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【80年代真っ只中の展覧会、開催中(音が出ます)】

ROCKHURRAH WROTE:

1970〜80年代のパンクやニュー・ウェイブのレコード・ジャケット・アートワークに注目して、美術的な観点(ウソ)からこの時代を紐解いてみようというのがシリーズ記事「ニッチ用美術館」なのだ。
それが何でこのタイトル?と思った人は毎回説明するのも鬱陶しいので第1回第2回をご覧あれ。
ちなみに第3回目である今回からタイトルにテーマ曲がついたよ。
何とROCKHURRAHが19年前、1998年に作った楽曲の一部を使ってみた。本邦初公開。
どんな時代でも相変わらず80年代真っ盛りの曲調だな。

今回は珍しく前置きが短いが、では順路沿いに展示作品を鑑賞してゆこうか。

ROOM 1 阿拉伯の美学
前回に引き続き、読めん漢字特集にしたわけじゃないけど、予備知識がないとさっぱりわからんなあ。
このジャケット見れば想像出来るかも知れないが、これはアラブの当て字だとの事。沙特阿拉伯(サウジアラビア)とか阿拉伯首長国連邦とか、現代では滅多に漢字にする必要性がないと思える。だからあんまり見た覚えがないというわけ。

見ての通りただアラビア語の手書き文字を少しデザイン調にしてるだけで、このジャケットをアートと言って良いのかどうか微妙なところだが、固定概念にとらわれず気になるジャケットを集めて展示するのがこの企画展のテーマなので、ROCKHURRAHの好みだけでやってみよう。
国を特定する事は出来ない(要するに知らない)が、イスラム芸術の持つ美的センスには驚かされるし、曲線だらけのアラビア文字の美しさも素晴らしい文化だと思うよ。残念な事に読めん・・・けどね。
しかもアラビア語だと勝手に思っただけで、もし微妙に違ってたら赤っ恥だが。

こういう文字にも上手い下手はあるんだろうが、パッと見にはまっすぐ書く事さえ難しいように感じる。曲線的な文字だからまっすぐ書く必要はないけど、字面が上がったり下がったりしないという意味のまっすぐね。
小池百合子都知事は昔はアラビア語通訳をしていたそうだけど、こんなに違いのわからない文字をスラスラと流麗に書くんだろうかね。
文化もルーツも違うから当たり前なんだろうけど、向こうの人からすれば漢字やひらがなこそ難しいって事になるんだろうな。

さて、そのアラビア文字をジャケットに堂々と使った西洋人バンドと言えばこれ、ジュリアン・コープ率いるティアドロップ・エクスプローズだ。こちらは1980年に出た、確か4枚目のシングル。
今まで何度もこのブログに書いてるが、アラブ諸国とあまり関係なさそうなリヴァプールで1970年代末に結成されたバンドだ。
エコー&ザ・バニーメンやワー!(Wah! Heat、Mighty Wah!など)と元は一緒のバンドでやってたというのは有名な話。
しかしティアドロップ・エクスプローズで活動中のリアルタイムでは国内盤でレコードが出なかった(マーキュリー、フォノグラム系)ので、輸入盤が手に入らない地域では「聴けない有名バンド」として悔しい思いをした人も多かったろう。
初期LPがちゃんと国内盤で出ていたエコー&ザ・バニーメン(ワーナー)とは大違いの扱い。レコード会社の洋楽担当がダメダメだなあ。

彼らの音楽はいわゆるネオ・サイケと呼ばれた範疇にあるが、もう少しポップでもあり、もう少しひねくれたものでもあった。だから誰もがうなる正統派ネオ・サイケの名曲もあり、トランペットが入ったファンカ・ラティーナみたいなのもあり、中東風のメロディが飛び交う奇妙なテイストの曲あり、単なるポップだけのものもあり、実にバラエティに富んだ曲作りが特徴だった。
ジュリアン・コープのいいかげんそうな言動やその音楽の整合性のなさが自由気ままな魅力でもあったけど、当時のネオ・サイケ好きな若者なんて生真面目で深刻そうな人が多数だった。そういう人種にはあまり受けなかったろうなと想像するよ。

このバンドのメンバー全員の生まれや宗教などについて知ってるわけじゃないが、今回のジャケットをはじめ、「Seven Views Of Jerusalem」「Thief Of Baghdad」などの曲のタイトル、パレスチナ解放運動の活動家で世界初の女性ハイジャッカーでもあるライラ・カリドについて歌った曲「Like Leila Khaled Said」など、白人バンドとしては珍しいほどに中東へ目を向けていたようだ。別に踏み込んだ内容ではなかったとは思うが。
そう言えば関係ないけど、同時代に近場のマンチェスターではムスリムガーゼという筋金入りの中東寄りアーティストがいたなあ。

「Ha Ha I’m Drowning」は1stアルバム「Kilimanjaro 」の一曲目だしシングルにもなっているけど、この前後に出した「Treason」「When I Dream」という二つの代表曲に挟まれて、かわいそうなくらい印象が薄い曲だなあ。アルバムのオープニング曲としては期待感が高まるけどね。

ドラムは坊主頭でアメリカの軍人(このビデオの時はリーゼント)みたいだし、ギターは頭にシュマーグ(アラブ・スカーフ)巻いたサンタナみたいな人だし、ジュリアン・コープは何にでもこの革のジョッパーズ・パンツ合わせてしまうし(このビデオは違う姿だが、上は英国空軍のアーヴィン・ジャケットというムートンの時が多い。暑そう)、後ろのラッパ隊はどこのか知らない軍服姿だし、こんな感じでバンドの統一感のなさも半端じゃない。唯一のキーワードがミリタリーっぽいという事だけなんだろうかね。

直訳すれば「ハハ、俺は溺死してる」というようなすごいタイトルだけど、特に水死の瞬間を歌った歌詞ではなく、愛に溺れてるみたいな意味らしい。なーんだ、色んなすごい情景を想像してたのにありきたりだな。

ROOM 2 假面の美学
「第2回」のチャプター・タイトルは一般的でない漢字ばかりになってしまったんだが、今回もずっとその路線にしてゆきたいのがミエミエのタイトルだな。
んが、そこまで難しい表現ばかり出来るほどROCKHURRAHが知識豊かではないので、たぶんすぐに破綻すると思うよ。
日本語で書けば簡単に仮面なんだが単に中国語で表記しただけ。

これまたひとつ目のティアドロップ・エクスプローズと同様、美術館の展示としてはどうなの?という、真っ当に評価するのが難しいジャケットだな。
見ての通り、仮面なのかマスクなのか不明だが、そこから光みたいなものが出てるというようなイラスト。仮面から光が出てるわけでなく、もしかしたらドアを細目に開けた瞬間、向こうの部屋からの光が仮面を照らし出したという場面なのか?判別は難しいがどっちがどっちでも絵画的には大差ないし、そもそもあまり評価もされなさそうな困ったジャケットだよ、一般的にはね。
ただしROCKHURRAHはこのジャケットに対して特別な思い入れがあり、初めてこれをレコード屋で見かけた時の興奮は数十年経った今でも鮮明に覚えているくらい。

この不可解なジャケットのレコードはビル・ネルソンのソロ第一作「Quit Dreaming And Get On The Beam」 だ。タイトル長いな。
ROCKHURRAHのビル・ネルソン好きは高校生や若い頃の一部の友人(無論音楽のわかる人)ならば、もしかしたら思い出してくれるかも知れないが、それくらい熱烈に聴き込んでいたアーティストだった。
グラム・ロック周辺のバンドとしてデビューし、ハードロック、プログレ的な要素も取り入れて、最終的には(その頃ちょうど始まった)ニュー・ウェイブとも呼応するような音楽を作り上げたのが70年代のビーバップ・デラックス、そのギタリスト&シンガーでワンマン的なリーダーがビル・ネルソンだったのだ。
その後はビル・ネルソンズ・レッド・ノイズというデジタル・パンクっぽいバンドを経てソロとなったわけだが、特にエレクトロニクス・ポップ(日本ではテクノポップ)、シンセ・ポップというジャンルにおいて活躍したミュージシャンだった。
今回はこの人について詳しく書く企画ではないから、知らない人はこっちの記事で少し書いてあるので読んでみてね。

