昔の名前で出ています、か?(其の三)

【ゆかりのあったレコード屋の袋やロゴたち】

ROCKHURRAH WROTE:

前回同じタイトルで其の二を書いたのが去年の11月末。何と半年も経ってしまったがまだやるのか?と本人さえ呆れてしまうこの企画。寝たきりでネタもないというわけじゃないんだが、パンクやニュー・ウェイブが最も輝いていた時代のレコード屋、そしてレコードを探しまくった青春の日々、インターネットがまだ普及しない時代の音楽好きの努力、それらを書き留めて我が忘備録としよう・・・なんて事は全然考えてない。
ただ「ああ、こんなレコード屋あったなあ」と一人でも思い出してくれる人がいればそれでいいのだ。

かつてROCKHURRAHのパンク&ニュー・ウェイブのネタ帳はVOLUMEという電話帳みたいな洋書だった。要するに世界各国のニュー・ウェイブ系バンドのメンバーとかレコードのリリースとかが紙のデータベースとなっていてお目当てのバンドを検索したり出来るもの。毎年刊行されているのかは不明だったが解散したり消えてしまったバンドはそのままデータが残り、新しく増えてゆくバンドはどんどん載っけるという方針の本だから例えば1984年度版は1982年度版より三倍くらいの厚さになっているというシロモノ。ちょっと考えればわかりそうなもんだがこの方針で毎年刊行してゆくとどんどん分厚くなってしまい、常識では考えられない重さとなる。編集者や発行者は「世界一の音楽データベースを作ってやる」というような意気込みで分冊にするなど思ってもみなかったのだろうか?これまたパンク的な発想かな。
まあそういうニュー・ウェイブ辞書みたいなものを毎日のように眺めて「このバンド聴いてみたい」と思ってレコード屋巡りをしていたわけだ。

どこまで書いたっけ?前回はかつての「全国レコード屋MAP」みたいに土地の括りで書いたけど、実は分類するの苦手なんで、今回は気の向くまま思い出すままにいいかげんに書いてみよう。

MODERN MUSIC
明大前なんて他に用事ないから最後に行ったのはいつだったか?世田谷代田に住んで下北沢を生活の拠点にしていた時代は近所だったためよく行ってたのを思い出す。当時は実行した事なかったけどもしかしたら自転車でも行けたかも、という距離。
ここはアングラなロックやアヴァンギャルド関係は充実していたが個人的に不要のコーナーも多くて、この店を100%堪能した良い客とは言えなかったな。なぜかすごいプロレス好きの常連がカウンターを占拠しているので買いにくい店でもあった。什器から取り出すのに苦労するほどパンパンにレコードが詰まっていたなあ。がしかしモノクロのNICOの袋を多数所持していたという事は結構買ってたんだろうね。
このレコード屋の思い出はここまでなんだけどModern Musicという言葉について独白してみたい。高校の修学旅行は沖縄だったのだが、その直前にビーバップ・デラックスの「Modern Music」を聴きまくっていて、沖縄=「Orphans Of Babylon」や「Honeymoon On Mars」という彼らの曲がいつでも頭の中のBGMとして鳴り響く。全く関係なさそうなのにこの条件反射が一生ROCKHURRAHには付き纏ってゆくのだろうな。それこそ他の人には全く関係ない個人的な関連付けでした。

パテ書房
ちょっと前にSNAKEPIPEが国分寺の超山田堂について書いた時にROCKHURRAHの談話として店名を出してもらったが、大昔に恵比寿付近にあったのがこの店。東京に出てきたばかりの頃に土地勘も全くなくて苦労しながら行った覚えがある。あの頃ははじめてゆくレコード屋に対する期待が大きくていつでもワクワクしてたもんだ。そして後年になってROCKHURRAHは茶沢通り(三軒茶屋と北沢を走る狭い道)沿いにある中古ゲーム屋の店長になった。同じ店の店員でパンク、ニュー・ウェイブ、サイコビリーなどに詳しい男がいて、その子は池ノ上(下北沢の隣駅)に住んでいた。で、その子の情報で池ノ上に怪しいレコード屋があるという事を知ったんだが、それがこの店との再会だったわけ。詳細な記憶はほとんどないんだがここもまたアングラな系列で書房というだけあって本もレコードもマニアックなものが多数あったはず(たぶん)。
店主とおぼしき人物、なぜか客が入ったらサングラスをかけて腕組みしながらこちらを睨んでいる、というような事ばかりが印象に残っている。実はROCKHURRAHもずっとサングラスで客商売していた人間だからそういう事に関しては特に偏見はないんだけれど、一般的な客だかひやかしだかわからない者にとっては敷居が高い店なのは確かだろうね。雰囲気は全然違うけど前に京都にあった(今もあるのか?)伝説のアスタルテ書房をちょっと思い出してしまった。敷居が高いというよりは店内に入るのに勇気がいる店という点でね。

