【今回紹介した4人が出演しているCF特集】

SNAKEPIPE WROTE:

2017年もあっという間に4分の1が経過して、気が付いてみるとゴルフの世界で最も有名なメジャー大会、マスターズ・トーナメントの季節になってるんだよね。
80年代ニューウェーブやパンク・ロック、現代アートやサブカルチャーを得意としているROCKHURRAH RECORDSには珍しくスポーツの話題から入ってしまったよ。(笑)
スポーツ全般に全く興味がなかったSNAKEPIPEが、任天堂のゲームwiiでゴルフゲームに夢中になってしまったことがゴルフとの出会いなんだよね。
これが今から何年か前の話。

どの世界でも共通だと思うけど、実際に自分が体験すると今まで知らなかった楽しさや苦労が分かってくる。
ゲームの中で遊んでいるだけでも充分楽しかったけれど、たまたまLPGA(日本女子ゴルフ)のテレビ中継を目にしたSNAKEPIPEは、初めて実際の試合を観て更にその面白さに興味を持ったのである。
それが2015年のスタジオアリス女子オープン。
その時優勝したのは成田美寿々で、その爽やかさにすっかりファンになってしまった。(笑)
以来、毎週のようにかかさずゴルフ中継を観続けているROCKHURRAH RECORDSである。
日本女子だけでは物足りなくなり、アメリカPGAツアーゴルフ中継も同時進行で鑑賞する始末!
ゴルフ鑑賞だけで何時間かけてるんだろう?(笑)
アメリカPGAツアーは世界のトップランカーがミラクルショットを連発する、まるでマジックショーのような驚きや興奮を与えてくれるエンターテインメント!
今ではすっかりゴルファーの顔と名前が一致しているので、面白さは倍増だね。(笑)

アメリカPGAツアーは賞金額が高いんだよね。
ちなみに、2017年3月12日の段階での賞金ランキングは1位が松山英樹!
堂々の$4,449,498獲得、日本円で約5億円!
今シーズン2回優勝しているし、トップ10位以内に複数回ランクインしているからね。
平均的な日本人が稼ぐお金がいくらなのか知らないけど、半年間くらいで5億稼げる人は滅多にいないよね。
しかもまだ25歳という若さで!
優勝すると日本円で1億円以上の賞金を獲得することが多いんだよね。
アメリカを主戦場にしている日本人は他にもいて、例えば石川遼は111位で$289,059、日本円で3200万獲得している。
予選落ちが続いているはずの岩田寛ですら141位で$179,133、日本円で約2000万円獲得だって!
予選通過しただけで一般的な日本人の収入よりも多いとは驚きだよね。
ちなみに個人プレーということで、テニスの場合はどうかと調べてみたんだけど。
2017年3月6日での賞金ランキング1位はスイスのロジャー・フェデラーで$2,808,360、日本円で約3億1600万!
松山の5億には及ばないし、全体的にゴルファーの賞金ほどに稼いでいないみたいだよ。

前フリが長くなってしまったけれど、今回のSNAKEPIPE SHOWROOMは世界的に有名な男子ゴルファーのお宅を紹介してみようと思う。
ただし、世界中で大会が開催されているのでプロゴルファーともなると家が一つだけじゃないみたいなんだよね。
家の売り買いも頻繁に行われているようなので、「かつて所有していた」とか「現在売りに出ている」というような情報が混ざっている可能性大だけど、「関わりがあった」ということで良しとしよう。(笑)

年齢順に(?)最初はフィル・ミケルソンにしてみようか。
ミケルソンはアメリカ・カリフォルニア州出身、1970年生まれの46歳。
PGAツアー42勝、生涯獲得賞金ランキング2位という大ベテランである。
レフティ(左打ち)が特徴で、トリッキーなプレイをして観客を湧かせることが多い。
2016年の全英オープンでは、ヘンリク・ステンソンとの歴史に残る震えるような試合をみせてくれたね!
Wikipediaに載っていた2015年までの獲得賞金は、$77,452,710日本円で87億を超えているよ!

そんなお金持ちのミケルソンが2015年に売りに出した家というのがこちら。
カリフォルニア州ランチョ サンタフェは高級住宅地なんだって?
9200平方フィートの広さに邸宅、2つのゲストハウス、プールなどがある。(写真②)
邸宅には6つの寝室とバスルームを完備。
まるで高級レストランの厨房みたいなキッチンだよね。(写真③)
パーティにも充分対応できる広さだね!
説明書きにあった「スチームシャワー」がこの画像かな?(写真④)
ガラス張りのシャワー室の壁には美しい装飾が施されているね。

この敷地以外に5エーカーの土地があり、3ホール分のグリーンがあるという。(写真①)
さすがにゴルファーは専用のグリーン持ってるよね。(笑)
この物件は$5.725 million、日本円で約6億4千万円で売却されたという。
次に買う人もプロゴルファーか、もしくはゴルフ大好きな人だろうね。(笑)

続いてもレフティのゴルファーの登場だよ!
ババ・ワトソンは1978年生まれの38歳。
PGAツアー9勝、世界ランクの最高位は2位を記録する選手である。
飛ばし屋として有名で、ゴルフ中継の時にはいつも不機嫌そうな顔をしているので、怖い人なのかと思っていたSNAKEPIPE。
ところが昨年2016年8月にROCKHURRAHが書いた「ROCKHURRAH RECORDS残暑見舞い2016」で紹介されていたように、ベン・クレインハンター・メイハンリッキー・ファウラーと共に「Golf Boys」というグループを結成しているんだよね。
このミュージックビデオでは、ゴルファーというよりもコメディアンみたいな茶目っ気を見せているプロゴルファー達。
怖そうと思っていたババ・ワトソンの印象が変わったね。(笑)

更にババ・ワトソンは「Bubba’s Jetpack」というゴルフ場を飛行移動できる乗り物やホバークラフトをOakleyと共同開発して、乗りこなしてるんだよね!
youtubeでその様子を見ることができるんだけど、ここでもまたババ・ワトソンのイメージが変わってきたよ。
楽しいことが大好きな人なんだね。

