痛くて怖い物語

【「28日後…」でチンパンジー教育用に使用されていた映像より】

ROCKHURRAH WROTE:

今まで滅多に映画鑑賞記みたいなものを書かなかったROCKHURRAHが久々に映画について書いてみよう。
映画に関してはROCKHURRAHサイトのキーワードとも言える「70〜80年代の・・・」限定というわけにはいかないが、そもそも昔はよく見かけた定番の映画(と言ってもちょいマニアックなもの)でさえ大手レンタル屋チェーンとかでは見事に姿を消しているという嫌な時代。仕方なく入手しやすい映画ばかり観ているけど、ブログで感想書きたくなる程の作品は少ないなあ。しかも面白いのはSNAKEPIPEの「CULT映画ア・ラ・カルト」シリーズでもう書いてしまってるから、それ以外の「地味な映画」担当になっちまった(笑)。まあそんな映画の中から何とか探して書いてみましょう。微妙にちょっと前の映画なのがROCKHURRAH流時代遅れのススメというわけ。

さて、今回はありそうでなさそうな怖い話というような括りでいくつかピックアップして軽く書いてみようか。ROCKHURRAHが書く時はいつもなんだが、相変わらず考察も批評も特になくて、単にこんな映画もあったなあ、という程度だから何も期待しないで。
また、ネタバレにならないように書いてるつもりでもうっかりバレてしまったらごめん。


まずはクエンティン・タランティーノが製作総指揮でイーライ・ロス監督の「ホステル」から。この世界では若手と言ってもいいのかな?作品数も少ないからこの「ホステル」が代表作となる。結構話題になってたから知ってる人は知ってるだろうが、監督の名前を聞いても知らない人も多いかも。この人はタランティーノ監督の「イングロリアス・バスターズ」に俳優として出てたのも記憶に新しい(劇中に出てくるナチス映画もイーライ・ロスが監督)。
ストーリーは単純なものだが、3人組のバックパッカーがヨーロッパで無軌道な旅をしている最中の怖い話。旅先で紹介されたスロバキアにあるホステル、そこが問題の場所なんだが最初は楽しい天国のような歓待を受ける3人。それが一転して次々と・・・とまでは行かない少人数だな。2人いなくなれば次は3人目だって事くらいは誰でもわかる。
まあ世にも恐ろしい目に遭ってしまうわけだ。古典的すぎて涙が出てしまう展開だが、オーソドックスでも怖いものは怖いのよ、という自信に充ち溢れた作品。ジャンルとしてはものすごく痛い系列かな?
「SAW」や「マーターズ」なども似たタイプで得体の知れない敵という存在はあるんだが、こちらは割と直球勝負。というか勝負したくないタイプ。いやあ、絶対こんな目に遭いたくないものだ。


この映画はヒットしたために続編「ホステル2」も同監督で2007年に公開された。前作ラストの後日談が映画の冒頭で出てきていきなりショッキング。今度は女子美大生3人組プラス1名で発端も展開も同じようなもの。やっぱりまんまとスロバキアに誘われてしまう。途中まではここまで前作を踏襲した2も最近では珍しい、とまで思ったが最後だけ大どんでん返し。いや、その展開も充分読めるけどね。
タランティーノ監督の「デス・プルーフ in グラインドハウス」にも似たラストの爽快感はあるものの、この主役以外だったら全く救いようのない映画だったろうね。
前作では少しだけしか説明されてなかった得体の知れない組織もある程度全貌が明らかになってゆく。こういう組織が現実にあってもちっともおかしくはないという気がする点がこの映画の恐ろしい部分かな。

しかしこの2本の映画を観て「絶対にスロバキア行きたくねー」と思った人は数知れずいるに違いない。実在する国で観光による収益もあるだろうにねえ。スロバキアの人にとっても別の意味で背筋の凍る映画だと言えよう。


さて、次はダニー・ボイル監督の「28日後…」について。「トレインスポッティング 」や「スラムドッグ$ミリオネア 」など大ヒットした映画を撮っているから、90年代以降のイギリスを代表する監督と言ってもいいだろう。
ストーリーとしてはこれまた割と単純なもの。感染症にかかった猿に噛まれた事によりレイジ・ウィルスなるものが人間の間であっという間に大流行。噛まれるとわずか数秒で凶暴なゾンビのような人間となり、見境なく人を襲って次々と感染者が増えてゆく。そしてロンドンは死者と感染者ばかりの街になってしまい、イギリスは壊滅状態となる。それから28日後に病院で目覚めた男が主人公だ。同じように何らかの理由で感染せずに生き延びた仲間に出会い、感染者から必死に逃げてゆくというサバイバル・ホラーだ。
「ナイト・オブ・ザ・リビンデッド」や「ゾンビ」「バイオハザード」などのパターンを踏襲してはいるもののさすがイギリス映画。上記のアメリカ物に比べるとずっとダークで主人公たちのバイタリティが低い感じがする。もっとうまい逃げ方もあるだろうに、と何回も思うもどかしさがある。逆に感染者たちの凶暴具合、その勢いは大変なもので、こんなのに追いかけられたらたまったもんではない。
この監督の特色なのか「トレインスポッティング 」「スラムドッグ$ミリオネア 」などと同じく冒頭に全力疾走するというスピーディな映像効果(上記の感染者から逃げる図)が印象的だ。
見た目も冴えず最初はダメ男に見えた主人公が愛する女のためにランボー(古い)並の活躍をするのはちょっと有り得ない展開だが、よくわからないウィルスによる感染の恐怖というのは誰にとっても非現実的なものではないはず。その辺の潜在的な弱点をよく捉えた映画だと思える。
また、映画の内容とは関係ないがイギリスを舞台としている事からイギリス軍のDPM迷彩服がふんだんに登場するのも個人的にはポイント高い。