ZEST
当時の渋谷は東急ハンズの坂道を下ったところにタワーレコードがあったように記憶する(かなりうろ覚え)。この辺の量販店は基本的に行かないし注目した事なかったので記憶違いは許して。ZESTはその横の方にあるビルの上の一室だった。マンションの部屋がそのまま店舗になったような雰囲気で、ここも渋谷に行った時はよく訪れた場所だった。非常に狭い店だったな。スコットランドでギターポップ初期にポストカードという有名なレーベルがあったのだが、そこのマークと同じ猫をトレードマークにしていた。当然、得意分野はギターポップやネオアコだと思えるがそればかりとも言いきれず、壁にはドイツの重量級デジタル・パンクの雄だったTommi Stumpfのジャケットが飾られていたというような時期もあった。時代的にはネオアコ&ギターポップとノイズ&インダストリアル&ジャンク系(カオス系とも言われていたな)とかは同時期に発展したという事もあって、両方のニーズを満たす店ならばそういうのもアリだったのかもね。この店でかなり買ったとは思うがどういう系統を買っていたのか思い出せない。

CSV
同じ渋谷の「たばこと塩の博物館」隣くらいにこの店はあったような気がする。いかにもメジャーな店構えとレコード屋なのがわからない店名、カンマ区切りテキストじゃないの?しかし置いてるレコードはなかなかマニアックでさすが東京の文化は高いのう、と田舎者だったROCKHURRAHは思ったものだ。大昔に代々木にあった前衛的プログレの殿堂イースタン・ワークスがルーツらしいが、随分イメチェン(死語)した印象。場所柄、サブカル文化人(嫌な言葉)や有名人もよく見かけたという噂も聞く。しかし、かなり短命なレコード屋だったし、そもそも渋谷があまり好きじゃなかったので数えるほどしか行った覚えはない。大晦日にオールナイト・セールやってた時に行ったような記憶があるが袋も覚えてないし、買った事なかったのかもね。

思い出のレコード屋特集というような趣旨で書き始めたのに文章読み返してみると何だかちっとも思い出らしくないな。レコード(モノ)にもレコード屋(場所)にも愛着はあるのに結局はそこにいる人たちと個人的なつながりが全くないからなんだろう。「あんな店で働けて羨ましい」とかそういうネガティブな気持ちばかり持っていた若い頃の自分に問題があったのか?。向いてないからあまり自分の事を分析したり考えたりするのは止めよう。
さて、次回があるのかどうかは本人の気分次第。書きたくなったらまた書いてみよう。

Picnic On A Frozen Beach(鳥飼否宇の稀有)

【鳥飼先生の作品をイメージしてSNAKEPIPEが制作。ハート型の水たまりが印象的】

ROCKHURRAH WROTE:

今年のゴールデン・ウィークは人並みというかROCKHURRAHとしてはかなり長い、まるまる一週間という連休が取れて久しぶりに時間を気にせずゆったりと過ごせた。
後半には近場ではあるが最近毎年恒例となっている潮干狩りに出かけたんだが、これが「熱中症に注意」などという天気予報のコメントとは大違い。おそろしい強風と予想外の寒さでとてもじゃないがゆっくりのんびり行楽を楽しむどころではなかったのだ。
去年の潮干狩りがかなりの暑さだったために(当ブログ「アサリでアッサリ機種変更!」参照)ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも「海岸は風も強くて寒くなる」とは思いつつも油断した服装で大失敗してしまった。「さ、寒い!」という感想しか出てこない。
二人ともゴアテックスや保温力抜群のミリタリーな上着を持ってるのに海岸は薄着だったわけで、肝心なところで全く活用してないなあ。
寒さで震えながら長蛇のトイレ船に並ぶROCKHURRAHはアサリもさっぱりという具合。それでも負けずに黙々と掘り続けたSNAKEPIPEはまあまあの戦果、二人合わせて何とか人並みというところか。久しぶりのアウトドア、とても楽しかったけどね。