ROCKHURRAHはビーバップ・デラックス解散後、レッド・ノイズの音楽に衝撃を受けた一人なんだが、この後はどうなるのかと、およそ二年間くらいは新作のリリースを待ち望んでいたかな。
この頃はそこまで新作リリース情報がなかったからマメに輸入盤屋に通って探すという行き当たりばったりな事をやっていた。そして情報もないまま、唐突にこのレコードが出ているのを知ったのだ。
レッド・ノイズの2ndを期待してたがソロ名義だったのでビックリしたよ。
レッド・ノイズがデビューした頃、まだパンクとデジタルは結びついてないような時代だったから、この奇妙で衝撃的な音楽を続けていれば、必ず新しい潮流が来るとROCKHURRAHは信じていたわけだ。
それなのに「大して売れなかったから」あっさりこの武器を捨てて、よりポップで売れ線の音楽に歩み寄ってしまった事について、たぶんビル・ネルソン本人よりも後悔しているよ。

この曲は上の1stアルバム収録の曲でちゃんとオリジナルのビデオもある貴重なもの。
売れ線の音楽に歩み寄った割にはヒットに恵まれず、ゆえにプロモまで撮ったシングル曲がほんの少ししか残ってないのだ。
しかし、このビデオは1920年代の表現主義映画っぽく撮られていてかなり素晴らしい世界。こういうのは無条件に好きだよ。
ビル・ネルソンは確かな才能もセンスもあった人だが、何だかいつもやりたい事のタイミングがズレてて、世の中の需要がある時には違うことしてたりする。だから大御所と言われてもいいキャリアの割には活動があまり知られてない一人だと思うよ。この辺の「商才」のなさがまたファンにはたまらないんだけどね。

ROOM3 顛落の美学
いやいや、普通はこの漢字では使わんだろうと思えるが、これは転落と同じ意味だそうだ。顛という漢字で「この話の顛末」みたいな使い方はあるだろうけど、転落を顛落と書いた事は一度もないよ。
しかもこの言葉を日常的に使っているような職業にはなりたくないものだ。

第3回のテーマは「アート作品としてはやや微妙」というものに今、突然思いついて決定したわけだが、このジャケットもたぶんアートとは無縁の分野からのもの。本来はこういう場で語るようなものではないんだろうけど。
作ってる側から言うなら、名画だろうが記念写真だろうが全部が一筆書きのイラストだろうがインスタ映えのする写真だろうが、許可さえあれば何でもジャケット・アートとして成り立つものなんだろうな。

見てわかる通りベランダだか階段だかわからないが、鉢植えと共に落下している、まさにその決定的瞬間を捉えた写真だな。
これはスタンリー・フォーマンというアメリカのフォト・ジャーナリストが撮った「Fire Escape Collapse」という有名な報道写真らしい。火事になった建物から飛び落ちたのか、避難してる非常階段か柵が壊れて落ちたのか、詳しい状況は不明だが、緊迫した瞬間なのは確か。ジャケットでは一人だけ写ってるがこの画面の上にも子供が落下してるんだよ。この写真かどうかよく知らないが、スタンリー・フォーマンはピューリッツァー賞も受賞しているらしい。
などと書いてはみたものの元から知ってたわけではなく、必死でこのジャケットを調べて知っただけの付け焼き刃。

この社会派のレコード・ジャケットはドイツのアプヴェルツ(Abwärts)というバンドが1980年に出した1stアルバム「Amok Koma」だ。これと同じ写真を使ったリチュアル(80年代のポジパン・バンド)なんてのもいたっけ。
同じ系統と言えるのかどうかは不明だがエディ・アダムスの有名な写真(ベトナムの警察長官を米兵が射殺する瞬間)をジャケットに使った、B-Z Party(ニッツァー・エブが軟弱になったような超マイナー・バンド)などというのもいたなあ。アプヴェルツとは関係ないけど報道写真つながりで思い出してしまった。

以下、ドイツの人名やバンド名を少し語るけど、ドイツ語をカタカナで書くと人によって読み方が違ったりする。ROCKHURRAHはネットで出回ってる読み方を無視して(ついでに正確な発音も無視して)自分が80年代に覚えた読み方で書く事が多いので、その辺の違いは気にしないでね。

アプヴェルツはROCKHURRAHがしつこいほど何度も書いているノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ドイツのニュー・ウェイブ) の中では今まであまり焦点を当てた事がなかったバンドだが、後にアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのメンバーとなるF.M.アインハイトとマーク・チャンがいた事で知られている。
ドイツのパンクと言えばデイ・クルップスのユーゲン(ユルゲンとみんな書いてるが80年代はユーゲンと言ってた)・エングラーがいたMaleとか初期フェールファーベンとか、トミー・シュタンフのいたDer KFCとか即座に思い浮かべるけど、みんな英米のパンク・バンドにはない迫力があって大好きだったんだよ。このアプヴェルツも素晴らしい。
硬質な感じとナチュラル巻き舌の発音が多いから、パンクという音楽にも相性抜群だったのがドイツ語だったと思うよ。
アプヴェルツはちょっと暗くて突っ慳貪な音楽と釘を叩き込むようなビートが心地良いバンドだった。
ドイツ語なので目的や思想はわからなかったがアートワークとかで戦争モチーフのものが多かったという印象。

「Computerstaat 」と題されたこの曲は上のジャケットの1stアルバムには未収録だが、同じ頃のシングル曲だ。
いかにもドイツのパンクっぽい曲なんだがイントロが1分以上あって長い・・・。
また知恵の足りない話で恐縮だが、ドイツ語辞書を調べもせずに勝手に「コンピューター・スタート」だと思っていた。
この時代のコンピューターだったら起動するまでにそれくらいの時間がかかるので、それを表現してるのかと思ったわけだが解釈はまるっきり違っていて、staatは英語で言うとstate、国家とかそういう意味らしい。

画面左側がノイバウテンの名物男、F.M.アインハイトなんだが、どう見てもヴォーカルっぽい位置でスタンバってるくせに何か叩いたり跳ねたりしてるだけ、本当のヴォーカルは一番右側のギター兼任で驚かされる。中央の人物の暗黒舞踏みたいな踊りも不気味。最後だけちょっと歌ってるけどこんなんでもちゃんとギャラ貰ってるのかね?

ROOM4 芥場の美学
これはたぶん読めるし何となく意味がわかる人も多いだろうと推測する。
だんだんチャプター・タイトルが一般的でない言葉や漢字になってしまったんだが、書いてる本人がそんな言葉を日常的に使うはずもない。
そう、つまりは難しい言葉シリーズを探すのが億劫になってしまったというわけだ。第1回目は確か普通の言い回しだったけど、何の因果でこうなってしまったのか?
次回からはまた普通に戻そうかな。

芥場は「あくたば」と読んで字のごとく、ゴミ捨て場とか掃き溜めというような意味になる。
「塵やあくたのように捨てられた」みたいな古典的表現は最近では滅多に聞かないし自分でも言った事ないけどね。
大規模なゴミ捨て場というと即座に「夢の島」を連想してしまうが、これがゴミ施設だったのは大昔の話。ROCKHURRAHが東京に住んでいた頃にはたぶんもう、そんなものなかったと思うよ。
立ち入り出来たのかは不明だが仮にそういう場所を間近に見たら、ありとあらゆるものがランダムに捨てられてて、そこにはもしかしたら人知を超えた芸術的な風景も広がっていたのかも知れないね。

