雑誌の代わりだったり、写真の前身だったということが良く解る。

10:肉筆画・板木・版本ほか
浮世絵というのは版画のことだけを指すんじゃないんだね。
いわゆる絵、肉筆画と呼ばれるモノも浮世絵の中に入るということを初めて知ったSNAKEPIPE。
皆様は御存知でしたかな?(笑)
最後のチャプターでは国芳の肉筆画、そして国芳の下絵を元に彫られた木版の展示などがされていた。
肉筆画はほとんどが美人画だったので、前述したように「同じ顔」オンパレードでイマイチ面白くなかった。
木版は、ものすごく細かく彫られていてびっくりした。

これもまた鑑賞後に得た知識だけれど、浮世絵の世界というのには必ず4人が関わっているらしいんだよね。
版元から依頼を受けた絵師が下絵を描き、それを彫師が彫り、摺師が色を乗せて擦る。
こういう役割分担があって一枚の浮世絵が出来上がるようなんだけど、一枚の作品となった時に名前が出るのは伝統的に絵師だけだったみたい。
恐らく「凄腕の彫師」とか「技を持った摺師」みたいな一流の職人はいたはずだけど、名前が出ることがない裏方稼業だったんだねえ。
そんなことを知ることができたのも、初めて浮世絵鑑賞をしたからなんだね。
人が多過ぎてキチンと鑑賞できたとは言い難い展覧会だったのは残念だけど、浮世絵をもっと知りたいと思うきっかけになったのは良かった。

国芳展は前期と後期の2期に分けられていて、作品のほとんどを総入れ替えするそうなので、本当はどちらの展覧会も鑑賞したいと思っていたんだけどね。
あの人の多さ、牛歩での鑑賞には正直ゲンナリしてしまったので、後期はパスだな。
今回の森アーツセンターギャラリーの対応にも問題アリだなと感じたしね。
お客さんの誘導もなし、白線を越えて鑑賞している人への注意喚起もしていない。
展覧会図録を会場でしか販売していない、なんてちょっとビックリ。
鑑賞した人しか買えないシステムにしてるんだよねえ。
森美術館はやっぱり53Fの展覧会に期待だね。(笑)

時に忘れられた人々【11】あの人の職務経歴編 B

【経歴ではなく人柄重視でお願いします】

ROCKHURRAH  WROTE:

前回のこの企画は特に好きでもない人々についてなぜか長々と書いてしまって、珍しくたった三人しか語れなかったな。情熱だけが饒舌の元じゃないって事だね。

さて、年も明けたし職務経歴編の第二弾を書いてみようか。

The Nipple Erectors – So Pissed Off

80年代半ばに登場したポーグスはアイリッシュ・トラッドとパンクをミックスさせた音楽スタイルで最も成功したバンドとして知られている。

パンクやニュー・ウェイブ以降の世代ではスキッズやテンポール・テューダーなどがトラッド要素を持ったバンドとして活動していた。が、これもあくまでも本来ならフォークのミュージシャンが結びつくような音楽にたまたまパンクだった人が結びついた、というような図式。だから演奏はロックやパンクの延長線上にあり、メロディだけがトラッド要素というものだった。
ポーグスの場合はその逆で演奏はバンジョーやマンドリンにアコーディオンといった生楽器、トラッドをやってるバンドと変わらないのに、乱暴な歌い方やテンポが性急でパンクに通じるものがあった。
特にヴォーカリスト、シェインは飲んだくれでケンカばかりしてるような印象がある名物男で、彼のチンピラ・カリスマ的個性で知名度を上げて行った。
最も知られているのは3rdアルバムからのヒット曲で今でもクリスマス・ソングとしては人気が高い「Fairytale Of New York」だろうか。個人的には「Sally MacLennane」や「Bottle Of Smoke」などの威勢の良い曲の方が好きだが。
シェインはその後、アル中でヘロヘロになってしまいバンドを脱退、というか追い出されたような形になったが、3rdまでのポーグスは本当に大好きで今でも愛聴してる。