この「28日後…」もヒットしたのでファン・カルロス・フレナディージョ(長い)なる別の監督でダニー・ボイルが製作総指揮という続編「28週後…」が2007年に公開された。
前回と同じ舞台設定だがこれは別なエピソード。しかも前作よりは格段に複雑な話。
28日後と同じ頃(変な表現)、別の土地で生き延びた夫婦と一時的な仲間たちがいた。しかし隠れ家に子供を匿った事から追ってきた感染者集団の襲撃を受けてしまう。そして全滅してしまうエセ・コミューンなのだが、この時に妻を見捨てて逃げた非道な夫が物語のキーマンとなる。
28日後騒動の後(変な表現)、壊滅したイギリスはアメリカ軍の統治により復興が進んでいて「まあ、もう大丈夫なんじゃない?」という程度の安全宣言が出された。これが28週後というわけ。生き延びた人たちは安全区域で米兵に守られて生活していて、最初に一人だけ逃げた夫も外国にいた二人の子供を引き取り、とりあえずはメデタシ。当然の展開だが「お母さんはどうしたの?」という問いかけに自分だけが生き延びたウソの顛末を語り、保身を図る嫌なおやじ。悲しむ子供は立ち入り禁止となっている自宅に戻り、それが元でまたしてもレイジ・ウィルスがあっという間に再発してしまう・・・。そして米軍は事態を鎮圧するために地区内の人間も感染者も全部焼いてしまおう、というコード・レッドなる非常手段を発令する。
主人公は二人の子供でサバイバル生活に突入してゆくが、それを助けるのが後に「ハート・ロッカー」で戦争ジャンキーみたいな爆発物処理人役を演じるジェレミー・レナーだ。しかしこちらでもあちらでも米軍の軍曹役という事でACU迷彩着用のどちらも同じ姿。巷ではACU迷彩が最も似合う俳優という事で通っているのかね?どちらかと言えば軍人のキリッとしたタイプではないしSNAKEPIPEによると「デュラン・デュランのサイモン・ル・ボンをふくよかにしたような顔」とのこと。この3人ともう一人女性兵士を加えた一団で感染者や米軍から逃げたり戦ったりするというのが大まかなあらすじだ。

前作では一旦助けてもらったイギリス軍こそが感染者よりも恐ろしい存在だったが、この続編ではアメリカ軍兵士でプロのスナイパーが味方、という事で多少の希望がある。がしかし、この兵士は軍の脱走者と同じ扱いという事で、敵の強大さという点では遥かにスケールアップしている。やっぱりね、と思う救いようのなさは「ゾンビ」や「サンゲリア」などと同類だね。


最後はジャウム・コレット=セラというあまり知名度はないと思われる若い監督の作品で「エスター」。この映画自体は結構怖いという評判だったので観た人も多いはず。

両親と2人の子どもがいる家庭。一見幸せに見えるが三人目の子供を流産したという悲しみが一家の影になっている模様。両親は孤児院に行き、養女に出来そうな子供を物色する。そこで偶然に出会った少女がエスターというわけだ。絵を描くのがうまく聡明な少女で、この子を引き取る事にする。兄妹の妹は難聴なんだが、エスターはすぐに手話を覚えて妹とも仲良くしてメデタシ。が、兄の方はどうやらこのエスターが気に入らなくて家にやってきた他人扱いする。エスターの服装が今風ではなくて一緒にいるのが恥ずかしいというような思春期にありがちなものだろう。それなりに馴染んできたエスターだったが、学校ではイジメに遭っていて家では母親や兄ともちょっとうまくいかないところがある。
まあそういう感じのはじまりでエスターの理解者は優しい父親と難聴の妹だけとなる、という部分が割ときめ細かく描写されていて、後半になってからはこのエスターの怖い部分が徐々に明らかになってゆく。

今時珍しいほど古典的ホラー要素を踏襲していて「最近のホラーは派手でショッキングなばかりで面白いのがないねぇ」などと思ってたROCKHURRAHもビックリのずっしりとした王道ホラーだった。今回ピックアップした中では最も飛躍がなくて、現実的な恐怖を追求した作品だと言える。しかし全然子供がいなくて寂しい夫婦というわけではなくて2人もちゃんと子どもがいるのに、それでもなおかつ、充分に物心ついた子供をさらに欲しがるこの両親の気持ちはちょっと理解出来ないなあ。

こんな感じでちょっと怖い映画を選んでみたが、最近は「ホラー映画苦手」と言っていたSNAKEPIPEも普通に平気で観れるようになって喜ばしい。変態サイコキラーが街中を脅かすような映画は大好きのくせにね(笑)。また書けるような題材があったら映画についても書いてゆこう。

