「ブレードランナー2049」鑑賞

                   

【「ブレードランナー2049」のトレイラー】

SNAKEPIPE WROTE:

先週書いた「映画「エンドレス・ポエトリー」公開記念 特別企画 鑑賞の冒頭で触れた「ブレードランナー2049」(原題:Blade Runner 2049)。
この映画はフィリップ・K・ディックの小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を原作とした、1982年に公開された「ブレードランナー」(原題:Blade Runner)から35年の年月を経て制作された続編なのである。
映画を鑑賞してから原作も読んだなあ。(笑)
残念ながら1982年当時、SNAKEPIPEは劇場で「ブレードランナー」を鑑賞したわけではない。
レンタルビデオ(ビデオね!)で借りて観て以来、今まで何度鑑賞したのか数え切れない程である。
好きな映画ベスト10の中には絶対に入ることは間違いない。(笑)
それにしても初めての鑑賞がいつだったのか思い出せないんだよね。

1982年の公開後レンタルが開始された当時、ROCKHURRAHはレンタルビデオ屋で働いていたという。
「ブレードランナー」はずっと貸出中の大人気映画で、スタッフであるROCKHURRAHですら借りることができず、別のレンタルビデオ屋で借りて観たらしい。(笑)
恐らくSNAKEPIPEもそんなお客さんの中の一人だったんだろうね。

「ブレードランナー」の魅力はなんと言っても「強力わかもと」の電光掲示板に映る芸者のアップと降り続く酸性雨、その中を様々な人種が入り乱れた雑然とした設定である。
中国語や日本語のネオンがある繁華街のイメージが近未来を表現する元祖はまさにこの「ブレードランナー」で、それ以降のSF映画やアニメに多大な影響を与えたことは間違いないと思う。
士郎正宗原作の「攻殻機動隊」は「ブレードランナー」の世界観を正当に踏襲した作品だろうね。

そして登場人物も魅力的だった。
レプリカントと呼ばれる人造人間のカッコ良さに目が釘付けになるんだよね。
初めて鑑賞した当時はパンク・ロックに目覚めた頃だったので、レプリカントにパンク魂を感じていたんだと思う。
左の画像の女性、プリスの「目に直線黒メイク」は強烈な印象を与えたよね。
さすがに真似はしなかったけど。(笑)
右のロイを演じたルドガー・ハウアーは本当にレプリカントにしか見えなかったしね。
人造人間なのに数年経つと感情が芽生えてくる、という点に残酷さを感じたよ。

「ブレードランナー」のもう一人のヒロインはショーン・ヤング演じるレイチェル。 
彼女は幼い頃の記憶まで与えられて、自分がレプリカントとは知らないまま存在している。
それぞれのレプリカントが過去にまつわる写真を提供されていて、それをお守りのように大事にしている様子が涙ぐましい。
過酷な作業のためのレプリカントだったら、過去の記憶がないほうが楽じゃないかと思うけど、どうだろう。
それとも何かバックグラウンドがあるほうが、頑張れるということなのか。
過去を表すために写真を使用する点も印象に残った。
今となっては写真に、そこまでの力がないかもしれないけどね? 

レプリカント開発を行っているタイレル社に務めるJ.F.セバスチャンが住んでいるアパートも憧れだったね。
何階建てなのか分からないけれど、ほとんど廃墟ビルなんだよね。
セバスチャン以外の住民はいないという、閑静な場所にセバスチャンは自分だけの世界を作っている。
左の画像がセバスチャン宅の内部だけど、セバスチャンは一人暮らしの寂しさを紛らわすために「友達」を制作して同居している。
「友達」とは動く玩具なんだけど、この部屋に入ってみたいと思うのはSNAKEPIPEだけではないと思うよ。(笑)

先にも書いたように、今まで何度観たのか数え切れないくらいの回数の鑑賞を重ねている「ブレードランナー」だけれど、「ブレードランナー2049」鑑賞前にもう一度観ておくことにする。
いやあ、何度観てもやっぱり大好きだね!(笑)
今回改めて鑑賞して気付いたけど、「ブレードランナー」の時代設定は2019年なんだよね。
以前は気にしていなかったし、遠い未来の話だと思っていたけど現実には2年後なんだよね!
空飛ぶ車も降り続く酸性雨もなく、もちろんレプリカントも存在しない現代。
強いていえばiPhoneのsiriに似た「音声認識アシスタント」とでもいうのか、デッカードの命令に従う装置が出てきたこと、今では当たり前になってしまったけれどテレビ電話の存在は実現されたことになるのかもしれないね。
こうして復習もして、ついに「ブレードランナー2049」鑑賞へと向かったのである。

前評判を確認していたところ、「40代以上の男性に大人気」だという「ブレードランナー2049」。
先週も書いたように「中高年がうひうひ」の映画には間違いないからね。(笑)
さて、実際のところはどうだろう?
会場に入り、指定席に座り観客チェックをする。
情報通り、頭が白い人多いなー!
しかも1人で来ている人が目に付く。
60代くらいの女性が1人で鑑賞というのも見かけたよ。
ROCKHURRAHとSNAKEPIPEの隣には空きが2席あったけれど、30代くらいの女性が1人、SNAKEPIPEの隣には60代くらいの男性が1人で来ていたね。
それにしても、その60代くらいの男性、席につくなり「ピーナッツパン」をむしゃむしゃ食べ始めるではないの!
「持ち込み禁止」って書かれているのにねえ。
おかげで上映前にピーナッツの香りが充満してしまったよ。
せめて劇場に入る前に食べて来て欲しいね。

長い予告の後、いよいよ「ブレードランナー2049」の上映が始まる。
さすがに年齢層高いせいか、上映中は静かだったね。(笑)
それでは感想をまとめてみようか。
ネタバレしないように注意しないとね!