さて、そのシェインがポーグス前にやってたのがThe Nipple Erectors(その後Nips)というパンク・バンド。これはパンク界では比較的有名なバンドなんで、知ってる人は知っているだろう。ただしポーグスがヒットしたから注目、再発掘されたようなバンドなんで、現役でやってた時代にはそんなに知名度はなかった。
ROCKHURRAHはパンク・ロック初期のバンドたちの映像を集めたビデオ、しかもVHSではなくてベータという今時の子供は誰も知らないような規格のテープ(古い・・・)を所持していたが、この冒頭でニップル・エレクターズをやる前くらいの時代のシェインの姿を確認出来る。クラッシュの「White Riot」をBGMに暴れまわるという映像だが、その時のビデオテープ版には全く何のクレジットもなくて、だからこの時のシェインは単なるよく目立つ一般人だったんじゃなかろうか?
このバンドは単純なスリー・コードだけどさすがにインパクトあるシェインの歌い方がカッコ良くて大好きなバンド。ちょっとテッズ風だったり時代によってはモッズ風の要素もあったけど、シェイン以外のメンバーの面構えもいいね。化粧濃い目の短髪女は後にメン・ゼイ・クドゥント・ハングでも活躍したな。
しかし「あの人の職務経歴」などと書いておきながらアイリッシュ+パンクの前がパンクだったというだけで、何ら飛躍がなく当たり前の展開に書いた本人もビックリ。もしかしてネタの選択を間違ったかな?ひねりが全くなくてごめん。

Killjoys – Johnny Won’t Get To Heaven

楽器についてあまり詳しくない一般的な人にフィドルと言っても通じない場合があるが、これはカントリーやブルーグラス、ケイジャンなどの民族的な音楽で使われるヴァイオリンの事だ。クラシック系と呼び名が違うだけね。
そのフィドルを曲のイントロで実に印象的に使った名曲「カモン・アイリーン」を80年代前半に大ヒットさせたのがデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズだ。
デキシーと名乗っていても船幽霊なわけではなく(当たり前か?)、れっきとしたイギリスのバンドでデキシーランド・ジャズとかの要素もなさそう。この曲の頃は全員で裸にオーバーオール、そして首にはバンダナという、何が由来なのかよくわからないスタイルも話題になったもんだ。英国北部で60年代モッズの時代に流行ったノーザン・ソウルっぽい音楽を再現してみました、という路線だったので、北部=炭鉱労動者=オーバーオールという三段論法で推理してみたが、自分でも全然しっくり来ないなあ。きっとこのルックスには「特に意味はない」という答えなんだろうね。
ROCKHURRAHもかつて試しに裸の上にオーバーオールを穿いてみた事があったが、肩に食い込むし、こんなんで作業出来るわけないよ。部屋着でもイヤ。というかこの場で個人的な着心地レビュー書いてる場合じゃないな(笑)。

そしてデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの中心だったのがモジャモジャ頭のヒゲ男、ケヴィン・ローランドだ。本当は色男なんだが大ヒットした頃はこのようにダーティでムサイ奴を演じてたわけだ。見た目の割には声が高いのが魅力なのか玉にキズなのかよくわからない。

その彼が70年代にやっていたのがキルジョイスというパンク・バンドだ。ガチャガチャしたラウドな演奏のロックンロールでROCKHURRAHも好きな感じだが、たぶん同時代にはシングルくらいしか出してないバンドだったはず。後にDVD化されたパンクのビデオがあって、そこに演奏シーンが収録されていて、シングルだけのバンドとしては珍しく鮮明な映像が残っている。メンバーに女性二人いて、長身のベース女はミニスカートで激しくベースを弾くというパフォーマンスがなかなかアグレッシブだ。そう言えば上に書いたニップル・エレクターズもポーグス初期も女ベーシストだったな。

パンク魂のまんまアイリッシュ・トラッドを取り込んだシェインと、パンクを捨ててアイリーンとの愛に走った男ケヴィン。ちょっと違うような路線でも似てる部分もあり、どちらも男の生きざまと言えるだろう。締まりのない締めくくりで申し訳ない。

ではまた来週。

2012年元旦

【SNAKEPIPE入魂の年賀状だジョー(ハタ坊)】

ROCKHURRAH WROTE:

誰もが思う最悪の年だった2011年がやっと終わり、気の利いた言葉も見つからないうちに新しい年となった。

いやホント、個人的にも疲労困憊だった引越しもあった、あれは6月の事だったなあ。
夏から秋にかけては珍しく体の不調が続き、自分の体にメスの刃が入ったのは小学生以来、という経験もあった。それとは別に個人的に最もショッキングだった出来事もあった(傍から見れば笑うような事だけど)。
大きな病気も怪我もない人生だったから今までが良すぎたんだろうけどね。
そんなわけで今までの人生で一番病院に通った一年だったなあ。
そして大好きだったバンド、ROBINの解散もショックだった。あれ以来行きたいライブもないまま一年が終わってしまったな。
良くない事だらけで暗い思いばかりの一年だったかと言うとそうでもないんだけどね。

