20171022_top.jpg【「ROCKHURRAH紋章学」ではないけど動物のロゴマークを集めてみたよ。】

ROCKHURRAH WROTE:

何だこの、おざなりなサブタイトルは?
いくつかこのシリーズ記事を読んでくれた人だったら即座にわかる通り、今回は動物の名前がついたバンドを特集してみよう。このタイトルだったら他に展開ないよね?

ROCKHURRAHとSNAKEPIPEは本気の動物好きとは全然言えないけど、道を散歩してるよその家の飼い犬とか見て「かわいい」とか言い合ったり、ペットショップの前で目尻を下げて見入ったり、割と普通の動物好きだとは思うよ。
しかしペットショップ店員の側から見たら、戦闘的な服装でサングラスの不気味なカップルが毎日のように立ち止まってこちらを凝視している。それだけで何か不安になるかもね。実は目尻を下げててもサングラスじゃ表情までわからないだろうからなあ。

子供の時に飼ってた犬(自分ではなくて家で飼ってただけ)でトラウマになるような出来事があったので、もう動物は自分では飼えないと諦めてはいるが、一日中ずっと家にいられる境遇になったら一緒にいたいとまた考えるかもね。
SNAKEPIPEはもし一緒にいたら可愛がりすぎて、もう家事も何も出来なくなると最初から断言してるよ。確かに一日中相手してそう。

さて、シリーズ記事は違ってもROCKHURRAHが書く記事は大体いつも同じような趣向になってしまうんだが、今回も見事にそのパターンを踏襲しているよ。ある意味予想通り。
ちなみにでこれまでやってきた活動(ブログ記事)は以下の通り。

  • イマドキ誰も語らないような過去のバンドをジャンル別に紹介してゆく特集。
  • イマドキ誰も語らないような過去の女性バンドを特定のくくりによって紹介してゆく特集。
  • イマドキ誰も語らないような80年代ニュー・ウェイブのカヴァー・ヴァージョン特集。
  • 世界の地名がついた曲ばかりを列挙する特集。
  • 少年少女時代に影響を受けたバンドについて思い出す特集。
  • 1から10まで日本語に聴こえるタイトルを集めたバカ特集。
  • 日〜土まで曜日がタイトルについた歌を集めたインスタント特集。
  • ハロウィンや秋葉原系とはまるで違う意味でのコスプレ特集。
  • 同じタイトルだが違った曲ばかり集めたありきたり特集。
  • 妙な情熱にかられた映像ばかり集めたトホホ特集。
  • 色のついたバンド名ばかり集めた浅はかな特集。 

書いてて情けなくなるがまあこういう一般的にはどうでもいい企画ばかり考えてずっと書いてきたわけだ。頭を使う方向性を間違ってないか、書いてる本人が一番危惧してるよ。

で、今回は動物名がついたバンド特集ね。 

元々猫派だったROCKHURRAHだけど近年はSNAKEPIPEと二人で犬のけなげな様子に目尻を下げてニヤニヤ、やっぱり傍から見たら危ない奴らなんだろうな。

最近のワンちゃん映画は全然知らないがROCKHURRAH世代で言うなら「ベンジー」・・・などと言うと思ったら大間違い。
なぜか思い出すのはダビングまでしてずっと持ってたフランス映画「バクステール」なのだった。SNAKEPIPEと一緒に見ようと思ってわざわざ京都から持ってきたんだよね。
ブルテリアという個人的にはあまりかわいいと思わない犬が主人公で、ずっと心の中のモノローグで語ってくる。要するに飼い主に構われなかったり身勝手な扱いされて事件を起こしてしまう不幸の飼い犬の話、最後にナチスかぶれの少年と出会っていい関係に巡り合ったかに見えたけど・・・みたいなちょっと怖い感じの暗い映画だったかな。

ちなみに京都からわざわざ持ってきて一緒に観ようと思ってた映画の中には知る人ぞ知るミンディ(メリンダ)・クラーク主演の「キラークィーン 舌を巻く女」などもあって、そう言えばあの映画にもオカマのプードルが出てきたよな?と思い出した。「バタリアン・リターンズ」でも主演してたミンディ・クラークなんだけど、当時は好きな女優だったんだよね。「キラークィーン」はVHSビデオだったが観ようとした矢先にテープが絡まる事故があって、結局一緒には観れなかった苦い思い出があるよ。
DVD化されてないようなので残念。

犬や猫はもっとも身近なペットなのでそれをバンド名につけた例は多いが、パッとすぐに思いついたから今日はこれにしてみよう。

バズコックスやドローンズと並びマンチェスターの最も有名なパンク・バンドだったのがスローター&ザ・ドッグスだ。
スローター”大虐殺”と”犬”がついたバンド名から不吉で不穏な意味を想像するが、デヴィッド・ボウイの「ダイアモンドの犬」とグラム・ロック時代のボウイの相方でもあるミック・ロンソンの「スローター・オン・10th・アベニュー」、このふたつのアルバム名からインスパイアされたバンド名だとの事で単なるグラム・ミックス。緊張して身構えたこっちがバカを見たよ
パンク始める前はグラムにどっぷりだったんだろうね。

同郷のバズコックスが誰でも覚えられるポップなメロディと素っ頓狂な歌声でパンクの人気バンドになったのとは対照的に、このスローター&ザ・ドッグスはラウドな演奏と激しいアクションで当時のリアルなパンク・ロックを歌い上げて有名になっていった。などと書くとありきたりか?
うーん、言葉で説明するのは難しいけど、この時代の一般的な若者がやってる等身大のパンクな生き様に近い世界だとROCKHURRAHは思ったよ。
要するに上から下までキメキメのステージ衣装みたいなのじゃなくて、普段着がジーンズに古着ライダースの鋲ジャンみたいな、まあそんなイメージだ。あまり金がかかってない隣のちょいワル(たぶん死語)兄貴みたいなわけね。
曲も割とミディアム・テンポのロックンロールが多く、ハートブレイカーズやニューヨーク・ドールズあたりの影響を受けてるんだろうと感じる。

で、ビデオの曲が代表作のひとつでデビュー曲「Cranked Up Really High」だ。
このバンドの70年代にちゃんと動いてるライブ映像がこれくらいしか残ってないので、画像ひどく悪いけど載せておこう。

大昔に「Original Punk Rock Movies」というドン・レッツが撮った映画で観たのと同じヴァージョンだなこれは。
どうやら冒頭で何か白い粉を撒き散らしたようで、粉まみれショーとなってる模様。俺はちょっと頭がおかしい男だぜ、というサイコな様子を表現したかったんだろうが至近距離で浴びた観客は大迷惑。
しかも舐めてみたら「あ、片栗粉だ!野郎、騙しやがったな」という感じなのか。

パンク・バンドの主義主張なのか単なるめぐり合わせなのか、人気なかったのかわからんが、ダムドやジェネレーションX、シャム69、ストラングラーズなどは例えば「Top of the Pops」などの歌番組にも気軽に出演して「くちパク演奏」もするけど、このバンドはたぶんそういうのにも全然出演してないんだろうね。 

