「エンドレス・ポエトリー」鑑賞

                   

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【「エンドレス・ポエトリー」のポスター】

SNAKEPIPE WROTE:

ついにこの日がやってきた!
2017年11月18日はアレハンドロ・ホドロフスキー監督最新作「エンドレス・ポエトリー」が公開される日なんだよね。
待ちかねていたSNAKEPIPEとROCKHURRAHは、初日に鑑賞することにした。
「エンドレス・ポエトリー」を上映するどの劇場でも、初日の特典として「ホドロフスキーのポエトリー付き特製カード」 がプレゼントされることになっている。
本当は前売り券を購入すると「 特製ノート」だったか、何かオマケがあったんだけどね。
座席指定ができる前売り券とは限らないので、オンライン予約でチケット購入することに決めた。
前日の予報では「年末年始頃の寒さ」とのことだったので、用心深いROCKHURRAH RECORDSの2人は、かなり大袈裟な服装で出かけたのである。

ヒューマントラストシネマ有楽町に早めに到着すると、意外にも人がたくさんいるじゃないの!
寒波の影響で人が少ないだろうというSNAKEPIPEの予想が外れてしまった。
と思っていたら、別の映画のお客さんだったようで、やっぱり「エンドレス・ポエトリー」に来ていたのは30人程度?
恐らく映画館の5分の1以下の人数しかいないガラガラ状態で理想的!
年齢層はROCKHURRAH RECORDSも含め、やや高めかな。 (笑)
映画が始まる前に、またパンを食べてる人がいる。
今度はメロンパンだったけどね。

数分の予告の後で、いよいよ「エンドレス・ポエトリー」が始まった。
印象に残った場面について感想を書いていこうか。
前作「リアリティのダンス」の最後で、ホドロフスキー一家は故郷である南米チリのトコピージャを離れて、チリの首都サンティアゴに移り住む。
「エンドレス・ポエトリー」はその続きから始まっていた。
現在の町並みにモノクロームの巨大写真を重ね、機関車も黒子が写真を持って走ることで当時のサンティアゴを表現しているアナログな手法が面白い。
この黒子はあらゆる場面で登場していたので、ホドロフスキーが日本の歌舞伎から着想を得たのかもしれないね。
日本を知っているホドロフスキーだから、あながち間違いではないんじゃないかな?

ホドロフスキー一家は、サンティアゴでも商売をしているんだよね。
右の画像は、その店の前の様子。
ヒトラーの扮装をしている小人や足が長いナチスの人も呼び込みなのかな。
ホドロフスキーの映画には、必ず不具者が登場するけれど、毎回よくこれだけの人数を集めることができるなあと感心してしまう。
周りの人々が全員仮面をかぶっている様子が不気味。
当時のサンティアゴは、かなり物騒で雑然としていたようなので、その雰囲気が良く出ていたね。

「エンドレス・ポエトリー」の原作である、ホドロフスキーの自叙伝「リアリティのダンス」を読んだ時にも不思議に感じていたことだけど、チリでは詩が大人気なんだよね。
少年時代のホドロフスキーも詩に傾倒し、詩人になりたいと思っている。
ところが支配的な父親からは「詩人なんてオカマだ」と反対されちゃうんだよね。
その支配的な父親の表現が左の画像。
このシーンも面白かった。
少年時代のホドロフスキーを演じたのは「リアリティのダンス」で子供だった男の子だけど、すっかり大きくなったね。

父親の反対を押し切って詩に身を投じることになるホドロフスキーにはミューズとなる女性の存在が必要だった。
自叙伝で読んだ時にも驚いたんだけど、1950年代(40年代?)のチリに赤い髪のパンクな女性がいたんだよね。
SNAKEPIPEが世界史に疎くて、ましてや南米のアートについてほとんど知らないので、チリでは非常にアートが盛んと聞いて意外に感じてしまったし、カッコ良い女性が闊歩しているなんて思いもよらなかったよ。
女性の名前はステラ。
彼女自身も詩を書いていて、非常にエキセントリック!
SNAKEPIPEも自叙伝ですっかりファンになってしまった女性なんだよね。
「エンドレス・ポエトリー」では、きっとあの女性の話になるな、と思って期待していたんだけど…。

どうして「リアリティのダンス」の「アレハンドリ〜ト〜!」ってずっとオペラ歌ってたお母さんが1人2役なんだろう???
あのカッコ良い女性には、もう少し違う女性に演じて欲しかったなあ。
左はホドロフスキーとステラのベッドシーンなんだけど、ステラの背中にドクロが描かれているところが秀逸!
なんだかあえてステラの背中からの画像ばかりを選んだようになってしまったね。
(笑)

パンク要素ということでもう1点書いておきたいのは、ホドロフスキーが友人である詩人エンリケ・リンと共に詩の朗読をするシーンについて。
「叫ぶ詩人の会」の先人とでも言うのか、詩を叫びながら発表し、その後バイオリンケースに詰めた肉と卵を観客に投げつけるパフォーマンスまで行うんだよね。
日本のパンク・バンドであるスターリンがライブで豚の内臓投げつけるのを思い出したけど、それよりも何十年も前にパンクなことやってるとは!
チリでの詩とは、パフォーマンスも含まれた行為だったようで、現代アートの領域に含まれている感じになるのかな。
チリのアートは、かなり進んでたんだね!

 ホドロフスキーらしい映像は健在で、左のような群衆のシーンは息を飲むほどの迫力なんだよね。
「ホーリー・マウンテン」や「リアリティのダンス」にも出てきた風船で物を飛ばすところもあったね。
「エンドレス・ポエトリー」にはそこまで残酷なシーンはなかったけれど、映像の美しさや色の鮮やかさは際立っていたと思う。

映画「リアリティのダンス」の感想でも書いているけれど、自叙伝の映画化はホドロフスキー自身にとってのサイコセラピーなんだろうね。
映画はパリへと旅立つところで終わるので、「リアリティのダンス」のラストシーンと同じ終わり方をしている。
こうなるとまた続きが気になるじゃないの!
パリではシュールリアリズムの話になるからね。
パンフレットによれば、自叙伝は5部作にする予定とのこと。
自叙伝の映画化、完成させて欲しいね!

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