尚、来週はrockhurrah.comのサーバーが大掛かりなメンテナンスを行うため、ブログは休ませてもらうかも。この場を借りて告知させて頂きます。

ROCKHURRAH視察団/豪雨の古着屋倉庫編

【千葉の奥地(?)に突如として現れるアメリカ古着の殿堂】

ROCKHURRAH WROTE:

今年はいわゆるシルバーウィークがなかったので9月24日を無理やり休みとし、4連休となったのがちょっと嬉しい。その連休初日の秋分の日にかねてから行ってみたかった場所にようやく出かける事が出来たので書いてみよう。
それは千葉県にある古着屋の倉庫なんだが、一般にも開放していて普通に買い物が出来るという場所だ。前は近場に店舗があったので気軽に見に行く事はあったが、何と言うか・・・価格も品揃えも中途半端で、行った回数の割にはあまり買った記憶がないという店だった。ところが千葉県に数店舗あった店もいつの間にか閉店してゆき、現在はショップの方はひとつくらいしか残ってなくて、代わりにテナント料金や運営費を安く抑える事が出来るためか、辺鄙なところにある倉庫を開放してるというわけだ。

ROCKHURRAHもSNAKEPIPEも古着は大好きなんだが、上記の店よりはもっと近くにもっと安くて気軽に買える店があるのでちょっとした買い物はそこでばかり、というのがここ数年の傾向だ。しかもただでさえ安いのに、その店は毎月のようにセールのハガキを律義に送ってきてくれて、ハガキ持参だとさらに半額とかになってしまう。ちょっとしたアウターやパンツなど、ヘタしたら500円以下くらいで買えてしまうのは二人にとっては魅力だからね。ざっと計算してみても一年間でセールじゃない期間の方が圧倒的に少ないんじゃないかと思えるくらい(笑)。無理やり在庫一掃セールやってるけど、ここもいつ潰れてもおかしくは状況だな。
そのようにリーズナブルな店は近くにあるんだが、これは海外買い付けの古着屋とはやはり違っててあくまでも古着屋っぽいリサイクル屋の一種なんだと思える。だからたまにはちゃんとアメリカの匂いのする古着(?)を見にゆこうよ、と言うのが今回の古着屋倉庫に出かけた趣旨なのだ。

もう一年以上前だったか、ネットでこの古着屋倉庫を見つけたんだが、駅からかなりの遠さだったので「行ってみたいね」とは言ってたもののなかなか簡単に行ける場所じゃなかった。それが今年になって移転したとの事で、調べてみたら比較的行きやすそう。連休だし季節もようやく良くなってきたのでROCKHURRAH視察団も行動しやすい、こりゃ行くっきゃない(死語)。

さて、前日までは猛暑だったのに天気予報ではその日は雨、しかもかなり気温も低いじゃありませんか。暑さ嫌いのROCKHURRAHとSNAKEPIPEにはうってつけの天気だ。朝起きると確かに予報通り気温は低いし雨もポツポツ降っている。でも行くという予定だったので取りあえず秋物の装いで家を出た。最近の傾向で二人ともミリタリーの動きやすい格好ね。

その古着屋倉庫は千葉県船橋市と柏市の中間あたりに位置する鎌ケ谷市、新鎌ケ谷というところにあるらしい。船橋から東武野田線という電車に乗って10分程度だ。千葉在住歴が長く’I Love 千葉’のSNAKEPIPEと違ってROCKHURRAHは千葉でも行った事ある場所はほとんどなくて、土地勘も全くない。知り合いの会話などで鎌ケ谷とか鎌ケ谷大仏とかの単語は知っているが、それがどこにあるのかさえ今日まで知らなかったよ。

冒頭で「ようやく出かける事が出来た」などと書いてる割には非常にあっさりと新鎌ケ谷に着いてしまった。普段どんだけ腰が重いんだよ?と突っ込まれてしまうね。
しかし駅の改札を出た途端に雨は本降りどころかどしゃ降りになってしまい、いきなりの挫折。待ってれば弱くなるのかさらに強くなるのか?この辺の状況判断は難しいところ。取りあえず駅前のショッピング・センターに行って雨宿りすることにした。この天気だし駅前も当然のようにひっそりとしていたんだが、ショッピング・センターの中は思ったよりもにぎやかで少しビックリした。この辺りは車を持ってないと生活が大変不便な地域らしく、自宅から車でほとんど濡れずに来れるこういう場所は大雨でも関係ないんだね。
しばらく雨宿りすると雨はさっきより弱くなったかのように感じた。今がチャンスと外に出て、これから徒歩15分の道のりを歩くことに。がしかし、ほんの少し歩いただけでさっきの雨を遥かに凌駕する大雨、風も台風並みでとてもじゃないが歩いてられない。下半身が完全にびしょ濡れのイヤな状態で目の前にあったユニクロに避難する。と言うかそこ以外避難出来る場所がなかった。
この日の千葉は最高気温25℃との事で前日よりマイナス7℃の予報だったんだが、雨に濡れた事もあり体感はそれよりもずっと寒い。朝にECWCSゴアッテックス・パーカーを着て行こうかどうか悩んで「大げさだから」止めたのが悔やまれて仕方ない。ユニクロにも「水を防いで汗などの水蒸気を逃す」というゴアテックスと似たような素材のパンツが置いてあり、ただこの雨のためだけに買おうかとさえ思ったほど。SNAKEPIPEも寒いのか、もこもこ素材のフリースなんか見てるよ。