さて、前置きとは全然関係ない事をこれから書こうと思うんだがタイトルとは少しだけ関係あるかな?今年一月の発売日に素晴らしい奇跡的な出来事があって二冊も同時に入手したというROCKHURRAH家の家宝「このどしゃぶりに日向小町は/鳥飼否宇 著」について書こうというのだ。「一月に入手して何で今頃?」とタイムリーではない展開にほとんどの人が疑問を抱くことだろう。何度かこのブログでも紹介(?)しているし、鳥飼先生自身からもコメントを頂いたという大変に光栄な出来事もあった。なのにこの遅過ぎた感想文、推敲を重ねてこの時期になったわけでもないから自分でも情けない。
前置きは長いが肝心の感想は短いかも知れないと竜頭蛇尾気質を心配しつつも何とか書いてみよう。

「このどしゃぶりに日向小町は」は鳥飼先生の長編小説で架空の都市、綾鹿市が舞台となったものだ。2003年に発表された短編「廃墟と青空」に登場した伝説のロックバンド鉄拳の元メンバーが20年ぶりに集まるという話で2004年に発表された長編「太陽と戦慄」の主人公も登場する、鳥飼先生のファンならば大喜びという内容だ。

ウチのブログを詳細に毎週読んで下さる方はほとんどいないと思えるので過去に書いた事と重複するのだが、先生の作品を未読の人のために予備知識を少しだけ。
70年代プログレッシブ・ロックを知る人ならばすぐにピンと来るこのタイトル、「太陽と戦慄」はもちろんキング・クリムゾンの傑作が原典だし「廃墟と青空」は一般的にはあまり知られてはいないがドイツの実験的音楽集団ファウストの4thアルバムの邦題そのまんま。そう(ファー)、鳥飼否宇先生と言えばミステリー界きってのプログレ&クラウト・ロック&ノイズ&アヴァンギャルド・ミュージックのマニアックな文章で有名な作家であり、それが他の作家とは決定的に違った個性なのだ、と個人的には思える。ミステリー・マニアを自負する人でもこの手の音楽に造詣が深くなければちりばめられたもう一つの謎解きは出来ないという寸法。簡単に言ってしまえばほとんどの登場人物は実在したバンド・メンバーのもじりというわけで、ミステリーのみの人なら「けったいな名前」という感想くらいしか出て来ないはずだが、この手の音楽好きの人ならニヤリと(時には爆笑)するに違いない。この辺の謎解きに関してはウチのブログのアレコレで確認してみて。

さて、その「廃墟と青空」に出てくる伝説のバンド鉄拳とは、もちろんナムコの「鉄拳シリーズ」などではなくファウスト=拳骨というドイツ語の意味を換骨(拳骨)奪胎したものだ。
その鉄拳のメンバーもファウストのメンバーをモデルにしたのは明らかで
入村徹/Hans Joachim Irmler
出家舞矢(ザッポ)/Werner "Zappi" Diermaier
橋本順子(JH)/Jean-Hervé Péron(の頭文字)
というほとんどそのまんま単刀直入なもの(笑)。
この物語の重要人物ルビーだけが本名が明らかでなく(物語の最後で明らかになるが当ブログでは言えましぇん)途中ナカオスナオなどと名乗るが単刀直入な原典ははっきり分からなかった。Rudolf Sosnaあたりか?「ル」と「スナ」のみだな(笑)。

またバンドのプロデューサーである宇部譲は実際のファウストの仕掛人であったUwe Nettelbeckと伝説の音楽雑誌「ロック・マガジン」を主宰していた阿木譲を掛け合わせたものだろうと推測がつく。ついでに鉄拳のサウンド・エンジニアだった久能来人は当然Kurt Graupner(ファウストのエンジニア)だろうか。