ババ・ワトソンがどんな人なのか分かったところで、やっと物件の紹介に入ろうか。
かつてタイガー・ウッズが所有していたという0.5エーカーの敷地があるフロリダの邸宅で、すでに売却されている物件なんだよね。(写真①)
ババ・ワトソンが購入したのは2013年で、およそ3年の間に大幅な改築をしたらしい。
7つの寝室、8つのバスルームがあるという。(写真⑤)
特に力を入れてリノベーションしたというキッチンがここかな?(写真②、③)
ゲーム室(写真⑧)や劇場(写真④)まで完備されているので、ババ・ワトソンが趣味の世界を大事にしていることが分かるよね。
商売道具であるゴルフ用品をメンテナンスする部屋まであるのはさすがだね。(写真⑦)
屋外施設も充実していて、プライベートの船着場があり、アウトドア用のキッチンまであるとは!(写真⑨)
「遊び」が大好きなババ・ワトソンなんだね。
そしてこの物件は$4.2 million、日本円で4億6700万円で売却されたという。
この広さと設備を考えたらお買い得に感じてしまうね。(笑)
計算間違ってないよね?

続いては、先程紹介した「Golf Boys」のメンバーの一人であるリッキー・ファウラーに登場してもらおうか。
リッキー・ファウラーは1988年生まれの28歳。
お祖父さんが日系人ということで、4分の1は日本人の血が入っているアメリカ人なんだよね。
「田中実」とお祖父さんの名前を上腕内側に入れ墨するほど、お祖父さんのことを尊敬しているという。
プロゴルファーは家族を大事にしている人が多いよね。
試合中には完全なポーカーフェイスを貫き、 アイドル系の顔立ちに似合わない攻めのゴルフをするのが特徴。
違う色を着ていると違和感を感じてしまうほど、リッキー・ファウラーといえばオレンジ色なんだよね。
帽子や靴にもオレンジ色を取り入れて、色合わせするファッションには共感を覚えるSNAKEPIPEだよ。(笑)

リッキー・ファウラーも「Golf Boys」の時にはおどけてノリノリな様子。
試合中のポーカーフェイスが嘘みたいだよね。
元々はモトクロスのレーサーだったという。
右の画像は恐らく雑誌の記事だと思うので、少年時代から注目される選手だったんだろうね。
14歳でゴルフに転向し、ほとんど独学だというから驚いてしまうよ。(笑)
それでPGAツアー4勝、世界ランク最高位が5位だって。

今回紹介するのはリッキー・ファウラーが購入した物件ね!
フロリダのウォーターフロントにある4600平方フィートの敷地面積がある家。
ゴルフの練習もできる環境だよね。(写真①)
キッチンもすっきりしていて機能的。(写真②)
白を基調にしたシックな雰囲気の室内は、4つの寝室と5つのバスルームがある。(写真③)
リノベーションしたウォークインクローゼット。(写真④)
屋外は0.5エーカーの敷地があり、プールやリフト付きのプライベートな船着場も完備。
前述のババ・ワトソンと同じだね。
マイ・ボートを持ってるから、そのまま川に出て釣りをしたりクルージングしたり。
ゆったりした時間を過ごせそうだよね!
ちなみにこの物件のお値段は$2.85 million、日本円で約3億1700万円。
またもや「お買い得」と思ってしまったけど、本当にお値段間違ってない?(笑)

最後は昨年の年間王者に輝いたローリー・マキロイね。
ローリー・マキロイはアイルランド出身、1989年生まれの27歳。
PGAツアー11勝、世界ランク最高位1位獲得、ゴルフのメジャー選手権はマスターズ以外は全て制覇!
残るマスターズで優勝するとグランドスラムを達成することになるんだね。
ローリー・マキロイの特徴は、鍛え抜かれた肉体だね。
ゴルファーで初めて筋肉を鍛えるような雑誌の表紙を飾ったと話題になっていたっけ。
肉体改造することでゴルフも変わってきてるみたいだね。
解説の羽川豊さんは「鍛え過ぎて飛び過ぎ」と発言してたしね。(笑)

これから紹介するのは北アイルランド、ベルファストの、かつてローリー・マキロイが所有していた物件なんだよね。
ゴルフの練習場やパッティンググリーンを兼ね備え、池やテニスコートも見えるよね。(写真①)
邸宅は5つの寝室があるという。(写真②)
窓の大きなリビングは開放感があるね。(写真③)
吹き抜けになってい様子を2階から見ているってことだよね?
当然のようにジムも完備されているよ。(写真⑤)
日常的に鍛えないとね!(笑)
大スクリーンで映画やゲームかな?(写真⑥)
この物件はベルファスト国際空港から18マイル(約29km)という立地の良さもあり、似た物件より割高だという。
さて気になるお値段は?
£2.5m、日本円で約3億円!
写真①の敷地面積や室内の様子でも、3億以上の価値がありそうだと思ってしまうね。
しかもゴルフファンなら余計に気になる物件だよね?(笑)

今回はSNAKEPIPE SHOWROOMには珍しい企画にしてみたよ!
物件が気になるというよりは、プロゴルファーがどんな家に住んでいる(いた)のか、興味があったからね。
もしかしたら第二弾も企画するかも?(笑)
4月6日からのマスターズが今から楽しみだね!

【今回のテーマを何となく三流映画ポスター風にしてみた】

ROCKHURRAH WROTE:

書いた本人もここまで続くとは夢にも思ってなかった「情熱パフォーマンス」その第四弾を今日は認めてみようか。 認めて、じゃわかりにくいがこれは「したためて」と読む。

タイトルの意味を考えなくてもわかるが、この特集では「何だかよくわからんが情熱的に見えるかも知れない」映像を選んで紹介している。
ただ、ROCKHURRAHが今までにピックアップしたのは大半が70〜80年代のもので、中には誰も知らんようなインディーズのビデオも多数。
みんなが知っている、金をかけて丁寧に作られたプロモーション・ビデオとは随分違ったB級映像が多いので、テレビでやってるような面白映像特集とは違うとあらかじめ断っておくよ。
たぶんもっと探せばエモーショナルなものはたくさんあるだろうけど、たまたま元から知ってたり見つけたりしたものだけしか書いてないというわけね。
個人でやってる事だから調べにも限界があるし、情熱ベストテンみたいな感じにはならないし、オチもないが、そこは許してね。
どんどん言い訳長くなるなあ。

