Category Archives 映画の殿

20180708 top
【タイトルとは違ってボン、ルシ、ペピの順番で座ってるね!】

SNAKEPIPE WROTE:

7月5日はROCKHURRAHの誕生日!
おめでとうROCKHURRAH!(笑)
いつもは難航するプレゼント選びも、今年はすんなり決まって良かった。
気に入ってもらえたようで何より。
ささやかだけどお祝いもできて良かったね!

前回の「映画の殿」で紹介したのは、スペインの映画監督であるペドロ・アルモドバルの作品「マタドール」である。
32年前に公開された映画を鑑賞できて嬉しかったことを綴っている。
アルモドバル監督作品については、2013年に「好き好きアーツ!#22 Pedro Almodóvar part1」から驚きの4回連続で特集しているので、ご参照下され!
アルモドバル監督の未鑑賞作品は、全部で4つ。
あともう少しで全作品制覇だね!

2017年3月にHDリマスター版として、DVD化されていたことに気付いたのは今年に入ってからかもしれない。
まさか30年以上も前の作品が脚光を浴びて、現代に蘇るとは思っていなかったからね。
アルモドバル監督作品の鑑賞を心待ちにしていたROCKHURRAH RECORDSにとっては嬉しい誤算だよ!(笑)
また調べてみたところ、どうやら未鑑賞作品である「ハイヒール」も「欲望の法則」もDVD化されている模様。
これもいつの日か鑑賞できることが分かって楽しみだね!

今回はアルモドバル監督の処女作とされる「ペピ・ルシ・ボンとその他大勢の娘たち(原題:Pepi, Luci, Bom y otras chicas del montón 1980年)」を鑑賞した。
今から38年前の作品だね!
早速、感想をまとめてみよう。
まずはトレイラーね。 

タイトルにトレイラーと書かれてはいるけれど、これが本当のトレイラーだったのかは不明。
なんとなくの雰囲気が分かってもらえたら良いかな?
タイトルバックで使用されている曲はLittle Nellの「Do the swim」みたい。

せっかくなので「Do the swim」も載せておこうね。
イントロ部分がRamonesの「Beat on the Brat」に似てる、とROCKHURRAHが言う。
確かに似てるんだよね。(笑)
ポップな曲調をキャンディーボイスで歌う王道タイプ。
コミカルな感じもウケるだろうね。 
「ポロリ」があるところが、いかにも70年代だよね!(笑)
この映像、テレビだったみたいだけど大丈夫だったのかな?
ちなみにLittle Nellはカルト映画として名高い「ロッキー・ホラー・ピクチャー・ショー」や「ジュビリー」などにも出演しているんだね。 
どうやら今でも現役のようだよ!

では「ペピ・ルシ・ボンとその他大勢の娘たち」のあらすじを書いてみようか。

自宅の窓際で大麻を栽培していたペピは近所の警官に見つかり、口外しないことをタテにレイプされてしまう。
復讐のため友人のボンを使って警官の妻ルシを凌辱するが、極度のマゾヒストであるルシの性癖が意外な方向に働き、3人は逃避行を始める。
怒った女性差別主義者の夫はペピ、ルシ、ボンの3人を追跡する…。(Amazon商品ページを一部改変)

このあらすじを読むだけで、どれだけハチャメチャな内容なのか分かるよね。(笑)
「大麻」「レイプ」「陵辱」「マゾヒスト」という単語が並んでるし。

主役の一人であるペピを演じたのはカルメン・マウラ。
アルモドバル監督作品ですっかりお馴染みだし、他のスペイン映画にも数多く出演しているスペインの国民的女優だよね。
どうやら良い家柄に生まれたようだけど、離婚をきっかけに好きな道に進んだようで。
アルモドバルと知り合った時には演劇をやっていたみたいね?
恐らく意気投合して映画に出演することになったのだろうと想像する。
映画は完成までに1年半かかっているらしいので、監督はもちろん、関係者全員の情熱が分かるよね。

ペピも遺産で暮らしていくことができる身分で、楽しいことをするためだけに生きているような女性。
どんな時でも楽しそうにしてたしね!
あらすじにあった大麻栽培をネタにレイプされた、というのはちょっと違うような感じだったよ。
実際には「体で許して」のように、自分から誘っていたようだったけど?
ペピにしか分からない理屈があるんだろうねえ。(笑)

父親から遺産だけを当てにしないで、自立を促されると広告代理店で働き始める。
そこでペピは、下着メーカーのコマーシャルを制作するんだよね。
この内容が下品で大笑いしちゃうんだよね。(笑)
そしてコマーシャルに出演しているのがセシリア・ロス。
「お漏らししたら色が変化するパンティ」や「おならのニオイが香水に変わるパンティ」って想像しただけで面白い。
この映画の時のカルメン・マウラは35歳くらいかな?
肌を露出する大胆な服装や、ど派手な化粧をしていたからもう少し若く見えたよね?

左は割と最近の写真なんだけど、そんなに変わってみたい。
多分70歳くらいだと思うけど、ずっとカメラの前で演じているとシャキッとするんだろうね。
これからも女優を続けて欲しいね!

ペピ、と来たので次はルシね。
ルシ(画像右)は 性差別主義者でペピをレイプした警察官の妻なんだよね。
家事や編み物をして夫の帰りを待つ貞淑な妻だったはずなのに、ペピと関わることで本来の自分になることができた女性。
言い方がきれい過ぎたかな?(笑)
あらすじにあった極度のマゾヒストが、このルシだからね。
警察官と結婚したのは、乱暴に扱われるだろうという期待があったからだった。 
ところが母親のように扱われ期待ハズレだった、と告白するのである。
そしてペピの家に遊びに来たボンから「ゴールデンシャワー」を浴びて悶えてしまう。
うーん、変態だね。(笑)
そしてボンの恋人になってしまうのである。

平凡な主婦だったルシが、バンド関係者やアーティスト達に物怖じせずに接したり、バンドに興味を持つのは少し不自然な感じがしたけど、愛するボンがいるからということにしておこうか。(笑)
編み物している平凡な主婦の時と、ボンと恋仲になってからでは顔つきが変わって見えたのは、さすがに女優だな、と思ったよ。
そしてまたルシは変化するんだよね。
自己主張する権利があると気付くと、更にマゾっぷりがエスカレートしちゃうんだもの。
主役3人の中で一番の変態はルシに決定だね!(笑)

ルシを演じたのはエヴァ・シヴァ。
「ペピ・ルシ〜」以降も「セクシリア」や「バチ当たり修道院の最期」などの初期作品に出演していたようだね。
現在もまだ女優として活動しているようだけど、スペインのテレビドラマなのかもしれない。
これが最近の画像なんだけど、昔の面影は残っているかな? 