やっと少し小降りになったかのように見えたので再び歩き始める。あのまま歩き続けてたら絶対に風邪を引いたに違いない。
古着屋倉庫があるのは国道464号線の鎌ケ谷霊園の裏手だそうだからその国道沿いを歩く。駅からさほどの距離でもないのに広がる森林地帯。歩道もちゃんとあるんだが横はほとんど山の中というすごい風景だ。福岡のど田舎生まれのROCKHURRAHだからこういう風景は割と見慣れているはず。しかし千葉県の中でも比較的都会の船橋と柏の間にこんな原生林が広がっているとは予想外だ。人っ子一人もいない(この天気じゃ当たり前)大雨の中を二人で歩いていると何だか現実離れした感覚に襲われる。大雨もずぶ濡れも大嫌いなんだが、ここまで凄いともう笑うしかない。

ようやく辿り着いたのが一番上の写真にある「古着ファクトリー」なるお店なんだか倉庫なんだかわからないところ。向かいは何と海上自衛隊下総航空基地。直訳すれば古着倉庫ではなく古着工場となり少し意味不明なんだが、新品の服を古着加工する機械が置いているわけではない。単なる普通の倉庫だ。思ったほど巨大倉庫ではなく膨大な古着が山のように積まれているわけでもない。ちゃんとハンガーに整然とかけられて値札も付いている。薄暗い店内にはメンズ、レディース、キッズのコーナーがあり、ボロの山の中から掘り出し物を探し当てるというような苦労は全然なさそう。それはそれで楽しそうだけど、この大雨で全身水浸しの体じゃそんな事は不可能だからね。取りあえず一番奥の一角にミリタリーのコーナーを発見して真剣に探し始める二人。本当の本物かどうかを完璧に見極めるのは難しいがそれなりの品質(割と良い民生品)のものはすぐに見つけられる。現行ACU迷彩の納入メーカーである米国PROPPER社製のものとか、これは他所よりかなり安いんでないか?と思えるものを早速手に入れた。ん?これ古着とは言えない?
そのすぐ近くになかなか格好良くてデザインが変わってるシングル・ライダース・ジャケットを発見し、袖を通してみる。うーん、惜しい。丈や袖はピッタリなのに前のダブルジッパーがきつくて閉められない。悔しがるROCKHURRAHを尻目にSNAKEPIPEが試着してみると丁度良いではないか。名誉のために言っておくが決してデブなわけではなく、これは実はレディースのライダース・ジャケットだったのだ。一応袖が通せるだけでもROCKHURRAHのスリムさがわかってもらえよう(笑)。普段はあまり見向きもしないブランドだがハーレー・ダビッドソン製で柔らかく分厚い本革で何と5800円。古着のライダース特有の硬さや汚さもなく裏地もきれいな逸品。こりゃかなり安いと思えるので購入決定。
しかしこの日の大雨で気温がかなり肌寒い事もあって、二人ともほとんど冬物、防寒着あるいは雨をしのげるようなモノばかり探しているありさま。着ていったナイロンの上着が濡れたままで寒いためにその場しのぎの着て帰れるものまで購入してしまった。

来た時にはほとんどいなかったお客だがいつのまにか大盛況の店内となっている。非常に不便な場所で地元住民以外はほとんど知られてないような倉庫なのに。正体不明の悪そうなアジア人の集団とかもいてデンジャラスな雰囲気たっぷり・・・かと思いきや人の前を通る時は軽く会釈して意外と礼儀正しい若者たち。日本人の子連れ主婦とかの方がよっぽどマナー悪いよ。敬愛する鳥飼否宇先生の著作じゃないが「このどしゃぶりに古着ファクトリーは」予想外の繁盛だったと言える。

しかしまたしても歴史に残るほどの超大雨(大げさ)。倉庫の床にまで外からの雨が侵入してこりゃ半端じゃないよ。屋根を叩く激しい雨音、遠くで雷鳴も轟いている。そろそろ帰ろうかと思った矢先にこれじゃ出るに出られなくなってしまった。すでに見るものもなくなったSNAKEPIPEは疲れた様子で佇んでいる。そこまで広い倉庫じゃないし二人にとって関係ないジャンルの古着も多数だから確かに手持ち無沙汰にもなるわな。

辛抱強く待ち続けた甲斐もあって遂に、遂に雨が小降りになったので意を決して外に出る。来たのが昼くらいで3時間以上もこの倉庫に居続けた事になるのか。二人ともお疲れ様。
帰りは道もわかってるので随分速く駅前に戻る事が出来た。しかし昼も食べずにもはや夕方、遅過ぎる昼食にやっとありついて生き返った気分になった。家に帰った後で知ったのだが何とこの日の雷雨で千葉県の祭会場、みこしに落雷、34人が重軽傷という事故があったらしい。