【殴る 蹴る!】
Howard Devoto〜Luxuria

おっと、いきなり威勢のよい情熱パフォーマンスが期待出来そうなテーマだね。
殴るとか蹴るとかは物騒で嫌いな人は多いだろうが、太古の昔から人間が自然にやってきたアクションのひとつだからなあ。そういう原初的アクションで一番多いのはたぶん「逃げる」じゃなかろうかと思うが、専門家でもないからハッキリはわからないよ。

ROCKHURRAHは子供の時に「空手バカ一代」などの格闘漫画が意外と好きで全巻集めてたもんだ。しかもなぜか父親の部屋に大山倍達の自伝のような本があり、それを読んで変な感銘を受けた記憶がある。片方の眉毛を剃って山ごもり修行(生えるまで出てこれない)とかね。

今とは違ってなのか今でもなのかは不明だが、空手と聞くと偏見を示す親が多いし、実際に通った学校でも柔道部はあっても空手部はなかった。やっぱり危険があるからというPTAの圧力なのかね?
そう言えば家の近場に空手道場があって、友達と見に行った事もあったな。
影響は受けたものの別に空手がやりたいと願ったわけでなく、ただ空手家というのを見てみたかっただけ。
想像したのは窓の木枠から覗くと気合の入った掛け声がしてて、活気のある組手とかしてるという典型的な絵柄だったんだけど・・・実際は全く人の気配もなくてがっかりしたもんだ。二度と行かなかったけどちゃんと門下生がいて稽古とかやってたんだろうか?

ブルース・リーの影響で誰でもクンフーの真似事をして10人にひとりは通販で買ったヌンチャクやトンファー持ってたような時代もあったな。ROCKHURRAHもその一人でヌンチャク持ってたが、真ん中の鎖が肉に食い込む気がして使いづらかった記憶だけ残ってる。ブルース・リーのマネだから無論上半身ハダカでやってたんだろうが、別にそこまでマネしなくても服着てやれば良かったな。バカな子供時代だったよ。
毎回全然関係ない回想になってしまうのが情けない・・・。

さて、そんなエピソードとはまるで関係なかった殴る蹴るだが、この暴力的表現のプロモに果敢に挑戦したのが、そういうのがとても似合いそうにないこの人、ハワード・ディヴォートだ。

ROCKHURRAHのブログにも何回も登場してるけど、パンク史上に燦然と輝くバズコックスの初代ヴォーカリストだったのがこの人だった。
この頃の「Boredom」や「Breakdown」などは今でも愛聴しているパンクの大傑作。
このシングル一枚だけでバズコックスを早々に脱退してしまったから、1stアルバムから聴いてるよというファンでも、入手困難だった「Spiral Scratch(1stシングル)」を買わない限りハワード・ディヴォートのヴォーカルは知らなかったりする。
今の時代じゃなくてリアルタイムでの話ね。

で、やめた後は(バズコックス全盛期と同じ時代に)マガジンというバンドを始めて、パンクとはまた違うアプローチで独自の音楽世界を作ってゆく。
聴いた人だったらわかる通り、かなり粘着質のいやらしいヴォーカル・スタイルで頭が禿げ上がった顔つきも不気味だし、特に女性受けはしなさそうな雰囲気が満々のバンドだったね。
この怪しい、妖しい屈折した世界こそが最大の魅力で、ROCKHURRAHも大好きだったバンドだ。
パンクではなくてニュー・ウェイブという音楽を最も感じたのがROCKHURRAHにとってはこの時代のマガジンであり、XTCやワイアーなどだった。
そのマガジンも1981年には解散してしまい、ファンは彼がこの後どうなるのか再起を願って待っていた。

そしてやっとこの話に辿り着いたよ。
満を持してソロとして1983年に出たのが上の曲「Rainy Season」というわけだ。マガジンの最後の方も割と明るく健康的なイメージになってしまい、古くからのファンはちょっと物足りなかったと個人的な感想を持ってたが、これまた従来のハワード・ディヴォートの退廃的で気怠いイメージとは違った清々しい曲調。
大半の人がこの人に求めてた音楽とは違うような気がするけど、その辺は関係者じゃないからよくはわからん。83年というとまだまだネオ・サイケとかのダークな音楽がもてはやされた時期なんだけど、敢えてそういう音楽とは一線を画したんだろうかね?

問題のビデオの方は暴力的表現とはまるで無縁だからショッキングな描写苦手な人も安心して下さい。ハッキリは不明だけど、どうやら別れた彼女が出ていこうとしてるところをこっそり覗きに来た男の話なのかな?ストーカー?暴力よりももっと卑劣な気がするが、このストーカー行為が妙に似合ってしまう男、ハワード・ディヴォートもいかがなものか。しかも未練たらたらという設定の相手の女の方も、割とどうでもいいタイプ。
後半に苛立ち、ヤケになって、出た!飛び蹴り!(笑)
マガジンの頃は極めて気怠い歌声で、こういうアクティブな事をしそうにないと勝手に思ってただけにこの情けない飛び蹴りには唖然としたよ。マガジンではステージの映像以外はほとんどなかったけどこのソロへの意欲の表れなのか、ヤブの中を進んだり燃えたり埋まったり、結構体張った演技してるな。

このソロ以降、ハワード・ディヴォートの中で何か吹っ切れたものがあったのか、ただ面白くなさげに歌うだけではなく、パフォーマーとしての素質が開花してゆく。
1986年には元キュアーやピート・シェリー(ディヴォートが脱退した後のバズコックス)のバンドにいたというNokoなる人物とラグジュリアというユニットを結成する。
名前から勝手に判断して女性とのデュエットか何かだと思ってたけど全然違ってた。
うーん、ノコ?知らんなあ。
このユニットやってた当時はMTV系の番組を全然観てなかったしレコード・ジャケットはダンボールみたいだったし、買うまでに至らなかったのだ。
マガジンやソロの時は中途半端に横や後ろの髪を伸ばしてて、余計に禿げた額が強調されて不気味だったけど、こんな風にすっきり刈ってしまえば良かったんだね、デビュー10年目にして今頃やっと気付いたかディヴォート(笑)。うん、この髪型だったらとても似合うよ。