最後はボンね。
ボンはパンク・バンド「Bomitoni」のギターとヴォーカルを担当している。 
ROCKHURRAHが「映画の殿 第28号 パンクロッカー、スクリーンに現る」で記事にしたデレク・ジャーマン監督の「ジュビリー」の影響を受けているように見える化粧をするんだよね。
アダム・アントが片目だけメイクしていたように、ボンも片方の眉だけ描いたりする。
TOYAHの雰囲気にも似ていたように思うよ。
ボンは同性愛者であることを公言し、40代の年増が好みだという。
ルシを一目見て気に入り、恋人になるのである。

ステージに立つボンが歌うのは、恋人ルシに捧げる曲なんだけど。
この歌詞に放送禁止用語が入っていて、またもや大笑いしてしまう。
聴いているルシは大感激してたけどね。(笑)
「Bomitoni」は同性愛者で構成されているようで、ボンの右にいるトニもゲイ。
キーボード兼ヴォーカルもゲイだったよ。
ボンとルシはうまくいっているかと思われたけど、運命の相手にはならなかったようで、残念だったね。

ボンを演じたのはMaría Olvido Gara Jovaこと、アラスカ。
アラスカってステージ名、珍しいよね。
どうやら「ペピ・ルシ〜」の時は17歳だったようで、映画の設定と同じなんだよね。
それなのに年増好みとは。(笑)
ものすごく自然に演じていたし、35歳のカルメン・マウラ相手に全く動じてなかったのは見事!
現在も歌手として活動しているみたいだよ。
化粧のせいで「アダムス・ファミリー」っぽく見えてしまうね。

ルシの夫で、ペピをレイプした警察官がこの男。
いかにも助平そうな顔立ちだよね。 
前述したようにレイプとは言っても、ペピ自らスカートをめくって股間を露わにして見せたからね。
行為に対してというよりも、処女を奪われたことにのみ怒りを感じているようなので、貞操観念の違いがあるみたいだけど。
処女に関しての考え方もかなりペピは特殊だと思うので、警察官だけを一方的に責めるわけにもいかないような?

警察官は実は双子だったんだよね。
真ん中にいるのがルシで、警察官が左。
ペピの仕返しにより殴る蹴るの暴行を受けたのが右の弟(?)なんだよね。
あんなに近所に住んでいながら双子だったことに気付かないのもどうかと思うけど?(笑)
この警察官、余程の女好きと見えて、近所の別の女にも手を出す始末。
最後には大団円になって良かったけど、SNAKEPIPEは、こういう男はまた隙を見て浮気を繰り返すはずだと予想する。
ルシは大丈夫なのかねえ。

「ペピ・ルシ〜」にも、やっぱりアルモドバル監督は出演していたね。
時代のせいか、かなり長髪だよ。
このまま「ペドロ&カプリシャス」のメンバーになっていてもおかしくない風貌! 
名前も同じだしね。(笑)
この映画の中での一番お下品なシーンが、アルモドバル監督の登場により行われることになる。
名付けて「息子自慢大会」!(笑)
長さと太さを掛け算した点数で順位を付けるというのだ。
「18cm☓6cm」などとアルモドバルがメジャーで測り、叫ぶ。
それを電卓で叩いて「108よ!」と発表するペピ。
右の画像はズボンを下ろしている男たちの尻と、屈んでメジャーを使用しているアルモドバル。
信じられないようなサイズの持ち主がいることになっていて、アルモドバルが「夢でも見ているのか?」と嬉しそうにしているのが印象的だよ。(笑)
かなり昔に観たパゾリーニ監督の「ソドムの市」にも、少年達の股間を見定めるシーンがあったことを思い出した。
「ペピ・ルシ〜」のほうには笑いがあるけどね!

大好きなペドロ・アルモドバル監督の処女作が鑑賞できて、この上ない幸せだよ!
「ペピ・ルシ〜」は「4年にわたって深夜上映が続くほどのカルト的人気を博し、予算の7倍の興行収入を叩き出した(Wikipediaより)」 というから驚いちゃうよね。
スペイン人はお下品に寛容ってことが分かるよ。
自主制作で完成までの時間がかかり、深夜上映されたというエピソードは、デヴィッド・リンチの「イレイザー・ヘッド」と同じだよね。
本当に自分が撮りたい映画を撮るには自主制作しかないだろうから。
処女作から同性愛について語り、女性を自立させ、おかしなコマーシャルが入り、バンドの曲が流れ、アート作品が点在していたことがわかったね!
こうしてみると、アルモドバル監督の原点を観ることができたし、今でもその原点に近いところにいることがよく理解できたと思う。

最初にも書いたけど、未鑑賞作品が鑑賞可能なようなので、なんとかして手に入れないとね!
完全制覇、頑張ります、(笑)
 

20180527 top
【アルモドバル版の純愛映画かな】

SNAKEPIPE WROTE:

2017年12月に「長年の夢が叶った」として書いたのは、スペインの映画監督であるペドロ・アルモドバルの作品「セクシリア」の感想だった。
他にも未鑑賞のアルモドバル監督作品があり、チャンスの到来を待っていたSNAKEPIPE。
ついにその時が訪れたのである。(大げさ)
今回鑑賞することができたのは、「マタドール〈闘牛士〉 炎のレクイエム (原題:Matador 1986年)」。
アルモドバル監督の5作品目ということになるのかな?
スペイン映画でタイトルに闘牛が入っていると、鑑賞前に勝手なストーリーを作ってしまうんだよね。
ところがアルモドバル監督「マタドール」は、SNAKEPIPEの想像を完全に裏切る物語だった!
トレイラーを載せてみよう。
※ネタバレしていますので未鑑賞の方はご注意ください