というわけで心機一転、2012年はもう少し上向きの年にしたい、という思いで恒例の年賀状を制作してみたのが上の画像。
今年はSNAKEPIPEが頑張ってほとんど作ってくれたよ。
ROCKHURRAH RECORDSの今までにはなかった傾向のものにチャレンジしてみた。
一目見てわかる人はわかる、モホリ=ナギに代表されるバウハウス調デザインを取り入れた(ウチとしては)新境地。こないだの展覧会で二人ともすっかり影響受けてしまったの図。いつもの原色ハデハデじゃないところも新境地(笑)。
わからない人はここで過去の作品を参照してみてね。
ROCKHURRAHがやったのはSNAKEPIPEのデザインに文字を入れたのみ。
うーん、いいレタリングだよね(笑)。
ドイツが世界に誇るバンド、デイ・クルップスの歌詞をそのまま引用しただけだし、ドイツ語だからはっきりした意味は入力した本人にも不明なんだけど、何だか新時代を告げるようなニュアンスの言葉らしい。新年早々いいかげんでごめん。

というわけで今年は色んな意味で良くなりたいものだ。
本年もROCKHURRAH RECORDSをよろしくお願い致します。

ウィリアム・ブレイク版画展/メタボリズムの未来都市展

【ブレイク展とメタボ展を合わせた画像。意味不明。(笑)】

SNAKEPIPE WROTE:

長年来の友人Mから連絡をもらい、横浜美術館で開催中の松井冬子展へ誘われたのは今から2ヶ月ほど前のことである。
予定を合わせ、せっかくだからお昼は中華街にでも繰り出して豪勢にいこうか、などと約束の前日に電話していた時に
「げえっ!うそーーー!」
といきなり大声を出す友人M。
何事かと思い聞いてみると、な、なんと!
約束をしていた木曜日は横浜美術館の休館日!
せっかくの計画がお流れになってしまった。
二人共全く休館日のことを調べていなかったとはなんとも不覚!深く反省!(ぷっ)
それでも「アート鑑賞をしたい確率95%と推測されます」という、ゼルダのファイに指摘される状況だったので、今鑑賞できる面白そうな企画はないものか、と調べまくったのである。
ROCKHURRAHも一緒に調べてくれて、探し当てたのがウィリアム・ブレイク版画展。
これは良い!と横浜から急遽上野に行き先を変えたのである。

上野は中田商店動物園に行く用事で年に何度か訪れる場所である。
そういえば今年の花見も上野公園に行ったんだっけ。
身近に感じられる土地だけれど、上野に点在する美術館や博物館の全てを巡った記憶がほとんどない。
今回ウィリアム・ブレイク版画展を開催している国立西洋美術館にはもしかしたら初めて行ったのではないだろうか。
現在開催している目玉はゴヤ展なので、ウィリアム・ブレイク展はオマケ程度の扱いだろうと予想はしていたけれど、ここまで予想的中とは!
常設展の中の一角に設けられた特設会場といった感じで、その場所に行くまでの道のりの長いこと、長いこと!
友人MもSNAKEPIPEもあまり興味を示さないような何枚もの「西洋絵画」を通り抜け、移動距離にして恐らく1万マイル程歩いて(大げさ)やっと会場に到着。参るな!(プッ)

ウィリアム・ブレイクは1757年イギリス生まれの詩人、画家、版画職人である。
「当時、英国の版画家たちの主な仕事は、画家から提供された原画を忠実に複製することでした。この趨勢に抗い、自らの創意に従って制作を進めたブレイクは、異色の存在であったと言えるでしょう。」
という西洋美術館の説明にあるように、ブレイクは独自のセンスと創造力で作品作りをしていたようである。
そしてその仕事は同時代人にはほとんど理解されることはなかった、という悲しい事実も初めて知ったSNAKEPIPE。
今では世界中にファンがたくさんいるのにね!
多くのアーティストに多大な影響を与えていることは、wikipediaなどでご確認頂きたいと思う。
実はSNAKEPIPEはブレイクについてそこまで詳しいわけではなくて、興味の対象となったきっかけは、トマス・ハリスの著作「レッド・ドラゴン」の巻頭に「巨大な赤い龍と太陽の衣をまとった女」というブレイクの水彩画が載っていたこと。
小説の中でかなり重要な役割を担っていたこの絵画がとても幻想的で、すっかり魅了されたSNAKEPIPE。
ウィリアム・ブレイクと聞いて初めに思い浮かべたのが「レッド・ドラゴン」というのは友人Mも同じだったようである。