やたらに「やっと」とか「ようやく」という言葉が多かった今回の記事だが、すんなり行き帰りが出来なかったので仕方なくこういう表現ばかりになってしまった。

今回はあまりに天候が悪過ぎてかさばりそうなものは買わなかったが、この薄暗い倉庫自体は非常に魅力的な場所で、また違う機会に行ってみたいと思った。表の旗に「古着お売り下さい」などと書いてるからリサイクル的古着も多いんだろうが、本格的なアメリカの古着ブランドも多数なので目利きさえ出来れば掘り出し物も見つかるだろう。
前日まで猛暑日だったからかどうかは不明だが、冬物がもう少し多くなれば個人的には嬉しい。もう少し寒くなったまた行ってみよう。I Shall Return.
しかし天候に恵まれないROCKHURRAH一家の事、今度はよりによって大雪の日に出かけたりしてね。

大人社会科見学—横田基地日米友好祭2010—

【飛んでる画像はウソです。実際撮ったのは右上だけ】

ROCKHURRAH WROTE:

「夏嫌い」と何度も明言していて暑さにも湿気にも滅法弱いROCKHURRAHだが、今年の夏の猛暑は苦痛極まりない。夏はそこまで苦手じゃなかったはずのSNAKEPIPEでさえさすがに参ってしまい、家に帰ると二人ともぐったりという日々が続いている。二人が特別なわけじゃなくて今年は誰でもそうだろうね。
そんな過酷な夏のくせに最も暑かったろうと思えるお盆時期には休みが取れず、少し遅れて短い夏休みとなった。この暑さの中、旅行したり帰省したりはどうせしないつもりだったけれど、せっかくの休みなので近場でもどこか行きたいとは前々から思っていて、そんな二人が考えたちょっとしたおでかけは「そうだ、横田に行こう」というもの。

というわけで8/21と22日の2日間に福生の横田基地で行われた「横田基地日米友好祭2010」というイベントに行ってきましたよ、というだけのROCKHURRAHには珍しい内容の記事が今回のものだ。このブログの愛読者はほとんどいないと思えるから自分で説明するが、その手の記事をSNAKEPIPEが書く事はあってもROCKHURRAHが書いたのははじめての事だから「珍しい内容」というわけだ。

さて、U.S. AIR FORCE 第374空輸航空団の拠点となるのがこの横田基地ということだが、本州では最大の米空軍基地として知られている。
前にも書いたがミリタリーな服装が好きなだけで軍隊そのものや兵器に興味あるわけではない二人だから、軍事おたくなら誰でも知ってるような事もロクに知らない。
今回もそういう方面のうんちくなどは何もないわけで、そういうのを期待して読んでる人はここでやめた方がよかろう。単にここに来れば本場の空軍ルック(言い方変か?)がたんまり見れるんじゃない?と思ったから行ってみただけだ。

強いて書き加えるならば、ROCKHURRAHは幼少期に基地の町で育って、実際に住んでいたのも米軍ハウスだったので、そこの米軍基地イベントは大昔に経験した事がある。そのノスタルジーが常々あったというわけでこの友好祭を知り、行きたいと思うのも当然の流れなのだ。さらに子供の頃はタミヤの戦車や歩兵、ハセガワの戦闘機といったプラモデルをチマチマ作ったりMGCやマルイのモデルガンを撃ちまくったり、火薬とセメダインの匂いがする少年だった。意外と兵器好きな一面もあったなあ、と思い出す。あの頃は何軍とかのこだわりも何もなくて、単に見た目のカッコ良さだけで選んでいたものよ。あらら、もしや今でも全然変わってないのか?

5月のブログでもちょっと書いた通り、ここに二人でやってきたのはごく最近の事。我が家からはかなり遠い東京の西の果てという印象があったから、電車の時間なども調べて前日は早寝してこの日に臨む事に。そして当日は朝の5時に起床という休みの日にはあり得ない早起きをして準備した。ちょっとした遠足気分だね。

この日のためにSNAKEPIPEは久しぶりにTシャツを制作していたんだが、その意気込みの甲斐あって素晴らしいのが出来上がった。本物のベトナム・ファティーグ・ジャケットを解体してTシャツにパーツを移植、ただそれだけじゃなくてパンク的な要素も盛り込んだ独特のミリタリー+パンクの世界を表現したもの。これにブーニー・ハット、ポケットがやたら多いカーゴ・パンツ、HH(ダブルH)のミリタリー・ブーツ、そして仕上げが熱中症&日焼け対策のためのシュマーグ(アフガン・ストールまたはアラブ・スカーフ)といういでたち。個々のパーツへのこだわりはよーくわかるが全体的には何だか得体の知れない迫力あるスタイルとなった。しかも今から行くのは空軍基地であって熱帯ジャングルでも砂漠でもないんだよ(笑)。
ROCKHURRAHもこの日のために、というわけでもなくてTシャツ作ったんだが最近はミリタリーというよりはタクティカル系、あるいはPMC(Private Military Contractor)系のスタイルがお気に入りなので、そういう雰囲気のコーディネイトで出かけた。簡単に言えば民間軍事請負企業が戦地に送り込んだ現代の傭兵スタイル(の真似事)ね。ごつい、暑い、でも抜群に穿きやく頑丈なTAD GEARのカーゴパンツと軽い、見た目が気持ち悪い、でも最高に履き心地が良いBATESのタクティカル・ブーツ、マルチカムのキラー・キャップなどを合わせてみた。ん?もしかしてコーディネート変?そして仕上げはSNAKEPIPEの真似をして買ったシュマーグを首に巻いて、やっぱり何だかわからない不気味な格好と相成ったわけだ。おまけにシュマーグ巻いたせいでせっかく作ったTシャツが全く見えてないよ。
この場違い&怪しい二人で横田基地に乗り込んでみよう。