続いてあらすじね。

殺人にエクスタシーを感じる男と女の、極限的官能を描いた作品。
現役を引退したかつての闘牛士ディエゴに、青年アンヘルは教えを受けていた。
アンヘルは男らしさを誇示しようと、一連の未解決の殺人事件の犯人は自分だと嘘をつく。
しかし本当の犯人は、闘牛士時代のスリルから殺人を繰り返していたディエゴだった。
またアンヘルを弁護した女弁護士マリアも、セックス中の異様な興奮から男を殺していた…。

SNAKEPIPEは映画鑑賞前には、先入観を持たないようにするために、あらすじを読まない派。
何の予備知識もないまま素直に観るのが好みなんだよね。
今改めてあらすじを検索してみてびっくり!
最初からネタバレしてるんだもんね。(笑)
この文章を読むだけでは、アルモドバル監督のハチャメチャぶりを伝えることにはならないだろうし?
今まで鑑賞したアルモドバル監督作品と同様に、「マタドール」もかなりイカれてて、楽しめた作品だよ!

あらすじの中にある青年アンヘルを演じたのはアントニオ・バンデラス。
アルモドバル監督作品としては「セクシリア」以来の登場になるのかな。
本職(なんだか忘れてしまった)があるのに、母親には内緒で元闘牛士ディエゴの闘牛士学校(?)に通っているアンヘル。
闘牛士になるための学校があるとは知らなかったよ!(笑)
実はアンヘルは血を見ると気絶してしまう性質があるんだよね。
それなのに闘牛士を目指すって矛盾してるよ。(笑)
「セクシリア」では犬並みの嗅覚を持つ男、という役柄だったバンデラスだけど、「マタドール」でも不思議な役どころを演じていたよ。
なんと、超能力があるんだよね!
それも映画の後半になって急に能力に目覚めてしまうところが、アルモドバル監督らしい。(笑)
その能力のおかげでラストシーンに、うまくつながっていくところがさすが!
そんなハチャメチャを至極当然とばかりに取り入れるところが秀逸だよ。
それにしても、どうしてアンヘルは自分が犯人だと嘘を吐いたのかな。
あらすじには「男らしさを誇示」するためと書いてあるけれど、 ゲイではない証明が殺人犯になること、という発想自体違うように思ってしまうよ。

元闘牛士ディエゴを演じたのはナチョ・マルチネス。
闘牛の時、牛の角で突かれたために、今でも足をひきずっている。
映画のタイトルになっている「マタドール」とは闘牛士のランクの中で最高位で、この地位になるのは、全闘牛士の中でも1割程度だという。
ディエゴは闘牛の最中に「栄誉の負傷」をしたマタドールということは、恐らく英雄として讃えられる存在なんだろうね。
そんなディエゴは、ホラー映画に性的興奮を覚え、実際に殺人に手を染めている。 
英雄が殺人犯というあり得ないような設定がされているところがポイントだね。
イタリアの俳優マルチェロ・マストロヤンニに似ているように見えたナチョ・マルチネスだけど、なんと44歳の若さで亡くなっていたよ。
アルモドバル監督作品には、「ハイヒール」にも出演しているようだけど未鑑賞!
この作品も観たいんだよね。

殺人を自白したアンヘルの弁護士マリアを演じたのはアサンプタ・セルマ。
キリッとした美人でSNAKEPIPEの好み!(笑)
こんな弁護士がいたら大人気だろうな。
ところがマリアも秘密を持っている。
性的に興奮すると相手の男性を殺してしまう癖(?)があるとは!
こちらも弁護士が殺人という矛盾設定なんだね。
映画の冒頭でマリアが殺人を犯すシーンと、闘牛学校の講義がクロスするんだよね。
闘牛の技と殺人がリンクするようなカットが秀逸!
アサンプタ・セルマはアルモドバル監督の処女作とされる「ペピ、ルシ、ボンとその他大勢の娘たち」にも出演しているみたい。
これも未鑑賞なので、観たい1本なんだよね。
さっきから未鑑賞ばかりだね。(笑)

赤い服を着て中央に座っているのが、元闘牛士ディエゴの恋人でモデルのエヴァ。
エヴァ・コボという女優が演じていたね。
言われないとモデルだと分からなかったよ。(笑)
エヴァには矛盾点がないためなのか、上の3人とは関わりがあっても別種なんだね。
似た者同士のディエゴとマリアの結びつきの強さの前には太刀打ちできない。
これは性癖の問題なので、惨敗しても仕方ないだろうね。

画像中央にいる赤いシャツにヒゲの男性、アルモドバル監督ね。(笑)
またまた監督自身が登場しているよ。
どうやらファッション・デザイナーの役みたいだよ。
殺人要素を入れたファッション・ショーにするみたいだったけど?
「セクシリア」の時にも「血みどろ写真集」の撮影あったしね。
こういうブラック・ジョークが好きなんだろうね。(笑)

アンヘルの母親役はフリエタ・セラーノ。
初期のアルモドバル監督作品の常連女優で、「バチ当たり修道院の最期」ではレズビアンでヤク漬けの尼長だったね。
「神経衰弱ぎりぎりの女たち」ではアントニオ・バンデラスの母親役だったので、「マタドール」が原型だね。
「神経衰弱〜」の時には、ものすごくド派手な化粧をしているので、この画像とはまるで別人だよ。(笑)
宗教を第一に重んじ、世間体ばかりを気にする役どころ。
アルモドバル監督は宗教を取り入れることも多いよね。

モデルのエヴァの母親を演じたのはスペイン版浦辺粂子、チュス・ランブレアベ!
アルモドバル監督作品の常連で、間違っていなければ今まで8本に出演しているみたい。
これは俳優の中でのアルモドバル監督作品出演最多記録になるのかな。
決して主役にはならないけれど、印象に残る役が多いんだよね。
こんなにしっかり化粧しているチュス・ランブレアベは初めてかもしれない。

