ロックンロール世界紀行 Transit04

                   

【ロックンロールでもないし紀行文でもない独自路線の企画だよ】

ROCKHURRAH WROTE:

世界の国や都市名のついた曲を取り上げて、それについていいかげんなコメントをしてゆくというこの企画、久々にまた書いてみよう。

しばらく書いてないのでネタ切れと思われるかも知れないけど、70〜80年代のパンクやニュー・ウェイブ限定で地名のついた曲名を探しても、まだまだネタ自体はあるのだ。しかしやってるバンドについて特に詳しくなかったり、タイトルの地名について何もコメント出来るような事がなかったりと案外困難で、書き始めるのをためらっていた状態。文字通り「こんなんだったら企画自体やめたら?」と言われてしまうね。
それでも何か書かないと日曜日(当ブログ更新と決めてる曜日)は待ってくれないんだよな。

さて、今日はちゃんと旅情を掻き立てるようなのが書けるのか?
いや、たぶん無理だろうなあ。

Living Through Another Cuba / XTC

キューバについての知識はほとんどないが、そのわずかに知ってる事と言えば大航海時代に発見されて、スペイン人たちの暴虐により先住民族がほとんど絶滅してしまった事や、カストロやゲバラによるキューバ革命など、過去の血なまぐさい事柄ばかり。
今現在のキューバがどうなのかは全然知らないけど、とてもじゃないがエンジョイ出来そうな気はしない、という偏見を持っている。

昔観た映画で「マチネー/土曜の午後はキッスで始まる」というのがある。「グレムリン」などで有名なジョー・ダンテの作品なんだが、この映画の舞台が1962年のフロリダ。その当時はアメリカとキューバが一触即発の状態にまで対立していて、一般市民に見えないところで数々の抗争が激化していたという。ケネディVSカストロという豪華対立ね。

キューバにソ連製の核ミサイルが配備されて海のすぐこっちにあるフロリダを狙っていると市民が恐れおののいていた二週間。最悪の場合はソ連・キューバ対アメリカだけではなく第三次世界大戦にまで発展するのではないかと噂されていたわけだ。
見てきたようには書けないけどこれが俗に言うキューバ危機という出来事だったらしい。

映画はそういう緊迫した情勢を背景に持ちつつも割と明るい雰囲気で始まる。映画について語る記事ではないから端折るが、ペテン師のような映画興行主と少年、そして初恋、不良少年などが入り乱れた青春コメディっぽい内容でいかにも古き良きアメリカ。
これはROCKHURRAHの大好きなテーマが詰まってる作品だった。
中に出てくる映画監督というかプロデューサーが大げさな宣伝文句で観客を集め、チープなこけおどしでB級SFホラー映画にギミックを仕掛けるという点、こういうところにROCKHURRAHは価値を見出すのだ。
大昔のB級映画マニアにはおなじみ、ウィリアム・キャッスル監督がモデルだと思われる。

さて、キューバ方面からは何も語ってないように思えるが、たぶん気のせいだろう。そんなキューバ危機について歌ったのがXTCのこの曲だ。

XTCについては何度も書いてるけど、ロンドン・パンク直後のニュー・ウェイブ黎明期に鮮烈なデビューを果たしたバンドだ。
重厚なベースラインにタイトなリズム、そして引っ掻くようなノイジーなギターと奇妙にアヴァンギャルドなキーボード、野太いエモーショナルなヴォーカル。これらが一体となった大変に勢いのある曲はどれも驚くほどポップで、初期のニュー・ウェイブの代名詞と言えるバンドだった。
残念ながら勢いがあったのは80年代初期までで、この後はライブ活動も行わなくなり、緻密な名人芸のようなポップな曲ばかり作るようになってしまった。
「Living Through Another Cuba」は1980年にリリースされた彼らの4枚目のアルバム「Black Sea」に収録されている。
個人的には初期の素晴らしい勢いの曲こそが最高と思ってるんだが、人によってはこのアルバムがXTCの最高傑作と評価するかも知れないね。

この曲はそういうシリアスな米ソ関係を揶揄するような内容で、延々と同じフレーズの中で早口まくし立ての乱暴なヴォーカルが展開してゆく。日本で言えばナントカ音頭みたいなノリなのかね?XTCのポップな表面とブラックでひねくれた世界が見事に融合された名曲。
この曲で動いてる映像がこれしかなかったのでちょっと長いけど載っけてみるよ。省略したい人は3分10秒くらいから見てね。
アンディ・パートリッジのヴォーカルとギターは圧巻だが残りの二人のコーラスがひどい出来という、まれに見るテンションのライブでこれは貴重。
誰か歌のキー、間違ってないか?
読み返さなくてもわかるが、割と長く書いた割にはキューバについては何も書いてないな。
初めて読んだ人には不明だろうが、こういういいかげんな企画やってます。

The Lebanon / Human League

レバノンについての知識はほとんどないが、ROCKHURRAHは福岡県に実在したレバノン幼稚園出身という過去を持つ。と書きながらチト調べてみたところ、何とこの幼稚園、今でもあるではないか。このことに逆にビックリ。カトリック系で別におかしい名称ではないんだろうが、幼稚園名を言うと誰でも一歩引いてしまう、そういうインパクトのあるところに行かせてくれてありがとうと親には言いたい。
本格的なカトリックとは違う日本の幼稚園で、クリスマスにローソクの火が誰かの服に引火したとか変なエピソードだけは覚えてるよ。
ちょっとだけカトリック・テイストが入ったような行事をやってたような記憶があるが、まあ幼稚園の頃の記憶なんてアテにはならんな。
元々米軍基地のあった街で幼少時代を米軍ハウスで過ごすという、人によっては羨ましい環境で育ったのもその後のROCKHURRAHの人格を形成していった要因なのかもね。え?関係ない?