9時前に横田に着くというのを目標に、必ず座れる電車を選んで眠ってゆこうという計画だ。そしてまんまとウトウトする事が出来てここまでは良かった。しかし朝の9時前だというのに最寄り駅の牛浜は満員の大混雑。初めての参加なのでどのくらいの混雑なのかは予想出来なかったし、漠然と横田基地=広々=周辺も広々という印象があったのにこの牛浜駅前は非常にちっぽけで道も狭い。そこに溢れる人々で朝から熱気ムンムンという状態だ。横田基地のゲートをくぐる際に荷物検査や人相風体(?)チェックがあるとの事なので尚更スムースに進めないのだろう。
何とか苦労して二人とも無事ゲートを通過する事が出来たが、見ればそこかしこにもっと怪しげな奴ら(本物のミリタリーおたく集団)がゴロゴロいるわけで、ROCKHURRAH達の怪しさなどかわいいものだった(笑)。持ち込み禁止のアルコール類を没収されてる現場も見たのでただの形式的な荷物検査というわけでもなさそう。みんなニコニコ笑ってはいるが、本当は怖い米兵。

最近の米空軍が採用しているユニフォームはABU(Airman Battle Uniform)と呼ばれるものでベトナム戦争時代のタイガー・ストライプ迷彩をデジタル化してそれをモノクロームにした(というよりはクリーム×グレーといった色調)ような迷彩柄。
ウチが前に書いたブログ「CAMOのマイハウス」では割愛したけど陸軍のACU迷彩(Army Combat Uniform)、海軍のMARPAT迷彩(Marine Pattern)と共に現代的な迷彩のポピュラーなものだ。
入り口からいきなりその全身ABUにベレーというスタイルの兵士達がわんさか、これはさすがに本場の迫力で、個人的にはこれを見ただけでも来た甲斐はあったと思える。しかし古典的なウッドランド迷彩やドイツのフレクター迷彩が大好きというSNAKEPIPEは特に感慨もない様子で割と冷ややか。確かにそっちの方が色数も多いしデザイン的に優れているとは思うけど。

友好祭とは言っても開放されているのはこの基地のごく一部のスペースだけ。そこにハンバーガーやホットドッグ、ピザというような食べ物の屋台、それにTシャツやキャップといった衣料品を扱うブースが並んでいてアメリカン気分を満喫出来るというお祭りだ。さらに格納庫のような建物が開放されていて、そこでアメリカン・ロックやヘヴィメタルのようなライブが催されるという。今年の目玉はアースシェイカーとバウワウ、うわっ、思いっきり70〜80年代のジャパニーズ・ハードロックがここでは大人気なのかね?今どきの若い兵士はたぶん知らんでしょうというラインナップ。
ハードロックにもアメリカン・ファストフードにも特に興味ない二人だからこの辺は全部すっ飛ばしてTシャツや米軍パッチ(ワッペン)などのブースを視察してみる。全体的にYOKOTA AIR BASEというロゴが入ったものが多く、今日ここでしか買えないといったおみやげ感があるデザインが主流だね。普段はあまり見向きもしないROCKHURRAHだが、珍しく気に入ったデザインのものがあったのでSNAKEPIPE用のと自分用のをそれぞれ記念にと、別の店で買ってお互いのプレゼントとした。センテンス長いな。
パッチ類は思ったよりもマニアックな特殊部隊のものなどが外で買うよりずっと廉価で売ってたのでそれもついでに買った。どさくさに紛れてどこでも買えるようなものも売ってたりする、という印象があったが思ったよりはちゃんとした品質のものが多くて、アメ横よりはマシかもと思える。これは予想外だった。キッズ用のABUなども売っていたが需要あるのかね?衣類に関しては基地内のPXが出店であればもっと興味深いものもあっただろうけど、そこだけが残念(調べたわけじゃないので詳細は不明)。

さらに奥に進むと今回の横田のメインとも言える軍用機の地上展示を間近で見る事が出来る。ここはさすがに戦闘機おたくのカメラ集団がすごくて、誰もが撮りまくり状態だった。近場で見るとやはり迫力あるねえ。
最初に書いた通りROCKHURRAH達は軍用機を見て「ここのシェイプが素晴らしいね」くらいは言えるがメカとしてのスペックなどは全然わからない。F-4ファントムとかF-15イーグルとかまでが何となく判別出来る程度で、それ以降の知識はほとんどない素人なのだ。一部で話題だった最新型の超高級戦闘機、F-22ラプターもあったのか?歩いた範囲内にはなかったし、性能はともかく見た目があまり好きじゃないので、血眼になって探さないという方針にした。まあ詳細はわからなくてもみんな充分にカッコ良い機体なのは確か。楽しむ事は出来る。
その対面では輸送機やヘリなどの展示が行われていて、実際に中に入る事が出来るため大盛況。映画「ブラックホーク・ダウン」でおなじみのUH-60ブラックホークと兄弟分であるSH-60シーホークらしきものがある(これまたそう思っただけで本当は何と言うヘリなのか不明)。コックピット部分を撮影したかったために乗り込んだROCKHURRAHだったが、何を思ったかSNAKEPIPEが気を利かせて窓から顔を出した姿を記念撮影してくれてるよ。何だか小学生とお母さんみたいな一幕だな(笑)。でも今回のいでたちでこういう軍用ヘリに乗った姿は結構本格的に見えて日本人離れしていたかも、と後で自画自賛。