殺人を告白したアンヘルを取り調べる刑事を演じるのはユウセビオ・ポンセラ。
この刑事はゲイなんだよね。
闘牛学校に聞き込みに行った時の、視線は学生の股間に注がれていたよ。
アンヘルが自首してきた時にも、好色そうな視線だったし。
刑事の隣に写っているのはアルモドバル監督作品の常連、カルメン・マウラ。
警察関係者という設定で、なにかとアンヘルの面倒を見ていたよ。
公私混同して、アンヘルを抱きかかえたりしてたから、余程気に入ってたんだろうね。(笑)

アルモドバル監督は性の問題や宗教をテーマにした作品が得意だよね。
「マタドール」では(特殊な)性癖が最大のポイントになっていた。
SNAKEPIPEが一番初めにフェティシズムを描いた映画を観たのは、ジョン・ウォーターズ監督作品だったかもしれないな。
もしかしたらアルモドバル監督も観ていたかも?(笑)
そういえばジョン・ウォーターズ監督の「セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ (原題:Cecil B. Demented 2000年)」の中で、崇拝する映画監督の中にアルモドバル監督の名前も入っていたことを思い出す。
CULT映画ア・ラ・カルト!【06】JOHN WATERS part2」に感想をまとめていたね。
ROCKHURRAHが編集してくれたビデオがあるので、ご参照くだされ!

映画のラストで刑事以下数名が心中を止めるために奔走する。
ところがその日は皆既日食に当たる日だったんだよね。
あと一歩で2人を止められるというところで日食が始まってしまう。
全員が「あ、日食だ!」と空に目を転じた瞬間、心中が決行されてしまう。
このタイミングの絶妙さ!
「間に合わなかったけれど、2人はとても幸せそうだ」
という刑事の言葉で締めくくられ、映画は終わるのである。

三島由紀夫が「聖セバスチャンの殉教」に惹かれていたような感覚が、「マタドール」のフェティシズムに近い感じがする。
若者が痛みをこらえながら死にゆく様に「美」を見出し、憧憬を抱くのかもしれない。
苦痛や死に嘘がないところも魅力だろうと想像する。
こう考えると「マタドール」のフェティシズムも、決して理解できない種類ではないのかな?
劇中劇(映画内映画)でも愛する人の死に接するシーンがあったしね。

死に魅せられた、同じ性癖を持つ男女が惹かれ合う。
究極の愛を求め合うということは、すなわち心中になってしまうんだよね。
一般的には受け入れられないだろうけど、当人同士は真剣そのもの。
まるで大島渚監督の「愛のコリーダ」だよ。
SNAKEPIPEは、「愛のコリーダ」も「マタドール」も純愛映画だと思うな。
あえて漢字を変えるなら殉愛映画、とでも言うべきか?

32年前の映画「マタドール」、鑑賞できて嬉しかったな!

20180415 top
【左からパラダイス「愛」「神」「希望」の主演女優の3ショット】

SNAKEPIPE WROTE:

2週前に「マイク・ケリー展 デイ・イズ・ダーン 鑑賞」について書いた後、思い出した映画がある。
それはウルリヒ・ザイドル監督の「パラダイス3部作」だった。
先日鑑賞したマイク・ケリーの展覧会は、トラウマをテーマにしたビデオ作品だったことはブログ内で記載済だね。
「パラダイス3部作」は心の問題をテーマにしているので、雰囲気が近いと言えるのかもしれない。
それが「パラダイス」を連想した原因かな?
「パラダイス3部作」を鑑賞したのは随分前のことだ。
かなりインパクトが強かったので、今回まとめてみようと思う。
本当は鑑賞した時すぐに書いておくべきだったんだろうね。(笑)

「パラダイス」を観るきっかけはレンタルDVDに入っていた予告映像だった。
「ジョン・ウォーターズが絶賛」のような文言に惹かれたように記憶している。
ただしジョン・ウォーターズが選ぶ今年のベストとされる映画は、その基準がよく理解できないことが多いんだよね。
それでも観てみたいと思ったのは、ヨーロッパの映画に興味があったから。
例えば「映画の殿 第21号 さよなら、人類」で特集したのはスウェーデンの監督ロイ・アンダーソンだったし、「リザとキツネと恋する死者たち」はハンガリーのウッイ・メーサーローシュ・カーロイが監督していたね。
「籠の中の乙女」や「ロブスター」はギリシャのヨルゴス・ランティモス。
ブログに何度も登場しているようにスペイン映画も大のお気に入りだし。
ROCKHURRAH RECORDSの好みに合った映画はヨーロッパに多いんだよね。
そこで「パラダイス」にも期待したってわけ。(笑)
3部作なので、まずは1作目を鑑賞して、それから次を観るかどうか決めようと思ったのである。

まずは監督のウルリヒ・ザイドルについて簡単に書いておこうね。
1952年オーストリアのウィーン生まれ。現在65歳。
ウィーン大学でジャーナリズムとドラマを学び、ウィーン・フィルム・アカデミーで映画製作を学ぶ。
卒業から2年後最初の作品「The Ball」を制作。
初期は主にドキュメンタリー映画を制作。
2007年「インポート/エクスポート」がカンヌ国際映画祭のパルム・ドールにノミネートされる。
2012年には「パラダイス」がカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの世界三大国際映画祭で上映される。

オーストリアの監督のためなのか、あまり詳しい情報が載っていないんだよね。
ドキュメンタリー映画は新聞配達員、2流のモデル、地下室でフェティシズム行為をする人、アフリカの動物のツノや毛皮を集めるハンターである老夫婦などを追った作品だという。
SNAKEPIPEはほとんどドキュメンタリー映画って観たことないんだけど、ウルリヒ・ザイドル監督の作品はちょっと気になるね。(笑)

まずは「パラダイス」のトレイラーを載せてみよう。

トレイラーは3つまとめてあるけれど、「愛」「神」「 希望」という3つの映画なんだよね。 
※ネタバレしていますので、未見の方はご注意ください。
まずは3部作の1つ目「パラダイス:愛」から書いていこうか。 
あらすじはこんな感じね。 

テレサはヴァカンスで楽園のようなケニアのビーチリゾートにやってくる。
そこでは現地の黒人青年が、白人女性観光客に「愛」を売っていた。
テレサもまた、甘い言葉を囁くビーチボーイたちとの「愛」にのめり込んでゆく……。