88年くらいに出たのがこの1stシングル「Redneck」だ。
こちらでは緊縛される、その後激しく殴る、回る、などなど意味不明のハンドパワーが炸裂する情熱パフォーマンスを惜しげもなく披露してくれる。マジシャンかよ、と思ってしまうくらい。
マガジンのライブを現地で観たわけじゃないから昔からこういうステージ・アクションのあった人なのかどうかは不明だけど、こんなに動く人だったんだね。
ラグジュリアの曲もノコのギタープレイも明らかにメジャー志向でいつヒットしてもおかしくない音楽性だったのに、たぶんあまり売れなかったんだろうな。
むしろせっかくのキャラクターなんだから、不気味で粘着質を極めた方が良かったんじゃないかと個人的には思ってしまうけどね。

【白ける!】
Sort Sol(with Lydia Lunch) / Boy-Girl

「白ける」という言葉自体が情熱的とは言い難いし「!」マークも似合わない気がするが、気のせいか?あらら、この記事から流用したフレーズだな。セルフ盗作。

近年では日常会話で白けるなんてあまり言わないような気がするが、どんな時代にでも同じような意味の若者言葉は出て来るんだろうね。新しい言葉が出てくるだけ老人よりまだマシか。

1970〜80年代には珍しかったデンマーク出身のバンドがこのソート・ソルだった。僧と剃るではない。
このバンドの前身がパンク時代に活躍したかどうか不明だが、とにかく知名度はおそろしく低かったバンド、Sodsという。後の時代の発掘者によって多少は知られる存在になったと思うけど、これを偶然持ってた奇特な一人がROCKHURRAHだったのだ。
自分で作ったベスト盤のカセット・テープ(時代ですな)に彼らの「Television Sect」とか録音してかけまくってたから、ROCKHURRAHが働いてた店の客は知らず知らず聴いてるはず。え?知らん?
いかにもパンクなジャケットで音も期待通りのラウドなものだったから嬉しくなって吹聴していたけど、覚えてる人も皆無だろうな。

このソッズ、カタカナで書くと情けないが、実はそれを入手するより前に出会ったのが80年代初期に一世を風靡した、ベガーズ・バンケット傘下の4ADというレコード・レーベルにて。
このレーベル所属アーティストたちによるコンピレーション・アルバム「暗闇の舞踏会」というのが出て、ROCKHURRAHも飛びついて買ったんだけど、バウハウスやバースデイ・パーティ、リマ・リマなど伝説のバンドに混じって妙に耳に残る曲が収録されていた。それがソート・ソルの「Marble Station」だったのだ。ソート・ソル=ソッズというわけで探したわけでなくて、後になってソッズが同一のバンドだと気付いたというわけ。

その後、1983年に出た1stアルバムでどういう縁があったのか知らないが、アメリカの裏女王といつもROCKHURRAHが評しているリディア・ランチと共演している。これはその貴重なビデオなのだ。

ちょっと前にも書いたが、ヒステリックで落ち着きのない、70年代ニューヨークの前衛的音楽として話題になったのがノー・ウェイブと呼ばれるムーブメント(?)。
リディア・ランチはその一派で活躍した、ティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークスの金切り声ヴォーカルとして伝説的に有名な女性だ。
その後の絶叫金切り声ヴォーカリスト達に多大な影響を与えた偉大なパイオニアですな。
本当にこの当時のリディア・ランチはアングラ・パワー満開のものすごいインパクト。

その後はソロになってアンニュイにジャズっぽくなってみたり、バースデイ・パーティの美形ギタリスト、ローランド・ハワードやニック・ケイヴ、当時の恋人だったジム・フィータスと共演したり、どちらかというと人の作品のゲストとしてよく知られている。
自分自身の作品よりもよそのビデオに出演してる方がよく見かけるもんね。

さて、そのソート・ソル、長く続いてるしデンマークではそこそこの人気はあるんだと推測するが(デンマーク映画のサントラとかも手がけてる)、日本ではほとんど無名に近い存在。
ここのヴォーカリストSteen Jørgensen(読めん)も眉毛がなくて後ろ髪だけ長い、昔の暴走族みたいな凶相だな。
「撮影中にガム噛むのやめなさい」とか言ってもヤンキーだから聞く耳持たないんだろうな、ざけんなよ。
曲はラウドなカウパンク調のリズムで好みな感じなんだが、この男が実につまらなさそうな表情で歌い上げる。TV画面の中のリディアはそれに対して、実に嫌そうにふてくされて白けた顔つきで二番を歌い、最後にキレておしまい。何じゃこりゃ「そのココロは?」と聞きたくなってしまうくらい、愛想も尽きた心の通じ合わない映像だな。
何しろアングラの女王なもんで、知名度の割には動いた鮮明な映像が驚くほど残ってないのがリディア・ランチなのだ。おばちゃんになる前の、全盛期に割と近い(1984年)姿で動いてる貴重な映像だと思う。情熱パフォーマンスとしてはかなり苦しいが、この見事な白けっぷりが見てもらいたかっただけ。

【吹っ飛ぶ!】
Kate Bush / Army Dreamers

「吹っ飛ぶ」は自発的なパフォーマンスとは言い難い気がするが、派手さという点では申し分ないので被害者には申し訳ないがまあいいか。自分が吹っ飛んじまうのはごめんだが。
さて、タイトルがアーミーときて吹っ飛ぶ、とくれば見なくても大体内容はわかるというものだ。予想を覆すようなのは用意出来なかったよ。

ROCKHURRAHはまだ故郷の小倉にいた頃、スクーターの事故で中央分離帯に突っ込んでえらく危ない目に遭った事がある。つつじの枝がちょっと腹に刺さったけど死んだりしなくて良かった。これが唯一の吹っ飛び体験。あん?関係ないよね。

誰もが認めるウィスパー・ヴォイスの第一人者、ケイト・ブッシュはROCKHURRAHが好んで取り上げるニュー・ウェイブ系のアーティストではないけど、時代的にはピッタリ一致しているので珍しくもここで取り上げる事にしよう。何だか偉そうな書き方だな。

ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアとアラン・パーソンズ・プロジェクトのオーケストラ・アレンジを手がけてたアンドリュー・パウエル(個人的にはコックニー・レベルが印象的)によってプロデュースされた曲が大ヒットしたのが1978年。
デビュー前の諸事情があったのは確かだけどその辺を知らないこちらとしては「彗星のように登場した」美人女性シンガーと言う事で、日本でも大々的に売れたのを覚えてるよ。
まるでアイドルのようなルックスだけど歌は本物だし、流れとしてはアイドルのポップスというよりはプログレの系譜だし、ヴィジュアル的にロクなのがいなかった当時のロックの世界に久々に登場したスター性のある女性シンガーだったわけだな。
ウィスパー・ヴォイスとは書いたものの、いわゆるロリータっぽさはなくてデビュー時から魔女とか妖精とかそんな感じ。
がしかし、残念ながらその活動が認められてコンスタントに売れたのはイギリス本国だけで、他の国ではそこまで人気が浸透しないうちに飽きられてしまったという気がする。

この曲は1980年に出た7枚目のシングル曲。その直前の「バブーシュカ」がヒットしたのでこちらは全然印象にないな。
デビュー曲から全曲ちゃんとしたプロモーション・ビデオを作っていたのはこの時代ではまだ珍しいけど、ケイト・ブッシュは自信のあるパントマイムや露出度の高い(がさほどセクシーではない)、体を張った映像を作り続けていたのが偉いね。こういうのが普及する時代を予見してたわけだからね。いわゆるMTVがまだなかった頃だから、日本では同時代には知られてない映像だったんじゃなかろうか。
戦場でお目々バッチリの化粧などけしからん、などと怒られそうだがそのうち吹っ飛ぶわけだから大目に見てやってよ。

【ぶった斬る!】
The Plasmatics / Butcher Baby

最後はこれ、ぶった斬る。日常生活でこのアクションをしてるのは辻斬りか木こりくらいのものだろうか?まあ表現としてはポピュラーだけど自分自身では滅多にやらない行為だと思うよ。

剣や刀を使ったゲームは多いから、そういうのでぶった斬る疑似体験は出来るだろう。
最近は全然ゲームをしなくなったROCKHURRAHだけど、一時期はかなりの時間をゲームに費やしていた。元々は「ゼルダの伝説」が大好きでゲームキューブ版の「風のタクト」などはSNAKEPIPEと二人で熱狂して攻略していった思い出がある。SNAKEPIPEはあの2頭身の子供リンクがお気に入りだったんだよ。巷で話題のNintendo Switchの新しいゼルダもいつかはやりたいけど、今はまだ予定なしだな。
「モンスターハンター」もネットワークなしで最も長い時間プレイしたゲームかも知れない。武器や防具を作るために死ぬほど駆けずり回ったからね。あれで作った片手剣や大剣などは「ぶった斬る」のニュアンスに最も近いものじゃなかろうか。

さてそのぶった斬るという派手な情熱パフォーマンスに挑戦して、のみならずライブでは日常的に斬りまくってたのがアメリカのパンク・バンド、プラズマティックスだ。
「1977年にニューヨークで結成」などと紹介されているが、いわゆるニューヨーク・パンクとして取り上げられる事はあまりないから、きっと仲間はずれだったんだろう(テキトーに書いただけで詳細は不明)。キワモノだしね。
ウェンディ・O・ウィリアムスという裸にビニールテープ貼っただけの女性ヴォーカルによる過激パフォーマンスで有名で、確か最初の頃はベーシストが日本人だった。メンバー全員「マッドマックス」シリーズのどれかに悪役としてそのまんま登場しても全然違和感ないルックスだね。
大昔、パンクが日本で最初に紹介された頃、NHKでパンクとは?みたいなドキュメンタリーがあって、そこにプラズマティックスが出てるのを見た覚えがある。ROCKHURRAHはこの頃はロンドン・パンクにしか興味なかったのでこれを見てカッコイイとは思わなかったよ。

プラズマティックスは今回の「ぶった斬る」以外にも数々の情熱パフォーマンスをやってるはずだけど。
爆走するトレーラーに乗って何百台も積み上げたTVに衝突、その後走る車の屋根の上に立ち最後は車が爆発、というような引田天功並みのパフォーマンスをスタントなしでやったのが自慢でしょうがなくて、何度も何度もその場面がフラッシュバックするビデオも残っている。うわ、一文のセンテンス長すぎたな。

この「Butcher Baby」は彼らのデビュー曲でこのライブ・ビデオも有名なもの。後の時代のセクシー系女性パフォーマーがやったような全てをすでにこの時代にやり尽くしてるな。
有名なのがこのチェーンソーによるギター解体ショーなんだが、この時はやっぱりギブソンではなくてフェルナンデスとかグレコとかにするのかね?え?そんなセコいこと考えるなって?

過激さを極めまくって、世間からはすぐに忘れ去られてしまって、最後(1998年)には自分まで拳銃自殺という幕引きでウェンディはいなくなってしまったが、もういくら過激とか言われる女性シンガーが出てきてもこれほどのセンセーショナルな人を見た後じゃ小粒にしか思わないだろうね。

それにしても毎回毎回飽きもせず、タイトルがちょっと違うだけで同じような内容の記事をよく書けるな、と自分でもマンネリ化を危惧してるよ。
そろそろ何か新しい事を考えないとな。
ROCKHURRAHも眉毛剃って山にこもって企画考えてくるか。

それではまた、خداحافظホダーハーフェズ(ペルシャ語で「さようなら」)。

20170312 top【水玉衣装の木と看板を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

最近には珍しく2週連続で美術展を鑑賞してしまったSNAKEPIPE。
「行ぐぜ!Exhiibition」が続く時もあるんだよね。
「国立系か…」と二の足を踏んでいたのが新国立美術館 で開催されている「草間彌生 わが永遠の魂」展。
同美術館で開催されていたダリ展も行かなかったなあ。(笑)
「やっぱり今回は観に行こうよ」と長年来の友人Mからの誘いもあり、久しぶりに新国立美術館に向かう。