まあこんな人々が主要登場人物で、詳しくは鳥飼先生の傑作「痙攣的」「太陽と戦慄」「このどしゃぶりに日向小町は」という順番で読んで頂きたいのだが、かいつまんで話すならば鉄拳と言うバンドは既成の商業主義ロックを打破するためにその宇部譲が仕掛人となって集められたもの。メンバーのヴィジュアルもプロフィールも性別も不明といった徹底した秘密主義、世間とは隔離された別荘で共同生活をして音楽を創るのだがその奇行や斬新な音楽という風評が先行して一部の音楽マニアに熱狂的に迎え入れられることになる。この辺もドイツの廃校で創作活動をしたというファウストとイメージがかぶるな。この話では天才的ギタリストでジャンキーのルビーが閃き、それに他のメンバーが加わるという形式で幾多の音源が完成する。そして満を持して後に伝説となる唯一のライブが開催され、そこで殺人事件が起こる。

「廃墟と青空」はこの数年後に事件の真相が明らかになるという話だ。秘密主義に守られて正体が不明だったために、事件当時にステージから消えてしまったメンバーがどこへ行ってしまったのか?その謎に肉迫するという構成がミステリーとしても面白く、大好きな作品。「面白そう」と最初に手に取ったのはROCKHURRAHだったがSNAKEPIPEが先に読んで一度でファンになってしまった事を思い出す。

「太陽と戦慄」はまた別の時代、別のバンドの話になるので今回は書かないがロックとミステリー、そしてテロリズムがミックスされた壮大な話でROCKHURRAHは非常に高く評価している作品。

そしてやっと本作「このどしゃぶりに日向小町は」となる。
鉄拳の解散から20年経ったという時代設定のために元メンバーはみんな40代後半となっている。先に書いた天才ギタリスト、ルビーはあまりのジャンキーぶりに病院送りとなっていたわけ(何と20年も)だが、そのルビーの訃報と共に意味不明のメッセージが入村の元に届く。入村は元メンバーと共にルビー死亡の真相を解明するために手紙の送り主、アイダ・サナトリウムに潜入するというような話だ。ミステリー要素もなくはないがどちらかと言えばヴァイオレンス風味のあるサイコ・サスペンスかホラーといった趣がある。
ROCKHURRAHは最近のミステリー事情には疎いし、いわゆる推理小説というのもごく限られた作家しか読んでいない。ただし大正から戦前あたりの探偵小説は割と読んだ方で、この時代は本格的探偵小説よりもむしろ変格と呼ばれた、ある意味ミクスチャー的な一風変わった作品群が大好きだった。中でも敬愛していた作家と言えば・・・。
冒頭にルビーがサナトリウムのベッドで目覚めるくだりは鳥飼先生と同じ福岡出身の伝説的作家、夢野久作の「ドグラマグラ」を即座に思い浮かべる事が出来る。そう言えば「廃墟と青空」の冒頭もボーン、ボーンという柱時計の音。「まるでドグラマグラじゃん」とSNAKEPIPEと語り合った事を思い出す。
夢野久作はそういう探偵小説の時代にデビューしたがちゃんとした探偵が何かの事件で活躍するというような作品は(たぶん)なく、もっと自由奔放な世界で自分なりの探偵小説を開拓した作家だ。

鳥飼先生の作品は生物学やアヴァンギャルド的音楽といったマニアックな世界が重要な要素となっているが、そういうものとミステリーが融合していて独自の世界を創り上げ、そして唐突にカタストロフィが訪れるというギリギリのバランスで成り立っている。そういう意味では現代のミステリーというフィールドよりはかつての「探偵小説」という大雑把で意味不明の括りの方がしっくりくるとROCKHURRAHは個人的に感じた。全然違っていたらすみません。

余談だが「このどしゃぶりに日向小町は」の英題「It’s A Rainy Day, Sunshine Girl」
そして各章のタイトル
「ほんのちょっとばかりの痛み(It’s A Bit Of A Pain)」
「シェンパル・ブッダ(Schempal Buddah)」
「ねえ、なんでニンジン食べへんの?(Why Don’t You Eat Carrots)」
これらは全てファウストの曲名からつけられている。さらに小説中に登場する音響兵器(?)の曲名「ギギー・スマイル」や「ノー・ハーム」なども全てファウストそのまんま、ここまでこのバンドづくしの一篇を書き上げた小説はたぶん他にないだろう。海外ではマイケル・ムアコックホークウィンドのように音楽と小説が密接な関係にあるという例もあるが、この試みはおそらく本邦初と言えるはず。まさに稀有な出来事、などと書くと少し大げさかな?
ROCKHURRAHの今回のブログ・タイトルもファウストの名曲「Picnic On A Frozen River」にちなんでみたのはおわかりだろうか?え、陳腐?