「パラダイス:愛」の主人公はテレサという50歳のシングルマザー。
映画の冒頭で姉であるアンナ・マリアの家を娘のメラニーと共に訪れるシーンがある。
その時の様子がブログの最初の画像で、3ショット写真を撮影している場面ね。
娘を姉宅に残し、テレサはバケーションへと旅立つ。
自閉症施設で働くテレサにとっては、日常を忘れて開放感を味わうことができる素敵な旅に違いない。

テレサと同じようにバケーションを楽しむ同世代の女性達と意気投合。
彼女達はあっけらかんとケニアの若者とのアヴァンチュールを楽しんでいる。
それは完全にお金を介した関係だけれど、「今が良ければそれで良い」と割り切っているから成立している。
昔言われた言葉だと「リゾラバ」になるのかな?(古い!)
「あなたも楽しみなさいよ」
なんて言われちゃったものだから、テレサもナンパされて付いて行っちゃうんだよね。 
恋愛ごっこなんて何年ぶり? 
私もまだまだイケるかも?なんて少し乙女心が芽生えてきちゃって。
テレサは最初のうちは戸惑い、男性とホテルに入っても羞恥心から関係を拒んでいる。

テレサの水着姿を後ろから写したところ。
色んな好みの方がいらっしゃるので一概には言えないけれど、この画像を観て「声をかけたい」と思う男性は少ないのでは?
ところがケニアではモテモテになってしまう白人女性達。
それはもちろん商売相手として「モテ」てるわけだけど、テレサはだんだん勘違いしちゃうんだよね。
「私やっぱりイケるんだわ、捨てたもんじゃないわよ」
と次からは積極的にリゾラバと関係を持とうとする。

お金でつながった関係に本物の愛を求めてしまうテレサ。
傍からは、見え見えだと分かるくらい下手な嘘にも完全に騙されてしまう。
そしてストーカーばりに相手を追いかける。
財布が底を付けば終わる関係なのに、気づかないんだよね。
仲間の白人女性みたいに「じゃ次いきましょ」くらいドライになれたら良かったのに。
失意のテレサが、単なる失恋した女性にはなっていなかったところも悲劇。
テレサは珍しくモテたためなのか、心の奥底に人種差別的な気持ちがあったのかは不明だけど、ケニアでは白人優位がまかり通ると思ってしまうんだよね。

あまり楽しみのない日常から離れた途端、自分をハリウッドの大スターのように大歓迎してくれる男性に囲まれる。
その差が激しければ激しい程、テレサのような勘違いも起きやすくなりそうだよね。
この映画を観て、「私はテレサみたいにはならない」と言い切れる女性は少ないかもしれない。
特にある程度年齢を重ねた女性は、テレサに共感するんじゃないかな。
ドキュメンタリー映画を得意としているウルリヒ・ザイドル監督だけあって、「パラダイス:愛」はまるでドキュメンタリーを観ているようだった。

「パラダイス3部作」の1作目に興味を持ったので、早速2作目も鑑賞することにした。

「パラダイス3部作」2作目の副題は「神」! 
こちらも簡単にあらすじから書いてみよう。 

敬虔で頑固なクリスチャンのアンナ・マリアの「パラダイス」はイエスと共にある生活そのもの。
毎日の讃美歌、過酷な奉仕、布教活動、それだけで休暇を過ごすには充分だ。
だが、車椅子でイスラム教徒の夫が2年ぶりに家に戻ったことで、彼女の「パラダイス」は夫婦の争いの場と化してしまう。

「神」の主人公は「愛」で主役だったテレサの姉、アンナ・マリアである。
長期休暇を海外で過ごす妹テレサとは違い、アンナ・マリアの休日は布教活動に充てられる。
マリア像を抱え電車に乗り、見知らぬ駅で降りる。
まるで訪問販売員のように、目についた家々のドアを叩く。
無償の布教活動は、同意してくれる人ばかりではない。
映画の中ではアンナ・マリアを罵倒するようなシーンが多く見られた。
その多くは移民だったようなので言葉の問題もあるし、元々信じている宗教が違うということもあるかもしれないね。
アンナ・マリアにしてみると、自分が心底信じているカトリック教が理解されないことが不思議でならないんだろうけど。

アンナ・マリアの信仰は異常に見えるほど。
祈りを捧げる、賛美歌を歌うだけなら想像するクリスチャンの姿だけどね。
アンナ・マリアは自ら体に鞭を打つ。
背中が真っ赤になるほどの回数をビシバシとね!
祈りを捧げながら膝のまま室内を歩き回るのもあったね。
狂信的という言葉以上にアンナ・マリアにとってキリストはアイドル的存在でもある。

SNAKEPIPEは宗教について詳しくないけれど、「神」の中に出てきたキリスト像を使用した自慰シーンは、かなり問題なんじゃないかな?
アンナ・マリアはキリストを思う余り「なんてハンサムなの」「胸がときめくわ」なんて言い始めるほどにキリスト・ラブなんだよね。
そして問題のシーンに続いていく。
信仰心が厚いどころか、その気持ちを性欲にまで発展させるとは本来の意味とは別物になっているように思うよ。

そして「神」の衝撃はこのシーンだけにとどまらず、実はアンナ・マリアには夫がいた、というところなんだよね。
それまで独身の一人暮らしだと思っていたのに。
なんとその夫はイスラム教徒!
キリスト教の狂信者とイスラム教徒という取り合わせだけでもブラック・ジョークなのに、アンナ・マリアは売りにしていた慈悲深さのかけらも夫に示さない。
何故、突然帰ってきたのかは映画で話していたと思うけど覚えてないよ。(笑)

そして夫の帰還から、生活のリズムが狂ったアンナ・マリアのバケの皮が剥がれていくシーンは圧巻だったね。
恋い焦がれるほどに慕っていたキリストを罵倒するんだよね。
こんなに私はあなたのために頑張ってるのに、あなたは私に何もしてくれないじゃないの!と叫ぶのだ。
見返りを求める信仰は本物じゃないよね?
「神」は恐らくキリスト教徒が多い国では、かなりの問題作だったんじゃないかな。
クリスチャンではないSNAKEPIPEにとっても衝撃が強かったからね!