それでこのジャケットだが、今回もまたアートとしてはどうかな?という傾向。
マネキンや車などがコラージュされた架空の風景。これを見て何となく芥場というチャプター・タイトルを思い浮かべたわけだが、そこまで乱雑なわけではなく控え目な印象だね。
夢の島で偶然マネキンを見つけた方がよほど絵になる写真を撮れるとは思うし、世界にはもっと大掛かりなゴミ捨て場があるんだろうけど、コラージュを作ったアーティストにそんなつもりは毛頭ないのかも。
左側の字体といい女の子といい、全体としては80年代のオシャレ系を目指したデザインなんだろうね。

90年代に渋谷系なる音楽が流行ったが、その源流のひとつだったのが80年代のギター・ポップやネオ・アコースティックと呼ばれたような音楽だった。
1980年に23歳の若さで首吊り自殺したイアン・カーティス(ジョイ・ディヴィジョン)の不倫相手と噂されていたのがベルギーのジャーナリスト、アニーク・オノレだったが、彼女が設立したのがレ・ディスク・デュ・クレプスキュールというレーベル。
80年代前半にラフ・トレードやチェリー・レッドなどのインディーズ・レーベルからネオ・アコースティック系の簡素な音楽を志すバンドが色々登場したけど、クレプスキュールもネオアコや後のラウンジ・ミュージックにつながるようなアーティストを矢継ぎ早にリリースしていた。
日本でも新星堂がいち早くクレプスキュールのレコードをジャンジャン出してたから、アンテナとかアンナ・ドミノとか、輸入盤屋のないような土地でもこの手の音楽は普及していたはずだよ。
ここまで懇切丁寧に説明しなくても良かったような気がするが、そのクレプスキュールから出ていた一枚がこのジャケットの主人公、ポール・ヘイグだったのだ。

知ってる人にはすぐにわかると思うが、ソロになる以前はポストカード・レーベルからレコードを出してたジョセフ・Kというバンドのヴォーカリストだ。
カフカ(「審判」)的に言えばヨーゼフ・Kなんだろうが、この時代にはみんなジョセフ・Kと呼んでた。
ちなみにPaul Haigで検索すると右上に「ポール・ハイ」などと書かれていてゲッソリしてしまったワン。誰が書いたか知らないが、しかも本当はこの読み方の方が正しいのかも知れないが、80年代には誰も「ポール・ハイの新譜聴いた?」なんて言ってなかったぞ(笑)。

ポストカードもスコットランドのネオアコ、ギター・ポップの伝説的レーベルで、オレンジ・ジュースやアズテック・カメラなどもここの出身。
ジョセフ・Kはすぐにメジャーになってしまったオレンジ・ジュースやアズテック・カメラに比べるとちょっとマイナーな存在だったが、音楽性を変えることなくパンクや初期ニュー・ウェイブの香りがするギター・ポップのまんまで終わったのが逆に良かったのかも知れないね。
特にポール・ヘイグの歌声は実にフラットで、たとえ明るい曲を歌っても決して抑揚が変わることないという特性を持っていて、ありそうでないタイプのヴォーカリストだった。
関係ないけどそのジョセフ・Kの影響をモロに受けたジューン・ブライズもいいバンドだったなあ。

1982年にジョセフ・Kが解散してソロとなったポール・ヘイグは上に書いたクレプスキュールよりレコードを出していたが、上のジャケットは1985年に出した2ndアルバムになる。
脇を固めるミュージシャンも豪華で、アソシエイツのアラン・ランキンやジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーのバーナード・サムナーなど。
ポール・ヘイグはアソシエイツのビリー・マッケンジーとも一緒にやってたので、ケンカ別れした両方と仲良かったわけだな。お互いの悪口を聞いたりしなかったのかな?

いやあ「すぐにメジャーになってしまったオレンジ・ジュースやアズテック・カメラに比べるとちょっとマイナーな存在だった」などと何行か前に書いたのを覆すかのような、思いっきりメジャー志向の曲で売れ線オーラの漂う名曲。服装も髪型も栄光の80年代、工場バックのビデオもいいね。もう全然ギター・ポップでもないけど。
この映像の時はそんなでもないが、当時はモミアゲをばっさり刈ってネオ・ロカビリーやサイコビリーのフラットトップみたいな髪型をしていた。頭頂部の平坦度は英国一だったのではなかろうか?

ROOM5 縹渺の美学
ラストには今回最も難しい漢字を使ってみた。これは無学なROCKHURRAHならずとも読める人はそうそういないだろう。縹渺と書いて「ひょうびょう」と読むらしいね。意味は「かすかではっきりしない様子」「広く果てしないさま」だとの事。今知って勉強にはなったけど明日にはもう読めない、書けないに違いない。

さて、今回の「アートとしてはどうなのか?」というテーマ自体が美術館企画としては破綻してるような気がするが、こういう事をやるならせめて10回くらいまともな展示をして、その後で変わり種企画としてするべきだったか?
最後の展示も意味不明のシロモノ。仮に美術館でこれを展示してても立ち止まって覗き込まないくらいに何も感じないジャケットだと思うよ。
うーん、写真だとは思うけど何を撮りたかったのかさっぱりわからん。
これぞまさに「縹渺たるありさま」。無理してじっくり見たら、雪解けの地面を上から撮影したみたいに見えなくはないけど、当たってても外れててもこれをジャケットに使った真意は不明だな。

そんなコメントしにくい代表のようなジャケットで世間を驚愕させたバンドがサバーバン・ローンズ、これは1980年作の2ndシングル「Janitor」だ。別にジャケットで驚愕させたわけではなくその歌でね。

米国カリフォルニア芸術大学の学生が1978年に作ったバンドで音楽的にはパンクから初期ニュー・ウェイブのあたり。ストレートなパンクよりも幾分オルタナティブな曲調を得意とするバンドだった。
デビュー曲「Gidget Goes to Hell」のビデオを後に「羊たちの沈黙」で有名になるジョナサン・デミ監督が撮っているけど、まだそんな片鱗さえ感じさせないB級テイストのもので、さすがロジャー・コーマンの門下生。
昔のB級SF、B級ホラー大好きなレジロスのビデオと共通するようなものと言えばわかるか?

で、これが問題作、2ndの「Janitor」ね。
いかにも学生って感じの男メンバーに似つかわしくない紅一点ヴォーカルのスー・ティッシュ。
彼女が唯一のヴォーカルではなく男ヴォーカルもいるんだけど、どうしてもスー・ティッシュの方が強烈な印象があるね。
横分けロングヘアーのお嬢様タイプ、遠くから見れば国民的美少女コンテストに出てもおかしくないような少女に思われるが、「何で私がこんなとこに出なきゃいけないのよ」というような不機嫌そうな素振りで歌い出す。
演奏も歌もたどたどしくて声も出てない、素人っぽいなあと眺めていると突然の変貌に誰もが驚くという寸法。そう、見ればわかる通り表情も変えずにまるで演歌のこぶしの効いた歌のようになってしまうのでみんなビックリして腰を抜かす(大げさ)。もしくはモンゴルのホーミー(二つの声を同時に出す唱法)みたいな感じ。
どこでどうやったらこの曲のこの部分がこの歌唱になったのか教えて貰いたいもんだよ。
美術館でこのジャケットが展示されてても誰も立ち止まらないだろうが、この歌が同時に流れたらみんな集まってくるに違いないくらいのインパクト。

こういうエキセントリックに豹変する女性ヴォーカルと言えば70年代末から80年代にはニナ・ハーゲンやリーナ・ラヴィッチ、戸川純などが出てきたが、これらは最初からいかにも何かしそうな変人の風貌だ。このスー嬢は見た目が清楚だけに余計驚かされるね。
他の曲ではここまで珍妙な歌声ではなかったのが残念。本人もそこまで色物路線にはしたくなかったんだろうか?