ワンちゃんと言えば世界的に有名なファッション・デザイナー、アレキサンダー・ワン。
ROCKHURRAHには似合いそうもないし、洋服の方はよくわからないデザインが多いけど、柔らかい革を使ったバッグは高級感もあり実用的でお洒落な「さすが」と言える逸品。
SNAKEPIPEや友人Mは早くから注目していたようでいくつか所有してるな。
女性のブランド物バッグには目の玉飛び出るような金額のが多いが、これなら価格に見合った商品と言えるのだろうね。
彼の写真見てて誰かに似てると思ったが「タイガー&ドラゴン」に出てた時の塚本高史だった。どちらも今回のブログの内容とは全然関係ないけど、ワンちゃんから始まった連想の連鎖でここまでたどり着いてしまったワン。

そんなワンちゃんつながり(?)でこんなバンドもフト思い出したよ。
ナイジェリア出身のマリオン・カッツ嬢を中心としたスコットランドのバンド、ドッグ・フェイスド・ハーマンズだ。1980年代後半に活躍したバンドだが、変則的なビートとキンキンに耳障りなギター、トランペットなど、いわゆる普通のロックからははみ出た分野のフリー・スタイルな音楽を得意としていた。マリオン嬢も何か叩いたり吹いたり歌ったりでかなり忙しい職場だな。

そう言えば同時代のイギリスで、ノイジーな不協和音によるバンドを次々とリリースしてたロン・ジョンソン・レコードというレーベルがあったな。ここにも似たようなバンドが色々いたけど、割とオシャレなアート系女性のようなヴォーカリストだったから、こっちのドッグ・フェイスド・ハーマンズの方が見栄えがよろしい。実はよく見ると結構「犬顔」なので、歳とってからの写真はさらに犬化が進行してるのが残念。
ROCKHURRAHもSNAKEPIPEもブルドッグみたいに口角が下がらないように変顔体操しなければ。

様々なジャンルのバンド名に使われている犬と比べて猫はロカビリー系バンドによく使われる事で有名だ。服装や髪型から由来したものではないだろうし、何でキャッツなのかは不明だけど、まあ流行りみたいなものか。この手の幾多もあるキャッツ系からROCKHURRAHが選んだのが80年代ネオ・ロカビリーの有名バンド、ポールキャッツだ。
ポールキャットとはヨーロッパケナガイタチとの事だけど、詳しい人でもない限り即座に出てこないだろうね。これを改良してペットにしたものがフェレットらしい。
ここまで書いてようやく気付いたけど・・・。ん?猫じゃないニャン。

鼬(イタチ)と聞いて個人的に真っ先に思い浮かべるのが筒井康隆が1984年に発表した不条理極まりない、ものすごい実験小説「虚構船団」だ。
宇宙を突き進む文具船、文字通り搭乗しているのは擬人化された文房具ばかりなんだが、乗組員全員が狂ってしまっている。それぞれに人格があり狂ったエピソードも人間関係(?)もあり、最初のうちはとても面白く読み進んでいた。
が、その文具船の敵がなぜかイタチばかりが住む惑星であり、文具船は単体でその星に上陸、敵を殲滅せよという命令を受ける。理由も何も一切不明。
ここから凶悪なイタチ族の1000年の歴史が語られるが分厚い本の半分くらい、延々と歴史が続くところで読むのが辛くなってしまう。地球の世界史概要ともよく似た話なんだがイタチも十種類もいてそれぞれが戦争して栄枯盛衰してるような複雑な話。
この話とは特に関係ないが、子供の頃に「ドグラ・マグラ」や「黒死館殺人事件」を読んでて、知識が足りず途中で読むのが辛くなる部分があった事を思い出した。
こちらは読んでわからないというほど難しくはなかったが歴史も得意ではないし、イタチの名前がやたら出てきても覚えられず、読破するのにかなりエネルギー使ったからね。
次に上陸した文房具とイタチの戦いが様々な視点から描かれていて、この部分はまた面白く読むんだけど、後半はどこからどこまでが誰の話なのか非常にわかりにくくて、どんどん脱線して錯綜して破綻してしまう。この辺が筒井康隆の真骨頂だと思うが、読んだ人全ての精神がおかしくなるような大傑作だったな。
いや、単にヨーロッパケナガイタチでちょっと連想しただけで今、ROCKHURRAHが書いてる文章とは何もリンクしてないんだけど。今回はその手のが多いな。

ポールキャッツは1977年にロンドンで結成されたネオ・ロカビリー・バンドだが、この頃はまだ単なる50’sロカビリーの焼き直し、カルト・ヒーローズという名前で活動していた。
その彼らが話題となったのが1981年のデビュー作「Polecats Are Go!」というアルバム。
大体同時期にレコードをリリースしたストレイ・キャッツがネオ・ロカビリーの代名詞のような音楽とルックスだったのに対して、ポールキャッツの特色はグラム・ロックなど、通常のロカビリー・バンドがカヴァーしない異種ジャンルの音楽をうまくロカビリーに取り入れてカヴァーした、抜群のセンスにある。
見た目もこの時代のネオ・ロカビリーではまだ(たぶん)誰もやってなかったはずだが、グラム風の化粧をしたインパクト抜群なもの。そのうちネオ・ロカビリーから派生したサイコビリーでキレイと言うよりはグロテスクなメイクが流行ったけど、この時代のイギリスはやっぱり化粧男の宝庫だったよね。
今はあまりそういう風潮はないが、ポールキャッツは同時代にはロカビリーというよりはニュー・ウェイブの一種みたいな扱いを受けてたように記憶するよ。

ビデオの曲はロック好きだったら大体誰でもおなじみ、Tレックスの「Jeepster」をカヴァーしたもの。ポールキャッツはデヴィッド・ボウイの「John, I’m Only Dancing」もナイス・カヴァーしていてオリジナル曲よりも代表曲みたいなもんだが、どちらもロカビリー調にカヴァーしやすいのを選んでるね。
全員ミリタリーのG.I.っぽい服装と言えばクラッシュ「Rock The Casbah」を思い出す人も多かろうが、ポールキャッツの方が早かったんだよね。ヴォーカルのティムがリュック背負って(通信兵のつもり)はしゃいでるのも子供みたい。
しかしこの耳に残る中性的な声、やっぱりポールキャッツはいいね。

こんな時代になってもなのか、こんな時代だからなのかは不明だが、最近でもネズミは廃れる事なくて街中でもごくたまに見かけてしまう。ちょっと前に家の近所の美容室を改装してた時に床下から追い出されたのか、道を横切る姿も見たよ。こんなところにもやっぱり生息してるのか、と驚いたもんだ。
最も都市と共存出来そうな生き物はカラスかネズミなんだろうね。

鼠と聞いて思い出すのはやっぱり大昔の映画「ウィラード」だろうか。
鳥やネズミ、他の動物でも何でも、人を襲うというのはパニック映画の定番とも言えるから、おそらく数多く存在してるとは思う。ROCKHURRAHもその手の映画は好きだから観てるんだけど、本当に怖かったり面白かったのは意外と少なかったなあと回想するよ。
ウィラードはネズミの名前ではなくて主人公の孤独な青年。まあ何もかも不幸で悲惨だとは思えるがこれしきの不幸はどこにでもあるとも思う。で、友達もいない孤独なウィラードが家に住みついたネズミと仲良く(?)なって訓練してゆくけど、おおかたの予想通り最後はもっと悲惨になってしまうというような話だったな。
好評だったから続編の「ベン(「ウィラード」に出て来るネズミの名前)」などというのも出来たが子供の頃のマイケル・ジャクソンがテーマ曲を歌ってて映画と共にヒットしたようだ。
ネズミと言えばついでに、中学生くらいに読んだ開高健の「パニック」という小説を思い出そうとしたがうーん、あまり覚えてないので何も語れない。