今回の版画展では、旧約聖書「ヨブ記」やダンテの「神曲」の挿絵が展示されていた。
エングレービングという版画の技法で制作された30点程を鑑賞することができる。
細部まで丁寧に描きこまれた幻想的な世界観は、非常に魅力的で、是非ブレイクの挿絵付き「ヨブ記」と「神曲」を入手し、読んでみたいと思ったSNAKEPIPE。
だけど本の挿絵なので、B5くらいの小ささしかないんだよね!
しかも大人気のゴヤのあとで「ついでだから」みたいな人が大勢いる中、この展示だけを目的に来た友人MとSNAKEPIPEには非常に残念な鑑賞時間になってしまった。
せめて図録やポストカードを手に入れたいと思ったのに、ブレイク関連は全く販売されていない。
うーん、とってもガッカリ!

ブレイク展だけではとても「アート鑑賞満足度」がアップしなかったので、もう一つ観に行こうということで六本木に移動。
森アーツセンターギャラリーで開催されている「歌川国芳展」はROCKHURRAHを加えた3人で行く予定なので今回はパス!
ということで「メタボリズムの未来都市展」を鑑賞することに決定!
恐らくほとんどの方が「えっ?メタボ?」と腹回りのサイズを気にする例のあの言葉を思い浮かべるはずであり、SNAKEPIPE自身も同じように思っていたのである。
ところが!なんとこれは「1960年に開催された『世界デザイン会議』を機に、建築家の黒川紀章菊竹清訓槇文彦大髙正人、デザイナーの栄久庵憲司粟津潔、建築評論家の川添登らによって結成されたグループの活動」とのこと。


「生物学用語で『新陳代謝』を意味する『メタボリズム』。それは、環境にすばやく適応する生き物のように次々と姿を変えながら増殖していく建築や都市のイメージでした。戦争で荒廃した日本が復興し高度経済成長期へと移行した時代に、東京湾を横断して伸びていく海上都市、高く延びるビル群を車が走る空中回廊でつないだ都市などを発想し、未来の都市像を考える活動でした。」

SNAKEPIPEが少し文章を要約したけれど、メタボリズムの活動とはなんぞや?には上のような説明がされている。
建築家を中心により良い社会、環境との共存、狭い日本の土地問題など、様々な観点から都市計画を考えていたグループ、といえるんだろうね。
そしてこの計画というのが、奇想天外なモノ、いわゆるSF的な感じの建築、などがたくさんあって非常に興味深い。
1950年代から1960年代の建築家というのは、空想を実現する力があったんだね!
それらのほとんどが計画のみで「実施せず」とされていたので、何かしらの原因があって実現には及ばなかったんだろうけど、発想の豊かさには驚かされる。
もしそれらの計画が全て実施されていたら、現代の日本はかなり変わっていたんだろうね。
ただし、DNAらせん状の家とか、ビッチリと横並びに並んだ幾何学模様型の建築などは、方向音痴のSNAKEPIPEには厳しいかもしれないな。
自分の家に帰れない人続出、なんて事態が大量発生しそう。(笑)

どの世界でも同じだと思うけれど、例えば写真家といえば?などと質問をした場合、恐らく返ってくる答は「アラーキー篠山紀信!」の二人くらいだと思う。
この現象ってきっと30年前から変わってないような気がするけどどうだろう?
そして同じことが建築の世界にもあるように感じる。
というのも、SNAKEPIPE自身が「建築家といえば?」と質問を受けた場合に、知っているのが「磯崎新と黒川紀章」しかいなかったからである。(笑)
以前建築を志している友人と話をした時その話になり、SNAKEPIPEが2名しか知らないことを打ち明けると非常に驚かれたものだ。
えっ、それしか知らないの?と思ったに違いない。
でもきっとその友人に写真家について尋ねたら同じレベルだっただろうね。
今回展示で紹介されていた建築家も、初めて名前を知った人ばかり。
その世界に入らないと知らないことっていっぱいあるもんね!

50年も前に斬新な空想力で都市の変革を真剣に考えていた日本の建築家がいたことを知ることができて、今回の「メタボリズム」展を鑑賞できて良かったと思う。
それにしても図録4800円は高過ぎ!買えましぇ~ん!(涙)