以上、どれだけの人が興味を持って読んでくれてるかは全く不明だけど、これからも世間の美術的視点とはちょっとズレたROCKHURRAHなりの展示を続けてゆきたいと思うよ。
それではまた、ハゴーネー(ナバホ語で「さようなら」)。

2017_postcard.jpg【ROCKHURRAH版「赤い部屋」を作ってみた】

ROCKHURRAH WROTE:

今年になってSNAKEPIPEと柄にもなく始めた新習慣が、口に出すのも恥ずかしいけどウォーキングみたいなものだ。「みたいなもの」で早朝によく見かける中年以上の夫婦でのウォーキングとか、ああいうのとは一線を画してると自分では思ってるんだけど、傍から見たら一緒なのかどうか?

ROCKHURRAHは元々パンクやサイコビリーのような、健康的な見た目とは対極にあるようなスタイルでずっと生きてきた人間だから、いわゆるスポーツな服が全く似合わない顔立ちなんだよね。
これじゃいくら何でも朝の公園で不審に見えると思って、急遽それらしい服装にしてみたものの、やっぱり全然違った目的の人みたいだな。
SNAKEPIPEも元々はパンクで派手な服装を得意とするタイプ。
しかしROCKHURRAHよりもスポーツの嗜みがないにも関わらず、なぜかスポーツ物がよく似合ってしまい、パッと見には若手アスリートの名のある選手みたいになってしまうのが悔しい。いや、若手じゃないんですけど(笑)。
ランニングでもジョギングでもないのでシューズさえそれなりならば、どんな格好でもいいんだろうけど、やっぱりこういう事くらいでも見た目から入ってしまう二人なのだった。
スニーカーなども何年ぶり?というくらい履かないアイテムだったんだけど、ちゃんとしたクッションのにしてみたよ。そしたら「この軽さは何?」というくらいの感動レベルだったので目から鱗が落ちた(大げさ)。最近のはインソール部分とかが随分進歩してるんだね。これならいくら歩いても疲れまい。

調子に乗って誕生日にはリーボックの特注スニーカーまでプレゼントして貰ったよ。
何年か前にナイキでSNAKEPIPEが特注したアサルトブーツを買った(この記事参照)ので、そういうシステムがスニーカー業界でもあるのは知ってたけど、リーボックのはかなり事細かにカスタマイズ出来るので、この手の中では一番理想に近いものが手に入った。
オリジナルと大して変わらんではないか?と言われそうだけど、この画像で見えないところにROCKHURRAHっぽさを出してみたんじゃよ。いつもありがとう、SNAKEPIPE。 

さて、今年の暑中見舞いポストカードも何だか意味不明のものが出来てしまった。
知ってる人にはすぐにわかる通り「ツイン・ピークス」をモチーフにしたつもり。
25年前にリアルタイムで「ツイン・ピークス」に熱狂していたSNAKEPIPE、デヴィッド・リンチを語らせたら夜が明けるほどのマニアだ。
ROCKHURRAHは10年くらい前にSNAKEPIPEと数週間かけて観たのが最初で、その頃は意味不明の部分も多かった。今回の新作に合わせてもう一度全部観直したら最初に観た時よりは多く理解出来るようになった。完全に理解する事は無理だと思えるので、復習もこれで完了。
だから二人のこの夏一番の話題と言えば「ツイン・ピークス The Return」の放送開始なのは間違いない。
先行放送の4話までは変な字幕で観たけど(「ドアを開ける音」とか会話じゃない部分も字幕に出てくる)続きがとても気になるね。
今週からいよいよ本当の字幕版がスタートしたので、年末までのお楽しみだよ。

普段はTVにつないだHDDで気になる番組を録画してるだけ、観たら大体すぐ消すのでTV番組を残しておこうなどという考えはないROCKHURRAH家なんだが、この番組だけは後世に残したい。
というわけでこれまた急遽、ブルーレイのレコーダーまで用意して、やる気充分。少ししたらレンタルでも出るんだろうけどね。

そういった我が家の流行りを取り込みつつ、不思議なポストカードを作ってみた。
柄が微妙にズレてるのは画像加工テクニックがヘタなわけじゃなくて、歪んだ感じを出すためだよ。
2017年の年賀状の延長線だけど、あれも今回のも違法建築間違いなしのゆがみ具合だな。部屋が遠近法を無視してるよ。え?部屋に見えなかった?

毎年のように書いてるけどROCKHURRAHもSNAKEPIPEも真夏の暑さと湿度が大嫌いな二人だ。
半袖Tシャツや短パン、サンダル、ノースリーブなど夏っぽいと思われるアイテムとは一切無縁のスタイルを貫いてるので、他の人より暑さに弱いのは当たり前とも言えるけどね。 
多くの人が考える「夏らしい」とは全く違うだろうけど、ウチなりのライフスタイル(大げさ)でイヤな夏を乗り切ってゆこう。

それではまた、アプンノ オカ ヤン(アイヌ語で「さようなら」)。 

【ROCKHURRAH制作の乗り物大全ビデオ。ありがちだなあ】
ROCKHURRAH WROTE:

タイトルの中に同じ単語が使われたものを挙げてゆき、そこにいいかげんなコメントをしてゆくだけというROCKHURRAHお得意の安易企画がこの「俺たち○○シリーズ」だ。
カヴァー曲特集と同じで、あまり下調べもなく考えずに書けるかな?と思って始めたけど、こういうの書いてる時は逆に(ブログ書くヒマがなくて)余裕がない時だと思っててね。
今週も結構ギリギリになりそうな予感。

さて、今回は同じ単語ばかりじゃ飽きてしまうので、広い意味での「乗り物」に焦点を当ててみた。
しかしタイトルにはつけたものの、外人とも話さないし日常的には「ヴィークル(vehicle)」なんて英語使った事ないよ。ベヒクルじゃないのか?みんな普通に使ってる言葉なのか?

今日は割と多めに紹介するつもりなので前置きも短い。では乗り物嫌いなROCKHURRAHと一緒に色んな乗り物を体験してみようか。

まず最初のヴィークル派は一番身近なこれから。
首都圏に住んでると電車=満員電車という事になって、これに好感を抱いてるのは痴漢くらいのものだが、この時代になってもまだ満員を解消する手段もなくて通勤では当たり前の試練だとされてるのは異常だと思うよ。21世紀がこんな現代になるなんて子供の時には想像も出来なかったよ。
これから先もずっと改善されっこない日本の満員電車、ITばかりいくら発達しても、こういう方面はまるで発展しない社会なんだな。

いきなり怒りモードになってしまったが、電車は嫌いでも「列車」と聞けば長距離とか旅を連想して多少はマシな気分になる。乗ったら乗ったで迷惑な家族や周りのうるささに辟易するんだろうけどな。

ROCKHURRAHが特別に旅をしてない人間なのかはわからないけど、いわゆる夜行列車、寝台車というものに乗った事がない。夜行バスや夜行フェリーには乗った事があるのにね。まあそういう列車で向かう場所に縁がないというだけだろうが。

ヴィサージは80年代前半のニュー・ウェイブ界で大流行したニュー・ロマンティックというムーブメントの中心となったバンドだ。70年代のグラム・ロックと同じく男が化粧したり着飾ったりしてナイトクラブで華々しく遊ぶというようなリッチな感じが、それまで不況にあえいでたイギリスの若者社会でなぜ受けたのかは不明だね。「心はボロボロでも見た目は錦」という憧れの心情かねえ?