レバノンについて何も語ってないような気はするが、この国についてひとつだけでも思い出がある日本人は少ないだろうから、これで良しとしよう。過去には内戦も戦争もあったようだが、今はちゃんと観光も出来る模様。遺跡も多いしね。
さて、そんなレバノン情勢について歌ったのがヒューマン・リーグのこの曲。

ヒューマン・リーグは1970年代末にイギリスのシェフィールドからデビュー、エレクトロニクス・ポップスの分野で活躍したバンドだ。
最初の頃はシンセサイザーなどを駆使した音楽で、エレポップ真っ只中という時代もあって結構注目されていたが、ヴォーカルは片側だけ長髪という大変に不気味なオタクっぽい髪型、そしてブライアン・フェリーにも通じる粘着質のいやらしい歌声、という2つの個性を武器にしていたな。

途中でヘヴン17とヒューマン・リーグの2つに分裂するんだが、本家の方は80年代初頭に「愛の残り火」が奇跡の大ヒットをして、誰でも知るような有名バンドに成り上がってしまった。この頃はもう変な髪形はしてなかったが、どう考えても似合わないと思う気色悪い化粧顔で一応、ニュー・ロマンティックの仲間として扱われてるな。
この曲「The Lebanon」はそういう時代も過ぎた1984年の作とのこと。この頃はまだ内戦真っ只中くらいのようで、歌詞も割と直接的という話だが、詳細はよくわからん。

実はヒューマン・リーグを聴いていたのは初期の頃だけで、80年代は「愛の残り火」と「ミラーマン」くらいしか知らないんだよね。国名や地名のついた曲を探してる時にたまたまSNAKEPIPEと話しててこんなタイトルの曲があるのを知ったけど、そういう知らない曲に対してコメントしてるという危機的な今の状態。
この曲はギターやベースなどが入った普通のバンドっぽい構成で逆に驚いたよ。ヒューマン・リーグと言えば机みたいな台にシンセサイザー載っけたようなライブの印象しかないんだけど、初期しか知らないんでお粗末でいいかげんなコメントしか出来ないなあ。ウチのブログで特に話題となっている髪型はそこまで変じゃないけど、いやらしい目つきは健在。

India /The Psychedelic Furs

横尾忠則や藤原新也などの例を出すまでもなく、インドにインスパイアされたアーティストは古くからたくさんいて書ききれないほど。特に何の大志もない一般人でも世界観が変わってしまうという話はよく聞く。
ROCKHURRAHはどうかと言うと、インドに対する断片的な「良い部分」は理解しても正直に言えばたぶん苦手な国だと思う。東南アジア全てについて同じような感想なんだけどね。
人口が多くて人と人が触れ合ってひしめき合ってるような場所はどうしても好きにはなれないのだ。

人にとってはどうでもいいような話だがここでちょっと。
ROCKHURRAH家ではSNAKEPIPEと二人で毎日共同で料理を作っているが、去年くらいからの三大ヒット作のひとつが市販のルーとかを一切使わないインド・カリーだ。ちなみに他のふたつはパエジャとアヒージョという相変わらずのにわかスペインかぶれ。
スパイスの調合が大変かと思いきや、意外と適当にやってても下手なインド料理屋よりはよほどうまいと思えるのが作れてしまう。こういうDIY精神でずっとやってゆきたいものだ。

さて、肝心のインド部分の描写がまるっきり抜けている気がするが、相変わらず気のせいだろう。
そんな(?)インドを歌った曲は数多くあれど、やっぱり80年代らしく選んだのがサイケデリック・ファーズのこの曲。「ガンダーラ」じゃなくて残念だな。

彼らがデビューしたのは1980年。ジョイ・ディヴィジョンやバウハウス、スージー&ザ・バンシーズなどからの影響でダークな色彩を持つバンド達が次々とデビューしていた時期で、そういう音楽を一括りにしてネオ・サイケデリアと呼んでいた。彼らもその中のひとつなんだが、バンド名にすでにサイケデリックとついてるからわかりやすいかもね。
このジャンルではちょうど彗星のごとくデビューして話題になっていたエコー&ザ・バニーメンと人気・実力の上でいいライバルというような位置だったかな?
1stアルバムが確か黄緑とピンクのような色合いで、これがエコー&ザ・バニーメンのコロヴァ・レーベルの色彩と似ているため、こちらが勝手にそう思っただけか。
ヴェルベット・アンダーグラウンドのような音楽の80年代版といった音楽をやっていて確かにこりゃネオなサイケだわ。この手のバンドでは珍しくサックスが入っていたな。そして、ありそうでめったにないこの鼻から脳に抜けるような歌声に痺れてファンになった人も多かったはず。ROCKHURRAHの大好きだったウェステッド・ユースと近い歌い方だな。ファーズには悪いが、あちらの方が数段好きだった。
しかしこのビデオ、演奏や歌はともかく、風呂あがりの外人のおばちゃんみたいな服装は何だ?アンコールで本当に入ってる途中で出てきたのかな?

それぞれの国に対するまともなコメントが全然ないという呆れるばかりの内容だったが、ROCKHURRAHのブログはあまり主義主張を入れず、政治や時事的な問題も扱わない(扱えない)。
大体こういう頭悪そうな独自の路線でやってゆくので、来年も引き続きご愛顧賜りますように。
ん?まだ11月だったか?
締めくくりには気が早すぎか。

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