大型のネズミを指す言葉、ラットをバンド名につけた例も数多くあるけど、中でも80年代に最もメジャーだったのがブームタウン・ラッツだろう。「新興都市のネズミたち」というような意味のバンド名だと思うが、「哀愁のマンディ」とボブ・ゲルドフのバンド・エイド(「Do They Know It’s Christmas?」)での大ヒットばかりが記憶されている程度で、個人的な好みじゃないので素通りしてしまう。

で、ウチっぽいのはないかな?と探してみたら「こんなのいかが?」というようなのが出てきたので今日はこれにしてみよう。単にフランス語の冠詞が付いただけのような気がするがLes Ratsというバンドだ。ドブネズミはフランス語でもRatなのかな。
1982年から活動していたフランスのパンク・バンドだとの事だけど、レコード・デビューは80年代後半とかなり下積みが長かった模様。フランス各地のタワレコやイオン・モールで巡業してたのかな?(ひと目でわかるウソ)

まあ見ての通り80年代後半、もしくは90年代に入ってしまったけどパンクは不滅だぜ、というような音楽や映像で単純明快。ただ、こういう音楽でもフランス語の響きになると違った雰囲気になるから不思議なもんだ。フランス語だから、という先入観だけかも知れないが同じく80年代後半から90年代にかけて大活躍したマノ・ネグラのパンクっぽい部分だけを抽出すればこんな音楽になるかもね。

フランスと言えばパンクの初期からスティンキー・トイズやメタル・アーベイン、Ausweis(読めん)など、個人的に好きなバンドも多かったが、音楽もファッションもゴテゴテしてなくてさすがシック大国だね。

実はこの辺からかなり苦しくなってきて書いてる方は苦悩してるんだけど、動物名のついたバンドって探してみるとあまりないような気がするんだよね。
70年代でROCKHURRAHが取りあげないようなバンドだったら結構たくさん出てくるけど、パンクやニュー・ウェイブでは自分で想像したほど名前が出てこない、これで苦戦してるのだ。
80年代にはそういうバンド名は流行ってなかったのかも知れないし、もちろんパンクやニュー・ウェイブの一種に含まれていても何もコメント出来そうにないバンドはやっぱり書かないだろうからね。
あと、人があまり言及しないマイナーなバンドばかりだとちゃんと動いた映像がまるっきり残ってないから、そういうのばかりを集めても面白くないだろうと思って極力静止画のみじゃない映像を探してる。実はこれが一番難しいわけだ。
と言う事で今回の企画もテキトウに思いついたものの失敗に終わってしまったかもね。
めげずに次回もまた何か考えてみるよ。ん?まだ書き終わってなかったか?

動物園の人気動物ランキングは全然知らないけど、シマウマなんてのはおそらくあまり人気ないのでは?と予想するよ。
名前と姿の一致度ではNo.1だと思うし見た目は派手だが、それ以外に特に決め手がない中庸さで個性に乏しいような気がするんだよね。
割と定期的な頻度で流行る豹柄に比べてゼブラ模様の扱いも一段低いように感じるのはROCKHURRAHだけか?そんなことない?

そんなゼブラ模様を果敢にも派手なレコード・ジャケットにしたのがこのパーフェクト・ゼブラズだ。
1982-83年というかなり短い時期だけにパッとレコード出して散ったという印象だが、あまり情報もなく、さすがに日本語の記事も少ないなあ。
ロンドン発のモロにニュー・ウェイブのバンドなんだけど、ベーシストが元アドヴァータイジングというロンドン・パンク〜初期パワー・ポップで活躍したバンドの出身。アドヴァータイジングには後にコンパクト・オーガニゼーションというレーベルでマリ・ウィルソンをヒットさせたトット・テイラーなどもいたが、この記事でもすでに書いていたな。さらにベーシストのデニス・スミスはパーフェクト・ゼブラズの前もシークレット・アフェアというネオ・モッズのバンドにちゃっかり在籍していて抜け目ない男という印象。
このパーフェクト・ゼブラズ、音の方はメリハリのハッキリしたリズムで割と単刀直入なもの。さすがゼブラ柄(意味不明)。アフロっぽくもあるしファンカ・ラティーナ調の曲もあり、中東かどこかの印象も少しあるという贅沢微糖みたいな(何じゃこのたとえは)味わいなんだけど、全体としては全然複雑じゃなくてこの時代の英国ニュー・ウェイブのツボはちゃんと押さえた曲作りのバンド。
個人的にはこういうオルタナティブとポップスの狭間で頑張ってたバンドには高得点をあげたいんだけど、結局どういうバンドなのかよくわからないまんまだったのがちょっと惜しい気はするよ。

ビデオもどういうわけか、この手のバンドとしては珍しく金がかかっていそうなのが不明。
大物ニュー・ウェイブ・バンド並みのロケだったのに「売れた」という話は聞いた事ないもんな。
ヴォーカルが「若い頃のプーチン大統領ってこんな顔だったんじゃなかろうか」と思わせるような顔立ちで音楽性とは結構ギャップがあるよな。

勢い良く書き始めたものの、今回はたった4種類の動物しか紹介出来なくて、代わりにROCKHURRAHお得意の関係ない話ばかり語ってしまったな。
結構トホホな内容になってしまったが、めげずにまた機会があったら動物編の続きを書きたいよ。

ではまた、ヴェッソ ギャーロ(リトアニア語で「さようなら」)。


【メイン会場だった横浜美術館を撮影】

SNAKEPIPE WROTE:

2017年5月の記事「SNAKEPIPE MUSEUM #42 Wael Shaky」の最後に

横浜トリエンナーレでは映像作品も鑑賞できるのだろうか?
今からとても楽しみだ!(笑) 

と書いている。
たまたまSNAKEPIPE MUSEUMで特集したアーティストの作品が、横浜トリエンナーレに出展されることを知り鑑賞するのを待ちかねていたんだよね!
横浜トリエンナーレに行くのも初めてのこと。
3年に1度開催されているというので、恐らく前回は長年来の友人Mとの間で話題には上りながらも、結局行かなかったんだろうね。
今年こそは!と喜び、ROCKHURRAHと共に横浜に向かったのである。

横浜トリエンナーレ、どうやら正式名称は全てカタカナ表記のヨコハマトリエンナーレのようなので、ここからはカタカナで統一していこうかな。
ヨコハマトリエンナーレは、いくつもの会場にまたがって開催されているという。
みなとみらい駅すぐの場所にある横浜美術館赤レンガ倉庫1号館、 横浜市開港記念会館、という3つの会場があるというので、あらかじめ下調べをする。
恐らく全部を回りきれないだろう、と思ったからね。
時間的にも、体力的にも難しそうだもん。(笑)
ROCKHURRAHとの会議の結果、横浜美術館と赤レンガ倉庫の2つの会場だけを鑑賞することに決定する。
ROCKHURRAH RECORDSの目的は横浜観光ではなく、作品鑑賞にあることから、作品数が多く展示されている会場2つを選択したのである。
そしてその2箇所であれば、徒歩での移動が可能なことも理由だった。
一応無料バスが出ている、という情報はあったけれど、どれほどの人が利用するのか、時刻表通りの行動ができるのかも不明だしね?