ここまで観たら当然3部作のラストの作品も鑑賞するよね!
「パラダイス:希望」のあらすじはこちら。 

夏休みに青少年向けのダイエット合宿に参加した13歳の少女メラニー。
軍隊のような合宿は運動と栄養学のカウンセリングの繰り返し。
そのなかでメラニーは、仲間と枕投げをし、初めて煙草を吸い、そして父親ほど年の離れたキャンプの医師に初めての恋をする……。

3部作ラストの主人公は、「愛」の主人公テレサの娘メラニー。
確かテレサは50歳だったはずなので、37歳の時の子供???
テレサの結婚や旦那さんについては何も語られてないんだよね。 
テレサの水着姿から容易に想像できるけど、メラニーもかなりのおデブちゃん!
ダイエット目的で合宿に参加するんだけど、周りも負けず劣らずの立派な体型揃いだよね。
10代でこれでは、先が思いやられるなあ。
ちなみにここに出てる子供達、メラニーも含めて全員素人だって。
ここでもまたウルリヒ・ザイドル監督がドキュメンタリー出身という特性が生かされてるよね。

ダイエットという目的で集まった同世代とは、最初から意気投合したようで、相部屋も楽しく過ごしている。
おデブちゃん達でも、やっぱり10代の関心は恋愛なんだよね。
少しでも大人のフリをしたくてタバコを吸ったり、初体験の話を聞いたり。
どの国でも女の子って基本的には変わらないみたいだね。
それにしても目的のダイエットについては「おざなり」になっているようなので、親が無理矢理参加させた合宿なのかもしれないね?
合宿内で出る食事では足りないのか、夜中に食堂で食べ物をあさったり、化粧して合宿を抜け出してパブに出入りしたり。
全く合宿に来た意味がないことばかりしている姿は、「肥満の人は出世できない」とするアメリカ的な発想の裏付けになりそうだよね。
自己管理ができない証明になってるわけだからね。

そんなメラニーだけれど、合宿中に医者である中年男性に恋をしてしまうのだ。 
父親と娘くらいの年の差があるんだけど、これはもしかしたら父親不在の家庭に育ったことが原因なのかな?
恐らくメラニーの初恋だろうね。
どうしたら良いのか分からないけれど、少しでも近くにいたい思いから、診察室に通う。
そのうち男の後を追うようになっていく。
中年男性も実際には満更でもなかったようなので、もう少しで一線を超えてしまいそうになるんだよね。

おっと危ない!
もう少しで淫行条例に違反するところだった中年男性。 
すんでのところで理性が働いたようで良かったよ。(笑)
10代の少女に一途な目で見つめられて、言葉にしなくても「好きですビーム」を毎日浴びせられてたら、中年男性も少年時代にタイムスリップして恋愛に発展するのかもしれないね。
「愛」では「ある程度年齢を重ねた女性は共感するかも」と書いたけれど、「希望」でも同様に男性の共感を呼ぶかもしれないよね。
その中でもいわゆるデブ専の人なら、激しく同意するだろうね。(笑)
メラニーの初恋は成就しなかったけれど、この結末が最も現実的だよね。
もう少し年齢が上になって、犯罪とは無縁になってから年上に再チャレンジしましょう!
どうして副題が「希望」なのかは、この点なのかな。
若いメラニーにはまだチャンスがあるよって意味のね!
あら、そうすると50歳以上のテレサとアンナ・マリアには救いは訪れないとも言える。
人生長くなっているので、それは少し悲しいかな? 

「パラダイス3部作」は現実社会では手にできない理想的な愛に満ちた「パラダイス」を求め、セックス観光、過激な信仰、ロリコンと、危険な一線を越えてしまう3人の女たちを描いた3つの物語

なんて書いてある解説があったよ。 
確かに3人共それぞれの愛を求めていたけれど、それらは全て幻想に終わってしまったんだよね。
ハッピーエンドの映画ではなかったところにリアリティを感じるし、ヨーロッパ映画らしいなと思う。

SNAKEPIPEは仏教においての「煩悩」だったり、キリスト教においての「7つの大罪」をイメージした。
煩悩の根本にある三毒、貪(とん・必要以上に求める心)・瞋(じん・怒りの心)・癡(ち・真理に対する無知の心)は「パラダイス3部作」に当てはまりそうだよね。
三毒は人間の諸悪、苦しみの根源とされている概念だという。
「7つの大罪」は人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すもので、暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬のこと。
これもいくつも当てはまりそうじゃない?
こうして考えると、ウルリヒ・ザイドル監督は「してはいけない」とされてきた人間の愚かな行為をドラマ仕立てにして見せてくれているのかもしれないよね。

ウルリヒ・ザイドル監督の作品「インポート/エクスポート」は未見なので、鑑賞してみたいと思う。
ドキュメンタリー映画もチャンスがあったら是非観てみたいね。

20180225_top2.jpg
【これらの者どもが映画で大暴れ】

ROCKHURRAH WROTE:

何回かブログ記事にも書いてるように本日、3月4日はSNAKEPIPEの誕生日でウチにとっては記念日となる。
おめでとう、SNAKEPIPE。
さらに3月6日は尊敬するミステリー作家、鳥飼否宇先生の誕生日なのだ。
おめでとうございます、鳥飼先生。
ついでと言っちゃ何だが3月5日はROCKHURRAHの兄の誕生日、おめでとう。

メデタイ日が続くという事で今週のブログはハッピーにまつわる曲を選んで・・・おっとっと、それは既に1月に書いてしまっていたよ。
では今回のはハッピーともバースデイとも関係ないけど、「映画の殿」にしてみよう。
このシリーズ企画「映画の殿」をROCKHURRAHが書くのも久しぶりで最後に書いてから2年くらいは経ってるみたいだね。

そもそも感想文みたいなのが非常に苦手なROCKHURRAH。
映画について素直に書くよりも、映画の中でかかった80年代ニュー・ウェイブについて、とか本筋とは関係ないところばかりに着目して今まで記事を書いてきた。
しかし好きだった曲がたまたま映画の中で使われるなんて、確かにそうそうある出来事じゃない。
偶然見つけたらメモっておいていくつか貯まったら書くという手法だから、そりゃ記事数が少ないのも当然だとは思うよ。

今回はパンクやニュー・ウェイブのミュージシャンが演奏シーンでもドキュメンタリーでもなく、役者として登場する映画を軽く書いてみようかな。さて、どんな名演技が飛び出してくるのか?