ビリーズ、ブリッツなどの名高いナイトクラブでイベント仕掛け人みたいな事をやってたスティーブ・ストレンジとラスティ・イーガン(元リッチ・キッズ、スキッズ)が、様々な人脈をもとに作った暫定的なバンドがヴィサージだった。
奇抜とも言える派手な衣装を着てモードの世界でも大注目。ウルトラヴォックスやマガジンの主要メンバーが参加していたので音楽界でも大きな話題となって、デビューした時からビッグなスター扱いだったもんね。暫定的と書いたのはメンバーみんな他のメインの仕事持ってるからという意味。
ニュー・ロマンティックはイギリスから世界に広がる流行となって、ヴィサージの他にもデュラン・デュランやスパンダー・バレエ、カルチャー・クラブなど有名バンドが続々登場した時代だった。

「ナイト・トレイン」は1982年に出たヴィサージの2ndアルバムに収録の曲でシングルでもそこそこヒットした。日本ではTDKのビデオテープCM曲としてスティーブ・ストレンジ本人が登場し、当時の女性ファンを狂喜させたはず。この時の音が歌ってないサビの部分だけで、こういう曲調なんだと思ってたらシングル買って全然違うダンサブルなものだったので驚いたもんだ。

スティーブ・ストレンジはすでに死亡しているしヴィサージもニュー・ロマンティックも輝いてたのはほんの短い期間だけなので、あの時の盛り上がりを今、伝えられないのが残念。

トレインと共に最も身近なのは車だね。次のヴィークル派は1979年発表、ゲイリー・ニューマンのそのものズバリ「Cars」にしてみよう。

ROCKHURRAHは今まで一度も車の免許を取った事がなくて若い頃の愛車は原付きのみ。その免許も面倒で更新しなかったから、それ以降は自転車か徒歩という中学生並みの機動力しかない。
SNAKEPIPEは免許だけ持ってるけどたぶん全く乗れなくて、だからROCKHURRAH家の移動手段にクルマの選択肢はないのだ。そこまで不便を感じた事はなかったからこれで良し、だね。ん?別にそんな話はどうでもいい?

ゲイリー・ニューマンがチューブウェイ・アーミーというバンドでデビューしたのは1970年代後半、まさにパンクがニュー・ウェイブという、より広範囲の音楽になっていった頃の話だ。
白い顔にクッキリのアイライン、真っ黒の衣装を着た無表情の姿はまるで心を持たないアンドロイドのような印象で、ややタラコくちびるが玉に瑕。こういうインパクトの強い風貌で話題になったのはデビュー作ではなく、1979年に出た2ndアルバム「Replicas(幻想アンドロイド)」の時だった。
ここに収録されたシングル「Are “Friends” Electric?」が全英1位の大ヒット、ようやく日本でも注目されたのだ。1stもちゃんと日本盤でリリースされてたはずなのにね。
この曲もまた「ナイト・トレイン」と同じくサビの部分が歌ではなく演奏のみというパターンだったね。そういうのが流行ってたわけじゃないけど、それでも堂々の1位。

テクノポップ、エレクトロニクス・ポップ、シンセ・ポップ・・・呼び方は人によって違うが、彼らもその手の音楽の先駆者のひとつだったな。
クラフトワークやYMOが電子楽器中心なのに対して、チューブウェイ・アーミーやウルトラヴォックス、ビル・ネルソンズ・レッド・ノイズ、シンプル・マインズ、リッキー&ザ・ラスト・デイズ・オブ・アース(長いバンド名)など同時代に活動したパイオニア達は、あくまでロック・バンドの編成にシンセサイザーを付け足しただけのような使い方をしてて、ちょっとニュアンスは違ってたけどね。

で、チューブウェイ・アーミーのバンド形式の方が個人的には良かったのに、自分の多大な才能を過大評価し過ぎて、ゲイリー・ニューマンはバンドのキャリアもそこまでないのに、早々とソロになってしまう。
師と仰ぐジョン・フォックスがウルトラヴォックスを脱退したから同じ道を行きたかったのか、そもそもどっちのソロ転身の方が早かったのか、その辺の詳しい事は知らないけど。

「Cars」はその頃のシングルでこれまた全英1位の大ヒット。
チューブウェイ・アーミーの2ndはそれなりに評価してるROCKHURRAHだが、ソロの一作目にして早くも行き詰まった感じがして、急速に興味がなくなってしまったよ。
ソロとは言っても一人でやってるわけでもないしバンド・メンバーも登場する。名前が変わっただけで大差ないとは思うが、デザイナーがブランドから独立して、自分の名前のブランドやりたがるのと同じようなもんかな?
ビデオの方に車要素はまるでないが、ところどころで決め顔のストップモーションになるのが自分ではイケてると思ってたに違いない。うーん、やっぱり自己過大評価し過ぎてるなあ。

ROCKHURRAHにとって電車よりも車よりも身近なのが自転車だった。
まだ実家にいる時はもっぱらスクーターだったが、昔のスクーターは荷物入れるところがなくて、買い物を持って帰るのが大変だった。それで手軽な自転車の方がメインとなって、どこに引っ越した時も大体乗ってたな。何度も盗まれてイヤになったりもしたけど。
近年はママチャリではなくもう少しマシなのにSNAKEPIPEと二人で乗ってたが、最近はあまり乗らなくなってしまった。興味なくなったわけじゃなくてウチの駐輪場事情によるもの。屋根付きではあるけど雨風がすぐに吹き込むし、カバーをかけたら外すのも面倒で、次第に乗らなくなったのだ。自転車をそのまま置いておけるような環境になったら毎日でも乗るんだけどね。

というわけで次のヴィークル派は話の流れでわかる通り、ピンク・フロイド1967年の名曲「バイク」。
ここで言うバイクとはモーターサイクルではなく自転車だ。自転車と聞けば誰でもすぐに思い浮かべるクイーンの「バイシクル・レース」などはウチのスタイルではないので、決してここでは取り上げないのだ。

70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブ専門などとほざいてるROCKHURRAHだが、古いロックでも好きな例外(別格)があって、そのひとつがシド・バレット在籍時の初期ピンク・フロイドだ。
サイケだけどポップで独特のメロディ、何でこの展開になるの?と思ってしまうような意外性のある曲調、この頃のシド・バレットのカッコ良さには影響を受けたもんだ。影響を受けたからと言って何も音楽的活動はしてないけど心の中では息づいているよ(ウソ)。後のニュー・ウェイブ、特にオルタナティブやネオ・サイケと呼ばれたような音楽にも大いに影響を与えた音楽だったね。

ピンク・フロイドの初期は1960年代という時代には珍しく、プロモーション・フィルムのようなものが残ってるんだけど、今回取り上げた「バイク」はシングルでないので、後の人が作った映像みたいなのしかなかった。これはベルギーのTVが作った静止画プロモ。初期の代表曲「アーノルド・レーン」とかは今見ても全然古臭くないプロモがあるのに残念。

ありきたりなのばっかりで「もっとパンチの効いた(死語)乗り物ないの?」と不満の人もいるだろう。
では、個人所有が許されるかどうか不明だが、これはどうだ。ワンランク上のヴィークル派男子だったら憧れの的に違いない。

戦車に乗った経験のある自衛隊員以外の人はかなり少ないだろうが、ROCKHURRAHは子供の時に米軍基地のある街に住んでて、家も米軍ハウス、隣は米軍関係者の外人家族という、ちょっとカッコイイ暮らしをしていた。今でも横田基地でやってるような(最近は知らないが)友好祭みたいなイベントがあって、そこで戦車に乗ったような記憶がある。何十年前?という大昔の記憶だからアテにはならないけど写真が残ってるんだよね。だから「狭くて暑かった」などというウソみたいな記憶もないんだけど。しかもこんなの乗ったうちに入らないか?
ナイキ・アジャックスなどというスニーカーみたいな名前のミサイルと写った写真も残ってるけど、もしかしたら米軍基地ではなくて近場にあった自衛隊の方だったかな?