この日の横浜は晴天。
前日は雨降りだったので、腫れたこの日は絶好のお出かけ日和だった。
少し歩くと汗ばむ程の気温、元々横浜は「人がいっぱい」という印象があるけど、この日は特に多かったように思う。
今から思えば、ROCKHURRAHとSNAKEPIPEは前日の雨模様の時に行ったほうが良かったのかもしれないね。

最初に赤レンガ倉庫に向かうことにする。
赤レンガ倉庫といえば、あの観光名所だよね。
最近少しSNAKEPIPEの方向音痴が感染しつつあるROCKHURRAHと、自他ともに認める完全な方向音痴のSNAKEPIPE。
赤レンガ倉庫までテクテク歩いて向かう。
「多分こっちだと思う」という危なっかしい2人で、なんとか赤レンガ倉庫へ。
ところが、ヨコハマトリエンナーレのヨの字もないじゃないの!
もう一度確認すると「赤レンガ倉庫1号館」だって。
赤レンガ倉庫に1号館と2号館があることを知らなかったよ。(笑)
ショップやレストランが入っているのが2号館で、それを目指して歩いていたようで。
一体1号館はどこ?
この時赤レンガ倉庫の敷地ではドイツ・ビールが飲めるオクトーバーフェストなるイベントが行われていたんだよね。
このイベント目的のお客さんが大勢で賑わっていて、ビール買うための列なのか、行列も出来ている状態。
大きなテントができているわ、ビール会場のための囲いがあるわ、赤レンガ倉庫1号館の入り口が分からない!
ROCKHURRAHとSNAKEPIPEは赤レンガ倉庫1号館に行きたいんですけど〜!
テントや囲いをぐるっと回って通り抜け、やっと見つけたのがこの入口。
右がビールのフェスタの白いテントで、それに隠れるようにヨコハマトリエンナーレの看板が…。
非常に分かり辛かったと思うのは、ROCKHURRAH RECORDSだけかしら?
赤レンガ倉庫としては、ヨコハマトリエンナーレよりもオクトーバーフェストのほうに力を入れてる感じだったよ。
それでもなんとか無事にたどり着いて良かった。(笑)

赤レンガ倉庫内が会場なので、2017年正月に行ったBankART1929と似た雰囲気を感じる。
無機的なバックは非常に好みの空間だよ。
そこで出会ったのが宇治野宗輝の作品「プライウッド新地」だった。
機械音が鳴り響く。
何かと思うと、ジューサーミキサーが回転している音のようだ。
そしてその様子がスクリーンに映し出されている。
かなりインダスとリアル!(笑)
リズム音、ギター音、モーター音などが絡み合い、インダストリアルな音楽が完成する。
これらは全て自動なんだよね。
そのうちギターについた触手(?)が動き出した!
影だけ見ると、まるで昆虫だよね。
複雑な装置の動きと重低音、音に合わせた照明などの全てが、会場で体験しないと分からない現代アートでとても気に入った!(笑)
会場にいた係の人に「これは誰の作品ですか?」と聞きに行ったSNAKEPIPE。
「うじのさん、です」と言われて初めて日本人の作品だと知り驚く。
勝手に海外のアーティストだろうと思っていたんだね。
ドイツのアーティストという印象だったから。
宇治野宗輝は1965年東京生まれ。
1988年東京芸術大学卒業。
2001年から個展を開催し、海外でも作品を発表しているようである。
東京では山本現代でやることが多いみたいだから、機会があったら鑑賞したいアーティストだよ。

照沼敦朗は、絵画の中に動きを取り入れた作品を展示していたよ。
ちょっと漫画っぽい作風なんだよね。
右は映像が組み込まれている作品で、モノクロームの世界に突然光が差し込む様子は、ちょっと不気味だった。
細かく描き込まれている背景には、謎の日本語も書いてあったよ。
もう一点は鮮やかなカラー作品で、途中からプロジェクション・マッピングのような映像が重なり、幻想的な雰囲気になっていた。

2010年に鑑賞した「六本木クロッシング2010展」で、「ほおっ」と声を上げた、と感想を書いていたのが青山悟の作品だった。
その時に鑑賞した作品も展示されていたね。
実は鑑賞していないはずのROCKHURRAHに指摘されてから気付いたんだけどね。(笑)
どこかで観て知ってるような?と思ってたSNAKEPIPEは、かなり記憶力が低いなあ。
今回はアンティークプリントに刺繍を施した作品が展示されていた。
全てをびっちり刺繍している作品とは違って、一部分だけにカラーが入ることで印象が変わる効果を狙っているのか?
この作品の場合は赤い服の部分が刺繍なんだよね。
SNAKEPIPEの個人的な好みでは、全てが刺繍の作品のほうに軍配が上がってしまう。
恐らくびっちり刺繍は初期の作品で、一部刺繍が最近のようなので、変化しているんだろうね。
刺繍アーティストとして作品を作り続けているのはすごいことだと思う。

 「まるでフランシス・ベーコンだね!」とROCKHURRAHと言い合ったのが小西紀行の作品だった。
小西紀行、と検索しようとすると、どうやら「妖怪ウォッチ」の作者が同姓同名のようで、画家のほうの小西紀行がなかなかヒットしないんだよね。(笑)
もしかしたら本人のHPはないかもしれないので、ギャラリーが紹介しているページを貼っておこう。
家族や身近な人物のスナップ写真を元に描いているみたいなんだけど、かなり抽象化されていて鑑賞者が自由に感想を持つことができる。
そしてSNAKEPIPEが持った感想は「残酷な雰囲気の絵」だったんだけどね?
あれ?家族の肖像画からは離れてるかな。(笑)
今まで全然知らなかったアーティストなので、鑑賞できて良かったと思う。

赤レンガ倉庫1号館の展示は、とても満足した。
観られて良かったね、と話しながらランチに向かう。
ところがこのランチが大失敗!
なんと1時間も並ぶ羽目になるとはね。
横浜の昼時をナメたらあかんぜよ。
あんなに人が大勢いるからねえ。
仕方なかったとはいえ、並ぶことが苦手なROCKHURRAH RECORDSには辛い時間だった。
次回からの教訓にしよう。 

ヨコハマトリエンナーレのメイン会場は横浜美術館なので、赤レンガ倉庫1号館の展示に満足していたROCKHURRAHとSNAKEPIPEは、期待を胸に横浜美術館に入ったのである。
が、、、どうしたことでしょう。
横浜美術館の展示作品は、どれも「学芸会レベル」に感じてしまうものばかり。

大好きな写真家、畠山直哉の作品が展示されていたのは嬉しかったけど、特に新鮮さはない。
恐らく今まで観たことがない作品だったのが「カメラ」という作品群。
撮影年度が1995年から2009年というから、撮りためているテーマなのかもしれないね。
「LIME WORKS」や「Underground」で衝撃を受けたSNAKEPIPEは、あそこまでカッコ良い写真を撮る写真家ならば、もっとすごい作品を見せてくれるのでは?と期待して待っていたっけ。
Wikipediaで畠山直哉を調べてみたら、2015年に紫綬褒章を受章していたらしい。
今はどんな写真を撮っているんだろうね。