ROCKHURRAHが知る限り最もリアルタイムでパンクのミュージシャンが登場した映画はデレク・ジャーマン監督の「ジュビリー(1978)」だと思う。

元々はケン・ラッセル監督の下で働いてたという経歴を持つデレク・ジャーマン。
ケン・ラッセルと言えばイギリスのぶっ飛んだ映像で知られる異端監督だった。
ザ・フーのロジャー・ダルトリーを主演にした「トミー」や「リストマニア」などのいわゆるロック・オペラと呼ばれる作品でよく知られているね。
ROCKHURRAHはリック・ウェイクマン(イエスのキーボード奏者)による「リストマニア」のサントラを所有していたが映画の方はなぜか未見。

で、別にケン・ラッセルの下で経験を積んだからという因果関係はないだろうけど、このデレク・ジャーマンもパンク世代でパンク・ミュージシャンが出て来る映画を撮ったので、誰かが両者の映像美やエキセントリックさを比較した文章でも書いてないかと探したんだが、うーん、まるで期待したようなのは出てこないなあ。

デレク・ジャーマン作品は例えば80年代に読んでた音楽雑誌「フールズメイト」などでもちょっとした特集記事になるほど、ニュー・ウェイブ世代では比較的知られた監督だった。何で映画雑誌じゃなくて音楽雑誌で?と思われるかも知れないが、作品の音楽にややマニアックなミュージシャンを起用したり、プロモーション・ビデオを撮影したり、音楽にもこだわった映画監督であったからだ。
監督自身もゲイであり(エイズで亡くなった)LGBTの世界でも有名な人。

そこそこ文化的な街の品揃えのあるレンタルビデオ屋(まだDVDやブルーレイが主流になる前の時代ね)だったらコーナーがあるくらいのネームバリューだったけども、今現在はどうなんだろう?
この手の映画っていつもそうなんだけど、一番観たかった時には映像ソフト化されてなくて、忘れた頃に「遂に初DVD化」なんて事になって需要と供給の時期に大きな隔たりがあるのが常だよ。
「ジュビリー」がいつDVDになってたのかは知らないが、これを本当に観たかった時じゃないのは確かだと思う。
ちなみにSNAKEPIPEはかなり昔に劇場で観たらしいけどROCKHURRAHが最初に観たのはいつの話だろうか?全然記憶にないんだよね。

エリザベス1世が魔法の力で未来(1977年頃の英国?)にやってきてパンクでアナーキーな荒廃した世界を見て嘆く、というような大筋なんだけど、え?簡単すぎ?
実は途中で眠くなるような部分もあって、ストーリーの詳細まで覚えてないのだ・・・。それで特集しようと思う自体が無謀か。

エリザベス1世の生まれ変わりだと思われる暴力的な女(左の写真:後列のサングラス)とその一団のワルな女たちがメインで話が進んでゆくんだが、その中で主役級なのがジョーダンとして知られているパメラ・ルーク(左の写真:一番右)だ。

マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドがロンドンで営んでいたSEX、セディショナリーズというパンク・ショップ、そこの名物カリスマ店員だったのがジョーダンらしいが、見てきたわけじゃないので詳細は知らない。
その店にたむろしていた中からセックス・ピストルズが出てきてロンドン・パンクが「単なる街の若者の流行」だけじゃなくなった時代の変革期、メディアに登場しまくったジョーダンの役割は大きかったんじゃないかな、と想像するよ。
彼女の髪型やメイク、ファッションを真似てロンドン・パンクの派手で過激な部分が出来上がったんだろうかね。
このジョーダン、初期アダム&ジ・アンツのマネージャーをやってたらしいが映画の中では演技もするし歌も踊りも披露して、存在感も抜群。
この顔立ちから想像も出来ない「意外な事にぽっちゃり体型」というアンバランスさも際立ってるな。なぜモデル体型になれなかったのか謎だよ。

この女軍団の中で一番やんちゃな役割を演じていたのがトーヤ・ウィルコックス(上の集合写真:真ん中のオレンジ短髪)だ。
キング・クリムゾンのロバート・フリップの奥さんとしてプログレ界では有名なんだけど、元々は1970年代の終わり頃、つまりパンクからニュー・ウェイブへの変換期にデビューした歌姫。
イギリスでは大ヒットしたシンガーで日本でもそこそこの人気と知名度もあったんだが、この映画の中ではまさにパンク真っ盛りのぽっちゃり娘でビックリしたもんだ。目つきは一緒なんだけど顔や体がコロンコロンじゃないか?
トーヤはモッズ映画として名高い「さらば青春の光」でも熱演しているがこの時もやっぱりぽっちゃりんこなんだよね。
ROCKHURRAHが知ってるニュー・ウェイブ時代のトーヤはもっとほっそりしてたはずだが・・・。
なぜ短期間にモデル体型になれたのか謎だよ。

意外なところでは80年代にベルギーのクラムド・ディスクなどからレコードを出していたハーマイン(上の集合写真:後列の横向き)がこんなパンク映画に出ていたので驚きだよ。
ニュー・ウェイブ世代のフレンチ・ミュージックみたいな感じの音楽をやっていてニコのソロっぽい雰囲気もあった。同時代のクレプスキュール(同じくベルギーのレーベル)などで活躍したイザベル・アンテナやアンナ・ドミノなどと比べると知名度も低く通好みだったな。
ROCKHURRAHが北九州から上京した頃は渋谷のアフタヌーンティーで友人が働いてて、その友人の同僚たちとも少しだけ交流があった。店内のBGMで流すようなのがそれこそ上記のクレプスキュール系やチェリーレッド(というレーベルがあった)系などのあまり自己主張しないようなネオ・アコースティックっぽい音楽だったのを思い出す。ハーマインもそういう流れで知ったアーティストだったな。
そんな80年代当時のおしゃれ系アーティストだったハーマインにもパンクやってた時代があったというのが驚きの理由だ。
5人の美女軍団の中では最も目立たなく、いつもアイロン掛けや拭き掃除をしてるという意味不明の役どころ。目立たないからなのか役名「Chaos」が頬に書いてあるので人名が覚えられないROCKHURRAHにとっては非常にわかりやすかったよ。なぜか劇中で綱渡りまで披露してくれるがそのココロは不明。