前回この美術館に来たのは2013年9月の「アメリカン・ポップ・アート展鑑賞」だったので、およそ3年半ぶり!
SNAKEPIPEが命名した「国立系(中高年の「にわか」アート好き集団)」に遭遇する率が非常に高いため、不快に感じることが多いことから敬遠してしまう美術館の一つなんだよね。
今回の草間彌生もきっと「国立系」多いだろうなあ。
覚悟を決めて行くしかないか!(大袈裟)

草間彌生についてブログに書くのは初めてだと思うけど、実は以前から展覧会には行ってるんだよね。
集大成のような素晴らしい展覧会だったのが2004年森美術館で開催された「クサマトリックス」 。
この展覧会に一緒に行ったのも友人Mだったな。
今回の展覧会との比較を話すことができて良かったよ!
そしてブログの記事にはしていなかったけれど、2013年森美術館で開催された「LOVE展」にも、草間彌生の作品が展示されていたんだよね。
その時撮影した写真がこれ!
発光した突起物に水玉模様、会場内には草間彌生本人の、抑揚のない朴訥とした朗読が聞こえるインスタレーション「愛が呼んでいる」。
誰もが一瞬で「草間彌生だ!」と分かる作品だよね。
2004年の「クサマトリックス」で鑑賞した「 水上の蛍」の時にも鏡が使用されていたけれど、この時も鏡張りの部屋でとてもキレイだったんだよね!
過去の展覧会について調べていて驚いたのが、森美術館は過去の展覧会情報をちゃんと残しておいてくれてる、ということ。
例えば映画などは配給会社が宣伝用にHPを作るんだけど、数年後に見ようとするとページ自体が削除されてるケースが多いんだよね。
過去についても知りたい場合もあるので、このような森美術館の姿勢は素晴らしいと思う。
やっぱり森美術館良いなあ!(笑)

いよいよ新国立美術館へ。
前売りチケットは購入していなかったので、まずはチケット買わないとね!
敷地内に入ってみてびっくり!
なんと美術館の敷地にある木が、すべて赤白の水玉でラッピングされてるじゃないの!
彌生カラーを全面に打ち出した演出、なかなかやるなあ。(笑)
チケット売り場は既に行列していて、彌生人気がよく分かるよね。
想像していた通り、高齢の女性が多い感じ。
今回は「国立系」と同じくらい、「本当にアート好き」な感じのオシャレな女性も目にしたので、少し安心する。

ここで今更?かもしれないけれど、草間彌生のプロフィールを簡単に紹介しておこうか。

1929年 3月22日、長野県松本市に種苗問屋の末娘として生まれる。10歳の頃より水玉と網目模様をモティーフに絵を描き始める。
1957年 渡米、シアトルでアメリカでの初個展開催。翌年ニューヨークに移る。
1959年 ニューヨークのブラタ画廊で初個展、5点のネット・ペインティングを発表。
1966年 個展「草間のピープ・ショー」で電飾と鏡を使ったインスタレーションを発表。
第33回ヴェネツィア・ビエンナーレで《ナルシスの庭》を展示。
1968年 自作自演の映画「草間の自己消滅」が第4回ベルギー国際短編映画祭に入賞、 そのほかの映画祭でも受賞。
1973年 帰国。活動拠点を東京に移す。
1983年 小説『クリストファー男娼窟』、第10回野性時代新人文学賞を受賞。
1993年 第45回ヴェネツィア・ビエンナーレで日本代表として日本館初の個展を開催。
2016年 『タイム』誌「世界で最も影響力のある100人」に選出。

「わが永遠の魂」HPから一部転用させて頂いたよ。
今回の展覧会では1968年の映画「草間の自己消滅」も観ることができたんだよね。
SNAKEPIPE個人的には、草間彌生が乗るのは馬より牛のほうが良かったように感じたけど?
そのほうが東洋っぽいんじゃないか、と思ったので。(笑)
1950年代にアメリカに渡って活動していた日本女性は、そんなに多くなかったよね。
個展を開いて評価もされて、未だに現役で活動しているとは驚きだよね!
そういえば新人文学賞を受賞した「クリストファー男娼窟」は昔読んだっけ。
あまり内容は覚えてないなあ。(笑)

HPに草間彌生からのメッセージがあったので、載せてみよう。

今ではそんなに驚かなくなったけど、髪の色がすごいよね。
現在87歳、それでも「まだまだ努力が足りない」って言ってる草間彌生。
随分昔に何かで読んだ発言では「創作意欲が湧いて湧いて困っているので、早く死にたい」 だったんだけどね。(笑)
根っからのアーティストなんだろうね。

今回の展覧会の最初の部屋が新作「わが永遠の魂」の展示だった。
2009年から描いているというシリーズ作品は、圧巻の一言!
そしてこの部屋は撮影がオッケーだったよ。
広い会場の3方の壁一面にスクエアの絵がみっしりと展示されているんだよね。
まるで南米の古代文明みたいな原始的な雰囲気もあるし、幻覚剤を使用したサイケデリック・アートのようにも見えるし。
もしくは邪心のない子供の落書きのようにも見えてしまう原色の世界に、思わず笑いがこぼれてしまう。
ファブリック・デザインにしても最高だよね、と友人Mと言いながら鑑賞。
こんな作品制作を続けている草間彌生のエネルギーとパワーに脱帽だね!

巨大な立体作品もあったね。
花と眼と水玉はインパクトあるね。
これも最初の部屋にあったので、撮影可能。
野外には巨大カボチャもあった。
ここも撮影オッケーだったんだけど、先日アメリカ、ワシントンの美術館で自撮りしようとした人がバランスを崩し、約9000万円のかぼちゃオブジェを破損した、というニュースがあったばかり。
撮影する際には気を付けないとね!(笑)

幼少時代からの作品の展示や、前述したように1960年代の映像作品も鑑賞することができた。
2017年の作品として、赤い水玉が描かれている(もしくは赤いシール?)数体のマネキンが展示されていた。
これって作品なの?と大笑いしてしまった。
水玉であればなんでも良いみたいだもんね。(笑)

物販コーナーはいつも楽しみにしているんだけど、毎度裏切られてしまう。
「わが永遠の魂」がせっかくスクエアのフォーマットなんだから、ハンカチにするとかスカーフとか。
そんな商品があったら嬉しかったのになあ。
ポストカードは販売されていたけど、クリアファイルや「ふせん」など、いつでも見かける商品ばかり。
あの手の企画する人、センスないよね。
美術館側とアーティスト側との意向もあるんだろうけど、全く購買意欲を促進しない商品作り。
困ったもんですなあ!