横浜美術館の展示で感想を書きたいと思うのは、ヨコハマトリエンナーレに行くきっかけになったワエル・シャウキーだね。
ガラスや粘土を使用した操り人形を制作し、その人形を実際に動かした映像作品をてがけているアーティスト。
エジプト出身というところに驚き、その人形の不気味さが気に入ったSNAKEPIPEは、是非とも実物を鑑賞してみたいと思っていたのである。
そしてついに人形とご対面!
確かに人というよりはワニだったり馬のように見える顔立ちだったけれど、実物はそこまで不気味ではなかった。
これは照明や背景の影響かもしれないね?
動かすことを想定して制作されているので、人形単体で鑑賞する場合とは印象が違うんだろうね。
会場には大きなスクリーンが配置され、ワエル・シャウキーの映像作品が流れていた。
ちゃんと日本語訳も入っていたので、本当はもっと鑑賞したかったけれど、ここに辿り着くまでにすっかりお疲れモードのROCKHURRAH RECORDS。
ほんの少しの時間だけ鑑賞して終了してしまった。
前述したように、横浜美術館の展示作品はどれも「?」と感じてしまうものばかり。
赤レンガ倉庫1号館で大満足してからの落胆は、その格差が大きかっただけに疲労につながってしまった。
ランチの待ち時間も、ね。(笑)

ヨコハマトリエンナーレは大規模な企画展示なのかと思って期待していただけに、がっかり感のほうが強くなってしまった。
今回横浜市開港記念会館に行かなかったのは、正月に鑑賞した作品と同じ展示作品だったからである。
柳幸典も観ていたら、がっかり感は少し薄れたかもしれないなあ。(笑)
横浜美術館は常設展が素晴らしい、好きな美術館なだけに残念でならない。
3年後のトリエンナーレはどんな展示作品が並ぶんだろう?
観念的過ぎない、一目で「驚くようなアート」が観られると良いね! 

【絵画の中の人物が踊り出す!】

SNAKEPIPE WROTE:

現代アートの世界では既に有名のようだけれど、その存在を全く知らなかったSNAKEPIPE。
そのため「今更何言ってるの?」と言われてしまうかもしれないけど、作品を観て驚愕してしまったので、やっぱり特集したいと思う。
是非ともSNAKEPIPE MESEUMのコレクションに加えたいからね!

実を言うと最初に観た時には、印象派のような「単なる絵画」だと思っていたSNAKEPIPEは、その仕掛けを知って腰を抜かしたのである。(大げさ)
制作過程を知ることで、この作品が「単なる絵画」じゃないことが分かる。
なんとこれは写真だったんだよね!
言葉より写真で観てもらったほうが分かり易いと思うので、こちらをご覧あれ!
上が制作中、下が完成した作品なの。
モデルに着色して、まるで絵画のようにみせている手法なのよっ!
背景も油絵みたいにペイントしてるからより一層絵画に見えてしまうんだよね。
これには驚いてしまった。

今まで例えば森村泰昌が、絵画をヒントにして自分自身が登場人物になりきる作品を発表していたり、先日の「サンシャワー:東南アジアの現代美術展鑑賞」で記事したシンガポールのアーティスト、ミン・ウォンが映画の登場人物全てを一人で演じる作品は観ている。
本物(実物)をなぞって、フェイクを制作するという手法とはタイプが違うからね!
鑑賞者に錯覚を起こさせる、「だまし絵」ならぬ「だましアート」とでも呼ぶべきか? (笑)

この作品の作者はAlexa Meade、アレクサ・ミードというアメリカ人女性。
1986年生まれというから、まだ30歳なのかな。
すでに評判になっているアーティストのようで、知らなかったSNAKEPIPEはモグリかも。(笑)
どうやら2013年にはミニ・クーパーのイベントで来日し、渋谷109の前で車とモデルにペイントするパフォーマンスを行っていたらしい…。
これは観てみたかったよね!
そしてアレクサ・ミード、美しい方なのね。
これは話題になること間違いなし、だ!(笑)

アレクサ・ミードのセルフポートレートがこれ!
アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの「半分人間」じゃなくて、「半分絵画」状態だよね。(笑)
やはりご本人も美貌に自信を持っている様子。
いやあ、確かにこの女性が仰天アートやってるアーティストなら、注目されるだろうね。
ところで、アレクサって名前ブリクサ、みたいじゃない?
またもやノイバウテンにこじつけてしまったよ。(笑)

アレクサ・ミードの作品に戻ろうか。
 「Transit」と題された右の作品は、背景まで描きこんだタイプではなく、絵画から飛び出した人物が現実世界に放り出された瞬間を捉えているんだよね。
全てを絵画に見せる作品とは違う「だましアート」で、周りの人物との対比が強調されて非常に面白いね。
これは地下鉄の中で撮影されたらしいんだけど、周りの人が注目しているところが「異次元から来た人」、つまり「異物」を見る視線になっているところも作品にプラスしているように思う。

日常に入り込んだ「異物」は、恐らく作品にすることを意識しないスナップでも、作品になってしまうよね。
左はアレクサ・ミードのモデルになった2人が横断歩道を歩いているところ。
平面(2次元)と立体(3次元)が混ざっている不思議な風景。
銅像だと思っていたら実は生きている人間だった、というのはハナ肇で観たことあるけど(古い!)、絵画だと思っていたのに動き出した、というのは初めてだからね。

上の写真で横断歩道を渡っていた2人モデルにした作品がこちら!
背景の白とマッチして面白い作品になっている。
左の男性がひざまずいているのは、これから右の女性にプロポーズするところだから。
2人の記念日が作品になるなんて、このカップルにとっては一生の思い出になるだろうね。
その時の様子はアレクサ・ミードのHPで観られるよ!
女性の返事?もちろんオッケーだよ。(笑)

最近はアートの展覧会に行っても写真に対する興味をすっかり失いつつあるSNAKEPIPEだけれど、アレクサ・ミードの作品を観て新しい写真の魅力に出会った気がして嬉しくなった。
アレクサ・ミードは写真にとどまらず、動画の作品も発表している。
それがブログ冒頭に載せた、絵画の中の人物2人がブレイクダンスする動画。
それは写真のbefore→afterを見なくても、一目瞭然で「動く絵画」を理解することができるよね。
現代アートにおける「驚き」要素を充分に堪能させてもらったよ!

アレクサ・ミードの作品の中にはゴッホにタッチが似ているものがあるな、と思っていたらゴッホの映画情報があるので紹介しておこう。

これは「ゴッホ〜最期の手紙〜」という映画で、日本公開は2017年11月3日からとのこと。
俳優が演じた実写を元に、125人の画家が実際に油絵を描き、その油絵を元にアニメーションにした作品だというので、聞いているだけで気が遠くなるほどの時間と手間がかかってる映画だよね。
描かれた油絵の数、なんと65,000枚だという。
実写版に着色したり実写を元にアニメーション化するというのは、例えばディズニー映画にもある。
この映画は「ゴッホの絵画が動いている」ように見せるために最大の努力をしているんだよね。
SNAKEPIPEは特にゴッホについて詳しくないし、興味がある画家とも思っていない。
それでも「絵画が動く映画」としては興味あるなあ!(笑)

アレクサ・ミードという世界的に有名なアーティストのことを知らなかった、ということが分かって良かったよ。
これぞソクラテスの「無知の知」ですな!
それにしてもずっと気になっているのは、アレクサ・ミードにペイントされたモデル達、どうやってあのペイントを落としたのかな?
アクリル絵の具みたいなんだけど、元に戻ったのか教えて欲しいよ。(笑)

【モダーンなスタイル変遷を描こうとしたが、かなり偏ってしまったなや】

ROCKHURRAH WROTE:

新企画を作ってはみたものの、ROCKHURRAHがいつも書くような記事と全く変わり映えがしないと書いてる本人が断言しているのがこの「俺たち○○シリーズ」だ。
音楽のタイトルやバンド名にこだわった記事も他のシリーズにいくつもあるので、あまり意味なしだと思えるよ。
毎回趣向を考えるのが大変なので、こんなインスタントな記事でごまかしてるのがミエミエだね。

さて、今回はModernという単語がタイトルについた曲を駆け足で紹介してゆこう。
いちいち訳すまでもないけど「近代的」という意味の言葉。
個人的にはこの言葉が大好きでROCKHURRAH自身もかつてはモダニストだったと自負していたもんだ。今は時代遅れの寵児かも知れないが。
モダーンとかモダンとかさまざまなモノの名前についてるのは間違いないし、そういうのがもてはやされた時代もあったのは確か。1920年代などはまさにモダーン旋風が吹き荒れてた時代だもんね。
でも今、この時代にはあまり使われてないように感じるし、語感からしてモダーンより後のポスト・モダンなんて言葉さえ今時はあまり聞かなくなって久しい。
モダン焼きも好きな人は多かろうが、みんな本当にこれを近代的な食べ物と思ってるわけではなかろうしね。え?関係ない?
モダーンが憧れではなく「古臭い懐古趣味」みたいに思われる風潮はイヤになるね。
人々の暮らしも文化もモダーン以上なのは間違いないけど、ROCKHURRAHの世代でセンスがいいと思っていたようなものがどんどん廃れてゆき、世の中がつまらないもので満たされてるような感じがするのは寂しくなるよ。

そういう世の中の流行にはなるべく逆らって生きてゆきたい、それがROCKHURRAH RECORDSをやり続ける事の意義なんだろう。
おやおや、またしても底の浅い三流文化論調になってしまったから先を急ごう。

ROCKHURRAHが一番好きな70’s〜80’sのパンクやニュー・ウェイブの時代もModernな曲やバンドが色々あったから、今回はそれを集めてみたよ。

モダーンと聞いてROCKHURRAHの世代だったら多くの人がシーナ・イーストンの「モダン・ガール」やデヴィッド・ボウイの「モダン・ラブ」を思い出すんじゃなかろうか?まあ連想するのは人それぞれなんだけど、ROCKHURRAHは真っ先にこの曲を思い出したよ。

ペル・ユビュの1977年作「The Modern Dance 」は1stアルバムのタイトルでもあり収録曲のタイトルでもある。この曲はシングルにもなってたようだがオリジナル盤は超コレクターズ・アイテムなので、同時代にアメリカで買ってきたなどという羨ましい身分の人以外はおそらく誰も持ってなかったんじゃなかろうか。
ROCKHURRAHも当然シングルは持ってなくて、イギリス盤の1stアルバムしか所有してない。
後に「Datapanik In The Year Zero」という入手困難シングルをひとまとめにしてくれたレコードでこの曲の元ネタみたいなヴァージョンが入っていたが、アルバムと共に聴きまくっていたもんだ。 

ちなみにこの時代の地方都市の輸入レコード屋では本国がアメリカのバンドでもイギリス盤の方が入手しやすかったという覚えがある。アメリカ盤で新譜が手に入るのはいわゆる大手レーベルから出てたようなバンドばっかりだったような気がするが、そんな事ないのかな?

それはともかく、工場地帯をバックに工場労働者がバレエを舞ってるというとても変なジャケットのアルバムでレジに持ってくのが恥ずかしかったが、忘れもしないKBC(九州朝日放送)の電波塔があったタワーレコードKBC(「レコード・プラントKBC」だったような記憶があるが)で買ったのを、昨日の事のように覚えてる。この辺の話はこっちの記事でも書いてるな。

多感な少年時代、しかもまだ洋楽ロックを聴き始めて数年くらいしか経ってない入門者の頃にこのアルバムに出会ってしまったのがROCKHURRAHの運命を変えたとも言える。まあペル・ユビュに限らずこの時代のパンクやニュー・ウェイブに衝撃を受けまくってて、衝撃の大安売り状態だったのが若き日のROCKHURRAHだったな。

米国オハイオ州クリーブランドのバンドで、70年代半ばにRocket From The Tombsというパンクの原型のようなガレージ系バンドがあったんだけど、そこのピーター・ラフナーとデヴィッド・トーマスが作ったのがペル・ユビュだった。などと今では軽く書けはするけど、同時代にはそんな事誰も知らなかったはず。それくらいマイナーなバンドで情報なんかどこにもなかったよ。

アヴァンギャルドでフリーキーな曲を得意とするが、時にユーモラスで時にカッコイイ瞬間もあり、一筋縄ではいかない複雑さが魅力だった。狂気を感じるほどの素っ頓狂なデヴィッド・トーマスの高音ヴォーカルと百貫デブ。見た目のインパクトも抜群ですごいバンドだと囁かれてはいたが、パンクがやっと始まったくらいの時代には早すぎたからか、当時は日本盤も出てなかった。
ようやく日本盤が出たのはイギリスのラフ・トレードが徳間ジャパンと手を組んでジャンジャン日本盤をリリースしてた80年代になってからの事だ。

さて話は戻るが1977年に出た「The Modern Dance 」は初期ペル・ユビュの曲の中では最も聴きやすい部類の曲だ。
プリマドンナの友達が皆無なROCKHURRAHが知る機会はなかったが、クラシックなバレエなどに対してもっと自由で前衛的な表現方法までも取り入れたような踊りをモダン・ダンスと呼ぶようだ。
アルフレッド・ジャリの「ユビュ王」に由来するバンド名なんだけど、その「ユビュ王」の冒頭の「merde!(くそったれ)」をこの曲のバック・コーラスでも連呼しているし、曲の合間にホールのざわめきのような環境ノイズがミックスされていて素晴らしい出来。
なお、ビデオの映像はプロモとかライブの模様とか、要するにマイナーなバンドだった彼らには残された当時の映像がないので、たぶんファンの誰かが作ったこれを選んでみた。
「Satan en prison」という1907年のフランス映画(?)が元ネタみたいだが、20世紀初頭の映像マジックを駆使して作られていて、観客はビックリしただろうな。ペル・ユビュの方じゃなくて元の映画の方ね。要するに額縁を壁に投げつけたらピッタリ壁面に収まってしまう、などの手品的なものを映像編集の力によって実現した実験的なもの。
うーん、これこそ確かなモダーン。

続いてのモダーン党はこちら。70〜80年代のモダーンな曲で思い出すランキングの上位にきそうなのがジャムの「The Modern World」だろう。これまた1977年に出た2ndアルバムのタイトルでもありシングルになった収録曲のタイトルでもある。

10年以上にも渡ってパンクやニュー・ウェイブのブログを書き続けているROCKHURRAH(その割には担当記事数が少ないが・・・)だが、ジャムについて書くのは初めてかな?
もちろんロンドン・パンクを語る時に忘れちゃならない重要バンドなのは間違いないし、彼ら以降に沸き起こったネオ・モッズといったムーブメントのパイオニア的存在でもあった。

しかし実はROCKHURRAHは彼らの主要曲は大体知っててもアルバムやシングルをほとんど所有してなくて、とても「ファンです」などとは言えないし語れないのだった。
パンクを通過したモッズという点では評価してる(偉そう)し声も演奏も素晴らしいエネルギーに溢れてるのは間違いないけど、なぜか熱中して追いかけるまでには至らなかったんだよね。