今回の記事は割とメジャーなのばかりで書いてる本人は意外と書きにくい、と言うかROCKHURRAHならではの味が出せなくて苦労してるが、これまた有名。ストラングラーズ屈指の名曲、1978年の3rdアルバムに収録「Tank」だ。シングルのB面にもなってるな。

ストラングラーズは初期ではドアーズっぽいキーボードが目立ってパンクという範疇だけでは語れないんだろうけど、これだけベース・ラインがアクティブで攻撃的なバンドは他に滅多にないわけで、この部分だけでも充分にパンク好きの血がたぎるバンドだったと言えるだろう。
トレンチコート着たまま歌うヒュー・コーンウェルが変質者っぽいとか、ジャン=ジャック・バーネルが暴力的で怖いとか、ドラムとキーボードがおっさんっぽいとか、実は全員インテリだとか、どちらかと言うと女性受けしなさそうなバンドだったが、 この野太い歌声とソリッドなベースは充分に個性的だった。

確か、働きまくって金を貯めて戦車買って、大砲ぶっぱなしたいというようなストレートな願望を歌ったもので、公の場で口には出せないが「あるある」と共鳴した人も多かったことだろう。

関係ない話。ウチでは夕食後の洗い物の時のBGMでiTunesのラジオをかけるんだが、気に入って聴いてたパンクの番組(今はないみたい)では、ストラングラーズの「Nice ‘n’ Sleazy」が必ずのようにかかる。それはいいんだが、いつも45回転を33回転にしたような、異常にゆっくりしたヴァージョンのがかかって尋常じゃない。「またまたストラングラーズ」などとSNAKEPIPEと話題にしている毎日だった。

ヴィークル派も佳境に入ったが、お次はこれ。

ROCKHURRAHには全く縁がない乗り物だけど、よほどの大物か金持ちになったら自家用ヘリくらいは所有してるかも知れないね。しかしプライベート・ジェット機とかプライベート・ヘリコプターとか、個人的にはまるで羨ましく思わないよ。

縁がないとは書いたけど、前に一度だけUH60ブラックホーク(軍用ヘリ)と同型のコックピットに座った事だけはあったな。当時は軍人並みの顔つきだったので違和感がまるでなかったくらいにその場所が似合ってたけど、もちろん飛行したわけじゃなくただ座っただけ。

乗ってないわけだから何とも言えないが、うるさい、落ちそう、プロペラに触れて首が飛びそう、などと勝手な想像が膨らみ、ROCKHURRAHが最も忌み嫌う乗り物がヘリなのだ。最後の首が飛びそうは映画の観すぎだろうけど・・・。

そんなイヤなヘリコプターについて歌ったのがXTCの1979年、3rdアルバムに収録の「Helicopter」だ。この曲はXTC得意のおどけた感じの曲でシングルのB面にも入ってたな。
何か今回、そのものズバリのタイトルばかり特集しててヒネリも何もないありきたりな記事で情けない。

XTCはパンク直後くらいにデビューしたバンドだが、パンクで語られる事はなくてパワーポップ、テクノポップあたりで当時はよく話題になっていた。
オルガンという手動楽器しか入ってない初期XTCなんだがテクノとはこれいかに?曲の作りの奇妙さがテクノに通じるとは思ったが、エレクトロニクスとはチト違う。この見解について当時の友人と論争した覚えがあるけど、ヒマだったんだね。
2ndくらいまでのXTCはやってる事の全てが斬新で、何だかよくわからない「初期ニュー・ウェイブ」という音楽を最も端的に表すようなバンドだった。
3rdからはその奇妙なキーボードが脱退して、よりポップな音作りになったのが逆につまらなくなって、だからROCKHURRAHは4thアルバム「Black Sea」あたりまでのXTCしか評価しない事にしている。

初期はライブを得意技にしてたXTCだが、どんな時でも余裕のパフォーマンスを見せるアンディ・パートリッジに対して、他のメンバーは割といっぱいいっぱいに見えるのが危うい。一番右側のデイヴ・グレゴリー(この当時の新メンバー)の髪型が巨人ゴーレムみたいですごいな。何でこんなのメンバーにしたんだろう。

ヴィークル派最後の大物と言えばこれに尽きる。
最も身近でない乗り物、ロケット。さすがにどんな金持ちでも職業以外でこれに乗った事ある人はいないだろう。自家用ロケット持ってるなんてSFの登場人物か国際救助隊のトレイシー一家くらいのものか?

ROCKHURRAHの実家がある北九州にはスペースワールドというテーマパークがあったんだけど、これが開園したのはすでにROCKHURRAHが地元を離れたずっと後の話。たまに帰省しても一人で行くはずもなし、結局は電車の窓から眺めた事しかないまま、今年限りで終わるらしい。さすがにロケットや宇宙について個人的思い出などあるはずもないから苦しいしエピソードになってないな。

「Silver Rocket」は1988年にソニック・ユースが出した二枚組大作アルバム「Daydream Nation」に収録の曲。1980年代前半から活躍していた大御所で大人気のバンドだが、どこを弾いてるのかよくわからないノイジーなギターと歪んで不安感に満ち溢れた曲調(陳腐な表現で情けない)、後に登場したグランジの元祖的な存在でもあり、アメリカのオルタナティブな音楽を世界的に知らしめた功績は大きいね。

ロック界有数の巨人(身長2メートル近い)サーストン・ムーアと鋭い目つきのキム・ゴードン。ロックな夫婦の理想形みたいに憧れの存在だったが2011年に離婚して活動休止、解散?その後はどうなったんだろう?
個人的にはソニック・ユースを聴いたのは80〜90年代にかけての短い期間のみだったのでそれ以降の事はよく知らない。
これだけに限らず、ROCKHURRAHやSNAKEPIPEが愛した80年代はもう戻ってこない。同じような喪失感を持った仲間も今はいないので、二人だけで80年代に浸って生きてゆこう。え?大げさ過ぎ?

今回はいつもより多めにビデオを選んだから、コメントも駆け足気味。ギリギリになってしまったから疲れたよ。次回はもっと余裕を持ってブログを書き始めないとね。

それではまた、タン ビエッ(ベトナム語で「さようなら」)。

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【叫べ!スクリーミング・ガールズ大特集(ウソ)】

ROCKHURRAH WROTE:

SNAKEPIPEと二人で2006年に始めたウチのブログだが、二人で共通のシリーズ記事を執筆(大げさ)してるものと、それぞれ一人だけが担当のシリーズ記事に分かれている。
しかしROCKHURRAHが担当してるものはシリーズのタイトルが違うだけで、見事にいつも同じパターンでブログを書いてるのは間違いない。10年以上も続けたブログで記事数も記事の文字数もかなり多いのに、ROCKHURRAHの進化は完全に止まったまま、よくネタが尽きないなと自分でも感心するよ。
まあ進化して新しいものにどんどん目を向けてたら、こんな80年代満載のブログなんかやってないだろうね。時が止まったようなブログだからこその価値も少しはあるんじゃなかろうか?

さて、今回はそこまで久しぶりでもないけど、このシリーズ企画を書いてみよう。
ROCKHURRAHの数ある記事の中で女性ロッカーにだけ着目したシリーズね。

世の中にガールズ・バンドは数多くあるにも関わらず案外記事数が少ないのは、記事に出来るくらいの個性を持ったバンドや歌姫は既に違うシリーズ記事に登場済みだから、というのもある。
似たようなバンドをひとまとめに書こうと思っても、どれもそんなに個性に違いがなくて、本当に「似たようなバンド」としか書きようがないので書いてる途中でイヤになった、というネガティブな理由で中断したボツ原稿もある。
まあ企画を思いついた時にそこまで多く書けそうにない、と見抜いておけば良かったんだがね。

今回は特に名案が思いつかなかったので、その場しのぎで「ロッキン・ガールズ」特集としてみよう。
六筋=シックスパック、腹筋がきれいに割れて鍛え抜かれたガールズの特集・・・ではなくてRockin’ね。
ロッキンという言葉自体、ROCKHURRAHが思うニュアンスと一般的な解釈がすでに大きく違うとは思うけど、要するに「何とかビリー系」のガールズ・バンドを集めてみたよ。

1950年代がロカビリーの最盛期、そして70年代の終わり頃からネオ・ロカビリーと呼ばれる音楽が流行ったが、単なるリバイバルだけじゃなくてパンクやニュー・ウェイブ、ガレージ、ウェスタンなど様々な音楽と結びついて発展していった。単なる50年代の焼き直しだったバンドも多数だけど、ROCKHURRAHの好みはもう少しウソっぽいもの。
ウソっぽいと言えば、ロカビリーをもっとグロくして異常性を加えたサイコビリーなんてのも80年代には生まれた。ロカビリーやパンク、ハードコアが根底にあるものの、ネオ・ロカビリーよりもさらに柔軟に、どんな音楽とも結びつくしたたかなバカ音楽だった。