一回り歩いて楽しいひとときだったが緑と言ったら芝生程度で木陰もない、建物の陰や風通しの良い場所は人で満員。全体的にコンクリート部分が非常に多い空軍基地だから予想通り暑いのなんのって。SNAKEPIPEがあまりの暑さに頭痛を訴え、屋内ライブ会場に避難することにした。中は一応直射日光を防げるし、まだ少しだけ座れる場所があったので床に直接体育座りで一休み。いくら楽しみにしていた友好祭でも熱中症で倒れたら悲惨だからね。水分補給してしばらく休むとSNAKEPIPEも回復してきたと言う。本格的な熱中症にならなくて良かったよ。

時刻は昼になろうとしていて、食べ物屋台はどこも行列。入った頃はまだそんなでもなくて高を括っていたんだが、これは何か買うのも至難の技となってしまった。休む前に食べ物と飲み物を買っておけば良かったと後悔してももう遅い。仕方ないからもう一度外の屋台に何か買いに行く事に。うまそうでリーズナブルな店はさすがに長蛇の列、しかしもう選り好みしてる余裕がないからヒマそうな店を見つけてホットドッグとドリンクを買う事に。空腹でたまらなかったわけではなくて食後に頭痛薬を飲みたかっただけなのだ。
格納庫の外側にやっと日陰を見つけて半ば無理やり座った二人。本当は人がいたんだがSNAKEPIPEが一応病人風だったためによけてくれたのか?ホットドッグはソーセージ以外何も入ってないシンプルなもので何と450円。観光地的な物価なのか?いや、200円ハンバーガーなどは長蛇の列で大人気だったわけで、横田基地全体が高いわけじゃない。並ぶのイヤだったから仕方ないよね。

周りの芝生に座ってた人々が米兵に何か言われて次々と退散してゆく。見ればちゃんと拳銃を持ったミリタリー・ポリスか警備員のような人物。芝生に入っちゃいかんよ、というような事らしい。いくらお祭りとは言ってもここは軍施設であり規律正しい組織なのだ。それとなく見張っている軍人も各所で見かけたしね。自分勝手でマナーの悪い人間をもっと追い出してくれよ、MPさん。などと思って、逆にすがすがしい光景だった。

うーん、ありきたりなレポートではあるがかなり長い文章となってしまった。
来年以降にも是非行きたいと思うROCKHURRAHだったが、暑さ対策はしっかりと。当たり前だとわかってはいても充分じゃないんだよね。そしてこれしきの事でへばらないような体力作りが今後の課題かな。
より暑くなると思っていたシュマーグが実は大変役立つアイテムだと言う事がよーくわかった。あれはダテじゃなかったんだね。この記事が元で来年の横田が国籍不明のシュマーグだらけになったらこりゃまた困るけどね。

闘うバンドのユニフォーム

【ミリタリー系が最も似合わない人達を徴兵してみました】

ROCKHURRAH WROTE:

SNAKEPIPEやROCKHURRAHの書くこのブログ、最近の記事でも明らかな通り、以前から大好きだったミリタリー・スタイルにますます傾倒している。
ちょっと前はミリタリーも取り入れたパンクの服装だったのがだんだんエスカレートしてゆき、今ではどちらかというとミリタリーの方が主になってしまったようだ。本格派の人からすれば「何を今更」と笑われてしまうし特にポリシーもないんだが、機能的で動きやすく快適な服を求め、その究極はやはりミリタリーかアウトドアという事になってしまう。この世界は新素材と新技術の宝庫で昔から「NASAとデュポン社が共同で開発した素材」などという言葉に弱いROCKHURRAHはどうしても試したくなってしまう。が、色々あってROCKHURRAHはどうしてもアウトドア・ブランドの服は似合わないという情けない結果となってしまった。山に逃げて来た盗賊にしか見えないからね。しかもちょっとした服でも高すぎだよ。だったらやはり好きなミリタリー、という感じでもう流行り廃りなんか全然関係なく、これからもこの道を独自に昇華した服装をしてゆきましょうか。

さて、そんな個人的な嗜好を踏まえて今回はミリタリーを感じさせる服装が似合っていたバンド達の特集としよう。このブログでは恒例だが相変わらず70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブをメインでね。


まず最初は70年代後半から80年代前半まで活躍したインダストリアル・ミュージックの元祖的存在、スロッビング・グリッスルから。彼らの音楽や変態的な世界がどうのこうの、とかは今回の趣旨とは関係ないから省略するが、写真を見る限り確かに彼らはミリタリーな服装を好んで着ていたようだ。ただし本格的ミリタリーの人やタクティカル方面の人(何じゃそりゃ)から見ればけしからんようなコーディネイトなのは確かかも。一体どこ製?この写真で見る限り何軍なのかわからないが東ヨーロッパを思わせるような服装で迷彩も独自のパターン、ジェネシス・P・オリッジ(左から二人目)の腿にはイナズマのような彼らのトレードマークが入っているところが手作りっぽいね。昔からかなりオバチャン顔してると思っていたが後に本当に手術してオバチャン化してしまったようで、倒錯を貫いた偉大なアーティストだと言えよう。