それにしても「廃墟と青空」でははっきりとわからなかった鉄拳メンバーだが、今回は会話や行動により愛着のあるキャラクターとなった。その矢先に、うーむ。この人たちの話をもっと知りたくても、もう叶う事がないんだな。そう思うと寂しい気がするのはROCKHURRAHだけじゃあるまい。

以上、評論も解説も感想文も苦手なROCKHURRAHが鳥飼先生の魅力を伝えるために書いてみました。クラウト・ロックのファンでまだ未読の人がいたら是非読んでみてね。

CAMOのマイハウス

【タイトルにちなんで作った樹海の我が家。目立ち過ぎだって】

ROCKHURRAH WROTE:

ありきたりなタイトルで情けないが今回はROCKHURRAHが好きだけど滅多に着られないという迷彩柄について書いてみよう。
迷彩、カモフラージュ、カモなどと呼び名は色々で世の中に溢れかえってるアレの事だ。当たり前だが本来は樹木や砂漠、市街地などの背景の中に紛れ込んで目立たなくするという目的で作られたパターンであり、TPOに合わせたコーディネイト(?)が肝要だったが、現在ではそんなことに関係なく非常にポピュラーな柄物として出回っている。これに対する思想もウンチクも特になく、何も考えずに進めてみようか。註:パロディなタイトルにするんだったら「CAMOなマイハウス」じゃない?と言われたがスパークスの「キモノ・マイ・ハウス」をもじってるので、これでいいのだ。

最初に書いた通りROCKHURRAHはこの迷彩柄とあまり相性が良くなく、今どきの若者としては珍しく・・・あ、いっけなーい、若者じゃなかった。まあ迷彩柄の服所持率はとても低いのだ。本当の意味で似合う日本人はわずかだし嫌いな人は一着も持ってないだろうが。
ROCKHURRAHの場合は嫌いなわけじゃなく似合わないわけでもなく、これを着用すると即座に本気の人、もしくはライト・ウィング系の人みたいになってしまうからだ。全ては顔だちや雰囲気のせいね。これに比べてSNAKEPIPEは非常に迷彩が似合う女性なのでいつも羨ましく思っているのだ。SNAKEPIPEが特別に迷彩の似合う顔立ちなわけではなく、いくらやっても本気の人には見えないからファッションとして似合うという意味だろう。とは言えSNAKEPIPEのミリタリー度合いは女性では珍しいのは確か。

さて、一口に迷彩と言っても実に多くの種類が出回っているわけだが、その全ての明細書を書くほどの気力もないので、テキトウに書いてみよう。

まずは最もありふれたパターンだと言えるウッドランド。昔は迷彩と言えばこれくらいしか出回ってなかったもんだ。その来歴はよく知らないが名前からしてジャングル用のパターンだと思える。樹木や森は国、場所によってもさまざまだから、この代表的なパターン以外にも亜流(?)が数多く存在している。ミリタリーショップや古着屋でも最も良く見かけるな。この柄を見るとかつて福岡のシーサイドに住んでいた頃の話を思い出す。ROCKHURRAHとは縁もゆかりもないサーファーが住みたがるような場所であり、何と駅から30分くらい歩かないと帰りつけないような僻地だった。「ドグラマグラ」にも登場するな。単に家賃が安かったからこんな場所に住んだわけだが、人里離れた土地なのをいいことに、上の部屋の住人がドッタンバッタンと毎日うるさい事。
ある日、たまりかねて怒り心頭のROCKHURRAHはこのウッドランド迷彩の見るからに戦闘的なつなぎをわざわざ着用、そして前述したような本気の人の顔立ちにサイコ刈り、サングラスという迫力あるいでたちで怒鳴り込みに行ったというだけの話。それから上の住人は大人しくはなったがこの海際にウッドランドというのはカモフラージュ本来の目的とはかけ離れているな。
派生型として色調をビルやアスファルトのグレイに合わせたモノトーンのアーバン・カモというのも割とポピュラー。