ロカビリーやサイコビリー自体が誰でも知ってるとは言えない音楽だけど、ごくたまにそういうファッションが一部で流行ったりもする。サイコビリーの方は特に近年ではハロウィーンのイベントでもてはやされてるゾンビ・メイクのルーツでもあるから、また突然流行りだしてもおかしくはないかもね。
ちなみにネオ・ロカビリーとサイコビリーの違いが言葉ではイマイチわからないという人のために左の画像も用意したよ。
ん?男の画像じゃロッキン・ガールズとは関係ないか?
女性の場合はネオ・ロカビリーとサイコビリーの違いが非常にわかりにくいし、こっちが考えてるほどには厳密な違いなんかないんだろうけど。
メイクがより病的だったり服装が典型的ロカビリーじゃなかったり、かなりいいかげんな見方ではあるけど、ROCKHURRAHはライブでサイコ・ガールを見かけた時はその辺が判断基準になってたよ。

こういうビリー系については前に二回は特集したから(これコレ)、あまり知らなくて、もし本気で興味ある人がいたらそっちも読んでみてね。

そのネオ・ロカビリーやサイコビリーが盛んだった80年代半ばくらいは正直言って女性バンドは非常に少なかった。
この手の音楽は能天気っぽくしてても演奏力がちゃんとないと成り立たない部分が多いし、その要とも言えるウッドベースは重くて巨大で、これを自在に操る女性はなかなか登場しなかったからだと思える。日本じゃ住宅事情もあって練習する場所もあまりないよね。

近年はその手のバンドは昔よりは多くなったとは思うけど、そういうわけもあって、今回の企画ではROCKHURRAHがいつもうわ言のように言ってる「70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブ限定で」という主旨とは反する(もっと後の)時代のバンドが多くなりそうだけど、まあ仕方ないと思って許してね。

前置きがえらく長くなってしまったが、そろそろ始めてみるか。

まずはロッキン・ガールズのパイオニアとしてこれを筆頭に挙げないわけにはいくまい。
それがこのShillelagh Sisters。
う、読めん・・・と一瞬別のシリーズ記事の方で書きたくなってしまったが、日本では複数のカタカナ表記があるので、どれが正しいかはよくわからなかったよ。

Shillelagh(シレイリー、シレイラ)とはアイルランドの伝統的な棍棒や杖だとの事だけど、日本ではほとんど知る必要のない単語だと思われるな。ゴルフのドライバー(1番ウッド)を一本の木で作ったような形状をしていて、アイルランドというよりは漫画とかで仙人のじいさんが持ってるあの杖を想像してもらえればイメージしやすいかな。この棍棒で敵を殴り倒すのかな?
また、兵器マニア以外には全く必要ない知識だが、MGM51という対戦車ミサイルがシレイラと呼ばれていたらしい。

このバンドを誰が最初にカタカナ表記したかは知らないが、大抵の日本語サイトではシレラ・シスターズと書かれていて、レコード屋のページでもそう紹介されているのでその表記でいいのかな?
個人的には彼女たちの髪型がシレイラ(棍棒)みたいなのでシレイラ・シスターズの方がしっくりくるんだが。

このバンドは80年代のネオ・ロカビリー界で大人気だったポールキャッツのギタリスト、ボズ・ブーラーの彼女(後に奥さん)だったリンダー・ハルピンによるバンド。中国人でもないのにハルピンとはこれいかに?いや、中国人でも滅多にいないはず。彼女はこのバンドでウッドベースを弾いていた。
ヴォーカルはそのリンダーではなく、なかなかキリッとした顔立ちの美人だと思ったが、後にバナナラマに加入するジャッキー・オサリバンのデビュー当時の姿がこのバンドなんだよね。ネオ・ロカ出身のアイドルというのも珍しい経歴。この頃はポールキャッツのベーシストと付き合っていたというから、このシレラ・シスターズはまさにポールキャッツが全面協力したガールズ・バンドだと言える。見てきたわけじゃないから知らんが、一緒にライブとかやってないのかね?

1984年にレコード・デビューして2枚のシングルを残しただけであっという間にいなくなってしまったが、見た目といい演奏といい、さすがのカッコ良さがあり、伝説となったバンドだった。
ROCKHURRAHがこのバンドを知った頃はすでにレコードが入手困難で高価だったが、その当時は欲しいレコードランキングの上位にあったなあ。意を決してわざわざ横浜(当時、横浜にネオロカ専門店があった)まで買いに行ったが、やっぱり高くて断念した悔しい思い出がある。その時はそのまま帰るのも癪だったのでスクリーミン・サイレンズ(これまた女性のカウパンク・バンド)のシングルを買ったな。ん?思い出話はどうでもいい?

この曲は60年代に大ヒットしたフランク・シナトラの娘、ナンシー・シナトラの代表曲で邦題は「にくい貴方」のカヴァー。数々のカヴァーが存在しているが、その中でも一番好きなのがこのシレラ・シスターズ版のもの。80年代前半はちゃんと演奏したロカビリーのガールズ・バンドが非常に少なかった(皆無?)はずなので、まさに先駆者と言える。

その後、ガールズ・ロカビリー&サイコビリー・バンドの系譜を書こうと思ったが、80年代前半のシレラ・シスターズ以降はこの手のバンドが見当たらないんだよな。
男のバンドの中で女一人だけヴォーカルというスタイルはあっても、少なくとも80%以上は女性のバンドというのはやっぱり難しい。前述したようにちゃんと楽器が弾けてプロとしてやっていけるような人材が少なかったんだろうね。それ以前にこの手の音楽を好む女子が世の中に少なすぎってのが一番の原因なんだろうな。ファッションやメイクだけじゃなくて他のことも頑張れ女子。
90年代半ばくらいに登場したデンマークのホラーポップスというバンドが女性ウッドベース奏者で有名だが、これも男の中に混ざってるだけなんで「Naonシャッフル」というくくりでは紹介出来ないな。
そう、今回はメンバーの大半が女性というバンドを特集しようと思ってるので、ただの女性ヴォーカルのバンドは全て不採用なのだ。

それで、これ以降はたぶん全部2000年以降のバンドばかり登場する。
バンド名や音楽がわかっても公式サイトさえないようなバンドばかりで、情報がとても少なくて難儀したよ。ファッションやメイク、写真をSNSにアップだけじゃなくてちゃんとサイト作りも頑張れ女子。

で、このバンド、The Deadutantesも情報がとても少ないひとつね。
うーん、これまた何と読むのか不明だな。デッデュタンテス?
フランス語で社交界にデビューした若い娘の事をデビュタントというらしいが、それをもじってつけたバンド名なのかな?死者デビューした若い娘?
©2003年の公式サイトがあったんだけどUnder Constructionだとの事で、トップページだけは作ったものの面倒だったりケンカしてイヤになったり逮捕されたり、様々な理由(全部想像)でやめたんだろうかね?ROCKHURRAHに言ってくれればサイトくらい軽く作ってやるのにね(安い)。

さて、このDeadutantes(読めん)、YouTubeに動画はいくつかあるんだけど、それを見る限り女性だけの4人組。
どうやらサンフランシスコのバンドで少なくとも2003年には結成されていたはずだが、その後どういう活動してたのかはよくわからなかった。
ちゃんとウッドベースも入ってて昔ながらの80年代サイコビリーをそのまんま2000年代に再現してるみたいな演奏スタイル。
このビデオはサイコというよりもガレージ風で、ヴォーカルが聴こえにくいけど、雰囲気はバッチリだね。SNAKEPIPEがこの手の踊り大得意なんだよね。