80年代初期に活躍したリヴァプールを代表するふたつのバンド、エコー&ザ・バニーメンとティアドロップ・エクスプローズもメンバー全員がミリタリー・スタイルで写ってる写真が多く残されている。元々は同じバンド出身という事もあるしこの時代のリヴァプールのバンド達はほとんどが顔なじみなのは間違いないところ。だから誰かが着だしたというようなところから広がって、ミリタリー・ルックが蔓延しててもおかしくはない環境にあったのかもね。
ティアドロップ・エクスプローズのジュリアン・コープは一時期R.A.F.(Royal Air Force=英国空軍)のアーヴィン・ジャケットにムートンのジョッパーズ・パンツというスタイルを好んで着ていた。米軍のムートン・ジャケットB-3に似ているが襟がちょっとダブルのライダースっぽくなってるのがカッコいい。しかしこのバンドのキーボードはまるで水兵、ドラムはG.I.風、ギターはアフガンかサウジアラビアか?というスタイルでてんでバラバラ。まあ全員が揃って同じ時代の軍服着てたら何かの主義者みたいだから逆にこれでいいのかもね。
対するバニーズ(懐かしい呼び方)はさすがヒット連発の一流バンドらしく、ソツなく金持ちミリタリーな感じ。特にギタリストは迷彩のM-65ジャケットが大好きらしく、愛用している写真をよく見かける。


全員揃っての制服姿と言えばビル・ネルソンズ・レッド・ノイズの面々が思い出される。テクノポップ、あるいはエレポップと呼ばれるような音楽の元祖的存在だったビー・バップ・デラックスのビル・ネルソンがビーバップ解散後、ソロになるまでのごく短い期間やっていたバンドなので、彼らの写真も映像もほとんど残ってない。なので本当にこんなステージ衣装でやってたのかは不明だ。これはミリタリーとかには関係ないのかも知れないがSF好きのビル・ネルソンが作った架空の地球防衛軍みたいな機関の制服というようなコンセプトだったのじゃなかろうか?想像は出来るが実際のところどうなのかも不明。うーん、どちらかと言うと限りなく詰め襟学生服に見えてしまうシロモノ。同時代にエルビス・コステロとかトム・ロビンソンも学生服着てたなあ。


今度はドイツの誇るパンク・バンドだったデアKFCの2ndアルバム・裏ジャケットより。後に重厚なデジタル・パンクを展開して今でもマニアが多いトミ・シュタンフのルーツとなったバンドだ(写真中央)。ドイツ語の難しいタイトルが付けられているので無学のROCKHURRAHにはさっぱりわからんが確か「ソビエト連邦共産党中央委員会の酔っ払い」というような雰囲気のタイトルだったような。最初は握手とかして談笑していた会談だったけどそのうち酔っぱらってグデングデンになり、最後は制服の下パンツ一丁になってしまった、というような経緯を現わす写真がコミカルなのに音の方は割と暗めで硬質。しかしシュタンフの顔つきは不敵そのものでこういう服装や帽子が非常に似合っているな。使ってる服も下っ端兵士ではなく偉い人のもの。というわけで高官度No.1がこれで決まり。


同じ系列としてはユーゴスラヴィアのインダストリアル音楽政治集団、レイバッハ(他の呼び方もあるが80年代風にこう呼びたい)もまた軍服がおそろしく似合う本気系の人々。子供の頃、九州のどこかの温泉地で特攻隊の服を着たパフォーミング歌謡集団を見て衝撃を受けたROCKHURRAHだが、このレイバッハはそんな子供だましとは比べ物にならない迫力。何を言ってるかはさっぱりわからないがインパクトは強烈で、本来の意味でのミリタリー度では今回のNo.1だろう。


さて、最後はやはりパンクでしめようか。クラッシュのヒット曲「Rock The Casbah」のビデオより。クラッシュがミリタリーな服装をしてたのはこの時期だけのようだが、さすがスタイリッシュなパンク者達だけに似合いっぷりはすさまじい。ポール・シムノン決まりすぎ、ミック・ジョーンズ顔隠しすぎ。このスタイルを真似た人もさぞ多かったことだろう。
あとはエクスプロイテッドや初期ハードコアの連中のようにカーゴパンツをブーツインしてスタッズベルト、上はライダース・ジャケットというような折衷スタイルは今でもパンク系のライブではよく見かける。

ミリタリーを取り入れた服装には「何かと闘う」という意味もあるし逆に「反戦」という意味もある。しかし最も多いのは「ポリシーは特になし」というものでROCKHURRAHも最初にそう書いているな。服装ごときで主義主張を全て体現するつもりはないから見た目だけの人になるのはやめよう、という程度でいいと思う。

本当はまだまだ本格派のミリタリー・スタイルのバンドは数多く存在していただろうが、イザとなると思い出せないもんだから、相変わらず企画倒れの記事となってしまったのは否めない。Mission Failed.
反省して次に活かします。