総合的にみると、2004年の「クサマトリックス」のほうが見応えがあったけど、「わが永遠の魂」では最新作が鑑賞できたのは良かったね。

90歳ともなると奥義を極め、100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか

画狂老人、葛飾北斎の言葉である。
「まだまだ努力が足りない」と話していた草間彌生にも重なる感じがするんだよね。
ここまでアートへの情熱にあふれて創作を続けているのなら、きっとこれからも新作を発表してくれるに違いないね!

【カッサンドル展のポスターを撮影。快晴ですな!】

SNAKEPIPE WROTE:

「この展覧会を観に行きたい」
とROCKHURRAHが言う。
なんて展覧会?
CASSANDRE?
カッサンドル、で良いのかな?
SNAKEPIPEは初耳だったけれど、ROCKHURRAHは以前より1920年代のアートに関心があったため、アーティスト名は知らなくて(読めなくて?)も作品は知っていたというのである。

カッサンドルの紹介文によると、どうやら沢木耕太郎の「深夜特急」のカバーにも、カッサンドルの代表作が使用されてるとのことだけど?
あっ、確かにこんな表紙だったよね!
知らないと言いながらも実は作品は目にしていたんだね。
トリミングされてるけど、確かにカッサンドルだ!(笑)
因みに「深夜特急」は友人の強い勧めで読んだことがあるんだけど、それより前に藤原新也を知っていたSNAKEPIPEには物足りなかったんだよね。
沢木耕太郎の著作も藤原新也にしても、ジャーナリズムを目指す人にとってはバイブルみたいな本になるんじゃないかな?
今は状況が変わってるのかもしれないけど。

ちょっと会場が遠いんだけど、と教えてもらったのが埼玉県立近代美術館
埼玉は全然知らないし、行ったことないよ。
と答えていたSNAKEPIPEだったけれど、なんと2012年12月「ベン・シャーン展 —線の魔術師—」を鑑賞した場所だったことを思い出した!
4年以上前だから忘れていても仕方あるまい。(笑)
そうだった、あの時は寒かったよねと話しながら、 北浦和に向かう。
この日は快晴、春の暖かさが感じられるでしょうという天気予報通りの気温の高さ。
少し風が強かったけれど、それでも前回の震える寒さとはまるで違っていたよ。

少し早めのランチを食べてから美術館に向かうことにする。
前回の北浦和と同じでまたもやイタリアンになってしまった。
お昼にするには早い時間なのに、いくつもの女性のグループが席を埋め尽くしているよ。
4年前のレストランでは女性の一人客が多かった、と記事にしていたんだよね。
もしかして北浦和って女性の割合が多いのかしら?(笑)

埼玉県立近代美術館は北浦和駅から徒歩3分程、しかも北浦和公園の中にあるという素晴らしい環境である。
もう少し風が穏やかだったら、お弁当を公園で食べてから鑑賞することもできたかもしれないね。
前回の北浦和は寒くて余裕がなかったけれど、今回は少し公園内を散策してみた。
3月に桜が咲いていてびっくり!
落ちている花びら見ても、桜に間違いないと思う。
とてもきれいだったね。(笑)
公園内には滝や池まであって、とても良い雰囲気。
近かったら、散歩に来たいなあ!

いよいよ「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」に向かう。
以前も書いたけど、埼玉県立近代美術館の通称はMOMASなんだよね。
最後のSは埼玉のS!
うーん、やっぱりダサい。(笑)
今回は常設展の鑑賞は後回しにして、元気があったら観ることにした。
現在観られる作品、というポスターにグッとこなかったからね。

展覧会の感想の前に、まずはカッサンドルについて簡単に書いてみようか。
アドルフ・ムーロン・カッサンドル(Adolphe Mouron Cassandre)は1901年ウクライナ生まれ。
本名はアドルフ・ジャン=マリー・ムーロン(Adolphe Jean-Marie Mouron)。
1915年にパリに移住し、美術を学ぶ。
バウハウスへの興味はその時に生まれたようだね。
最初はお金を稼ぐために始めたポスター制作が大評判となって、1920年代にはパリの街中にカッサンドルのポスターが貼られていた写真も展示されていたよ。
その写真を撮影していたのが、なんとアンドレ・ケルテス
その時代のパリには後に名を成す大勢のアーティストがいたからね。
さすがは憧れの1920年代だよね〜!(笑)
1925年にはポスター「Le Bucheron」が現代装飾美術産業美術国際博覧会でグランプリを獲得する。
1936年、ニューヨーク近代美術館(MOMA)にて回顧展が開催される。
1936年〜1937年ファッション誌「ハーパース・バザー」の表紙デザインを担当する。
1968年、パリのアパルトマンで拳銃自殺する。

ペンネームとして使用していたカッサンドルは、ギリシャ神話に登場する悲劇の預言者とされるカッサンドラから来ているという。
イタリアではカッサンドラを「不吉、破局」として日常的に使用している、とWikipediaに書いてあったよ。
1920年代には一世を風靡したカッサンドルが、自らの命を絶つという最期だったというのは象徴的だね。
「名は体を表す」という言葉通りになってしまったみたいだもんね。
その事実を知って非常に驚いてしまったSNAKEPIPE。
67歳になっても苦悩していたなんてね!