熱演というほどもなく、出てきてあっさり殺される役ではチェルシーのジーン・オクトーバーもいかにも「らしい」出演だね。
日本ではあまりレコードが出てない(この辺あまり調べてないから記憶のみで記述)から知らないパンク・ビギナーもいたはずだが、ごく初期にはジェネレーションXのビリー・アイドルやトニー・ジェイムスも在籍していたロンドン・パンクの大御所バンドだったのがチェルシーだ。
ジーン・オクトーバーの鬱陶しいまでの不敵さ、アクの強さやゴリラ顔もあって、バンドとしての存在感だけは抜群だね。
下のビデオのデビュー曲「Right To Work」や80年代になってからの「War Across The Nation」とかは個人的に今でも愛聴してる名曲だよ。

鬱陶しいインタビューが見たくない人は2分05秒くらいから見てね。
安っぽいビニールみたいなライダースとこのごつい顔で歌う代表曲がこれ。
パンクの中で強そうな人物と言えばストラングラーズのジャン・ジャック・バーネルを筆頭にシャム69のジミー・パーシィ、アンチ・ノーウェア・リーグのアニマルなどが思い浮かぶが、ジーン・オクトーバーはどうだろうか?パッと見は粗野なふるまいと顔立ちなんだけど、大口の割には意外と弱そうな気がする。物流系とかでも見た目はいかにもなのに大した事なくて粗野なだけ、というタイプがいるからね。
動きを見ていると脇のあたりにスキがあるような・・・などと格闘技評論家には言われてしまいそう。 

熱演はしているが出てきてあっさり殺されると言えば、ウェイン・カウンティも忘れちゃならない大役だね。
ニューヨーク・パンクが誇るドラァグ・クイーンで後に性転換して本気の人になるけど、この頃はまだエレクトリック・チェアーズという物騒な名前のバンドを率いてた。
後にスキッズのドラマー、さらにガーデニング・バイ・ムーンライトをやってたJ.J.ジョンソンもこのバンドの出身だね。
パンクとは言ってもロンドン・パンクとは違ったテイストを持つニューヨークのパンク。
その中でニューヨーク・ドールズを思わせるような毒々しいロックンロールで独自路線を築いたウェイン・カウンティが、なぜロンドン・パンク満載のこの映画に出てたのかは不明だ。
ロンドンが勝ってニューヨークが負けた、などという短絡的なものじゃないだろうけどね。

映画ではTVに映る演奏シーンと自分が出演するTV観ながら歌うようなシーンがあったが、その曲ではなく初期の代表曲を挙げてみた。鼻にかかった声とコミカルなパフォーマンス、行って楽しいライブなんだろうね。

「ジュビリー」に登場したパンク・ロッカーの中では最も大役だったのが若い頃のアダム・アントだろう。
アダム&ジ・アンツはニュー・ロマンティックの時代に海賊ルックで大ヒットしたアイドル系バンドの印象が強いが、アダム・アントは元々は(後の)ヴァイブレーターズのメンバーなどと一緒にバズーカ・ジョーというパブ・ロックのバンドをやっていたらしい。
このバンドは音源として残ってないのかな?
詳しい事はちょっとわからなかったが、パンク・ロッカーとして名高い人たちにも当然、パンク以前の時代があるという事だね。
アダム&ジ・アンツを結成した初期の頃は結構変わり種のパンク・バンドとして知られていた。
「Young Parisians」などはシド・バレット(ソロの時の)みたいな曲調でアダム・アントのルーツが垣間見える名曲だが、パンク時代の大衆には受けそうもない要素が満載。デビュー曲からこんなんでいいのか?とこっちが心配してしまうよ。
ちなみにジ・アンツの初期メンバーとアート・アタックスというパンク・バンドのメンバーが合わさってモノクローム・セットの原型が出来上がったというから、意外なところで意外な人脈がつながってるもんだね。 

映画の中でアダム・アントは、まだあどけなさの残る容姿でパンク・スターを目指すような役どころだったが、出演時間の長さの割にはセリフも少なく、無気力なのかナイーブなのかはにかみ屋なのか、とにかく何考えてるかわかりにくい青年を演じた。
役柄の性格のせいであまり熱演っぽくは見えないよね。
最後には警官二人に暴行を受け、生死がよくわからないままフェイドアウトしてしまう。
その損な役柄の褒美(?)としてなのか、ちゃんとした演奏シーンがあるのは嬉しい。

その他、ほんの意味不明のチョイ役でスリッツのメンバーらしいのもちょっと出てくる。嬉しそうに車を破壊するだけのシーンでパンクのデストロイを表現したのか?どこに出演してるのか探すのに苦労したよ。
さらに探すのに苦労したのがスージー&ザ・バンシーズだ。劇中でアダム・アントが眺めてるTVの中で演奏シーンがちょっと映るだけ、これで出演者と言えるのかいな?

これだけのメンツが出てきて、パンク好きとしては大満足、といいたいところだけど、何だかよくわからないシーンも多く説明不足の感があるのは確か。
この監督で最もわかりやすくてキャッチーな映画がこの「ジュビリー」だと思えるし、きっちりしたストーリーを追うタイプの映画ではないからまあそれでいいのかな。

以上、映画のテーマや内容については全く語ってないが、こういうのがROCKHURRAH流のアプローチだと思ってけれ。

実はこの後、もう一本別の映画について語ろうとしてたんだけど、今週はもうこれで時間切れとなってしまった。また別の機会があったら他の映画も特集してみるからね。

それではまた、ド・ヴィゼーニャ(ポーランド語で「さようなら」)。