次は淡い色彩が特徴のデザート・カモ。名前の通り砂漠地帯での使用を目的としたパターンで湾岸戦争の際に一躍メジャーになったな。見た目からチョコチップとも呼ばれるが確かにミスター・イトウ風。本来は自然の中に隠れるカモフラージュなんだが、ファッションの世界では着て存在感をなくしてしまいかねないこの柄、逆にあまり人気ないのカモ。ROCKHURRAHはなぜかこのチョコチップ柄のBDU(バトル・ドレス・ユニフォーム)ジャケットを所有していて一時期は好んで着ていたがやはりこんな茶色ベージュといったナチュラルな色柄は似合わない。砂漠地帯という暑い場所向けでどうしても薄着メインになってしまうから、防寒機能的ミリタリーを志すROCKHURRAHの琴線に触れるような商品もないんだろうね。

さて、格別に面白いネタでもないからどんどん先に行ってみよう。次はフロッグスキンと呼ばれる迷彩。第2次世界大戦の時に開発されたけど場所によっては逆に目立ってしまうからあまり普及しなかったような話を聞いたことがある。たしかに沼地とかでは有効かも知れないが、移動してしまえば単なるでかい蛙にしか見えない。リオレイアにすぐに見つかってしまいそう。後年はダックハンターという名称でも知られているな。名前はちょっとイヤだが柄的には割と好きだ。街路樹でよく迷彩柄っぽいプラタナスを見かけるが、このフロッグスキンの色褪せたものとはよく調和しそう。この柄のメッセンジャーバッグをかなり大昔から所有しているがいつまでたっても真新しいような素材で全然味が出ないぞ。

これはタイガーストライプと呼ばれるもので東南アジアの兵士が着ているのをよく見かけるな。確かにこんな色合いのジャングルは他にはあまりないかも。浅黒い顔立ちには似合いそうだが迷彩の中でもチンピラ度はかなり高いシロモノ。命を粗末にするなよ。色合いはかなり違うがROCKHURRAHはこれまたなぜかよりによってこの柄のTシャツを持ってる。迷彩マニアならまだしも唯一持ってるのがこれとは、似合わないものをわざわざ選んでるとしか思えない。自分でも恐れ入ったよ。

ちょいと色調補正間違えた気がするが、これは米軍ネイテック研究所とクレイ・プレジション社というのが共同開発したマルチカムという迷彩らしい。迷彩柄も人の知らないところで随分進化したようで、まあ簡単に言えばどんな場所にでも対応出来る汎用性の高い迷彩という感じだろうか。過去の迷彩のいいとこ取りのような複雑なパターンと色合いで人気も高いはず。何だかこんなものを大真面目に秘密裏に仕事としてやってる研究所員になってみたいという気はする。魅力的な柄なんだけど・・・。

もう飽きてきたしコメントも尽きたのでこれで最後にする。これはACUと呼ばれるものでユニバーサル・カモフラージュ・パターンを取り入れた迷彩服の総称らしい。デジタル・カモとも呼ばれるドット絵のようなパターンが特徴。2004年から米軍が正式採用しているが上のマルチカムはACUの採用により正式採用されなかったとか。この辺は専門家ではないから熾烈な争いを繰り広げて勝ったの負けたのというような物語を勝手に想像するしかない。実はブログ発表する前の日(妙な言い回ししたが昨日のこと)に迷彩研究を兼ねて上野にある中田商店に行ってきたのだが、この柄の普及率は確かに高かった。しかし個人的な感想として何だかハッキリしない薄ぼやけた柄にしか見えないACUにはあまり魅力は感じなかった。究極にいい迷彩とは何だかハッキリしない薄ぼやけたシロモノというのが最も実用的だという事だね。みんな同じような格好で同じようなアイテムを持って満員電車に乗る日本人こそが究極の都市型サバイバル迷彩なのではないだろうか?などという新聞の社説みたいな事は言わないが、そう言いたくなる人はたくさんいるだろうね。

以上、米軍迷彩を中心に書いたけど本当はヨーロッパとかの独特な迷彩の方が好みに合っていた。次はもうやらないと思うけど。

この後、2030年くらいには光学迷彩も実現するような世界になるんだろうが名前からして高額そうなのは確か。何者に対しても隠れなくていい世界になって欲しいよ。あ、珍しく真っ当なまとめだな。

ぶるった果実

【ROCKHURRAHプロデュースの新バンド? 果樹グーグー】

ROCKHURRAH WROTE:

この前の三連休はまさかのような春の嵐、SNAKEPIPEが負傷するという災難に見舞われてしまった。交差点を自転車で横断しているさなかに突風に襲われ、横転・・・はしなかったが無理な体勢だったので腰を痛めてしまったのだ。一週間で何とか元通りになってきたが改めて自然の力の強大さを思い知った。と言うより日頃の鍛練不足かもね。