その頃は個人的に買うほどじゃないけど聴いてみたいようなレコードは図書館を利用して聴いていたのを思い出す。
小倉(福岡県北九州市)の図書館にあった視聴覚室でリクエストしたレコードをヘッドフォンでソファに座りながら聴けるというサービスがあった。そこでジャムの1stやこの「The Modern World」など、他にも色々なレコードを毎日のように聴いていたものだ。
図書館のお姉さんがパンク好きの気さくな人だったので迷惑も顧みずいつも長居してばかりだったな。
その頃一緒に遊んでいた友達がどうしょうもない不良ばっかりだったけど、パンクやニュー・ウェイブを聴くROCKHURRAHの横でちゃんとおとなしく矢沢永吉やクールスを聴いていたのが懐かしい。
何かメチャメチャな時代でパンク好き集団とアイビー野郎たちとDCブランドかぶれとヤンキーどもがみんな一緒に小倉の街を闊歩してたような感じ。
モダニズムの時代、フランスのカフェでシュルレアリストが集っていた文化的交流とは程遠いけど、これはこれでリアルな地方都市のモダーンな風景だったのかもね。

モダーンな曲で思い出すランキングには決して入らないとは思うし興味ない人も多かろうけど、どうしてもこれだけは挙げておきたい。
ビー・バップ・デラックス1976年の4thアルバムのタイトルであり収録曲でもある「Modern Music」だ。モダーン党としてこれを語らなければROCKHURRAHではないと言える選曲。
要するに子供の頃から特別ひいきにしていたアーティストだというわけ。
モダーンと聞いて真っ先に思い出したのがペル・ユビュだと最初に書いたけど、ビー・バップ・デラックス、これほど「モダーン」というニュアンスを体現したバンドは滅多にいないだろう。

1971年に恥ずかしいほどかわいい系のイラスト・ジャケット「Northern Dream」でソロとしてデビューした英国ヨークシャー州出身のビル・ネルソン。この時はギターや歌に冴えたものはあったものの、よくある70年代ロックのシンガー・ソングライターに過ぎなかった。
が、ソロとして需要があったにも関わらず本人はバンドとしてやりたかったようで、1974年にビー・バップ・デラックスとしてようやくデビューする。
最初はグラムっぽい部分が見え隠れするハードロックというような路線で他のグラム・ロックに比べるとギターの比率が高いバンドだった。
1978年までに6枚のアルバムを出して解散したが、徐々にトータルなアンサンブルを重視するようになってギター・ソロも短くなっていった。
代わりにその頃から普及し始めていたシンセサイザーを重要視する楽曲が多くなり、ニュー・ウェイブへの橋渡しをしたような曲も残している。
大して詳しくは書いてないが前にこちらの記事でも特集したな。
ROCKHURRAHはビー・バップ・デラックスをリアルタイムで聴いたわけではないけど、最後のアルバムが出た後くらいで順不同に入手したよ。

4thアルバム「Modern Music」はロンドン・パンク元年の1976年に出たが、まだそういうものの影響を受けたり取り入れたりはしてない時代の未来派ロック集大成みたいなものだった。
ビル・ネルソンの思い描く未来は1950年代くらいのB級SF映画が描いたような子供っぽくて本当のSFファンから見たら陳腐な世界観だったろう。でも、その辺のレトロ・フューチャーな感覚がROCKHURRAHにとってはとても好ましいものだったよ。
このアルバムは確かビー・バップ・デラックス初のアメリカ・ツアーと前後して発表されたもので、このバンドとしては異例なくらいにアメリカナイズされた楽曲が目立つ作品だった。
前の3枚のアルバムよりもギター・ソロの比率が低くなり、この時代のポップなロックとしてヒットしてもおかしくない要素が詰まってはいたが、いかにも英国産な初期の感じをこよなく愛する人からは落胆されるような内容だったかも知れない。ROCKHURRAHはこの時代のビー・バップ・デラックスも大好きだけどね。
特にB面の大半、曲がつながっていて組曲みたいになってるところは諳んじる事が出来るくらい聴いたものだ。あまりにも聴きすぎて修学旅行の時(大昔の話)にずっと頭の中で流れていて、思い出の全てのBGMが「モダーン・ミュージック」になっているほど。

今回のYouTube映像は画像が汚いのが残念だが「Modern Music」のツアーの貴重な映像だ。スタジオ録音のものと比べても遜色ない完璧なライブをするという定評のあるバンドだけに、演奏は申し分ないね。最初に「Dance of the Uncle Sam Humanoids」というフュージョンっぽいインストの曲からタイトル曲「Modern Music」へとなめらかに移行してゆく展開はまさにモダーン(現代的ではなくて近代的)という言葉を体現したかのような出来。
後のニュー・ウェイブの元祖的な扱いを受けるバンドではあるけど、興味ない人にとってはかなり古臭い映像かも知れないね。

昔、好きな音楽評論家の誰かが言った言葉で「先に進まなければならない(音楽はどんどん進化していってるというような意味か)のはわかっている。けど、もう少しだけここに踏みとどまっていたい自分がいる」みたいな内容のがあったけど、ROCKHURRAHにとってのビー・バップ・デラックスがまさにその象徴だったんだろうな。
わかってくれる人は少ないだろうけど、これこそがモダーン党の伝えたいニュアンスなんだよ。

伝えたい事はもう終わったのでこれより後は個人的にはどうでもいいようなモダーン残党(?)についてちょこっと語ろう。

「Modern Lovers」と聞くと即座に思い出すのはジョナサン・リッチマンのモダーン・ラヴァーズだろうか?セックス・ピストルズもカヴァーした「Roadrunner」などはROCKHURRAHも愛聴していたもんだ。この時代よりも後の50〜60年代っぽい雰囲気の脱力ソングも良かったね。
あるいはムーンライダーズの「モダーン・ラヴァーズ」を真っ先に思い出すよって人も多いだろうかね?その辺はとっても有名でわざわざウチが書かなくても誰でも語るだろう。
ROCKHURRAHは同時に、80年代に大好きだった漫画家、奥平イラ(衣良)の「モダーン・ラヴァーズ」も即座に思い出したんだが、久保憲司(「クロスビート」や「ロッキン・オン」などで書いてたライター)が同じような事を先に書いていたのでトホホ、完全なマネッコになってしまった。マネはいかんなあ、という事でまあ同じような時代に同じ文化の洗礼を受けた人間だったら同じ連想するのも許してもらいたい。