珍しく2曲も紹介してしまおう。
こっちはさっきの「80年代サイコビリーをそのまんま2000年代に再現」という発言を覆すようだが、もう少しキャッチーな近代サイコビリーという感じ。Mad Masatoとかを思い出してしまった。
ヴォーカルが何故に裸足?と思ったが途中の痙攣パフォーマンスも面白いね。お色気を売り物にしてるのか何なのかはわからないが、サイコやるんだったらこれくらいはしないとね。ギターが途中で間違えるのもご愛嬌。

メンバーがみんな、なかなかの美人なのに人気なかったのか、CD一枚くらいしか出してないみたいだね。もっと売り方を工夫すればこのルックスだったら有名になれたのにね。そもそも読めんバンド名じゃ日本で売る事も難しいか。

ロカビリーはアメリカ生まれの音楽でサイコビリーの元祖とも言われるクランプスもアメリカなんだが、サイコビリーの初期に活躍したのは断然ヨーロッパのバンドが多いという歴史がある。
イギリスよりも伝統が少ないお国柄だから、よりいっそう保守的になってしまうのかな?
サイコビリーなんてピュアなロカビリーの人間から見れば唾棄すべきインチキ音楽って事になるんだろうか。
おっとまたニセ文化論みたいになりそうだから止めておこう。

90年代に福岡に住んでる頃、顔見知りの古着屋の店員と偶然に電車で一緒になったんだが、その人は全身バリバリの50’sロカビリー娘だった。その時はROCKHURRAHもサイコビリーやネオロカを一番聴いてた頃だったんだけど、やっぱり全然話が合わなかった覚えがあるよ。
ROCKHURRAHはちゃんとしたロカビリーに敬意は払いつつも、ついお下劣なサイコビリーの方に興味が行きがちだったからね。80年代にポジティブ・パンクにのめり込んだ時も同じような心情だったよ。
傍目には同じ類いに見えても両者の間には深くて暗い川がある(野坂昭如)というわけだ。

そんなアメリカから登場したのがこのThee Merry Widowsというバンド。
「メリー・ウィドウ」というオペレッタがあるのでそこから付けたバンド名だとは思うが、なぜそこから引用するのか意味不明。
ちなみにオペラ=大劇場で貴族が鑑賞するもの、オペレッタ=より庶民的な小劇場でのコメディという分類されてるんだって。知らなかったよ。
Theeというのは「汝」というような意味の古語らしいが、80年代からビリー・チャイルディッシュがやってたミルクシェイクス、マイティ・シーザーズ、ヘッドコーツが全てTheeで始まるという歴史がありまして、その後なぜかガレージ系のバンドに大人気となってしまった。日本のミッシェルガン・エレファントとかもTheeが付いてるね。
昔、下北沢のレコード屋で働いていた頃、ミルクシェイクスはMじゃなくてT(Theeだから)の棚に入れてたのを思い出す。

さて、このバンドはレーベルの謳い文句によると世界初の女性のみのサイコビリー・バンドという事になってるけど、本当に元祖なのかどうかはよくわからない。まさに最古のサイコビリー。
2002年くらいからやってるらしいが、それで最古とは。80年代90年代は何やってたの?サイコ女子。

見ての通り他のメンバーは割とまともなのにヴォーカルがすごいデブの全身刺青女、ギターもややデブのメガネ女というインパクトだけが先行して、音楽の方は見た目に比べるとありきたりな印象がある。
デブだけの魅力じゃ心もとないのか、他のライブ映像では太めのストリップ嬢とかも導入してたけど、そこだけで観客を沸かせてどうする?と思ったよ。
デブを売り物(?)にしたバンドと言えばロメオ・ヴォイド、バッド・マナーズ、ペル・ユビュ、Blubbery Hellbelliesなど各界に著名なのがいたが、みんなそれだけじゃない個性を持っていたから名前が残ってるもんね。

ビデオの曲はサイコビリー好きなら誰でも知ってるディメンテッド・アー・ゴー!の「Holy Hack Jack」のカヴァー。マッド・シンとかも好きみたいなので、心底サイコビリーが好きなのはわかるけどね。

お次はオーストラリアのロカ&サイコビリー歌姫、Brigitte Handley。うん、これなら何とか読めるぞ。
ブリジット・ハンドリーは2000年頃にネオ・ロカビリー界でも名高いロカッツのギタリスト、ダニー・ハーヴェイとの共作で有名になったようだが、なぜかCDが日本でしか出てなかったのが謎。
日本でだけ大人気ってわけでもなさそうなんだが。

ここまでの経歴だったら到底Naonシャッフルで語る事もなかったんだが、この後でダーク・シャドウズという女性だけのバンドとなったので取り挙げてみた(偉そう)。
こちらのバンドの方は純粋にサイコビリーというわけではなくてベースもエレキ・ベースだけど、ダークな曲調のルーツやパンチのある歌い方はやはりサイコビリーを感じる。この手のジャンルにしては毒がないのが玉に瑕だけどね。
曲はROCKHURRAHとSNAKEPIPEがかつて最もライブに通った日本のバンド、ROBINのどれかの曲に似てるように感じたが、2000年に出たシングルではもうこの曲を歌っていた。こっちの方が古いのか。ダーク・シャドウズでも昔の曲をレパートリーにしてるというわけだね。

このブリジット・ハンドリー、腕に覚えがあるのかわからないがギターを弾きまくりのライブ映像が多いね。しかも愛用してるギターがROCKHURRAHのと同じモデルのダン・エレクトロのもの。今回のビデオではピックアップが3つ付いた56-U3というのを使ってるが 、全く同型のを(ピックアップ2つのもの)持った写真もある。
通称ダンエレといういかにもチープっぽいギターなんだけど結構個性的な音色なんだよね。
別の形のギターはジミー・ペイジをはじめ数多くのギタリストに愛用されたけど、このレスポール風のはレトロな色合いがかわいいので女性受けしそう。
同じギターを使ってるだけで個人的には高得点だよ。ROCKHURRAHに高得点つけられても本人は嬉しくなかろうけど。

最後はブラジルから参戦、サイコビリーのガールズ・バンドと来ればこれを思い浮かべる人も多いだろう、2009年にデビューしたAs Diabatzだ。アズ・ディアバッツでいいのかな?
ブラジルは意外とサイコビリーが盛んで大規模なフェスティバルがあったりもした国。上に書いたROBINもブラジルのステージに立った事もあったね。

見ての通り三人組のガールズ・バンドなんだが、ウッドベースとドラムは完全にサイコ・ガールの典型。これを見てると「今は西暦何年?」と思えるくらいに80年代サイコを踏襲したルックスと音楽。
ちなみに典型的なサイコ・ガールには男と同じルックスのと、女性特有のセクシー・サイコ・ガールという形態があり、こっちは男系の方ね。

真ん中のヴォーカルは小柄だからグレッチのフルアコ(ギター)が大きく見えすぎてあまり似合ってはいないが、演奏も曲も昔の、あまり迫力ないサイコビリーを知ってる人にはかなりグッとくるんじゃなかろうか?
ミクスチャーされ過ぎててサイコなのか何なのかさえもわからない近年のサイコビリー業界に比べると、女性だけのバンドの方がずっと原典に忠実でシンプルだな。
プロモもコウモリが飛んだり、あくまでも古臭い。 サビの時にみんなでちょっと前かがみの姿勢になるのが昔のスケバン風(ケンカの前の構えみたいな)でいいね。プロモーション・ビデオの撮影が恥ずかしかったのか、ちょっとぎこちないところが初々しい。

余談がとても多くなってしまい、大した事は書いてない気がするけど、今日はこんなところだね。
日本でも90年代にFloozy Drippy’sとか、ちゃんとしたロッキン・ガールズ・バンドがいたんだけど、動いてる映像がなかったので今回は割愛したよ。

ロカビリーやサイコビリーっぽいメイクや服装、髪型などは面白いと注目される事があっても、肝心の音楽の方はあまり興味を持たれないジャンル。それを広めたいなどとも思わないけど、たまたま思いついたので書いてみたよ。

それではまた、ヂス レヴィード(エスペラント語で「さようなら」)。