三月も終わりだってのにこのブログを書いてる現時点ではまだまだ寒い。桜の開花が、などと話題にのぼっていても夜桜見物などした日にゃ白い息しか見えないありさま。東照宮でも凍傷人続出か?
さて、この凡庸な前フリから「春と言えば花見、それでは花の名前にちなんだ楽曲(またはバンド名)を列挙してみましょう」などというどうでもいい記事を書いてみようと考えたんだが、実はそんなにスラスラと思いつくものもなくて困ったもんだ。それで花じゃなくて春とはあまり関係ないかも知れない果物にちなんだバンド名を思い出してみたのが今回の記事。例によってROCKHURRAH恒例の原則(70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブ限定)を踏まえてのセレクト、しかも最近かなり同じパターンばかりでやってる方も飽きるよ。

画像クリックすると例によって音や映像出ますので注意。

  Strawberry Switchblade
まずは先日「めざましテレビ」でも特集になっていた2娘1(ニコイチ)ファッションをいち早くやっていた80年代グラスゴーの女性二人組、ストロベリー・スイッチブレイドから書いてみようか。直訳すればイチゴの飛び出しナイフ。うーん、よくわからんネーミングだなあ。バンド名でピンと来なかった人も映像見れば「ああこれか」と納得出来るはず。そもそも2娘1などをやっておる者たちが生まれるより遥か昔のバンドにルーツがあるとは本人たちも知らないだろうな。唯一の大ヒット曲「ふたりのイエスタディ」は80年代一発屋特集でもおなじみ。

余談だが1982年に伊藤さやかが歌ってあまりヒットしなかった曲「天使と悪魔」のイントロと「ふたりのイエスタディ」のイントロはクリソツ。時代的には「天使と悪魔」の方が数年早かったので日本の勝ち。というか伊藤さやかなんて今どき誰も知らないだろうなあ。
このストロベリー・スイッチブレイドの方はもう一曲くらいヒットしたはずだが、あっという間に消えてなくなった感じがする。何とメンバーの片割れはスロッビング・グリッスル、サイキックTVのピーター・クリストファーソンがやっていたコイルのメンバーと後に結婚したそうでカレント93やデス・イン・ジューンなど錚々たるインダストリアル系列のバンド達と活動していたらしい。音楽的には対極、というか接点などありそうもないが意外なところと繋がっているもんだなや。

Orange Juice
次は上記のグラスゴーからたぶん近いエディンバラ出身のオレンジ・ジュース。パンク以降に無数に発生したインディーズ・レーベルのひとつ、ポストカード・レコードよりデビューしたバンドでその頃はポール・ヘイグのジョセフK、ロディ・フレームのアズテック・カメラと共にエドウィン・コリンズのオレンジ・ジュースはこのレーベルの御三家的な扱いを受けていた。イルカのジャケットで有名な1stアルバム、そして「キ・ラ・メ・キ・トゥモロー」などという不可解に恥ずかしい邦題が非常にインパクト大だった2ndアルバムは大ヒットして当時の音楽雑誌の表紙を飾ったりもしていた。ただしネオ・アコースティックという言葉から連想されるような音楽とはちょっと違っていて、このエドウィン・コリンズは相当に粘着質の独特にこもった声の持ち主だ。代表曲の「Rip It Up」や「I Can’t Help Myself」などは80年代初期に大流行したファンカ・ラティーナなどの流れをくんだ曲で本人達もモータウンとかその辺の影響を受けているのはわかるが、失礼ながらよくこんな歌い方でヒットしたものだとずっと思っていた。

  Lemonheads
今度はアメリカ、ボストン出身のレモンヘッズだ。ギター・ポップとパワー・ポップとパンクの中間点あたりにあるバンドで、そういう細分化があまりされてないアメリカでは単なるインディーズ・ロックというようなくくりになるのかね。「Alison’s Starting To Happen」などはなかなかノリが良くて好きだが個人的に嫌いな曲やどうでもいい曲も多く、実はあまりコメント出来ないんだな。ヴォーカルのイヴァン・ダンドが何かの映画に出たのは覚えてるけど何の映画だったか思い出せないほど。好きな人にとっては宝物のような存在なんだろうけど、わざわざ名前出しておいてこの程度のコメントしか書けなくて申し訳ない。