「ブレードランナー2049」の主役はKと呼ばれるライアン・ゴズリングである。
このKというのは原作者であるフィリップ・K・ディックのKから名付けたのかしら?
Kはロス警察勤務のレプリカントで、自分が人間ではないことも知っているんだよね。
Kの職務は旧式レプリカントを排除すること。
この役目も残酷な感じがしたよ。
結局は同胞だからね。
ただ、映画の中でレプリカントということになっているから、その設定で理解を進めていくことになるけれど、SNAKEPIPEにはライアン・ゴズリングが全然レプリカントに見えなかったんだよね。
1982年版の「ブレードランナー」に出てきたレプリカントは、本当に人造人間に見えちゃったんだけど。
この差は一体何故だろう?
きっとライアン・ゴズリングが「戦闘型レプリカント」のような、何かの型に合致して見えなかったせいかもしれないね?

それに引き換え、レプリカントらしかったのはラブを演じたシルヴィア・フークス。
ラブのスペルはloveではなくluvなんだね。(笑)
この女優はアクションもできるのか、戦闘型レプリカントに見えたよ。
タイレル社倒産の後、レプリカント開発をしているウォレス社の社長付けのレプリカントという設定は、とても良かったね。
SNAKEPIPEが気になったのは、ラヴが着ていたリック・オーウェンスのデザインみたいなレザージャケット!
体にフィットしていて、とてもカッコ良かったなあ。
欲しいなあ。(笑)

感心したのは、レプリカントであるKの仮想恋人(?)、女医じゃなくて(笑)ジョイの存在。
これはAR(Augmented Reality)で造られたホログラムなんだけど、AI技術も搭載されているようで、完全に会話が成立するし、気遣いまでみせるほど高性能なんだよね。
しかもかなりの美人だし!(笑)
ジョイを演じたのはアナ・デ・アルマスというキューバの女優なんだけど、他の作品は観たことないかも。
ホログラムと実体が混ざる映像が非常に面白かった。
さすがに現代の技術が成せる技だよね。

ウォレス社の社長役を演じていたのはジャレット・レト。
ジャレット・レトを最初に観たのは「レクイエム・フォー・ア・ドリーム」で、あの映画は大好きでサントラまで買ってしまったっけ。(笑)
ウォレス社社長は目に障害がある役だけれど、首筋に何かの装置を着けると見えるようになるようで。
装置の詳しい説明はなかったけれど、興味を持ったよ。
それにしてもタイレル社の社長はレプリカントであるロイに目を潰されるシーンがあったので、前作とのつながりを感じてしまったのはSNAKEPIPEだけだろうか。

数年前に「ブレードランナー続編制作決定」を知った時、ハリソン・フォードが登場すると聞いて狂喜したSNAKEPIPE。
どんな続編になるのか全く予想していなかったからね。
今回デッカードとして再登場してくれたのはファンとしてはもちろん嬉しかった。
けれど、、、。
ちょっと物足りなさがあったのは事実。
それは恐らく「ブレードランナー2049」の全てが中途半端だったからだろうね。 

「素敵!」と思ったシーンを載せておこう。 
何のための彫刻なのか説明はないんだけど、崩壊した不明の頭部が砂漠に転がっている。
海岸に自由の女神が埋まっている「猿の惑星」のラストシーンに近い感じだけど、やっぱり廃墟好きにはたまらないね。
ポニーテールの女性2人が向き合ってひざまずいている巨大彫刻もなかなかだった。

タイレル社が開発した旧型レプリカントを展示しているコーナー。
ここ、行ってみたい!(笑)
現実に人間とレプリカントが共存する世界が来たとしたら、一体どうなるんだろう。
1982年版のレプリカントは寿命が4年だったけれど、ウォレス社が開発したレプリカントは寿命がない、ということだし。
感情もあるし、血も流れる。
現実社会で、例えば喜怒哀楽を表さず会話もせず人と関わりを持たない人間がいたとする。 
確かに母親の子宮から生まれた人間だけれど、それでも人間と言えるのかどうか。
逆にレプリカントは感情も持ち、仮想の恋人を愛することもできる。
感情や過去の記憶、個性があるかどうかというのは「攻殻機動隊」のゴーストに近いんだろうな。
ここまで来てしまうと人間との違いが曖昧になってしまうよね。

1982年版「ブレードランナー」の世界観を守ろうとしながらも、死守できなかった感じがする。
いつも降っていた雨は30年後の2049年には霧になったり、雨になったりしていたね。
あれほど通りを埋め尽くしていた多人種は減ってしまったのだろうか。
日本語(特にカタカナ)表記のネオンが多過ぎだったのが、逆効果のように思った。
1982年版に出てきた英語、スペイン語、中国語、日本語が混ざったスラングは廃れてしまい、英語だけになってしまったのだろうか。
あの多言語ミックスがいかにも未来的だったのになあ。
美術などのセットも中途半端、内容もアクション映画半分メロドラマ半分といった感じで、いまいち乗り切れない。
期待が大きかっただけに、SNAKEPIPEにはピンと来ない映画になってしまった。 
そうは言っても観たから言える感想なので、鑑賞できて良かったと思う。
次の楽しみはホドロフスキーだね!(笑)

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