それでは早速カッサンドルの作品を紹介してみよう。
今回の展覧会は撮影が禁止されていたので、使用している画像は自分で撮影したものじゃないんだよね。
最近は撮影オッケーな場合が多かったので、非常に残念だったよ。

今回の展覧会は「ファッションブランド『BA-TSU』の創業者兼デザイナーである故・松本瑠樹氏が築いたコレクションを通してご紹介します」と美術館のHPに書いてあるんだよね。
BA-TSUとは、懐かしい名前だ!(笑)
70年代から始まるDCブランド・ブームの人気ブランドのうちのひとつだったよね。
SNAKEPIPEもROCKHURRAHもBA-TSUの商品は持っていなかったけれど、当然のようにブランド名は知っていたよ。
そのデザイナーだった松本瑠樹氏というのは、ロシア構成主義やバウハウスに興味を持っていたようでコレクションを多数所持しているみたいだね。
カッコ良いと思う基準がROCKHURRAH RECORDSと同じ。(笑)
そう聞くとブランドとしてのBA-TSUはどんなファッションだったのか、今更ながら興味が湧いてくるよね。
もう遅いけど!
一番最初の画像は「L.M.S.The Best Way」1928年の作品。
鉄道会社用のポスターだと一目で分かるモチーフの選び方、その構図!
インダストリアル好きのSNAKEPIPEを刺激するね!(笑)

1920年代というのは様々な設備が整っていこうとしている段階だったんだろうね。
鉄道の歴史について詳しく調べたわけじゃないけど、恐らく大陸を横断する鉄道が庶民レベルになったからこそポスターになってるんじゃないかな?
左はパリ〜ブリュッセル〜アムステルダムを結ぶ鉄道である「Étoile du Nord」1927年の作品ね。

北に向かって走る、ということを示すために北極星を描いているんだね。
そして色彩の素晴らしさ!
線路を画面いっぱいに描く大胆な構図!
なんともスタイリッシュだよね。
部屋に飾りたくなっちゃうよ!
このポスターの場合はどうなのか不明だけど、カッサンドルのポスターには「1:1.618」の黄金比が使われているという記述があったんだよね。
黄金比ってなんだろう?

黄金比、と検索するとあっさり出てきたよ。

線分を a, b の長さで2つに分割するときに、
a : b = b : (a + b) が成り立つように分割したときの比a : b のことであり、
最も美しい比とされる。
近似値は1:1.618、約5:8

結局縦横比の話で、例えばパソコンのディスプレイでの解像度1920×1200などが黄金比に近くなるようだよ。
誰が最初に気付いたのか諸説あるみたいだから、ここでの言及はしないけれど、数学や幾何学とアートを融合させるというところがポイントだよね。
きっとこれはバウハウスやロシア構成主義でも行っていたんだろうな。
直感で己の感じたままに情熱で創造するアートとはまるで違うもんね。

右の画像はポーランドとアメリカの輸送船のポスター「Statendam」1928年の作品ね。
船のパーツをクローズアップで見せる手法とは、憎い演出ですな!(笑)
この色も素敵なんだよね。

インダストリアル好きのSNAKEPIPEが選ぶと、どうしても金属っぽいモチーフになってしまうよね。
今度はもう少し柔らかい雰囲気にしてみよう。
とはいっても、これもまた空輸便のポスターだね。(笑)
イタリア〜ギリシャ〜イラクから中国など世界各国に郵便が届けられることを一瞬にして分からせているんだよね。
「Air-Orient」は1921年の作品ね。
飛行機と鳩をダブらせて見せ、フォトモンタージュでエッフェル塔や南国っぽい景色で世界を表現している。
実際の手紙や品物だけじゃなくて、夢までも運んでくれそうな印象だよね。ポスターを「画家の個性を表現するためではない大衆のための芸術」と位置付けていたカッサンドル。
人が求めている物を熟知していて、それをポスターに取り入れる天才だったんだね。

カッサンドルの特徴の一つにタイポグラフィがあるんだよね。
ここまで5枚のポスターを載せてみたんだけど、それぞれ使っている書体が違うことに気付いただろうか。
カッサンドルは自ら書体を考案しているんだよね。
・ビフュール体(Bifur 1929年)
・アシエ・ノワール体(Acier Noir 1935年)
・ペニョー体(Peignot 1937年)
など、恐らく最も美しく見せるための書体を研究していたんだろうね。
右の画像「SAGA」は1927年の作品で、またもやインダストリアルになってしまったけれど、この書体と色のバランスも素晴らしいよね。
大きな木箱があることから、恐らくこれも輸送船と思われる。
カッサンドルはポスターにする前には一度油絵やグワッシュで描いてるんだよね。
その時にサインをしているみたいで、そのサインがそのままポスターになっても残っているみたい。
どのポスターにもサインがついてて、この時代の人が全員同じようにサインしていたのか、カッサンドルだけの特徴なのか不明だけど、商用のポスターとしては珍しい感じがするよね?
有名になる前からずっとサインしてるからね。(笑)

カッサンドルはファッション・ブランドとのコラボ作品も残しているんだよね。
左のトランプは、なんとエルメスとのコラボとのこと。
商品として販売していたのか、ノベルティのようなものだったのかは不明だよ。
恐らくエースや数字の書体は、自ら考案した書体なんだろうね。
そしてクラブのデザインが特徴的だよね。
カードの裏やカードのケースはどんなデザインだったんだろう?
エルメスではスカーフのデザインも行っていたようだね。

えっ!
このマークもカッサンドルだったの?
ファッション・ブランドであるイブ・サンローランのロゴ・マークのデザインなんだよね。
今でもこのマークは採用されているというから、カッサンドルの偉大な功績が分かるね。
化粧品のパッケージにも使われているというので、目にしている人は多いはず。
意外と身近なところにカッサンドルがいたんだね。(笑)

なんだか今回は画像の使用が多くなってしまったね。
最後は「ハーパース・バザー」で表紙を担当していた作品を紹介してみよう。
今回の展覧会にも作品が展示されていたんだよね。
ポスターの時と同じように、歩いている人を止めさせる効果が考えられていることが分かるね。
「あれ、なに?」と目を引くインパクトがある。
当時はどれくらいの雑誌が刊行されていたのか分からないけど、多くの雑誌の中から確実に手にとってもらうためには、目立つことだからね。
カッサンドルは広告の効果、宣伝の意味について熟知していたんだね。
その才能は生まれつきだったのかなあ。
非常に羨ましいと思うよ。(笑)

1910年代から始まるダダイズムやシュルレアリスムなどの芸術運動に興味を持つと、今から100年以上も前とは思えないような斬新でカッコ良い作品が数多く存在することを知る。
昔のほうが進んでたのかも、と思うこともしばしばあるし。
今回のカッサンドル展を鑑賞して、益々その思いが強くなったよ。
北浦和まで出かけて良かったな。(笑)

あー!タイムスリップできたら1920年代のパリに行ってみたいなあ!
アートの温故知新はこれからも続けていきたいと思う。