  Mighty Lemon Drops
レモンつながりで必死に思い出したらこんなバンドもあった。ウチのブログ記事「時に忘れられた人々【03】リヴァプール御三家」で書いたマイティ・ワー!とティアドロップ・エクスプローズをレモン風味でミックスしたというようなバンド名と音の方はエコー&ザ・バニーメン直系の叙情派ネオサイケ。要するにいいとこ取りをしたバンドのつもりだったわけだろうが、悲しいほどに亜流の域を出ず、曲さえもほとんど覚えてないありさま。だったらなおさら書くなよ、とファンから怒られてしまうね。ヴィデオの曲はロクなカヴァーが存在しないことで有名なティアドロップ・エクスプローズのカヴァー。やっぱりろくでもないカヴァーだった。

  Lemon Kittens
画像しつこい?果実の名前がついたバンドとは言っても、ない果実はない、非常に読みにくい果実名もバンド名にはならない。これは当たり前のこと。ビワとか柿とか外国のバンドではたぶんないだろうからなあ。でもってレモンは外人も日本人も発音しやすいからまたまた出てきたよ。レモン・キティンズは後にソロとして活躍するダニエル・ダックス嬢とショック・ヘッデッド・ピータースになるカール・ブレイクによるアヴァンギャルド系のバンド。そこまで革新的だったわけではないが実験的な音楽と聴きやすさが魅力だったな。それにしてもアヴァンギャルドやインダストリアルを志すのは妙に美女が多いものだ。

  The Apples In Stereo
果物の名前を使ったバンドということからみずみずしい、爽やかという先入観になるのは仕方なく今回はどうしてもネオ・アコやギター・ポップ系列が多くなってしまうな。
次のアップルズ・イン・ステレオもやはりギター・ポップに分類されるアメリカのバンド。大ファンというわけでもないのにこのブログでも数回その名前が登場しているな。
現在や最近はどうなのか知らないけど90年代後半に登場して珠玉のポップス・センスを発揮しまくったのは記憶に新しい。え?90年代はもう大昔?まあ好き嫌いに関わらず曲作りは素晴らしいんだが前も書いた通りヴォーカルの見た目に少し問題があって、ダイエット・ピラティスをオススメしたくなってしまう。紹介したプロモではROCKHURRAHも愛用しているダン・エレクトロのギターを使っていて個人的なポイントは高い。

  Bananarama
80年代前半のニュー・ウェイブ男子を魅了したかどうかはわからないが取りあえずガールズ・グループとしては王道の三人組。最初の頃は元スペシャルズの三人が結成したファンボーイ・スリーと一緒にやってたり、この手の三人娘としてはちょっと面白い活動をしてたが、大ヒットした「Venus」あたりになるとROCKHURRAHにはあまり興味ない世界。特に思い出もないから何も書けないな。だったら最初から書くなよ、としつこいほどに怒られそう。今回のブログは完全に企画失敗したなあ。

  Fred Banana Combo
バンド名はなぜか知ってるし中古レコード屋で見かけたこともあるけど彼らの事はそんなに知らない。どうやらドイツのバンドらしくてデアKFCやMittagspause(読めん)などと同時期くらいにやってた模様。パンクとは言っても英米のものとはちょっとニュアンス違うんだがビートルズの「Yesterday」を妙な具合にカヴァーしてたり(カヴァーには聴こえないくらい)、結構面白いものがある。誰でも知ってるような果実バンドばかり特集してしまったから個人的には全部このくらいマイナーなものを探して来たかったよ。

  Virgin Prunes
ラストを飾るのはポジパン特集でも書いたヴァージン・プルーンズだ。何だかみずみずしくない画像でスマン。ホラー寸前のいかがわしいメイクに女装趣味、そして一度聴くとやみつきになる独特のいやらしい声を武器にしたアイルランドのバンドだ。たまに西洋を通り越してむしろ日本の民謡、演歌に近いテイストまで感じるような奇妙な曲まであって、独創性という点ではかなり素晴らしい。U2の幼なじみとしてくらいしか知られてないのが残念だが個人的にも大好き。

以上、意外とヴァリエーションが少なくて不満足な結果となってしまったがまあこんなところで許して。果物の名前のついたバンドなんて世の中にはたくさんあるが思い出すのに結構苦労したな。もう第2弾はないだろうから安心して。