で、人々がたぶんあまり語ってないこちらを選んでみた。
フェイ・レイという日本人シンガーがいたようだがそれとは全く関係ないし時代が違う。これは1980年にデビューした英国ウェールズのバンド、フェイ・レイの1982年作「Modern Lovers」だ。
フェイ・レイと言えば1930年代の初代「キング・コング」に掴まれ攫われた有名なスクリーミング・クイーン女優の名前だが、こちらはフェイ・レイという人の名前ではなく、シーラ・マッカートニーというウソっぽい名前の紅一点ヴォーカルでバックが全部男という編成のバンド。日本ではほとんど知られてないみたいだね。
同時代にはオー・ペアーズやホーリー&ジ・イタリアンズなど女性ヴォーカリストのバンド達が躍進していた(ってほど知名度はないが)が、このフェイ・レイのシーラ嬢もただの紅一点ではなくギターも弾き歌うというスタイル。
しかし小柄な体型にこのいかにも80年代な服装で、顔立ちもちょっとキツくて微妙な感じ、80年代初頭だったら美女シンガーとして通用したのかな。
曲はいかにも英国風の完全に明るくはなりきれないパワーポップっぽいもので、シーラ嬢の歌もなかなかパワフル、日本で(たぶん)紹介されなかったのが残念な意欲作だ。
野っ原でロケという爆弾魔みたいな映像だが何となく野っ原つながりでネーナを思い出すな。
同時期にシングルになった「Heatwave」という曲でも外のロケだったので、プロモーション・ビデオの収録を使いまわしてて、アウトドア派のバンドという印象があるね。
しかしここまで書いてフト気付いたんだが、ブログのタイトル「俺たち」なのに女性ヴォーカルにしてしまったよ、トホホ。バックのメンバーはたぶん「俺たち」と言ってるだろうから大丈夫かな。

で、またまた女性ヴォーカルのバンドを選んでしまった。「モダーン」にばかり着目して「俺たち」の事は忘れ去っていたな。ブログの構成を完全に失敗してしまったね。

「Modern Girl」という曲名で最も有名なシーナ・イーストンよりもちょっと前、1979年にリリースされたのがこのThe Dadisticsという米国シカゴのバンドの同名曲だ。ダディスティックスでいいのかな?
Audrey Stanzlerという女性ヴォーカリストにバックが全部男という編成も上のフェイ・レイと同じようなもんだが、紅一点のオードリー嬢は上のシーラ嬢よりもさらに微妙な顔立ちでバックもどうでもいいようなメンバー揃えたな。
アメリカにもニュー・ウェイブはあったし先鋭的でスタイリッシュなのも色々いたけど、全体として見るとやっぱりイギリスに比べるとルックス的に垢抜けてないなという印象はあるよ。

オリジナルのレコード・ジャケットは50’sな感じのピンナップ・ガールが写ってて全然違うような音楽性を想像してたんだけど、曲の方はパンクから初期ニュー・ウェイブの感じがする、なかなか頑張った出来のもの。
デブ女ヴォーカルとして有名なロメオ・ヴォイドの「Never Say Never」とちょっと似た雰囲気(こっちの曲の方が早いが)だと思ったのはROCKHURRAHだけかな?

オードリー嬢はこのバンドの後、同郷シカゴのミニストリーのバッキング・ヴォーカルとして最初のライブなどで歌ってたらしいが、旧メンバーとしてウィキペディアにも載ってないほど友達あつかいされてない(想像)。

さて、最後のモダーン党も別にカモメ=トリにしたかったわけでもないけど、この曲にしてみようか。
ア・フロック・オブ・シーガルズの1981年のシングルで1stアルバムにも収録されている「Modern Love Is Automatic」だ。
カモメが羽ばたくさまを表現したかなり奇抜なシーガル・カットという変な髪型とシングル曲「I Ran」が奇跡の大ヒットした事で、忘れ去られた80年代型バンドの中では意外と知名度が高いのがこのバンドなんだけど、多くの人が思うほどの一発屋ではない活動をしていた。

英国リヴァプールでよほどの通じゃない限り誰も知らなかったようなバンド、トントリックスというのがあったんだけど、そこにひっそり在籍していたのが後にシーガル・カットで有名になるマイク・スコアだった。トントリックスは彼以外にも後のアダム&ジ・アンツで有名なクリス・ヒューズ(メリック)やジュリアン・コープのバンドで一部有名なスティーヴ・ラヴェルなど、さりげなく豪華なメンバーだったのにシングルたった一枚だけしか残ってない幻のバンドだ。
ROCKHURRAHは大昔に奇跡の出会いでこのシングルを見つけて今でも所有してるんだけど、売ってる奇特な店もあった。あ、なーんだ、ROCKHURRAH RECORDSだったよ。

ちなみにこのトントリックスの顔だったのが後にハンビ&ザ・ダンスというこれまた日本では知名度が低いバンドのリーダー、ハンビという人。ハンビはよほど自分の容姿に自信があったのかどうか不明だが、知名度ないくせに「俺は大スターだ」と言わんばかりの写真が残っている謎のカリスマ・シンガーだ。結構濃い顔立ちといやらしい歌声だけど、中期のWah!あたりにも通じる地味なテイスト。イギリスじゃ人気あったのかね?

話がすっかり他の人になってしまったから無理やりマイク・スコアに戻そう。
トントリックスの後にどういう経緯があったのか知らないが、ア・フロック・オブ・シーガルズがデビューしたのはリヴァプールとは特に関係ないと思えるビル・ネルソン(上の方で書いたな)の主宰するコクトー・レコードより。デビュー・シングルのみそこからリリースしてるんだけど、当然のようにプロデュースもビル・ネルソンがしていた。
この時は後に大ヒットする予兆もまるで感じないようなバンドだったが、そのデビュー曲「Talking」も大ヒットした「I Ran」も傾向としては同じようなものかな。
そんなプレミアもつかなさそうなシングルを売ってる奇特な店もあった。あ、なんだ、またまた自分の店か。
「I Ran」のイントロ付近でカモメの鳴き声みたいなのが入ってて、これがこのバンドの特徴の一部でもあるんだけど、ビル・ネルソンのビー・バップ・デラックスにも「Sister Seagull」という名曲があって、そちらで鳴き声ギターの元祖みたいな演奏が聴ける。影響を受けたのか「これをやれば受ける」と伝授されたのかは不明だけど。

Modern Love Is Automatic」はシングルにもなったが1stアルバムの一曲目だからファンにとっては馴染みの深い曲だ。
見た目からして一発屋っぽいからたまたまヒットしただけだろうと思いきや、意外とライブ映像が残ってるのでライブにも自信を持ってたバンドなんだろうな。自慢のシーガル・カットもライブ後半になると崩れて何なのかよくわからない危険性をはらんでいるのが玉にキズ。
彼らのどの曲の曲調も楽器の使い方も一本スジが通ったシーガル節とでも言えるように統一感があるが、逆に言えばどの曲も似たり寄ったりという意見もある。
まあしかし、今回採り上げた中では最もモダーンな感じがするのがこのア・フロック・オブ・シーガルズと言えるだろう。その前歴といい侮れない重要なモダーン党員だね。

以上、単にタイトルにモダーンのついたものだけを集めてみたが、シンセサイザーなどのエレクトロニクスを使ったバンドが少なかったので、思ったほど想像したようなモダーン感がないのばかりになってしまったな。
モダーンなものに対する不信感、否定的な見方からポストモダニズムが生まれたという。しかしROCKHURRAHは小難しい定義には興味ないので、モダーンだろうがポストモダンだろうが、自分の好きなものはどっちも語ってゆきたいよ。当たり前。
パンクやニュー・ウェイブなんてものも誰もが意識してそうなろうと思った結果ではないだろうしね。
ただ、古いものの再構築ばかりでアッと驚くような全く新しい音楽があまり生まれてないのが残念な状況だと思うよ。80年代に「これから何が生まれてくるのか」ワクワクしていた時代は遠い昔になってしまったけど、そんな時代が再び来れば世の中にもっと活気が戻ってくるのにね。

それではまた、Ka kite ano(マオリ語で「さようなら」)。